katoreen101の日記

学校教育と授業研究・アートと猫と…あとはあれこれ

風と砂山の記憶9 ~子どもの学びは雪捲(ゆきまくり)!~

今勤めている大学の駐車場から、隣の附属小学校のグラウンドが見えます。

冬になるとスキーの練習のための雪山ができ、そこで冬の遊びを楽しむ子どもたちの声が響いています。

 

雪の中で遊ぶのは本当に楽しいものです。雪の冷たさ、柔らかさ、滑ったり転がったり、飛び込んだり、何かをつくったり…

雪国で育った人なら、良きにつけ悪しきに付け、雪との思い出がきっとあるはずです。

 

海辺の小さな学校で過ごした冬の日々は、ほとんど毎日が雪と風との戦いでした。

大変な事ばかりでしたが、一つ、忘れられない子どもの学びに関わる思い出があります。

 

海辺の学校がある地域は、風が強いせいか、市街地よりも一足先に冬がやってきます。

 

学校の砂山のグラウンドは11月にもなれば、毎日と言っていいほど吹きすさぶ雪交じりの強い風で濃い灰色から白くなっていきます。

12月になっても吹き溜まりはできるものの、降った雪が飛ばされて行ってしまうのか、グレーと白の入り混じった荒涼とした風景になります。さすがの子どもたちも、この時期はグラウンドで遊ぶことも少なくなっていまいます。

 

3学期になるとようやくしっかりと雪が積もります。

子どもたちは待ってましたとばかりにグラウンドに繰り出して遊びます。

空も地面も真っ白な中に、子どもたちの色とりどりのアノラックの色が映え、そんな中で一緒に雪だるまをつくったり、雪合戦をしたりして遊んだものです。

 

休み時間だけではなく、授業も良く外で行いました。グラウンド端の海岸段丘は天然のゲレンデとなり、スキーはもちろんの事、そり遊びや尻滑りなど、格好の学び(遊び)の場所でした。

低学年のスキーの練習にはちょっと急な坂で、誰かが転ぶと皆が巻き込まれて全員下まで転げ落ちて行ってしまい、雪だらけになって大笑い、どうしたら転がらないか、皆で作戦を立てたりしたものです。

 

図工の時間に色々な雪だるまをつくって、それに色を付けようという授業をしたことがあります。

題して「おしゃれな雪だるま」。

 楽しそうだと思いつき気軽に始めたのですが、これはもう大変でした。

だいたい、

海から吹き付ける風が舞い上がる低温の中、雪は固まりません。

バケツに水を汲み、雪に付けながら塊をつくっていかなくてはならず、とても骨が折れるのです。

しかも、

用意した色水は、雪に染み込んでしまい、いくらあっても思うように雪だるまを彩ることができません。

さらに、

刷毛に付けた色水の滴が風に乗ってあちこちに飛んでいってしまいます。即座に撤収、中止と思ったのですが、子どもたちはやめようとしません。

どうやら…

おもしろいのです。

固まらない雪が、

バケツの水で締まっていく雪が、

雪にぐんぐん浸み込んでいく色水の変化の様子が、

そして何といっても、刷毛から滴り落ち、地面と垂直にすっ飛んでいく色水が!

 

わざと刷毛を振って、色水の飛ばしっこが始まります。

色水が飛んできて顔に付き、緑やら黄色やらになったお互いを見てまたまた大笑い。

 そんなことをしながら、午前中いっぱい外で活動してしまい、

午後は凍った手袋や靴下ををストーブの周りで干しながら、わいわいがやがや。もう、みんな疲れて勉強になりません。

 

教師の思い描いた

「授業の目標=おしゃれな雪だるまをつくって、グラウンド飾ろう」

はあいにく、全く達成されませんでした。

 

色水を被り、大事なスキーウエアを台無しにした上に、授業の目標も達成できなかったのですから、本当にがっくりです。

しかし、

わいわいがやがやの中身に耳を傾けると、実は、子どもたちはたくさんの事を発見し、学んでいたのだ、ということが分かってきました。

・サラサラ雪は固めづらい事。

・水を加えると固められること。

・水はどこまで浸み込んでいくのかということ。

・風が強ければ強いほど、水は遠くまで飛んでいくということ。

・・・

子どもって本当にすごいなと思いながら、子どもたちの話に耳を傾け、今日はこれで良かったんだと思い直しました。

 

