可愛くなりたいと願う私へ
なんであの子みたいに私は可愛くないのだろう。
鏡を見て何度も思ってきた。大きくて吸い込まれそうな瞳があったらどんなに良かったか。アイシャドウが際立つ二重があったらどれだけメイクをするのが楽しかったか。鼻筋が通っている小さい鼻があったら、薄くてキスをしたくなるような唇があったら、透明感のある白い肌があったら…。
美人になる(これらは私が理想とする女性像を具体化したものであり、これらを兼ね備えている人が美人と決まったわけではない)要素はこんなにもあるのに私は何も持っていなかった。
俗にいうブスなんだと思う。腫れぼったい一重まぶたに小さい目、ブタを彷彿とさせる低い鼻。不揃いの歯並びが見え隠れする厚い唇に、面長とかいう救いようがない輪郭。美白サプリを飲んだところで改善されることのない黄色みがかった肌には、弱冠22歳にしてそばかすが点々と並んでいた。
ヒエラルキーで決まる女社会
女の価値が年齢と美しさで決まるだなんて信じたくもないけれど、どうやら世間一般ではそうらしい。幼い頃は寵愛されて育ってきたため実感しづらかったが、年齢を重ねていくにつれて自分は可愛い側の人間ではないのだと知った。クラス内ヒエラルキーでは常に下層だったと思う。平均的な容姿で平均的な能力があったらまだ良かったのかもしれない。
しかし、自分には容姿も能力もなかった。容姿端麗な人の能力の高さやセンスの良さを目の当たりにすると、どうして私は何も持っていないのだろうと自信を喪失し、次第に卑屈になっていった。ただ目の前にするだけでも、劣等感で死んでしまいたくなるのに、アルバイトを始めたり出会いの場を広げたりしようとすると社会というのはブスに優しくないのだと痛感させられた。
可愛くなりたいのは顔だけという矛盾と努力
酒を飲んだ客に「今日もブスだね」と言われたり、他のスタッフにだけお酒をサービスをする客と遭遇したり、「またみんなで飲もうね」と調子のいいことを言っておきながら自分にだけ連絡が渡っていなかったり。どれだけ学業やアルバイトを頑張っていようが、結局男性が重視するのは顔だった。中身が大事だよと都合のいいことを言っておきながら、多分自分も男性の立場だったら顔がいい女性を抱きたいと思うだろう。下心丸出しの男には嫌悪感を抱くくせに、女性としての価値を認めてもらいたいというジレンマを抱えていた。自分はどうしてこんなにも普通の女の子になりたくて頑張っているのに認められないのだろうとずっと思っていた。
ここまで自分を卑下しておきながら、女として認められたいと強く願っていたのは女を諦めきれなかったからだと思う。
毎日ぬるま湯で洗顔をして、何十と種類がある中から自分の肌質にあった化粧水や乳液を選び抜き、それを時間もお金もかけて惜しみなく塗りたくった上で、UNIQLOを着た美女に敵わないと分かりながらもファッションにある程度気を遣い、体型を維持するためにストレッチやマッサージを行い、気休めだと思いながらも美白サプリを飲み、スクラブをしないとゾウの肌みたいになる身体に保湿クリームを塗る。これがどれだけ大変なことかわかるだろうか。毎日のメイクにクレンジングはもちろん、月に1度の美容院や脱毛、何をするにもお金はかかる。パーソナルカラー診断や骨格診断をする余裕なんてもってのほか。世間がイメージする女を維持するだけなのにだ。何よりも鏡の中には代わり映えしない自分がいるのにも関わらず美を追求するモチベーションを維持するのが一番難しい。
服がダサいと指摘を受けた人が「自分なんかがオシャレをしたところで…」と言い訳をする理由がよくわかる。私もどれだけ美容を研究しようがお金をかけようが変わらないだろうと心の底で思っている節がある。
でも、女として生まれたからにはそんなことを言っていられない。ある程度、身嗜みを整えていないと社会からは虐げられる。高校を卒業した瞬間いきなり「化粧をしろ」と言われ、服装や髪型によっては「女らしくない」と言われ、サラダを取り分けるような気遣いがなければ「女子力が〜」と言われ、どんな話でも愛想よく笑いご機嫌を伺うことを求められる。そもそも今の私は普通ですらないのだろうか。「ブスだ」「愛想がない」と偉そうに言ってくる人たちはそんなことを言える立場なのだろうか。
