児童文学概論

ヤングアダルトジャンルを読み、感想を示します。個人の駄メモです。ネタバレあり要注意。

ゴーストドラム

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不思議な緊張感が漂う作品。古の禁断の書を読んでいるかのような独特のオーラを感じる。

物語もとても整然とされていて普通に面白い。ぶっ飛んでいるという感じではなく、昔話にリアリティのある残酷さや自然の強さが加わったような内容だ。

ストーリーはとても単純である。ある国の人を信じない独裁的な王様が妻をとり、跡取りとなる男が生まれる。王様は自分の座を奪われることを恐れてその子を塔に幽閉してしまう。力のある魔女が王子を見つけて助け出し、弟子にする。魔女を憎む別の魔法使いが王様の後に王位に就いた女王に話を持ちかけて王子を連れ戻し、魔女を殺す罠を仕掛ける。まんまとその通りになるが、死んだ世界から魔女は帰ってきて復讐を果たす。そんな感じだ。

タイトルのゴーストドラムというアイテムが確かに物語の鍵となる。また魔法は人の耳に聞こえてこそ、効果を発するため、爆音でかき消せたり、耳を塞いでいたら魔法は効かないなど、まさに言霊を表している点も現代的だ。

多少、もっとこの世界で魔法を見たかったし、魔女が活躍する痛快な場面を楽しみたかったという不満もあるが、これはこれでクラシックでバランス的には問題ないだろう。

物語の鍵を握るアイテムとして氷のリンゴが出てくるが、これは実際にアメリカの寒い地域でゴーストアップルという名前で実在するのも面白い。リンゴの周りを氷が覆い、リンゴが朽ち落ちた後に氷だけがリンゴの形のまま残るという仕組みなのだが、昔の人が見たら魔法のりんごに思うはずだ。

永遠の命を授ける氷のりんご。とても夢のある話だ。

魔使いの弟子

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最初は全然面白くなく、読み終わるまでに2ヶ月もの時間がかかったジョゼフ・ディレイニーさんの作品。


ただ、2ヶ月目には中盤から後半を一気に読んでしまったくらい面白かった。

エンジンがかかるまでは遅いが、中盤以降の爆発力は眼を見張るものがある。

タイトルも至極平凡だし、ヨーロッパらしい暗くて陰鬱な雰囲気で、読む楽しみが感じづらかったが、それが最終的にはかなりの武器となる。その表現力たるや正直大人が読んでもかなり怖さを感じた。

子どもが読むとトラウマになるのではないかと思えるほど。

恐ろしい魔女のマザー・マルキンとの戦いのシーンはとても泥臭く妙に生々しい。ハリーポッターのような児童文学だと一騎打ちで秘めた力を解放して大きな敵をやっつけるみたいな感じだが、この本ではなりふり構わず、川に突き落とすみたいな必死感が伝わってくるのだ。

一般人が敵と戦うときっとそんな感じになるに違いないと妙に納得させられる。

またアリスという魔女にはまだなっていないが、これから魔女になるだろう魔女の娘の存在も面白かった。

敵が味方か、こういう存在は物語を本当に面白くしてくれる。いつ裏切るのか、いつ本性を現すのか、物語に緊張感を与える。

アダムスファミリーのウェンズデーのようなとてもキュートで魅力的なキャラクターだ。この作品はシリーズでまだまだ続編があるので、これからどのように変化していくのかすでに気になって仕方ない。

タイトルも平凡とさっき言ったが、実はよく読むとかなり変わった部分がある。魔法使いではなく、魔使いという点だ。

この本では、農夫とか助産師とか職業のひとつとして魔使いというものがある。鉄と塩をゴーストや化け物のような敵に投げて力を弱めたりと、除霊師やバンパイアハンターのような雰囲気だ。

そういう部分はリアリティ含めてオリジナリティがあり、クラッシックな枠を守りつつも現代的な共感できるファンタジー作品と言えるだろう。

魔法の館にやとわれて

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お馴染みのダイアナ・ウィンジョーンズさんの作品。原題は「Conrad's Fate」つまりコンラッドの運命ということ。


かなり邦題ではコテコテにアレンジされていて残念だが、中身は抜群に面白かった。

主人公のコンラッドは悪い業を背負っているとおじさんから言われ、このままでは今年中に苦しみながら死ぬと予言されてしまう。さらに、それを回避するには山の上の謎のストーラリー館に潜り込み、運命の相手を殺さなければならないと言われて、それに従って従僕見習いとして館に雇ってもらうことになるというストーリーだ。

