南シナ海における外交および安全保障:仲裁裁判以後(“Diplomacy and Security in the South China Sea: After the Tribunal”)

南シナ海における外交および安全保障:仲裁裁判以後」(2016年9月22日)

米国下院アジア・太平洋小委員会ヒアリング資料

Dr. Amy Searight (CSIS東南アジアプログラムのシニアアドバイザー兼ディレクター)

戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies:CSIS)のアジアプログラム・ブログ「コギト・アジア(cogitASIA)」より

https://foreignaffairs.house.gov/hearing/diplomacy-security-south-china-sea-tribunal/

 

二か月前、2016年7月12日、仲裁裁判所は、国連海洋法条約(United Nations Convention on the Law of the Sea:UNCLOS)に従い、南シナ海における海洋権益に関するフィリピンが中国に対して提訴した仲裁裁判において画期的判断を下した。その後数週間、紛争当事国をはじめ各国は、多かれ少なかれ予想通りの反応を示した。しかし、法的な意味でフィリピンに対して―そして論理を拡大すると南シナ海において領有権を主張している他の国々にも―圧倒的勝利を与え、中国に決定的な敗北を与えることになる判決それ自体の広範さ、および決定的な物言いは非常に予想外であった。

 

仲裁裁判の5人の裁判官は、中国に対して提訴された15の主張のうち14点につき、全会一致でフィリピンに有利の判決を下した。大きく言って、本判決は4つの事を為した。まず1つめに、中国の「九段線」は海洋法を構成しないと判断し、南シナ海において、中国はあらゆる権利主張を地形による海洋権益に基づいて行わなければならないということを明らかにした。本判決は、中国政府の「九段線」に基づく歴史的権利に対する主張につき、中国が現在他国の排他的経済水域(exclusive economic zones:EEZ)または大陸棚に当たる領域において主張するいかなる歴史的権利も、UNCLOSによって無効であると言及することによって、当該主張に法的根拠はないことを示した。

 

2つめに、本判決は、中国・フィリピン両国が領有権を主張する南シナ海島嶼はせいぜい12海里の領海のみ認められ、200海里のEEZまたは大陸棚は認められないことを明らかにした。すなわち中国はフィリピンと重複するEEZを有しておらず、またマレーシア、インドネシア、あるいはブルネイと重複するEEZの主張の法的根拠もない。このことは、法的に有効な紛争の範囲を劇的に縮小する。

 

3つめに、本判決は、中国がスカボロー礁においてフィリピン人の漁業を妨害することによって彼らの伝統的漁業権を侵害していると裁定した。また興味深いことに、判決は、状況が反転し、フィリピンが中国人漁師のスカボロー礁に対するアクセスを妨げた場合、フィリピンによる侵害行為になることも記している。これを論理的に拡大すれば、台湾およびベトナム等歴史的に当該地域で漁業を営んできたすべての国についても、同礁において合法的漁業活動に対するアクセスの維持のための法的に有効な権利を有するということになるが、フィリピンは法的議論の中で、2012年4月までスカボロー礁を管理・運営していた時期を理由として、伝統的権利は自国に尊重されるものであると主張している。

 

4つめに、法的に最重要部分のうちの一つであるが、本判決は、中国が南シナ海における島嶼の埋立活動によって自然のサンゴ礁を破壊し、またその大規模な埋立および建設活動は中国人漁業にも損害を与えることに加え、壊れやすい海洋生態系を破壊し環境に対して重大な損害を与えていることを明らかにして、同国がUNCLOSの定める海洋環境の保護および保全義務に違反していると裁決した。法学者らによれば、これらの評決はUNCLOSの環境保護条項の明確化において非常に重要なステップであり、諸国間で南シナ海において、さらにそれを超えて、より広く当該義務を適用するための取り組みがなされるかもしれない。

 

要約すると、これはUNCLOSにおける島嶼の地位、UNCLOSにおける環境保護条項の強度など中国の領有権主張の妥当性をめぐる問題に関する不明確性の多くを一掃する、極端かつ決定的な判決だった。