きっとそんなことないだろう。こんな私に好意を持ってくれた人だっている。決して可愛いと褒められるような容姿ではないけれど、人並みにオシャレは好きだし、コスメやアクセにも関心が出てきた。二言目には抱けるか抱かないかなどと心底どうでもいいことを大声で話すバカな男の話など聞かなければいい。そう、圧倒的に自己肯定感が低いだけなのだ。思春期から顔面批判をされてきたおかげで劣等感だけが自分に残った。
自信が欲しかったのだ。自分が美を追求する理由は、社会に迎合したいからではなく、やはり女の社会的価値は美しさだと思うからだ。それは多分この先何十年と生きていようが変わらない事実であり、天変地異でも起こらない限り外見至上主義社会を変えるのは難しいだろう。美しさを手に入れないと女としての人権を得られないから、息が詰まるような人生も容姿が整えば生きやすくなると信じて疑わないから、可愛くなりたかった。
可愛くなりたいと願う私の行く末
しかし、可愛くなりたいと願うのは簡単だが、待っているのは地獄だ。女性の社会進出と共に、愛想や能力の高さまで求められるようになり、ブスで気の使えない私みたいな低能女はより生きづらくなっているのが実際だと思う。国家資格を手にしたところで自分一人で食べていくと思えるような気概は私にはなかった。現実は厳しい。これからも可愛くも従順にもなれない自分を責め続け絶望と虚無感でいっぱいになるだろう。美意識はどんどん肥大していくのに、乖離が進んでいく理想と現実に向き合わなければならない。
それでも、私は美を追求する。生きづらさを感じさせているのは容姿だけではない。容姿、能力、体質、病気、癖、思考。私を構成する要因全てが絡み合っているのだ。しかし、可愛くなくては意味がないと感じさせられるほどに、美醜に執着してしまったのだから、心ない言葉がいまだに私を呪縛し続けるのだから、整形でも化粧でも風俗でも、どんな手段でもいいから未来の自分は今より美しくなっていて欲しいと思う。
来月には23歳。もう初々しさや未熟さだけで売れる年齢じゃなくなってしまった。この文章は女でいることに疲れた私の愚痴であり、励ましであり、決意。2020年からのリスタート、どうかご無事で。
夢が覚めるまで
好きな人の夢を見た。念のため言っておくと、好きな人と書いてはいるけれど1年前に振られていて連絡すら取っていないので、今は他人に近い。近頃は滅多に思い出すことがなかったので潜在的な意識というよりは、最近ネットサーフィンしていた時に踏み抜いた自撮りの影響だと思う。それでも、まるで変わっていないその姿に私はひどく安心してしまった。
少し茶色がかった髪色に毛先がくるんと巻かれているパーマ。腐りきった性格にお似合いの柄シャツ。久しぶりに会っているというのに、何の気なしに話を振ってくる無神経さ。好きな人の家で、好きな人に作ってもらったバターチキンカレーを食べるという現実では起こりえないシチュエーションに夢だと分かっていながら思わず笑ってしまった。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
カレーはあまり得意ではないはずなのに、夢から覚めた時はそう本気で思ってしまって、とてもびっくりした。カレーが好きな彼にそのことを伝えた時の返答なんてもう鮮明には思い出せないのに。それでも、自分にとっては関心や嗜好なんかよりも、好きな人と一緒に過ごす時間が何より大切だったという想いが具現化したのだろうと思うと少し顔が綻んでしまった。
とはいえ、好きな人のことを思い出すとやるせない気持ちになる。私のことなんて忘れて謳歌しやがって!とひどく苛立つこともあれば、どんな形でも好きな人の記憶の隅に私の存在が残っていないだろうか…という淡い期待で胸がいっぱいになってしまったりする。これはしょうがない話なのだけれど、同じ時間を過ごしていたはずなのに、こんなに気持ちに相違が生じてしまうのはただただ世知辛いなあと思う。
私は、好きな人が日常からいなくなった時、自分の一部がなくなってしまったような気分だった。喪失感、虚無感、孤独感といった感情に襲われ、元からなかった中身が一層空っぽになった。楽しかった思い出はダムが決壊するかのように一瞬で崩れ落ち、かかってくるのかこないのか分からない電話を待つことから何が悪かったのか頭の中で追求することが自分のライフワークになった。おかげで、自分1人の力で立って歩けるようになるまでかなりの時間を費やした。
