子供の幸せを願って

~未熟児で産まれ、知的障害・言語発達遅延を患った息子の成長において私ができること~

大人になるってどんなこと?~成人式の中止について思うこと~

現在、コロナで大変な日々が続いています。

 

そんな中、相次ぐ成人式中止の情報が入ってきましたね。

 

それと同時に悲しくて悔しい思いを抱えている新成人の方々の姿も多く見受けられました。

 

ただ、ここで私が感じたのは『成人式』とはあくまでも形式上のことであって、成人式を行ったから、成人式に参加をしたから、子供たちが大人になれるものではないということです。

 

もちろん、成人式は20歳の成長を祝う大切な行事なのかもしれません。

 

久しぶりに大勢の地元のお友達と会って、思い出に浸り、成長し正装した姿を見せ合い、喜びを分かち合う貴重な機会なのかもしれません。

 

 

 

そんな大切な機会がコロナによって奪われ、自分の気持ちを整理することが難しい新成人の皆さん・・・

 

大人になるということは、『成人式』に参加をすることでもなく、それに付随する様々な思い出を作ることでもなく、

思い通りにならない現実をしっかりと受け入れることです。

 

もし、今の世界の状況を理解し、自分のことばかりではなく、周りの人々を思いやり、我慢や忍耐をしっかりと身に付け、節度ある行動ができるのであれば、それはもう立派な大人になったということ。

 

今年の成人式中止には、そんな大人になるための根源を学ぶ大きな意味があるのではないでしょうか?

 

 

年齢的にはもう立派な大人であっても、中身は大人になりきれていない大人たちが沢山いる世の中・・・

 

日常生活を送っていてもテレビを通じても、飽きれてしまうことが多々あります。

 

こんな状況で果たしてコロナは撲滅できるのか・・・

 

 

あなたの周りにも頼りない大人たちがたくさんいるかもしれません。

 

「これくらいいいや」「周りもやってるし」が命取りとなるこのご時世。

 

悪い波に飲まれるのではなく、いい波に乗っかっていけるよう、一人でも多くの新成人の方々が本当の大人になれるように心から祈っています。

 

祝!【公文算数】小学校課程修了☆~「習慣」によって勝ち得た勲章~

ついに、小学3年生の息子くん!

 

公文の算数F教材を合格いたしました(^^♪

 

つまり、中学校課程に進級です☆

 

 

 

年長の終わりから公文に通い始めて、約3年・・・

 

ここまで来るのには、山あり谷あり、挫折しかけたこともありで、決して平らな道ではありませんでしたが、しっかりと一つ一つの困難に立ち向かい、時には手を差し伸べることによって、一つの大きな節目である小学校課程修了という日を迎えることができました。(今までの山や谷や挫折に関しては、過去記事から探してみてください)

 

 

❝F教材が合格したら、何でも好きな物を買ってあげる!❞という約束だったので、特にゴールの見えてきたここ1・2カ月間は、ご褒美に胸を膨らませて駆け抜けた感じもします(笑)

 

「勉強」に「ご褒美」はマイナス?という意見も耳にしますが、結局は使い方次第であると思っています。

 

子供にとって「勉強」とは苦痛を伴うもの。

 

どんなに綺麗ごとを言っても、学力を身に付けるということは大変なことなんです。

 

大人になれば、「勉強」の必要性が具体的に理解できるのかもしれない・・・

 

でも、それは様々な経験を元に理解していくものです。

 

まだ、経験の浅い子供たちに理想ばかりを押し付けても、心の底から理解をすることは難しいと思います。

 

何のための勉強か?誰のための勉強か?

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もちろん、そんな大事な話はしっかりとする必要はあるけれど、その場では理解できたとしても、日々の大変な学習の波にのまれてしまえば、そんな頭の中の理解はすぐに吹き飛んでしまいます。

 

分かんない!疲れた!もうやりたくない!・・・

 

そんな時に、まず必要なのが大人のサポート。

 

過去記事にもたくさん書かせていただきましたが、気分転換をしたり、時間を調整してみたり、課題を簡単なレベルに戻してみたり、学習とは簡単な時と難しい時の波があることを教えて、一緒に先を見通してみたり・・・

 

そんな、サポートの一つに「ご褒美」も位置付けられると思います。

 

子供たちは単純明快(^^)

 

「ご褒美」が大好きです♪

 

だから、その「ご褒美」をマイナスにならないようにプラスに使っていく。

 

毎回毎回、「ご褒美」を与えるのではなく、ここぞというときにそんな引き出しを出していくのです。

 

 

 

一番大切なのは、もちろん上記の記事のように、『夢』や『希望』や『目標』を具体化し、そのために勉強が必要なことをしっかりと理解させること。

 

そして、普段の勉強に対しては、「ご褒美」ではないあらゆる方法でサポートをしていくこと。

 

「ご褒美」はそれらを乗り越えた後に、そっと差し出すものです。

 

本当によく頑張ったね!

 

と、今までの努力をしっかりと見ていたことを、「ご褒美」という子供たちにとって分かりやすい方法で表現することによって、親子の絆を深めるのです。

 

 

 

遠い未来のために頑張るだけでは、何だかつまらない。

 

かといって、この「ご褒美」を当たり前にしては、目的が「ご褒美」になってしまう。

 

だから、大きな節目でこの「ご褒美」を使っていくのがベストなのだと思います。

 

 

 

吃音があったって、うまく説明することができなくたって、文章問題が苦手だって、手先が不器用だって・・・

 

計算は自信がある!

 

そんな、精神衛生上とてもプラスになる「自信」を作ってあげられたことに、ひとまずほっとしています。

 

「僕はもう中学生の問題をやるんだ(^^)/」

「これからも、どんどん進めるぞ~!」

 

って、息子はやる気満々(笑)

 

そんな「自信」が「明るさ」に変わり、そんな「明るさ」が周りを引き寄せる・・・

 

3年生はお友達にも恵まれました。

 

 

 

いよいよ、小学校も後半戦。

 

やはり、学習が難しくなる前に、『努力する力』や『踏ん張る力』、そして『諦めない力』を身に付け、これらを結果に結びつけてきたことは、これからの息子にとって大きな財産となるでしょう。

 

そのために、必要なのが「習慣」です。

 

毎日、コツコツ・・・

 

基本はぶれずに、コツコツ・・・

 

わが家はこの「習慣」で、これらの大切な力を身に付けることができたと思っています。

 

さらには、その「習慣」が子供たちの負担を減らしていく。

 

毎日やることが大変なのではなく、やらずにためてしまったマイナスを埋めることの方が大変なんです。

 

だから、毎日少しづつ、コツコツコツコツ・・・

 

これからも、この「習慣」を軸にして、未来に向かって進んでいきたいと思っています。

  

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公文の家庭採点にデメリットなし!~子供の❝勉強の負担❞を減らすために親ができること~

公文の家庭採点ってご存知ですか?

