柏原さんの日常

おるたなてぃぶな生活を

ロックンロールが死ぬには世界も僕もまだ完璧じゃない

歳を重ねるのって恐らくほとんどの人が、成人すぎてから憂鬱になるものだと思います。

ケーキの上にもうロウソクを立てれないのは寂しいですし、何か特別なことがあるわけでもなく、ただ淡々と時の流れの残酷さを感じるだけです。でもそれは誰のせいでも世界のせいでもなく、他でもない自分自身が、あの頃嫌悪してたつまらない大人になった証拠でもあります。ギラギラとキラキラが入り交じった少年の影が、僕の背中に中指を突き立てているのです。

もう話すことも会うこともないであろう、クラスメイトは今どうしているのでしょうか。幸せな日常を歩んでいるのでしょうか。僕の知る由のない誰かと隣合って、何気ないけれど少しだけ手に余るくらいの幸福を原動力に、陽の光が差す道を歩んでるのだろうと思います。

あの頃の僕だったら、「お前らはそんなぬるま湯に浸かって、面白くもない人生歩んでろよ!」と言って歪んだEのコードをかき鳴らしていたのでしょうが、如何せん24歳になると、僕も嫌でも現実を見て大人になるもんで、羨ましくて仕方なくなりますし、同時にそんな人並みにもなれない自分が惨めに思えてしまいます。暗い谷底から微かに楽しそうな声のする地上を眺めている感覚です。

僕がつまらない大人だと思っていた人たちは、実は太陽を目指して努力をしていたのでしょうし、転ぶことなく橋を進めている優秀な人たちなのでした。

ですが、羨ましいと思っても彼らのようになりたいかというと、それもまた違います。苦し紛れの言い訳もなくはないですが、そもそも僕と彼らは違うからです。ナードにはナードなりの幸せの掴み方があるでしょうし、彼らのように陽の光が当たる場所にいなくとも、幸せになることはできると思うからです。それに今から何メートルあるかも分からない崖を登っていくより、この暗い谷底で幸福のあり方を見つける方が幾分近道です。

僕にはハッキリ自信をもって言えることもあります。僕はアスファルトに咲く花を、とてもとても綺麗だと心の底から思えることです。暗く湿ったこの場所にも花が咲くことがあると知っています。

なんならここで、僕だけの花畑を作ることだってきっと可能なはずです。

僕の心の中にある、ロックンロールの精神はまだ消えてないのが分かります。あの頃夢見たロックスターにはもうなれないかもしれませんが、スターじゃないからと言ってロックンロールをしちゃいけないなんて道理はありません。いい歳したって教室の隅で歪みきった轟音を鳴らしてもいいはずです。惨めで醜い大人にはなったかもしれませんが、自分がなりたい大人はここからでも目指していけます。

だってまだ純粋に心躍る瞬間がたくさんあるからです。ティーンみたいにはしゃぐこともできます。

だってまだ世界も僕も完璧じゃないからです。不安定で未完成だからこそ、ロックンロールが死ぬには早いんです。早すぎるんです。

辛いし、息苦しいし、生きづらさばかり感じますが、それと同じくらい、いやそれ以上にハッピーやワクワクを感じています。まだまだ知らないことはたくさんあって、面白すぎるこの世界を十二分に楽しめるティーンエイジスピリッツが心臓を今も打ち続けています。

もちろん僕は大人ですから、否が応でも世界に馴染む術は身につけるべきで、それ相応の努力はしなくてはいけません。今自分ができる限りの前進はしているつもりですが、僕の1歩はみんなのそれとは明らかに小さくて、ひとつ進むのにも休み休みです。

それでも前に進むのを、明日は今日よりもきっと良くなるという希望を持ち続けるのを諦めることはしたくありません。

だからそのためのロックンロール何ではないでしょうか。

ナードだって、いやナードだからこそ、僕は下向きでも、イヤホンから最大音量を流して、時にはバカみたいにギター掻き鳴らして歩いていきますよ。

アスファルトに咲く花や歪みすぎた音が存在する未完成な世界を、最高だって感じることのできる不安定な僕がゆくのですから。

SUPERCAR / STORYWRITER (Official Music Video) - YouTube

Girl in Utero

 退廃的ってなんだよ。都会的ってなんだよ。耽美ってなんだよ。私はそういったものがだいっ嫌いで仕方がない。そういうにひたって、そういうのを崇拝しているやつらを見ると吐き気がしてならない。私が住んでる田舎の街にも、一定数そういうやつはいる。むしろ絶妙に田舎だからそういうシティチックなものに憧れちゃうのかもしれないな。大都市からは離れているけれど、今はインターネットが当たり前で、都会に行けなくても、簡単に都会の、流行りのカルチャーなんかは摂取できちゃうわけだ。だから、どこにも行けないくせに、都会人ぶりたがるやつもいる。
 私は一応進学校にいて、そこには東京とか大阪とか、そんな都会に上京するのを夢見て勉強を頑張ってるやつもいる。確かに勉強はいいことだとは思う。でもそれって何も夢とかもってなくて、何も頑張ることがないから、勉強をするんじゃないのか。夢をもって、何かやりたいことがあるやつは勉強なんて第一優先でしないだろ。それは極端か。勉強するのが好きでやってるやつもいるだろう。でもそれは少数派なんじゃないか?ちっちゃな頃から「勉強しろ」って言われるわけで、それが大体の親や先生の常套句なわけで、そうやって勉強することが大事なことだって、刷り込まれてるから、勉強するようになっているだけじゃないのか?それにもちろん、ただ都会に行きたいってだけで勉強頑張ってるのも、夢を追いかけているといえるかもしれないし、私はそいつらを否定しない。ただそういう人間が、風潮が、嫌いなだけ。
 そりゃ、こんなしけた街出ていきたいもんな。私にも少なからずそういう思いはある。でも私は案外この街が好きだし、多分ここから離れたら寂しくなる、恋しくなりそうなのも予想できる。ただ、私が嫌いなのは、退廃的なだけのカルチャーや、着飾ってばかりの流行りものと、それで悦に浸ってるやつらだけだ。
 だから言いたいんだ。訴えたいんだ。叫びたいんだ。
 「もっと衝動的に生きていけよ!!!」ってさ。

 私がギターを初めて手にしたのは、13歳の誕生日だった。どうしてもギターをやりたいと言った私に、父親がおさがりのアコースティックギターをくれたのだった。
 「俺はもうギターやるか分からないし、当分弾いてないし、お前が使ってくれた方がコイツも喜ぶだろうから」
 そう言って父がプレゼントしてくれたのはMartinのD-18というモデルのギターだった。後から知ったが、ソイツは私の敬愛するアーティストが使っていたモデルで、調べると何十万とすることが分かって驚いた。
 それから、最初は基本的なコードや弾き方などを父親に教えてもらって、あとは自分で好きなバンドの曲を弾き語りして練習した。
 めったにものをねだらなかった私が、頭を下げて父親に、ギターが欲しいと言ったのにはきっかけがあった。それは私がこんな性格と思想になったきっかけでもある。
 私が中学校にあがるころ、それがいいタイミングだ、となって家族で家の大掃除をすることになった。私の家はマンションだったが、三人家族ということもあったし、部屋もそれぞれ一人ずつあって、物置部屋や、和室の空間なんかもあった。そして一番手がかかったのが物置部屋だった。収集家でもあった父のコレクションで足の踏み場もなかった。でもその時には、父の収集癖も治っていて、いらないものだらけだった。その父のコレクションだらけの物置部屋を掃除していると、やたらCDやレコードが多かった。中学にあがる前の春休みということもあって、暇を持て余してた私は、何気なくCDをいくつか適当に取って、父に「これもらってもいい?」と聞いた。父は喜んだ顔で、「お!気になったか!聴いてみな」と言った。
 そして片付けもひと段落して、部屋に戻って休んでいたとき、物置部屋から一緒に持ってきたCDプレイヤーと、父親がそれ聴くなら、と言って私にくれたヘッドフォンで、もらったCDを聴こうとした。苦手なものは先から食べるタイプだったので、NIRVANA?というバンドの『In Utero』という人体模型に天使の羽が生えたような、いかにも気色悪そうなアルバムから聴いてみることにした。
 一曲目、「Serve the Servants」という曲、その時、それを聴いた瞬間、私の心が撃ち抜かれた。
 すごく汚いギターの音だった。地響きのようなベースだった。殴りつけるかのようなドラムだった。けだるげながら、訴えかけるかのようなボーカルだった。すごくシンプルなのに、わけが分からなかった。それが、初めて私が、“ロック”を体験した瞬間だった。
 それから二曲目、「Scentless Apprentice」を聴くと、もう後には戻れず、そして三曲目の「Heart-Shaped Box」、この曲だった。私にとてつもない衝撃を与えたのは。
 最初は静かに、でもどこかいびつで、そしてサビに入ると、ボーカルががなり声で叫ぶのだ。
 なんて曲だ、なんなんだこの感情は、と思った。でもそれがロックンロールを喰らうということなんだろう。
 それ以来私はNIRVANAの、カート・コバーンの、そしてロックの虜になってしまった。
 『In Utero』を聴いたあと、父にもっとNIRVANAを聴きたいというと、物置部屋から探して『Nevermind』と、『Bleach』、黒いジャケットのベストアルバムと、ライブアルバム『Live at Reading』を私にくれた。
 それからはひたすらにNIRVANAを聴いていたし、その時も今もカート・コバーンの虜になっていたが、もっとロックというやつを聴いてみたいという欲求も出てきた。当時からインターネットの繋いであるパソコンを使ってもよかったし、インターネットで調べる癖もついていたので、色んなバンドを調べては、なけなしのお小遣いで中古CDを買っては聴いた。どれもNIRVANAほどの衝撃は感じなかったが、好きになったバンドもたくさんあった。そんな私の音楽趣味は、聴いてるだけでは治まらず、自分でも演奏したい、やってみたいという欲求にもシフトしていった。それで、父に頭を下げてギターをプレゼントしてもらったのだった。
 中学は、部活に入らなくてはならなかったが、軽音楽部がなく、とりあえず吹奏楽部に入ったが、吹奏楽には興味が持てなかったし、何より自分の好きな音楽にひたっていたかったから、すぐに幽霊部員となった。私は流行りには疎かったし、何より人付き合いが苦手だったので、ただひたすら放課後と休日を音楽に捧げる生活だった。せっかくの青春時代を、という人もいるだろうが、私は私の生きたいように生きる、それが信念だったし、それは何より私の好きなロックミュージシャンから感じたことでもあった。
 しかし、高校に入ったら何か変わるんじゃないかという淡い期待のようなものもあった。そして高校では軽音楽部に入ってバンドをやりたいと思った。14歳のクリスマスプレゼントにはストラトキャスターという種類のエレキギターを買ってもらって、自宅で弾いていたが、やはり物足りない。ベースとドラムともう一人ギターもいて、そんなバンド形式で、馬鹿みたいにでかい音を出して、音を合わせて演奏したいという思いが強くなった。
 だから、軽音楽部のある高校に入りたかったが、こんな田舎街だと、まず軽音楽部がある高校は少ない。そして、音楽趣味に没頭してた私を母親は怪訝な表情で見ることが多かったし、それを払しょくさせるためにも、軽音楽部がある進学校を志望した。そりゃ、勉強は嫌いだったけど、やるしかないと思い、猛勉強のすえ、なんとかその志望校に合格できた。
 しかし、問題はそこからだった。軽音の新歓ライブをみても、演奏されるのは流行りの日本の曲ばかり。私は90年代やゼロ年代のバンドが邦楽でも洋楽でも好きで、いわゆる時代遅れだったのだ。けれど、どうしても軽音楽部に入りたかった私は、入部届を出して入部した。
 そして新入部員の自己紹介の時、周りの同期は好きなアーティストに最近の流行りをもってくる中で、私は正直に、「NIRVANASyrup16g、THEE MICHELL GUN ELEPHANTとかが好きです」と言ってしまった。そしたら周りの同期も先輩も「はぁ?」みたいな顔をして変な空気になってしまった。いや、一応ボーカロイドとかも聴くし、そっちを言った方が良かったか、と思ったが時すでに遅しだった。でも幸いなことにバンド決めのとき、どうやらギターが足りてないらしく、「うちらのバンド入ってギター弾いてよ!中学の時からやってるんだよね?」と誘ってもらえて、何とかバンドを組むことには成功した。
 それでもやっぱり最初の顔見せライブでやる曲は私の知らない曲だった。一応ちゃんと練習して、しっかり弾いたけど、やっぱりなんか気持ちよくない。いや、誘ってもらってるんだから文句は言えないし、人と合わせるのも自分の課題だと思ってたから、それなりにはコミュニケーションもとったけど。でも他のメンバーは初心者なわけで、音を合わせても、私のこの違和感は拭えなかった。そして一番ダメだったのは、MCをそれぞれメンバーが言うことになって、私に振られたときだった。調子に乗ってしまったのもあり、わだかまりを抱えてたのもあり、「みんなNIRVANAを聴いてください。NIRVANA聴いてない人とは仲良くできません」なんて口走ってしまったのだ。案の定それが原因で、私は誘ってもらったバンドから抜け、軽音楽部も半ば、幽霊部員になってしまったのだった。

