100年ダイアリー

人生100年、明るく楽しく生きるためのライフスタイルを実践するブログです。

三島由紀夫「春の雪」を読んで思ったー日本の人口減少は日本語市場の衰退⁉

  昨年(2020年)は三島由紀夫没後50年にあたり命日である11月25日前後にはテレビや出版、ネット界隈で三島関連の話題が多かった。筆者も高校生の頃から三島には強い関心があったので、それらの媒体での三島関連ニュースをウォッチしながら久しぶりに三島由紀夫の小説でも読むかと手に取ったのが、三島由紀夫最後の小説である「豊饒の海」の第1巻「春の雪」であった。

 あらすじですが、時代は明治末期から大正時代の初期。学習院の学生である主人公の松枝清顕(まつがえ きよあき)18歳は武家の出である松枝侯爵の長男。松枝家は武家の出で雅な文化に疎いので長男の清顕に公家の出である綾倉伯爵に預けられる。綾倉伯爵には清顕よりも2歳年上の長女聡子(さとこ)がいた。二人は幼い時からお互いに惹かれ合いながら成長してきた。清顕18歳聡子20歳になった年のある日、清顕は聡子から「私がもし急にいなくなってしまったとしたら、清様、どうなさる?」と意味ありげなことを言われ自意識過剰で自尊心が強い清顕は聡子に対して反発した態度をとるが、ある雪の降る春の日に人力車を手配して聡子とお忍びデートをする。それからまた、反発した態度をとり続け、やがて聡子に皇族との婚約の話が持ち上がるが清顕は無関心の態度で通しスルー、婚約は天皇から勅許が下りて成立する。この間、聡子から清顕へ手紙や電話や伝言が届くが清顕はすべて無視。一般社会には結納に当たる納采の儀の日取りが近づいてきたある日に、突然清顕は聡子に会いたいと聡子の婆やである蓼科に強引に会いに行く。蓼科は困惑しながら「若様、いくらなんでも遅すぎます。」と苦言するが将校御用達の連れ込み宿でついに聡子と引き合わせ、それから逢引きを重ねていく。それから事態は両家の家族を巻き込んで二転三転していくき、ネタバレしますが、聡子は奈良県の尼寺で出家し、会いたくなった清顕は尼寺へ足を運び面会を希望するが、何度行っても門前払いとなりやがて肺炎にかかり20歳で死んでしまう。この小説はテーマが生まれ変わりなので次作では違う人物に生まれ変わるのである。

 昭和の文豪の小説をザックリと要約してみたが、この物語に登場される上流階級の日常生活で使われる言葉遣いや服装や所作の言葉は、令和を生きる私にとって、普段の日常では決して耳にしない言葉ばかりである。この小説に登場する美しい日本語の言葉の数々。また美しい言葉を書き綴る文体のリズムは聴き心地のいい交響曲を聴いているようである。読んでいくうちに令和の日常から離れて異世界へと誘ってくれる。能や狂言のような幽玄の世界へと読む人を導く文豪の文章には日本語が持っている言葉の魔力を感じてしまう。さすが昭和の文豪三島由紀夫である。と、文豪の小説の書評をするにはあまりにも教養が低い筆者の拙文には僭越の言葉以外には思い浮かばない。 

 この小説を読み終えて思ったのだが、三島由紀夫が自らの手で45年の生涯を閉じてから50年たった。1970年の翌年には年間の出生者数が200万人を超えていた団塊ジュニアが生まれた時代と比較して2005年には出生者を死亡者が上回り、2020年の出生者は86万人、死亡者は137万人である。日本人は減少している。日本語が公用語の国は日本1国のみなので日本人の減少は日本語市場の縮小になる。文豪の美しい日本語を堪能できる人間も減っていく一方である。このことにどれだけの人が危機感を抱いているのだろうか。

 また、この小説を筆者は最新の新潮文庫で読んだのだが、巻末を確認すると令和二年十一月一日新版発行とあり、その前の版は令和元年八月十日八十六版とある。文庫になったのが昭和52年(1977年)とある。昭和45年(1970年)の三島の死後の7年後である。それから新潮文庫は87回も版を重ねているのである。それゆえなのか、この最新版にはルビが多い。令和の日常には耳にしない大正時代の言葉、また後半には仏教用語が多く出現するので、これから三島由紀夫の小説を読もうとする平成育ちの若い読者には大変親切である。出版社の職業的良心なのだろう。三島由紀夫の小説の主人公は若者ばかりなので、出版社が想定する読者も高校生や大学生など若者なのだろう。筆者も高校生の頃に読み始めたのであるから。

