そしたら

「そしたら担任の小山がめちゃくちゃキレて。体育館中がシーンですよ。シーン」

「ぶひゃー。それはやべー」

「お前らうるさすぎるぞ! 校長先生がしゃべっているんだろ!? それが人の話を聞く態度か!!」

「まじか!? 超ウケる!」

「そしたら、校長が言ったんだよね。”以上で話を終了します”だって――」

 その時の上村の表情は、俺の反応を待っている表情だった。”以上で話を終了します”と発した後。ともに笑う準備をするための、息を吸う動作。

 ”以上で話をを終了します”だなんて傑作だろ? 爆笑だろ? そんな俺に対する期待。そんな表情があった。

 ところが、その時の俺は”以上で話を終了します”というのが”すぐに”聞き取ることが出来なかった。異常で話を終了? 偉業で話を終了? どういうこと? 今考えると、その言葉の変換はおかしいものって分かるものなんだけれど。 

 その”?” がテンポを一つ遅らせてしまった。

「……そうなんだ――。 あはは」

 その時の上村の表情の ? は忘れられない。 「あれ?」という表情。

 言ってみれば「あれおかしいな? この前はウケたのに」そういう表情だった。

 きっと、違う場で違うメンバーで言ったときはドカーンとウケたものだったんだろう。

本宮くんは

「本宮くんはほんと臆病だよね」

「本宮くんの受け答えっていつも、”うんと”から始まるよね」

「本宮くんは、緑色の服が多いよね」

 それが合ってようが合ってなかろうが、須崎は分析が好きだ。○○は☓☓だよね。

 好きという感情を風船に例えられるならば、好きという感情が始まったとき、それは大きく膨らんでいく。膨らむ理由を探して、昨日よりも今日。今日よりも明日。より膨らんでいく。膨らませる理由はなんでも良い。鶏肉が好きとか顎にほくろがあるとかそんなんで良い。ほんとなんでも良い。

 付き合って2ヶ月。その膨らんだ風船が急速にしぼむこともある。それがさっき言った、分析癖なのだ。しぼむ理由は曖昧じゃない。はっきりしている。

 分析されて嫌な気持ちがするが、一番嫌なのは分析されて、その発言を受けた時ではない。 

 言ってみれば、彼女の作った滑走路があって、それに従った行動を取ることになってしまった時。その時の目。その時の口元。嫌な気持ちで心が重くなる。

「本宮くんはほんと臆病だよね」と言われて、ひかれた滑走路。その通りを行動してしまった時の笑い。どうしようもなくイライラする。

昨日自動販売機に行ったら

「昨日自動販売機に行ったら、当たりが出たの。珍しくない?」

「珍しいね!」

「おかげで大好きな紅茶を2つもゲット! すごくない?」

「確かにね。最近だと当たりが出る自動販売機っていうのも少ないと思うけど、ほんと珍しいね」

「押した瞬間、分かったもんね。私、あっこれ当たるな! って」

「マジか! ぜひ、今度自動販売機にご一緒したいな」

「あはは。今度一緒にいきましょうね」

 放課後、彼女である恵里菜と何気ない日常について、話すこと。そんな時間が楽しい。『ツボが合う』『空気が合う』そういうのがあるということを始めて知った。

「ふふふ。ほんとラッキーだっわ。間宮くんは最近何か良いことあった?」

 この時俺に思い浮かんだのは、ラッキーだったことではなく、自動販売機についてのエピソードだった。会話を楽しくキャッチボールしている中、少し気が緩んだのかもしれない。キャッチボールのリズムに誘われて、自分の自動販売機での「失敗談」を話したい。そういった欲望にかられてしまった。

「この前さ、アイスコーヒーを自動販売機で買って飲もうとしたら大やけど。間違えてホットコーヒーを買ってたんだよね。あはは」

 そういった瞬間、しまったと思う。「あはは」と笑っているのは自分しかいない。キャッチボールのリズムは急激に止まる。

 しまった。

 恵里菜の癖を思い出した。恵里菜はどういうわけか俺の上に立とうとする。それは彼女の何に由来しているか分からない。上に立つのが落ち着くのかもしれないし、もしくは上に立たないと不安でしょうがない。そういうところがあるのかもしれない。

 理由は分からないがとにかく彼女は上に立ちたがるのだ。なので、俺を「下に立たせるチャンス」を見つけると、すぐさま鋭い嗅覚で反応するのだ。

「だめじゃん」

「そうだね」

「だめじゃん。間宮くん、アイスコーヒーを買おうと思ったのに、ホットコーヒーを買うなんてありえないよ。しかも、大やけどって。ちゃんと確認して買った?」

「うん、確認して買ったけど・・・・・・」

「確認して買ったのに、間違えたんだよね。じゃあ、どうして間違えたのかな?」

「それは、自分のミスというか・・・・・・見間違えたというか・・・・・・」

「見間違えたっていうけれど、間宮くんこの前も見間違えて、階段を上っている途中に転んだんだって言ったよね。同じ失敗をするってどうなの?」

 彼女は俺のミスを問い詰める。確かに俺はコーヒーを間違えた。階段の段差を見間違えた。でも、本当は大やけどしてない、間違えたコーヒーを飲んで「熱っ!」って感じただけだ。階段も転んでない、よろけただけだ。ただ、おおげさに物事を言って、恵里菜に笑って欲しい。ただそう思っただけなんだ。問い詰める恵里菜を見ていると、ほんの少しだけ彼女のことが嫌いになる。

