「数馬居合伝1・2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。「数馬居合伝1」は、1月6日~3月4日 「数馬居合伝2」は3月13日~5月25日です。

あとがき

前作の『数馬居合伝』は、幕末にタイムスリップしてから、明治時代になり、居合神社で天寿を全うするまでを書きました。やはり心残りだったのは、令和の時代に帰ることができなかったことです。江戸時代のことをもう少し書いてみたいと思い、また北添数馬が令和の時代に戻れるように設定してみました。
新選組結成のきっかけとなったのは、上洛(京都に入ること)する浪士組への参加です。北添数馬が何も浪士組に参加しなくてもよいではないかと思うのですが、令和の時代に戻る設定を逆にたどると、これに参加せねばなりませんでした。道場は後進に譲りましたが、大丈夫だったでしょうか。親友の鶴見源之丞の死も大変ショックなできごとでした。
前作同様、ご感想やご意見をお待ちしております。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

★追記
最も人気があったエピソードは、『数馬居合伝』(前作)「(40)門弟たちと梅を観にいきました。」、そして『数馬居合伝2』の「(57)線香花火大会」です。いずれもFacebookで14シェアです。

(65)鳥羽・伏見の戦い、そして令和へ (最終話)

慶応四年一月三日、戊辰戦争のはじめである鳥羽・伏見の戦いが始まった。
薩摩、長州を中心とする新政府軍と旧幕府軍がぶつかったのである。

新選組会津藩兵と共に、最前線で戦っていた。
新政府軍は容赦なく銃で撃ってくる。
新選組隊士らは、物陰に隠れて様子を見ている。
副長の土方歳三が、
「刀の時代は終わったな…」
と、つぶやいた。

銃声が止んだ。数馬は刀を振り上げ、新政府軍に向かっていった。
新選組、北添数馬! お相手致すー!!」
「やめろ、北添!! 行くな!」
土方がそう叫んでも虚しく、数馬は銃弾を浴びて斃れた。一月三日は数馬の誕生日でもあった。実は誕生日に死亡する確率は高いのである。坂本龍馬が十一月十五日である。誕生日と命日が同じになる確率が高いのは、科学的・統計的データでも明らかになっている。

「ここはどこですか?」
白い天井である。白い天井を見るのは久々である。
「江戸町総合病院です。あなたはクルマにはねられ、意識不明になっていたのです。無事に意識が戻ってきたのが何よりです。あと二日入院してもらい、そして退院です」
「いま、何年ですか?」
「令和六年です。三月四日です」
数馬は、妻と娘に連絡した。
「交通事故? 大丈夫なの? もう三日も帰ってこないから、捜索を警察にお願いするところだったわ」
娘が電話口に出て、
「パパ、帰ってくるの?」
「ああ、帰るよ。心配かけたね」

(それにしても長い夢だったな。この夢を本に書いたら面白いんじゃないかな)

と数馬は思った。
しかし、夢ではなかった。その証拠に鶴見源之丞に居合を見せたときの左腕の怪我の跡が鮮やかである。

退院してから数馬はパソコンに向かって執筆をはじめた。タイトルは『数馬居合伝』にしよう。数馬は職場の昼休みも、ずっとパソコンに向かい、カタカタとキーボードの音を立てて執筆している。昼休みに執筆した内容は電子メールで自宅宛てに送る。帰ってきて、その文章を付け足す… といった具合で、執筆は順調に進んだ。

(完)

(64)沖田総司と木刀で稽古

北添数馬は新選組の屯所で刀の手入れをしていた。
そこへ沖田総司がやってきた。
「やあ、北添さん、ご苦労様です」
「おお、沖田先生。御加減はいかがですか?」
沖田は労咳(肺結核)を患っている。
「うん、だいぶ良いよ。で、ちょっとお願いがあるんだが……」
「何でしょう?」
「いやさ、ちょっと木刀の相手をしてほしいんだよ。俺も最近は刀を振るう機会がなくてな……」
沖田は時々冗談めかしてこういうことを言う。
数馬はあわてて答えた。
「いえ、私のような者ではとても……恐れ多いです」
すると沖田は真面目な顔になり、こう言った。
「なあ、北添さん。俺はあんたには剣の才があると思うんだよ。それに新選組に骨を埋める覚悟でいるんだろ?」
沖田の言葉に数馬は心が動いた。
そして木刀を手に取ったのである……。

