うたたねのあいだにかなう
誕生日の二日前に、大好きな先輩から郵便が届いて、開けたら一冊の本と何枚ものポストカードが入っていた。
その手で、ゆらりじわりと滲ませられたのだろう青のグラデーションがうつくしかった。
ページをめくれば懐かしい可愛いふたりがいて泣きたいほど嬉しかった。
あのころは働き始めたばかりで、いろんなことが難しくて怖くて、どうにもならないことがときどき起きて、優しい言葉とそんな言葉をつかえる場所が必要だったので、私も、たぶん先輩も、救われていたとおもう。
それにしても猫をかぶっているしふいに生意気さが出てくるな……。
かなうんだな、っておもった。
お願いしたわけじゃないことも、予感すらなかったことも、こうしてかたちになるんだな。なんて素敵なこと。
当日はまだなので、来るその日にもたぶん、優しい人たちがたくさんおめでとうを言ってくれるとおもうのだけど、それも「かなう」て感覚だなと。誕生日の感覚。贈り物の感覚。ねえ、私、待っていたわけでもないのに。かなえてもらえた。
なにもかもたくさんかなえばいい。祝日のない六月。
六月に祝日 今日は夢、夢だから、夢でいい、生まれたらいい
雨の季節をえらんで夏へ
七変化という別名もあるくらいで、やっぱり紫陽花の色のうつろいは美しいなと思う。
雨の季節を選んで咲く花。なんでかな。
高校生の時の通学路に、うちの町で一番大きい川の岸に、神社の境内へつづく石段に、咲いていた青や水色の紫陽花。大学生をやっていた金沢、図書館へ行くコースにあるお家の、オーロラみたいにみごとな水色とうす紫のグラデーションの紫陽花。
そして夏が日を重ねるごとに立ち枯れてゆく。セピアだ。褪せる色も綺麗だ。
弟が帰省していてうれしい。
櫂の音、波の音、また櫂の音 過去の話を全部しようよ
遠い雨、遠い夏、遠い日
この歳にもなってまだ雨の中の自転車帰宅を強行する。
朝の出勤はさすがにそんな無理しないけど帰るだけなら濡れても全然平気だな。いけるいける。一刻も早く帰るという気持ち、高校生のころから全然変わってない。ね。バスもあんまり好きじゃないままだね。
ぬるんだ空気の中で紫陽花が綺麗に咲いている。白いの、青いの、紫の。
休日仕事のくせに退屈すぎたので、短歌の本を読みながらひさびさに自分でも詠んだ。うわめちゃめちゃひさびさ。楽しい。近々短歌イベントに参加予定もあるのでもうちょっとペース戻せるといいな。
海からの風だと思う朝顔の市にたましい置いてゆきそう
春ひなたと春ひかげ
コートはすでに春用なれど、いつまでマフラーをせねばならぬのか、と思いながら出勤する日々がとうとう終焉。
4月18日木曜日、朝見た時にはまだふくらみかけだった桜のつぼみたちが、夜にはぽこぽことまあるく花を咲かせていた。その木の下を通る時、ぬるい風にあまい香りが乗っていた。
ああ、ああ、やっとだいじょうぶな春だ。
こちらの春はなかなか油断がならなくて、3月のすえにひょっこり顔を出したかと思いきや、冬を引き留めてふらふらおしゃべりして過ごすみたい。じんちょうげ、パンジー、チューリップ、れんぎょう、こぶし、やっと桜。そろそろ白木蓮。今日は橋を渡る時に今年はじめのツバメを見た。
安心したかな。さびしくてもだいじょうぶかな。ここにいることを決めたかな。
いつまでもさびしいさびしいとぐずりながら、でもなんとなくだいじょうぶになりながら、それをすこし哀しみながら、私も生きていくんだろうな。
今度の連休で衣替え作業しなきゃ。
ひかげゆく春さびしさの深浅をその足だけで測ってきたの
春の午前の雨に
前髪が長く重くうっとうしくなるのにがまんがきかない。すぐ切りにいってしまう。午前中は雨が降っていたけど、午後は晴れたので元気に自転車をこいだ。
4月のあたまには雪が降って、まだ朝夜は寒いけど、日差しや風はだいぶぬくんできた。冬コートもマフラーも、そろそろ仕舞えるかな。
こないだ行った短歌教室で、歌集にはだいたい300首が載るけど、選ぶまでにその2・3倍くらい(だったかな?)の歌を詠んでると先生がおっしゃっていた。自分の数えてみたらついこないだ1000首超えてたくらいなので、やっと1冊つくれるかなというところだ。
もう作っちゃったけど!
自分にはもったいないくらいの素敵な本になった。
歌集を作ろうと決めたあのころは、もうとにかく心がすりきれていて重くてつめたくて、それでも心を動かさなければ生きている意味がないとおもった。だから、綺麗ごとでもワンパターンでも自分の心が求めている言葉を吐いて、文字にして音にして、かたちにすることが、一番私を生かすことだと信じた。
私は私の言葉だけじゃとても救われなくて、ほかの大事なひとたちにたくさん助けてもらって立ち直れたわけだけど、それからけっこう時間が過ぎたけど、でも歌集もちゃんと出来上がってよかった。私は私の歌が好きなので、こんなに祝福されてとても幸福。
言葉がほしい、歌わなきゃ、というあのころみたいに切羽詰まった衝動はいまないけれど、やっぱり好きで楽しいので、これからも短歌を詠むとおもう。
歌集もまた作りたいな。
うそつきの瞳うるわし神様に足りない絵の具は足りないままで
しばらくの桜色
そばからいなくなるひとがいる。たとえば弟。
きみの歩く道をきみの好きな色で塗ってあげられたらいいのにな。
それがおおげさすぎるなら、その道端に花を植えることくらい許してほしい。
きみは花の名前を知らないかもしれないけど。花だってきっと自分に名前があることを知らない。
ほんとにね、春はせわしなくて残酷だね。ばかみたいにいろんな花の粉が風に舞って、たてものの外の視界は淡くてそのくせ色が多くて。
でも春が好きだよ。きらいになりたくないよ。
春だよ!て言ったら、知ってるよ。て返してね。
終わるころにはもう恋われることなく走っていく春が好きだよ。
ゆく春のようにかけらも恋われずに 遠雷 手を振れてよかったね
頬杖をついてよいころ
どうしても会話がへたなので、ひとつふたつみっつ言葉を発して、自分もなにも言えないし相手もどうすればいいか困っているし、みたいなことによくなる。
言葉がでてこなくて、「うん」とうなずいてみる。
相手もつられたように「うん」とうなずく。
いいんだ、これで。うんうん。大丈夫。
わたしたちお話できてるよ。
まんなかに白鳥を抱きみずうみは春までの日を数えも教えも