蒼ざめた犬

齧ったフィクション(物語)の記録。……恐らくは。

アントニイ・バークリー『レイトン・コートの謎』

レイトン・コートの謎 (創元推理文庫)

 

あらすじ

 レイトン・コートと呼ばれる田舎の屋敷で、主人が額を撃ち抜かれて死んでいるのが発見された。現場は鍵が掛かっており、遺書も発見されたため、警察は自殺として事件を扱うが、そんな中、主人のパーティーに参加していた妙な男が殺人説を主張し始める。

 ロジャー・シェリンガム――友人のアレグザンダー・グリアスンにくっついてきた三十過ぎのおしゃべりな小説家は、アレグザンダーを助手に指名すると、何故か自信満々で事件の調査に乗り出すのだが……

 バークリーによる忘れがたい名(にして迷)探偵ロジャー・シェリンガムシリーズの第一作。

 

感想

 この作品、1925年発表なんですよね。それでこのひねくれぶりというか、シリーズ的にはまだシェリンガム氏の「暴走」ぶりを含め、穏当な作品に仕上がっているほうとはいえ、すでに「名探偵」なるものに対するシニカルな視線が注がれていることには、そのバークリーの「スピード感」に驚かされます。シャーロックホームズが席巻して、そのフォロワーがポコポコ生まれてた時代ですからね。名探偵といえば、推理をするまでは意味深にふるまい、口を開けばピタリと当たる、みたいなヒーロー像をみんなして一生懸命描いている横で、ベラベラ自分の考えをくっちゃべりながら、自信満々に推理を外す、みたいな探偵像を描き出すというのは、いくら皮肉が過ぎる英国紳士にしてもそのメタな視線は先見的でしょう。

 本作は、メインの謎として密室が設定されてはいますが、それ自体はあっさりシェリンガムの“知ってた手口”で解き明かされ、主眼とはされていません。興味を引く謎を構築して、名探偵がそれを鮮やかな推理で解体するという構成自体にも背を向け、ミステリの主眼を、探偵による推理の試行錯誤の経路に置いている点も、当時としてはかなり先進的なプロットだったのではないでしょうか。そして、「名探偵」シェリンガムに与えられた「迷探偵」という側面が、コメディを引き寄せつつ、読者を翻弄する装置となってシリーズをより皮肉な方向へと深化させていきます。

 また、見つけたことや自分の考えを逐一読者にさらすというのは、フェアプレイを担保しつつ、証拠品に対するシェリンガムの解釈をかぶせることで、読者を誤導する役目も担っていて、その辺のテクニックなんかは発明と言っていいのではないでしょうか。

 そんな感じでこれからのシリーズの萌芽がたっぷり詰まった本作品ですが、ロジャーとアレグザンダー以外の登場人物にあまり精彩がなく、章の終わりで毎回動きがあったりするプロットの割にはなんだか淡白で、シェリンガムのドタバタも一人芝居じみたものがあり(雄牛のくだりなどは面白いが)、途中で退屈になってしまいました。ただ、真相を提示する手前の、シェリンガムの細かい部分を外しながらも、大枠を当てているために、関係者たちの補足で真相を形成していくという推理のプロセスはとても面白く、名探偵の推理が絶対でなくても、真実が形成されていく、という部分はこの作品のキモと言っていいでしょう。そして、そこから、急に「名探偵」の顔をしたシェリンガムが犯人にザクっと切り込むラストの推理などは、なかなか印象的です。

 正直、初読の時は、なんかよく分かんないな、という感じでしたが、再読してみるとバークリーの本格探偵小説における特異性みたいなのが、より実感できる読書になったと思います。

テレビドラマ『名探偵モンク』シーズン2

 シーズン1の感想はこちら

 

kamiyamautou.hatenablog.com

名探偵モンク シーズン 2 バリューパック [DVD]

 シーズン2にいたり、いよいよフォーマットが固まりつつも、幅広い趣向が凝らされ、事件や展開に奥行きが生まれている。コメディもますます快調。正直2話あたりは出来がちょっと心配だったけど、全体的には満足のシーズン2となりました。どんどん面白くなっていく感じ。では、以下各話の感想。

 

第1話『時計台の殺人』

 これもまた倒叙スタイルな事件。不倫関係にある女性から自分たちの関係を妻にはっきりさせろと言われた化学教師が殺人を犯す。被害者の人間関係から嫌疑を受けるものの、時計台から被害者が墜落した事件発覚当時、彼には試験監督をしていたというアリバイがあり、それは完璧に見えた。モンクがそのトリックに挑むまでは。

 なかなか大胆なアリバイトリックが面白い。また、それ以外にも高校生の前で授業をする羽目になり、やっぱり酷い目に合うモンクにも注目だ。

第2話『空からの水死体』

 パラシュートが開かず墜落死した死体。だが、実はその前にすでに溺死していた、という不可能興味が提示される事件。謎は魅力的だが、正直なところ真相はそりゃないよ感が強い。犯人の計画もあまりにも迂遠すぎるし不確実すぎる気も。まあ、初の海外というモンクの異国の地でのドタバタを含め、どことなくファンタジックな雰囲気を楽しむエピソードだろう。

第3話ホームランボールの謎

 会社社長が妻とともに殺される事件が発生。警部たちは社長が狙われたと判断するが、モンクは妻の方が狙われたのだと断言する。調査を進めるうち、社長夫人と有名野球選手が不倫関係にあったらしいことが明らかになるのだが……。

 言葉で説明されるだけだが、なんか死体発見状況がめちゃくちゃ悲惨。それはともかく、サブエピソードでシャローナの息子ベンジーの野球の試合を観に行くモンク。しかし、トラブルにより臨時の審判にモンクという最悪な人選でめちゃくちゃになる試合……色々と悲惨だが、でもなんだかんだで丸く収まるところは救い。

 珍しくモンクさんが人にアドバイスというか、愛する人を失った人間として相談に乗る姿はなかなかいいシーンで必見。それにしても、野球大会での息子びいきストットルマイヤー警部がひどすぎる……。

 事件は被害者の社長が残した「具はチリ、エビ、十五枚のピザ」という謎の言葉が目を引くが、これ自体はあくまで前フリな謎でしかない。とはいえ、ちゃんとそこからのメインのミステリはよくできている。

 犯人の動機とタイトル回収がとても上手くキマッたミステリになっているし、モンクを含めた登場人物たちが見たことあるはずなのに思い出せない、という犯人そのものも面白い。

第4話宙を舞う殺人者

 レストランのオープンテラスで事件は起きた。避難梯子から飛び降りてきた犯人が被害者を撃ち殺したのだ。被害者はサーカス団に所属しており、警察はそのサーカス団の捜査を進める。事件現場での犯人の身軽な動きから、軽業師で被害者の元妻の女性が容疑者として浮かび上がるものの、彼女は足が折れていて犯行は不可能にしか思えない。しかし、モンクはあくまで彼女の犯行とこだわるのだが……。

 トリックは、なかなかミスリーディングが上手く効いてて、古典的だが、そうか、と思わせる謎解きになっており、なかなか良いミステリに仕上がっている。

 事件以外の物語としては、モンクの不用意な一言でキレたシャローナがモンクのサポートを放棄し、険悪な雰囲気で事件に臨む展開になるのが、いつもと違うテイストがあって面白い。モンクさんのあまり人の気持ちが分からない特性と、それによる人間関係の困難さが色濃く出たエピソード。それでも一生懸命モンクがシャローナのゾウ恐怖症を克服させようとして、さらにトラウマを植え付けることになる場面は、悲惨すぎる状況ながらもあまりにもヒドすぎて逆にめちゃくちゃ笑ってしまった。冒頭で妙なモンクマニアの警官がいきなり出てきたりと、全体的にコメディ色が強い。