 そしてその夕方、自分の言動を後悔したり、軽音部にせっかく入れたのにというもやもやをかかえたりしながら、帰ってる途中、気分転換に、いつも弦やギターの備品を買っている楽器店に立ち寄った。そうして、いつも仲良くしてくれる店主に相談すると、
 「そういや、ちょうどいいな。うち、楽器屋だけど二階はスタジオ、三階はライブハウスじゃん?でさ今三階でライブやってるのよ。気分転換に観ていかない?チケット代タダにしておくからさ。いい気分転換になると思うよ。ライブ観たことないっしょ?」
 そう言うのでお言葉に甘えて観に行くことした。
 会場に入ると、なんだか不思議な感じがした。程よく効いた空調に、輝かしいミラーボールと照明、そして馬鹿でかいスピーカーが左右に鎮座している。初めてのライブ会場だった。お客も広さも、映像でしか見たことのないステージと比べると、ちっぽけだけど、それでも私が立っていたのは、紛れもないライブハウスだった。それがとても新鮮で、私をワクワクさせてくれた。
 そんなライブハウスのステージ上には一人で、アコースティックギター片手に座っている20代くらいの男がいた。弾き語りのライブと言ったら、まず私はNIRVANAMTV Unpluggedを想起させるし、その時のカートと比べて、彼は全然存在感はなかったけれど、やはりお客とは違う雰囲気を感じさせた。ちゃんとアーティストの空気を身にまとい、目つきは優しさもありつつ鋭かった。
 そして彼は「まずはカバーからですが、始めます」と言いコードを鳴らした。
 それは私の知っている曲だった。フジファブリックの「若者のすべて」だった。
もう今は六月で夏はこれから始まるというのに、この人は夏の終わりの曲を歌っているのだ。それはもう本当に可笑しくて、だけどカバーなのに、なぜか妙に説得力があった。志村正彦とは似ても似つかない、どこか男らしさのある歌声で、惹きつけられるものがあった。
 歌い終わると次からはオリジナルの曲を披露していった。どれも私の琴線に触れた。
 一連の曲を歌い終わると彼はMCをする。
 「なんだか、夏が始まるようですね。夏、好きじゃありません。苦手です。暑いと嫌になりますよ。俺は冬が一番好きです。理由は分かんないけど、なんか好きなんです。この街は雪が降るじゃないですか。田舎街に降る雪ってなんだかエモくないですか。まあ雪かきとかは怠いですけど。なぜか雪の降るこの街の冬は僕を前向きにさせてくれるんですよ。普通前向きな気持ちにさせるのって夏なのに。凍てつく空気を吸って吐くと、白く曇るじゃないですか。そうやって呼吸を冬の屋外で繰り返していると、俺頑張んなきゃなって、わけわかんないですけど、背中を押してくれるんです。きっとそういう時期が皆さんあると思います。頑張んなきゃなって思ったら、全力で頑張ればいいんです。そしてそういう時期じゃなくても、いずれ自分が好きな時期が、自部を好きだと思える日がくることを期待して、生きていくの、辛いかもだけど、苦しいかもだけど、明日を見据えて生きていきましょう。最後そんな曲です」
 そして彼は思いっきり、すげえ楽しそうな顔してギターをかき鳴らす。そして吐き出すように、叫ぶように歌う。何言ってるのかうまく聞き取れなかったけれど、サビの歌詞だけは私をぶっ刺した。
 「退廃的なんてくそったれ。衝動的に生きてくれ。この歌は君にだけ刺さればいい。明日を見てくれればそれでいい。きっと悪くないはずさ、きっとうまくいくからさ」
 まるで私のために歌ってくれるように感じた。30分前に初めて出会った人なのに、絶妙に変な感じのする人なのに、私のさっきまで抱えてたもやもやを振り払ってくれた。私に希望を見せてくれた。カート・コバーンよりずっと身近なのに、その人は一瞬で、最後の一曲で、私の憧れになった。
 そのあとも何人か演奏を見たけど、彼を超えるものも、琴線に触れることもなかった。
 そしてライブが終わって、その人に思い切って話しかけてみることにした。
 「すごくよかったです。うまく言語化できないけど、特に最後の曲私に刺さりました。ここにくるまで悩んでたんですけど、それが吹っ切れて、なんか希望が湧いてきました!」
 「そりゃうれしいな。君にだけ刺さればいいって歌ったけど、本当に刺さってくれるとは作者冥利に尽きるよ。君その制服ってことは、あの学校の生徒?」
 「そうです。私ギターやってて、軽音楽部に所属してるんですけど、周りとそりが合わなくて、それで悩んでいたんです」
 「俺も似たようなもんだなあ。そり合わないこと多いし、音楽の趣味合う人も少ないし。普段どんなの聴くのさ」
 そう聞かれたので、好きなバンドを羅列していったが、どうやらテンションが上がってたこともあって、早口で自分語りしてしまった。
 「はは、俺と趣味似てんじゃん!オルタナティブロックが好きなんだね。ましてやその年で一回りも二回りも昔のバンドとなると、そりゃ周りと合わないわな。でもさ、いつか趣味も性格も合うやつがでてくるよ、きっと。だからさ今やりたいことを全力でやりなよ。まだ若いんだし、っておれもまだ28だけど」
 「やりたいことかあ。今まではバンドやりたくて、でかい音でギターかき鳴らしたくて、それしか考えてなかったけど、今日のライブ観て、弾き語りで活動してみようかと思います」
 「いいじゃん、いいじゃん。俺、相沢っていうんだけど、君名前は?」
 「蒼井幸です」と答える。
 「へえ、いい名前だね。ところでさ、ライブやってみたいと思うなら、来月俺の企画のライブがあるんだけど出てみない?無理にとは言わないけど、みんな弾き語りだし、音楽の趣味合うやつ多いと思うよ」
 最初は今日初めて生ライブ観たのに、急に来月ライブ出るなんて大丈夫だろうか、とも思ったが、善は急げだし、やりたいこと衝動的にやっていいって、さっき気づかされたわけで。そしてその場で、「出ます、出させてください」と言った。
 「本当はチケットノルマあるところだけど、高校生だし、初ライブだし、そこは無しでいいよ。とりあえずやりたいこと、好きなようにやってみな。ちなみに持ち時間は一人30分ね」
 「ありがとうございます!頑張ります!今日はありがとうございました!」と返して、私は自宅に帰った。
 ライブに出るとは言ったものの、何の曲をやるか迷う。30分ってことはMC考えても、5曲くらいだよな。カバーはやるとして、オリジナル曲をやるかどうか。正直相沢さんの曲を聴いたとき、自分もこんな曲を作って演奏してみたい!と思ってしまったが、いかんせん、オリジナル曲なんて作ったためしがない。とりあえず考えても今日は答えがでないので、やりたいカバー曲の候補だけメモ帳に、箇条書きで記録して、この日は就寝した。
 
 翌朝、学校へ行き、教室に入ると、あるグループが私を嫌な目つきで見てきた。そのグループには、軽音楽部で組んだバンドのボーカルの女の子がいて、おそらく昨日のことを周りの友達に言ったのが理由だろう。
 私はなるべく気にしないようにして、席に着き、朝のホームルームまで時間があったので、読みかけの小説を読み始めた。しかし数ページ読んだところで、やはりあのグループの会話が気になり、不謹慎ではあるが聞き耳をたてた。するとやはり私のことをコソコソと話していた。
 「蒼井さん、なんか変だし、流行りに興味ないし、好きなアーティストも自己紹介の時聞いたけど、全然知らないバンドばっかだったの。なんか古臭いし、今時ロックンロールがどうとか言ってそうじゃない?正直ダサいよ」
 「確かに。なんか自分孤高ですっていうか、なんかそういう雰囲気も気に入らないよね」
 「やっぱり今はさシティポップっていうの?なんかそういうおしゃれなほうがいいよ。蒼井さん、そういうの嫌いそう」
 確かにそうだ。私はロックンロールが最高だと思ってるし、それこそ音楽も他の趣味も、気取った、おしゃれで着飾ったものが好きになれないタチだった。多分私が好きなものを、彼女たちは、いやほとんどの若者が興味なくて、ダサいと思っていて、逆に私が好きじゃない、流行りのおしゃれで着飾ったものを、彼女らは好むのだろう。でも人には人の好きなものがあって、それが個性じゃないのか?それをダサいとか侮辱するのは腹が立つ。生きたいように生きればいいだろ。それが人生だろ。私はそれを昨日相沢さんに教えてもらったから、腹が立つけど、落ち込むとかはない。むしろ反抗心が湧き出てくる。そして彼女たちは話を続ける。
 「そういや前勧めた映画見た?」とボーカルの子の友人Aがボーカルの子に言う。私はクラスメイトに興味を持てなかったから六月になっても名前を、うまく思い出せない。
 「見た見た~!超エモかったんですけど!渋谷の人混みの中でキスするシーンとか特に。そのあと別れちゃうのも切なくて、マジ心に響いたわ~!マジあれがエモいってやつなんだろうね!」
 何が「超エモい」だ。私は映画は見ないわけではないけど、洋画がほとんどで、音楽と同じように、ちょっと昔のSFとかアクションもので、ましてや恋愛映画なんて滅多に見ない。だから間違いなく、彼女らの話題にあがってる映画も見たことがない。きっと流行りの俳優を起用した、流行りの映画なんだろう。見てないくせにあーだこーだ言うのは無粋なのだろうけど、あっちが私をダサいと言うのなら、私からしたらそっちのほうは浅いなって思ってしまう。
 「退廃的?っていうの?そういうのマジエモいわ~」
 だから何がエモいだよ。しかも退廃的って。私に言わせてみせれば、衝動的の方が断然エモい。確かにカート・コバーンNIRVANAは退廃的な面も強いのかもしれない。でもそれ以上に衝動的なんだよ。ロックンロールで最高なんだよ。多分あいつらは、私が初めてNIRVANAを、『In Utero』を聴いた時の衝撃を分かんねえんだろうな。それに昨日の相沢さんの衝撃もある。彼女の話を聞いてると、どうしても昨日の相沢さんの最後の曲の歌詞が、脳内でリフレインされる。
 「退廃的なんてくそったれ。衝動的に生きてくれ。この歌は君にだけ刺さればいい。明日を見てくれればそれでいい。きっと悪くないはずさ、きっとうまくいくからさ」
 もうくよくよしてた昨日の夕方の私はいない。私にはカートがついてるし、相沢さんのこの言葉もある。そう自分がやりたいことを好きなようにやればいいんだ。遠い憧れも、身近な憧れもある。私はそれに向かって突き進めばいいだけなのだ。
 帰ってギターをかき鳴らそう。歌を歌おう。練習しよう。まずは来月のライブっていう目の前の目標に向かって、やることをやるだけだ。