道場で二人の男が木刀を手に対峙している。
一人は北添数馬、そしてもう一人は新選組一の剣の使い手と言われる沖田総司である。
このところ二人は毎日、こうして稽古をしているのだ。
「北添さん、今日は俺が勝たせてもらうぜ」
沖田はそう言って笑う。
「いやいや、今日も私が勝ちますよ」
と数馬も負けていない。
この二人が本気で戦うと、とても稽古の域を超えている。
互いに一歩も譲らず打ち合ううちに、木刀が折れてしまった。
すると沖田は予備の木刀を持ってきて数馬に投げてよこした。
数馬はそれを受け取ると再び構えた。
「北添さん、いつでもかかってこい」
「はい!」
数馬は気合いと共に沖田に挑みかかるのだった……。
「北添さん、今日は私が勝ちますよ」
数馬は不敵な笑みを浮かべながら言った。
すると沖田はニヤリと笑って応じた。
「いや、今日も俺が勝つさ」
二人は木刀を構えると互いに打ちかかった。
数馬の繰り出す技を全て読みきっているかのように、沖田は全て防いでいる。
(やはり強い)そう思った瞬間、数馬は強烈な一撃を喰らった。
一瞬意識が飛びかけたが、何とかこらえることが出来た。
再び間合いを取り直したところで数馬は呼吸を整える。
「北添さん、だいぶ息が上がってるじゃないか」
と沖田は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった感じで言う。
「いや、まだまだですよ」
数馬はそう答えると再び構えた。そして今度は自分から仕掛けていったのである……。
二人の戦いはさらに激しさを増していき、ついに決着がつくのであった……。

「……よし、今日はここまでだな」
沖田はそう言うと木刀を引いた。数馬もそれにならって構えを解いた。
沖田は汗だくになって肩で息をしている。
一方の数馬は汗一つかかず涼しい顔をしていた。
「北添さん、また強くなったな」
沖田が感心したように言った。数馬もうなずいて答える。
「はい、私も日々精進しておりますゆえ……」
すると沖田は笑って言った。
「なあ、北添さん、あんたほどの剣の達人なら、きっと後世に名が残るぞ」
「いえ、そんな……」
数馬は謙遜しつつも少し嬉しかった。自分が褒められたような気分になったからだ。
「北添さん、あんたが新選組に居てくれて、良かったよ」
沖田はそう言って笑みを浮かべた。
数馬も笑顔で答える。
「はい、私もこうして新選組で活躍できたことは生涯の誇りです」
こうして二人はしばし語り合った後、稽古を終えた……。

 

(63)チャンバラごっこ

沖田総司と北添数馬は子供が好きである。壬生寺(みぶでら)の境内で、よく子供たちと遊んでいる。
遊んでいるのを土方や近藤は咎(とが)めたりしない。むしろ新選組の好感度が良くなると考えている。
数馬と沖田は子供たちを相手に、
「いくよ!」
「はい!」
木刀を構えて子供たちとチャンバラごっこをする。もちろん子供相手の手加減は忘れない。
二人が子供たちに人気があるのにはもう一つ理由がある。数馬と沖田の剣術の腕前である。
子供たちは沖田や数馬の剣術の腕前が優れているのに気がついている。だから、チャンバラごっこで相手してくれる二人を尊敬している。
「これで、とどめ!」
沖田は子供の一人をやっつけた。子供の一人が言った。
「総司兄ちゃん。北添のおじさんにも勝ちなよ」
「うん」
沖田は素直にうなずいた。そして数馬と向かい合い、構えた。
数馬と沖田は見つめ合って構える。子供たちも息をつめて見つめる。
子供たちが見つめる中、数馬と沖田はじりじりと間合いをつめる。二人とも剣術の達人だけになかなか隙を見せない。
「いくよ!」
先に仕掛けたのは沖田だ。木刀を振り上げて打ち込む。しかし数馬は軽くかわした。そして沖田の懐に飛び込んだ。そして木刀を沖田の喉元に突きつける。
「あ~あ、負けちゃった」
沖田は素直に負けを認めた。そして子供たちに言った。
「北添のおじさん強いよね」
「うん」
子供たちもうなずく。数馬は子供たちに言った。
「次は、誰とやりますか」
「じゃあ、俺がやる!」
子供の一人が手を上げた。数馬は木刀を構えて言った。
「よし、かかってきなさい」
子供は木刀を振り上げて打ち込んだが、数馬はそれをかわして子供の頭をちょんと軽く叩いた。そして沖田と同じように喉元に突きつける。
「負けちゃった」
「ねえ、北添のおじさん。どうして沖田のお兄ちゃんに勝てるの?」
「それはですね……」

(沖田先生が負けてくれているから、なんて言えないよな…)