第5話同居人に文句あり

 とある介護センターで115歳になる世界最高齢の老人が死んでいた。彼のドキュメンタリーをかつて撮ったことがあるストットルマイヤー警部の妻は殺人だと訴えるが、警部はいつ死んでもおかしくない人間をわざわざ殺すものかと取り合わない。しかし、妻を納得させるために呼んだモンクは、これは殺人だと指摘し、事件は殺人として捜査が始まる。なぜ、いつ死んでもおかしくない老人はわざわざ殺されたのか。

 ストットルマイヤー警部の奥さんが登場する回だが、これまで彼女がドキュメンタリーの賞を取るたび、授賞式に行けないことが続いていた警部。それがついに奥さんの怒りを買って家を追い出されてしまう。そんなストットルマイヤー警部に、恩返しとしてモンクが自分の家に泊めることから始まる二人の相部屋生活が面白い。今回はモンクとストットルマイヤー警部の凸凹コンビぶりがひたすら楽しいエピソードだ。

 ミステリとしては、奥さんが撮ったドキュメンタリー映画を、これまで避けていた警部がようやく観ることで、事件の糸口をつかむ構成がなかなか良い。そして、老人殺害の動機となる物証も事件とうまく結びついたいい小道具になっていて巧み。さらにそれが、警部と奥さんの仲直りのきっかけにもなるまとめの上手さも〇。

第6話スター誕生

 モンクとシャローナはシャローナの妹ゲイルが出演する舞台を見に来ていた。ようやく彼女が出てきて演じ始め、言い寄る役の男の胸にナイフを突き刺す。そして、そのまま観衆の目の前で俳優が刺殺されるという事件が発生してしまう。小道具のナイフが本物にすり替わっていたとゲイルは主張するが、彼女は第二級殺人罪で告訴されてしまう。果たしてモンクとシャローナは彼女の容疑を晴らせるのか。

 モンクが成り行きで舞台に出ることになってしまう、というここまで観てくるとおなじみの展開と、そこからまさに舞台劇として事件解決の推理を行う構成が光る。また、犯人を指摘するタイミングもトリックと結びついた良い演出となっている。事件自体はおなじみのよくあるものではあるが、見せ方がなかなか上手い一作。

第7話『容疑者は夢の中』

 カウンセラーのクローガー先生が休暇を取り、毎週のカウンセリングに穴が開くとこを気にするモンクのもとに事件が。自宅に送られたプラスチック爆弾により、連邦捜査官が爆殺された事件の捜査に臨むモンク。被害者は兄と弟と熾烈な財産争いをしていたという。モンクは兄の方を犯人だと確信するが、その兄は事件五か月前に警部たちの前で衝突事故に巻き込まれ、昏睡状態に陥っていた。はたして、モンクの言うように被害者の兄が犯人なのか。

 AFT(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の連邦捜査官たちが乗り込んできて、警部たちとの間で軋轢が起こる中での捜査というシチュエーションに加え、シャローナの元夫が戻ってきて焦りを隠せないモンクの懊悩なども面白い。さらに、ベンジーの誕生日プレゼントに「石磨きセット」をチョイスする相変わらずのモンクさんだが、昏睡状態の容疑者を休暇中のカウンセラー代わりにして一方的に自分のことをまくしたてるモンクさんはかなりヤバい。おまけに故意ではないとはいえ、ほとんど殺人未遂みたいな所業に及んだり、無茶苦茶すぎて笑った。

 ミステリ的には、単純だけどなかなか面白いトリックが盛り込まれていて、容疑者の家にあった天井に張り付く謎のケチャップビンという手がかりも印象的で好い。

第8話『密室殺人と美女軍団』

 有名セクシー雑誌の廃刊を検討していたという発行人の男性が、筋トレ中にバーベルで喉を砕かれ死んでいた。現場は内側から鍵がかけられていた状態。事故死だとする警部たちに対して、被害者の秘書から依頼を受けたモンクとシャローナは、廃刊予定だった雑誌の編集者を第一容疑者として聞き取りを開始する。

 タイトル通りの「セクシー」女性たちがたむろしている容疑者の自宅兼オフィスへ乗り込むモンクだが、その肌色の多さにうろたえまくるおなじみの展開の一方で、容疑者への疑いが高まるなか、シャローナの過去の写真をネタにされ、いつもはしつこく事件を追及するモンクが一転して事件から手を引くことを主張するようになるのはちょっと新鮮な展開。

 トリック自体は、冒頭ですぐわかるし、アリバイも偽証という単純なもので、ミステリ的には特に大した回ではないが、虚飾にまみれた世界から足を洗う女性の決意が最後に犯人をバッサリするラストシーンは良い幕切れとなっている。

第9話『猟奇的連続殺人』

 のっけから残虐な殺人で幕を開ける。料金所の係員がおつりを渡す際に手錠をかけられ、そのまま車で千メートルほど引きずられて殺されたのだ。この冒頭の殺人を含め、様々なやり方でもうすでに九件もの猟奇的な殺人が起こっていた。

 今回はクリーニング屋でいつもの神経質なやり取りが展開されるが、そこでモンクとバトルするアジア系のおばさんがゲストキャラとしていい味を出しているし、きちんそこでのやり取りがクライマックスにつながるのも良い。そして、犯人を前にした最後の場面での会話なども皮肉っぽくていい感じ。

 また、おなじみのシャローナの恋路としては、市長候補とイイ仲になる彼女とその様子が新聞に載ったことで、いつもの警官たちを含め、様々な人たちからちやほやされる様子とそれにやきもきするモンクなどが楽しい。

 ミステリ的には連続殺人の動機がミソというか、ミッシングリンク的な話がメインとなっている。推理も含めて、内容自体はそれほど凝ったものではないが、真相に迫る捜査の過程と、そこでのモンクによるおなじみの神経症あれこれで楽しく観れる。

第10話『つよい女こわい女』

 新聞配達。アメリカのそれといえば豪快な投げ込みだが、モンクさん家では禁止である。まっすぐしたものをマットのど真ん中に置くように要求しているモンクは相変わらずだが、今回はその新聞配達員がモンクさん家の前で殺され、彼の家に刑事たちがなだれ込むことに。犯人はなぜかモンクの家の新聞を盗もうとし、配達員はそれともみ合って死んでしまったのだ。新聞に自分に見せたくない記事があるのではないかとにらんだモンクは、新聞を確認して犯人を特定しようとするのだが……。

 何故犯人は新聞を狙ったのか、という謎から、当日の新聞を見て事件を探ろうとする安楽椅子っぽいシチュエーションが面白い。ついでに関係ない記事の事件(フランスの未解決事件)を解決するなど、お約束的なギャグも楽しい。

 解決もシンプルながら、あっと思わせる。伏線なんかも効いてて、変則的ながらも魅力的な話に仕上がっていて面白い。

 それにしても冒頭で刑事たちに家を荒らされてパニックになるモンクさんが悲惨すぎる。あと、今回はなにかとシャローナに力で張り合うモンクさんが、最後にいい所を見せつつも、やっぱりモンクさんなところも楽しい。

第11話『おかしな兄弟』

 モンクの兄アンブローズが登場する回。モンクの蒸発した父という家族事情も垣間見える。兄もまた弟と同じように難ありな人物というか、三十二年家から出られない分、モンクよりもある意味ヒドイかもしれない。なんというか、モンクとアンブローズはホームズとマイクロフトのパロディなのだが、このシリーズらしい味つけのパロディで印象深い。事件の核もホームズ譚ぽい。

 隣人の夫が妻を殺したに違いないと言い張るアンブローズ。言い争う声と銃声を聞いたというのだ。そして、三日前からその妻は姿を見せない。再三警察に通報し、ついに無視されたため、モンクを頼ったという。

 七年も音信不通で今さら連絡を取ってきたことに憤りを隠せないモンクだが、シャローナのとりなしで、ひとまず事件を捜査するモンク。嫌々だったが、すぐに不審な点を見つけ、夫が怪しいとにらむ。そして、決定的な証拠の在りかを推理するのだが……解決したかに見えての一ひねり、そこからアンブローズとモンク、そしてモンクの妻トゥルーディーのドラマに繋げるのが上手い。