 筆者はこの小説「春の雪」を当初は電子書籍で読もうと思い、Amazonで検索してみたのだが電子版がないのである。つぎに「三島由紀夫」と検索してみると電子版があるのは「三島由紀夫について書かれた本」であって「三島由紀夫が書いた本」ではない。今度は「Mishima Yukio」と検索してみると英語版の「Spring Snow」の電子版(kindle版)はあった。英語版は「金閣寺」や「午後の曳航」もあった。うーむ、出版社の都合なのか、著作権保持者の都合なのか。新潮社以外の近年話題になった集英社刊「命売ります」の電子版もなかった。太宰治司馬遼太郎の小説の電子版はあった。

  最後まで我が拙文を読んでくださってありがとうございました。

 

春の雪 (新潮文庫)

春の雪 (新潮文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「老化は足から」 車は便利だけど、頼り過ぎはリスクがある。

 秋の三連休は行楽シーズンですね。高速道路は朝から渋滞しています。今年は新型コロナウイルスの感染拡大で公共の交通機関の利用者が大きく減少しました。そこで乗用車での移動が増加しました。東京でもマイカー通勤が増えました。筆者の勤務先でも社用車による通勤者がいまして、実は筆者も社用車で通勤することになりました。しかしながら、筆者の住まいがある横浜市の北部から都心へ向かう国道246号線は朝の6時前から交通量が多く、しかも道路のアップダウンが多く、交差点が多いのでこの道路で職場まで1時間運転するのはとても疲れます。特に渋滞は勤務中はあきらめがつきますが、働く前からは疲れます。一方、朝6時台の通勤電車は空いていて確実に座れます。特に最近、ジョギングをするようになってスマホの万歩計アプリをよく見るのですが、電車通勤では6~7000歩を歩くのですが車通勤ですと100歩も歩かない。都内の勤務先は駅の地下ホームから地上へは階段を120段上り、駅からは急坂を降りるコースになっており、帰りは急坂が上り坂になり階段を120段降りる。このことが日常の足腰のトレーニングになっているのですが、車通勤ではその機会を失います。比較するとデメリットばかりです。メリットは静岡や神奈川県西部の出張へは直行直帰ができることですね。これは楽です。いちいち会社に戻らなくていいですから。

 土日ではマイカーを使います。買い物はショッピングモールまで家族の一週間分の食料品や日用品を買いに行きます。マイカーは1.3Lの小型ワンボックスカー。駐車場に駐車しやすく維持費が安く経済的です。運転も楽です。病院も図書館もマイカー利用です。住まいの近くには徒歩圏内にスーパーも病院もないので、すっかりマイカー頼りになっています。  

 今年はコロナ禍になり自治体による外出自粛が要請されて子供の学校が休校になりました。勤務先も在宅が義務化されました。しかし物流部門の筆者はリモートワークができずに時差通勤や時短勤務で対応しました。我が家では運動不足の解消のためにウオーキングを始めました。マスク着用で。休日には家族総出でウオーキングをしました。その時に筆者は日ごろ、いかに歩いていないかを痛感しました。そのうえ、会社都合による車通勤も始まりました。老化は足からと言われます。休日は1万歩を目標に歩いています。100年人生を歩むためにも体力は必要であることを痛感しています。

 

長寿のまちは大都市の郊外だった! 国勢調査の市町村別平均寿命から

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 今回は、長寿について述べていきたいと思います。そもそもこのブログのタイトルは「100年ダイアリー」で、冒頭に「人生100年、明るく楽しく生きるためのライフスタイルを実践するブログです。」と紹介しておりますので、長寿はメインテーマです。はじめにお断りしておきますが、筆者は医師ではありません。医学者や医療関係者といった専門家ではありませんので、今から述べる内容の科学的根拠についてはわかりません。あくまで50年生きてきた生活者が感じた私見ですのでその辺をご承知おきください。

 このブログを始めたきっかけが昨年1月に「逆流性食道炎」と診断されて、その日からお酒を控え食事を見直してウォーキングなど運動を始めるなど、日常生活を改善し今後の人生について考え始めたことでした。最近は「人生100年」という言葉をよく見聞きします。その100年の人生の折り返し点を通過した者の思考の実践を記録し、この小さな声を皆様と共有ながら考えていきたいと発信しています。それではよろしくお願いいたします。