その日の出来事から、私は

「授業の目標って必要なのだろうか。活動の結果、子どもたちが、どんなことを学んだかが大事なんじゃないだろうか。」

と思い、先輩の先生にそう話したところ、

「あほか、おまえは。目標の無い授業なんてある訳ないだろ。

授業は目標があって評価があるから授業っていうんだ。」と、一蹴されてしまいました。

「そうですね…。」

もやもやしたけれど、そういうことは口にしない方がいいのかなとも思いました。

 教師が意図したとおりにならない授業は授業ではないとすれば、自分は随分「授業じゃない」ことを授業中にやってしまっていることが、バレてはいけないと思ったのです。

 

やがて春が近づき、海岸段丘に積もった雪が柔らかくなりました。

何時のように遊んでいると、ある子どもが「うわ~、すごいよ!」と大声を上げています。坂の上から雪玉を転がすと自然に大きくなりながら斜面を転がり出し、下まで行った時にはかなり大きな雪玉になっていたのです。前の日に大雪が降ったために、いわゆる

雪捲(ゆきまくり)

ができたのです。

 

「お~。」と歓声が上がり、当然、みんなやり出しました。

「すごいね、雪が転がって、どんどんでかくなるよ。」

「昨日、たくさん降ったからだ。」

「雪が柔らかいからだ。」

「もっと転がしてみよう!」

活動がどんどん広がります。

 失敗したと思っていた「おしゃれな雪だるま」の経験が生きていたことは間違いありません。

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「雪捲」(ゆきまくり) 雪国の人なら見たことあるかも

 私は転がって大きくなった雪玉をみて、子どもたちの学びのようだと思いました。

 

小さかった雪玉が(子どもが)

坂の上から転がしたことで

(教師のちょっとした働きかけで)

雪が適温だったこと、転がりやすい斜面だったとこで

(適切な学びの環境の中で)

自ら大きな雪玉になっていく

(自ら成長していく)

 

「目標がないと授業ではない。」

は私の中でその日以降、次のように修正されました。

「大きな目標は一応あるけど、それに縛られて、子どもが何を学んだのかを見逃したくない。」

 

もしかしたら、活動が終了した時に、教師が想定した目標など、あっさりと飛び越えた子どもの姿の中に、本当の目標が隠れているのかもしれません。

そんな面白いものを見逃す手はありません。

 

あれから30年余り。

あちらこちらで「主体的で対話的な深い学び」について語られています。

教師は、自分も含めて、自分の極狭い経験の中で、上手くいったこと、成功したことがすべてになってしまうという恐ろしい傾向があると思っています。

なので、それを戒めるために、できるだけ他者の考えも取り入れたいと思い、目を通すようにしています。

ただ、その中でどうしても

「教師がこうすれば子どもはこうなる。」というような考え方には、どうしても馴染めません。

きっかけだったり、環境だったり、教師が工夫しなければならないことも奥が深いのですが、それより何よりも、

一人一人の子どもが、

デコボコでも、

ゆっくりでも、

雪捲(ゆきまくり)のように自分の力で成長していく

姿に感動した経験が拭えないからなのでしょうか。

「雪景色 フリー素材」の画像検索結果

 

 

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子どもは「教えないと学ばない」のか ~へき地・小規模校の可能性~

多くの教師は(大人たちは)

子どもは「教えないと学ばない」と考えています。

 

教える内容が予め用意され、

系統化され

時系列に並び

同じ学齢の子たちに

同じ空間で

決められた時間の中で

同じ目標に向かって

習得させるのが教師の役割だ、と思っています。

 

それができないのは指導の仕方が悪いか、子ども自身に何か問題があるかということになります。

公教育では「すべての子どもに教科書の内容を獲得させなくてはならない。」ので指導力向上のため、教師もスキルアップするために研修を行わなくてはなりません。

 

学習指導案を時間をかけて練り上げ、子どもの反応を予測し、どんなことが起きても掌中に収め、流れるような授業を展開できるスキルは教師のあこがれの的です。

 

また、落ちこぼれる子にたいしては、個別の支援をし、人手や時間をかけて学習内容を習熟させなくてはなりません。習熟度別学習などで能力別で分けて指導する必要もある。

 

…と、今の学校で観られるごく普通の話を書いてみました。

「そんな当たり前のこと、だから何なの?」

という声が聞こえてきます。

「学校 授業 フリー素材 画像」の画像検索結果

 

 でも、

実は私はもうずーっと前からこの「当たり前のこと。」

にものすごく違和感をもっていました。

 

 

なぜなら、熱心に

「教えようとすればするほど、子どもは学びから逃げていく。」

という経験を少なからずしているはずだからです。

 

「こんなに丁寧に何度も説明しているのに…」とため息まじりになったり

「ちゃんと話を聞いていないからでしょ!」と怒りモードで子どもに怒りをぶつけたり

などという、

今考えると、とんでもないことを自分はしていたと冷汗が出ます。

 

