特にやる気はない
今日もやる気はない。大学に行くつもりだったのにアラーム設定の時間を間違えて寝坊してほぼないやる気がゼロになった。だから休んで昼間まで寝てた。それから仕事さがして仕事行ってまた仕事探してる。
何か変わるかなと思ったけど、人ってやっぱりそんな簡単に変わらない。そのいい例が私だ。変わる気もないのかもしれない。私のやってることはきっと世間の軽蔑を買うだろう。それでいいと言い聞かせてもう何度目だ。
病むこともなくなった。病んだって意味はないことに気づいたから。所詮腕の怠い傷跡が増えるだけで、そんなのきっと母が悲しむだろうし。
よそから見る自分ももう何もかも考えたくない。汚いカラダも、腐ったココロも、私にはもう何もない。明日を落としても誰も拾ってくれないし、それでいいって言い聞かせてそう言って本当は色んなことに気付いているんだろとかもううるさいな。何もかもうるさい。聞きたくない。
ああ、疲れたな。何もしてないけど。
同情するなら金をくれ
久しい更新となりました。最近は暫く物事を考える事を放棄してぼへーっと毎日を過ごしていました。ついでにバイトも2月いっぱいでやめました。4月から大学生です。
そんな私は今最大の危機に直面しています。なんせお金がない。4月から大学生、と述べたように私は某福祉系大学に進学することが決まっていて、入学式をもう再来週に控えています。しかし、入学金18万は母が支払ってくれましたが残りの雑費83300円は私が支払う事になっていて、それを支払ったので口座の中身もお財布の中身も空っぽになってしまいました。
そして現れる刺客、書留郵便及び定期代、更には教科書代。諸々合わせてざっと10万ほど。どうしよう死んじゃう。プラス高校に行って卒業証明書も買わなくちゃいけない。これから先、色々とお金がかかってくるのにも関わらず、私にはお金がない。どうしよう。
どうしようどうしようと言った所でお金が舞い込んで来るわけでもないんだから、働けよ、という話なんだけれどあと一週間前後で10万を稼ぐなんて言ったらもうアレしかない。風俗しかない。若さと性別を金に変える仕事しかない。本当に馬鹿だ。今更後悔しても遅いんだけれど、でもやっぱりもう少し働いておけばよかったと後悔する。
思えば、私の人生こんなんばっかりだった気がする。備えあれば憂なし、って言うけどそんなの糞食らえだとでも言わんばかりの人生だった。何でもそう、期限が迫って漸く焦り出して、でももう時間がないから無茶をして付け焼き刃で誤魔化したり、結局間に合わずにあーあってなったり。でも、そんなんでもどうにかなってきた人生だった。それがいけない。どうにもならないんだって事を分からなきゃいけなかったのに、どうにでもなると思ってる。
いつも誰かにケツを拭ってもらって、ぬくぬくと育ってきたものだ。そんなんだから私は何時まで経ってもガキのままだし、浅い薄い人間なんだ。多分同年代の普通の人じゃ経験し得ない事を沢山経験してきたけれど、それも全部自分で成し遂げた様に見せかけてその実何もしてないから、見た目ばかり育ってしまって中身は驚く程すっからかんだ。
だから私は中身がある人が好きだ。多少捻じ曲がった何かがあっても、中身がある人と一緒にいると自分まで中身があると思えてくる。それは大きな間違いなんだけれど。
あ、話がだいぶ逸れた。兎に角、私は今お金がない。母から「あんた、今迄どうにかなるどうにかなるって言って、本当にどうにかなってきたけどね、これからはそうはいかないからね。自分でどうにかするってことを覚えなさい。」って言われてしまったし、やはり母には私のずる賢さはバレていたし、核心つかれて少しムッとしてしまったけど、本当にその通りだから私なりにどうにかしてみようと思う。
自分で言うのもあれだけど、一応まだ若いんだから、これから先自分の努力次第でどうにでも修復できると思うんだ。だから、今やれる事を精一杯やろう。それがどんなに薄汚れた何かだとしても、それをしなきゃいけないように仕向けたのは自分なのだから。
弱音を投げる
弱音を吐いてもいいだろうか。愚痴をこぼしてもいいだろうか。誰にも言えない気持ちを、言葉にしてもいいだろうか。