 

言葉の通り、『公文プリントのチェックを親が家庭で行う』というもの。

 

息子が通っている教室の場合は、細かな採点方法は独自のやり方があるため、正確には親は採点はせずに、間違えた問題を正解するまでチェックして100点の状態で教室に提出します。

 

ただし、これはあくまでも家庭採点を取り入れた時の方法で、基本的には家庭でのチェックはせずに、全て教室で先生がチェックをし、直しもその場で行っていきます。

 

今まで、「子供が勉強に行き詰まっているな・・・」と感じた時は、積極的に家庭でも目を通し、修正をかけていたのですが、理解が追いつかずに手こずっている場合やケアレスミスが多い場合などは、家庭で直さなかった問題は全て教室で直すことになりますので、すごい時間がかかるわけです。

 

すなわち、『教室滞在時間が長くなる』ということ。

 

そして、『教室滞在時間が長くなる』→『疲れる』→『公文やだ』というスパイラルに陥ってしまうのです。

 

そんな息子の公文教室の平均滞在時間は3~4時間。

 

学校が終わったあとの、この3~4時間は正直大変だったと思います。

 

そこで、今年の公文での目標で息子が書いた内容は・・・

 

『夜じゃなくて、夕方に帰れるように頑張る』(笑)・・・うん、そうだよね(^▽^;)

 

 

 

実は、そんな目標を書いた少し前・・・そう、冬休みから正式に『家庭採点』を取り入れることになったわが家。

 

この道20年以上の大ベテランの先生からの提案でした。

 

「冬休み中のお直しを減らすために、家庭採点をお願いしたいのですがいかがですか?」

 

そうなんです。この長期休みのプリントは❝間違いを積み重ねると大変!❞ということ。

 

間違いのまま進んでいったって、その時間も無駄で直しも膨大になり大変なんです。

 

まさに、良いことなし!

 

とある長期休みは、宿題の量を増やしたら、作業が雑になりミスが増えて・・・

 

そして、宿題の量を調整してみたり・・・

 

いろいろな方法を試してみたけれど、息子の場合は家庭採点がいいのではないか?とのことでした。

 

そこで、本格的に毎日行うことになった『家庭採点』!

 

実際、生活の一部に取り入れてみたら・・・

 

すごく、いい!!!

 

息子の場合、まず、ケアレスミスが減りました。

 

そして、直しの時間を確保しなければいけないため、早く終わらせたい息子は、さらに集中力もアップしました!(もともと、集中力は高い方でしたが、ダラダラしてしまう時間が減りました)

 

 

 

先生は家庭採点の効果を以下のように挙げています。

 

①毎日学習する習慣、集中して学習する習慣がまだついていない場合、より早くそれらを身に付けることができる。

 

②どこでミスしたのかがすぐにフィードバックされるため、翌日の宿題で同じミスを繰り返すことが減る。

 

③宿題のプリントが全て100点の状態で提出されるため、教室で宿題の訂正学習がなくなる。つまり、教室滞在時間が短くなるのはもちろんのこと、新しいプリントの学習に取り組める頻度が上がるため、学習意欲の向上につながる。

 

④学習習慣と学習意欲が通常以上に早く育まれるため、復習回数が減り、より早く先へ進めるようになる。

 

 

 

まさに、その通りのことが息子に起きているのです。

 

こうして、冬休み以降も家庭採点を続けていたところ・・・

 

確実に公文教室から帰ってくる時間が早くなりました(∩´∀`)∩ワーイ

 

教室の平均滞在時間が3~4時間だったところが・・・

 

2時間弱 にまで短縮!!!

 

そして、息子の気持ちが軽くなり、公文への足取りも軽くなり♫

 

やっている量は全く変化していないのに、これだけ大きなメリットがありました。

 

もちろん、息子自身、自分の変化を実感しているので、「直しは家でやりたい!でも、空いている放課後は遊びたい!」と朝一学習の時間内で、集中してプリント開始から直しまでを一気に仕上げていきます。

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特に算数F教材に入ってからは、谷あり谷ありだったにも関わらず、一度単元を戻してからは、その谷に沈むことなくここまで這い上がることができました。

 

今は、以前足踏みしていた単元はなんなく突破し、その先の単元へと進んでいます。 

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だからといって、「家庭採点をもっと早くからやっていれば良かったな~」とは、思いません。

 

息子にとっては、絶妙な時期に取り入れることができたと思っています。

 

それは、なぜか?

 

苦労の経験は必ず必要だからです。

 

一例を挙げると、息子は公文教室に長時間滞在していたからこそ、現在、短縮された滞在時間に喜びや安堵を感じているのです。

 

もしも、初めから、短い滞在時間であれば、ここまでのやる気アップにはつながらなかったでしょう。

 

また、再び、滞在時間が伸びたとしても、あの時に踏ん張ってできた!という自信につながることでしょう。

 

初めから、全て万全の対策で行うよりも、苦労しながら、その都度、方法を手探りで探しながらやっていくことで、道を切り開いていく力が身に付いていくのではないかと思っています。

 

息子の場合、公文学習においては、簡単な時期に多くの苦労を経験し、いざ、難しくなってきた時にこういった方法を使って楽を感じさせてあげることによって、再び初心にかえったようなエネルギーが湧き出てきたのです。

 

 

 

今回は『公文の家庭採点』が中心のお話しとなりましたが、これは公文だけでなく、あらゆる学習において共通することだと思います。

 

それは・・・

 

基礎を確実にし、分からないを積み重ねない。

 

これが学習の大きなポイントだと思います。

 

日々、ここを意識できるかできないかで、子供の学習意欲もスピードも大きく左右されると思っています。

 

もし、分からないを積み重ねる期間が短縮され、毎日問題を解決することができたら?

 

それを可能にするためには、学校や習い事だけでは限界があります。

 

やはり、親も積極的に子供の学習に目を通すこと。

 

特に、小学生のうちは、そんな親の協力が必要不可欠なのだと思います。

 

そして、中学・高校となった時、本当の意味での自学自習ができるようになるために、また、そういった力を身に付けるために、幼少期の学習や知識や経験が大きな土台となることは言うまでもありません。

通級の継続について~子供の成長に伴う、サポート終了について考える~

未熟児で産まれ、軽度知的障害と言語発達遅滞を患い、5歳までまともにしゃべることができなかった現在小学校3年生の息子は、2歳から療育センターに通い始めました。

 

手先も不器用な息子のために、作業療法も行い、構音不明瞭だった息子のために発音訓練も行い、その他、日々の必死な家庭療育を経て、約3年前に小学校入学を迎えました。

 

その際、普通級か支援級かで大いに悩み、相談機関はいくつかあったものの、最終的な決定権は私にありました。↓

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あれから、3年・・・

 

ついに、あの時選択した通級指導に『卒業』の雰囲気が漂い始めました。

 

「新しく獲得した言語をすぐに取り入れて話ができるようになったので、細かい文章構成や時系列の課題は日常生活で感覚をつかんでいく方向になると思います。」

 

「あと、通級で指導できることと言えば、吃音に対してのフォローになります。」

 

というわけで・・・

 

来年度、通級に通う頻度は、隔週か月1か?引き続き、毎週か?