「教えないと学ばない。」という大前提があるので、

教え方が悪いのか、

子どもの能力の問題なのか、

上の書いたような、系統性やら内容やら授業の目標、細かな発問の中身に至るまで、何を改善すべきなのか…

どうすれば「教えたとおりに学ぶのか。」

そういうことを考えるのに多大な時間を割いて授業研究が進みます。

 

たっぷりと指導案検討をしたところで上手くいかず、事後検討会では参観者から「やり方」の問題点を散々に指摘されて、イヤな気持になるので、大抵、授業研究を嫌いになってしまいます。

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だから

「教えないと学ばない。」

言いかえると

「教えたとおりに学ぶものだ。」という、教師が(大人が)当たり前と思っていることがが違うのではないか、と考えてみる必要があると思うのです。

 

私がそういうことに違和感を感じるようになった根拠は、実際に子どもたちと過ごした中での出来事から

「そう感じざるを得ない。」

と思ったことが何度も何度もあったからです。

この辺のいきさつは「風と砂山の記憶シリーズ」でご覧いただけると嬉しいです。

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 また、最近では

今までの「みんな一緒に同じ目標に向かって」というのを

学校というシステムそのものから変えて行こうという動きも出てきているようです。

 

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 子どもは「教えないと学ばない。」???

上に例示した学校や本は、そんな問いの一つの答えを示しているように思えます。

 

このブログを読んでくれているのは教師の方が多いと思いますが、その中には私と同じ違和感を抱いている人が、きっといるに違いないと期待しながらこの記事を書いています。

一気に、学校やシステムは変えられないとしても、

そのもやもやを少しすっきりさせるために何かをしてみたいと思うのなら、

まず、

「よりよい教え方を追求する」ために、教師のやり方を観る授業研究から

 

「どんな時に子どもが学んでいるか」を観る、子どもや授業者から学ぶ授業研究

 

に、一刻も早くシフトしていくことから始めてみるべきだと思います。

 

今、私はへき地・小規模校教育に関わっていますが、 従来、へき地性や小規模のハンデをいかに都市部並みに引き上げるかという視点で研究が進められてきました。

しかし、今、盛んに言われている「自律的な学び」や「個別最適な学び」について現場で実践するには、小規模校こそ進めやすいと考えられます。

その理由として

教職員の意識改革や授業改善を断行しやすい

異年齢をはじめ、多様な授業形態に取り組みやすい

そして何といっても

子ども一人一人の学びのストーリーを把握しやすい

等が考えられます。

自分が、子どもたちからたくさんの学びを授かったのも小規模だったことが一因だったように思います。

 

それぞれの学校の校長先生のリーダーシップも問われますが、

都市部においても少人数化が進むことが明らかな今こそ、

へき地小規模校から都市部へ、未来への発信は益々注目される

に違いありません。

 

これから、そういう学校の様子を発信していくことができたらと考えています。

 

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少人数学級が実現へ~今、へき地・小規模校から学ぶべきこと!~

いよいよ少人数学級が実現へ

全く、本当に(本当に本当に)遅ればせながら、国もようやく35人学級の実現に向けて動き出しました。とりあえず、2021年度は5年後の実施に向けて数億円の予算計上ということで、誠に雀の涙ではありますが、一歩踏み出したことに間違いはありません。

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40人が35人に変わると、どうなるのでしょうか。

単純にクラスの人数が5人減る、40人が35人になっても大して変わらない、という気がしませんか?

実は、この1クラスの人数、学校現場の実情・在籍人数によって大きく変わってくるのです。

 

例示してみましょう。

 

パターンA   

1学年200人の場合=

 40人学級だと 40人/1クラス

 35人学級だと 33~34人/1クラス

パターンB 

1学年105人の場合=

    40人学級だと 35人/1クラス

    35人学級だと 26~27人/1クラス

パターンC  

1学年36人の場合=

     40人学級だと 36人/1クラス

 35人学級だと 18人/1クラス

 

ということで、学年の人数が減るにしたがって、違いが顕著になってきます。確かにパターンAのように人数が多ければ少し少なくなるかな、という感じなのですが、パターンCのように40名前後だと約半数になるのです!

