以下は動画内文字起こし
今回は前回に続く政治的哲学用語「リベラル・ナショナリズム」についてお話していこうと
思います。
以前、ナショナリズムについては、
「政治的な単位と文化的あるいは民族的な単位を一致させようとする思想や運動」、
そしてリベラリズムについては、端的に「自由主義」であるとお伝えしました。
では今回の「リベラル・ナショナリズム」とは、どういった政治的立場になるのでしょうか?
比較的多様性とは相反すると思われるナショナリズムと、多様性を重視するようなリベラリズム
は、果たして相容れる事があるのでしょうか?
「リベラル・ナショナリズム論」は1990年代初頭から英語圏で活発的に議論されてきた分野で、
80年代に勃発していた「リベラル・コミュタリアン論争」を経て、「リベラルの中立性原理」や
リベラル的人々における文化的な関心が高まって来たことにより注目され始めたものであると言われています。
「リベラル・ナショナリズム」について、明確な定義があるとは言えませんが、凡その
使用されるニュアンスとしては、リベラリズムの利点と、ナショナリズムの利点を組み合わせたような、
そんないいとこどりの政治的立場、あるいは妥協案であると言えるんじゃないでしょうか。
社会的結束を軽視する側面をナショナリズムでカバーし、文化的な多様性を軽視する側面を
ナショナリズムの考え方でカバーする。そういった具合だと思われます。
より小難しい言い方をすれば、ナショナリストの目的たるネーション的文化の維持や発展、アイデンティティ
の共有や共通する社会的な仕組みを提供しそれを望みつつ、リベラル的な個人の
選択的自立や民主的かつ多様的なプロセスは併存可能な理論であると
して、これを擁護する。そんな風に統合された立場であると言えるでしょう。
こういった政治的立場を取る有名な政治手学者としては、デイヴィッド・ミラーや、ヤエル・タミール
などがこういった概念を主張していると言われています。
特にこういった言葉が定着するきっかけとなった「ヤエル・タミール」は、国民国家を
越えた上位の機関による統治を前提とした地域主義的構想を提示しました。
この考えには欧州共同体(EC)、今でいう欧州連合(EU)がモチーフに使われているといわれており、
各地域のネーション的地域機構がクロスドメイン的な防衛施策や経済政策を担いつつ、各地域ごとに
おけるナショナリズム的な民族文化的施策を自由に追求することを平等に承認することによって、
大小異なるネーションも自律的に共存することが可能であると主張しました。
このような思想を「複数ネーション主義」と言います。
リベラリズムとナショナリズムを融合させる具体的な政治モデルとして試みられた思想とも
言えるでしょう。
更に代表的論者である「デイヴィッド・ミラー」によれば、社会正義はナショナルな政治単位で
最もよく実現されると言います。その社会正義たる富の再分配政策が往々にして
上手くいくためには、そもそも人々が共通の帰属意識を
持つからであって、不遇な物に対する共感の念がなければ再分配そのものが成り立たない物で
あるし、そのような意識が保たれっるのはいわゆるナショナルな単位で纏まっているからであると
主張しています。
結論的には、こういった観点から社会正義的施策や構想は、ネーションごとの政治的な歴史や文化
事に異なるので、基本的な単位としてはナショナルな纏まりが必要であるのだと
そう言えるでしょう。
と言う様に、「リベラル・ナショナリズム」については、聞いている限りでは理想的な思想であると
言えます。
ですが、この「複数ネーション主義」については幾つか説明されていない課題があり、
その克服が求められています。
この思想に乗っ取れば、ネーションを超越的な統治機構によって中立的に統治する事が
求められますが、そもそもなぜ人々はネーション的な国家的機関には従いつつ、
中立な統治機構に対しても忠誠を持ち得ることが出来るのか、
その根拠が提示されておらず、防衛政策や社会政策の
履行において問題となってくることから、枠組みとして問題視される部分があると言われています。
現代においても、このような機構として近い所は国連などの組織があるわけですが、別に
信頼しているかと言えばそうではないと思われますし、疑問点としては理解できますね。
ということで、今回は「リベラル・ナショナリズム」についてでした。
この分野で代表的な考えである「複数ネーション主義」を挙げてみましたが、如何でした
でしょうか。この考え方には脆弱な部分が含まれつつも、理想とすることが何かは理解できたのは
ないでしょうか。
まとめとしては、「リベラル・ナショナリズム」の目指すところについて、国民国家としての
ナショナリズム的な単位を重視しつつ、リベラル的な社会正義を実現する。
そういう思想であることが今回の簡単なまとめとなります。
また、「リベラル・ナショナリズム」については解釈の幅があり、あくまでここで示した事は解釈の
一例に過ぎないところですので、その点はご留意頂きたくご了承ください。
Kyushu University Institutional Repository
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4494673/023_p061.pdf
jstage.jst.go.jp
https://www.jstage.jst.go.jp/article/rinrigakukenkyu/45/0/45_111/_pdf/-char/en
リベラル・ナショナリズムの理論 川瀬貴之著