第12話『謎の悲鳴』

 著名俳優ブラッド・テリーの妻が刺殺された。暴行事件を起こした彼が、家の前に群がるマスコミの対応をしているさなかだった。悲鳴が上がり、家の中に駆け戻ると妻が殺されていて、窓から何者かが侵入したらしい痕跡が。絶対的なアリバイがある中、モンクは彼が犯人だとにらむが……。

 容疑者の俳優が出演している刑事ドラマが100話に達する超人気作で、シャローナ含め警部たちもブラッドに好感しかなく、一方でドラマに興味ないことも合わさり、彼を疑うことで一人ハブられる形になるモンクさん、というシチュエーションが哀しくも可笑しい。

 他にも、今回はドラマ制作関係者がメインということで、彼らが製作している刑事ドラマの警察部分の監修として撮影に参加するモンクさんたちが、ドラマ内ドラマみたいなメタフィクショナル風景になっていて面白い。

 ミステリ的には、古典的なトリックだけど、人物設定をうまく使って手がかりや伏線を含め、いい感じに仕上げている。ブラッドにストーカー気味のゲストキャラもいい味を出していて、最後、モンクの粘着なファンになりそうな終わりも笑える。

第13話『おばあちゃんの身代金』

 いきなり老婦人の家に覆面の二人組が押し入り、彼女を誘拐するところから始まる。

 誘拐者たちは過激派組織「イナズマ旅団」を名乗る署名を残していた。彼らは特にお金持ちでもない彼女をなぜ誘拐したのか。その後、犯人からの電話では、地区のホームレスに七面鳥を配れという奇妙な要求が。そして要求通りにするとあっさり解放される老婆。誘拐を含め、その意図は何なのか。

 誘拐事件というこれまでとちょっと毛色の変わった事件に奇妙な展開が目を引く。また、サブストーリーとしては、復職のために法律の解釈(という名の抜け穴)を利用して、テストによる復帰を目指すモンクの失敗などが面白可笑しく盛り込まれ、殺人もなく全体的に牧歌的な回だが、ちゃんとミステリ的にも面白い。

 解放された老婆から聞き出した、誘拐時の情報で容疑者らしき夫婦を絞り込む手つきはホームズっぽく、そして誘拐時の状況と警部の何気ない一言を手掛かりに事件の真意を暴く手つきも好い。最後の最後のディッシャー警部補のくしゃみという手がかりも気が利いている。あと、サブキャラクターとして出てくる老婆の孫の、自分のやりたいことを自覚するストーリーもまた物語に彩りを与えている。

第14話『警部愛妻物語』

 ストットルマイヤー警部の妻の再登場。そしていきなり殺人事件に伴う事故に巻き込まれてしまう衝撃の展開。警部の妻を巻き込んだ車に乗っていた被害者は、外から狙撃されたのだが、狙撃犯がいたと思しき場所からは、なぜかはだしの足跡が。そして、被害者の足にも靴がなかった。被害者と犯人、二人とも裸足という奇妙な事件にモンクは挑む。

 今回のゲストキャラは何と犬。事件現場に迷い込んでいた犬をシャローナが一時的に保護することに。実はこの犬も手がかりの一部になるというのも、なかなか良くできている。

 被害者はスト破りに加担していた人物ということで、労働争議がらみの事件かとにらんだ警部は、そこを焦点にして捜査を進めていく。妻が死の寸前までいっていたこともあり、暴走気味の警部に、モンクは労働争議は関係ないとして別の人間を犯人として指摘するのだが……。

 入院のごたごたで警部の二人の息子の面倒を見ることになり、いっしょに食事に行くモンクのシーンはシリアス気味な今回の数少ないコメディシーンでもありながら、手がかりに気づくシーンにもなっていて無駄がない。そして、モンクが明らかにする犯行動機から伏線が次々収束して、不可解な謎が解ける手際も見事。

 また、妻を失いそうになった警部と妻を失ったモンクのやりとりなど、演出的にもモンクと警部の絆を感じさせる回となっている。

第15話『夫婦ごっこ

 いきなり19世紀のゴールドラッシュの時代での殺人で始まって、違う番組始まったのかと思った。そこで奪われた金をめぐり、現代でも殺人が。

 ディッシャー警部補の母親が再婚することに。その事実を受け止めきれないディッシャー。彼は母の再婚相手の古物商ディーラー、ダルトンの素性を調べて欲しいとモンクに依頼する。彼らが週末結婚セラピーに参加することを利用して、モンクとシャローナは夫婦としてセラピーに参加しダルトンに接近するのだが……。

 モンクとシャローナが夫婦として潜入することになる展開と、それによるドタバタがとにかく面白い。それ以外にも洞窟に閉じ込められてからの展開とかもゲラゲラ笑ってしまう。今回はいつも以上にギャグがキレキレで、これまででダントツで楽しいコメディ回になっている。

 ミステリ的には隠された金の在りかをめぐる宝探し的な趣向だが、目の前にぶら下げられた大胆な伏線と真相はなかなか良くできている。

第16話『塀の中の殺人』

 刑務所の中での殺人。殺されたのは死刑囚。一時間後には死ぬはずだった彼はなぜ毒殺されたのか。警部に呼ばれたモンクは、そこで事件の容疑者となっていた思わぬ人物に再会する。かつて(シーズン1の第3話)モンクに犯罪を暴かれ、服役することになった「クジラのデール」。彼はトゥルーディーを殺した犯人の情報と引き換えに、自身の容疑を晴らすように持ちかけるが……。

 今度は囚人として刑務所に潜入捜査することになるモンク。凶悪犯だらけの中で、手がかりを求めてさらに凶悪な犯罪者と同房になるという、ただでさえヤバいのにあのモンクさんが……大丈夫なのか? というこれまでと違う緊張感が視聴者に走る。

 黙っていても死ぬはずの死刑囚が殺されるという謎といえば、法月綸太郎の傑作「死刑囚パズル」を思い出す人もいるだろう。あの作品ほどの犯人特定ロジックは盛り込まれてはいないものの、さり気なくちりばめられた伏線と、なんといってもモンクそのものが犯人を特定する手がかりとなるのは見事。シンプル過ぎてあっさり感はあるけど、これまでの手がかりの中でも、一二を争う「ベスト手掛かり」ではなかろうか。そして、死刑囚を殺した“なぜ”の部分は、法月の方とはまた違った方向でのなるほど感がある。

 

 事件を解決したモンクはデールから情報を聞き出し、トゥルーディーの事件について新たな展開が。そして、物語はシーズン3へと続く。

 

今シーズンはどれも面白いのでベスト5で。

1「夫婦ごっこ

2「宙を舞う殺人者」

3「つよい女こわい女」

4「おばあちゃんの身代金」

5「塀の中の殺人」

山前 譲 編『真夜中の密室』

 

 

 昭和30年代から昭和60年代にかけて発表された8作をまとめたアンソロジー。メンツは山村美紗高木彬光、中町信、泡坂妻夫大谷羊太郎天城一、島田一男、鮎川哲也で、個人的に面白い感じの集まりというか、社会派台頭時代にも本格を書き継いでいたメンツという感じ。天城、鮎川の物はそれぞれの短編集で読んでいた。

 密室殺人というファンタジーをどのようにして現代的な舞台と結びつけるかも含めて、それぞれの取り組みがみられるのも本書の楽しみかもしれない。

 それでは、以下各編の感想。

 

山村美紗『呪われた密室』

 トップバッターは、和風密室『花の棺』が代表的な密室長編として知られた著者による、雨戸と差し込み錠の付いたふすまの密室という、これまた和風な密室。とある老舗旅館の「水仙の間」で、連続して自殺事件が発生し、たちまち縁起の悪い部屋として有名になってしまう。アメリカの自動車メーカーの社長令嬢にして、しばしば探偵として活躍するキャサリンは、その「呪いの部屋」に興味を持ち、首を突っ込んでいく……という内容。