 

私の地元、

北海道と札幌市の小学校について調べてみました。

北海道小学校1校当たりの児童数平均=234人

札幌市小学校1校当たりの児童数平均=451人

(北海道教育委員会HPの令和1年度児童数一覧より算出・特別支援学級を除く)

 

学校の児童数を単純に6学年で割ると

札幌市の場合=約75人

北海道の場合=約39人

となり、ほとんどが上で示したパターンB,Cになるのです。

 

ということは、

都市部でも、今まで小規模校といわれていた学校並みの学級人数になる

という訳です。

 

今まで、へき地・小規模校はどちらかというと、都市部の中規模・大規模校で行われている教育を目指し、無いものをどう補うか、という視点でことをことを進めるのがスタンダードでした。

 

へき地・小規模校の授業研究で公開された授業を観ても、3~4人しかいない子どもを相手に、40人学級の一斉授業さながらに、教師がひたすら説明したり、教師が発問して子どもが挙手し、指名されて発言したりするといった授業スタイルを取っている、ということがよくありました。

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ハイハイという声が聞こえる従来の一斉授業スタイル

大きい学校に行っても困らないようにという親切心??? 

小規模だろうが、大規模だろうが教師主導のスタイルは時代遅れにもかかわらず、大きい学校に行っても困らないようにという大義の下なのか、「はい、みんな今日の学習はわかりましたね。」と目の前にいるリアルな子どもたちではなく、教師の思惑通りにしたい「みんな」というという架空の子どもたちに向って「はい。」を言わせる授業を繰り返してきました。

しかし、とうとう少子化が加速し、少人数学級が実現するという昨今、「大きい学校に行っても困らないように。」という考えそのものが意味の無いものになってしまっているのです。

一斉に、効率よく、どんどん教科書の内容を流し込む、落ちこぼれはほっとくか、人手があれば個別指導で、というスタイルも無用どころかさっさと撲滅すべきものになっています。

 

世界が開け、ワクワクドキドキとする授業 

学びの主体が子どもとなり、知れば知るほど、分かれば分かるほど、世界が開け、ワクワクドキドキとする授業の在り方を探ることと少人数学級はセットでなくては意味がありません。

 

先日北海道教育大学の主催で「第18回へき地小規模校フォーラム」のオンラインフォーラムがありました。

その中でパネリストとして参加した信州大学の伏木久始教授の報告の中には

・少人数の弱みをと思われてきた条件を強みに変える

・従来の「教える」「扱う」という発想の見直し

・「自律的な学び」⇒「個別最適な学び」

など、興味深い指摘が数多くありました。

 

少人数学級が実現的になってきた今こそ、へき地・小規模校の実践が注目されています。そんな、実践を少しずつ探り、やがて少人数化していく全ての学校の先行事例として注目していきたいと思います。

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コロナが変える学校教育の世界②〜コロナの時代の僕ら〜

5月になった

例年ならば、ようやく迎えた春を人々が満喫するシーズンなのに今年は全く様相が違う。

人の居ない公園には、いつもの年と変わらず木々に花が咲いているのが、際立って美しく見える気がする。

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市の感染者数が減らないので、

おそらく、臨時休校がまた延長されるにちがいない

 

先日、10名ほどの先生たちとオンラインミーティングを行った。

今のそれぞれの学校の様子や今の気持ちを語りあった。

 

オンラインでも、お互いの顔を見ながら色々な事を話すだけで、気持ちが和む。

 

みんな、不安なんだ。

みんな、先が見えないんだ。

 

再開に向けて準備する。

感染の状況が良くならず延期になり、準備が無駄になる。

無駄かもしれない、と思いながら、また次の準備を始める。

 

そんな事を繰り返しているのは

自分だけではないと思うだけでも、気持ちが楽になる。

 

先生たちの語りはどれも印象的だった。

 

みんな、日常の中断された時間を過ごしている。

ずっと、ずっと、心臓の鼓動のようにリズミカルに続いていた時間が弛緩してしまった。

間延びした波長の底に居るのに、いつものリズムを刻もうとする頭と身体に惑っている。

 

 

ある学校の先生たちは、子どもたちが分散登校してきた時に、50m走のタイムを取るため、分刻みのスケジュールを真剣に話しあっていたそうである。

運動会のために、評価のために、今やらないと間に合わなくなると。

 

いや、いや、いや

間に合わせようとしている運動会だって、通知表だって、いつも通りにあるかどうかも分からないんだ

って事に気付かない様はまるで、

 

身体を失っているのに、ルーティーンを繰り返している亡霊のようだと言うのは言い過ぎだろうか。

 

この時間の弛緩はいつまで続くの誰にも分からない。

リズムが戻ってきたときに、世界が今まで通りなのかも誰にも分からない。

 

学校がお休みの中にあって

お父さんと普段できない濃密な時間を過ごして、自転車の乗り方を教わり、見事に乗れるようになった子や

おじいさんの山小屋で暮し、薪割り名人になった子の事を話してくれた道北地方の先生の語り。

 

