なっがいなっがい米津玄師の全アルバムレビュー
米津玄師の全アルバムレビューをしていきます。長いです。
diorama
(代表曲:ゴーゴー幽霊船)
米津玄師の狂気、中身、精神が全て出ているアルバムだと思います。このアルバムは正直人を選ぶ一面もあるけれども、これに一度ハマるともう終わり。常に米津曲を欲し、米津曲を聴いていないと不安に陥る症状が出てくる。マジです。
ハチ時代を知る者や、前衛的な表現を好む人に好まれていることが多い。…と書くと変な曲やアップテンポの曲ばかりなのか、と思いますが、乾涸びたバスひとつやトイパトリオットなど、意外にも現在に通じる明るい曲やポップな曲も多いです(ハチをちょっと追いかけていた人なら分かると思う)。ただ、その明るい曲も歌詞が不穏だったり音が一瞬不協和音を奏でたりしていてして面白い。個人的には恋と病熱、心像放映が今でも光る屈指の名曲だと思います。
現在では見られない露骨な不協和音や露骨な変拍子(といっても普通に聴くと変拍子に気づかないくらい自然に入れ込まれている)、奇々怪々なメロディラインなど、前衛的な表現が大量にあるのに全曲キャッチーで中毒性が高いため、リリース当時、彼の頭の中を疑ったファンは多いのでは。僕がそうです。
リード曲となっているゴーゴー幽霊船だが、マジで頭がおかしい。その声のサンプリングみたいなものはなんなんだ。幽霊の声なのか。
リスナーに向かってなんだその右耳のギターは。
抄本もおかしい。バンドスコアを見るとギターが6本入っているし、声が謎すぎる。やはり幽霊の声なのでしょうか。あと1分50秒イントロなのは凄い。てっきり初めはインスト曲だと思っていました。
こんな風に、このアルバムに関しては気になったことに言及していると全曲に触れることになってしまいキリがない。わけがわからない、なのにとにかくキャッチーで中毒性のある音楽に触れたい方は是非手に入れてみてください。このアルバム、全曲宅録というのがびっくりです。
このアルバムのコンセプト曲は…おそらく、多分、きっと、Black Sheepではないでしょうか。
彼はハチ時代から見ても、「例え全く意味の分からない歌詞でも、何の意味もない歌詞は書かない」という特徴があって、比喩や抽象表現などを駆使して、何かを描写していることがほとんど。ですが、彼の初期の曲は解釈が非常に難しいので黒い羊が何を表しているのか、歌詞が何を指しているのかを読み取ることはできません。
ただ、「ここは誰かのジオラマなのだ」という歌詞があり、アルバムのタイトルと同じ単語が使われているということは、この曲に大事な意味が込められていることは間違いない。…と思います。というかジオラマってこのアルバムのことでは?
Black Sheep、全体的には米津玄師本人のことや周りの環境のことを描いた曲なのではないかと個人的には思っているが、実際のところはどうなんでしょうね。
YANKEE
(代表曲:アイネクライネ)
名盤。ハチとしてのやりたい放題な米津玄師と、メジャーアーティストとしてのリスナーに寄り添う米津玄師の黄金比がここにある。
アイネクライネしか知らない(Lemonしか知らないという人も増えてきたね)人は多いと思いますが、そういう人でもアルバム単位で好きになれるし、ハチ時代から追いかけている人でもアルバム単位で好きになれるのがこのYANKEEというアルバムだと思います。保証する。
メランコリーキッチン、サンタマリア、花に嵐、海と山椒魚など個人的には名曲揃いのアルバム。クレイジー方面でもMAD HEAD LOVEや百鬼夜行が強すぎる。
収録曲にとにかく多様性がある。
テンポ、曲調、使う楽器、アプローチ、歌詞、本当に多様性がある。多様性がありながらアルバムとしてまとまっていて、一曲一曲の破壊力も高い。本当に名盤だと思います。
個人的にはKARMA CITYが心底狂っていると思いました。何か元ネタやインスピレーション元はあるのかもしれないですが、別のメロディの2つのボーカルが同時に存在するAメロ、統合されて広がるBメロ(サビ)に度肝を抜かれます。こんな音楽は彼でしか聴けない、と僕は思いました。
Bremen
(代表曲:Flowerwall/メトロノーム)
米津玄師が遠くへ行きたい時期のピーク。
Bremenというタイトルもそれを物語っているのではないでしょうか。ブレーメンの音楽隊になぞらえて、今いる場所より良い場所への逃避行を続ける彼自身を表しているのかもしれない、そう思いました。
正直に言うと、全体的に"薄いな"というのが僕の第一印象でした。ネットのレビューを見てみても、やはり他にも同じように感じる人はいるみたいです。確かに、YANKEEまでの彼の曲と比べると、一曲一曲のパンチは弱いかもしれないとは思います。でも今では、俗に言う"スルメ曲"ばかりが集まった結果だと僕は思っています。
なぜ"薄いな"と感じたのか。
それは、彼自身が意識的に"普遍的"、"普通"、つまり"ポップス"に寄り添うことを徹底したから。
初期アルバムのような変拍子は無い、不協和音もほとんど無い、音の使い方やメロディラインも、彼独特ではあっても「!?」となるような一発での味の濃さはないし、ハチ時代に作っていたあからさまなマイナーコードやアップテンポの曲がほとんどないというのが"薄い"と感じる原因だと思われます。
でも、箸にも棒にもかからないアルバムというには早計すぎる。
曲をよく聴くと、実はそんなに特徴が無いわけではありません。確かに初期に比べて毒はかなり抜かれていますが、彼でしか見ることができないような歌詞の言葉選びや独特のメロディラインなどは、少し言葉や音を穏やかにしながらも垣間見えます。また、一番大きな特徴は、今までの彼の曲より「米津玄師本人の感情」が非常に色濃く表れているように思える点。
さらに、応援したり鼓舞したり励ましたり、そういった正の方向への歌詞がとても多くなっています。というかこのアルバムは全曲そう。これは今までのアルバムにはなかった特徴です。
それが物足りない、という方は一定数いると思います。僕もその一人だった。でも、何度か歌詞を理解しつつ聴き続けると、ポップで耳当たりの良い音や言葉に隠された米津玄師の怒りや葛藤が段々見えてくる気がします。
ホープランドを例に挙げると、以前行ったライブのMCで本人が「この曲を書いた原動力は"怒り"」と語っていました。
こう聞くと、Bremenの収録曲たちに興味が湧いてきませんか?