 

仲裁裁判判決に対する反応

 

中国は本判決につき「不正かつ不法(“unjust and unlawful”)」と非難し、「無効であり拘束力を有しない(“is null and void and has no binding force”)」と声明を発し、迅速かつ予想通りの反応を示した。本判決の直前の訪米中、前中国国務院国務委員・戴秉国(Dai Bingguo)氏は、仲裁裁判所の判決につき「単なる紙くず(“just a piece of trash paper”)」であると語った。また中国は、海南島周辺海域での海軍演習および南シナ海における戦闘空中哨戒(combat air patrol:CAP)等、ミスチーフ礁における初の民間機着陸と同様に象徴的な意味を有する軍事演習の発表を迅速に行った。しかし全体として、これまでの中国の行動はいくらか抑制されている。多くの評論家は、中国は9月初旬に杭州市で開催されるG20サミットのホスト国であるため挑発的な行動を控えていると考えていたが、おそらく米国大統領選挙の準備期間中に政治的議論の争点になることを避けるため、比較的抑制的な行動を継続しているようである。

 

国際社会の反応も、多かれ少なかれシナリオ通りに終わった。米国、日本、豪州、およびニュージーランドは、判決は最終的なものであり両当事国に対して法的拘束力を有することを強調する声明を発した。特筆すべきものとしては、インドもまた、自国がASEAN諸国とともに国際裁判の判決を履行してきたことに言及しつつ、本判決を支持しUNCLOSを尊重することを求め、比較的強硬な声明を発した。

 

ASEANおよび東南アジア諸国

東南アジアのほとんどの国は、本判決に対してより慎重に反応した。フィリピンに加え、インドネシア、マレーシア、ミャンマーシンガポール、タイ、およびベトナムが本判決に関する公式声明を発した。

 

マレーシア、シンガポールベトナム、それに加え驚くべきことにミャンマーは、国際法およびUNCLOSに従った、外交的および法的プロセスを含む平和的方法による紛争解決への支持を表明した。シンガポールおよびベトナムは、本判決の内容の検討を進めていることを示唆した。ベトナムはさらに歩を進め、海洋における「航行および上空通過の自由の維持(“maintenance of […] freedoms of navigation and over-flight”)」を「強く支持する(“strongly supports”)」と繰り返した。また特筆すべき点として、ベトナムは仲裁裁判所に提出したものを含め、他の当事者間についても司法管轄を認めるという内容の本件仲裁に関する過去の声明を再確認した。

 

インドネシアはUNCLOSを含め国際法に従った紛争解決をすべての当事国に対して呼びかけたが、仲裁裁判の判決に対する直接の言及はなかった。またタイは、南シナ海の平和と安定を求める本判決よりさらに進んだ声明を発し、全ての当事国が自制することを求めた。

 

とりわけフィリピンは、新たに大統領就任が決定したロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Roa Duterte)氏が中国に「ソフト・ランディング(軟着陸)(“soft landing”)」を図る意図を示していたため、本件の完全な法的勝利に対して重大な反応をしていない。ペルフェクト・ヤサイ(Perfecto R. Yasay)・フィリピン外相は、判決を歓迎し、さらに後日「我々はこの勝利に満足することはできない(“we cannot gloat about our triumphs”)」と加えて全ての当事国に対し「自制および節度をはたらかせる(“to exercise restraint and sobriety”)」ことを求めた。フィリピン政府もまた、紛争管理の暫定協定(modus vivendi模索のため中国政府との穏健な対話の開始を求めていることを示した。しかし、中国が対話の前提条件に判決の思考の排除を求めた場合、フィリピン政府は、対話は判決に基づいていなければならないという主張を明らかにするだろう。

 

8月、ドゥテルテ大統領は、フィデル・ラモス(Fidel Valdez Ramos)元大統領を、両国の対話の基盤を整えるための「雪解け(“ice breaker”)」の契機として中国の現職およびOB官僚と会談するため、特使として香港に派遣した。この訪問は、現実の結果または明白な道筋は何ももたらさないように見えた。中国官僚らは本判決を基礎としたいかなる対話も拒否し続けたが、彼らはさらなる議論のため、ラモス氏を北京に招待した。