定時退勤や在宅勤務によってできた時間的な余裕の中で、じっくりと夫と話をしたり、ゆっくり食事や散歩をしたりできた事で、心が安らいだというという女性の先生の語り。

 

朝から晩まで時間に追いかけられている日常が途切れ、

ポッカリと空いた時間の広場で、伸び伸び過ごしている子どもも大人も、実はたくさん居るように感じた。

 

仲間の先生が勧めてくれた本を早速読んでみた。

 

パオロ・ジョルダーノ著

「コロナの時代のぼくら」

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日本よりも早く、コロナウイルス🦠の感染爆発という事態に見舞われたイタリアの科学者であり作家である青年の手記だ。

緊急事態になりつつある、と感じた2月の末から3月にかけて書かれたものである。

 

科学者の直感から、これはただごとではないと感じながらも、

直ぐには受け入れられない周りの人々(いや、著者自身も)の様子や

それに対してのジレンマ

 

感染の広がりについて科学者の目で冷静に分析する一方で

身体のみならず、人々の心や関係性を侵していることへの恐怖を淡々と綴っている。

 

イタリアでのできごとは、日本では断片的に報道されていたけれども

現地での混乱や恐怖は相当なものだったことが伺われる。

 

ジョルダーノの抱く不安は誰にとっても、もはや人ごとでない。

地球上の誰の足元にも忍び寄っている。

 

本編は3月始めの時点までで終わっているが、

3月20日の日付けで書かれた

「コロナが過ぎたあとも、ぼくが忘れたくないこと」

と題された「あとがき」に心を揺さぶられた。

 

混乱の最中にいる今、誰もが、忘れたくないことのリストを作るべきだと、

そして平穏な時が来た時にお互いのリストを見比べ、どんな共通点があるのか、そのために何かできることはないのか考えてみる

という提案をしている。

 

僕は忘れたくない。

ルールに服従した周囲の人々の姿を。そしてそれを見た時の自分の驚きを。病人のみならず、健康な者の世話までする人々の疲れを知らぬ献身を。

でも僕は忘れたくない。

最初の数週間に、初期の一連の控えめな対策にたいして、人々が口々に「頭は大丈夫か」と嘲り笑ったことを。

〜中略〜

僕は忘れたくない。

結局ぎりぎりになっても僕が飛行機のチケットを1枚、キャンセルしなかったことを。とにかく出発したい、その思いだけが理由であきらめられなかった、この自己中心的で愚鈍な自分を。

〜中略〜

僕は忘れたくない。

今回のパンデミックがやってきた時、僕らの大半は技術的に準備不足で、科学に疎かったことを。

僕は忘れてたくない。

家族をまとめる役目において自分が英雄的でもなければ、常にどっしりと構えていることもできず、先見の明もなかったことを。必要にせまられても、誰かを元気にするどころか、自分すらろくに励ませなかったことを。

 

そして

ジョルダーノはこの手記を通して読者にこんな風に問うている。

 

緊急事態に苦しみながらも僕らは

ーそれだけでも、数字に証言、ツイートに法令、とてつもない恐怖で、十分に頭がいっぱいだがー

今までとは違った思考をしてみるための空間を確保していかなくてはいけない。30日前であったならば、そのあまりの素朴さに僕らも苦笑していただろう、壮大な問いの数々を今、あえてするために。

たとえばこんな問いだ。すべてが終わった時、本当に僕たちは以前と全く同じ世界を再現したいのだろうか。

 

ならば、私たちも自分に問うてみよう。

この状況が落ちついてきた時、本当に自分は以前と全く同じ学校を再現したいのか。再現すべきなのか。

この状況が落ち着くことはなく、以前に戻れないとしたら、何から手を付けたらいいのか。

 

そして、そのために「忘れたくない」事リストを挙げておく必要があるのかもしれない。

 

 

追記

パオロ.ジョルダーノの「コロナの時代の僕ら」は「あとがき」のみ、現在ネット上で読むことができます。

https://www.hayakawabooks.com/n/nb705adaa4e43

 

この手記が書かれたのは3月末なので、イタリアの状況はそれからさらに深刻になる途上です。

その後のジョルダーノの記事をネット上で読むこともできます。(一部有料記事)

https://courrier.jp/news/archives/197213/

 

 

コロナが変える学校教育の世界①

ほんの2~3か月前には想像できなかった

まるで、SFのような世界の中を

ゆっくり

ゆっくり

毎日が進んでいる。

 

当たり前の日常が歪んでしまい、空が晴れている日も、どんよりしているように感じる。

本当にウイルスがこの身に迫っているのか。

それとも不安に苛まされているだけなのか。

 