 それからというもの、学校では適当に、怒られない程度にやり過ごして、帰ってから弾き語りの練習をする毎日だった。帰れば大好きな音楽を聴けて、大好きなギターを弾ける、それだけが生きがいで楽しみだった。最初は歌に自信がなかったが、弾き語りを練習するにつれて、歌うことも好きになっていた。オリジナル曲は作ってないし、やるかどうかまだ迷っていたけれど、カバーする曲は4曲決まった。
 一曲目はフジファブリックの「陽炎」、二曲目はNIRVANAの「About A Girl」、三曲目はthe pillowsの「ストレンジカメレオン」、四曲目はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「世界の終わり」、これで決まって、この4曲はひたすら練習した。
 そして、七月に入り、ライブ二週間前になったとき、ふと駅前で路上ライブでもしてみようかと思った。演奏する予定の4曲はもちろん、他にも弾ける曲のレパートリーも増えてきたし、何より人前で演奏することに慣れてみようと思った。駅前とはいえ、田舎街なのでそこまで人が多いわけでもないだろうし、聴いてくれる人もいるか怪しい。だけどやってみようと思ったなら、すぐやるべきだ。そんなわけで学校から家に真っ先に帰って、ギターを手にして駅前に向かう。駅前に着いた時には18時になっていたが、日が長くなってまだ陽が落ちる寸前だった。ちょうどいい、帰宅する人が寄ってきてくれるかもしれない。
 そんなわけで、私はギターを肩から下げ準備をして、緊張をほぐすために深呼吸を何回か繰り返す。そしてまずはワンコードを鳴らす。緊張はまだ取れない。けれどやると決めたからにはやるのだ。そしてまずは「陽炎」から。立て続けにライブでやる予定の曲を演奏する。演奏をしてくにつれて、緊張もほぐれていった。そうして、とりあえず4曲終わってみると、数人の大人たちが、見てくれていた。何だか嬉しかった。
 「ありがとうございます」と言って、のどを潤すために、水を飲むと、観客のうちの一人が話しかけてきた。
 「いやあ、懐かしい曲ばっかでいいなあ。君高校生でしょ。若い子がthe pillowsとか弾き語ってると、なんか嬉しくなるよ。もっと歌ってくれよ。いい演奏だ」
 初めてだった、演奏を褒められるの。それ以前に観て聴いてくれていることが何より嬉しかった。
 すると目の前に見覚えのある人を見つけた。相沢さんだ。私が手を振るとこっちに来て話しかけてくれた。
 「お、路上ライブやってんのか。ライブ前の練習?」
 「そうです。ライブでやる予定の曲をやってたとこです」
 「そうかそうか。なら聴けなかったのは良かったな。本番で聴きたいからさ。まだ続けるんでしょ?ライブでやる曲以外も聴かせてくれよ」
 そういってくれたので私はレパートリーの全てを、あいまあいま観客同士とのおしゃべりタイムを挟みつつ、演奏した。「これで終わりです」と言って路上ライブを終わらせた。そのあとも残った人と音楽トークをした。どうやら観てくれた人のほとんどは、20代30代のバンド好きで私と音楽の趣味が合って話が進んだ。音楽は聴くだけ、演奏するだけが楽しいんじゃないんだと思った。こうやって音楽の話をすることもすごく楽しいことで、きっと大事なことなんだと感じた。人付き合いが苦手な私でも、相手は大人でも、コミュニケーションを楽しめるんだと実感すると、なんだか心が温かくなった気がした。そして、最後まで残ってくれた人はみんな「ライブ観に行くから、もっといい演奏を聴かせてくれよ!」と言って帰っていった。
 そして私と相沢さんだけが二人、残った。もう20時を過ぎていた。
 「頑張ってるんだな。演奏悪くなかった」
 「相沢さんとあの時偶然出会ってなかったら、私はずっと内気で流されて過ごす羽目になってたかもしれません」
 「そんな大げさな。てか若いんだし、出会って一か月も経ってないのに、そんな変われるもんかねえ。それに俺はなんもしてないよ。もし自分が変わったと思ったのなら、それは幸ちゃん、君自身の成果だ」
 「そうだったとしても、相沢さんの演奏と曲がきっかけだったのは間違いないです。今までカート・コバーンがヒーローでしたけど、相沢さんも私のヒーローです。憧れになってしまったんです」
 私が思い切ってそういうと、相沢さんは「そっか」と前置きをしてこう言った。
 「実はさ、俺今月の企画ライブで、音楽引退するつもりなんだ」
 その言葉に私は開いた口がふさがらなかった。
 「俺実は先月結婚して籍入れてさ、その彼女っていうか嫁さん、めちゃくちゃ愛してるんだよね。だからここでけじめをつけて、彼女に捧げようと、大切にしようと思ってるんだ。もちろん音楽はやりたい、けどここいらが潮時かなって。俺プロ目指してたんだけど、それもうまくいかず、その中で彼女にたくさん迷惑をかけた。だからけじめ。多分このままインディーズで活動するのも手ではある、だって音楽超好きだし。でもこのままだらだらと続けていっても、沼にはまりそうで、また彼女に迷惑をかけちまうかもしれない。今まで迷惑かけた分、音楽に捧げた情熱の分、彼女を本気で愛して、大切にしたいんだ」
 私は「そうなんですね、相沢さんならきっと良い旦那さんになれますよ!」と空元気で答えるしかなかった。そして数十秒の沈黙の後、いてもいられず、「遅くなると親が心配するので帰りますね!聴いてくれてありがとうございました!ライブ頑張ります!」と威勢だけで伝えて、その場を後にした。帰ってからも夕飯は冷めていて、さっきの相沢さんの引退宣言のことが心をかき乱していて、食欲は出なかったけど、母親に悪いと思って、無理やり胃の中に入れた。そのあとお風呂に入ってる時も、相沢さんのことが引っかかってたし、寝る前もずっと考えてしまって全然眠れなかった。

 翌朝学校にはなんとか行った。行かないと親が心配するだろうし、何かしてないときがおかしくなりそうだからだ。
 教室では相変わらず、流行りの話やテストの話ばかりだった。正直周りのやつらには前からうんざりしていた。苦手だった。没個性で流されて、何かに縋ってないと生きていけないそんなやつらだと、俯瞰してた節があった。けれど私も大して変わりないのだ。むしろ周りよりもずっと弱い人間だったのだ。流行りで着飾ってるか、ロックンロールを気取ってるかの違いでしかないのだ。私はカート・コバーンに、相沢さんに依存していたのだ。「In Utero」とはよく言ったものだ。私は今もずっとロックミュージックという子宮の中で閉じこもってる。そんな弱くて醜い人間。そして流されるように授業を受けて、休み時間も外を見つめるか、読み進められない小説のワンページをずっと眺めているだけ。そして放課後を迎える。そうやって流されていた方が随分楽な生き方なのだど気づいた。
 けれど、どうしてもやりきれなくて、放課後、夕暮れ、帰り道の途中、昨日路上ライブをした駅前に立ち寄った。するとそこには相沢さんがいて、路上ライブをしていた。正直今は相沢さんのことで悩んでるけど、やっぱり相沢さんの音楽が好きだから、立ち寄ってしまった。
 やっぱりどれも良い曲だった。なんでプロになれないんだろうとも思ったが、それは相沢さんはきっと万人に向けてじゃなく、私みたいな人間に刺さる曲ばかり作って、歌うからだろうと思う。そうしてるうちにすぐ時間は経っていった。そして最後の曲はやっぱり、あの曲だった。
 「退廃的なんてくそったれ。衝動的に生きてくれ。この歌は君にだけ刺さればいい。明日を見てくれればそれでいい。きっと悪くないはずさ、きっとうまくいくからさ」
 曲が終わると、相沢さんが曲名を告げる。そういや曲名この前は言ってなかったな。どうやらその曲のタイトルは「For Nerds」というらしい。
 その時気づいた。私はずっと子宮にこもってインプットばかりして、それで満足して、悦に浸って、ロックンロールを気取っていたのだ。そんなのロックンローラーじゃない。私は決めた。最後の五曲目はオリジナル曲にしようと。本番まであと二週間もないけど。

 それからはひたすらに本やインターネットで曲の作り方を調べた。自分が好きなバンドを何回も聴いて、オマージュでもいいから、今自分ができる限りの曲を作ろうと、試行錯誤を繰り返した。そしてメロディとコード進行が決まって曲の大方ができたのは、本番の二日前だった。そしてその翌日、丸一日使って歌詞とタイトルを考えた。そして完成した。拙いけれど、自分ができる限りのことを、やりたいことを、好きなことを、そして幸せへ向かう相沢さんへの思いを詰め込んだ、私の初めてのオリジナル曲。これで少しは憧れに近づいただろうか、という達成感と、本番上手くいくかという不安感が、混ざり合いながら私は早めに眠りについた。

