フランス博士留学記

クロワッサンうますぎるだろ。そしてクロワッサンという発音は100%伝わらないと思う。

留学の意味とは 〜 在仏一周年に際して 〜

⒈ human beatbox(ヒューマンビートボックス)

一ヶ月ほど前、human beatbox(ヒューマンビートボックス、ボイパ、ボイスパーカッションとも)という、口から出す音のみで主に打楽器の音を再現するパフォーマンスの練習を何年かぶりに再開し、つい二週間前にはアンプとマイクまで調達し本格的に練習を始めた。human beatboxがなんたるかは以下の動画を見てもらえれば分かると思う。

 

www.youtube.com

こちらはDave Croweというbeatboxerだが、前半のクオリティの高さはさることながら、7:55あたりから始まる怒涛のbeatboxとハーモニカの合奏は思わず画面越しに拍手を送りたくなる傑作である。

 

このhuman beatboxを僕はこのほど寮近くの広場で練習し始めた。人に聴かせられる段階ではないので人通りが少ないところを選んだが、それでも通行人はいる。手を振ってくれる人、車を徐行しながら珍しそうに見てくる人、中には歩きながら踊り出す人までいた。Dave Croweの足元にも及ばないことは大前提として、僕は人の心を動かすことにある種の面白さを感じた(という表現は些か尊大で恥ずかしいが、踊ってくれる人がいたのは少なくともその数秒間は楽しんでもらったと解釈してもいいと思う)。

そしてこのことこそ、僕がこの一年の滞在で得た最も大きな成果だ。 

 

2. なぜそれが成果なのか

なぜそれが成果? そんなことより学業・研究はどうだったのか? 一年の滞在でフランス語はどれほど上達した? おそらく皆そう思うだろう。なんで急にそんな突飛な音楽だかパフォーマンスだかの話をし始めたのか。

話の要点は、この人に見せられるレベルではない余興を人の通るところでおかまいなしに練習し始めたという点にある。

フランスに来る数年前もbeatboxを真面目に練習していた時期があった。でもそれは家の中でブツブツ練習してるだけ、外での練習なんて考えもしなかった。だって見られたら恥ずかしいから。でもこの在仏一年を迎えるこの頃、僕は迷いもせずアンプとマイクを片手に寮を飛び出した。外でやれば大きい音で気兼ねなく練習できるからね。恥ずかしさ、ためらいなんて微塵もなかった。

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購入したアンプとマイク

 

3. 何が変わったのか

この一年で僕の何かが劇的に変わっていた。確かにフランス語力はある程度上達し、博士課程の一年間で学んだ専門知識もそれなりにある。でもそれらを圧倒して変化した何かがある。寮の部屋に戻って新調したマイクをアンプを見つめ、自分の口で奏でたリズムの余韻に浸りながら僕はふと気づいた。

そう、それは行動力だ。やりたいことを臆せず即実行する力。

多民族国家とはいえやはりアジア系は珍しく、ましてや何やら珍しいパフォーマンスを外でしていたらそれはそれは人目につくにちがいない、日本でもしたくないのにましてフランスで、と渡仏直後の僕なら考えていたはず。僕はいつからこうなったのだろうか。

 

4. 何が僕を変えたのか

渡仏直後僕はフランス語がほとんど話せず、高速のフランス語で誰かに話しかけられたらと思うと寮から出るのも嫌だった。

学校の簡単な事務手続きでさえ、これはどうフランス語で説明したらいいんだろうか、とか、『言葉の通じない面倒な学生来たな』なんて思われたらどうしようか、などと前日の夜からずっと考え緊張してうんざりすることもあった。

日々の雑談の輪に入れず、いつしか手持ち無沙汰を隠すために、すでにカップが空にもかかわらずで飲んでいるふりをする癖がついてしまった(それは未だに治っていない)。

パーティで盛り上がる冗談についていけず、話し相手もいない。所在なさを隠そうと酒だけ無駄に進むのはよくあること。

居づらそうな食事会や飲み会の誘いを忙しいと嘘をついて断ったことは一度や二度ではない。

 