メディアに登場する感染症の専門家と言われる人々の数多の言葉。

どれを信じればいいのかわからない。

 

ここ1〜2週間が山だ。

ここを乗り越えればすぐにまた元の日常が戻ってくる。

そんな言葉はもう誰も信用していない。

 

情報は誰かの都合で書き換えられているに決まっている。

自国の国際社会での地位や

自分のための大統領選挙や

誰かの思い通りの統治のために

 

どう考えても窮状にあるというのに

 

医療関係者でもない

ウイルスの研究者でもない

薬品開発の技術者でもない

インフラや物流を支える能力もない

生活必需品の生産もできない

そんな自分は、はっきり言って何もできない。

「みんなでコロナに打ち勝とう!」

といわれても、私は何に打ち勝てばいいのかわからない。

 

ただ、

おろおろと

「どうしたもんだろう。何が起きるのだろう。」と心配し

でくの坊のように日々やり過ごしている。

周りの人と

「心配だね、良くなるまで辛抱だね。早くみんなで会いたいね。」

みたいなことを言いながら

この困難が過ぎ去るのを

やり過ごして、

いろんなことに折り合いをつけて何とかやっている。 

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人が観に来なくても

見事な花を今年も咲かせている桜の美しさに癒されたり

庭先の草花を眺めたり

 

外出を自粛するように言われて

窓から顔を出して、真っ暗になるまで見続けていた夕暮れの色に感動したり

昔、好きだった音楽を聴き返してノリノリになったり

固くなった身体を不器用にストレッチして深呼吸したり

 

そんなことをして

ただただ、やり過ごしている。

 

私には「打ち勝つ」ことはできない。

でも「やり過ごす」ことができるのなら

もう一生懸命にそれをやり切りたい。

いろいろなことに折り合いをつけて。

 

これから、一体どうなるのだろう。

誰が正解を教えてくれるのだろう。

 

 

 学校は正解を教えてくれるところだったのに

いつ学校が再開されるのかさえ、学校に聞いても正解を教えてはもらえない。

 

 

いつ始められるかは誰にもわからない。

 誰も正解を知らない。

 

この世は正解のない事だらけ

本当はそれが当たり前だったのだけれども、

そこに忽然とスポットライトが当たってしまい、立ち尽くす。

 

 

そこに答えを求められても

出てくるのはどうしても

なんとかかんとか、

どうにかこうにか、

皆で知恵を絞って「やり過ごす」ことを

折り合いをつけて、必死でやりきることしかない気がする。

でも、

それは決してマイナスなのではなく

むしろ必要な能力なのではないだろうか。

 

今こそ

「不確実性への耐性」や「negative capability(ネガティヴ ケイパビリティ)」

について深く考える時ではないかと思う。

 

学校が休みになって時間ができたのであれば、音楽やアートや身体との対話のような

「negative capability(ネガティヴ ケイパビリティ)」の世界に浸ってみるチャンスかもしれない。

 

もう一つ

教師としては、これだけは子どもと一緒に考えたいと思うことがある。

 

それは

この困難をやり過ごす事ができるかどうかは

対立や非難や悪者探しではなく

 

一番の弱者は誰か、ということを思い

そこに向って私たちはどう力を合わせられるか、にかかっているのではないか

ということである。

 

 

※「negative capability(ネガティヴ ケイパビリティ)」(「負の能力」「陰性能力」。)どうにも対処のしようのない、どうにも答えの出ない事態に耐える能力。」または「性急に証明や理由を求めずに、不確実性や不思議さ、懐疑の中にいることのできる能力。」

箒木蓬生著「ネガティブ ケイパビリティー 答えの出ない事態に耐える力」より

  

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対話で出会いなおす~「やり直し」を迫られる時~

新型コロナウイルスが世界を変えている。

日本が、世界が、

今まさに歴史的な出来事の渦中に突入してしまった感がある。

 コロナウイルスの写真素材|写真素材なら「写真AC」無料(フリー ...

そんなことになるとは思わずに、

あたかも自分はそこそこの物知りで、物事を達観したような調子でこのブログにも自論をアップしていた。

すでにweb上からは削除していたが下書きをプレビューしてみた。

その時の憶測は、今現在の状況とは全く違ったものになってしまっている。

 

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新型コロナウイルスが懸念され始めたのは、ほんの2~3か月ほど前のことである。

その間、

希望的な観測や

「自分の経験」という極小な情報に基づいたに過ぎない「正常性バイアス」、

 

そんなものを頼りに高をくくっていたようなことを語っていたことは、恥ずかしいという感情を通り越して、自分の小ささを改めて知り、むしろ痛快(快というのは不謹慎か…)な位である。

新型コロナの影響でフリーランスの3割以上が「月5万円以上収入が減った ... 