 ライブ会場に入ると、まだ開演前なのに多くの人が集まっていた。みんな相沢さんの最後のライブをどんな気持ちで観ようとしているのだろうかと、疑問がわいてきたが、そんなことよりも私は、私の今できる限りをぶちまけよう、そういう強い意志が私を突き動かしていた。
 楽屋に入ると、相沢さんと私のほかに、三人いた。知らない人で最初は人見知りが発動しそうになったけれど、相沢さんが、フランクに私を紹介してくれた。すると「若いのにすげえじゃん!初ライブなんだって?俺らも盛り上げてサポートするからさ、幸ちゃんも頑張ってくれよ!」と明るく励ましてくれた。やっぱり音楽を通じて、こうして人の温かさを実感するのもとても幸せなことだったし、私は人見知りを治していかないとな、人ともっと関わっていかないとなと思った。
 私は四番手で、トリの相沢さんの前だった。そんな大役、初ライブで任されていいのかと重圧がのしかかってきた。そんな時相沢さんが来て、こう言った。
 「幸ちゃんを俺の前にしたのは、理由があるんだ。俺はこれで音楽をやめる、でも若い世代に何か残したかったし、これから音楽を幸ちゃんは続けていくだろうから、その始まりを少しでも彩ってやりたかったからなんだ。それに、トリ前の方が観客の入りはピークになる。もし幸ちゃんが俺と同じロックンロール精神を、オルタナティブロックの魂を持ってるなら、それを全力でぶちまけてこい!これでも幸ちゃんのことセンスあるなって、買ってんだぜ?期待してるかんな!」
 その言葉だけで十分だった。私はロックンローラーに、オルタナティブロックミュージシャンになるんだ!そして、最高のロックを会場に響かせて、相沢さんを見送るんだ!
他の三人の演者もすごく上手くて演奏を聴くたびに、私のモチベーションも高まっていった。
そして、とうとう私の出番が回ってくる。心臓の鼓動は早くなる。いい、いいぞ。私は私のロックをぶちまけるだけ。ステージに立つと会場は満員で、観客席から見るのとは何もかもが違った。すげえ。そう単純に感じた。ここで思いっきりギターかき鳴らして、思いっきり歌をうたったら、最高に気持ちがいいんだろうなと思う。緊張してる。脚が手が、震えている。だからまずはEmのコードを鳴らす。そして始める。
 一曲目、「About A Girl」、私の敬愛するカート・コバーンの曲。
 二曲目、「陽炎」、志村正彦が残した田舎街の夏にぴったりの曲。
 三曲目、「ストレンジカメレオン」、まるで私みたいなthe pillowsの曲。
 四曲目、「世界の終わり」、ミッシェルの最高にかっこいいロックナンバー。
 そして五曲目、私が初めて作った、拙いけど、やりたいことを詰め込んだ曲、幸せへ向かう相沢さんへ送る曲。その前に、水を飲み、一呼吸を置き、MCをする。その時気づいたが、思っていた以上に、会場は盛り上がってた。
 「相沢さんと出会ったのは一か月前でした。悩みを抱えていた私が、気分転換に何気なく観に行ったライブで演奏してるのを観て、そこで心を撃ち抜かれました。『For Nerds』を聴いた時の衝撃は、多分これからも忘れません。本当は相沢さんには、音楽を続けてもらって、私の目の前を駆けていって、私はそれを追いかけていけたらいいのにと、今でも思うところがあります。でも相沢さんが歌ったように、明日を見なくちゃいけないんだと、確信してます。だから、これから、幸せへ向かう相沢さんと、私の演奏を観てくれてる皆さんに捧げます」

 「「Impulse Song!」」

 答えなんて見つからない 
 戸惑いだらけの生活で
 私たちは何かに縋りつきたくもなる
 別れなんて望んでない 
 なのに突然やってくる運命
 逃れようもないのそんなの分かってる
 
 形のないものを作るのは
 才能が必要で
 そんなの持ってない私は
 衝動でなんとかするさ

 I Love Youなんてありふれた言葉も
 意味を持たすのは自分自身で
 退廃的な流行なんかは
 ぶちのめしてやるよ
 I Miss Youなんてつまんない言葉は
 言いたくないよ性に合わないね
 ハイファイみたいな人生望むなら
 やりたいことに素直にならなくちゃ

 幸せなんて知らなかった
 子宮にこもった生活で
 私はずっとぐるぐるさまよっていたんだ
 心臓の鼓動高まった あの日の夜から
 私は何か変われた気がするよ
 
 ありがとうを言うには
 勇気が必要で
 そんなの持っていない私は
 衝動で歌うよ

 You Change Me あなたの歌の衝撃が
 私を揺らして撃ち抜いたから
 そうなりたいと思ってしまった
 思ってしまった
 You Will Move 幸せをつかみ取るのは
 明日をみているやつらだけ
 あなたがそうなれたなら
 私にだってできるはずさ

 I Love You なんてありふれた言葉は
 意外と悪くない響きで
 都会のネオンなんかより
 ずっときれいだろう
 I Miss You なんてつまんない言葉は
 死んでも吐きたくないから
 衝動だけで伝えるよ
 この歌でありがとうを


 歌い切った。私の全力をぶつけた。初めてのライブだけど、私のできる限りをぶちまけることができた、伝えられたはずだ。後悔はない。そして、「ありがとうございました!」と言って礼をする。頭を上げると観客と、他の演者さんと、相沢さんが大きな拍手をしてくれた。成功だった。いや、成功とか失敗とかじゃない、このライブで思いっきり私をぶつけられたことに、意味があるのだ。
 そのあと最後、相沢さんがステージ上にあがると、観客から大きな歓声が聴こえてきた。そうして相沢さんが演奏を始めると、空気が変わった。これで最後なんだ。出会って一か月だけしか経ってないけど、一瞬で私を撃ち抜いた、私のロックンロールヒーロー。そうして演奏を聴いてるうちに涙が出てきてしまった。あれ、おかしいな。笑顔で見送ろうって決めたのに、泣き止め私。そうして泣きながら演奏を聴いてるうちに、最後の曲が終わってしまった。相沢さんも舞台袖に戻ってしまった。楽しい時間はすぐ、過ぎていってしまうというのは、どうやら本当らしい。
 しかし、そんな私と裏腹に観客たちは叫ぶ。「アンコール!アンコール!」と。私もアンコールと叫ぶ。そうしているうちに、相沢さんが舞台袖から再びステージに上がってきた。「わかった、わかったから」と言い、こう続ける。
 「アンコールありがとう。本当に今日来てくれたお客さんたち、そして演者のみんな、ありがとう!特に幸ちゃん!最後の曲ありがとう!俺はどうやら一人の女の子を変えちまったみたいです。でもな、幸ちゃん、人生はこれから続いていく。若いならなおさらだ。音楽、俺の代わりに続けてくれ。きっとそしたら幸ちゃんもきっと幸せな明日をつかみ取れるからさ。じゃあ、そんな女の子を変えちまった曲をやります。」

「「For Nerds!!!」」

 そしてやっぱり前半はよく聞き取れない歌で、でもサビのフレーズだけは聞き取れて、やはり私を撃ち抜くのだった。
「退廃的なんてくそったれ。衝動的に生きてくれ。この歌は君にだけ刺さればいい。明日を見てくれればそれでいい。きっと悪くないはずさ、きっとうまくいくからさ」


 
 相変わらず私の周りは流行に敏感で、退廃的なものをエモだと言い張って、何かに縋って流されるように生きている。私も似たようなもんなのかもしれない。でも退廃的なものをエモだなんてふざけんな。退廃的よりも衝動的なものをエモだと言いたいね、私は。これから何が起こるか分からない、まだ若いから。でも私にはロックンロールが、オルタナティブロックがある。ギターをかき鳴らして言いたいことを訴えるように歌える。そしてさよならを教えて、なんかよりもさ、またいつかどこかでって伝えたい。だからさ、私、衝動的に生きるよ。そしたら明日はきっとうまくいくだろうからさ。

Nerdy Life【歌詞】

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夢からは覚めたくないけど
覚めない夢はないわけで
目覚まし時計いつか鳴る
心臓はまだ動いてる
悲しい時だってあった
寂しい時だってあった
都会はいつも冷たくて
その中にまだ溶けれない

青春はもう終わっていて
サリンジャーを今はもう読めない
大人になるのがひたすらにただひたすらに
怖がってた時代も過ぎ去って行った
懐かしさはある意味麻薬だ
思い出は美化されていくだけだ
たまに縋りたくなる時もあるよもちろん
だけどそれでも僕は明日を見ていくよ

諦めない方が奇跡にもっと近づくって
誰かが言っていたのをずっと鮮明に覚えているから
過去になんか縛られないで街になんか囚われないで
生きたいように行けばいいだろそう思ってるんだろ神様
退廃的なものをエモだなんてふざけてるんじゃねえよ
屋上、夕暮れ、揺れるスカートそんなの画面の中でいい
さよならを教えてなんかよりも出会えて良かったと言いたい
教室の隅で俯いてる僕らにしか知れない感覚がある

嗚呼、トランジスタクリーントーン
嗚呼、真空管だけの最大音量も
それが救いで何よりも救いで
そいつを食らってしまったらもうあとには戻れないよ
嗚呼、ナードだってロックンロールを
嗚呼、ぶちまけていいんだと知った頃から
僕はギターを鳴らすただ夢中でかき鳴らす
そのときだけは誰よりも無敵になれるそれだけでいいのさ

 

 

さよなら天使たち【歌詞】

soundcloud.com

 

 

言葉にならないくらいの高さから
飛べたのなら
私の世界少しでも変わるかな
期待してる
神様のいない或る日曜日に
教会へ行った
今日ならロックンロール流しても
許されるよね
幸福にもしも温度があるのなら
どれくらいかな
あの人と同じくらいがいいのに
多分違う
散弾銃を撃ち鳴らしてみたい
思いっきり
そしたら神様アンタを殺せる
自信があるの

嗚呼、この都会では
狂気を使えないやつらが
嗚呼、見知らぬ顔して
笑っているのがむせ返りそうで
また私勝手に傷ついてしまったのです
でもあなただけは
そのままの心で!

天使は12月に死んでいて
私はどうやら生きてるみたい
天才だった頃には戻れないけど
時々思い返すの
妥協をするのが大人ならば
夢を殺すのが世界ならば
私は子供のままでいいの
神様そこで見ているんでしょう?

両手に余るほどに持て余した
憂鬱どうしよ
あの人はそんなこと考えてない
多分だけど
真空管でこのギター鳴らして
それだけでいい
そしたら神様アンタを揺らせる
間違いないね

嗚呼、このままいけば
狂気を使える気がするよ
嗚呼、見つけたいものが
分かっていたのはとうの昔でも
今、私勝手に息を吐き続けています
でもそれぐらいじゃなきゃ
私もあなたも踊れないから!

小説みたいな人生なんて
私にはどうやら難しいみたい
それでも悲劇のヒロインには
ならない絶対笑っていたい
普通でいるのがルールならば
縛りつけるのが常識ならば
私わがままでだっていいから
あなたといること諦めないよ

嗚呼、この都会だと
正気を保てるか怪しい
嗚呼、才能なくても
ダンスホールで踊っていいでしょ
あなたがいるのなら
私どこまででもいけます
でも夢ばかり観てたら
私もあなたも生きてけないから!