数馬は子供たちに言った。
「毎日、稽古しているからです」
「へえー」
子供たちは素直に感心した。数馬は言った。
「大人が見てないところでも稽古をしています。そうやって強くなっているのです」
「僕も北添のおじさんみたいになれるかなあ?」
別の子供が言った。数馬は嬉しそうに答えた。
「なれるとも。だから家では挨拶をすること。お手伝いをすること。剣術をやる前にそれをやりましょう」
「はい!」

子供たちが帰ったあとで、数馬は沖田に、
「勝ちを譲ってくれて、ありがとうございました」
と言った。
沖田は笑顔で、
「いえいえ、北添さんに本当に負けましたよ。次回は僕に勝たせてください。子供たちに剣術の講釈するから」
「あははは。沖田先生の剣術の講釈、私も聴きたいな」
「それじゃ、また明日、続きをやりましょう」

壬生寺 平成5年筆者撮影



(62)士道不覚悟

北添数馬は、京は先斗町(ぽんとちょう)の飲み屋で、隊士の松永龍之介と飲んでいた。
その帰り、武士が一人、数馬に斬りかかってきた。
数馬は刀を横に薙いで、武士の髷を切り落とした。
切った髷を武士に放り投げると、
「ぎゃ~!」
武士は悲鳴を上げて逃げていった。
武士にとって、髷を落とされるのは、素っ裸でいるよりも恥辱なのである。

このことが、副長の土方歳三(ひじかたとしぞう)の耳に入った。
数馬は土方の部屋に呼ばれた。
「北添君。士道不覚悟。なぜ襲ってきた武士を斬らなかった? 新選組は居合の腕前を披露するところではない」
「はあ……」
「もう一度機会を与える。その武士を斬りたまえ。監察の山崎烝君についてもらう」
「はっ。」

(どうしたらいいのだろう。そうだ、武士は髷を切られているから、頭に被り物をしているはずだ。それを目安にすれば…)

監察の山崎とともに、先斗町を歩く。山崎は無言である。
(いた!)
「山崎さん。あの武士です」
「……」
数馬は刀を抜き、武士の後ろにそっと近づいた。そして、袈裟に斬った。
「ぎゃ~!」
武士は悲鳴を上げて絶命した。そのことを山崎は土方に報告した。
数馬は土方の部屋に呼ばれた。
「北添君。君が斬ったのは誰だ?」
長州藩士、池田三右衛門です」
「では、髷を切られた時の気持ちはどうだ? 君にわかるかね?」
「はい。それはもう……。怖いやら恥ずかしいやら……」
「そうだ。武士にとって命よりも大切なのが髷なのだよ。その髷を君は奪ったのだ。髷を奪ったからには、命も奪わねばならない。わかるかね?」
数馬は平伏した。「はい。申し訳ありませんでした」
「それより、敵を逃すな。必ず斬って、とどめを刺すんだ」
「はい」
「わかったなら、もういい。下がって休め」
北添数馬にとって、新選組に入って最初の試練であった。

土方さんはクールでした。



(61)三毛猫

新選組が屯所にしている八木家では、「みけ」という三毛猫を飼っている。
仔猫で、元気である。
みけは、北添数馬の袴が気に入ったようで、数馬の袴に飛びついてくる。袴をひらひらさせると、じゃれついてくる。
他の隊士が真似をして、袴をひらひらさせると、そちらへ飛びつく。人数が増えて八木家は迷惑この上ないかもしれないが、みけは、遊んでくれる人が増えたので、喜んでいるように見える。
袴にじゃれつき疲れたのか、みけは、ごろんと横になって昼寝をはじめた。
そのとき八木邸の門前を通りかかり、原田左之助が足を止めた。
「おうおう、ごろごろ寝てやがら」
左之助はしゃがんで、寝ているみけを見つめた。
「猫のくせに眠そうな顔しやがって」
と言いつつ、左之助も眠たそうな顔つきになっている。
そこへ通りかかった斎藤一
「なんだ原田君か」
と声をかけてきた。「なんだ斎藤じゃねえか。お前も昼寝か?」
「猫だ」
と斎藤は、門前にしゃがんでいる左之助の後ろに立っている。
「猫がどうかしたのか」
「この三毛猫がよ、袴をひらひらさせるとじゃれついてくるんだ。袴をひらひらさせるのが面白いんで、みんな真似して遊んでるぜ」
「ほう」
斎藤は興味を持ったらしい。
みけの目の前に、自分の掌をかざしてみた。するとみけは、目をぱちぱちさせ、斎藤の掌のにおいをくんくんと嗅いだ。
「こいつぁ、人を区別しねえんだな」
左之助が言い、斎藤は無言で頷く。
みけはしばらく二人のにおいを嗅いでいたが、やがてごろんと横になって、昼寝の続きに入った。
「おい原田君」
「なんだ?」
「この猫をつかまえて持っていけば、副長に可愛がってもらえるかな」
「やってみればどうだ」
「しかし、この猫は八木さんが飼ってる猫だ。勝手に持っていってはまずいだろう」
「それもそうだな」
左之助は、みけの背中をちょいちょいとつついてみた。みけは、片目をうっすら開けて二人を見上げたが、すぐに昼寝に戻ってしまった。
「だめだこりゃ」
左之助。斎藤も残念そうに言う。
「副長に可愛がってもらえる機会だったのにな」
「仔猫だ。赤ん坊が遊び疲れてよく寝るのと一緒だな」
「なるほど」
左之助と斎藤は、屯所にで昼寝をすることにした。
隊士たちにとっては、なかなか楽しい昼寝の時間になった。