私は、働きたくない。怠けたいのだ。もう疲れたのだ。学歴もないから、肉体労働しか残っていないことも、朝から晩まで働き続けたり、夜中に帰ってきて朝仕事に出かけるのも、もう辛い。疲れてしまった。休みたい。でも、お金がない。
今日、仕事を早退した。病院から貰った薬の副作用のせいでひどい眠気と倦怠感と体が思うように動かないことが原因だった。早退してもいいですか、と口に出すのさえ億劫だった。体調管理をしっかりしろと言われた。どうにもできないのだから、どうしようもないじゃないかと思った。悔しかった。
精神安定剤を飲み始めたことを上司に告げた。何故それを言わないのだと少し怒られた。言わなくてはいけないなんて聞いてないのにと思った。だけど、口から出るのはごめんなさい、ばかりだった。頭がうまく働かないせいで、もごもごと口ごもってしまい、泣けてきた。精神安定剤のくせに、全然気持ちが安定しなかった。むしろ、以前より気持ちがグラグラと揺れた。
何故精神安定剤なんて飲んでるのかと聞かれた。そんなこと、言いたくなかった。鬱病だと診断されたのかと言われた。違うと答えた。じゃあ何故だ、と言われた。答えたくなかったから、気持ちの上がり下がりが激しいので、とだけ答えた。納得いかないような顔をされた。腹が立った。
だから答えてやった。私、妹と不仲で、妹に殺意を抱いてるんです、と。そうしたら少し笑われた。腸が煮えくり返る思いだった。キチガイで、気持ち悪いからあまり言いたくなかった。と言った。そうしたら、そうは思わない、若いなと思った。と言われた。意味が分からない。それに、多分あの人は理解していないだろう。理解しなくてもいいのだけれど。
私は妹が嫌いで仕方が無い。殺意を抱いたのも初めてじゃない。もうこれで何度目かも分からない。思えば、私は妹に追い詰められて、妹は私に追い詰められていたんだろう。それでも、私は妹が憎くて仕方が無い。顔を見るのさえ、嫌だ。極力話したくはない。ヒステリックな声をあげられる度に酷くしんどい思いになる。殴り飛ばして、そのまま殺したいとさえ思う。それだけではなく、私も死にたいと思う。そして、私が悪いのか?と思えてくる。
それを、あの人に理解してもらいたいとは思わないが、馬鹿にされた気がして、嫌気がさした。あの職場はもう嫌だと思った。でもあの態度が世間一般の普通の態度なのであり、それどころかもっと酷い仕打ちを受けるところもあるんだろうというのは理解している。住み辛い世の中だなと思う。
大切な人と連絡が取れなくなって、空元気で過ごしてきたけれど、それも限界だ。いきなり連絡が取れなくなって、私のためを思ってなのかもしれないけれど、不安で仕方なかった。嫌われたのかと思うと怖くてたまらなくて、死んでしまったのかと考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだった。でも大切な人は生きているらしい。あえて、連絡をくれないらしい。悲しいなあと思う。前に進むことは、何かを失うことと一緒なのだろうか。どうして、前に進んで大切な人を無くさないことはできないのだろうか。
さよならを聞くのが怖い。もう二度と会えない気がして、そんなのは嫌で、どうしたらいいのかわからない。独り立ちしなくてはいけないのはわかっていても、いきなり突き放されたら急には立てないよ。ひとりになりたくない。怖いよ。怖いんだよ。唯一の友達のあの子も、もうきっと私のことはどうでもいいだろう。幼馴染のあの子は、子どもで手一杯だろうし、第一遠くに住んでいて住む世界も違う。あとは、もう、誰もいない。大切なあの人がいなくなれば、私の周りにはもう誰もいなくなる。
私はまたひとりになってしまう。そんなのは嫌だ。さみしい。さみしい。こわい。誰かそばにいてよ。大切な人がいいのに。誰か、と言っても誰でもいいわけじゃないのに。ひとりはこわいのに。また、誰を失うんだろう。
夢はあるけれど、夢の分だけ絶望もあって、私は怖くて仕方ない。
お願いだから、ひとりにしないで。
わたしは、ひとりじゃ生きていけない。
そんなに、強い人間じゃないから。
プレゼントであげるもの