「ほんと間宮くんってだめね。自動販売機で飲み物を買うのにも私がいないとだめなのかしら」

 彼女は一度問い詰め始めると止まらなくなるってことを、最近知った。彼女の話はこれから何分も何十分も続くだろう。恵里菜の顔から目をそらすと、恵里菜のバッグが目に止まった。トートバッグから見えるのは・・・・・・。

「同じ失敗をする人って成長しないって知っている?」

「どうして、間宮くんは何度も同じ失敗をするのだと思う?」

「ねえ聞いている? そう。じゃあ今まで話したところをまとめてみて?」

 トートバッグから見えたのは、紅茶のペットボトル2つだった。どうして、恵里菜は俺の大好きな恵里菜と大嫌いな恵里菜が同居しているんだろう。

 問い詰める彼女の言葉を聞きながら、俺は悲しい気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

机の下の部分

 机の下の部分に汚れがあった。この机の下の部分というのを何て説明したら良いのだろう?まず、卓球台をイメージして欲しいのだけれど、そのぐらいの大きさ。机の広さはそれくらいの大きさ。資料やパンフレットや申込み書など、要するに書類だ。その書類を広げやすそうに台の部分が広めになっている。

 それで、次にテーブルをイメージして欲しいのだけれど、一つのテーブルにあなたは他人と向かい合わせで座ったとする。そして、地についてる足をブランコを前方にこぎ出す要領で伸ばしたとする。

 そうするとどうなるか?

 それはきっと、あなたは向かい合わせの他人を蹴り上げる形になるだろう。

 では、そろそろ話を卓球台の広さの机に戻してみたい。この机はお客様と向い合せに座ることを主とする机だ。

 この机はさっきの例のようにあなたが向かいの人を蹴り上げなくて済むようになっている。あなたと向かい合う人の丁度半分ほどの位置。その位置の辺りに足が他人とぶつからないように衝立が出来ている形になっている。これを「下のついたて」と呼ぼう。

 最初に机の下に汚れがあったと言った。

 正しくは、卓球台ほどの広さの台を持つ机の「下のついたて」に汚れがついているのが目についた。

【視覚的なことは、新規と既視で書き方違う?】

6時35分

 6時35分。昨日よりも5分起きるのが早い。ダイニングにしいていた布団をクローゼットにしまおうとする。隣のクローゼットのある部屋に入ると、カーテンから青白い光が漏れていた。薄暗い部屋に漏れる青白い光。この時間帯だとまだ太陽ははっきりと上っていなくて薄暗い。

 この前はこの時間帯でも明るかったのになー。

 この前というとはっきりとは分からないけれど、そんなことを思う。だいたい一ヶ月前とかそんなくらいだ。

 クローゼットに布団を入れて、洗面台へ向かう。膝下が寒い。

 洗面台で歯を磨きながら、自分の肩幅以上ある鏡と向かい合う。その鏡に写った自分と向き合う。

 今日はここのニキビが少し薄くなったな。

 「鏡の上部」のライト”だけ”つけた状態で確認する。

 洗面台には「天井のライト」と「鏡の上部に設置されたライト」の2種類がある。

 「鏡の上部に設置されたライト」はイージーモード。なぜなら鏡に写った自分の顔が鮮やかに光で反射されているから。大女優が写真を撮るように顔全体が光り輝いている状態。まずはイージーモードで自分のニキビの状態を確認する。

 「天井のライト」はハードモード。ポイントは「鏡の上部に設置されたライト」を消して「天井のライト」だけをつけること。自分のリアルな姿がそこには映るはず。

「よし!」

 ハードモードでも今日は自分のニキビが薄くなっていると感じた。

 ほんの少し。本当にほんの少し。【視覚的なことを書く。もしくは視覚的なことだけってのはない?必ず、思考や感情が入る?】【500字以上書く】

 

コウシエン

「コウシエン?」

 その聞きなれない言葉を聞いたのは、ようやく自分が自転車通学に慣れてきたころだった。自宅から青葉高校までの通学は坂道が多い。坂道を登る時には、自転車を押していくことも多くあった。それが少しずつ、自転車を止めることなく通学できるようになった頃だった。

「野球は分かる?」

「ヤキュウ?」

「野球というのは、スポーツなんだけど……その野球の高校生。俺らと同世代の奴らの大会なんだ。日本で一番野球が強い高校生を決める大会。それが甲子園」

 ヤキュウというのがどういうスポーツなのか分からないが、どうやら自分と同世代がスポーツで戦うというのは分かった。母国のコルビスクラフに思いを馳せた。コルビスクラフは高校生に人気のスポーツで、年に1回、全国各地で大会が行われる。

「コウシエンの1回戦をみようぜという話なんだ。これから天文部の部室でみんなが集まるんだけど、トルクスマコフもこれから来ないか?」

「――はい!」

 自分がはいと言った瞬間、止まっていた時間が駆け出したような感覚があった。まるで自転車で頂上まで登って、下り坂で風を感じているような。そんな感覚があった。