 トリックはシンプルだけど、処理は結構うまいし、何故そのような事件を犯人は仕組んだのか、というところに即物的な理由を持たせているのは、社会派的なエッセンスにもなっている。終わりの一文がなんか好き。

 

高木彬光『影の男』

 会社社長の臨終の場面から始まる本作、その周りにいるのは、会社の重役たちというシチュエーションは、「犬神家」会社バージョンな趣。そしてそのまさに事切れる寸前に起きた密室殺人。被害者は社長の息子である専務だった。その後、今度は会社内で渉外関係の常務が殺されてしまう。

 高木彬光といえば、いわずと知れた名探偵神津恭介が有名だが、近松茂道という検事が活躍するシリーズも書いていて、本作はその近松物の短編となる。まあ、神津物の「妖婦の宿」や「影なき女」なんかと比べると、基礎的なトリックを並べただけのような作品で、そこまで特徴的な作品ではないけど、割と後味のいい短編。

 

中町信『動く密室』

 事件は教習所に通う女性が、林の中で殺害されていることから始まる。死亡推定時刻が教習を受けていた時間と重なり、その時間に被害者を受け持っていた、教習所の嫌われ教官――赤ブタの牛島――に容疑がかかるが、彼は教習所内の車の中で死体で発見されてしまう。果たして彼の死は殺人を後悔しての自殺か、それとも他殺か。

 タイトルに示唆された動く密室とは、自動車の密室であり、壁とギリギリまで寄せられた隣の車で形成されるシンプルながらも不可能興味をそそる状況。トリックもなかなか悪くない。密室に焦点を当てつつ、その他の状況の細かい不可解さを演出していく手つきもいい。

 

泡坂妻夫『ナチ式健脳法』

 何やら剣呑なタイトルっぽく見えるが、内実は被害者の作曲家ナチ和穂による健脳法というやつで、これがまあ、事件の謎を解くカギになるのだが……。

 事件自体は作曲家が離れのスタジオで服毒死した事件。そして事件当時、雪が降ったのだが、不可解なことに被害者がスタジオと母屋を行き来した足跡が、帰りのはずの足跡に行きの足跡が重なる、というあべこべ状態で、これが事件を紛糾させることになる。

 解決はシンプルだけど、とぼけた空気感のキャラクターたち含めて、著者らしい味付けがされていて、不可能犯罪というファンタジックなモノを包む語り口としては、一番洗練されているのかもしれないと思ったりした。

 

大谷羊太郎『北の聖夜殺人事件』

 大谷羊太郎といえば、芸能界を舞台にしたミステリを得意にしていて、今回も芸能界――その底辺でなんとか過ごしているバンドマンを中心にした人物たちの中で起きた事件を描いている。

 芸能人の生活習慣に合わせた、いわば芸能人専門の宿というシチュエーションが時代を感じさせつつも面白い。そこの一室で女性が殺されるわけだが、その部屋が密室というわけではなく、被害者の持ち物が他の鍵が掛かっていたはずの三部屋の中で見つかるという、逆密室的な変則パターンが面白い。ある種の先入観に基づく事件の構図など、なかなか悪くない形に仕上がっている。

 

天城一『むだ騒ぎ』

 犯人ではなく、被害者がその時間その部屋に入れたはずがない、というアリバイ――時間の密室が問題となる一作。トリックはまあ、そうなんだろうな、と納得するしかないが、天城一流の乾いた文体とスピード感、そしてタイトル回収をすることでどこか宙ぶらりんになる事件の後味と著者らしさに彩られた一編。

 

島田一男『渋柿事件』

 アパートの一室で青酸カリを飲んで死んでいた女性。現場は密室状態で、合いカギを持っていた交際相手は確固としたアリバイがあり、事件は自殺だと思われたが、老部長刑事は現場の不審な点からこれを殺人だと考える。

 掛け布団の不審な点から、捜査によって次々と不可解な点が出てくると、あっという間に解決に至るスピード感がなかなか爽快。単純なトリックだけど、タイトルにもある渋柿がきっちり手掛かりになる点など、悪くない。

 

鮎川哲也『妖塔記』

 トリを飾るのは鮎川哲也による、鬼貫警部と並ぶ星影龍三シリーズの一編。

 舞台は戦時中。いわくつきの宝石を持つインド人からそれを取り上げようと画策する友人に付き合うことになってしまった語り手。インド人をさらい、廃屋の塔で脅迫するもインド人は宝石を飲み込んでしまう。怒った友人はインド人を、エレベーターとして使われていた木箱に猿轡をしたまま押し込めて釣り上げるのだが、しばらくすると手足を縛ったはずなのに木箱からはコツコツという音が。木箱を下ろして中を確認したところ、インド人は箱の中から消えていた……。

 いかにもな道具立てで、結構強引な持って行き方だけど、なかなかワクワクするような謎づくり。そして、それをあっけなく解体する名探偵による推理が楽しめる。謎解き自体はそこまで緻密ではないが、雰囲気は一番、本格推理な感じはするかもしれない。

 

 以上八篇、どれもベスト級という感じではないかもだが、それぞれ作家の個性が出ていて、サクサク楽しめるアンソロジーになっていると思う。

ミステリ感想まとめ その11

森博嗣すべてがFになる

 実は漫画版しか読んでなくて、原作は読んでいなかったやつ。今読んでもというか、今読んだほうが作中のIT要素は身近になっている感じがするかもしれない。ミステリ自体は意外なほどにオーソドックスで、ちりばめられた伏線が丁寧。あと、死体の出現シーンはやはりインパクト抜群。論証するタイプの推理ではないが、その丁寧に張られた伏線と探偵役の閃きで事件を解体していく。個人的には“人形”の処理の仕方がなかなかよかった。

 

高橋泰邦『黒潮の偽証』

 昔は結構あった船を舞台にした「海洋ミステリ」の一つ。積み荷の鉱石が崩れるという事故が起きた貨物船。しかもその後、エンジンが利かなくなり、漂流状態となる。その混乱の最中、一等航海士が姿を消し、殺されたのではないかという疑惑のなか、救助船がやってくる。しかし、船長は救助船への乗船を拒否し、船は船長を乗せたままさらなる漂流を続けることになってしまう。そして、その船長以外誰もいないはずの船に人がいたことで、事件はまた違った様相を見せ始める……。

 発表当時は犯人を伏字にした趣向があったらしいのだが、パズラーというよりは、中段のサスペンスに重きを置いた作風。海洋ミステリはあんま読んだことがないので、雰囲気含めて結構楽しめた。

 

三津田信三『黒面の狐』

 著者のメインである刀城言耶シリーズとは違った終戦直後を舞台にした怪奇本格ミステリ。炭鉱とそこに広がる街を舞台に、黒い狐面をつけた女の怪異と連続密室殺人事件が描かれる。炭鉱とそれにまつわる戦前戦後の日本の歴史のディテールが詳しく、しかしきちんと物語と結びついていて、事件やトリックを含めた構成などもすっきりしていて、個人的には長大になりがちな言耶シリーズよりとっつきやすかった。怪異とミステリの塩梅もいい。シリーズは満州帰りの主人公、物理波矢多(もとろい はやた)が、戦後を俯瞰するようにして、職を転々としながら、灯台を舞台にした『白魔の塔』、闇市を舞台にした『赫衣の闇』と続いているようで、その探偵物語の形態も含めて楽しみなシリーズ。

 

白井智之『エレファントヘッド』

 タイムリープと分岐を駆使しながら、独自のロジックとトリックが炸裂した特殊設定の鬼子みたいな作品。よくもまあ、こんな複雑怪奇な設定で本格ミステリを編んだものだという、その挑戦心には敬服するしかない。倫理感とかまるでないところから生み出されるトリックが強烈。ロジックもまたねちっこく練られていて、この設定だと特に意外性がないと思われる犯人についても、意外性を出してくる手腕には感心した。正直、作品自体はそんなに好きではないし、割と冷めた目で見てはいるのだけれど、しかし、ここまでの異形と言えるミステリの迫力は著者にしか書けないものがあるのは間違いない。