残酷で理不尽な世界だって
まだまだ全然絶対
唄える踊れるよ
ロックンロールにあなたもいる
正解、退廃、撃ち抜いてあげる
歩いていくのが辛いのなら
息をするのすら苦しいのなら
手を差しだすよ
どこへでもいくよ
独りでもふたりぶんでいこうか

詩⑨

両手に余る憂鬱を晴らすための画面越し
どこからがありふれた日常か分からなくなってしまった
都会に溢れる屈折はやり過ごすための工夫だろう
どこだっけ馬鹿みたいな笑い声聞いたのいつかの日

きっとみんなは上手にやれているのでしょう
ずっと飲み続けた錠剤、中に何入ってんだろう

液晶に映る君は架空の季節の中に
だけど天使に思えてしまうのは
僕が弱いから、もろいから
未だに踏切を越えられない
越えられないよ

天才だった頃に戻れたら
何にだってなれたあの頃に戻れたら
なんて考えてもキリがない

液晶に映る君はゼロ距離でも届かない
だけど欲してしまうのは
僕の心が壊れてないから、ギリギリ保ってるから
未だに過去を振り切れない
振り切れないよ

でもいいんだ
画面越しの君が教えてくれた
妥協するのが大人なら
夢を殺すのが社会なら
僕は一生子供のままでいい!

トランジスタの音が好き
今からツマミ回すから
そこで聴いていておくれ
最大音量くらっておくれ

歪みきったコードかき鳴らしてる時は
誰にも負けない気がした
こんな日々がずっと続くならこれでいいだろう
はったりだらけの歌詞でもいいさ
電気信号の君でもいいさ
物語の数だけ君を愛してきたように
多少欲張りな方がきっと生きやすいさ

そっちの世界はどうだい
こっちの世界も悪くない
この曲はスリーコードでいいかい
絶対解なんて存在しない世界
この時は今しかない
だから君はそこで見ていておくれ
12.5インチは息苦しいかもしれないけれど
目覚まし時計はいつか鳴り響くけど
今だけはこの歌を聴いておくれ
オーバードライブ、ジャズマスター、ノイズだらけにリバーブ
そうさ、ロックンロールをくらっておくれ
君の翼が折れるくらいの最大音量で

23才になった夏休み

 気づいたら23才になってました。

 ティーンだった高校生の頃の自分が23才になるとは想像もしてなかったし、23才になった夏休みに、神聖かまってちゃんの「23才の夏休み」を聴けるとは思いもしてなかったです。

‎神聖かまってちゃんの"23才の夏休み"をApple Musicで

 たくさんの人たちからお祝いのメッセージをもらうと、本当に嬉しいですね。

何度もブログで書いてますが、ハタチ辺り、正確には高校を卒業して大学進学のために上京してきた辺りから、より一層人生というものを悲観するようになってしまいました。高校時代も父親が死んだり、教室の隅で独りぼっちだったりと、その頃からひねくれ悲しみ憂鬱くんだったのですが、20才辺りから、うつ病になったこともあり、より悲観と俯瞰が癖になってしまっていました。

 鬱に苦しめられ、何度も自殺未遂をして、精神病院にぶち込まれ、大学中退してから、ほぼ無職のカスみたいな人生を送ってきたわけですが、なんとか最近幸せを感じることが多くなってきました。そんな中23才という歳になりました。(別に何か特別な節目の年齢というわけでもないですが)

 一応大人ではありますけど、まだまだガキです。何も知らないクソガキです。けれどここまで生きてこられたのは、ここに来て生きることが楽しいと少しずつ感じられるようになったのは、周りで支えてくれる人たちと物語や音楽といった創作物のおかげだとひしひしと感じます。

 まず物語や音楽から。僕は昔から本を読んだりアニメを見たり、音楽を聴いたりしてきましたが、やっぱりそれらが僕を構成する重要な一部分になってるところがあります。Syrup16gは現実を孤独を認め、それを示しながら、僕らに明日や希望をわずかではありますが、見せてくれますし、木下理樹はオッサンになっても子供たちのシェルターになるようにという気概で、バンドを続けてくれています。麻枝准は僕と同じような息苦しい感覚に苛まれても、新しいソシャゲというジャンルで挑戦をし続けています。僕に影響を与えた音楽家や作家は、僕の倍近くの年齢なのに、頑張って生きてる。創作物それ自体にはもちろんのこと、その頑張って生きてることに勇気づけられてるのは、間違いない事実です。

 そして僕がうつ病に苦しんでる時に観た、僕の大好きなアニメ、コードギアス反逆のルルーシュでは、主人公のルルーシュが「明日は今日よりも少しでも良くなる」と信じて、明日を見据えていきています。この思想は僕に大きな影響を与えました。明日を見据えて生きることのカッコ良さを教えてくれました。僕はルルーシュみたいにイケメンじゃないし、モテないし、上手く立ち回ることもできないし、頭も良くないし全然似てませんが、僕は地べたを這いずっても明日を見すえるカッコイイ人間になりたいと思います。頑張るぞ。

 次に僕を支えてくれる人たち。友人だったり先輩だったり、後輩だったり、本名も知らないネットの向こう側のフォロワーさんだったりしますが、僕は人間である以上、やっぱり他の人間がいないと生きていけないわけです。

 不幸自慢じゃないですが、僕は幼少期いじめにあってましたし、家では家族に虐げられたりしました。でもそれ以上に周りには優しい人たちがいることを知っています。

 この世には多くの悪意が存在します。ですがそれと同じくらい、もしかしたらそれ以上に多くの善意が存在します。人を傷つけるのは人ですが、人を救うのもまた人なのです。

 僕はこれがこの人の世の真理のひとつじゃないかなと思ってます。だから、僕は他者からの優しさにちゃんとありがとうを返せる人間になろうとしています。そして傲慢ですが、手を差し伸べてくれた分、いや、それより少しでも多く他者に手を差し伸べられる人間になりたいと思います。鋼の錬金術師の終盤で等価交換ではなく、10もらったら11返す、新しい錬金術を模索したいという描写がありましたが、あれに近いかもしれません。

 もちろん僕は世界を救うヒーローにもなりたくないですし、なれる気もしませんが、ある先輩であり友人が僕に聞かせてくれた「半径5メートルの人間を深く愛する」という思想を受け継ぎたいと思います。今世界はコロナや戦争や貧困など様々な問題が起こっていて、混沌としていますが、一人一人が「半径5メートルの人を愛する」ことをすれば、その半径5メートルは連鎖し、広がっていって、いずれは世界はちょっとだけでも素敵になるんじゃないかと思います。齢23の無知で無力なガキの戯言に思われるかもですが、綺麗事を俯瞰してたらダメになる気がするし、やらない善よりやる偽善ではないですが、綺麗事なんて実現できるはともかく、たくさん言えた方がハッピーじゃないですかね。僕はそう思います。

 

 そんなわけで23才になり、来月から社会人になって社会の荒波に揉まれるかもしれませんが、小さくてもいいから幸せを拾って生きていきたいです。

 そして、僕の好きな作家舞城王太郎の好きな作品「好き好き大好き超愛してる」の1文目にこんなセリフがあります

 「愛は祈りだ」

 僕の好きな言葉です。まだ手を差し伸べれるほど力があるわけでもないですし、今のところ自分のことで精一杯な感じはありますが、祈ることはできるので、僕の半径5メートルの大好きな人たちに幸あれと祈ります。

 最後になりますが、宣伝というか、先程誕生日のこの日に、新作の短編小説を書き終わり、アップしました。誕生日という節目、最近生きることが楽しくなってきた今、この小説を書き上げられたのは何か意味があるように思えます。

 僕は音楽にしろ、小説にしろ、アニメにしろ、映画にしろ、拙くてもいいから熱量のある作品が大好きですし、そういう作品こそ素敵だと感じます。

 この新作短編小説「不死身のガールフレンド」はタイトルこそ大好きな作曲家でありギタリストの衝動的の人(今ヒトリエでギタボやってるシノダ氏)の同人時代の好きな曲から引用したものです。そしてその衝動的の人ぐらい、衝動で書き上げた、僕の好きな作品のように、今の自分がだせる限りの熱量を込めて書いた作品なので読んで欲しいです。僕の実体験とか感じたこととか、今後こうやって生きていくからな!って意思表明みたいなのを詰め込んだ作品です。

 なのであんま小説読まないよって人も読んでいただけるとありがたいですし(15000字ないくらいでセリフ多めなので読みやすいかとは思います)、感想なんていただけると嬉しさのあまり舞い上がってしまうと思います。相も変わらず拙いですが、熱量を受け止めてもらえれば嬉しいです。

 多分こうやって23才の報告をするより、率直に、真摯に、そして衝動的に感じられるかと思います。

 それではまた!みなさんも幸福に生きていけるよう、ささやかながら祈りを捧げておきます!

不死身のガールフレンド - 柏原さんの日常

不死身のガールフレンド

 「私、死ねなくなっちゃった」

 夕暮れ時の帰り道で久しぶりに会った彼女はそう言った。

 僕は学校から帰る途中だった。でも何だかすぐ家に帰るのはもったいなく感じて、でも何か用事がある訳でもないから、手持ち無沙汰な感覚で駅の周辺を散歩していたところに、彼女と会った

 「あのね、この前、学校の屋上から飛び降りたの」

 「死にたくて死にたくてたまらなかったの。でもね、急に時間が止まって、最初は走馬灯ってやつなのかなって思ったんだけど、急に声が聞こえたの」

 「『お前はまだ死んではいけないのに』って。多分神様なのかな。それでね、神様はまだこの世に残るべきだろって言ったんだ」

 「それからとてつもない衝撃で私は地面に叩きつけられた。本当に本当に痛かった。でも生きてた」

 「よく分かんなくて、帰ってから、今度は私の家のマンションの屋上から飛び降りてみたの。そしたら生きてるのはもちろん、痛みを感じることもなくなってた」

 「それでようやく実感したの、ああ、私死ねないんだって。こんなに死にたいのに」

 そう急に彼女に告白されて、僕は戸惑った。普通そんなことありえない。

 「そんなの突然言われても信じられないよ」と僕が言うと、彼女は「じゃあ実際に見てみる?」と言った。

 僕らが学校に戻る頃にはもう陽が落ちていて、街灯の明かりと月明かりだけが僕らを照らしていた。

 「職員室にはまだ先生かな、誰かいるみたいだね」

 校舎の2階の一角だけ電気がついていて、それ以外は真っ暗だった。

 「それにしても学校は久しぶりだな〜」と彼女は言う。彼女とは同じクラスで席も隣だが、夏休みが終わってからここ1ヶ月くらい彼女は顔を出していなかった。夏休み中も会ってなかったので、結果2ヶ月ぶりに再会したというわけだ

 「最近見なかったけど、何してたのさ。君がいないと話し相手いなくて退屈なんだけど」

 「あはは、ごめんね。色々あってさ。そんな退屈なら、他に友達でも作ればいいのに」

 「君ぐらいしか話し合うやついないんだよ」

 「そっか、まあ私もなんだけどさ」

 そして彼女は「今日はどうかな〜」と言って、校舎の1階の保健室の裏手の勝手口のドアに指をさして「開けてみて」と言う。まさかと思いつつもドアノブを回してみると、すんなりと空いた。鍵閉めてないのかよ。