 人生100年と言えば長寿です。では実際に長寿について考えたときにどのような日常を送る人が長寿になるのか、長寿者が多く住む町に関心を持ち日本で一番信頼できると思えるデータを調べました。そう国勢調査です。5年に一度実施される調査です。つい先月筆者はオンラインで提出しました。今年の調査の結果はまだ出ていないので前回のデータ5年前平成27年(2015年)のを厚生労働省のホームページで見つけました。

 

 市区町村別平均寿命 (上位・下位50市区町村)

 

       男性                                                  女性

 

 1位 神 奈 川 県 横 浜 市 青 葉 区  1位沖 縄 県 中 頭 郡 北 中 城 村
 2位 神 奈 川 県 川 崎 市 麻 生 区  2位沖 縄 県 中 頭 郡 中 城 村

 3位 東 京 都 世 田 谷 区        3位沖 縄 県 名 護 市 
 4位 神 奈 川 県 横 浜 市 都 筑 区  4位神 奈 川 県 川 崎 市 麻 生 区

 5位 滋 賀 県 草 津 市        5位石 川 県 野 々 市 市 
 6位 大 阪 府 吹 田 市        6位神 奈 川 県 横 浜 市 都 筑 区 

 

    7位 大 阪 府 箕 面 市        7位熊 本 県 菊 池 郡 菊 陽 町 
 8位 長 野 県 大 町 市        8位東 京 都 世 田 谷 区 
 9位 奈 良 県 生 駒 市        9位神 奈 川 県 横 浜 市 青 葉 区                         

 10位 神 奈 川 県 川 崎 市 宮 前 区 10位神 奈 川 県 川 崎 市 宮 前 区 

 

 驚きました。長寿の市町村は大都市の郊外が多い。特に男性。

男性の1位横浜市青葉区から3位東京都世田谷区及び10位川崎市宮前区は首都圏の東急田園都市沿線です。4位の横浜市都筑区は1位の横浜市青葉区と隣接しています。6位大阪府吹田市と7位大阪府箕面市は阪急沿線。お隣同士です。女性の1位から3位は長寿県として有名な沖縄県ですが、4位の川崎市麻生区、6位の横浜市都筑区、8位の東京都世田谷区、9位の横浜市青葉区、10位の川崎市宮前区は男性のベスト10に入っています。ちなみに筆者は男性6位の大阪府吹田市で生まれて現在は4位の横浜市都筑区に住んでいます。今日は妻と横浜市都筑区(男性4位女性6位)からお隣の青葉区(男性1位女性8位)へ散歩しました。

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緑の中の遊歩道が整備されている都筑区港北ニュータウン

 まずは地元横浜市都筑区の中心地は港北ニュータウンです。1983年から入居が開始されました。このニュータウンの特徴は緑が多いところ。開発に当たって多くの緑を伐採し過ぎた多摩ニュータウン建設(アニメ映画「平成ぽんぽこたぬき合戦」で描かれています。)の反省から豊かな緑を残すように建設されました。車道と歩道を分けて緑の中を歩ける遊歩道で各地域の緑地・公園を結んでいます。東京に通勤する子育て中のサラリーマン家庭が多く、また病院や高齢者向け住宅や2世帯住宅が多いことでお年寄りが多い。幼稚園や保育園、小学校の運動会では3世代が集まりお弁当を食べる場所取りが大変です。雑木林や公園でのボランティア活動が盛んで野鳥を観るイベントや竹林でのタケノコ掘り大会も盛況です。ボランティア活動の中心は団塊の世代の70代が多いです。