 

全体として、ASEANは仲裁裁判判決に対する反応に関する結束に失敗した。ラオスビエンチャンで開催されたASEAN地域フォーラム(ASEAN Regional Forum:ARF)に先立つASEAN外相会議は、南シナ海における最近の動向について議論を行った。当該会議の共同声明において、ASEAN首脳は本判決の結果に何ら言及しなかったが、この問題に対しASEANの規準に従い深刻な懸念を表明した。注目すべきことに、ASEANは「数名の首脳(“some ministers”)」によって海洋における埋立および諸活動の激化に対する懸念が示されたことを認め、「同地域において信用と信頼は衰え、緊張は増し、平和と安全、および安定が蝕まれてきている(“have eroded trust and confidence, increased tensions and may undermine peace, security and stability in the region”)」と言及した。「数名の首脳」という宣言は、ベトナムやフィリピンのようにますます強い懸念を有する加盟国に対して発言手段を与えた一方、カンボジアなど中国に関してそのような懸念の表明を望まない加盟国を追いやった形になる。また同じく特筆すべき点として、カンボジアの再三にわたる主張に基づき、サニーランドにおける宣言の中の「法的および外交的プロセスの尊重(“full respect for legal and diplomatic processes”)」という語が南シナ海に関するセクションから、イントロダクションに移動したという事実がある。7月の声明の南シナ海に関するセクションは、南シナ海問題についてASEAN会議の公的文書の中で最も長文で記述したものではあるが、手加減することによって、この問題に対処し、中国のカウンターバランスとして存在するためのASEANの能力が「水が半分しか入っていない(半分は空である)グラスのような」性質であることに、ひどく影響を与えている。ASEANは中国に道徳的圧力を与えるために不可欠ではあるが、この問題に関しては、連帯および結束の表現ではほとんど確実に不完全なのも事実である。

 

岐路に立つASEAN

 

南シナ海は、ASEANにおける争いの種であり続けている。それは共同体のアジェンダにおいて唯一の最重要課題ではないものの、しばしば全加盟国による合意―ASEANが拠って立つ原則である―の形成が最も困難な課題となっている。中国は、経済的保護を利用してカンボジア、そして時にラオスASEAN会議における南シナ海に関する全会一致の状況から離脱させ、ASEAN南シナ海の展開に関する効果的な集団的立場を形成するのを困難たらしめてきた。

 

ASEAN南シナ海問題に関して頻繁に直面する行き詰まりは、その指導者らの間の、何よりも全会一致を志向する「ASEAN方式(“ASEAN Way”)」に関するより広範かつ深淵な議論を誘発する。レー・ルオン・ミン(Le Luong Minh)ASEAN事務総長は、今月初頭、全加盟国首脳からASEAN憲章―2007年に採択され、共同体の規範、規則、および価値を詳細に説明している―を現在の環境においてより実効的にするための再検討および更新に関する権限を受託したことを発表した。全会一致の原則は憲章の中に正式に記されており、主要な決断に関する特定の加盟国の排除という事態を防ぐことに寄与することを理由として、修正されることはないと思われるが、彼はまさに全会一致に達するというプロセスこそが全会一致を遅らせていることがあまりにも多い(“very often it delays the very process of reaching that consensus”)ということを認めた。最近になって、チャン・ダイ・クアン(Tran Dai Quang)・ベトナム大統領は、新たに生じている問題―南シナ海に対する明白な言及があった―を解決するため「ASEAN加盟国は、ASEAN内全会一致原則に代わる多くの他の原則を考案し、補うことができる(“it is possible for countries of ASEAN to consider and supplement a number of other principles […] to the principle of consensus in ASEAN”)」と示唆した。ASEAN南シナ海に関してより団結して話すことを妨げる構造的な力がある一方、本判決は、この問題に関して中国にはたらきかける際の重要な平衡装置を同共同体に提示した。中国は、本判決を受け入れないし、遵守もしないということを発言しているが、同国の行動は、ASEANとの少なくとも以前より実質的な関係を開始する必要性を認識していることを示している。南シナ海行動規範(Code of Conduct:COC)の拘束力に関する議論が長引いた数年の後、中国は先月、ASEANとともに2017年中頃までにCOCの枠組みを完成させるという目標を発表した。中国およびASEANはまた、海洋危険管理のためのホットラインを開設し、南シナ海における海軍間の洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(Code for Unplanned Encounters at Sea:CUES)を策定する―両イニシアチブはASEANによって推し進められた―ことで合意した。懐疑主義者らはもちろん、中国がこれらのイニシアチブの履行において見せ続けるだろう極端なスロー・ペースを指定しうるが、同国は仲裁裁判判決の圧力がなくともこれらに合意しただろうと想像することは困難である。

