み言でしりとり

み言をしりとりで書いていきます。

ルーシェルから

原理では、大体ルーシェルと書かれています。
明けの明星、堕天使、サタン…
みことばを探すと、ルーシェルから神様へ、ルーシェルから真のご父母様へ、ルーシェルから人類へ、というような感謝&謝罪文が見つかります。
もう既にサタンには真のご父母様が勝利し、屈服しており、今日、私達に悪事を働くのは悪霊人たちなんだとか。
感謝、甘受でこえていこう。

生きるということは…?

「生きるということは、悪の要素を除いて善の要素の本質へ接ぎ木することである。」

今日は、実は私の霊の子の、
「霊の誕生日」です。

伝道において、その人が導かれるきっかけと初めてなった人を「霊の親」といいます。
そして、霊の親からして、その人を「霊の子」といい、初めて出会った日、声をかけた日を「霊の誕生日」といいます。

聖書に「死人の世話は死人に任せるがよい」
と言われていることから分かるように、
人には2種類の死がある、つまり2種類の命があります。

1つは肉身の命、もう1つは霊的な命です。

人間は堕落して、神や霊界、人生の目的、善悪などについて無知になってしまいました。
これが霊的な死ですね。
善悪の果について神がアダムとエバに、
「とって食べてはならない。死ぬであろう。」
と言われたのはこの死を意味します。

霊の親に導かれて原理に触れ、これらのことについて学び、神に出会って、堕落前の本来の人間の状態に戻っていく。霊的に死んでいる状態から、生き返っていくようになった、というわけです。

まだまだ1年目、
ホヤホヤですが、
可愛いもんです。

霊の誕生日、おめでとう。


一心不乱一生懸命

「み旨と世界」に載っている、
有名な講演文のタイトルです。

一時期は毎日のように読んでいました。

カッコ良くて、救国救世!っていう
み旨に燃える、熱い感じが好きでした。

余談ですが、
私が中学校のときの運動会のスローガンも
「一心不乱」でした。

また読んでみようかな。