 お隣の横浜市青葉区を歩きました。こちらは東急建設など大手のゼネコンが整備した住宅地が多いのが特徴です。都筑区よりも街の風景は古く、昭和の高度経済成長後にできた感じがします。東急田園都市線溝の口駅から長津田駅まで開通したのが1966年なので、街を歩いてみると51歳の筆者が子供の頃に見たその時代の近代的な商店やマイホームなどをよく見ました。青葉区都筑区とおなじく坂が多い街です。歩いたのは東急藤が丘駅周辺ですが、駅前にはマンションや大手が建設した豪華な高齢者用の集合住宅が目を引き、近くにはスーパーやスポーツジムがあります。駅前には大学病院があり豊かな高齢者が住むには最適な街との印象を受けます。街を歩くと若々しいファッションの高齢者が多い。まさにアクティブシニアと言われる方々ですね。動物病院やペット入店可のレストラン、おしゃれなパン屋さんが多い。これでは高齢者もアクティブになるでしょう。長寿の町といわれる横浜市青葉区都筑区を散歩しましたが、共通点は散歩したくなる街並みという事でしょうか。緑豊かな遊歩道が整備され、歩道が広く車をそれほど気にせず安心して散歩ができる。おしゃれなお店が多い、ペットとの共存がしやすい。坂が多いので足腰が丈夫になる。老化は足からと言われますが、楽しく気楽に足腰が鍛えられる街なのです。マイカーの所有が多い街ですが、歩行者が多い街でもありました。ここに長寿のヒントがあるのではないでしょうか。

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坂が多い横浜市青葉区の住宅街

 

 

 

書評「トラックドライバーにも言わせて」

 

 今回は、筆者が読んだ本を紹介します。現在、ネット通販の爆発的な増加により物流量が増えているのですが、肝心な物を運んでくれるトラックドライバーは人手不足になっています。人手不足の原因は勤務時間のわりには収入が少ないところです。

 著者の橋本愛喜さんは大学を卒業する直前に父親が入院し、父親が経営する金型工場に入社することになりました。入社する橋本さん自身が全社員にその「本気度」を示す為に、会社の仕事でも、とてもハードな金型を配送するトラックドライバーになりました。現在はフリーライターとして活動している橋本さん自身が体験したトラック業界の問題点をわかりやすく解説しています。特に、橋本さんが女性という事で女性ドライバーの悩み事(トイレ問題やセクハラ等)も描かれていてこういうことは男性にも知っておくべきと思いました。

 

 

 当ブログの筆者ヒロキチもトラックドライバー歴20年でして共感できるところがたくさんありました。特にトラックドライバーにとって怖いものは自転車やバイクです。特に自転車は免許がいらないので交通ルールを守らない自転車乗りが多い。そのうえ、

      交通ルール自体を知らない自転車乗りが多い 

というのが大問題です。

 逆走や信号無視、傘をさしたままの運転などです。トラックドライバーが交通ルールを守って安全運転していても自転車乗りの不注意でトラックにぶつかってケガをしたら、トラックが大きく頑丈なために加害者がトラックドライバーになるという理不尽。トラックの死角になる左の後方の角に平気に近づいたりしてこないでほしいとおもいます。最近はスクーターが減って自転車乗りが急増化しています。特に最近流行のモーター付きの自転車などは

 スピードが速い! 一般道を走るのは神経使います。

 バックミラーでは姿が小さく見えるのですが、スピードが速いので止まるとすぐに追い着いてしまいます。交通ルールを無視する子供や学生も多い。

 自転車にも運転免許証が必要になる様にしてほしいものです。

  トラックドライバーからの意見ではネット販売での「送料無料」の表示が気になるそうで。せめて「送料込み」と表記していただきませんかと。送料(運賃)はタダであるはずがないので。

 かつてはトラックドライバーは仕事がキツクてもガッチリ稼げました。1970年代に東映で製作された映画「トラック野郎」ではトラックの荷台に派手に描かれた絵をライトアップして走る通称「デコトラ」が日本国中を疾走しています。大金が稼げたから自前のトラックを派手にデコレーションできたのです。女子のスマホみたいに。1980年代から1990年代では金を稼ぎたかったら佐川急便に入れば学歴がなくとも手取りで月50万は稼げました。居酒屋グループ「ワタミ」の創業者渡辺美樹氏はまさに佐川急便で開業資金を集めました。しかしながら、バブル崩壊後、景気低迷する中で多くの日本企業は運賃を大幅に値下げしていきました。さらに日本で走るトラックの多くはガソリンよりも安い軽油で走るディーゼル車ですが、ディーゼル車が排出する黒い排気ガスが環境を悪化しているという事で排気ガスをきれいにする装置の取り付けが義務付けられました。運送会社の9割は中小企業なので経営が苦しくなっていき廃業する会社がぞうかしていきました。

 トラックの自動運転が実現するのはまだまだ先の話しなので、それまでは労働条件を改善しながらトラックドライバーのイメージを改善して、若い人が参入しやすいようにしなければいけません。トラックドライバーは一人で仕事をするので、孤独が好きな人や集団で仕事をするのが苦手な人には向いています。体力に自信があって、営業等で人間関係に疲れた人の転職先としては向いていると思います。物流業界の一人として広く関心を持ってほしいと思いました。

