てらこや

学習方法・学習環境の調査・考察ログ

履修したから大丈夫?学校の授業の進み方の怖さと修得主義の学び方

真面目に授業を受けて、内容をしっかりと理解して、テストでも良い点数が取れている。 「この調子で頑張っていれば大丈夫」と思っていたけど、ある時から授業がわからなくなって点数も下がってしまった… 「前の範囲はは難しかったから」と言って、以前よりもしっかりと準備をして取り組んだけど、点数が戻らない…むしろ下がっていく…

こうして徐々に学校の授業についていけなくなったり、成績が良くないからと塾に通い始める子どもが多く見られます。

学校で授業を受けて、家庭や塾で学習してテストを受ける。 多くの日本の子どもたちが学習する時のスタイルです。

同じ授業を受けて、同じように学習を進めていく中で、学習内容の理解度やテストの点数に差が出ていくのはなぜでしょう? 子どもの能力に差があるのでしょうか?

専門性が高まるに連れて、才能の差は出てくるでしょうが、小学校や中学校の段階では才能の差と言うには早すぎます。 ほとんどの場合において、問題になるのは学び方です。 適切な学び方さえできれば、多くの子どもたちは不用意に「自分は勉強ができないから…」と取り残されることを回避できます。

TED Talksでサルマン・カーン氏の主張を聞いて感じたことです。( 点数ではなく身に付けることを目指す教育

サルマン・カーン氏の主張をもとに、学校の授業から取り残される原因と適切な学び方を考えてみました。

躓きの原因は才能ではなく、学習過程でできる知識の穴の蓄積

サルマン・カーン氏は、ハーバード・ビジネススクール、マサチューセッツ工科大(MIT)を卒業後、 ヘッジファンドのアナリストとして働く傍らで、従兄弟たちの家庭教師をしていました。

その際に、多くの子ども達が数学で躓く原因は、学習過程でできた知識の穴の蓄積であることに気づきました。

代数を学び始めたとき、それ以前の知識に怪しいところがあって、そのせいで自分には数学の才能がないんだと思い込みます。 あるいは、解析を学び始めたとき、その基礎になる代数に怪しいところがあって躓きます。

従兄弟たちの知識の穴を埋めて、数学を理解できるようにするためにYouTubeへ動画をアップしていきます。 そうすると、従兄弟たち以外に動画で学ぶの子どもたちが現れ、同じように学習過程でできた知識の穴の蓄積が原因で数学がわからなくなってしまった子どもたちが多いことに気づきます。

コメント内容はその後濃くなっていき、成長につれ数学が嫌いになったという生徒が相次いで現れました。先に進むにつれ難しくなっていき、代数を学ぶ頃にはついていけなくなるくらい知識の穴が大きくなっています。それで自分は数学に向いていないと思うのです。

しかし、学校の授業は知識の穴があったとしても、高度な内容に進んでいきます。 そして、蓄積された知識の穴が原因で、高度な内容が理解できず、「私は才能がない」と思い込んでしまいます。

解決すべき問題は、学習プロセスそのもの

本来、学校のテストを通じて、知識の穴に気づくことはできます。(中学校では、1.5ヶ月に1回くらいの頻度で定期テストを実施)

学校で授業を受けて家で宿題をやって提出、それから授業、宿題…と繰り返してテストを受けます。 テストが終わると、学校の授業は次の単元に進みます。 「テストで75点だったから、25点分の穴が空いている」と。

知識に穴に気づいても、授業が次の単元へと進み、知識の穴の上により高度な内容を積み上げることになります。 この学び方を続けていると、いつか壁にぶつかり、全く理解できなくなる日が来てしまうのです。

基礎的なことの 25%が分からなかったのにもっと高度な内容に進ませられるんです。それが何ヶ月、何年と続いていき 代数か三角関数か、どこかの時点で壁にぶつかります。 それは代数が本質的に難しいからでも、生徒の頭が悪いからでもなく、30%理解していないところのある指数が方程式の中に出てくるためで、そうやって 取り残されていくんです。

これがどれほど馬鹿げているか分かるように家の建築になぞらえて考えてみましょう。 建築作業員を集めて言います「2週間で基礎を作るように。できるだけのことをやってみよう」 それでできることをやります。雨が降るかもしれないし、必要な資材が届かないかもしれません。2週間後に工事監督がやってきて見て回ります。 「あそこのコンクリートが乾いてないし、この部分は基準に合っていないな・・・80%の出来だ」「よし“C” だ。じゃあ1階部分に取りかかろうか」

同じようにして2週間でやれるだけやることになり工事監督がチェックし 「75%の出来」「D+」となります。 さらに2階、3階と進み、3階に取り組んでいる最中に建物全体が突然崩れてしまいます。

だから、習得の有無に関係なく進む学習のプロセスそのものに問題があると考えられます。 学習の期間に制限を設け、検査によって知識の穴を見つけたとしても、埋めることなくそのまま積み上げ続けていくプロセスです。

知識の穴をつくらず進む完全習得学習(mastery learning)

検査によって見つけた知識の穴を放置しない学習方法があります。 それは「完全習得学習(mastery learning)」と呼ばれる、生徒一人ひとりに合わせた時期と期間で学習し、習得したら次に進む学習方法です。

「完全習得学習」では従来式のように、学ぶ時期や期間を人為的に固定して、優・良・可・不可とバラツキを出すのとは逆に、学ぶ時期や期間は生徒ごとに変えて、実際に習得するという部分を固定するのです 。

授業を受けたらテストを実施し、知識の穴が見つかったとしても放置して進む履修型の学習方法と異なり、生徒によって進度にバラツキが出ます。 この進め方では、生徒一人ひとりに合わせたカリキュラムや個別教師が必要になり、実践することが現実的でないように思えます。

教室に先生が一人で、黒板の前で授業をするスタイルでは難しいでしょうが、現代の道具を使えば実践に移すことは可能です。 生徒ごとに学習状況を可視化し、その状況に合わせた学習カリキュラムや問題を提示するITツールを使えば、完全習得学習を人的コストを抑えて実現することが出来ます。

この実践に向けて、カーン氏はカーン・アカデミーという団体と学習システムを立ち上げています。 カーン・・アカデミーは「誰にでも、どこにでも無料で世界クラスの教育を提供すること」を使命に活動し、生徒一人ひとりにあった最高の教育を届けようとしているのです。

まとめ

学校の教育にもITが取り入れられ始めた現在、検査によって見つけた知識の穴を放置して進む履修型の教育から抜け出すチャンスが来ています。 ただし、今現在進められている、1人1台端末環境だけでは不十分です。

確かにITを活用すれば、一つひとつの単元の理解度を判定したり、完全に習得できるまで繰り返し学習すること自体はやりやすくなります。 しかし、学校の履修主義の学び方が変わらなければ、生徒は一つひとつの単元を完全に習得することよりも、目先で進む授業についていくことに精一杯になってしまいます。

「ITが取り入れられるから大丈夫」ではなく、一人ひとりに個別最適化された学習の実現に向けて、学校や評価の仕組みも考えていく必要がありそうです。