そもそも、続けるか、辞めるか?

 

という今後の流れを、私が決定できるということでした。

 

3年前の小学校入学時と同様に、全ての権限が私にある。

 

責任という重圧がのしかかりながら、私は今後の通級について考えていきました。

 

 

 

2歳から始めた療育が通級指導という形に変わって、息子をサポートし続けたこの約7年間。

 

この特別なサポートを終了させるかどうかという大きな決断。

 

まだ、はっきりと終わりを告げられたわけでもないのに、終わることも視野に入ってきた私は、今までのことが走馬灯のように蘇り、息子の成長や期待とともに、何とも言えない不安を感じました。

 

これまでの成長を考えると、もう特別な支援には頼らずに頑張っていけるのではないか?という意気込みと、成長したとはいっても、まだまだ課題も多く、吃音障害もしっかりと残っている息子に対し、今まで関わってきた特別な支援を急に切ることへの不安が交錯していました。

 

しぶとく残ってしまった吃音は簡単に治せるものではなく、お付き合いという感じになるでしょう。

 

それであれば、吃音に対して時間を使うよりも、その時間をもっと他のこと(国語算数以外の他の教科や遊び時間など)に費やした方がメリットがあるのではないか?

 

でも、息子の吃音に対しては、専門知識がまだ必要なのかな?

 

と、頭の中がなかなかまとまりません。

 

 

 

後日の面談で、担当の先生は通級教室を続けるメリットを下記のように説明してくださいました。

 

①日常生活や学校では、ゆっくり話すことを意識することが難しいけれど、通級では改めて話しやすい話し方を意識したり、練習することができる。

 

②学校の新しい担任との架け橋ができる。(支援方法や配慮の問題など)

 

③都度、相談しながら調整しながら指導を行うことができる。

 

 

と、一生懸命に私たち親子のためにお話しをしてくださる先生を前にして、私が感じたことは・・・

 

『何か不安や問題を抱えている時は、一人にならない方がいい。』

 

ということ。

 

吃音や発達凸凹の悩みを抱えている以上、都度、様々な意見や方法を取り入れられる環境があった方が、私自身も息子自身もどこかに偏って思い詰めてしまう可能性が低くなるでしょう。

 

私一人の考えでは、どうしても息子を頑張らせ過ぎてしまう方向に陥り、うまくいかなかった時に八方塞がりになってしまうでしょう。

 

私には私の強い思いを制御してくれる人が必要であり、私に新しい考え方や方法を教えてくれる人が必要であり、ある意味、私を第三者として落ち着いてコントロールしてくれる人が必要です。

 

そういった役割をしてくださるのが、息子の教育において❝先生❞という存在なのです。

 

また、その息子の教育に関わる❝先生❞や❝環境❞は、できるだけ多い方がいいと思っています。

 

なぜなら、それだけ多くの情報を集められ、多くの方の協力を得ることができるから。

 

 

 

通級の先生と話しを進めながら、そう固まった私の心。

 

「続けさせてください」

 

通級指導教室までは自転車で約20分程度。

 

雨の日なんかは、送迎が億劫になることもあって・・・

 

でも、この大切な息子を、私だけでなく、たくさんの協力者たちとともに育てていこう・・・

 

そういえば、私の言うことは聞かないけれど、先生の言うことだったらよく聞いたり、面倒なことも「宿題」と出されてしまえば、すんなりと取り組むことができるメリットもあったっけ(笑)

 

 

 

何も分からない未来を想像して、こうして一つ一つの道を選択していくことに対し、何が正解で不正解なんてものはないけれど、都度、一生懸命に考えて、自分が感じたプラスを信じて歩んで行こう。

 

今回の通級の継続に関しての迷いは、息子の成長があったからこそ。

 

感謝です。

子供と楽しくロボット遊び(^^♪~「いけないこと」を「いいこと」に変化させよう~

子供って、けっこう気分の波が激しくないですか?

 

やる気マックスの時は、勉強でもお片付けでもお手伝いでも、何でも率先してやってくれます。こちらが「もう、いいよ(^-^;」っていうくらいに(笑)

 

でも、やる気スイッチがオフの時は、普段できることですら何もやってくれなくなりますよね・・・(-_-;)

 

 

 

ご飯を食べるのもダラダラ・・・

 

勉強中もグズグズ・・・

 

歯磨きもやらない・・・

 

着替えもせずに遊び始める・・・

 

おもちゃ・ゲーム・本・折り紙などは、使ったら出しっぱなし・・・

 

これらを挙げていたら、きりがないくらい・・・

 

これって、子供あるあるですよね?

 

 

 

現在小学3年生と1年生のわが子たちも、まだまだそんな子供らしさ真っ只中です(笑)

 

大人でも「面倒くさいな~」「やりたくないな~」という時もあるのですから、子供たちが理想通りに行動できないのは当たり前のこと。

 

子供は大人よりも感情に流されてしまう生き物なのです。

 

「うんうん、だからしょうがないよね(^^)」って、理解をしてあげられればいいのですが、日々忙しい毎日をこなしていくためには、こちらはそんなに冷静にいられない時だってある。

 

「ちょっと、早くやってよ!」

「時間ないよ!」

「も~、これやってって言ったよね?!」

 

って、ガミガミイライラ( `ー´)ノ

 

うーん、この流れをちょっと変えてみたいな・・・

 

というわけで、私が考えた秘策が・・・

 

『ロボット遊び』です!!!

 

秘策という程のものでもなく、考え方はいたってシンプル!

 

❝子供をロボットに見立てて遊んでしまう!❞というもの(笑)

 

 

 

とある日。

 

いつものように(?!)やる気スイッチオフの子供たち・・・

 

基本、ダラダラと好き勝手に過ごしています。

 

別にいいんですよ。もちろん、そういう時間があっても。

 

でも、毎朝支度をして登校して、帰っておやつを食べてから習い事や遊びに出かけて、帰ってお風呂と夜ご飯を食べて寝る準備!!!

 

その間に、家庭学習と宿題とその他もろもろが盛り込まれていくわけです。

 

はっきり言って・・・

 

時間がない!