謎の魔法に満ちた館にスパイのように潜入し、色んな謎が明かされていくワクワク感と、千と千尋の神隠し的な見習いとして成長していく様も同時に楽しめる本当によくできた作品だ。

友達やゲストとして潜入するのではなく、見習いというのが本当にいい設定で、いびってきたり大きな態度をとるイヤな先輩もいれば、厳しくも優しく先輩もいたり、時代背景や国、年齢など全て自分とは違うのにとても共感できてリアルに感じられるのがすごい。

特に最初の館への道中で出会い、一緒に雇われることになるクリストファーとのやりとりや友情が生まれていく様子はとても懐かしく、微笑ましい。クリストファーの謎も徐々に明らかになっていき、そこがわかってしまうと一気に関心が下がってしまうものだが、謎を知ってからがさらに面白い。

つまり最初から最後までずっと面白い。最後には1番の謎がどんでん返しとして待っており、ほぼ完璧な作品と言えるのはではないだろうか。

ひとつ文句があるとすれば、面白すぎて、読み終わってしまうのが悲しいこと。もっともっと長くてもいい、どうでもいい日常を、奥方様に給仕して、メイド長に怒られて、馬屋を見学して、ロバート卿の荷物を運んで、みんなで食事をしてと、ずっとこの世界観の話をみていたかった。

ファッションにも注目だ。貴族に使える見習いの格好はタイツをはいて縦のストライプのシャツと日本人からすると派手だが、とてもオシャレだ。当時は本当にこんな服をみんな着ていたんだろう。そんな知識を得られることも、想像を掻き立てることも素晴らしい。

大魔法使いクレストマンシーシリーズの時系列的には2作目の今作。

最初からだと、クリストファーの魔法の旅、魔法の館にやとわれて、魔女と暮せば、トニーノの歌う魔法、キャットとトニーノの魂泥棒、キャオル・オニールの百番目の夢、キャットと魔法の卵の順番に時系列が進むことになる。

シリーズものはどこかで似たり寄ったり、パターン化されて面白くなくなりがちだが、ダイアナさんの描く作品はどれも個性的で作品ごとにまったく違う世界観が生み出される。これからも面白い作品をまだまだ読めることを期待せざるを得ない。

グリフィンの年 下



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ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの生み出す想像力の結晶のような作品。

時代や時空、種別をすべて頭の中で生み出し、個性的なキャラクターを生き生きと自由自在に操ってひとつの愉快な物語を描く。まさに魔法使いは作者自身なのではないかと思わずほどオリジナリティの高い作品だった。

今作ではケリー学長の魔力の高さが際立っていた。前作のダークホルムの闇の君含めて、魔法をはっきりと使ったのは今回が初めてかもしれないが、通常魔法の効かないはずの不良グリフィンを一瞬で石に変えてしまった場面は意外であり、とても痛快だった。

前作もそうであったが、うまく現代の経済を絡めている点もユニークだ。

今作では教師目線での学校運営と学生目線でのキャンパスライフがうまく交差しながら描かれ、完全なるファンタジーなのに現実味が加わっているのもさすがだ。

最後に恋愛のエッセンスが入るのも、少しオチのために取ってつけた感はあるがイヤな感じもなく、とても好感触で受け入れられる。

最近の作家さんは恋愛を中心にして物語を組み立てがちだが、個人的には好きではないので、こうした作品をよく研究して、恋愛に頼らずとも魅力的で一冊の中で成長を見せることができるという理解が広まるといいなと思う。

今作では若手の活躍が多いに描かれ、とてもフレッシュな魅力や感性に満ちていたのが非常に面白かった。



トニーノの歌う魔法

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呪文は性格な歌詞と音程で歌うことで魔法が発動するという、少し変わった設定が魅力的な作品。

ロミオとジュリエットのようなソワソワする展開もあり、とても面白かったし、世界観は秀逸だ。

これこそジブリでアニメ化すればとんでもなくあっさりと世紀の名作が誕生するだろう。

魔女の宅急便ハウルの動く城を足したような、痛快な作品だ。

パンチ・アンド・ジュディというイギリスの伝統的な人形劇が物語のキーワードにもなっていて、非常に物語にダークさと奥行きを足している。

絶対に読んでみてほしいと思えるいい作品である。

魔法使いはだれだ

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ある中学の2年Y組の生徒たちが主人公となり、クラスの中にいる魔法使いは誰なのかを巡って起きるドタバタ劇。