このアルバムのコンセプト曲は確実にウィルオウィスプだと思います。この曲の歌詞内で、ブレーメンの音楽隊に例えられた"彼ら"は「僕らは行くよ 声を上げて 振り向かないよ」と言っています。これは決意の言葉ですよね。
この時期に発売された雑誌(ROCKIN'ON JAPAN)の本人インタビューでは「今までやってきた自分のための音楽はやめて、人のために、普遍的で美しいものを作りたいと思うようになった」という旨を語っています。
彼はこの時、ハチという自分と、そんな自分が作る曲から脱却したかったのかもしれません。まさに、「"ハチ"からの逃避行」なのではないでしょうか。
(代表曲:LOSER/打上花火/灰色と青)
海賊版、とタイトルが付けられたこのアルバム。
収録されているMoonlightという曲の歌詞でこのアルバムのコンセプトが大体まとめられています。たぶん
この曲には「本物なんてひとつもない でも心地いい」「偽物なんだってだからどうした?本物なんてひとつもない」という歌詞があります。
現在我々が聴いている音楽は、全て過去の音楽の焼き直し/再解釈だと言っても過言ではありません。
でも、音楽を聴いている我々は"そのアーティストのフィルターを通した再解釈"が見たいのだと思います。その本質を分かっていない人は、しばしば似た曲を持ち出して「盗作だ」と騒ぎ出す節があります。もしかするとこの曲を作るにあたって、彼がそう言われた経験があったのかもしれない。
YouTubeで公開されている春雷のMVも、挿入される解像度の低い映像や、時代を感じるベースの音(詳しくないので下手なことは言わない)に意図的なものを感じるのは僕だけでしょうか。そんなことはないと信じている…
ちなみに、このアルバムには主題歌やコラボ曲が多く収録されており、"米津玄師の活躍"を見ることができます。引きこもり(自称)だった彼は、確実に変化・進化している。人との関わりを拒絶してきた米津玄師が心を開いてきていることが分かります。(本人も言ってましたね)
先ほども言及したMoonlightには「「自分の思うように あるがままでいなさい」 ありがとう でもお腹いっぱい」という歌詞もあります。
彼は今、これまでやってきたような自分の100%やりたい音楽、自分一人で完結する音楽はもういいや、お腹いっぱい、と思っていそうです。
さて、このBOOTLEG、サウンドはもちろん歌詞が飛躍的に味わい深くなった印象があります。今までは中身に何かヤバイ中毒性のあるものが隠されている濃い味の謎の料理という印象だったが、このアルバムでは繊細で複雑、噛むたびに味が出る日本料理という印象でした。
また細かい話をすると、このアルバム、音圧が高いんですよね。DAWに突っ込んで波形も見てみましたけど、いわゆる海苔波形の一歩手前。大体-7〜-4LUFSくらいでした。これはエンジニアの個性なのか、コンセプトがあってのことなのか…流石にそこまではわかりかねますが…
もしかすると、味の薄い和食でも若者が食べやすいよう、パンチのある味を加えるために音圧を上げているのかもしれないですね。
前作Bremenで聴くのをやめた人、是非このアルバムで戻ってきて欲しい。
そして初期米津じゃないとキライ!という方は、爱丽丝 という曲を聴いて欲しいです。彼は初期のような曲を"作れなくなった"のではなく、"作らなくなった"ことがお分かりいただけると思います。ただ、この爱丽丝 という曲も単なる過去の米津玄師の焼き直し、懐古というわけではありません。ギター/アレンジにKing Gnuの常田大希、ベースに八十八ヶ所巡礼のマーガレット廣井を迎え、米津玄師一人では聴けなかった新しいサウンドになっています。新ステージに入り込んだ米津玄師、マジで良い。
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あとがき
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?つらつらと長文をすみません。
これを機に、ハチは好きだったけど米津玄師は嫌いな人、ハチも米津玄師もどちらも嫌いな人が、米津玄師に抱いている(と勝手に僕が思っている)
「メジャーに移った癖にマジミラでボカロ界に帰ってきたと思ったらイキってニコニコをディスったイタいやつ」
というイメージが払拭されれば良いと思います。マジで。
ハチは嫌いだったけど米津玄師は好きな人、どちらも好きな人、そもそもハチ=米津玄師を知らなかった人、アイネクライネしか聴いたことない人も、これを機に米津玄師に興味を持ってくれると僕が嬉しいです。一緒に米津を語ろう。カラオケで米津を歌おう。
アイネクライネしか知らない、ピースサインしか知らない、LOSERだけしか聴いてない、にわか、結構じゃないすか。他にも良い曲あるから聴こうぜ。
ということで勢い付いてイキッたところでお別れです。また何かの記事でお会いしましょう。
では。