 「おっ、やっぱり空いてる。保健室の先生大雑把だから、よくここの鍵閉めないで帰っちゃうんだよね」

 そう言って躊躇なく保健室から校舎に侵入した。おいおい、とは思いつつも、夜の校舎に忍び込むなんて初めてだし、どこかドキドキしつつ、ワクワクもしていた。

 それからキョロキョロバレないか逐一確認しながら僕らは屋上まで階段を上る。そしてまた屋上のドアも鍵がかかってなかった。保健室にしろ、うちの学校の用心のなさというか、ガバガバさに呆れた。

 夜の屋上は、夏が過ぎたこともあってか、心地よい温度で、街も見渡せてとても清々しかった。

 「ここから、落下したんだよな」

 「そう、夏休みの終わりに、なーんか全部嫌になっちゃって」

 「あんま聞くもんじゃないかもだけど、そんなに悲しかったのか?」

 そう聞くと彼女は少し間をあけてからこう言う。

 「私のお父さんとお母さん、研究者でね、結婚してからも共同研究してたんだ。それでね、その研究が終わって、アメリカにね、研究結果を発表しに渡航したの。でも世界は残酷なんだね、最悪にもお父さんとお母さんが乗った飛行機が墜落しちゃったの。ニュースで夏休み中見たでしょ、あの事件。あれに乗ってたの。2人とも優しかったし、子供は私1人だけだったからすごく可愛がってくれた。客観的に見て幸せだったと思う。なのにそれを一瞬でなくしちゃった。正直今でも実感湧かないよ。悲しくもないし、寂しくもない。ひたすらに虚ろなの。空っぽなの。それって悲しいとか寂しいとか感じるより、ずっと辛いのよ。客観的とはいえ幸せを、大好きな両親を亡くしたことに負の感情を抱かない私自身にも嫌気がさしちゃった。だから全部終わらせたかったの」

 「そうだったのか。知らなかった。なんていうか僕は何も言えない。君は大切な唯一の友人だし、本当は何か声をかけてあげるべきなのかもしれないけど、僕はなんも知らない17のガキだし、何を言っても無粋になる気がする。」

 「ふふっ、優しいね。無知に思えて思慮深いというか、私は君のそういうとこ好きだよ」

 彼女の思いや考えなんて僕には計り知れないし、聞いておいて何も言えない僕は無力だと思いつつ、好きだと言ってくれる彼女もまた優しいと感じた。

 「まあ、辛気臭い話はやめにして、さっそくやるよ。また飛び降りる。見てて。私が空を飛ぶところ。飛ぶっていうか自由落下だけど。翼の生えた天使に見えちゃうかもね〜」

 なんておどけて言う彼女に流されそうになるが、本当に大丈夫なのか?ここまでついてきてあれだけど、死ねないなんて戯言じゃないのか?これで実は死んじゃいましたなんて笑えないぞ。

 「あ、君今すっごく心配してるでしょ。大丈夫だって。そもそもこれで死んでも君のせいじゃないし、それこそ本望だし、第一に君に見せたいんだ、私が飛ぶところ」

 待って、心の準備が、と言おうとしたけれど、彼女は手馴れたようにフェンスを越えてヘリの部分に立ってしまった。くそ。

 「ああ〜、もう信じるよ!僕の唯一の友達だからな!」

 「嬉しいこと言ってくれるねえ。じゃあいくよ!」

 そして彼女はカウントを始める。

 スリー……。

 ツー……。

 ワン……!!!

 

 彼女は飛んだ。手を広げて。まるで私が天使だと言わんばかりに。重力に委ねた彼女の身体は加速し、それは一瞬だったが、彼女は空中で笑っていた。

 彼女が地面に直撃したとき、不思議にも衝撃音は聴こえず、夜の静寂が僕に一抹の不安感を覚えさせたが、それも一瞬だけだった。

 彼女は笑みを浮かべながら、地面から僕を見上げて手を振ってきた。

 「君もこっちに来なよ」と言ったが、さすがに僕は飛び降りるわけにはいかないので、屋上に来た時と同じように周りを警戒しながら、少し早足で階段を降り、保健室の勝手口から校舎を出て、彼女のもとに向かう。

 「ほらね、なーんにもないでしょ」と彼女は言う。

  陽気な自殺志願者がいたもんだ。いや空虚だからこそ、死ねない絶望があるからこそ、空元気で陽気に振舞ってるだけかもしれない。

 「心臓に悪い。君と違って僕は心臓が止まるかもしれないんだから」

 「さすがに生きたい人間には刺激が強すぎたかな」と彼女は茶化す。

 「でもまあ、ちょっと天使みたいだった。びっくりしたけど、ちょっと綺麗だったかも」

 僕が言うと、彼女は「そ、そうかな」と少し照れた顔を見せた。それを見た僕は自分が言ったことを恥じて、彼女もまた押し黙って何十秒間か、秋の夜の静けさだけが僕らを支配した。少し肌寒い季節、けれど月が一番煌びやかな季節。

 

 

 

 彼女と初めてちゃんと話したのは去年の今頃で、きっかけは偶然だったけど、仲良くなるのは必然だったと思う。だって僕らは教室の隅が拠り所の似た者同士だったのだから。

 僕は今も昔もあまり社交的ではない。別にそこまでコミュニケーションが下手ってわけでもないし、必要なら他者と会話を交わす。けれど自分から話しかけることはあまりなかった。なぜなら僕は流行りに疎いし、僕と同じ世代の人と話しても盛り上げられる自信がなかったからだ。趣味も音楽や読書にインターネット、たまに映画。全部一人で完結するものだった。それらは全部一人で楽しめばいいと思ってた。だって話す人いないし。でも心のどこかで同じ趣味趣向の人と話したいなって気持ちはあった。

 そこを突いて来たのが彼女だった。

 その日も僕は教室の一番隅の席で音楽を聴いて休み時間を費やしてた。聴いてたのはヒトリエというバンドのデビューアルバムだった。僕が一番好きなバンドの一番好きなアルバム。

 そのときスマートフォンの画面を付けっぱなしで聴いてた。そこに突っかかってきたのが彼女だったのだ。

 ちょうどTrack2が終わったところで、「…ねぇ!」って声が聞こえて、自分が呼ばれてることに気づいて再生を停止した。

 「ねぇ!ねぇってば!」

 「ごめん!最大音量で聴いてから気づかなかった。どうしたの。」

 「あ、こっちこそごめんね、集中して聴いてるときに。でさ、今聴いてたのヒトリエだよね!」

 「そうだけど……」

 彼女のことは隣の席だから認知はしてたけど、僕と同じで、いつも一人で過ごしてる、友達らしき人と話してるところみたことがないやつだった。授業のグループワークとかペアワークで話すことはあったけど、そんな事務的な会話しかしたことがなかったから、急に、しかもお互い一人で過ごす休み時間に話しかけられたから、最初は戸惑った。

 「私、ヒトリエすっごく好きなんだ!えっと、君も好きなの!?それ、1stの『ルームシック・ガールズエスケープ』だよね!私一番好きなアルバムなの!1stだけあってすごい初期衝動だよね!」

 正直こんなお喋りなやつだとは思わなかったから、それに驚いたけど、どこか用意しておいたセリフを読み上げてるようにも感じた。多分僕がヒトリエ聴いてるのに気づいてから、話しかけようか迷って、勇気をだして声をかけてくれたのかもしれないと思った。僕でさえ、彼女がヒトリエ聴いてたら、初めてヒトリエ聴く人を見つけた喜びから、話しかけたいと思うだろうから。

 「とりあえず落ち着いてよ。僕もヒトリエ聴く人初めて会ったから。君の言いたいこともすごく分かる、僕もこのアルバム好きだよ。特に最初の2曲。めちゃくちゃな音してるし、初っ端から殴りにかかってくる感じして気に入ってる」

 「えっ、あっ、そうだよね!『SisterJudy』から『モンタージュガール』に繋がるのとかいいよね!」

 ちょっとどぎまぎしてるところを見るに、やっぱり僕と同じように、日常の何気ない会話に慣れてないんだと分かった。でもそこに親近感を覚えた。共通の話題があるのももちろんだけれど、根がナードというか、自分の性格と似てる部分を感じたからだ。

 それからというもの、徐々に話すことが多くなっていって、話していくうちにやっぱり趣味や趣向が似ていることが分かって、気づいたら唯一笑って話ができる友人になっていった。

 僕のクラスは特別進学クラスだったから、クラス替えというものが3年間ないらしい。だから今年も彼女と同じ教室にいたし、担任が面倒だからという理由で席替えもしなかったから、ずっと隣の席に彼女がいた。唯一の友達が常に近くにいて、いつでも気軽に話せるというのは、僕にとっては初めてのことだったけれど、それはすごく安心することでもあった。また彼女も同じく帰宅部だったから、時折一緒に帰ることもあった。そうしていたら、最初のどぎまぎしたコミュニケーションが嘘だったかのように自然と会話をよくするようになった。

 でも彼女と話すのはいつも音楽の話か、どうでもいい何気ない話ばかりで、彼女の奥深くまで知ることはなかったし、お互い深入りしようとはしなかった。多分僕らは根っこはどうせ同じだろうと、勝手に推測して、それで満足していたからだと思う。

 

 

 彼女に死ねないんだと言われて、実際に飛び降りてそれを証明されたあの後、しばらく2人で空を見て時間を潰したあと、何事も無かった面をお互いして、帰宅した。

 僕は帰り際にスーパーの半額になった弁当を買って、それで夕食を済ませて、シャワーを浴びてから自室のベットへ寝転がった。

 僕の家庭は、僕が物心ついた時から両親が険悪な関係になっていて、中学にあがる頃には離婚して、今では父親に引き取られて一緒に暮らしていた。とは言っても父親は長期出張に出てることがほとんどだから、実質一人暮らしみたいなところがある。

 たまに帰ってきても一言二言交わすぐらいで、あまり親子という感覚もなかった。それは小さい頃からも同じだったが、これでもマシな方だ。母親もいた頃は常に父親と喧嘩している声が家に響いてた。それに嫌気がさしていたから、僕は一人自室にこもって、一人で完結する趣味に夢中になるようにしてた。あまりにもその趣味に依存してたから、昔から友達を作る気も起きなかったのだと思う。

 でもやっぱり心のどこかでは寂しさを感じていた。悲しいと感じていた。人を求めることを完全に諦めきれなかった。楽しく生きたいと思ってしまうこともあった。

 ベットで寝転がりながら、同じ性格、似た者同士だと思っていた彼女のことを思っていた。彼女が不死身になってしまったことよりも、実は彼女は悲しさとか寂しさとかを感じない、空っぽな人間だったという事実が僕の心にわだかまりを残していた。

 彼女が飛び降りた時、僕は天使だと感じたが、それは神に遣わされてる、自我のあるかどうか分からない天使と、空っぽの彼女が似てると思ったからなのかもしれない。神に反逆する天使もいるわけで、天使に感情がないとは言いきれないが。

 ただ陽気に振舞ってはいるものの、その実、虚ろな瞳をしていた彼女が、飛び降りたとき、綺麗だと思ったのは本当だ。そして飛び降りているとき笑っていた彼女が不思議に思えたのも本当だ。