少し意外だったラストも含めてなかなか面白かった。

唯一残念だった点は、登場人物の名前が多く、似たような感じだし性格も似たり寄ったりで、全然誰が誰だか誰なのか中盤まで覚えられないまま読むことになることだ。

正直、主人公が誰だったのかいまだによく分からない。少なくとも途中からナンとチャールズの2人はメインキャストだとはわかったが。

もう少し、登場人物を少なくするか、外見や性格の面でキャラを立ててくれないと、知らない学校のクラスに自分が突然送り込まれて、傍観しているような感じになる。

クレストマンシーシリーズとのことだが、あくまでメインは学生たち。

どこの国だろうといじめっ子がいて、いじめられる子がいて、友達だったり、嫌なやつがいたりするのは変わらないなと思う一冊。

ペッパー・ルーと死の天使

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イギリスの作家ジェラルディン・マコックランさんの2009年に出版された作品。日本語版は2012年に発売と割と新しい作品である。

読んだ感想としてはちょっと残念な感じ。

読み物としてはしっかりしてるが、何か期待していたものと違ったのかもしれない。

14歳までに死ぬと予言された1人の少年ペッパーが、じっと死を待つのではなく、運命から逃れようと海に出たことから物語は始まる。

行く先々で問題も起こすし、人が死んだりするが、持ち前の優しさで愛されもする。

ただ正直、読んでいる側としてはペッパーのことを好きになれなかった。

作者は忠実に14歳の少年を描いたつもりなのだろうが、逆にそれがいけなかった。世間知らずだったり、発想が幼稚すぎて読んでいてイライラする。それなのに、大きな問題を解決しようと大胆に首を突っ込むから物事がややこしくなる。

それが面白さじゃないかと言われたらそうなのかもしれないが、実際に法やルールを破っているため、その大胆さや優しさが余計に独り善がりのもので腹ただしく感じるのだ。

最後のオチも、未成年の少年がやったことだから、全部チャラだよねという責任を持たないところもただただ面白くない。

主人公は一度だって責任を取らなかった。痛い目にもあっていない。嘘をついてお尻をぶたれることも、涙ながらに説教されることもない。

死んでしまう運命が悪いと、好き勝手嘘を重ねて、エープリルフールだって優しい嘘だから許されるなんてことはない。

周りをめちゃくちゃにして、最後は逃げて次の面白い生活の始まり、みたいな後ろ向きなくせに、優しいから許してみたいな感じが最高に気持ち悪かった。

作者はチャップリン的な痛快なドタバタ劇を描きたかったようだが、キャラやユーモアを間違えてしまったようだ。

チャップリン星の王子さまを足したような歪なストーリー。完成度は30〜40パーセントといったところか。タイトルやあらすじを見て期待をして読みたくなるのは私も同じだったが、オススメはしない。

唯一良かったのが、舞台が1910〜20年の古き良きフランスという点だけだ。

不思議を売る男

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ジェラルディン・マコックランが書き、本国イギリスで1988年に出版され、1998年に日本語版が発売されたこの本。

カーネギー賞とガーディアン賞を同時受賞したすごい作品だ。

原題は「A PACK OF LIES」なので、だいぶ味付けされた邦題となっている。

中身は不思議な短編を1つのストーリーの括りの中で見せて行くというもの。

お婆ちゃんが、孫に夜な夜な不思議な物語を聞かせるというフォーマットに近い。ただ違うのは、夜な夜なではなく、骨董屋のなかで、来たお客さんにそれを話して買ってもらうという中で、その周りにもストーリーが展開されることだ。

確かに目新しい感じはするが、いまいちハマらなかった。

不思議な男が物語を語って、客が引き込まれてその商品を買うという連続に途中て飽きてしまうからだ。どんでん返しや逆境に立つことが一度もなかった。

しかも最後に不思議な男が店を去る理由も不明だし、何者だったのかも曖昧で、ただ作者がオチを逃げたとしか思えない。

読書の想像に任せますというのは良い時もあれば絶対に使ってはいけない時もある。今回がまさにその時だ。

前振りや伏線を最後にすべて回収すべきだった。そういう本だと思ったし、読み進めるにつれて自然と気持ちが高まった。

1988年の当時では評価されたかもしれないが、今読んで普遍的な面白さがあるかと聞かれたらNOだろう。

不思議な男MCCはもっと不気味に描くべきだった。もっと敵か味方か、人間か悪魔なのか分からないようにもっと謎を散りばめて、伏線を張るべきだった。

中途半端に人間的で優しく、これでは普通のそこら辺にいる販売員さんである。

何もMCCの正体に期待もドキドキワクワクしなかった。興味を惹かれない。外見もありがちな風変わりさで、中途半端だ。

これは、この作者の性根の優しさが、作品に出ているのだろう。すごく優しくて、児童書で誰も傷つけず温かい気持ちになってほしいという気持ちが込められているのはよくわかる。