 

柄刀一月食館の朝と夜』

 奇跡審問官アーサーシリーズの最新長編。とはいえ、従来の「奇蹟」的な不可能犯罪を中心に据えた事件ではなく、ごく普通の館で起きた二重殺人について、ロジックを主体にした作品になっている。あまり事件自体や物語にインパクトはないものの、細かい伏線や手掛かり、そしてそれを基にした推理は、なかなか丁寧に出来ている。また、奇跡審問官らしさとしては、前半にある神の救済や贖罪といった神学的な話が、やがて事件をめぐる犯人との語らいを通して、神なるものの現れを描くに至るクライマックスへの流れはなかなか悪くなかった。

 

ジェームズ・ヤッフェ『ママのクリスマス』

 ジェームズ・ヤッフェによる「ブロンクスのママ」シリーズの長編第二弾。

 新興宗教染みたキリスト教牧師が射殺される事件が発生。以前、彼とトラブルがあり、事件発覚当時、現場から逃走したユダヤ人青年が容疑者として手配される中、公選弁護人事務所の主任捜査官として彼の行方と事件を捜索するデイブ。彼の母親にして、噂好きの安楽椅子探偵「ママ」は、少しずつ明らかになる事件の様相を息子から聞き出しながら、やがて、真実にたどり着く。

 キリスト教徒の牧師をユダヤ人青年が射殺するという「物語」に町が絡め取られていく、というかなりセンシティブな要素があるが、『災厄の家』あたりのクイーンが扱ったら、より集団心理的な描写を重ねて“大衆”とそれに取り巻かれる家族、みたいな展開になりそうなところを、ヤッフェはあくまでパズラーメインでさらっと描写しつつ、容疑者を助ける善意を添える形で物語を描く。

 そのパズラーは、初期クイーンの物証から階梯状に進んでいくタイプではなく、証言からその裏にある意味を取り出すことで推理を展開させていくタイプ。ヤッフェはこれが上手い。そして、二転三転させ、きちんと意外な犯人を取り出して見せる手つきも良い。

 本作はまた、事件現場にダイイングメッセージがあるのだが、ダイイングメッセージそのものというよりは、そこに潜んだ意味を取り出して、そこから「ママ」の探偵としての「告白」に繋げることで、「善意と真実」という物語的な奥行きを与えている。

「魔術」なトリック:アガサ・クリスティー『魔術の殺人』

魔術の殺人 ミス・マープル (クリスティー文庫)

 

 ミス・マープルのシリーズ第五作目。本書はクリスティの中だと結構トリックが印象的な作品かもしれない。カー寄りというか、カーが喜びそうな雰囲気を持つ作品。

 

あらすじ

 マープルは学生時代の知り合いから妹の様子を見てきてくれないかと依頼を受ける。彼女によると何かよからぬ予感がするというというだけだったものの、マープルは友人の妹――キャリイ・ルイズ・セロコールドの屋敷へ向かうことにする。

 キャリイは三人目の夫と暮らしていて、最初の夫が金持ちだったため、その遺産を引き継いで富豪となっていた。彼女は三人目の夫の理想に共鳴し、屋敷の近くに立つ少年犯罪者厚生施設に出資し、夫がそこを運営していた。キャリイをはじめ、理想主義的な夫、屈折した実の娘、養女の孫、どこか変な使用人といった人間たちの複雑な様子から異様な雰囲気が漂っているその屋敷で、マープルの滞在中、ついに事件が発生する。厚生施設の少年がキャリイの夫――ルイスの部屋に鍵をかけ、立てこもるようにしてルイスと二人になると、銃で彼を狙ったのだ。幸い、弾はそれルイスは無事だったが、同時刻、別の部屋で不可解な殺人が発生してしまったのだ……。

 

感想

 なかなか殺人事件のシチュエーションというか演出が魅力的。そして、本作はクリスティ―の中でも結構トリックに力点がある作品と言っていいだろう。カー、というと言いすぎだが、でも彼が好きそうなトリックではある。ただ、終盤、すごくあからさまにマープルがヒントを出してくるので、おぼろげながらに見当がつく人も多いかもしれない。だが、それを含めて面白いものになっている。そういえば、クリスティにしてはちょっとオカルト成分の入ったタイトルになっているが、それを示唆するものは結構、即物的なものだったりして、そういう意味では毛色が違いつつも著者らしさが出ている。

 事件の他のキャリイを中心とした人間関係では、開放的で先進的な養女の孫に対して、血は繋がってはいるものの、保守的かつ人に好かれない言動をする娘のドラマがなかなか良かった。最終的に実の娘と寄り添うようにして去っていく母娘を見送るマープルの姿とか、なかなか小説的な絵になるシーンだったように思う。

 個人的にマープル物には苦手感がある私だが、この作品はミステリ主体的で、単純だけどうまく処理している部分や事件の演出、マープルのいかにも持って回った名探偵的な物言いなど、結構好きな作品だった。マープルが変に正義とか言ってこないのも割と好きなところかもしれない。

テレビドラマ『名探偵モンク』シーズン1

名探偵モンク シーズン1 バリューパック [DVD]

 コロンボと並ぶミステリドラマの金字塔『名探偵モンク』のDVDボックスを購入したので視聴していこうという計画。全7シーズン+FINAL SEASONの123話(!)もある。今までこんな長期シリーズのドラマを完走した経験がないので途中でやめる可能性もあるかもだが、まあ、とりあえずやってみようかと。

 

 そんなわけでSeason1の第一話『狙われた市長候補』

 このドラマの魅力は何といってもトニー・シャブル演じるモンクのキャラクターだろう。妻を爆弾事件で失ってから、生来の強迫観念がより加速し、刑事を休職中の犯罪コンサルタント。38もの恐怖症を持ち、それと格闘しながらその強迫症ゆえの鋭敏さで名探偵として事件を次々に解決していく。そして、そんなモンクの助手というか、介護人的なビュティ・シュラム演じるシャローナ・フレミングとの掛け合いがこのシリーズのもう一つの軸であり、内向的なモンクと開放的で常に新しい恋を探しているシャローナのコンビは、日本でいういわゆるオタクとギャルの組み合わせな趣がある。

 本作は番組のパイロット版にあたり、79分と作品時間は長めになっている。モンクの強迫神経症というキャラクターのインパクトがいかんなく発揮され、強迫観念に振り回されつつ、時にはそれに助けられ、何とかそれを克服しようとするモンクの姿がコメディやシリアスを交えて過不足なく描かれている。ミステリとしても市長候補の演説中に起きた狙撃事件を中心に、思わぬ事件のつながりやミステリらしいひっくり返しなどがきちっとキマッている。

第二話『第一発見者は超能力者』

 パイロット版を経ての実質第一話的な位置づけの本作は、大先輩の『刑事コロンボ』にならうかのような倒叙ミステリ――なのだが、犯人との探り合いを含めた対決という倒叙ミステリの基本的展開ではなく、犯人はいかにしてインチキ霊媒師を第一発見者に仕立てたか? という謎にスライドする捻った構成が面白い。まあ、真相自体は大したものではないし、犯人との対決も芝居を打って自白させるというミステリ的には洗練されていない解決だが、モンクのキャラクターと助手のシャローナとのやり取りが楽しい。特にマーケットでの証拠品をめぐるドタバタなどはゲラゲラ笑えるシーンだ。