 

2017年、フィリピンはASEANの議長国になる予定である。今日まで、ドゥテルテ大統領の南シナ海に対するアプローチは、前任者から激しい転換を見せた。アキノ大統領の下で、フィリピンは南シナ海の展開に関するASEAN会議において、一貫して強硬な発言をしてきたが、現政権はこの問題に関してASEANの支持を求め、かなり態度を和らげてきている。他のASEAN加盟国、特に領有権紛争中の国々は、この新たな動態は、彼ら自身にとって、そして共同体を導く全会一致原則を前提とする限りASEANの集合的立場にとって重要な示唆をもたらすと認識している。他の南シナ海における紛争当事国は、本判決を受けたドゥテルテ大統領の中国に対する歩み寄りに必ずしも反対しているわけではない。しかし、他の紛争当事国は、中国との共同の基盤を見出し、同盟国たる米国とより対立的にならんとするフィリピン政府の意思は、そのプロセスにおいて中国に対するさらなる動力となり得、またまさにそれがあるという事実において、他の紛争当事国に自国の利益、および米国および中国政府に対するアプローチの再確認を強制し得るものであると認識している。

 

本判決の影響力

 

判決公開から2か月以上経過したが、政府の法学者および地域間外交家は、500頁以上にわたる判決およびその法的内容に対処しているところである。一方戦略家や法学者はこの長期的影響力に関する議論を行っている。法的状況は、紛争関係国、とりわけ中国の行動に重大な変化をもたらすほど劇的に変化するのか?それとも、中国は判決を嘲り、反抗的拒否に倍賭けし、海洋の主張を支える根拠に関する事実の変更を求め続けるのか?本判決は変革をもたらすのか?それとも紙くずなのか?

 

国際仲裁法廷の審理において、アルバート・デル・ロサリオ(Alberto Del Rosario)・フィリピン外相は「国際法は諸国間の偉大な平衡装置である。それは小国がより強大な国と対等な関係に立つことを認めるものである。『力こそ正義(‘might makes right’)』と考える者は後れを取っている。それは正義こそ力であるということの全くの反対なのである(“International law is the great equalizer among states. It allows small countries to stand on an equal footing with more powerful states. Those who think ‘might makes right’ have it backwards. It is exactly the opposite, in that right makes might.”)」と述べ、彼の最後の陳述を始めた。しかし多くの評論家および中国自身が迅速に指摘したように、仲裁裁判所は判決を強制するいかなる軍隊も警察組織も持っていない。本判決は、国際世論の重要性およびUNCLOSの法的プロセスの合法性が最終的に中国を不承不承でもこれを履行させた場合に限り、影響力を有するといえる。本件のフィリピン側の法律顧問・Paul Reichler氏は、本判決はそのようになると予想している。彼はこの決定的な判決の後を追って、これは最終的に中国が他国との交渉による紛争解決を求める方向へ導くものであると論じた。彼は「国際法の不法を言及した場合、世評における損害…および威信の欠如および他国への影響力の欠如によって国際法に気を払わず、または尊重しないのが国家である(“reputational damage …and the loss of prestige and loss of influence with other states when you declare yourself an international outlaw, a state that doesn’t care for or respect international law”)」と指摘する。1980年代の米国との訴訟の折、ニカラグアの司法チームにも従事していたReichler氏は、当時でさえ、たとえ米国がICJの判決を拒否しても、判決公表後、1988年の米国議会による「コントラ」軍への資金の削減および1990年の通商制裁の解除によって、結果として実質的履行をもたらしたと述べている。