 空っぽだと、空虚だと言いながら飛び降りたときに見せた笑顔は、どこか心の底から湧き出た感情の現れのように思えたからだ。

 そんなことを、僕と彼女が本質的には違うのかもしれないという疑念を抱きつつ、おかしなことだらけの今日に終わりを告げるため、瞼を閉じたのだった。

 

 翌日も彼女は学校に来なかった。僕の虚ろな気持ちを現すかのように、隣の席は空いたままだった。

 正直、彼女に会いたかった。昨日再会したばかりで、あんなもの見せられたばかりだけど、この自分でもよく分からない感情をどうにかするには、彼女に会う他ないように思えた。

 だから、放課後になって、また僕は駅の周りをぶらぶらしていた。適当に本屋やCDショップに立ち寄っては外を徘徊して、気づいた時には夕暮れ時になっていた。

そしてやはり夕暮れ時になると彼女は現れるのだった。

 「もしかして、私を探してた?」とニヤつきながら聞いてくる。僕は正直に「そうだよ」と返す。

 「ふふ、素直だね。ねえ、今日も屋上に行こうよ」

 彼女はそう提案するが、また飛び降りるのかとも思う。でも駅の周りにいてもやることは無いし、日が落ちてからの屋上は、僕にとって魅力的な場所になっていた。

 僕が「うん」と返すと、「じゃあ行こっか」と言う。

 学校に着いたとき、昨日とは違ってまだ夕陽が顔を見せていた。

 「少し早足だったかな。まだ生徒も残ってるし。今日は普通に玄関から入ろっか」

 玄関から学校に入り、屋上までいく。その途中でクラスメイト数人とすれ違ったが、誰一人として僕らを気に留めてる様子はなかった。僕はともかく、彼女は久しく教室に顔を出していないのだから、珍しさみたいなものを感じてもいいのに。彼女も僕と同じく、教室では目立たない、空気のような立場とはいえ、あまりの無関心に少し腹が立つ。

 「なに?機嫌悪いの?」

 「いや、さっきクラスメイトとすれ違ったのに、みんな君のこと無視してるみたいで。なんか人情みたいなのが感じられないというか。久しぶりなんだから声くらいかけても良かったのに」

 「まあ、私は君しか友達いないし、滅多に他の人と話しないからね。本当に空気みたいな存在なんだよ私」

 「でも……」と言おうとすると、「早くしよ」と彼女が急かすので、屋上のドアを開ける。

 「やっぱり学校の屋上ってそそるよね。なんか私たち"青春"してるみたいじゃない?」

 「"青春"かあ。今がいわゆる青春時代ってやつなんだろうけど、全然考えたこともないなあ」

 「多分だけどさ、そういうのって、過ぎ去ってから、思い出になってから、感じるものなんじゃない?そしてみんなその時を無駄にしてたんじゃないかって、後悔するんだと思う」

 「そういうものなのかな。でもやっぱり僕は今を生きることを上手に感じられないんだ。なんかふわふわして、自分がどこにいるのか、自分が何を感じてるのかさえも分からなくなる。どこまでいっても曖昧なんだ」

 「それは若さゆえだと思うよ。いや私も同い年だから気持ちは分かるよ。でも私は死ねないから。生きるしかないんだよ。いちいち気にしてたら絶望しておかしくなっちゃう。だからせめて君の前では空元気でもいいから、楽しく過ごしたいんだ」

 落ちていく太陽が僕らを照らす。もう少しで今日が終わる。そのせいか、僕は焦燥を感じた。だから昨日のことを、僕が感じたことを今言葉にするべきだと思った。だから彼女に聞く。

 「君は昨日、自分自身が虚ろだと、空っぽだと僕に言った。それがずっと引っかかってたんだ。僕は勝手だけど、君と似た者同士だと思ってた。僕は多分空っぽじゃない。どこかで寂しいと思う。心の片隅に人を求める気持ちがあるんだ。だからほとんどの他人と距離を置いても、君とだけは素直な気持ちで接していた。でも君が空虚だと聞いて、多分僕は悲しかったんだと思う。君が僕を友人として求めてくれて、僕と一緒に話したり過ごしたりする中で、楽しいとか嬉しいとか感じてくれてるんじゃないかって、これも身勝手だけど期待してたんだ」

 夕陽が地平線に隠れていく。また一日が終わりを告げようとする一瞬がやってくるまで、彼女はこちらを見つめたまま黙っていた。多分返答を考えているのかもしれないし、虚ろのまま僕の問いを時間の流れに任せてうやむやにしようとしてるのかもしれない。そんな一抹の不安も夕陽が完全に隠れたときに吹いた、心地よい涼風が拭ってくれた。

 「君の考え、半分あってるけど半分間違えてる」

 そう彼女は言い、一呼吸ついたあとに続ける。

 「私は確かに空っぽだよ。虚ろだよ。家庭にも学校にもなんにも不満がなかった。優しい家族、無関心だけど別に何か嫌なことをしてくるわけじゃないクラスメイトや先生たち。でもそれはマイナスじゃないだけで、プラスでもなかった。ただひたすらにゼロ。昨日両親が死んだから、幸せな家庭が失われたから、自殺を試みたような言い方をしたけど、それは少し間違ってる。それが契機になったのもあるにはあるけれど、多分死のうとするのが早まっただけ。遅かれ早かれ、私は自分の命を絶とうとしていたと思う。私は確かに空っぽだけど、いや、だったけど、満たしてくれる、埋めてくれる人がいたの。それはお父さんでもお母さんでもない、君なんだよ」

 「そうなのか?僕は君の空虚さを少しでも埋めれていたのか」

 「そうだよ。君といるとき、話しているときだけは、私を感じることができた。楽しいとか嬉しいとか、ときには悲しいとか思えることができた。客観的に見て幸せだったんじゃない。私の主観で幸せだと感じることができた。初めて生きてると思えた。多分空虚だと思ってた私もどこかで、誰かを求めてたんだと思う。寂しい気持ちが心の片隅にあって、それを埋めてくれる人を待ってたんだと思う。それが君の言ったことのうち、合ってること。私も君と似た者同士だと感じてたよ。でもね、一つ君の言ったことで間違ってるとこがある。私はね、友だちとして君を求めていたわけじゃない。」

 彼女は夜の静寂に一瞬身を任せる。空を見て、街を見下ろして、そして僕の目を見て言う。

 「好きだったのよ。君が。誰よりも。世界で一番」

 「え…」

 僕は照れるより先に驚いた。だって、多分僕もどこかで彼女のことを異性として意識していて、好きだったからだ。

 「本当は恋人になりたかった。君は私の心の隙間を埋めてくれて、それが嬉しかっただけじゃない。私も君の心を埋めたいと思った。そしてお互いそんな風に心の隙間を埋めあっていければ、いつかは人並みに心のグラスに感情が注がれて、生きていくことが少しずつ楽しくなっていけるんじゃないかって。そんな関係になれたら幸せだなって思っちゃうようになったの」

 「僕だって!君のこと好きだった。というか今も好きだ。でも僕は甲斐性なしの臆病者だから、君に告白できなかった。このまま友達のままでいいって無理やり納得させてたところがあった。僕がちゃんと思いを伝えて、君に好きだと告げていたら、君は自殺をしようとすることも、こんな身体になることもなかったのかな」

 「いや、それは違うの。失うのが怖くなったのよ。両親が死んだとき、私は自分が誰かを失う恐怖が、存在しうることに気がついたの。だから飛び降りたの。傷つく前に傷つかない方法はそれしか思いつかなかった。だからあなたは何も悪くない」

 「それで、死ねなくなって、自分の大切なものが失われていくのに傷つき続けなければいけなくなって。そんなのってないよ」

 「それなんだけど」

 彼女は思い詰めたような顔をしたあと告げる。

 「死ねなくなったって真実でもあるし、同時に嘘でもあるの」

 それってどういうことだ?僕は確かに昨日、彼女が4階建ての校舎から飛び降りても無事なところを見たぞ。夢じゃないよな。

 「私、もう死んでるの」

 その一言で全てが繋がった。彼女を無視するクラスメイトのこと、彼女が飛び降りても衝撃音が聴こえなかったこと、彼女が1度もドアを自分自身で開けなかったこと。今思えばおかしなところは多々あった。

 「もう理解したと思うけど、私は幽霊。見事に死んじゃった。でもあなただけに見える幽霊」

 「でもそれはおかしい。本当に死にたかったなら、本望だろ。この世に残る必要なんてないはずだ」

 「そう、死ぬ前までは本当にそう思ってた。でも言ったでしょう。神様に『お前はまだ死んではいけないのに』って言われたって。そのとき気づいたの。飛び降りて空中に漂ってる瞬間、君のことが好きで、君とまだ一緒にいたいって思ってたことに。だから神様が許してくれたんだと思う。死んでも君のそばにいる権利をあたえてくれた」

 「そんなのってないだろ。僕が君のことを理解してれば、君に好きだって、一緒にいてほしいって告白していれば、君の心臓は動いていて、君はもっと世界を楽しめる可能性があったわけじゃないか」

 「だからさ、何度も言うけど君のせいじゃないよ。私が弱かっただけなの。それに、幽霊だけど、君とずっと一緒にいられる。話も沢山できる」

 それはそうなのかもしれないけれど、本当にそれでいいのか。彼女は永遠に17歳のままで、僕だけ歳をとって。それに何だか幽霊になれたから、ずっと一緒にいられるというのは、ハッピーエンドと言うには歪みすぎてる気がする。

 「本当はね、君にさよならを言えるだけで良かったんだと思う。君も私と同じように一緒にいたいって言うなら、私は天国か地獄か分からないけど、あの世にいくのはやめて、ここに残る。でもね、私は17歳のままだけど、君は歳をとるし、君は生き続けるわけで、他に好きな人ができるかもしれないし、私の知らない幸福を見つけるかもしれない。幽霊が恋人なんて普通はおかしいと思うし、君には君の人生を君なりに歩んで欲しいとも思うんだ」

 「それもそうだけど。僕が君のことを好きなのもまた事実だ。正直今頭が混乱してる」

 「そうだろうね、だから3日間あげる。たった3日間かもだけど、私とこれからもいるか、私とさよならして自分の人生を歩むか考えてほしい。それで3日後、また夕方、この屋上で待ってる。そこで答えを聞かせてほしい」

 確かに僕には少し考える時間が必要だと思った。だから「分かった」と返事をすると、彼女は「じゃあ3日後、待ってるね」と言って、屋上のフェンスを乗り越え飛び降りた。

 彼女は地上に落ちた瞬間どこかへ消えてしまったけど、やはり彼女が飛んでいるのは、どこか天使みたいで綺麗だと思うのであった。

 

 翌日のホームルームで担任から、彼女が夏休み中に亡くなったことを知らされた。

 やっぱり本当に幽霊になったんだと、改めて実感はするものの、昨日の彼女とのやり取りもあってか、見てくれは平然を保ててたとは思う。

 けれどクラスメイトは「仲良かったもんな」と慰めてくれた。上っ面だけかもしれないけれど、クラスメイトたちも、同じ時間を共にした彼女の死に戸惑い、どこか悲壮感を漂わせていた。