 

以前の記事でも触れましたが、遊びも勉強も休息も・・・と全てを欲張りたい私は、1日24時間では足りません( ;∀;)↓

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だから、できるだけ(特に平日は)子供たちにもテキパキと動いてもらいたいんです。

 

でも、それって私の都合でもあり、親の都合でもあり、大人の都合でもある・・・

 

あれもこれも欲張らなければ、もっと時間に余裕ができて、子供たちももっとのんびりと過ごすことができるのかもしれません。

 

「子供のため?!親のため?!」という小難しい話は今回は置いておいて(笑)

 

いつもバタバタイライラして過ごすのではなく、子供も親も楽しみながらそんな時間を過ごせたらいいな(^^)と思ったわけです。

 

 

 

そこで、私は・・・

 

「すみませーん!このロボットいくらですか??」と子供たちに声をかけました。

 

そう、このロボットとは子供たちのこと(笑)

 

すると二人は「8000円です!」「1万円です!」と食いついてきて(笑)

 

「ちょっと、高いな~」と私が渋っていると・・・

 

なんと息子が「1円です!」といきなりの大幅値下げ(笑)

 

「安い!じゃあ、こっちを買います!」と息子ロボットを購入しようとすると・・・

 

娘が「こっちは無料です!」と(笑)

 

そんなこんなで、二人とも私に購入してもらいたく無料になったわけですが、ここまで食いついてきた時点でもう作戦は大成功!!!

 

あとは、ボタンをポチポチと押していくだけです( *´艸`)

 

「じゃあ、宿題を集中してやるボタンを押してみよ~♪」「このボタンかな?」とポチッとすると、一生懸命に宿題をやり始める子供たち(笑)

 

「次は、お片付けボタン!」をポチッ!

 

と、みるみる綺麗になっていく部屋(笑)

 

「すごーい!」「じゃあ、歯磨きボタンは?」とポチッ!

 

シャカシャカシャカシャカ・・・

 

「お布団敷くボタンはここかな?」とポチッ!

 

などなど(笑)

 

「このロボットすごいですね~」「全然壊れてない!」「良かった~」と、声をかけながらやっていると・・・

 

突然、息子ロボットの動きがおかしくなってきて、前後左右に揺れている(笑)


完全に楽しくなっちゃってます(笑)

 

そこで、「あれ?こっち、壊れちゃったよ!」「直しまーす!」と、早速修理を開始!

 

「まずは、電池を入れ替えてみよう!」とお腹をゴソゴソ、背中をゴソゴソ・・・

 

もう、この時点で息子と娘は大爆笑です(^◇^)

 

 

 

やるべきことも、楽しくささっと集中することができて、最後は大爆笑で終わることもできて♪

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「子供は親のロボットじゃない!」って、そんな堅苦しいことは今回は抜きです(笑)

 

単なる遊びですよ(笑)

 

普段、時間がない中でイライラしてしまいがちな日常の一コマを、ちょっとした方向転換で笑いと遊びに変えることができます。

 

もちろん、『子供は親のロボットではない』というのは正論なのですが、ちょっとニュアンスや雰囲気を変えるだけで、お互いにとってとても有効なものになるんですね。

 

そんなことを感じていたら・・・

 

「いけないこと」「だめなこと」の中にも、実は捉え方によっては「いいこと」「楽しいこと」に変わることって他にもあるのではないかな?と思うようになりました。

 

普段から申し上げているとおり、それが世間の一般論であっても、自分の中の固定観念であっても、そこだけに視点を向けるのは何かもったいなさを感じます。

 

何か行き詰った時には、全く正反対の価値観の世界に飛び込んでみるのもいいかもしれません。

 

そんな新しい変化が、きっと自分自身のプラスにつながっていくのだと思います。

 

 

 

その他、子供の「困りごと」を解決した方法はこちら↓

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『できないかも』と『できるかも』~不確定な未来に向けたプラスの心構え~

先日、子供たちの個人面談がありました。

 

気になるのは現在小学3年生の息子の進級について。

 

幼少期、軽度知的障害と言語発達遅滞を患い、5歳までまともにしゃべることのできなかった息子が、4年生も普通級でいけるのか?ということ。

 

「大丈夫です」とは言われていたものの、やはり最終確認はしておきたいものです。

 

個人的にはまだまだ文章読解やその他資料の読み取りなどに弱さを感じていたため、再度その点を確認しました。

 

 

すると、先生は・・・

 

「特別、平均よりも大きく劣っていることもなく、春に比べたらこれだけのことができるようになっていますよ。」

 

と、提出物やまだ返されていないテストなどを見せてくれました。

 

「国語と算数は問題ありませんし、点数がとれなかった社会も問題形式に慣れてきて点をとれるようになってきましたよ。」

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「しかも、テストだと点を取りづらくても、授業内容の読み取りもしっかりとできているし、それに対する意見も出せています。」

 

「集中力もあって、積極的に挙手もして発言をしています。」

 

「だから、取り出し授業(苦手な教科を個別で受ける授業)も必要ないし、そのまま進級して大丈夫です。」

 

「指示の理解力に関しても、一度で全てを聞き取れる子は私(先生)の感覚だと数パーセントです(笑)ほとんどの子は一度では聞き取れずに、私が何度かリピートしている間にようやくクラスの半分程度が理解する感じで、そこから友達同士で理解が広まっていく感じ(笑)それでも指示通りに動けていない子に、私が個別で回っています。」

 

「だから、まだまだ一度で複数個の指示を一気に理解できなければ劣っているというわけでは全くありません。」

 

とのことでした。

 

 

 

小学校入学時、普通級か支援級かで散々悩んで・・・

 

専門機関である教育センターでさえも「どちらでもいい」という判断でした。

 

つまり、安心をとるなら支援級で、挑戦するなら普通級といった状態。

 

そんな中、再度幼稚園と協議を重ねて「簡単な一年生なら普通級でいけるのでは?」という判断のもと、背伸びをして普通級に通わせることにしました。

 

「学年が上がるにつれ、難しくなるかも・・・」と言われながら・・・↓

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だから、

 

背伸びをせずに中学年も進級していけるのか・・・

 

というのが、私の率直な感想です。

 

 

 

そういえば・・・

 

幼稚園に入る前は、「年中さんから徐々に課題が難しくなっていくので、幼稚園に行きたがらなくなるかもしれません」と言われ・・・

 

でも、結局は完全に園でリラックスすることはなかったけれど、「行きたくない!」と一度も言わずに、またそんな素振りも見せずに通うことができて。

 

 

また、小学校入学時は「新しい環境になじむのが大変かも」と言われて・・・

 

でも、小学校に入ったとたんに自分の素を出せるようになって、楽しく通うことができるようになって。

 

