イミテイション
どうか朝を迎えませんように。
消したばかりの電燈が光を名残り惜しそうに抱えてるのを眺めて、ぜんぶの涙が枕にしみ込んだあたりから闇の安心感の中に沈みきる。
僕の部屋は光がめちゃくちゃだ。
外の通路を照らす電球が煌々とする夜。
電球も、太陽も近寄らない朝。
ああ。今度もしくじった。また朝だ。
暗い天井から無機質な絶望が覆いかぶさる。
何度息を止めても、うるさい鼓動は止まないし。
今日を終えたら、また明日が来てしまう。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。消えてしまえ。
そうやって毎晩「今日」を延長する。
でも一番悲しいのは始発電車。
改札。新聞のにおい。スーツの黒。日常が迫る。
飲みたくもない自販機のお茶を買って、温かさを抱きしめる。
さようなら。楽しみだね。ほんとは全部イメージだけの存在。
僕もあなたも、居やしない。
蝉の声
紳士が丁寧にお礼をする。
「礼には及びませんよ。」
「いえ。ひとりではどうにもなりませんでした。本当にありがとうございます。」
僕らの目の前には淡いピンクの小さなゴミ箱。女性のいる家ならば、必ずお手洗いに置く汚物入れ。壁の角に沿うように丸みを帯びた三角の形をしている。僕はその中から汚物でいっぱいになったスーパーのビニール袋を取り出して、中に漂うツンと酸っぱい臭いを想像し、吸わないよう軽く息を止めながら袋の口をしっかり絞った。
彼はこの処分に困っていたようだ。
50代後半くらい。上質なスーツをきちんと着こなして、オールバックの髪に白いものが混ざっている。口髭のある上品な紳士。
僕は右に動きたくなった。でも髪がボサボサ絡まるのは嫌だとも思った。
えい!寝返りをうつ。頬にサラサラと髪のかかる感覚が気持ちいい。
午前8時。薄暗い壁に映る、カーテンからくるグラデーションを見るとはなしに見ていた。蝉の声が反響している。
どこまでが現実で、どこからが夢なのだろう。明白な境界線?そんなものないように思われる。あの口髭の紳士は、強度の存在感があったのだから。