ただ、それが読み物としての完成度を下げている気がする。

情景描写はとても上手いので他にも作者の作品を読んで見たいと思うが、キャラクターにこれ以上共感できなければ、私には向かないということだろう。

グリフィンの年 上

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ダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの「ダークホルムの闇の君」の続編。

前作がとてつもなくユニークな設定や世界観、キャラクターの繊細な描写で楽しまさせてくれた分、否応にも期待値高く読み始めた。

まだ上巻を読み終えただけだが、もう満足感でいっぱいなほど面白い。まだ前作の狂気じみた面白さを超えてはいないし、キャラクター名と顔がたまに一致しなくなる点は変わらないが。

ハリーポッターの魔法学校ではなく、ここは魔術大学。そこに新一年生として入ってきたそれぞれ過去や秘密を抱えた6人。誰も見たことのないけど確かに共感できるキャンパスライフが描かれる。

前作を読んでいた方が間違いなく楽しめる。大学勤めの魔術師の先生方のキャラクターはとても愉快で人間くさくもある。さすがダイアナ・ウィン・ジョーンズ先生だ。

ネズミにさせられたまま逃げ出した海賊と殺し屋が、次の下巻でどのような騒動を巻き起こすのか。間違いなくさらにドタバタを極めることになるはずだ。

ゴーストの騎士

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ドイツの作家コーネリア・フンケの作品。「どろぼうの神さま」で有名な作者の2011年に本国で出版された本だ。

とても読みやすく、シーンの描写も丁寧だし、人物を描くのもとてもうまい。幽霊や騎士、古い学校といったワクワクさせる要素もあるし、少年と少女の恋愛的な要素もある。

とりあえず読んでおいて損もなく、お値打ち感のある本だ。

一点だけ気になる点があるとすれば、主人公ジョンのことがきっと好きで、色んな場面で無条件に助けてくれるエラが、なぜジョンのことが好きなのか。好きになったのかが全く語られないまま、死を覚悟してでもジョンを守ろうとするのは説得力がなさすぎる。

同じ霊が見えるという点だけではなく、何かしらのきっかけがないとそこまでできないはずだ。割とこの2人の硬い信頼関係がベースにあってこそ、この物語は筋を成しているので、もう少しその辺りがうまく語られると尚良かっただろう。

史実に基づいているというのもとても面白い試みだ。完全創作でない分、歴史を知らない日本人の我々が読んでも自然と納得してしまう妙な説得力があるのだ。作者の他の本も読んでみたくなる、そんなきっかけになるようなチャレンジングな作品である。

ガンプ 魔法の島への扉

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イギリスに住むエヴァ・イボットソンの1994年に本国で出版された作品。

ネバーランドのような幸せな島からロンドンに出たときにつれさられた島の王子を探す物語。舞台は現代のロンドン。空想の世界と現代が繋がった不思議な冒険奇譚である。

とても読みやすく、設定もユニークで単純に楽しめた。ゲゲゲの鬼太郎的な雰囲気に慣れた日本人ならすんなりこの設定にハマるはずだ。

特にこの中に出てくる不思議な生き物キリフキは印象的だ。丸くてふわふわでポメラニアンをさらに丸くしたような姿を想像し、誰もがきっと癒されるはずだ。

読み始めると、すぐにつれさられた王子が誰だかわかるのも一興。我々も知らないふりして温かく読み進めるが、最後にこの人が実は王子でした!ってなるが最初から知ってたよという。

普通ならわかった時点で、冷めてしまう気もするがちゃんとその上で最後まで読ませる暖かさみたいなものがある。難しくないので少し疲れたときや、軽くリフレッシュしてみたいときに読むといいかもしれない。

錬金術

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ニュージーランドの作家マーガレット・マーヒーさんの2002年に出版された作品。