こんばんは。世の中はクリスマスシーズン真っ只中で、至る所でクリスマスツリーやサンタさんを見るようになりました。そんな輝いた世界を横目に私は死んだ目で今日も仕事から帰っております。
そんな私は某大手通販会社の物流倉庫で荷物の仕分けをする仕事をしてるわけですがクリスマスシーズンということで荷物の多いこと多いこと。ボーナスも出て財布も心もウッキウキなんでしょう。しかしながら物流倉庫で働いている私としては本当にしんどい限りで、定時の鬼と言われている私は何を言われてもどんな顔をされてもシャキッと定時で上がるわけですが、私以外の方は殆ど残業です。休みもそう大してないようです。
猫の手も借りたいとはこの事ですね。もし働く気があって東海に住んでらっしゃる方はぜひ一度応募してみてください。多分受かります。そのくらい人が足りないのです。
さて、本題に入りましょう。某大手通販会社の物流倉庫で働いていると先程述べましたが、なんと荷物の殆どはクリスマスプレゼントです。何故中身を知っているのかと言いますと、基本的に仕分けの仕事なんですが、時々梱包の仕事に回ることがあるからです。私が見た中でも80%はクリスマスプレゼントらしき子供のおもちゃでした。私はてっきり自分用にプレゼントを買ったのかと思っていたのですが、どうやら違ったようです。
そこで私は思いました。え?通販でプレゼント買っちゃうの?と。
時代は変わりゆくものです。近代化が進む昨今で、まさかプレゼントを通販で買う時代がやってくるなど、誰が考えたでしょう。
通販は便利です。遠くに住む家族や友達、恋人に。歩くことすら困難なお年寄りの方々。毎日の激務でろくに買い物に行けないサラリーマン。子供がまだ小さく、買い物がしたくてもまだ外出することに抵抗を覚えるお母さん。そんな沢山の方々にとって、通販とはまさに便利なサービスでしょう。
しかしながら、プレゼントを通販で買うのはいかがなものでしょう?と、私はどうしても思ってしまいます。
約二年前、私にまだ彼氏という存在が身近だった頃。私は誕生日を一週間後に控えており、彼氏に何が欲しい?と聞かれました。そこで私はここぞとばかりに高いものをピックアップし、最終的にペンタブを買ってもらうことになりました。
しかし、私を待っていたのは「ペンタブね、分かった。ア○ゾン一緒に見よ」という言葉でした。私はてっきり一緒に電気量販店に買いに行くものだと思っていたのですが、どうやら彼氏はアマ○ンで頼む気満々です。
そして一週間後、玄関のチャイムが鳴り、そこにやってきたのはクロネコヤ○ト。彼氏がそそくさとお金を払い、アマゾン○の箱のまま私に「はい、お誕生日おめでとう」とよこしました。こう言っては失礼ですが、あんなに嬉しくなかった誕生日プレゼントは初めてでした。
そして今年の誕生日。私は母から通販で頼んだ進撃の巨人全巻セットを貰い、さらに代引きだった為に私がお金を払い、母が私にお金を払うという摩訶不思議な出来事がありました。
正直申しますと、本当、何も嬉しくないです。
私は、プレゼントと言えばわざわざお店まで足を運び、プレゼントする相手のことを考えながら何がいいだろう、これだったら喜んでくれるかな?などと悩み、少しはにかみながら「はい、これプレゼント」と渡すまでの時間と気持ちを貰っているのだと思ってました。実際に私は通販で買ったものをもらってもあまり嬉しくないです。
こんな時代だからこそ、わざわざ自分でプレゼントを選びに行きましょうよ。遠方に住んでる家族や友達や恋人に渡すプレゼントだって、アマゾンのギフトなんかではなく、自分で足を運んでラッピングしてもらって、それを宅配業者に頼みましょうよ。忙しい方も、その時間を裂いてまで、買いに行きましょうよ。
どんなに高級なプレゼントでも通販では、自分で買いに行った安いプレゼントには勝てっこないのです。子供達に「サンタさんはアマゾン」だなんて悲しいことを言わせないでください。
プレゼントであげるものは、モノでもお金でもありません。気持ちと時間です。
最後に、この記事は私の仕事がしんどいからお前ら通販でプレゼント買うなよ!なんだボケカス!!などという自分勝手な下心から書いた記事ではありません!断じて違います!!!
