お気の毒、その2

もう一つのお気の毒。


摂食障害の当事者の人。


最近、ショックな出来事があり、落ち込んでいた。


ここしばらくは過食傾向にあったのだが、その出来事を境に食べられなくなった。


また、その出来事があってからパニック発作が酷くなり悩んでもいた。


「そういう出来事に直面したら精神的にダメージを受けて何らかの症状が出るのは自然なことだよ」

と話してみたところ、

パニック発作は食べていない事が原因だ」

と言う。身体的な事が原因である、と思いたいらしい。


しかし強い不安感の訴えはあるので、職場でゆっくりしてもらっていた。

昼食時、「食べない?」と促した。

ショックで落ち込んでいる時だからこそ、美味しい食べ物をあたたかい雰囲気で食べる事は大切だと思ったから。

食べられなくてパニック発作が起きていると思い込んでいるのならなおのこと。


意外にも本人は食べた。

皆と一緒におかわりまでして。


周りの人達は皆優しく話しかけ、三食食べた方がダイエットにも良いらしい、という話もしてくれた。


摂食障害

安心できる場があること、自分に応援団があること、などを実感してもらう事が大切だと考えていた。


今日をきっかけに、少しでもそれを感じてもらえただろうか。



帰宅後、本人からメールが。


「不安感の真っ最中です。あまり食べろ食べろと勧めないで下さい」


まあ、ねえ(笑)。

甘くなかったね。


職業を離れての、私個人の感想は。

お気の毒。


作りたての美味しい食べ物。

それをあたたかい会話の中で食べる。

こんな幸せが見えないのだ。


「痩せて綺麗になりたい」という願望の為に。

そんなものの為に。


お気の毒。




お気の毒。

お気の毒。


そう思うことにした。


毎日、何かにつけ怒りまくる上司。


皆、現場を何とか良くしようと、最善を尽くそうと頑張っているのに、

現場が団結して頑張れば頑張る程、

「自分を仲間外れにしている」

という疎外感しか感じられない上司。

「そんなやり方は駄目だ、お前らは何もわかってない!」

と叱りつける事で、自分の存在感を示したがる上司。

その主張を正当化する為に事実を曲げてまで、なのだ。


仲間外れのように感じる事自体、アサッテの反応だし子供じみているのだが、

現場に出ては怒りまくることしかやっていないのだから、皆から敬遠され、結果仲間外れのようになるのは当然のことだ。


しかしまあ、現場の皆が団結して利用者さんの為に頑張る、という、本来なら喜ぶべき事を喜べないという事は不幸な事である。


お気の毒。





怒りを受け取らないのだ。

毎日、仕事仕事の日々。

そらー、休みの日はそれなりに充実させているつもりだけど、
この頃は疲れてて、休みは寝てしまうことも多く。

仕事漬けってもう嫌だ、ということはハッキリしている。
「仕事と自分の距離」をここ数年意識し続けている。
仕事とはキッパリ距離を置きたい。
仕事はあくまで金を稼ぐ手段であり、一番大切なのは、自分の家族と自分の生活だ。
(生活には衣食住の他、趣味遊び含む)

ところが気がつけば、帰宅後も休みの日も、仕事の事が頭を離れない自分がいる。
なんなら休日出勤もしかねなくなってる自分。

そうまでして何を求めているのか?

それは、上司からの評価だ。
上司はやり手でカリスマ性があり、とても魅力的な人物だ。

しかし昔から慢性的に部下や自分の現場に不満を抱えており、ことある毎に怒りを爆発させている。

爆発の日々がある程度続き、
次に抑うつ状態になる。(でも怒りの期間より遥かに短い)

医者にかかった事があるらしく、「双極性障害」と診断されたそうだ。


今も上司の怒りは日々激化しており、そんな上司に不信感を持つ者も出て、現場は微妙な空気。

そんな上司にすっかり巻き込まれ、仕事漬けになりつつある自分。

これではバーンアウト一直線だ。

とりあえずは、上司の怒りに必要以上に巻き込まれないようにしたい。

上司の怒りは一見正論だが、伝達方法が叱責して怒鳴り散らすというもので、かつ、一貫性にかける。

我々部下にしてみれば、
「じゃあ、具体的にどーしろと?」
という感想しか持てない。

病気なのだから仕方ない、現場を思うあまり、不安に駆られて怒りをコントロール出来なくなっているのだね、
それはそれで気の毒だね、
と思うしかない。

上司の病ゆえの怒りを全面的に受け止めると、
「完璧にやらねば、また叱られる…」という強迫観念じみた思いに捉われ、仕事が苦しくなる。
また「完璧にやれば上司の機嫌も良くなるだろう」という期待から仕事をするので、
「やってもやってもまだまだ終わらない」という、これまた苦しい状態に陥る。

上司の要求に応えようとすればする程、
「まだまだ足りない!まだまだ駄目だ!」
と、要求自体も激化するような気がする。
砂漠に如雨露で水を遣っているようだ。

だから、上司の機嫌は取らなくていい、怒りを受け取らなくていい、要求に全て応えなくていい、
としよう。
じゃないと、消耗して潰れてしまう。

上司の怒りやそれに関連する要求、不満を、自分が解決せねばならない責任は無い。
それは上司の問題。上司の責任。
(上司はその責任を我々部下に負わせようとしている様子だが)

自分が出来る事は、この怒りの日々の中で、自分を癒し、自分の仕事と健康、家族や生活を守ること。

自分が持っている大切な宝物を守ること。
宝物を持つ自分の幸福を、改めて噛み締めること。

そして、
出来れば、その幸福で充電した優しい気持ちを、
上司を含む周囲の人々に向けること。
出来れば。本当に出来れば、の話。

まあ、無理せず、ぼちぼち行こう。