鳩サブレーを80枚持って夜行バスに乗った。
鳩サブレーとは神奈川県の銘菓で、鳩の姿をしたクッキーなのだ。
壊れモノだから、と鳩サブレー80枚を抱えてシートに座り即、寝落ち。
早朝、
息子が一人暮らしをする町に到着した。
しかし既に登校したという息子。
部屋の鍵を渡されていないわたくしは、鳩サブレーを抱えたまま、これはどうしたものか?と途方に暮れたが、駅のコインロッカーを止まり木とし、事なきを得た。
身軽になって電車に乗ると
輪行バッグを持った若者達が居た。
軽登山の支度を整えてた初老の紳士がオニギリを食べていた。
待ち合わせの仲間と合流してはしゃぐミドルエイジの女性グループが居た。
皆、一様に白い歯を見せて笑ってる。
そうか!マスクを外しているんだ!
わたくしも、それにならい、そっとマスクを外した。
電車は途中駅で上下線の行違い待ち合わせを繰り返しながらゆっくりと進む。
開くドアから杉の芳しい香が雨上がりの冷気と共に入り込む。
ここは、【木の畑】が連なる町。
この度、首里城・令和の復興に使用する原木が、この山々から産出されたと知った。
わたくしの人生に影響を与えてくれた【10大好きなもの】首位を争う、首里城…
…あの日、業火のなか燃え落ちる平成の首里城本殿を、阿呆のようにテレビで眺めるしかなかった悔しさ…。令和に産まれくる新しい首里城の骨と胎内に触れてみたくてわたくしは、
ノコノコ、トコトコと、ここまで来てしまったのだ。
鳩サブレーを持って。あ、コインロッカーに止まり木させてきたけれども。
芳しい空気に包まれた駅に降り立ち鼻歌混じりに山のガイドツアー集合場所を目指す!
はやる気持ちを抑えきれない小学生男子のように小走りしながら!
「◯◯ママっ!」と、背後から呼びかけられるふりむくと白い葉を見せて笑う日焼けした若者が3人居た。
「いつもお世話になってます、あっ、リュックがねじれてます」と1人は、いきなりリュックを直してくれた。
「山は冷えるので上着をお持ちくださいねー」と、1人は半袖のわたくしを心配してくれた。
「はい、コレ、家の鍵。無くさないでね」と、鍵を差し出してきたのが息子だった。遠目、息子だとはわからなかった。
元・不登校息子が学友と一緒にわたくしの前に現れたっ!当たり前のことなんだけど、わたくしが辿ってきたこの数年においては凄いことだった!しかも学友の、こなれ感が凄すぎる!失礼ながら年齢を伺ってみると、この春、四大を卒業してきたのだ、と、教えてくれた。そんな彼らは山守修行中だ。
こちらこそ、いつもお世話になっております、少しばかりですが鳩サブレーを皆さんに、と、お持ちしましたので後日、お茶請けに召し上がってくださいねー、と、
これまた鳩サブレーネタが軸の挨拶をしてしまった。
ちなみに、鳩サブレーをアタマから食べる派か尻尾から食べる派か、という話題は息子から途中で静止された…。
この日参加した山のツアーは森林と林業と製材と加工の現場を知るためのものだ。
撫育、という言葉があるが、林業現場とはまさにソレであった。丁寧に育てる。可愛がって育てる。人との関わりの上で樹々は育てられ育つのだ。
一方で手が入らない多くの人工林の脆弱さが周知され保全されなければ、あらかたの森林は資源になるどころか防災上でのリスクになっていくことだろう。
手を打ってスグに答えが出るものではないのも林業。撫育、撫育、撫育!と改めて知ることとなった。
切り出された木が口を見せて並ぶ姿は、どれも愛おしい。年輪の詰りは耐えて成長させた証。
首里城に、と選ばれた木も100年あまり山守たちがいつか何かになる木、として撫育してきたに違いないのだ。奥山からヘリコプターで搬出された、という木。その成長の過程でまさか沖縄の城になるとは思わなかっただろうな。
山を堪能して再び電車に乗り鳩サブレーをピックアップしに戻った。
息子のアパートで思いつく限りの作り置きオカズを作った。
山守修行の息子たちは夜間稽古も忙しいようで、帰宅したのは21時を回っていた。
「帰ってきてご飯食べられるのって、いいね」と笑う息子を残して風呂屋に出かけた。
町は仄暗く星が冴え冴えと輝いている。駅前の学習塾では高校生たちが自習している様子が見えた。求めてココに来た息子。ココから羽ばたいて何処かに行こうとする子たち。自分の選択を信じて進める日々が、いついつまでも続いていますように!