第三話『復讐殺人はベッドルームで』

 判事がバットで撲殺される事件が発生。しかし緊急通報時に犯人の名前を告げていて、事件はすぐ解決するかと思われた。ところがその犯人は体重400キロを超え、ベットから一歩も動けない男だったのだ――という、魅力的な謎が提示される本格ミステリ的な一作。捜査していくと事件直後に目撃された異様に太った男の影がその不可能性をさらに強調したりと、不可能犯罪らしい展開が楽しい。真相はちょっと無理目でバカっぽい感じではあるが、ちゃんと伏線らしきシャローナと犯人のやり取りがあるし、椅子の手がかりも悪くない。モンクさんのいつものやつも、事件現場を片付け始めたり、捜査のために頑張って少女たちが売る不衛生なレモネードを飲んだり(ここはとても頑張っていて笑える)と快調な感じ。

第四話『陰謀の観覧車』

 情報屋に呼び出された警部補が一緒に観覧車に乗ることになるが、乗車中に情報屋は突然暴れだし、殺されると絶叫。緊急停車した観覧車から慌てて警部補は出てくるが、隣にいた情報屋は胸を刺されて死んでいた。警部補は関与を否定するが……。

 観覧車の中で殺人が起こり、その隣にいた人物しか犯行の機会がないという、ストレートな不可能犯罪がメイン。トリックはすごく単純だけど、解明時の手掛かりや犯人まで一直線につながるスマートさがなかなかいい。

第五話『重要参考人サンタクロース』

 ついにモンクが病院へ。

 帰宅したつもりが同じ間取りの他所の家に間違って入ってしまうという、激ヤバな勘違いにより警察を呼ばれ、48時間の監査入院扱いを受けるモンク。そこで同室になった患者から、過去この病院で起きた患者による医師殺しの話を聞く。そして、その夜、サンタを待ち続けている患者がサンタを見たと奇妙な主張する。しかし、その写真を撮ったカメラは消え、過去の事件に疑問を抱いたモンクの周辺にも不可解な出来事が起き、モンクはそれについての言動から立場を危うくしていく。

 被害者が持つ鍵の手がかりから過去の事件の犯人に検討をつけるものの、犯人によってどんどん追い詰められていくサスペンスが、精神病棟という舞台とモンクのキャラクターによってうまく回っている。そして病院の煙突に現れるサンタクロースという奇妙な謎が、ある道具と証拠品に結びつく解決も悪くない。

第六話『億万長者の殺し方』

 コンピューターで財を成した資産50億ドルの男が辻強盗を働き、被害者に撃ち殺された。金に不自由していない男による強盗という不可解な状況の他に、現場から逃げた警官という存在が加わった事件にモンクが挑む。

 金持ちの男による強盗という不可解な謎が提示されつつも、世間は逃げた警官のほうに強い興味が流れるという全体構成がなかなか面白い。謎解き自体は単純だが、その警官の存在をうまく組み込んでいて、さらに警官本人の出現が上手く演出されている。

 また、お金持ちの事件の中で、以前の依頼人から相談料を踏み倒され、モンクから給料をもらえない金欠のシャローナの懊悩や、モンクのカウンセリング料が未払いだと明らかになるエピソードなど、モンクの金銭に対する無頓着さから発生する脇の話も面白い。

第七話『殺人現場で生まれる恋』

 弁護士とその秘書の殺害から始まり、犯行時に燃やされていたファイルから、その裁判の依頼人に容疑がかかるのだが、やがて彼も殺されてしまう。次なる容疑者として、彼ともめていた隣人のモニカに疑いがかかるのだが、モンクはモニカに亡き妻トゥルーディーの面影を見てしまい……。

 妻の面影を持ち、自分の特性を理解してくれるモニカに惹かれるモンクだが、食事に招かれた際に彼女を犯人と勘違いし、殺されると思い込んだモンクとモニカのやり取りは、かなり可笑しい。ここはなかなか楽しいシーンだ。ミステリ的には、犯人の取り出し方になかなか意外性があり、推理も悪くない。そしてなんといってもラストのモニカとの別れのシーンが、モンクの潔癖症を上手く使った切ない演出になっていて印象深い。

第八話『完全アリバイを崩せ』

 女性が自殺した事件を実は殺人だと見抜くモンク。そして、その女性の不倫相手が容疑者として浮上するものの、彼はマラソン大会に出場していた。モンクはその鉄壁のアリバイを崩せるか。

 殺人時に容疑者がマラソンをしていた、という不可能興味なシチュエーションがまず面白い。犯人がやたらと忙しい解決はやや力技な感じはするけど、被害者を自殺ではないと見抜く手がかりなどを含め、謎解き自体は結構楽しい。割と好きなエピソードではある。

 ミステリ的には関係ないけど、モンクの潔癖症がそうなってしまうかもな、とおぼろげながら思っていたヤバめな誤解(人種差別主義者だと思われる)に実際に陥るシーンは、あんまり救いもなくて、コメディ調のこれまでとは違い、何とも言えないシーンである。

第九話『消えた証拠死体』

 モンクはシャローナとその息子ベンジーらとともに休暇を取ってビーチリゾートへ。そこにあった望遠鏡をのぞいたベンジーは、自分たちの泊まるホテルの一室で今まさに人が刺されている場面を目撃してしまう。すぐにホテルへ訴えるモンク一行だが、部屋を確認しても死体はおろか、血痕や乱れた後もなかったという。子供の勘違いだとする大人たちの中で、モンクはベンジーの言葉を信じ、調査を始める。

 ホテルの一室――その窓越しに殺人シーンを見たはずなのに、死体とその痕跡がきれいさっぱり消えてしまっている謎と、それが解決にダイレクトに結びついているスマートさが素晴らしい一編。殺人を目撃したが、なかなか信じてもらえない少年に寄り添うモンクなど、ドラマ的な見どころもある。事件そのものが手掛かりになっているという手掛かりが見事で、手掛かりとしてはこれまでで一番好きかも。解決のタイムアップ寸前で、ホテルに来た初日のまだ笑顔なモンク一行の写真から、死体の場所を発見するシーンもまたイイ演出になっている。また、妙に刑事映画なノリでモンクの相棒のようになるホテルの女性警備員が良いゲストキャラとなっていて、そのあたりも見どころ。

第十話『大地震のち殺人』

 慈善家で金持ちの老人の財産を狙う妻とその愛人による倒叙もの。地震の時に倒れた棚の下敷きになったと見せかけて殺人を行ったのだが、その際、決定的な手がかりを夫が遺したことに気がついた二人。あせりつつも、その手掛かりを何とか手に入れようとする彼ら。それはシャローナが被害者から受けた留守番電話そのものであり、それによってシャローナは犯人たちに狙われてしまうことに。

 この話自体は、あんまりミステリしてはいないのだが、地震の後遺症でモンクが誰も聞き取れない奇妙な「モンク語」しか話せなくなるという展開が面白い。それ自体はそこまでミステリ的な貢献はしていないものの、モンクの意志が伝えられないことによるサスペンスや、まともな言葉が喋れないがゆえに映像だけで謎解きを見せるという推理シーンはなかなか新鮮味があり悪くない。

第十一話『盲目の証言者』

 カントリーソング歌手ウィリー・ネルソンのマネージャーが路地裏で撃ち殺される事件が発生。マネージャーは金の使い込みがウィリーにばれ、それを何とかごまかそうとしていた。さらに現場にいた盲目の女性が犯人の声を聴いていて、それはウィリーの声だったという。現場近くの監視カメラにもその三人しか路地に入った人間は映っていなかった。

 不可能犯罪的な事件ではあるが、トリックそのものというよりは、ちりばめられた伏線がピタピタはまっていく推理の妙が素晴らしい。おまけに事件とは直接関係ないストリーキングのお前かよ、というどうでもいい伏線でも笑わせてくれる。また、犯人のある秘密を見抜く手がかりも上手く演出されていて、なかなか印象的な手がかりになっている。ラストのトゥルーディーへの追悼シーンも良い感じで、全国ネットではウィリーとの演奏に失敗してしまったモンクだが、そのひっそりとした最高のステージはとても粋な場面に仕上がっている。