この方の本を色々と読んでいるとわかるが、初期の作品「足音がやってくる」の現代版リメイクのようだ。

良い年のお婆ちゃんが書いたとは思えないほどティーンの恋愛をリアルに描き、性描写まであるとは驚きだった。

同級生の秘密と奇術師クワンドゥとの緊張感溢れるやりとり。なかなか面白かったのは事実だが、これまでの作品を知っているととてつもなく違和感もある。

さすがだなと思ったのは、魔法ではなく錬金術としたところ。魔法だと現代の描写において、浮きすぎて真実味がないからきっと錬金術としたのだろう。

相変わらず癖のない文章で、ニュージーランドの自然や広々とした街並みが目に浮かぶような作品だった。

嫌味なく、このレベル感で書ける作家はなかなかいない。ただわがままを言わせてもらうともう一つ想像を超えてほしい。やり過ぎてもいいといつも思ってしまう。

魔法があるなら

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デパートに住んでみたい。小さい頃にそんな想像をしてみたことがあると思う。

しかも、閉店後まで店内に隠れて、誰にも気付かれずにそのまま自分だけが店内に残るなんて想像しただけでとってもワクワクすることだ。

しかし、よく考えると、セコムのような警備システムがあるから警報機が鳴ったり、警備員が巡回していてすぐ捕まるし、何かを盗むという目的がなければ長時間滞在しても意外とメリットがないとすぐにわかる。

だからこそ、この本がそんな夢のような話をかなえてくれる。

舞台はイギリス。老舗の高級デパートであるハロッズの重厚感に、セルフリッジの多様性を足したようなスコットレーズデパート。ありそうな名前だが、実際には存在しない架空のデパートだ。

そこに親子3人がこっそり住み着いて、色々と物語が展開される。

物を盗みたいわけではなく、貧しくて行き場がないため、止むを得ず住むわけだ。しっかりした長女は見つかるとまずいから反対し、能天気な母親にイライラしながらも幼い妹と親子3人で離れずにいられるように何とかがまんする。

なぜかクリスマス的な雰囲気が漂うとても暖かい物語で、映画ホームアローン見ているような気持ちになる。

きっとそれは、長女リビーの語りで物語が回顧録的に進むからだ。子ども目線で物事を見て考えるのだが、全然大人の思考と変わらない。むしろ、このとき母親はどういう気持ちだったのかなと、アナザーサイドストーリーが気になるし、ぜひ母親目線でももう一度描いてほしい。

ちなみにこの「魔法があるなら」は実際にテレビ映画となってイギリスのBBCでクリスマスイブに放送されたそうだ。

映像版もとても面白そうだと思う。きっと誰が見てもワクワクする暖かい物語なんだろう。

この本は珍しく、食への描写が多い。割と児童文学だと、食べ物食べるシーンが少なく、こいつらパンとチーズを昨日の夜かじって以来ずっと食事シーンがないけどよく体力持つな、なんてこっちが心配になるくらい忘れられがちだ。

特に美味しそうに食べ物を見せるというアプローチは海外の本だとほとんど見られない。ストーリーが優先で、食事はあくまで生きるために最低限の取るだけのものという位置付けである場合が多い。

この感覚の差は我々日本人と海外の人の差かもしれない。だって日本人は食べるのが本当に好きだから。この本では、色んな料理、食べ物が出てくるがどれもとても魅力的で美味しそうに描かれる。

デパートの中で手に入る食事。それは食品売り場で売られている、いや残っている期限切れのもの。フィッシュパイやバニラヨーグルト、ピザなどありきたりなものだけど、ある意味無人島で食べているような感覚なので、想像するだけでお腹が空く。あったかくて量があるだけでこの状況なら幸せだろう。

ありとあらゆるデパートで暮らすための可能性を講じながら、1週間以上主人公たちは暮らすため、この本を読めば自分もデパートで暮らすことができるんじゃないかと思える位よくできている。さながらデパートに住むためのマニュアル本とも言える。

アマゾンの奥地やジャングルに行かなくても、ピラミッドの奥に隠し通路を見つけなくても、近くでこんな心踊るような冒険がある。おもちゃを独り占めにして、好きなテントで寝て、お店のアイスを好き勝手食べて、常に最高品質の物に囲まれて。だけどそれでも本当の幸せにはなれない。

狭くて、物がなくても、安心して好きな時にいつでも、好きなだけいてもいい家があること。そして家族がいること。

お客として特別な気持ちで特別な場所、スコットレーズデパートにいけること。それは自分たちも一緒であり、大切なことだと思う。

見習い物語 上

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イギリスの作家レオン・ガーフィールドさんの短編集。1982年に書かれたものだが、作品自体18世紀のイギリスを舞台に描かれているので、さらに古い感じがする。