おばさん。
ムカつくおばさんのはなし。
昨日はライブだったんです。私はバンドマンじゃないけれど、メイクスタッフだから楽屋に行けます。ボトムラインというライブハウスです。その前日は尾崎世界観原案の、自分のことばかりで情けなくなるよ、という映画を見に行きました。号泣して帰ってきて、帰宅途中は始終無言でした。
そんな2日間を過ごしたのだけれど、昨日ライブが終わってから打ち上げに行ったんです。結構酔っ払いまして、終電を逃しました。いつも通り。それでね、ドラムの人と飲みに行ったんです。
だけど、その人の友達だというおばさんがムカつくの。
だってね、私の友達の悪口言うから。酷いよねえ、って言われても私は酷いと思ってないもの。それにね、尾崎世界観、私好きなのだけども、尾崎世界観をばかにするの。アルバイトサボったり、店員のおばさんの愚痴を言う尾崎世界観が私は好きなのに、クズだっていうの。うるせえおばさん。受付嬢のアンタに言われたかないよ、そんなこと。
尾崎世界観の気持ちは分からないし、そう言われてどう思うのか分からないけど、私は嫌だった。受付嬢してるおばさんに、ピンサロ嬢になりました、って歌詞で号泣する私の気持ちは分からないだろうけどね。馬鹿野郎が。
あーあ、あのおばさん仕事クビになって風俗で働けばいいのに。ふう。
お腹が空いたなあ
最近欲望にとても忠実な生活を送っていて、お腹が空いたら食べるし、眠ければ寝るし、もうなんでも欲望の赴くままで、そんな生活が今日で終わりになる。
というのも、まとまったお金が必要でそのために働かなくてはいけないからだ。明日から8時間労働をしてその後に更に4時間ほど働くような生活を送ることになる。体もつといいなあ、と思いつつ今日も気の向くままに生活した。
ヘルスとかソープに行けば早い話で、それこそ泊まり込みパックにすれば2泊3日で10万ほどはもらえてしまうのだけれど、美味しい話だと思う反面、もらえる金額以上に、馬車馬の如く働かされるのが目に見えている。それに付け加えてヘルスやソープは簡単なお仕事ではない。精神的苦痛は免れないし、いくらセックスが好きだという人でもそのうちしんどい思いはするだろう。そういう意味で、普通の仕事より給料が高いのだ。
それにそういった仕事に危険はつきもので、いつ何があるか分からない。恋愛感情を抱いてきた客の扱い方を間違えればそれこそ大惨事を招きかねないのだ。それはキャバ嬢も一緒だが。なんにせよ、怖い業界である。
話がずれまくった。話を戻そう。要するに明日から体を壊さないように必死こいて働きます。という話。
決意を書いておかないと、サボってしまう気がするからここに記した。お腹空いたから何か食べようかな。ふふふ。おわり。
幸せなら手を叩こう
っていう義務が出来たとして、幸せだと思った瞬間に手を叩かなければいけないとして、その数を毎日数えなければならないとして、一体どんな人が世界で一番多く叩いているのか気になるなあ。
人の幸せなんて計り知れないだろうし、計り知れたとしてその数値にはあまり興味をそそられないし、自分が幸せだと思った瞬間と人が幸せだと思った瞬間が全てかち合うなんてあり得ないだろうし、そもそも幸せってなんだよって思う。
例えば、毎日の食べ物にも困るほど貧困で話す相手なんて寝たきりの母ちゃんだけで、毎日返ってくるはずもないのに話しかけたりして、アルバイトでなんとか食い扶持を繋いでクタクタになりながら袋ラーメンを四分の一だけ食べて浅い眠りにつきそれもたったの3時間で起きなければならない青年がいるとする。
そんな彼に比べたら毎日腐る程眠って養わなければいけない相手もいなくてアルバイトも半年と続かないような私はすげえ幸せなんだろう。
例えば、内戦の激しい地で毎日毎日生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていて幼いながらもお金を稼ぐためにはどんな事もやってのける少年がいたとする。
そうしたら、アルバイトでクタクタの青年も少年より幸せで、私なんて無駄に食って寝て死なんて全然身近でもなんでもないんだから、そらもうすげえ幸せなんだろうよ。
だけどもさ、そんなの当たり前じゃんかよ。むしろ青年も少年ももしかしたら幸せかもしれねえじゃんかよ。人の幸せなんてわかんねんだよ。
大体よ、五体満足で寝る場所もあって食うものにもそう大して困らないことが幸せだと誰が決めたよ。そんな些細なことで幸せを感じれる人が優しい人だって誰が決めたんだよ。私はそんな当たり前のことで幸せを感じたくないよ。そんな悲しい人にはなりたくないよ。
みんな当たり前じゃないから幸せを感じるんじゃないの。その人にはその人の当たり前があって、普通があって、それを比べて幸せだなあなんて生き方したくないよ。自分の普通よりなにか秀でたものに幸せを感じたいんだよ。
アルバイトでクタクタの青年がたまに食べるチェーン店の牛丼一杯で幸せになれたり、死と隣り合わせの少年が思ったより高い値段でモノが売れて幸せになれたり、それでいいじゃないか。
私は私で、こたつが温くて気持ちがいいとかさっき作ったパスタが美味かったとかそれでいいんだよ。
他人の普通と自分の普通は違うものだから、それに幸せを感じなさい、って教えてしまうのは無意識に差別してんのと同じだってことをあなたたちは知るべきだよ。
あとすげえ関係ない話なんだけど、尾崎世界観のブログが人間くさくて好きだ。
おわり。