しかし海外生活はそんな臆病は容赦なく破壊してくる。パーティや飲み会、普段の雑談はともかく、事務手続きや買い物、住居に関する質問などは自分で処理していかなければ生きていけないからだ。

そんなことを毎日毎週365日繰り返したいま、気づけば日常のほとんどのことは日本にいた時とさほど変わりなく、抵抗無くなく行えるようになっていた。フランス語が少し上達し自信を持てるようになった影響はあるかもしれないが、小さいことを恐れなくなった。もはや学校や銀行の手続程度は日本でするのと同じくらいの心構えでできるし(それでも高度なフランス語力を要する場合は手伝ってもらうこともあるが)、フランス人だけの集まりに呼ばれてもそれほど億劫に思うこともない。むしろ友人が増えていくことを楽しめるようになった。

 

5. 慣れを克服すること

もう一つ、我ながら頑張ったと思うことを書いておきたい。

通算13,4年ほどやっていた剣道を渡仏後に再開した。スポーツというのは大変便利な交流の手段で、日本人ということもありこちらの剣道クラブでは非常によくしてもらって感謝の言葉しかない。

その剣道だが、渡仏2ヶ月弱で僕はパリの剣道クラブの練習に月一程度で参加することをなぜか決意した。当時のフランス語レベルは、せいぜい会話中の数単語からなんとなく内容を想像できる程度にしかなっていなかった。 

住んでいるポアチエからパリまでは高速鉄道や地下鉄を使ったり、パリではユースホステルに泊まったり、行った先のクラブではまた知らないフランス人たちとなんとか会話しなければならなかった。

2ヶ月というと、語学力は大して変化がないものの、だいたい日常生活の一通りを経験し、慣れが出てくる。ポアチエではフランス人の友人もでき、何かあったら頼める相手もできた。

なぜ突然、週末宿泊してまでパリに剣道しに行こうと思いついたのか全く覚えていないが、『いまここで行動しないとずっとこの壁を越えられないだろう。』と感じた記憶は有る。

このパリ遠征を月に一度程度の頻度で繰り返したおかげで、度々訪れる慣れの感覚を払拭することができ、その度に兜の緒を占めることができた。

 

6. 留学の意味とは

僕の大学時代にお世話になった、海外経験豊富で研究者としても成功している恩師がこう言っていた。

『留学したらハクが付くとか、就職に有利だとか、そういうメリットは少なくともエンジニアや研究者の世界ではあまりない。結局専門家としての実力が重要で、海外に行ったからすごい、なんていうことは全くない。』

全くその通りだと思う。分野にもよるが、海外、特に欧米の方が日本の博士課程よりいい、なんていう保証はないし、むしろ言語のハンデがある分、日本でやるより理解の質、研究の効率といった点ではマイナス要素が多いのではないだろうか。それでは留学する意味とはなんだろうか。その恩師に言わせれば、

『精神力が培われること。』

だそうである。

一年経ったいま、僕は諸手をあげて賛成する。精神力とは、言い換えれば行動を起こす際に伴う心理的障壁を越えていく、あるいは壁とすら思わない力、すなわち行動力ではないだろうか。そしてそれこそが人生に必要な力のひとつだと確信している。

フランス語もいま学んでいる専門知識も、今後の進路によってはほとんど役に立たなくなることもあるかもしれない。しかし、この一年で培った行動力だけはどこへ行っても、どの場面でも役に立つにちがいない。

この行動力の欠如によって僕は多くのチャンスを逃してきた。別にケガをするわけでもなくお金を大損するわけでもないのに、なんとなく腰が重い、ちょっと恥ずかしい、そんな理由で適当に言い訳をつけて回避してきたものは数え切れない。ちょっと行動してみるだけでこんな新しい世界が見えるのか。広場でbeatboxを練習してみただけなのに、一緒に踊ってくれる人に会えるのか。それがこの一年の最大の発見である。

 

そう、しばらく放置していたブログもその気にさえなれば3時間で一稿かけてしまうのである。 

 

終わり。

 

 

 

以下、本文に関連して。外国生活はここでいう「アウェイ」な環境の良例だと思う。

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