 

更には、「視覚認知が非常に弱いので、漢字の画数が増えてくると厳しくなる可能性があります。」と言われたけれど・・・

 

漢字も大きな難なく、どんどん順調に覚えています。

(知能テストを行ったところ、順序立ての能力が高く、漢字を形ではなく筆順でしっかり覚えているのでは?ということでした。足りない部分を得意な部分が補っているのですね。)

 

 

そして、「1・2年生は大丈夫かもしれないけれど、中学年からはぐっと内容が難しくなっていくので・・・」と言われていたけれど、3年生も4年生もみんなと同じレベルで進級することができる現実を目の当たりにして、今までの『できないかも』って必要だったのかな?と思うようになりました。

 

 

 

療育センターや教育センターの方たちに今まで言われてきた『できないかも』が、今のところできている現実・・・

 

専門の方たちの意見だからこそ、真剣に聞き入れる私たち・・・

 

そして、そんな『できないかも』に憑りつかれて、「少しでもできるように」と必死にわが子と向き合う日々・・・

 

 

できないかも、できないかも、できないかも・・・

 

 

って、そんな未来の不確かなことに不安を感じて、精神状態を悪化させてしまう。

 

もちろん、❝思うようにならないことがあるのが当たり前❞という心構えは必要だけれども、必要以上に『できないかも』を自分に植え付ける必要はないんじゃないかな・・・と。

 

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『できないかも』と思いながら、頑張るよりも・・・

 

どうせ頑張るならば『できるかも』という意識で頑張った方がいい。

 

長い年月をかけて頑張ることなら、なおさら『できないかも』に憑りつかれるのではなく、『できるかも』で心を満たした方がよっぽどいい。

 

 

 

『できないかも』がたくさんあった過去は、今の私にとっては無駄な時間でした。

 

「できないかも、できないかも・・・」と思いながら頑張るのって、すごく辛くて大変でした。

 

「ねえ、できているよ?」と昔の自分に教えてあげたい。

 

だから、徐々に私の考え方は変わり、今現在『できないかも』と思っていることが「できるかも」に変わってきているんです。

 

これは、「結果できるようになったから、そう思うようになっただけでは?」と思うかもしれませんが、いくらみんなと同じレベルといっても、まだまだ発達凸凹の息子は不安の材料となる部分が多々あります。

 

そのため、これからも息子の学習を全力でサポートすることには変わりありません。

 

学習面だけでなく精神面のサポートも引き続き必要になっていくことでしょう。

 

 

 

どうせ頑張るなら、『できないかも』ではなく『できるかも』という心構えでいた方が精神衛生上とてもいいです。

 

結果が伴わなくても、どちらの言葉にも『かも』がついている。

 

だから、どうなるかは分からないことはしっかりと理解しているはずです。

 

結果よりも過程が大切。

 

どちらの結果が出ようとも、その結果が出た先で、また新しい過程を作っていけばいいんです。

 

だから、私は『できないかも』にとらわれていた過去を卒業し、『できるかも』の未来を見据えてこれからも頑張っていきたいと思っています。

今年のサンタはいつもと違う?!~「遊び心」大切にしていますか?固定観念を払拭しよう!~

日々、バタバタと過ごしているうちに、あっという間に12月になってしまいました。

 

12月といえば!

 

子供も大人も楽しいクリスマス(^^)

 

現在、小学3年生の息子と小学1年生の娘は、まだまだサンタクロースを疑うことなく信じております( *´艸`)かわいい♪

 

「今年は何をお願いするの?」という毎年恒例のチェックをすると・・・

 

二人は「これもいいし、あれもいいな~(^^)」と決めかねている様子・・・

早く決めてよ(^-^;

 

ただ、息子は『空飛ぶラジコン』に気持ちが傾いているようなので、子供でも飛ばしやすい室内用のドローンを物色することに。

 

早速、旦那さんは子供たちが寝たあとに、様々なドローンを検索して・・・

 

カチャカチャカチャカチャ・・・・

 

少しすると・・・

 

 

 

「これいいな~俺もほしいな。」

 

 

 

え?俺も?!

 

「順番に使いなよ。」

 

 

すると、旦那さん・・・

 

「でもさ、一緒にやりたいんだよね。」

 

あれ?!お父さんにもプレゼント来た~!!!ってやろうかな(^^)」

 

「お父さんと一緒に遊んでね!っていう手紙も添えようかな(^^)」

 

と、なんだか一人でとっても楽しそう(笑)

 

というわけで、今年のサンタさんは旦那さんにもプレゼントをくれるようです(笑)

 

 

 

❝サンタさんからプレゼントをもらえるのは子供だけ❞

 

という固定観念を完全に取り払ったその行為・・・

 

なんだかちょっとおもしろいし、けっこう盛り上がりそう(笑)

 

クリスマス当日の朝、子供たちの反応は?・・・そして旦那さんはどう反応するのか?がとっても楽しみです(^^)

 

 

 

固定観念」っていつの間にか植え付けられているものですが、❝固定観念=正解❞とは限らないんですよね。

 

赤ちゃんの頃はそんな「固定観念」なんて存在しないのに、世間の「固定観念」によって育っていくうちに、いつの間にかその「固定観念」が当たり前のように感じていく。

 

 

 

例えば、毎年感じるのは日傘。

 

女性が日傘をさすのはおかしくないけれど、男性はちょっと変・・・みたいなとこってありませんか?

 

温暖化や異常気象によって、どんどん酷暑となっている日本。

 

直射日光を遮ることのできる日傘は性別関係なく、利用したい人は気兼ねなく使うことができる風潮になればいいのにな・・・と思います。

 

他にもピンクは女で、青は男とか・・・

 

息子も幼稚園年中あたりまではピンクが好きでしたが、成長とともにピンクを嫌うように。

 

もう既に世の中がそのように作り上げられているので、その「固定観念」が植え付けられていった方が過ごしやすい側面もあるとは思いますが、本来、色だって自由でいいはず。

 

以前書いた七五三の件も「固定観念」の世界のように感じます。↓

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固定観念」を取り払うことによって、プラスに働くこともたくさんあるはずなのに、まだまだ「これはこうあるべき・・・」といった考え方が多くあることに息苦しさを感じる時もあります。

 

ただし、その「固定観念」によって全体にまとまりが生まれ、この集団生活の世の中をうまくまわしていっている部分もあるのだと思います。

 

でも、社会のルールを守り、人に迷惑をかけるものでなければ、原則思考は自由です。

 

世の中の「固定観念」に疑問を抱いた時、個々人の「固定観念」に違和感を感じた時には、もっと頭の中を柔軟にしていくことによって、悩みが払拭されたり、新しい発見があったりともっと豊かな人生を送れるようになるのではないでしょうか?