そんな私に対して、好きな人はあんなに骨っぽい身体だったのに自分の足で立てていてすごいなと思う。毎日のように電話をかけてきて、その度に他愛のない話をしたり時には甘えたりしていたというのに、自分の人生から '' 私 '' を切り離そうと考えた時に、いともたやすく出来てしまうなんて想像もできない。というか、心がないんじゃないかと思ってしまうくらいだ。私が好きになった人は、血も涙もない悪魔だったのだろうか。
結局のところ、毎日電話をかけてきたのは彼だったのに、彼に依存をしてしまっていたのは私で、私は彼にとっては消耗品みたいなものだったのだと思うと、私はちっぽけな人間なのでその覆せそうにない事実に目を瞑りたくなる。何度も咀嚼してゆっくりとその事実を受け入れようとしているのに、心の片隅で希望的観測をやめられない私は本当にメルヘンの世界で生きているなと思わされる。
あれほど好きだった好きな人の声ももう思い出せないなんて知ったら、世界で一番好きだと言った時の私は落胆するだろう。
きっと「本当に彼のことを好きだったのか!私は今もこんなにも想っているのに!」なんていうふうに激昂して、その悲痛な叫びに対して今の私は「痛みを癒せるようになるまでたくさんの時間を犠牲にしたんだよ。本気で復讐を考えていたことだってあるし、授業中にひっそりと泣いたこともあるんだよ。あなたの気持ちは決して間違いじゃなかったよ。」って返すのだと思う。
ただ、本当に好きだったんだよなとぼんやり考える一方で、私は変化を恐れる人間なので、好きな人を好きじゃなくなった自分を認められなかったのではないかと思わずにはいられないのだ。自分の心の中に好きな人がいなくなったと感じるたびに「いや、そんなはずがない」と慌てて、忘却しようとしている記憶の箱から好きな人に関する記憶を取り出して、ほら私はまだこんなに好きじゃないかといったようにその記憶を愛でて、好きな人を好きだった時の自分を創り出していたのではないだろうか。そして、それが私の失恋を長引かせた要因の一つになっていたのだと思う。
もしかしたら一種の麻薬のような依存性がある甘い日々を忘れられないだけなのかもしれないけど、「世界で一番好き」だと言った自分に固執していたのかもしれないなと思ったら少し心が軽くなった。人の気持ちは移り変わるものだと知っているからだ。
それでも、夢の中に好きな人が出てきた時に「この気持ちが夢を通して好きな人まで伝わってしまったらどうしよう」「この笑顔をずっと見ていられたらよかった」と思ってしまったあたり、あれだけ最低だありえないと愚痴をこぼしていたのにも関わらず、心の底では彼が悪い人じゃないっていまだに信じているのだろうし、白馬の王子さまでも現れない限り彼を好きでいることがやめられないのだろう。
最後に残るのは呪いだったのか、祈りだったのか、もう1年も経ったというのに私にはまだ分からない。けれど、彼の夢を見ることができるうちは、街中ですれ違う人に彼の面影を探しているうちは、思い出深い場所で彼のことを一番に思いだすうちは、幻かもしれないこの感情を抱き続けるのだろうと思うと、最後に残るのはきっと祈りだったのだと思う。
居酒屋バイトで快楽堕ちする女子〜無言でモノを差し出されるとついシてしまう私〜
AVみたいなタイトルになってしまいました。無言でモノを差し出されるとついシてしまう自分が嫌だという話です。
このタイトルに惹かれて今ブログを読んでくださっている方は、おそらくアダルトサイトを見ている最中にいきなり請求画面が出てきて1週間ほど絶望していた純粋な方が多いと思うのですが、私はそのようなことは致しませんのでご安心ください。
居酒屋バイトで快楽堕ちする女子の物語
事件が起きたのは閑静な住宅街の中にひっそり佇む小さな居酒屋。私のバイト先である。
社員男性のみ、バイト女性のみという謎の合同コンパ体制で営業しているが誰一人としてカップルは成立したことがない。そもそも社内恋愛がオッケーなのかどうかすら知らない。私たちはお客様に気持ちよく過ごしてもらうように、自らに与えられた仕事をこなすだけだ。