 

最終的に、本判決の影響力はいくつかの重要な展開に依存することになるだろう。1つめは、中国と領有権を争っている国々における世論の役割である。本判決は、フィリピンの権利を侵害する中国の過度な海洋における主張および行動に対する明白な法的事例を提供しており、ここにおける法的手段を他の中国と領有権を争っている国々―ベトナム、マレーシア、およびブルネイ―そしてEEZナトゥナ諸島付近の中国船漁業による被害を受けているインドネシアに論理的に拡大することにより、中国の過度な主張およびその実行活動を退ける事例を提供する。これらの国の世論は本判決を理解して喜び、自国の政府に対して中国に対して立ち上がることを求めるだろうか?我々はすでに、フィリピンにおいて、本判決を支持し、ドゥテルテ政権が初期に好んだ協調的アプローチよりも中国政府に対して強い指針を採ることによって彼を支持するという強硬な世論を見てきた。UNCLOSの起草メンバー国のうちのひとつであるインドネシアは、本判決に対して抑制した反応を示し、数十人の学者による本判決に対する喜びを示すことを求める署名文書が出される事態となった。ナショナリスト的な国民感情は、インドネシア、マレーシア、その他各国において政府をEEZへの無関心な対応をより強固にし、中国に対して本判決の遵守を主張するようはたらくだろうか?

 

また関連して2つめに、壊れやすい海洋生態系に関する中国の埋立および漁業活動の破壊的影響をさらに公表/強調する判決の環境的側面を、国内および国際環境アドボケートらは把握しているだろうか?今日まで、環境NGO団体らは、裁判所が生物学者・Kent Carpenter氏の言を引用し、人間の活動が原因によるものの中で「珊瑚礁の絶滅が最も急速に進行している領域を構成する(“constitutes the most rapid nearly permanent loss of coral reef area”)」と述べた中国の環境破壊について顕著な沈黙を守ってきた。しかし、本判決は国際NGO団体および国内団体から、資源の共同管理および海洋環境の監視・保護は海洋環境公園の保全のために不可欠であり、UNCLOSにおける法的義務であるという要求を引き出すかもしれない。

 

3つめに、本判決によって、常設仲裁裁判所(Permanent Court of Arbitration:PCA)における中国に対する訴訟提起は助長されるだろうか?ベトナムおよびインドネシアは、以前中国に対する法的行動を検討していることを示唆しており、本判決により用意された強力な判例は、両国をさらに法的手段に向かわせる可能性がある。他方、仲裁裁判に中国に対する法的主張を持ち込むことの「脅威(“threat”)」からくる動力は、中国を交渉の席に着くよう説得するのにより便利であり、実際に裁判所に訴えるよりもむしろ、中国の行動を最小限に誘導することが可能である。

 

そして4つめは、明らかに最も重要なことだが、今後数か月および数年において、中国がいかなる反応を選択するかということである。中国政府は反抗的な不履行に倍賭けし、その主張を支持する根拠に関する事実のさらなる変更を求めるだろうか?多くの評論家は、中国は本判決の直後にでも、南シナ海における防空識別圏Air Defense Identification Zone:ADIZ)の宣言あるいはスカボロー礁における埋立の開始などの段階を踏むことを予期していた。今までのところ、中国はこの種の挑発的行動を自制しているが、中国杭州市で開催される9月初頭にG20サミットの後を含め、11月から1月の間の米国大統領選挙および移行、さらに米国の新政権の時期を通じて、いくつかの注視すべき期間がある。中国が米国政府の集中が逸れている、あるいは完全でないうちにする「様子を見る(“test the waters”)」ことを求める場合、これらの期間は魅惑的に見えるだろう。