 

 

 

固定観念」をなくすことによって、「自由」が生まれ、それが「遊び心」につながっていったりもする。

 

そんな「遊び心」は、気持ちをリラックスさせ、ストレスを減らし、日々に喜びや楽しみを生むことができます。

 

「もう大人なんだから・・・」って、もちろん相応の行動を身に付ける必要はあるけれど、年齢に関わらずに人生を豊かにしていくものの一つが『遊び心』です。

 

みなさんも「固定観念」に縛られずに、もっと❝自由な生き方と遊び心❞を手に入れませんか?

子供の成長に伴う危険回避について~「事前教育」と「近所の助け合いのネットワーク」の重要性~

昨日はスイミングだった息子くん。

 

普段はスクールバスに乗って6時には帰宅するのに、その日は6時15分近くになっても帰ってこない。

 

たった15分ではあるけれど、今までスイミングの帰りでそこまで遅くなったことはありませんでした。

 

もう、外は真っ暗ですごい寒い・・・

 

どうしたんだろう?

 

ちょっと、バス停まで見に行こうかな・・・

 

と、思ったその時!

 

ピンポーン!と、息子が帰ってきました(^^)

 

こちらから「遅かったね。どうしたの?」と聞く前に、息子から「今日、遅かったでしょ?」と。

 

どうやら、「同じマンションの子が鍵を忘れて家に入れず、その子と一緒にそのお母さんを待っていた。」ということでした。

 

こんなに真っ暗で寒いのに、その子はずっと外で待っていたんだ!

 

私はすぐにその子のもとへ向かい、うちに来るように伝えました。

 

 

 

その子は、小学5年生の女の子。

 

もう幼い頃から知っている子です。↓

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「鍵忘れちゃったの?」

 

「うん」

 

「いつから待っているの?」

 

「お友達と遊んでたから、5時くらいから」

 

「え!もう、一時間以上も外で待っているの?!寒いから、うちにおいで(^^)」

 

「えっ、大丈夫」

 

いやいや、大丈夫じゃないし・・・

 

「寒すぎるから、うちで待ってた方がいいよ」

 

「えっ、いいの?ありがとう(^^)」

 

というわけで、わが家に来た女の子。

 

入った瞬間に「あったかーい♪」って、そりゃそうだよ・・・

 

体が冷え切っていたもんね(^-^;

 

「お母さん、何時に帰ってくるの?」

 

「七時過ぎくらいかな」

 

「え!まだ一時間くらいあるじゃん!ずっと、外で待つつもりだったの?」

 

「うん」

 

「まず、うちに来てくれれば良かったのに。他にも(同じマンションに)〇〇くん家とか、〇〇ちゃん家とかもあるでしょ?誰かのところに行くことは考えなかった?」

 

「うん」

 

「これから、鍵を忘れた時とか他に困ったことがあった時は、まずうちに来てね。もしいなかったら、知っている子の家に頼って、そこもいなかったら(マンションの目の前にある)セブンイレブンでお母さんを待つんだよ。」

 

「うん」

 

「こんなに真っ暗で寒い外で待っていたらだめだよ。寒いだけじゃなくて危ないし。」

 

「分かった(^^)」

 

私は取り急ぎ、暖かいお茶を飲ませて、おせんべいとクッキーを食べさせました。

 

落ち着いたところで、「ゲームでもして待ってて(^^)」と。

 

そこで、そのお母さんに電話をしてみましたが、まだ仕事をしているようで出ませんでした。

 

お母さんが帰ってきた時に、家にその子がいなかったらびっくりしてしまう。

 

そのため、ドアに「〇〇〇号室にいます」という張り紙をすることを提案。

 

そして、その張り紙をしにいった頃には、お父さんが帰宅していました。

 

こうして、無事に自宅に入ることができた女の子(^^)

 

 

 

みなさん、子供が鍵を忘れたり、なくしたりして家に入れなかった時の約束事はしていますか?

 

特に、フルタイムで働かれていらっしゃる親御さんたちのご家庭は、もしお子さんが鍵を持っていなければ、その子は誰かが帰ってくるまで家に入ることができません。

 

こうした時、誰かに頼るネットワークを作っていますか?

 

今は、なかなか近所付き合いができていない方もいらっしゃるかもしれません。

 

でも、やはりこういったケースでも、近所付き合いをしていることによって、子供を助けることができます。

 

普段の近所付き合いが、手を差し伸べるきっかけとなり、「お互い何かあった時はよろしくお願いします」と親同士が約束し合えることで、それを子供に伝え、トラブル等を未然に防ぐきっかけとなるのです。

 

 

 

小学校高学年というのは、しっかりしているようでまだまだ子供の時期。

 

しっかりしている部分が自分でどうにかできるという自信に変わり、子供の部分が誰かに頼ったり、暖かい場所で待つといった機転につながらないのです。

 

高学年だからこそ、お友達の家に頼るのが恥ずかしかったのかもしれません。

 

もちろん、その子によって判断は様々でしょう。

 

ただ、最近の小中学生の監禁事件にもあるように、まだその年齢の子供たちは判断に未熟さがあります。

 

そんな子供の成長に伴う危険に対して、先手を取れるよう様々な対処法や正しい判断方法を教えていく必要があるのでしょう。

 

 

 

もう、高学年にもなれば(時間帯にもよりますが)一人で暗い夜道を歩いていても誰も心配することはないかもしれません。

 

でも、体は大きくても、まだまだ中身は幼い時期。

 

本人のプライドとのギャップで教育も難しくなっていく頃なのかもしれません。

 

ただ、危険を回避するためには、この近所付き合いが大きな力を発揮してくれます。

 

「あっ、〇〇さん家の子だ!」「あ!あのお母さんの子だ!」といったように、たくさんの大人の目が届けば、それだけトラブルを回避することができるのです。

 

 

 

想定できる危険に関して、まずはしっかりと約束事を交わし、近所付き合いを行っておくことで大人の目を増やし、助け合いのネットワークを構築する。

 

幼稚園、低学年までは親の目が行き届くかもしれません。

 

ただ、高学年、中学生と進むにつれて、どんどん親の目が行き届かなくなっていきます。

 

まだ、大人になりきれていないその時期を安全に過ごすために、『事前教育』と『近所の助け合いのネットワーク』が必要なのだと感じました。

 

 

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小学校の授業参観で見るべき5つのポイント~子供の得意不得意を感じ取り、実生活に反映させよう~

11月は授業参観を行っている小学校も多いのではないでしょうか?

 

息子と娘が通う小学校も11月のとある土曜日に『学校公開』として、普段は1時間の参観を2時間に延長し、それを全学年実施していました。

 

普段、見ることのできない授業風景を見れるわけですから、しっかりと目的を持って参観をしたいですよね?