私は '' 趣味:人間観察 '' と言えるような典型的な影キャだからか、居酒屋でバイトしていることを伝えると大抵の人に「えぇ〜♡♡♡ そんな風に見えなぁぁぁjtdwiajw♡♡♡」と言われる。大丈夫、お前みたいな容姿の女がパパ活してる方が信じられないから。と言いそうになるのを抑えて、よく言われる〜!あはは!ははっ!おほほほほhoと笑いのける。大体、影キャが居酒屋で働いてはいけないという法的規制はないにも関わらず耳にタコができるほどそのセリフを聞かされるのは何故なんだ。
耳にタコができるほどというのは、比喩ではなく、タコがどこで生まれたかと聞かれれば迷わず「私の耳です」と答えられるほどという意味だ。英語で言うならオクトパスメイドインマイイヤー。直訳したら私の耳製のタコ。TOEIC120点の私に言わせてみたらそんな感じ。無論そのようなテストを受けたことはないし、そんなことを聞かれる機会もない。
そして、最低限の明るさと元気があればやっていけるこの職場を私は気に入っている。お客様のご要望に対して「はい!!!喜んでー!!!」と10000%の笑顔で応じるような異様に目が光り輝いてるワイワイ系の居酒屋じゃなくて本当に良かった。そんなのはもとより目が死んでいる私には無理オブ無理だからだ。それに、笑顔に10000%もパワーを使ってしまったら私はその場で焼け死んでしまうと思う。
業務内容と職場環境
主な業務内容は、お客様からご注文を承り厨房にオーダーを通すこと、作られた料理を冷めないうちにお客様の元に届けること。そこらへんにある居酒屋あるいはカフェあるいはファミリーレストランないしは飲食店と変わらないと思う。ドリンクを作ったり、テーブル管理を行ったり、その他諸々事務作業も行なっているが特記事項ではないので省略する。
某本業を放棄し始めた国民的アイドルの番組みたいに現実では起こり得ないシチュエーションで超人の技を借りて配達したり、畑を借りて食材を作ることから始めたりはしてないので大変ホワイトな職場だと思われる。不満といったら、出会いがないことと交通費を支給してくれないことと職場が遠いことと賄いを作ってくれるかが気分で変わることと頭の悪い客を殴れないことくらいだ。
そんな中、新たに加わった業務内容が私の中で波紋を呼んでいる。
居酒屋で実際に存在した裏の仕事
波紋を呼ぶも何も、ただ余ったご飯をラップに包む作業を任されただけなのだが。これがとてつもなくエロい行為に思えてしょうがないのだ。わかるだろうか。いや、わからないだろう。国試のプレッシャーで頭が悪くなり始めた私の気持ちなんぞ誰もわかるわけがない。
最初に頼まれたのはいつだっただろうか。忙しさのピークが過ぎ去り暇を持て余した私を見かねてのことだった。
いきなり目の前に置かれた暗い鉄の塊の中に入っている白い物体と長方形の箱に入った透明の膜状のものを見比べ、私は何を求められているのか瞬時に悟った。何度もその作業を見てきたからだ。「技術は習うものではなく目で見て盗むもの」と言うけれど、これは盗む必要すら感じていなかった。そんな私に突然の依頼。
私は実家住みゆえ自炊経験がほぼない。料理の写真をTwitterに上げたところ、「これは一体何を作ったものですか?」「なんで餃子にシールドが貼られているんだ」と散々な評価を受けた。しかし、いつまでも母親におんぶにだっこでは元家庭科部部長の名が廃るだろう。影でサポートしてくれていた同期はもちろん、かつて慕ってくれていた後輩は元部長が落ちぶれたことを聞いたら涙を流すに違いない。だから、私はやるしかないのだ。余ったご飯をラップに包むという作業をやり遂げる他に方法はない。
あまりこういうことは慣れていないと一応断った上で「下手でも大丈夫だから…」と念を押すように言われ、私は諦めるように頷いた。
ラップを机の上に敷き、ジャーから救い出したご飯をラップの上に乗せ、それをいい感じに包む。うん。それだけのことじゃないか。ラッピングの技術を求められているわけでもないんだし、楽勝楽勝。
しかし、数秒後の私はどれくらいの量を掬えばいいのか分からなくて困惑していた。
よく料理のレシピを眺めていると「適量」という言葉が出てくるが、私はこの言葉が嫌いだ。おそらく適当な量という意味なのだろうけど、その言葉の真意がいくら読んでもわからない。作者の気持ちを考えることを得意とする文系だってこればっかりはお手上げだろう。だって、ミリリットルでもキログラムでも大さじでも小さじでも計れない分量って何?ナノグラム?何それ怪しすぎない?