 

最も楽観的なシナリオは、時が経過し、中国は、その南シナ海における主張につきUNCLOSを遵守する方向に進めていくだろうというものである。すでに中国はその方向に舵を切っているということを示す兆候があるという評論家もいる。例えば、Andrew Chubb氏は、現在中国の指導者が、いかに仲裁裁判では争われなかった島嶼に対する中国の主権に集中しているかについて強調している。彼は「領有権問題に関して強硬な態度に視線を集中させることは、おそらく進行中の中国の海洋の権利主張の静かな明確化に対し、巧妙で政治的な隠れ蓑を与える(“Driving attention towards this tough-sounding stance on territorial sovereignty provides good political cover for the quiet clarification of China’s maritime rights claims that may be underway”)」という。

 

しかしそこまで楽観的でない者でも、中国は仲裁裁判判決の完全な履行に進むと予想することは可能である。中国による完全な履行は、仲裁裁判所が海洋の権利主張に値しない低潮高地であり、フィリピンのEEZ内に位置していると公平に判断したミスチーフ礁の軍事施設の廃棄を要求する場合、ほとんど達成されることは不可能に見える。よって完全な履行以外では、何が「実質的な履行(“substantial compliance”)」に見えるかが問題である。国際法の軽視をしないことを示すため、現実的に、中国を除いた国際共同体は何ができるだろうか?私は、中国がUNCLOSと調和するように「九段線」を明確化した場合、自国のEEZに反しない他の領有権主張国による資源開発の妨害を控え、伝統的漁業活動の妨害をさらに控え、自国が支配する南シナ海島嶼の領海に対する海洋法執行活動の制限を行うことが、国際法および国際世論の重要性に偉大な勝利をもたらす「実質的履行」の事例に当たるだろうと提案する。

 

最終的に、米国の担う役割とは何か?今までのところ、米国はフィリピンに対して平和的紛争解決のための中国との交渉の余地を与える一方、国際世論は決定的に仲裁裁判を認めるUNCLOSの法的拘束力の性質の側にあることを伝えるため、強力な外交的メッセージの応酬を追求してきた。米国の政策の進展に二つの提言をして終わりにしたい。まず1つめに、米国は「国際法が許す範囲の飛行、航行、行動(“fly, sail and operate wherever international law allows.”)」を継続することを明白に示す必要がある。これは、定期的な航行の自由作戦(Freedom of Navigation Operations:FONOPs)その他法的根拠に基づいた紛争地域周辺における現在の作戦の継続を意味する。過度の海洋の主張に対抗するための国際的プログラムであるFONOPsおよびその他現在の諸活動は、定期的に行われるべきだが、法的展開または短期的な行動の変化に対する直接的な影響があるものではない。それらは挑発的に見えるべきではなく、また交渉手段になるべきでないのである。

 

2つめに、米国は重要な同盟国および友好国、とりわけフィリピン、ベトナムインドネシア、マレーシア、およびタイの能力構築の取組を継続すべきである。海洋安全保障イニシアチブ(Maritime Security Initiative:MSI)および外交軍事融資(Foreign Military Financing:FMF)および国際軍事教育訓練(International Military Education and Training:IMET)を通じた能力構築促進の取組は我々に有利な地域環境の形成において重要となるだろう。

 

そして最後に、おそらく本判決はついにUNCLOSを批准するよう米国上院を促すだろう。上院はこれまでUNCLOSの批准を承認しなかったが、米国は国連憲章国際慣習法として受容したのである。しかし仲裁裁判所による本判決、およびそれに対する地域の反応は、米国の国際法に関するレトリックとすべての国が規則と規範に拘束されることの要求との間の乖離、および米国がUNCLOSを批准していない事実を再び白日の下にさらした。中国の行動の制限する機会を得るための国際世論の重要性において、UNCLOSの批准は重要な第一歩である。