架空の編集者日記

都内にある架空の編集部ではたらく、架空の編集者の日記

2016年は出会い厨になろうと思います

エンジンのかからない正月休み明け。周囲に合わせて仕事をしているフリをしていると、編集部の先輩がランチに誘ってくれた。やる気はなくても腹は減る。750円の生姜焼き定食をかっ喰らっていると、不意に、先輩に今年の目標を尋ねられた。

今年の目標は、自然な形で読者に出会う機会を増やすことです、と僕は答えた。どういうことかと、唐揚げを頬張りながら、先輩は問う。

現在作っている媒体は、いわゆる専門誌で、読者はある特定の職業に従事する方々だ。加えて、その9割が女性である。これまでも読者の方々にヒヤリングを行い、どういうコンテンツを欲しているか、どういう悩みや喜びを抱えて仕事に臨んでいるかなどを伺ってきた。が、その場に僕が「編集者」として臨みすぎてしまったが故に、読者たる方々を必要以上に「読者」にし、結果として生活やその中で生まれる本音から乖離した声しか集めることができていないのではと思うようになってきた。つまり、ヒヤリングが下手なのだ。加えて、その絶対量も足りているとは思えない。

もっと読者のことが知りたい。目的志向をやめて、取り留めのない質問から、読者の生活そのものを見てみたい。例えば、毎朝何時に起きているとか、化粧にはどのぐらいの時間をかけているかとか、モンストと白猫プロジェクトはどちらが好きなのかとか、洗剤は何を使っているかとか、綾野剛の熱愛報道に何を思うのかとか、何でもいいのだ。読者の数だけ存在する生活の足音や匂いを、彼女たちの言葉から感じてみたい。その言葉を集めた先に、総称としての「読者」が「本当に読みたいもの」がようやくわかるような気がしている。言葉を集めるためには、自然に読者に出会える場所に、僕自身がもっと出向かなければならない。居酒屋、バー、イベント、学会、書店、電車の中、雑貨屋、Twitter、ネットコミュニティなど、その場所は数え切れないほどに存在する。アンテナを張り、足を使って、情報を得る、その努力と結果を、今年の自分自身に求めようと思っている。

…そのような話を、生姜焼き定食を平らげたあともしばらく、面倒なほどに情熱的なテンションで先輩に話していると、「いいんじゃない?  なんていうか出会い厨になりたい!って感じがして」そう言って、先輩は優しく笑ってくれた。

そんなわけで2016年は自然な出会い厨になるべく、精進しようと思う次第です。

土産話未満の土産話

編集者という仕事は、著者や撮影現場へ、差し入れを準備することが多い。だからこそ、休み明けに、編集部に持っていく郷土土産ではどうにも奇をてらいたいと思っていた。思っていたんだよ、昔は。

3度目の正月土産に選んだのは、30個で1000円たらずのちいさな饅頭。値段と個数のコスパはいうまでもなく、小分け包装であることが選択の決め手となった。質ではない、要は気持ちなんだよと自分に言い訳をした。

編集部用のコスパ菓子とは別に、男性部員のG氏に、郷土の日本酒を頼まれていた。銘柄は一任されたが、神経質な彼は僕の土産を自分の好みと照らして批評をするきらいがあった。彼は純米大吟醸を好むことを覚えていたので、あまり吟味せずに、純米と書かれたラベルのそれを選んだ。 

それでも、喜んでくれたら嬉しいと思う、ある種のコスパの良い善意を捨てきれないでいる。

また明日より、編集部の穏やかでない日々がはじまる。オチもない、最初の日記だ。