 

 

 

「ブックオフに古本が集まらない!」という報道について

 オワコン商法「ブックオフ

 昨日(2020/09/04)、ヤフー等のニュースサイトに「ブックオフに古本が集まらない!」という記事が掲載されてお読みになった方もおられるのではないでしょうか。

 かつてテレビCMで寺田心くんがブックオフなのに本ねーじゃん!」と叫んでいたのをご記憶の方もおられるでしょう。あのCMは本以外にも古着や楽器なども売っていう宣伝でしたが、今回は

 「ブックオフなのに本ねーじゃん!とCMで言っていたら本当に本が足りなくなりそうです。どうかどうか、本をお売り下さい」

 真面目に商品である本が不足して危機的状況にあるという記事でYouTubeで動画配信されています。(9/5現在で28万回視聴)

 この「事件」に対して読者の皆さんはどのような感想を持たれていますか?

筆者個人の感想を言えば、「ブックオフ商法」の賞味期限切れかと思います。

 じつは筆者は現在ブックオフは利用していません。利用価値がないからです。以前はありました。駅の近くに広くて明るくてきれいな店内。たくさんの本がきれいに並べてありました。新しい本が安く売ってありましたし、もう少し古ければ100円で買えますから。本以外にもDVDやCDも沢山売っていましたので、とてもワクワクした印象がありました。しかし、買う側でなく本を売る側に変わるとワクワク感は吹き飛びます。買取価格が安いのです。しかも本の値打ちを知らない素人のバイトが本がきれいかどうかというお店で決められた価値観で買取価格が決定するという。ですので、筆者は本を高く買い取ってくれる他の古本屋さんに行ってから、買取ができなかった本をブックオフに持っていきました。ブックオフは値段がつかない本でも引き取ってくれるので手ぶらで帰ることができました。しかし、

 Amazon楽天、ヤフーでも古本が購入できるようになって、

しかもネットで古本を高く買取してくれる買取業者も登場してからは

全く利用しなくなりました!!

 ネットでは購入も買取も宅配業者がしてくれるので外出しなくていいのです。重い本を持ち運んだりしなくていいのです。筆者以外の人も同じことをすれば「ブックオフ」に本は集まりなくなりますね。ましてや、現在のコロナ禍では不要不急の外出もできませんから。ブックオフにしてみれば、これから読書の秋に備えて巣ごもり需要があるので例の動画のように皆さんにお願いしたいのでしょうが。

 しかしあのYouTube動画は寒いですね。ショッパイですね。まず、本を売る店なのに本に対する愛情が感じられない。古本を邪魔者扱いにしている印象を与えます。筆者が本を売る目的は生活費が乏しくて本すら買えないような所得が低い若者たち(貧困老人も含め)へ良書を供給したいという気持ちがあるからです。もちろん多くの人と同様に断捨離が目的でもあります。毎日の日常生活を向上させたいからです。生活を向上させたいという気持ちがあるのなら良書を読むことが頭の体操になるし、心の支えにもなります。正しい知識を得て生活を改善することができます。将来に希望を持つことができます。たくさん読むことによって情報処理能力が格段に上がるのです。騙されにくくなります。

 売った本をもう一度読みたくなったらまた買えばいいのです。古本でいいですし図書館も利用したらいいのです。また、保存したい本は売りませんし。筆者のささやかな夢は今はせっせと貯金をして、定年後は地方の安くなった中古住宅を購入して広い書庫に好きな本を集めて安価なホームシアタールームを作ることです。その頃は高齢者になっていますので仕事は体力的には重労働にならない程度で苦も無く続けられる日常生活を送りたいと思います。家庭菜園も始めたいですね。モネやゴッホのように風景画を描くのもいいですね。

 最後に筆者が現在利用している買取のお店のバナー広告を貼っておきます。このブックサプライで頼めば梱包用の段ボール箱を無料で送ってくれます。もちろん日時指定で集荷に来てくれます。筆者は先月、16冊の本を買取していただき買取価格は4838円でした。売却した新刊本の購入価格が一冊平均1500円とすると買取価格の一冊平均が302円です。いかがですか?  