むしろ本当に18世紀に書かれた本を読んでいるような錯覚に陥るほど、当時の生活ぶりや街並み、風習が生き生きとに描かれている。

短編集なのに、短編同士が繋がっており、人物や街並みが他の章でも出てくるなど工夫というか遊び心もある。

読んでいて思ったのは、当時のロンドンは地獄のようだなということ。

文化が発展し始めたばかりで人々は欲に満ちており、街は汚くて暗く、貧富の差が生まれ、生活するのがやっとだ。今の世界とは全く違う、荒廃した世界。

生きるのがやっとで、仕事の種類もなく、産まれたときの身分から上がることができない。

この本では、そんな見習いたちが主人公だ。当時は7年間見習いとして耐えて働いてやっと一人前になるという習慣があったそうだ。その間はただひたすらに耐えて、生き抜くということだ。

今で言うところのブラック企業だろうか。

日本でも3年間は勤めてようやく一人前みたいに言われることもあるので、年数で技量を測る点は一緒だ。

多少日本の職人の世界にもまだそういう部分があるとは思うが、労働環境や法律の遵守に特に注目が集まっている現代ではなかなか厳しいところだろう。

ただ、やはり職人の世界では親方の下について弟子として働きながら腕や技を磨くというのはとても大事なことで、1日8時間勤務で後はプライベートの時間を大切にする、なんて甘いことは言ってられない。

それだけ見習いになるというのはプライベートを捨てて、どんな辛いことにも耐えるという覚悟が必要なことだし、当時なら尚更辞めてしまったら他に食べて行くこともできないので、歯を食いしばってでも耐え抜くしかなかったはずだ。

そんな見習いの気持ちを逆手に取って、辞めないし逆らわないというのを良いことに無茶苦茶する親方もいたのだろう。

本当に一か八かの世界だ。やはり、そんな世界でも、そこを天国にするか地獄にするかはそこにいる人次第だ。

きっと今の時代にも当てはまることだろう。

とても読みやすく、古臭さもない良作だと思う。特に、当時の暮らしを知れてとても勉強になるので一度読んでみると良いだろう。

スピニー通りの秘密の絵

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アメリカの女性作家ローラ・マークス・フィッツジェラルドさんの作品。「卵の下を探せ」という祖父の死に際の言葉から始まる物語。

とても読みやすく、どんどん明かされて行く謎と近く真実。冒険をするようにとてもワクワクして読めた。

ダビンチコードに近い感覚の本。だけど常に愛嬌とユーモアが漂い、軽く本を読みたいという人には強くオススメできると思う。

登場早々にいきなり交通事故で息を引き取るところから始まるおじいちゃんジャックの過去に関する物語だ。

全ての謎はそこからすべて始まり、含まれている。

宝の地図というテーマのは児童文学において、永遠のアイコンだと改めて思った。そして、私は未だにそのトキメキと興奮の虜になっているんだと気づく。

最後のオチである暖炉の下でお金と共におじいちゃんの手紙を見つける場面は、ずっとそこを探していたはずなので今更気づくかという多少現実味に欠けるが、そうこなくっちゃというカタルシスでもある。

自由に勝ることはない。お金や名誉、誰にどう思われようが、自由を謳歌し、味わい尽くして死ねれば、後悔ないというメッセージにはとても共感できる。

ニワトリというひたすら地面をつつく鳥の習性も、ひとつの人生のメッセージになっていて面白かった。

また母親のキャラクターがとても良い。あり得ないようだけどこんな人実際にいるよなという頭のネジが少しズレているけど、イカれているわけでなく、強烈な目的に向かってただひたすらに集中しすぎて社会性を失った人。

母親としては失格だが、その分その子供はしっかりする。うまくバランスが取れるようになっている。

友達のボーディもいいキャラクターだ。初めての友達が、セレブみたいな設定はやはりワクワクするし、実は孤独を抱えた似た者同士だったりする。

友情もとてもスッキリとアメリカらしく描かれている。日本を舞台に日本人が描いていたら、2人がやたらケンカしたり、妬み嫉み、男の子が登場して関係を拗らせようとしただろう。

日本人は良くも悪くもやたら、そういうふうに内面を深く書きたがる。

そういうのを求めている人もいるだろうが個人的には好きでない。重くなるとストーリーがブレるし、読んでいて嫌な気持ちになるだけなので、こっちは求めていない。そういう点において、この本は満点だ。