練習帳

観た舞台について。バレエとダンスが中心。

バットシェバの来日公演が中止になった

イスラエルを代表するダンスカンパニー、バットシェバ舞踊団が来年1月から2月に埼玉・福岡・滋賀で予定していた公演ツアーの中止が発表された。

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理由は「イスラエル情勢の悪化」。10月下旬時点で、今年11月のドイツとオーストリアでの公演がキャンセルとなっていたので、来日も中止になることは覚悟していた。

ただ幸運なことに私は、今回の来日公演で上演予定だったオハッド・ナハリン振付の最新作『MOMO』を、今年の6月にパリのラ・ヴィレット劇場で観た。

theatre-chaillot.fr

フランスを訪れていたのは博士論文の調査のためで、パリで『MOMO』を観る前日まで約3週間にわたってフランス各地の文書館や建物を飛び回る生活をしていたので、その時は心身ともに疲れ果て観劇の感想を残す余裕がなかった。

さらにそれから半年ほど経って記憶もかなり薄らいでしまったが、今のうちに少しだけ書き留めておこうと思う(なので、記憶が断片的だし、その記憶も間違っているかもしれない)。

 

ラ・ヴィレット劇場 2023年6月3日

 

『MOMO』は深い分断を描いた作品だったと記憶している。灰色一色の舞台の上に、2つのグループが登場する。

1つは4人の男性による集団主義的でホモソーシャルなグループ。みな同じ格好で、上半身は裸で背景に似た灰色のズボンを履いている。円陣を組んで号令のような叫びを上げる様は軍隊のようであり、また武術集団のようでもあった。

その後に出てくるもう一方のグループは、7人の男女で構成されている。前者とは対照的に、薄暗い舞台のなかでゴールド系の衣裳が映え、また多様な価値観が混在する。

特に取り上げるならば、ハイレグ(死語?)なレオタード一枚の男性、チュチュのスカート部分のみを身に着けた男性が印象に残っている。レオタードから露出する鍛え上げられた尻を客席に向かって強調するように振ったり、女性的な装いでも振付が女性的でなかったりと、そのちぐはぐさがコミカルで客の笑いを誘っていた。「価値観は人それぞれ」という点が現代的で共感を持ちやすいと感じた。

バットシェバ舞踊団『MOMO』カーテンコール (ラ・ヴィレット劇場、2023年6月3日)

 

ただ、この2グループの対照性は「どちらかが善で、もう一方が悪」という単純な二項対立を表しているものではないだろう。

両者の振付もそれを体現するダンサーの身体性もそれぞれに美しかった。

冒頭は4人のグループのみの踊りで、硬質で統制の取れた踊りはそれだけで世界観が完結する。そこに後から現れた7人のグループが場違いで居心地の悪さを感じたほどだ(前述の「集団主義的でホモソーシャル」な印象も、どちらかと言えば7人のグループが出てきてからはっきりと認識したものである)。

4人の男性は背後にそびえる灰色の壁にのぼって腰かけ、上から7人を監視するように眺める。

そこで印象的だったのは、7人が舞台上にバレエ・バーを設置して基礎練習の動作をする場面だ(そこから振付は大きく発展していく)。自由で統制がないと思われた7人の間にも、共通する規律があるということが示されていた。

すなわち、2つのグループはお互い分かり合えない他者であり、彼らの間にあるのはどうしたって埋める術のない絶望的な深淵である。

私は/あなたは、誰から産まれ、どの言語を母語とし、どのような社会で育ったのか。

『MOMO』は、グローバリゼーションの時代にあっても解決しえない分断、むしろそれによって顕在化した対立や非対称性を我々に提示していた。
この分断に、今、イスラエルパレスチナを重ねずに観ることはできないだろう(どちらのダンサーグループがどちらを表していると明確に当てはめられないとしても)。

終始薄暗い美術や、クロノス・クァルテット& ローリー・アンダーソンフィリップ・グラスによる音楽がその苦悩や悲哀を際立たせていた。

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目を疑いたくなるような凄惨な報道が毎日のように届く今だからこそ、一段と受け取れるものがある作品なのではないかと思う。

一方で、来日中止の報にほっとしたのも確かである。

ガザの状況を見るにつけ、今回のチケットを買うのを躊躇っていた。いまイスラエルの芸術にどのような気持ちで向き合えばよいのか、正直わからない。文化的ボイコットをしたとしても、そこに矛盾が生じてしまうこと、一貫した筋を通すのが自分には困難であるということは容易に想像できる。そもそも、この作品を自分はいま改めて受け止めることができるだろうか。

公演が中止になったことで、チケットをどうするかという悩みからは一旦解放されたが、そう簡単に気持ちが落ち着くものではない。

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2023.06.03 16h00, La Villette 
"MOMO"
Batsheva Dance Company / Ohad Naharin