私だったら適量とかいうバカでかい単位使う奴には「そんなのはお前に対しての気持ちだけでいいんだよ…」って言って無言でキスすると思う。そうやってスーパーテクニックで相手を黙らせるか、「あなたが求めているのは何グラムですか?あなたの中では1000グラムは1キログラムと換算されますか?」と一つ一つしらみつぶしを行うように確認していくしかない。
私が苦戦している一方で、私に仕事を押し付けてきた社員は私が白飯相手に奮闘している様子を満足そうに見ているだけだった。私が月島雫だったら「やな奴!やな奴!やな奴!」と言って地面を踏みしめながら歩いているだろうが、あろうことか私は彼のその様子を見てムラっときてしまった。なんということだろう。断じて欲求不満なわけではない。断じて。
ちょうど彼の年齢が自分の父親と同じ年代にあたるだからか、彼は私によくしてくれる。だから、世間知らずな愛娘に家事を教えてあげているような気持ちになっているのかもしれない。しかし、その家族愛にも似た優しい視線が、どうしても私がシてあげている時に感じる視線と似ているように思えてしょうがないのだ。
これまでの文章を読んで皆さんが思うのは「この女ヤバい」だと思う。甘んじてその評価を受け入れよう。しかし、考えても見てほしい。自分でやればいいのにやらない上に、人がしている様子を満足そうに眺めるってもうね。いやもうそれ実質フェ○でしょ。
目を閉じたら億千の星が輝いているどころか、男のモノを咥えている気分だというのは至極おかしい話だ。しかもここは飲食店。あっていいわけがない。社員と従業員という上下関係があっても許される話ではない。なのに、手を止められない…。これから私どうなっちゃうの…。
それから、次第にモノは無言で差し出されるようになった。まるで私がするのが当然かのように。私が恐る恐る顔を見るとまるで2人の秘密かのようににんやり笑うのだ。差し出されたモノが大きくても、小さくても、私は変わらぬ愛情を注ぎ続けてしまう。
しかも、意地悪いことに私がその業務を終えると、ご褒美を与えるかのように賄いを用意してくれるのだ。ひどい。私の食い意地を人質に取るなんて…。完全に好意を逆手に取られた状況だ。こうなってしまってはもうどうしようもないのだ。
居酒屋バイト女子がついに快楽堕ち…?
こんな関係早く辞めたいと思いながら半年が経った。身体の関係なんて1ミリもないのに、もう既セクみたいに思えてくる。なのに、どうして私はいつまでもこんなことをしているのだろう。もう22になるというのに。いつになったら女として見てくれるのだろうか。この頃には例のごとく作業自体に快感を覚えるようになってきたというのに、私はいつまでたってもしゃもじしか握れない。生殺しと同然じゃないか。
そんなことを思いながら、黒い鉄の塊の中に入った白い物体を見つめる。そのふっくらと光り輝く肉体を見て、どうしようもなく食べたいと思ってしまった。ああ。なんて美しいのだろう。性欲と食欲は密接に関わりあっていると聞くけれど、そんなのはどうでもいい。ああ。早く口に入れて骨の髄まで味わいたい。つぶらな瞳で誘ってくるアイツがいけないんだ。
思わず手が伸びてしまう。長年務めてきたアルバイトとしての地位とか名誉とかそういうの全て失ってでも欲しいと思った。愛することに人種も性別も関係ないのだ。そう心の中で自分の思いを確認した私の手は止まることを知らない。そうして、ついに限界を迎えた私は、きっとこういう風に叫びながら昇天するのだ。
「あっ、らめぇ…っ、その白いの(ご飯)で、私のナカ(お腹)をいっぱいにしてぇ…♡♡♡」
以上です。すみませんでした。
旅行あとがき
嫁と別れて、一人で特急電車に乗った時、窓の外の景色を眺めながら、明日行く神社では何をお願いしようかなあなんて考えていました。京都にある願い事を一つ叶えてくれるという寺と、悪縁と縁を切ることで有名な神社。どちらもSNSを通じて知ったものです。