 最後まで筆者の拙文を読んでくださってありがとうございました。この辺で終わります。

松方コレクション展鑑賞記

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さようならゴッホ作「アルルの寝室」!

 2度目の西洋美術館でした。一昨年の11月23日の勤労感謝の日NHKで朝から松方コレクションを特集した番組を妻と観て感動して昨年の4月に子供たちを連れて初めて西洋美術館を訪れました。西洋美術館の設立はフランス政府がフランス国内で没収した松方コレクションを返還する(フランス政府としての立場は寄贈)条件として60年前の1959年にル・コルビュジェの設計により建設されました。その経緯については原田マハが小説にして描いています。本を読んでから訪問しました。

  この小説に出てくる田代雄一という美術史家のモデルである矢代幸雄著の

「芸術のパトロン」の冒頭に松方幸次郎との思い出が描かれておりその本も読んで訪問しました。

 初訪問時は常設展会場でした。今回2度目の訪問の目的は、NHKの番組のラストで紹介されたのですが、画家プラングインが描いた松方幸次郎の肖像画が松方幸次郎の孫の家から外されて西洋美術館に寄贈されたその絵が展示されるという点とフランス政府が返してくれなかったゴッホ作の「アルルの寝室」を観るためでした。

  さすがはゴッホですね。色遣いが鮮やかなキラキラした絵でした。目の保養になりました。さすがにフランス政府はこの絵は返してくれないですね。寄贈返還(日本政府の造語)当時フランス国民の間では敵国だった日本への寄贈(日本政府は返還との立場)には強い反対意見があったようです。小説にはこのあたりの政府間同士の攻防も描かれていました。この松方コレクション展は本日(9月23日)をもって終了します。本物の「アルルの寝室」を観たい方はパリにあるオルセー美術館に行かなくてはいけません。

観る価値はあると思いますが、まあ旅費がかかりますね。

しかし、現代に生きるわたくしたちは幸せ者です。100年前の日本人は気軽に海外へはいけませんでした。松方幸次郎のような大金持ちや矢代幸雄のような超エリートにしか行けませんでした。そんな松方幸次郎が日本の画学生の絵の勉強のためにと美術館をつくろうなどという途方もないバカでかい夢を抱いてくれて、また、莫大な私財を出して買い集めたお宝を日本にいながら見られるのです。筆者自身、図工が得意な長女の絵の参考になればと思い西洋美術館に家族総出で足を運びました。美術の本を読むと日本の義務教育における美術教育は、なっていないそうです。デッサンを教えない。色使いも教えない。見たまんまを感性のみで書かせるとは掛け算の九九を教えないで自由に感じたまま計算しないさいと言っているようなものだと書いてありました。とはいえ、現実をなげいていても仕方がないので、本物の芸術作品をたくさん見ることが絵の勉強になると信じてやっております。まあ、親バカですね。親バカ上等です。親バカを描いた小説では近年には直木賞を受賞した門井慶喜著の「銀河鉄道の父」があります。まさに親バカ上等をえがいております。

  まあ、今回のところはこの辺にしときます。松方コレクション展を行く前から、観ながら、また見終わってから色々なことを考えました。

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太陽の塔の胎内巡り

 

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 8月14日墓参りの後、太陽の塔がある万博記念公園に行きました。この日は台風10号が日本列島に上陸する日の前日のために風が強い日でした。太陽の塔の内部の入場は完全予約制で販売はネットのみです。

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 こちらが復元された「地下の顔」です。ただ復元されただけでなく映像でいろいろな顔に変身します。

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 内部は生命の進化の過程を、下から上へ階段をのぼりながら巡っていきます。ガイドの方が案内してくれました。内部での撮影は一番下の階のみ可能です。持ち物の落下による展示物の破損を防ぐためです。階段を上がる前にカメラはカバンの中に入れました。

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 階段を上がっていくとやがて恐竜やマンモスが現れてきます。有名な顔が崩れているゴリラも見ました。万博開催から49年の時の経過を感じることができます。足が不自由な方のためにエレベーターが完備されています。

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 この日(8月14日)は台風10号が近づいてきたために強風で写真の観覧車は営業を停止していました。回転していない観覧車を観る機会もめったにありませんね。翌日は新大阪から名神、新東名を通って妻に実家がある神奈川県の大井松田まで車で移動しました。高速道路は台風を避けているのか8月15日のお盆の真っ最中でしたが、渋滞なしで快適に行けました。