『完全犯罪へのカウントダウン』

 第1シーズンの掉尾を飾る事件は、モンクが飛行機に乗るというもの。もうそれだけで、思った通りの大変なことが続発する。というか、神経質な特性を持つモンクも大変だが、その相手をしなければならない周囲の人間も大変というか、見てると割かしシンドイ感じはするので、シャローナの堂に入ったモンクのあしらいぶりに大いに助けられているというのを実感する。

 ミステリ的には倒叙的で、犯人たちの細かい矛盾から疑いを抱くモンクと犯人たちの攻防戦みたいな構成。少しづつ真相に迫りながら、犯人のパリへの逃亡を防げるか、というタイムリミットサスペンスも盛り込まれた一品に仕上がっている。

 

一応、第一シリーズでのベスト3を挙げておく。

とりあえずミステリ者なので、ミステリを主軸にした評価で。

1.『消えた証拠死体』

2.『盲目の証言者』

3.『陰謀の観覧車』

 

なんでこんなに“夢”がないんだ:『ウマ娘 プリティーダービー Season3』感想

 一応、楽しみにしてたわけだし、三期の総評を書いておこうとは思うけど、自分にとってこの作品、一言で言うと、

 夢がねえ、ということに尽きる。

 絵は良いし、声優さんたちの演技も良い。途中途中では良いシーンや話だってある。特にサトノダイヤモンドがらみの6、7、9あたりはよく出来てると思う。

 ただ、話全体をなんであんな風に持って行ったの? てか、ピークアウトという要素を持ち込むことの危険性にどうしてこんなに無頓着なんだ? 結局、「史実」というものに気を使いすぎたり、忠実であればよしとした結果、「ウマ娘」というわざわざフィクションにした意味が死んでるし、そのフィクションに込められたものを土台から破壊しようとしていることに気づいてないのか?

 現実をそのままなぞったってしょうがないじゃん。それを追体験して、「現実」だよね、あー哀しい、じゃないでしょ。それと戦うために、たとえ勝てなくても抗うことができるのがフィクションだし、これまで一期、二期とそうしてきたはずじゃなかったのか。そして、世代を超えて、輝いていた名馬の魂が集い、覇を競う、そういう夢の世界が「ウマ娘」の世界じゃなかったのか。夢の第11レースはどこいった、おい。

 衰えたから引退するとか、じゃあ、テイオーとかが走ってるドリームリーグって何なんだよ。それもなんだ? 「史実」とやらに遠慮して、実際のレースの上に立ちませんみたいな「配慮」なのか? なんでそんなに現実におもねろうとする。

 この設定もあり、チームスピカをはじめとした前作主人公&登場人物たちが並走すらせず、それどころか全く走るシーンがないということが余計、現実と同じようにこのキャラクター走れなくなってますよ、みたいなものを突きつけているようでつらい。ピークアウト設定のせいで、一期のEXTRAの感動もだいぶ色あせて見えるし、過去作どころかこれからの作品についても、これからも走っていくんだろうな、みたいな「夢」のノイズにしかならない。三期の作劇がイマイチだけだったらどうでもよかったんだけど、他のシリーズどころか自分が見ていた「ウマ娘」のコンセプトにすらひびが入ったようで、もうほんと嫌でした。

 「漢の引き際だー」とかいう、たかだか現実の解説の言葉に引きずられて、そこに持っていこう持っていこうとするだけでキタサンそのものもなんか変だし。

 そもそも彼女は二期からいて、テイオーの姿を見てるはずじゃん。どんなに運命に邪魔されても、立ち上がって奇跡のために有馬を走る姿を。しかも、走って欲しいと言ってる側の一人だったはずじゃん。なんでそんなに周りも含めてスッて諦めてるのさ。スズカやテイオーにも諦めが肝心だとか言ったか? 特に終盤のトレーナー、お前なんかおかしいよ。ドゥラメンテに有終の美みたいなこと言わせるのも、じゃあ実際は先に引退した君がだらだらリハビリしてるのはなんなんだよ、という気にしかさせないし、あれほんと嫌なセリフだ。

 あと、全体的な問題として「スターの引き際」以前にキタサンが特にスターに見えない。始終、湿ってて辛気臭いし、慕われてる描写が商店街に限られているように見えて、ローカルアイドルみたい。サインをねだる人も特にいないし、テイオーの時みたいに知らない人からファンです、応援してます、みたいな描写もない。てか、そのためのちょうどいいライブという要素があるのに、あんま生かしていない。別に毎回ぐりぐり動かすライブをやれとかそういうんじゃなくて、ライブをたくさんの人が家庭で観てたり、ちびっこたちが見てるとか、走るまねをしてるとかでもいいし、後輩たちから歓声浴びせられてたりするのでもいいじゃん。それ以外にもキタサンのキャラクターグッズをたくさんの人が持ってるとかさあ。トプロの時も思ったけど、なんで商店街の人々で外部をまとめようとするんだ? その他の人々はなんかレース見てるだけだし。

 G1七勝もしてるスターの輝きを真正面から描いて、これがスターの輝きなんだって、それをトゥインクルシリーズに刻んで、次の強敵たちが待つドリームトロフィーリーグに行くキタサンの背中をライバルたちが追う、私はそういう「夢」の方が断然いいと思うんだよ。てか、それが「ウマ娘」だったんじゃないんかいな。

 そもそもスピカがちょろちょろ一緒にいるだけで、なんのドラマ的な役割がないし、小手先のサービスやSNSを意識した仕掛けばかり目立つし……単話で見るといい所はあるにせよ、個人的には拒否したい感じの作品でした。作ってる側が悪意とかじゃなくて一生懸命作ってるんだろうなということは分かるけど、そうであっても自分が信じていた核の部分がへし折られることがあるんだなあ……となんか虚無感が湧いてくる感じで正月がつぶれました。どうしてくれよう、この気持ちを。

 そもそも個人的にウマ娘の一番の魅力って、「最強」をかけて世代を超えた名馬たちが走り続ける夢を実現できる世界もそうだけど、それが包んでいる実際の作品物語の核として、ウマ娘という存在だからの出会いだったり交流だったりで、「史実」とかいう運命に立ち向かっていくことだったんじゃないのかなあと思うのです。一期のスペシャルウィークやスズカもそうだし、二期のテイオー、マックイーン、ツインターボとか。そんなウマ娘になったらからこその交流や出会いが、「現実」にはなかった奇跡を起こす物語――それが好きだったからここまでついてきたんだけどなあ……。「史実に忠実だから良い」とかいう外野の変な声を真に受け過ぎたのか何なのか。「史実に忠実」にしたって面白くもなんともないよ、だってそれじゃあ「現実」を超えられないじゃん。「現実」ともっと戦えよ、それができるのはフィクションだけじゃんよ。

 

 どうでもいいけど、私はこの作品を拒否したいくらい好きではないが、駄作とかゴミ脚本とか言うつもりはない微塵もない。この作品が、良いものをつくりたいという願いのもとに生まれたということ自体は否定しようがないからだ。

 こういうことわざわざ書いたのは、批判の名のもとに、ゴミだとか産廃だとか、とにかく作り手に最低限の敬意もない言葉を平気で書きつける人間たちに怒っているからだ。

 

 

 

 

 ※ここからは、より勝手な妄想話になっていくのでまあ、あんま読まなくていいです。

 

 あとさ、そんなにネイチャ使いたいなら、ちゃんとつかえばよかったのにと思うんですよ。「先生」とか言わせるだけじゃなくてちゃんと「先生」にしちゃえばよかった。要するに、どうせチーム二つなんて持て余すんだからスピカじゃなくてカノープスに入れちゃえばいい。一期みたいにリギルに入りたかったけどレースに負けたスペシャルウィークみたいに、スピカの選抜レースをドゥラとかに負けてトボトボしてたところをG1未勝利チームのせいで、なかなか新人入ってこないネイチャに泣きつかれてカノープスに入るとか。キタサンは菊花賞とか有馬とかでのネイチャの姿に興味を惹かれたとか、持ち前のお助け気質とかで入っちゃう、みたいな。