 

ただ、まだまだ多くの保護者様が、授業中にも関わらずに廊下でおしゃべりに花を咲かせている状態です。

 

その付近に立っていると、それらの声で授業内容が聞き取れないこともあります。

 

授業参観とは、子供たちがどんな勉強をして、どんな姿勢で取り組んでいるのか?

 

また、クラスの雰囲気は?などといった学校生活を確認しにいく機会です。

 

改めて、何のための授業参観なのか、本来の目的を考えて行動しましょう。

 

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そこで、私が小学校の授業参観で意識して見ているポイントをお伝えしようと思います。

 

 

◇小学校の授業参観で見るべきポイント

 

①お友達との関わり方

多くの学校では休み時間から参観ができるようになっています。

お友達関係を探るには、授業中よりもこの休み時間がとても重要になってきます。

 

「一人でいるのか、誰かと一緒にいるのか?」「どちらの場合でも、その時の表情は?」などと、学校生活を楽しめているのかどうかを見極める大きなポイントとなります。

 

授業が始まるギリギリの時間に行くのではなく、余裕を持って家を出て、そんな大切な休み時間からしっかりと参観しましょう。

 

また、お友達との関わり方は休み時間だけでなく、授業中でも確認することができます。

 

何か机から物を落とした時、ディスカッションの風景、ペアで作業を行う時など、様々なタイミングで関係性を感じることができるのです。

 

まず、一番大切なのは『学校に楽しんで行くこと』。

 

そのために必要な「お友達との関わり方」をしっかりと確認しましょう。

 

 

②一斉指示が通っているか?

集団生活ともなれば、個人個人に細かく指示が出されるようなことはありません。

クラスは先生一人に対し、生徒が30人程度といったところでしょうか?

 

クラスがざわついている時、隣の子の様子に意識が傾いている時、何かボーっとしてしまっている時などは、必然的にその指示を聞き逃しやすくなってしまいます。

 

ただ、そんな中でもしっかりと話しを聞ける子もいれば、聞けない子もいる。そんなわが子の集中力を確認する大きな機会となります。

 

また、数個の指示であれば理解して行動することができるけれど、指示が多くなるにつれ、その内の何個かが抜けてしまう子もいます。

 

話を聞く大切さを常に教え、日常生活で複数指示を意識したりすることによって、これらの集中力や理解力は、家で親が先生となって練習することができるのです。

 

 

③子供の思考力

小学校にもなれば、「自分が思ったこと・感じたことを書きなさい」といった時間が、授業中に何度も出てくるようになります。

 

子供が授業内容を理解し、それに対して自分の考えを書くことができるのか?といった内容です。

 

すぐに鉛筆を走らせることができる子、なかなか鉛筆が動かない子、たくさんの量を書ける子、少ししか書けない子、制限時間を過ぎても白紙の子。

 

と、ここで能力に大きな差が現れます。

 

わが子はどんなタイプなのかをしっかりと確認し、苦手な子に対しては簡単な感想文を書く練習をしたり、普段の生活の中から子供の考えや気持ちを確認していくようにしましょう。

 

 

④授業への積極性

子供たちはしっかりと授業内容を理解して自信を持っていれば、積極的に挙手をするものです。

 

ただし、もちろんこれには性格の差も出てきます。特に保護者がずらっと後ろに並んでいる状態では緊張したり、自分の親がいることで恥ずかしくて手を上げられない子もいるでしょう。

 

そんな時には普段の様子を先生に確認したり、授業内容が理解できているのかの確認が大切になってきます。

 

一概に「挙手している=理解できている」「挙手していない=理解できていない」というわけではありませんので、理解度に関してはそんな子供たちの発言内容やその後のテストなどでも確認する必要があるでしょう。

 

ただし、「挙手している=授業を積極的に楽しんでいる」ということは間違いありませんので、そういった様子からもわが子の学校生活の様子を感じ取れると思います。

 

 

⑤高学年の授業に目を向ける(可能であれば)

今回の『学校公開』は全学年の授業参観でした。

普段、見ることのできない他学年の授業を参観することも可能です。

 

そのため、私は上記のポイントで息子と娘を確認したあとに、4年生~6年生までの授業も参観してきました。

 

『子供の人権』を取り扱うクラスや、「あっても良い違い」と「あってはいけない違い」を考えるクラスなど、まだまだ低学年では具体的に取り上げることのない内容です。

 

グループで話し合い、みんなの意見を一つにまとめる練習に関しては、しっかりと自分の意見を言える子と何もしゃべらない子がはっきりとしていました。

 

今、小学校3年生の授業で積極的に行っている「自分の感想を書く」といった時間が、こういったことにつながっていくのだなと感じました。

 

また、これに関しては、2年生あたりからグループでの話し合いの機会が増えてきていますので、「自分の意見を言う」「相手の意見を聞き入れる」「お互いが納得できるように話し合う」といった能力の重要性を感じることができました。

 

 

また、高学年で必要となる能力として感じた大きなことは、漢字です。

 

とにかく、当たり前のように(当たり前なのですが)、大人同等の漢字が普通に取り入れられていきます。

 

つまり、「漢字を書けない読めない理解できない」では、授業内容を理解していくことは非常に困難です。

 

しかも、漢字は毎年、学年ごとに大量に覚えていかなければいけません。

 

先取りができればそれが一番安心ですが、できない場合は、最低今の学年の分は次の学年に持ち越さないようにする努力が必要です。

 

全教科の学習を習得していくためには、言葉と漢字の理解が必須であり、何よりも国語が土台となっていることを改めて実感することができました。

 

 

このように、自分の子供よりも更に上の学年の学習内容に目を通すことによって、今やるべき大切なことが見えてきます。

 

頭では分かっていることであっても、実際の授業を目の当たりにすると、その意識が高まるものです。

 

後回しにしても平気なもの、後回しにしては取り返しのつかないものをしっかりと感じ取って、今の学習方針に反映させていきたいですね。

 

 

 

 

以上、簡単に私が授業参観で意識していることを書かせていただきました。

 

先生と円滑なコミュニケーションを取り、情報を共有し合い、子供をサポートしていくためには、まずは子供の状態をしっかりと確認し、理解していくことが必要です。

 

子供の能力を最大限に発揮できるように、親である私たちも一生懸命に授業参観に参加したいものですね。

 

先生方が何のために多くの準備をして、学校がどのような意図で授業参観を行っているのかを改めて考えてみましょう。

人類の生きる目的とは?~人間に備わった「知能」をもっとプラスに使いませんか?~

先日、こんな記事を読みました。↓ 

news.livedoor.com

 