 僕と言えば悲しいという気持ちより、次会うときに出すべき答えに迷っていた。生きてる彼女にもう会えないのは悲しい。けれど、一緒に生涯を遂げることは僕にはできる。

 僕は彼女を愛してる。以前も今も。だから幽霊のままでもいいから、彼女と歩んでいくことを選べばいいというわけでもない気がした。彼女の人生は終わり、僕の人生はまだ始まったばかりだ。僕はまだ17のガキで、何も知らない無力なガキで、これから何十年と人生は続いていく。一方で彼女は永遠の17歳で、彼女は僕という存在だけをたよりに、17の夏にとらわれ続けなければならない。その差異が僕をより惑わせた。

 その日の夜、家に帰ると、玄関にいつの日かみた革靴がおいてあった。

 父さんが帰ってきたのだった。

 「おかえり、出張から帰ってきたんだ」と父さんは言う。そして食卓には出前で頼んだであろうピザやサラダが並んでいた。

 「ごめんな、いつも寂しい思いをさせて。父さん、料理なんてしないから、手料理を振舞ってやれないけど、今日は話があって、ちゃんと食卓を囲みたいと思ってたんだ」

 「いや、僕ももう高校生だし、ちゃんと生活できてたよ。毎月の生活費も多めにくれるから、貯金も出来てるし」

 「そうか、見ないうちにお前も大人になっていってるんだな」

 そして僕は久しぶりに父と食卓を囲む。最初は何気ない話。今まで全然話してこなかったから、お互いどぎまぎとした会話だけど、父親が頑張って話を広げようとしてるのが伝わって、どこか嬉しくもあった。

 「それでさ、一番話しておきたいことって何?」

 「それか、それなんだけど、父さん、再婚することになるかもしれない。今までお前に悲しい思いをさせておいて、自分だけ幸せになろうとしてるのが、傲慢なことだとは自覚してる。ほったらかしだったのも、申し訳ないとすごく感じてる。でも父さんは今一度やりなおしたいんだ。再婚したら今の仕事もやめて、新しい仕事に就く予定なんだ。今までみたいに出張することもないだろう。お前と家族をやりなおしたいんだ」

 突然の告白だった。父さんはすごく申し訳なさそうに言う。

 「俺は最低な父親だったと思う。でもだからこそ、今からでもお前を大切にしたいんだ。今交際している人はすごく優しいから、前の母さんみたいなことにはならないと思ってる」

 父さんはとても真摯に言う。僕が大切だというのも心から思ってることだと分かる。そんな父さんの提案に僕はなるべく笑顔で「いいよ」と答えた。すると父さんは泣きながら「ごめん」と「ありがとう」を繰り返した。

 父さんが再婚するのも転職するのも僕は構わないと思った。父さんというか、家族によって傷ついたこともあった。けれど、僕の倍以上生きていても、前を向いて生きようとしている姿がどこか胸にうたれる感覚があったからだ。もちろん、今の自分は彼女のことで、選択を迫られてる状況だから、ノーと答えて問題を増やしたくないというのもあったが、それ以上に、父さんの今まで見たことのない真摯さが心地よかったのも事実だ。

 そしてひとしきり泣いた後、父さんは「お前を幸せにするから」と言った。まだ再婚相手の顔も見たことがないが、これから訪れる新しい日常に少し期待して、その日は眠りについた。

 

 翌日学校に行くと、隣の席に花が添えられていた。どうやら誰かの提案というわけでなく、クラスメイトたちが偶然持ってきたらしい。

 彼女は自分が僕と似て、空気のような存在と言っていたが、少なくとも悲しんでくれる人が何人もいるくらいには、ちゃんと生きて存在していたのだ。

 そのときふと、思う。彼女と僕の立場がとても似ていたなら、僕が死んだときも花を添えてくれる人がいるんだろうかと。

 隣の席の花たちは、悲しみと追悼の表れで、決して喜ばしくはないけれど、どこか慈愛のある風景でもあった。僕は彼女との時間を思い返す。

 僕らの出会いはヒトリエというバンドだったし、何度も話すくらいにはそのヒトリエというバンドが、僕と彼女を繋ぐ重要な共通項だった。

 しかし、ヒトリエというバンドを作り、フロントマンとして作詞作曲をして、ギターボーカルを務めていた、wowakaという人間は、若くして死んでしまった。

 僕と彼女はwowakaに、wowakaの作って歌う楽曲に救われていたが、それ以上にフロントマンを失って3人体制になっても、音楽を続けたヒトリエに救われていたのだと思う。

 「私ね、『HOWLS』のアルバム聴いたとき、1st聴いたときと同じくらい衝撃受けたの。1stほどの衝動はないけれど、洗練されてすごい希望にあふれたアルバムだなって。それで、これからのヒトリエどうなるんだろうって期待しちゃうアルバムだったの。だからwowakaの訃報を耳にしたときすごく悲しかった。でもシノダやイガラシやゆーまおが諦めないで、新しい曲作って、『REAMP』を出したとき、私『HOWLS』以上に希望を感じた。救われたとも思った。フロントマンを亡くしたんだよ?大切なリーダーを亡くしたんだよ?本当だったら解散するとこだよ?でも、3人はヒトリエを続けていくこと決めた。それってとてつもない希望で、ものすごいことじゃない?」

 そう彼女は言っていた。僕もそれには同意だった。ガキの僕らでも理解出来るくらいすごいことで、でもガキの僕らには計り知れないほどの苦悩があったんだと思う。

 そんなことを思い返しながら、帰ってから『REAMP』をリピートし続けて、彼女のこと、これからのことを考えた。

 そして僕は答えを決めたのだった。

 

 その日は雨予報だったのに、それが嘘みたいに一日中晴れ渡っていた。

 3日前言われたとおり、夕暮れ時に屋上に足を運んだ。

 彼女はフェンスにもたれかかりながら、僕に向かって、笑顔で手を振った。

 「ちゃんと来てくれた。嬉しいよ」

 「こう見えても約束は守るほうなんだ」

 「本当に来てくれるだけでも嬉しい。実は答えも出さず、うやむやにして、会うことすらしてくれないんじゃないかって心配な部分もあったんだよ」

 「素直と真摯と真面目が取り柄だからね」

 「ふふっ、そういうところがやっぱり大好きだよ。それで答えは出た?」

 「うん。この3日間考えて、自分で決めた」

 「そう。君が自分自身で決めたならどんな答えでも受け入れるよ」

 「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」

 そして一呼吸いれて、夕陽が地平線に落ちる前に僕は答えを告げる。

 「僕は君とさよならをしたい」

  そう告げると、彼女は一瞬悲しい顔をしてから、またいつも通りの笑顔に戻る。

 「そっか。悲しいけど、それが君の決めた答えなんだね」

 「うん、そうだよ。」

 そして思いの丈を吐き出す。

 「僕は君のことが大好きだ。世界で一番愛してる。本当はずっと一緒にいたい。でもそれじゃあダメなんだ。君といつだか話したよね。wowakaが死んだあとのヒトリエの話。それと同じなんだ。死んでしまった物も人も元には戻らない。失ったものに縋り付く生者は、幽霊と同じだ。ずっとその時に縛られ続ける。今の僕の直感で言ったら、幽霊の君と生涯を遂げたいと強く思う。でも僕はまだ17のガキで、君は17歳のままだ。今だけみればそれでいいのかもしれない。でもね、人は前を見て生きていかなくちゃいけない。明日が今日より少しでも良くなると願って生きていかなくちゃいけない。僕は17のガキで、衝動的で無知で今さえも見失ってしまいそうなほど危うい存在だけど、それだけは分かるんだ。僕は前に進んだ方がいいと思うし、君とお別れするのは悲しい、何にも変え難いほど苦しいけど、明日を見据えなくちゃいけないと強く思うんだ。だから、この寂しさは一生僕の心に残り続けるだろうけど、誰よりも愛しているけど、さよならを言いたいんだ」

 「そう。それが君の答えなんだね。私も悲しいし、寂しいけど、きっと君の答えは正しいんだと思う。それでいて、強い人間だと思うな」

 寂しい、悲しい、辛い、苦しい。この世はそんなんばっかだけど、わずかな幸せを求めて生きていくのが、生きている人間の宿命なんだと思う。

 「さよならは悲しい。でも僕はまだ何十年も生きる。これからも僕は僕自身の物語を紡いでいく。それを空から見ててほしいんだ。君が飛び降りるのを見たとき天使に見えた。だからきっと、あの世へ行ったら君は天使に、世界で一番美しい天使になる。そう信じてる。だからそんな天使になって、僕を見守っていてほしい。絶対面白い人生を送って、絶対幸せな人生を送って、君を笑顔にし続けるって約束するから」

 「うん。楽しみにしてるね」と彼女はとびきりの、今までで一番の笑顔で応えてくれた。

 「最後にさ、お願いがあるんだ。ヒトリエの1st一緒に聴こうよ。こんな綺麗な秋の夜に聴いたら、絶対気持ちいいよ」

 「それいいね」と僕は言って、スマートフォンのスピーカーからヒトリエの『ルームシック・ガールズエスケープ』を流す。

 

 トラック1。「SisterJudy」

 wowakaは歌う。「その先に見えている像を照らし続けた終いの今日だ」

 

 トラック2。「モンタージュガール」

 wowakaは歌う。「隣の席に舞い込んだ灯りをし舞い込んでるんだ」

 

 トラック3。「アレとコレと、女の子」

 wowakaは歌う。「心は今もぐしょ濡れだ。頼りきっても、今はいないよ」

 

 トラック4。「るらるら」

 wowakaは歌う。「灯す明日に見蕩れただけ、ああ僕は、僕は、僕は」

 

 トラック5。「サブリミナル・ワンステップ」

 wowakaは歌う。「散々も閑散も泣いている今日も、その実態を見て笑え笑え」

 

 トラック6。「カラノワレモノ」

 wowakaは歌う。「掴みかけた淡い情も、それは、転げ落ちた今日だ」

 

 トラック7。 「泡色の街」

 wowakaは歌う。「見蕩れていたんだあなたの心に」

 

 そしてまるで僕らの過ごした街を現したかのような最後の曲が終わると、どちらからともなく、僕らはキスをした。

 秋の夜の静寂が、心地よい夜風が僕らを包み込む。

 それは何よりも優しい一瞬だった。

 唇を離すと、彼女は決心したような面持ちで、立ち上がる。

 「それじゃあ、私は先にいくね」

 「ああ、約束守るから、君も見守っていて」

 「うん」と彼女は頷き、フェンスを越える。

 「またいつか、天国で、笑って話そう!」

 彼女はカウントを始める。

 ワン……。

 ツー……。

 スリー……!!!

 

そして天使のように飛び立った彼女は、優しい秋の夜の涼風に消えていった。

 さようなら、不死身のガールフレンド。

 そして僕は立ち上がる。明日を生きるために。

 いつか彼女に笑顔で再会できるように。

 

 「僕は頑張るよ、幸福に生きるよ」そう呟く。

 天国の君にも幸あれと祈りを込めて。