いろいろなことが完全に予想を上回っていく。

ということは、未来が見えない。

未来が見えないということは不安でしかない。

 

どんな情報が正しいのか、何を信じればいいのか。

毎日更新されるニュース、

昨日はごく身近な、自分の職場の中での感染という報にも触れ、全く他人ごとではない。

 

自分の行動や、万が一の時の対処について真剣に考えなくてはならない。

 

人と人との接近が制限され、学校を始めとしたコミュニティーが閉鎖されている。

こんな中で、どうしたらいいのかということを本当は対話したい。

 

近年発達した、ネット上のコミュニケーションツールの有効な活用も必要に感じる。

 

医療従事者でもない、薬剤の開発もできない。

そんな無力な自分にできることは一体何なんだろう。

 

コロナが流行の兆しを見せ始めた2か月少し前の出来事を思い出す。

 

小学校6年生の算数の授業をもっていた私は、卒業を間近に迎えた子どもたちと、休み時間よく色々な話をしていた。

 

その常連の一人、Rさんが息せき切って教室に入って来るなり

「先生、怖い。コロナ、不安だよ。」

と泣きそうな顔で訴えてきた。

「大丈夫だよ。心配しないで、手洗いをしっかりすればいい。今でもインフルエンザの方がよっぽど心配だよ。」

と、私。

もちろん、Rさんを安心させようという気持ちではあったが、実際そんな風に思っていた。

「でもね、先生、コロナは治療薬がないんだよ。ワクチンもないって。これって大変じゃん、やっぱり怖い。」

「大丈夫、大丈夫。」

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そんな会話をした少し後に、学校は臨時休業に入ってしまった。

 

よく考えもせずに「大丈夫。」と言い放った私。

やっと、自分の見識の甘さを知った私。

 

分散登校の時にRさんと話す機会があった。

「先生、全然大丈夫じゃなかったじゃない!」

その通りだ。

「ごめんね。先生は自分の経験にないことだからって、ちゃんと調べてないで、いい加減なことを言ってしまった。謝るよ。」

そして、100年前のスペイン風邪のパンデミックについて等、感染症について自分なりに調べたことについて子どもたちと対話した。

 

私はRさんとの対話を通して自分のいい加減さ、

年齢を重ねた者としてのある種の「上から目線」をとても反省した。

 

子どもの感性の方がずっと正しかった。

子どもたちはちゃんと危機を感じ取っていたんだ。

 

私はこの年になっても「やり直し」を繰り返す。

何度も何度もきっとこれからも「やり直し」を繰り返す。

 

そんな、

些細なことかもしれないけれど

当たり前かもしれないけれど

 

子どもたちとの対話のおかげで「やり直し」できたことをすごく重く感じている。

 

コロナ禍は、それはそれは一刻も早く治まってほしい。

でも、まだまだこれからかもしれない。

新しい困難の時代が待っているのかもしれない。

 

私はやはり、たとえ対面でなくても、何らかの方法で

他者との対話で事象に出会いなおし、

 

小さき自分を「やり直す」ことをおずおずとやっていきたいと思っている。

 

 

対話で出会いなおす 〜オープンダイアローグに学ぶ教師のためのツール考察③〜

久しぶりの投稿です。

 

このシリーズ、やめてしまったわけではありません…

全然そうではなく、まだほんの入り口、この奥深い世界にようやく気がついた所です。

 

すいません、ちょっと色々寄り道していました。

 

…海外ドラマにはずいぶん時間を割いてしまいまったのはその通りですが…(ちょっとチェルノブイリには力が入ってしまいました。)

その間にも中井久夫を読んだり、橋本治を読んだり、

 

あと、オープンダイアローグに関わっては

「あなたの心配ごとを話しましょう〜響きあう対話の世界へ〜」(トム・エリーク・アーンキン、エサ・エーリクソン著 日本評論社)

を読みながら、実際の教育の現場での具体的なやりとりを想定したりしていました。

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この本、そんなに厚くもなく、文字も大きく、一見とっても読みやすそうなのですが…

実は私にとってはなかなか厄介でした。

 

1文目と2文目がつながらない、

単語は平易なのですが全体の意味がよくわからない。

他の言い回しを自分なりに考えて置き換えてみないと言いたいことがわからない。

置き換えられるうちはいいのですが、結局わからない部分もあったり。

 

つまりは、

私の頭がすこぶる悪いのか(これは当然否めない。)

訳者の方にはとてもとても申し訳ないのですが

日本語訳が私の頭では、スッキリといかない。

 

 