「筋痛性脳脊髄炎(ME)」「慢性疲労症候群CFS)」を知っているだろうか。脳と中枢神経に影響を及ぼす深刻な神経難病で、実は日本国内に約10万人(推定)の患者が存在。日常生活におけるごく軽い活動によってさえ急激に身体が衰弱し、症状が悪化して回復に時間がかかるという。成人が発症前の身体機能を取り戻すのは0~6%、重症になると多くは寝たきりとなり、家族やヘルパーの支えが必要となる。 

 

“40℃の熱でフルマラソンを走った後のような衰弱”、“365日・24時間インフルエンザになったようなもの”などと表現する当事者もいる神経の難病。「体の衰弱」「筋力の低下」「睡眠障害」「音や光への過敏」「思考力や記憶力の低下」「免疫の不調」「体温調節の不全」「全身の痛み」などを伴う。 

 

「身体中がだるい。もう本当に、普通のだるさじゃない。全ての骨に力が入らない。とにかく腕がもげそうに痛い。あとは肋骨が痛くて短くしか息ができない。ハァ、ハァという感じ。あと、足はずっと痺れている」。自宅で転倒、足の指を骨折したことがあるが、病気による痛みがあまりにも激しいため、骨折したことに全く気がつかなかったという。

 ※上記ライブドアニュースより引用

 

 

 

本ブログを読んでくださっている方は既にご存知かとは思いますが、私の姉はもう23年以上も体の不調と戦っております。↓

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そして、寝ている時以外は常に痛みやだるさや痺れなどの不快感に襲われています。

 

姉は、上記記事の『筋痛性脳脊髄炎(ME)』や『慢性疲労症候群CFS)』の患者ではなく、症状も状態も異なりますが、世の中には姉のような極限の不調に悩まされていらっしゃる方たちがたくさんいることを知りました。

 

 

 

どんな状態でも不快感を感じる世界・・・

 

せめて、座っていれば楽だとか、横になっている状態なら楽だとか、動かなければ楽だとかがあればいいのですが、それすらも許されない世界があります。

 

つまり、休息のない世界です。

 

普通だったら、疲れたら休憩をして、しんどくなったら寝て・・・

 

このように、人はしっかりと休むことで、また回復することができますよね?

 

でも、私のお姉ちゃんは、そして『筋痛性脳脊髄炎(ME)』『慢性疲労症候群CFS)』の重度の方たちは、そんな当たり前の休息を得ることができません。

 

休息を得ることができないから、体を回復させることができない。

 

とにかく、痛みとだるさと痺れと・・・もっと言えば、火照りやふらつき、めまいなど、あらゆる症状が併発する場合もあり、全ての不快な症状が一気に押し寄せてくるような状態で日々を送っています。

 

 

 

「こんなにもひどい状態で、なぜ生き続けていけるのだろうか・・・」

 

そんな思いを持ちながら、上記の記事を読み進めていくと・・・ 

 

「ずっと寝たきりなんだと思う。ただね、やっぱりこの痛みを堪えてでも、もうちょっとだけ生きたい。孫の成長を見たい、それが今は生きがいだ。ちょっとでもいいから、手を繋いで歩きたい。魔法か何かで叶うのであればね」 

 ※上記ライブドアニュースより引用

 

 

 

あれ・・・

 

これって、私のお姉ちゃんと同じだ・・・

 

 

 一番初めのブログでも書かせていただきましたが、私の身近な存在に青春真っ只中のあの時から20年以上も体の痛みやしびれ、だるさ、言葉では表現できないなんとも言えない不快感などと戦っている人がいます。治っていくどころか、年々どんどん状況は悪化していく・・・・それでも、死ぬことさえ許されない拷問。

 

これは乗り越えられる壁ではない・・・

 

そんな苦しみから逃れることのできない人の生きがい。

 

 

それは・・・

 

 

 私の二人の子供たちだと・・・・

 

もう、私は胸が詰まる思いです。

 

こんな状況でも、生きがいを見つけ幸せを感じることができるのか・・・・・

 

これが本当の人の強さ。

※過去記事「困難は乗り越えられる人に訪れるものではなく、困難によってその人が成長し深みを増していくもの~小さな幸せを見つけ捉え方を変える~ - 子供の幸せを願って」より引用

 

 

 

極限の苦しみを抱えた人たちに共通した生きがいとは・・・

 

❝子供たちの未来❞でした。

 

 

 

人類が、動植物が、あらゆる命を持った生命体が、共通して行うことが子孫繁栄。

 

人だけではなく、動物も魚も昆虫も、本能のまま子供を作り、次の世代へバトンをつないでいる。

 

植物さえも一生懸命に花粉を飛ばして・・・

 

 

 

「何のために生きているんだろう・・・」と途方に暮れてしまうこともあるかもしれませんが、この極限状態の二人に共通しているように『子供の未来』を感じることが、何よりの大きなパワーの一つになるのです。

 

もちろん、生きる目的は人それぞれ。

 

ただ、本能に植え付けられている通り、有無を言わずに『子供は宝』ということは間違いないのだと思います。

 

だから、必然的にまずは血のつながった関係に目が行きがちではあるけれど、本来、「全ての子供たちが私たちの宝である」ということなのだと思います。

 

 

 

今は昔と違って、他の子供にまで目を向ける機会が少なくなり、更には「知らない人=危険」という方程式まで出来上がってしまっていること自体に寂しさも感じます。

 

人間は知能があるがゆえに「負の感情」を抱きやすくなっている部分があると思います。

 

だって、知能が低いとされている動物たちの方がよっぽど一生懸命に子育てをしていませんか?

 

また、生きること自体に一生懸命です。

 

まさに、本能に赴くまま・・・

 

あらゆる生命体に植え付けられた子孫繁栄について改めて考えてみると、(もちろん、子供がいるから良い悪いではなく、)全ての人が今の子供たちに暖かい眼差しを向けることが大切なのだと思います。

 

せっかく人間に備わった知能をマイナスに使うのではなく、プラスに使っていけるように・・・

 

そして、再び、安心して地域で子育てをしていけるような環境が作り上げられることを祈っています。

 

 

 

現在、大きな問題となっているSNSの世界。

 

今一度、原点に戻って、それぞれ何が大切なのかを肝に命じ、未来の子供たちが安心して過ごせる世界となっていきますように。

 

原点に戻る・・・

 

極限の苦しみを抱えた二人に共通した『生きる目的』が、そんな大切なことの一つを教えてくれたのではないでしょうか?

 

子孫繁栄だけでなく、しっかりとその環境を整え、安心安全の世界を引き継いでいくことが重要なのです。

 

それを可能とするのは、一人一人の気持ち次第。

 

個々人の気持ちを整え、新しい世代に安全な環境を作っていけますように・・・