八木家 平成5年撮影

 

(60)芹沢鴨

新選組芹沢鴨は「悪役」である。粗暴な振舞いが多く、粛清された。「悪役」と括弧で括ったのは、粗暴な振舞いの史料がなく、作られたものであるというのが、いまでは定説になっている。忠臣蔵吉良上野介しかりである。これは筆者の造語だが「歴史的被害者」とでも言えようか。

芹沢鴨は、屯所で、ひとり寂しそうに酒を飲んでいた。
数馬もひとりで酒を飲むことがあり、「寂しそうに」は余計なお世話かもしれないが、数馬の目にはそう映ったのである。
「芹沢さん、お邪魔してもよろしいでしょうか。私もお酒が飲みたくて」
「ああ、いいよ。こっちへ来な」
「はい、では失礼して」
数馬は一礼して部屋へ入り、芹沢の左へ座った。数馬の場合、正面に座るよりも話やすいのだ。
「北添も酒は飲むのか?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、一緒に飲もうや」
「ありがとうございます。いただきます」
芹沢が酒を注いでくれ、数馬は盃で受けた。そしてひと口すする。
「ああ、おいしい」
と数馬は言った。
「そうだろう。この酒はな、熟成が進んでな。芳醇な香りとまろやかな口当たりが自慢なんだ」
「そうなんですね。確かに、これはおいしい」
芹沢は嬉しそうに笑う。
「北添も酒がいける口なら一緒に飲もうや。ひとりで飲むのもつまらんからよ」
「はい、ではお言葉に甘えて」
数馬は酒をもう一杯飲んだ。芹沢はまた酒を注ぐ。
「北添は、いつもひとりなのか?」
なのか?」
「ええ、そうです。友達も亡くしまして」
「友達がいないと寂しいだろう」
芹沢は数馬の空いた盃にまた酒を注いだ。数馬はまた口をつける。
「まあ、さびしいといえばさびしいですが。でも慣れましたよ」
「そうか……。ならいいんだが……」
芹沢はそう言いながら、自分の盃にも酒を注ぐのだった。
(私を慰めてくれてるんだな)
数馬は察したが、数馬にはそれがつらかった。芹沢のやさしさは、数馬にとって重荷だった。
「芹沢さん、ありがとうございます」
数馬は礼を言い、盃を干す。
「いや、いいってことよ」
芹沢は二杯目を注いでくれた。
「北添も飲めるくちじゃねえか。よかったぜ」
「はい、私もうれしいです」
「そうかい。じゃあもっと飲もうや」
芹沢は三杯目を注いだ。
「ありがとうございます」
数馬はまた礼を言った。
「お酌をいたしましょうか?」
「いや、いい。もう充分飲んだ」
芹沢は盃を置いた。数馬もつられて盃を置く。酒はほとんど残っていない。だが数馬は酔う気がしなかった。そしておもむろに話し始めるのだった。
「芹沢さん、私は芹沢さんにずっと申し訳ないと思っておりました」
だ」
芹沢は聞き返した。数馬は真剣な表情である。
「私は、芹沢さんが他人を思う気持ちにつけこんで、おそばに置いていただきました。そのことにずっと引け目を感じていたのです」
「そんなことか……」
と芹沢は言ったが、すぐにこう言い直した。
「いや……そうだな……確かにそうだ」
「はい、申し訳ありませんでした」
数馬は頭を下げたが、芹沢は慌てるようにこう言った。
「いやいや、頭を上げろよ北添」
顔を上げた数馬に対し、芹沢はこう言った。
「北添がそこまで俺のために尽くしてくれたから、俺はここまで来られたんだ。感謝してるんだぜ」
「そんな……もったいのうございます」
数馬はまた頭を下げる。
「いや、本当だぜ。だからよ、これからも一緒にやっていこうや」
(芹沢さんはなんていい人なんだろう。新選組の本や映像はでたらめなんだな)
と数馬は思うのだった。