 カノープスはG1未勝利チームと見られてて、なかなか新人が入りたがらなくなってたりして、南坂トレーナーもG1未勝利トレーナーとか言われてる。ネイチャたちは悔しくて、後輩に絶対G1取らせるみたいな感じで、全員一丸になってキタサンを先輩として指導していく。走ったレースについてアドバイスしたり、並走したりとか、メガネキャラ二人もいるんだし、絵的に映えるアプリのビデオトレーニングとかコース分析とかやってさ。走ってばっかりのをもうちょい工夫できるじゃん。皐月、ダービーとスピカのデュラに連敗して落ち込んでも、自分はキラキラウマ娘を見てきたから分かる、あんたにはG1ウマ娘の輝きがある、とかネイチャに言わせたり、自身の菊花賞に絡めた本編的なアドバイスさせてどんどん使えばよかったのに。せっかくチーム設定あるんだからもっとうまく使うというか、成り上がりな部分をチームに担わせても良かったんじゃないのかなあ。

 そうすることで、なによりキタサンに先輩たちのためにG1取りたいとか目的が生まれるじゃん。「みんなを笑顔にする」ってふわっとしすぎというか、最終的にはそれでもいいんだけど、最初は身近な人たち――チームメイトを笑顔にして広げていく段階を踏む構成にした方が芯が通るよ。ゴルシのルービックキューブとか、単発のアイディアでしかなくてドラマになんないから、一緒に走ったときになんかおもしれ―やつだからやるよ、みたいな挑発程度でよかったんじゃないのかなあ。チームメイトとトレーナーを合わせ(もうアース出さなくて七人目はキタサン自身でもいいし)て自分のために協力してくれた人たちに捧げるようにしてG1七つ取る。その過程で、どんどんチーム以外を照らすスターになっていく……みたいな。

 あとドリームトロフィーもちゃんと使おうぜ。なんていうか、一期二期続いてるわけだし、やはりあの後もスズカが、テイオーが、マックイーンが、ブルボンが走ってるところを見たいじゃん。そのためにドリームトロフィーは使えるし、何よりネイチャとテイオーの再戦とかもできる。ていうか、思い切ってネイチャのレースをもう一つの軸に持ってくるとかでもいい。別にがっつり入れるんじゃなくてちょこちょこ結果とかレース前の場面を映すだけでもいいし。

 同時に、キタサンを湿らせるんじゃなくて、彼女の輝きにあてられて影になる部分を別に作るというか、それをシュヴァル以外にネイチャにも担わせて、自分はドリーム・トロフィーに上がりはしたけど、やっぱりなかなか勝ちきれなくて、そばにいる後輩はどんどん勝っていく。その過程でもう限界なのかな……というところで何度目かのテイオーとの再戦がめぐってくる。いままで通り勝てるわけないし、これで最後にしようかな、というネイチャに対してキタサンの、自分はあきらめず勝とうとするネイチャの姿もテイオーと同じように小さいときから見てきたし、なにより私の「先生」なんだって言葉に奮起して立ち向かう、みたいな。僅差で勝ったネイチャをわっしょいわっしょい胴上げするキタサンとカノープスメンバーとかそういうのでチームの絆を見せようぜ。

 それから、先輩たちによるドリーム・トロフィーを見て、キタサンは自分もそこに行きたい、今度は先輩たちに勝ちたいという目標を持つ、とかさ。一方で、キタサンの目がだんだん先輩たちにしか行ってないことを踏まえて同期のシュヴァルの「君が嫌いだ」を持ってきても良いし。衰え云々じゃなくても自分を置いてかないでよ、みたいなことだってできるんじゃないんかなあ。てか、12話のやつは確かに話としては悪くなかったけど、それまでキタサンが見てる側としてキラキラしてる感じしないので、なんか「好きだぁー」の部分がぼんやりしてしまった感がある。なんかシュバルと視聴者とでキタサン像違くない? みたいな。

 あと、どうしてもピークアウトを持ってきたいんだったら、やはり希望が持てるようにしてほしいというか、それはウマ娘の“魂”的な問題に落とし込むとかでよかったんじゃないかなあ。てか、最初のナレーションの意味をもう一度考えて欲しいんだよ。なんか悪乗りするだけのネタ扱いするんじゃなくてさ。

「ときに数奇で、ときに輝かしい歴史をもつ別世界の名前とともに生まれ、その魂を受け継いで走る」「彼女たちは走り続ける、瞳の先にあるゴールだけを目指して」「この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、まだ誰にも分からない」この意味を。ウマ娘はモデル馬そのものではないはずじゃないのか。なんか最近、その辺があいまいというか、美少女の姿した競走馬でしかない感じになりそうでなんかモヤモヤしている。

 RTTTのアドマイヤベガとか、アプリのスズカとか、そういう不思議な何かの存在路線があるわけだし、ピークアウト云々を魂の問題に繋げるとかできたんじゃないの。シュバルとの戦い後にネイチャとかターボとの並走で、急に思うように走れない、「何かが遠ざかっていく感じ」というのをそれこそゴールドシップみたいな、なんか「わかってそうな」キャラに言わせればいい。G1ウマ娘に特に多いとかそういう感じで、それを克服できずに終わるやつもいるし、克服できるやつもいる。克服の仕方はそれぞれだ、みたいな。実際のやつだと、ピークアウトという概念が存在するくせに、スピカのメンバーもトレーナーもそういうことにすぐ気がつかないのか? みたいな疑問が湧いてしょうがなかったし、G1ウマ娘に多いとか理由付けちゃえば、カノープスメンバーや南坂トレーナーが気づくの遅れても違和感あんまないんじゃないの。

 意気消沈するキタサンにネイチャとかが、あんたが私を信じてくれたから私は走れた、だから私もあんたを信じるよ、今度は誰かのためじゃなく、自分のために走れ、みたいな感じでこれまでずっと誰かのために走ってたキタサンが自分の夢のために走る、そういう展開を見たかったんだが。

 そして、有馬のレースで走っているうちに、キタサンがその魂の存在に気付く演出にもっていって、自分をここまで導き、見守っていた存在、その“魂”に対して、自分はこの世界で出会えた同世代をはじめ、先輩たち、そしてこれからやってくる後輩たちと走りたい、彼らに勝ちたい。今度は、私がその先をあなたに見せてあげたい、それが私の――ウマ娘キタサンブラックの夢なんだって告げる。そして、「史実通り」に圧倒的なレース運びで、その輝きを刻みつける。それを見て、ドゥラをはじめ、シュヴァルもクラウンも凱旋で意気消沈していたダイヤも彼女の背中を追いたいと思う。彼女はやっぱりみんなの中心で、お祭り娘なんだって。そして、またみんなで走る「夢」を視聴者に見せて終わればいいじゃん。だいたい、またみんなで走るという希望すら観終えた者に持たせられない「ウマ娘」に何の意味があるんだ? その前提は、それは私の勘違いなのか?

 うまぴょいだって、それはこれまで明るい展望を見せて終わったから、まあいいかみたいなところはあったし、湿ってて消化不良な終わりの後に流れても逆にイラっとするだけだ。てか、そういう内輪向け様式美はいいかげんそろそろやめて、GIRLS' LEGEND Uとかにしようよ。

 

 ……いろいろと勢いに任せてシリメツレツな願望文を書き連ねてしまったが、まあ別にたいして読まれはせんだろうし、書きたいように書いた。これが、season3より面白いとかも思わんし、自分のための儀式みたいなものだ。憑きもの落としだ。

 

 でもさ、やっぱり、改めて言いたいのは、私にとって「ウマ娘」はかつてあったこと、という「運命」とギリギリまで戦って希望を、なにより夢を勝ち取る、そういう作り手の意志を見せて欲しい作品なんだよ。