何か、テレビの「同時通訳」の人の言葉を読んでいるような

Google翻訳の文を読んでいるような

こういう時、原書が読める語学力があると本当にいいのだろうな、とこれまた途方もない、無い物ねだりをしてしまうのでした。

 

結局、読み進むのにかなり時間がかかってしまいました。

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しかし、わからないものはわからないと、そこをスキップして読んでも価値のある内容でした。

いや、本当に。

 

その中から、今日は次の話を紹介したいと思います。

 

 

他人のことが心配で、状況が悪い方向へ行ってしまうのではないかと気がかりなら、そのようなあなたの心配を和らげるために、その人に直接助けを求めてください。つまり、助ける側が助けを求めるのです。

・もし心配ごとがあるなら、もちろん、あなたは状況が悪い方向に行かないように何とかしたいと思います。

・しかし、自分の心配を伝えることをあなたはためらうかもしれません。相手が傷ついてしまうかもこともあり得ます。

・つまり、あなたは助けたいと思いながらも、相手との人間関係も守りたいと思っているのです。

・あなたが心配事を伝えないのなら、状況は悪化しあなたの心配事はさらに大きくなるでしょう。相手との関係も良くなりません。

・では、もし相手を尊重しながら心配ごとについて話し、ダイアローグによる協力ができるように努めたらどうでしょうか。これはあなたの心配ごとが鎮まるように相手に助けを求めるということです。(p11)

 

 

日本の読者に向けてと題して、著者トム・エリーク・アーンキルのプロローグです。

のっけから、発想の大転換。

 

つまり、支援者と被支援者という概念を根底から覆しているのです。

支援するものされるものという上下の関係は問題の解消に遠回りである事はわかっていたものの、

フラットの関係をさらに推し進めて立場が逆転!

 

助ける側が助けを求める

 

私は、この話を読んで、ある場面を思い出しました。

 

私ごとで恥ずかしいのですが、

私の老父と、父を支援していたホームヘルパー主任HさんとケアマネージャーMさんと家族での話し合いの場面でのことです。

 

高齢者にありがちな気難しい父を抱えて、私と弟はイライラしがちでした。特に何だかんだ理由を付けては、食事をきちんと取らずにいることを心配して

「ちゃんと食べなければ駄目じゃないの。」言うと、父は決まって不機嫌になってしまうのです。

 

その日も父がせっかくの話し合いの場で怒り出すのではないかと気が気ではありませんでした。

ところがそれは全くの杞憂に終わりました。

 

話し合いの中で、支援者のHさんは、難聴の父に分かりやすい、よく通るはっきりした口調で

「私の心配ごとはGさん(父)の低体重なんですよ。ちょっと痩せすぎているのが心配なんです。」

と言いました。

するとそれまで仏頂面をしていた父が急に顔を上げて

「そうなんだよな。俺もそれは気になってるんだよ。う〜ん、やっぱりなんとかしないとなあ。う〜ん。」

といつの間にか前のめり。

 

ケアマネージャーのMさんは

「そうなんです、私もそれが本当に心配なので、プランを考えてみました。Gさんに協力してもらえると安心なんです。」

と言いながら、プランの説明を簡潔に話してくれました。

 

父はそのプランの説明に耳を傾けながら

「そうだなあ、できそうだなあ。体重増やさないとなぁ。」

と呟き、プランを受け入れたのです。

 

何を言っても

「俺の勝手だ、ほっとけ。」と言っていた父が、自分の健康に前向きになったことに家族は驚きを隠せませんでした。

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今考えると

 

このやりとりは、正に

トム・エリーク・アーンキルが提案した

 

助ける側が助けを求める

 

そのものでした。

 

 

教育の世界では

「教えるものー教えられるもの」「育てるものー育てられるもの」という役割の中で

その間でやり取りされる言葉は時に「されるもの」たちを抑圧してきました。

「私たちの言うことは正しいことなので、あなたたちがそれに従うことが正しいのです。」

というメッセージは、暗に

しかも無自覚に蔓延しています。

 

しかし、

福祉の世界では

本来「支援するもの」の専門家たちが自然に「支援させるもの」が中心にいることをしっかりと捉えることで

事が円滑に進むことをすでに知っているのだと深く感心させられたのです。

 

助けるものが助けを求める

 

この言葉の中には、教育の世界において

子どもと保護者、教職員やSC等の支援者たちの間にはばかる高い壁を取り去る

大きなヒントがあるように思うのです。

 

参考文献 

「あなたの心配ごとを話しましょう 響きあう対話の世界へ」トム・エーリク・アーンキン、エサ・エーリクソン著

日本評論社 2018年