調べてみるとすごく信憑性が高いことが分かったので、生半可な気持ちでお願いするのはやめようと思いました。宝くじを当てて億万長者になりたいし、このだらしない身体ともお別れしたいし、どんな方法を使ってでも可愛くなりたいけど、、何をお願いしよう。
私はしばらく思いを巡らせ、考えがまとまり始めると涙が止まらなくなっていました。
「自分を大切にしてくれる人と出会えますように」
「自分を蔑ろに扱ってくる人との縁が切れますように」
漠然とした幸せになりたいという願いは、私の中ではきっとこういうことなのだと思います。狭くても深い人間関係が欲しい。これ以上人間関係で傷つきたくない。自分の本当の願いを知ることは自分を見つめることと同じだと翌日訪れた際、前述した寺の住職が言っていましたが、本当にその通りだなあと思いました。
思い返す日々は、ほぼハブられている状態の学生生活だったり、一晩狙いで手を出された夜だったり。私はここにいるのに!って必死に訴えても当事者たちには一つも響きません。突然自分が存在しなくなったかのように扱われると、人は気が狂ってしまうのだなあと思いました。
私はそんなに強くないのに、そんなことをされても傷つかないような人間に見えたのでしょうか。
こうやって扱われてくると人間は大体「自分は価値のない人間だ」とか「この世からいなくなってしまいたい」と思うようになってきます。私もその一人で、幼少期にはまばゆいほどあったはずの自己肯定感とか自尊心みたいなものはとっくに地の底まで落ちました。
もちろん、「死んでしまえ」と冗談で言われたことも、「ブスだからなあ」と酒を飲みながら言われたことも、忘れることなどできなくて、今の私を形作っています。
でも、不思議なものでどれだけ不当な扱いを受けても涙は出ます。しょうがないよって慰める自分がいます。たまたま引いたくじがハズレだとしても、ここまで育ててきてくれた親のことをバカにされたくはありません。
結局のところ、私自身が望むのはおこがましいのかもしれないけど、ありのままの自分を愛して欲しいのでしょう。
だから、私は嫁が卒業旅行に行こうと誘ってくれた時本当に嬉しかったのです。3年間通った学校では誰も言ってくれなかった言葉を、いとも容易く言ってくれたから。
私たちはSNSを通じて知り合いました。初めて対面したのはほぼ2年前の5月。きっかけはよく覚えていないけれど、ギリギリに予定が決まったことだけは覚えています。初めて乗る夜行バスに、初めて行く県。何もかもが新鮮だったけど、当時学校に居場所がなかった私は、嫁と一緒にいたたった2日間がかけがえのないものになりました。
会うのだって最初は怖かったけど、こんな私に笑顔で話しかけてきてくれることが、どれほど嬉しくて、どれほど救われたか。劣等感にまみれた自分の人生を肯定してもらえたようでした。ちゃんと一人の人間として尊重してもらえるのは久しぶりで、このかけがえのない時間が失われてまた泥水みたいな日常が戻ってくるのが本当に苦痛で、気付いたら涙がこぼれ落ちていたのです。
指輪を貰ったパンケーキが美味しいカフェ。青い海を横目に車で走った白い砂浜。ルマンドアイスを求めて探し歩いたコンビニ。別れが近付きボロボロと泣き出したバス停前。何度思い返しても、きらきらしていて錆びることがない大切な思い出。
初めて会ったあの日のことを思い出すと今でも泣きそうになります。というより、この記事も泣きながら書いています。
ぺこちゃん、3日間一緒に過ごしてくれて本当に本当にありがとう。自分の誕生日に一緒に過ごしてくれる人がいました。行くはずのなかった卒業旅行が確かにそこに存在しました。久しぶりに会っても変わらない笑顔を見れました。本当に十分すぎるくらい大切にしてもらいました。
好きな人に0時ちょうどに「誕生日おめでとう」と言ってもらうより、幸せなことがこの世にあるんだなあ、と本気で思いました。
もしも、嫁とあの時話していなかったら、私たちを繋いでくれたフォロワーがいなかったら、私がアカウントを開設していなかったら、、きっとこういう未来は訪れなかったのだろうと思うととても感慨深いです。
思えば、嬉しい時、辛い時、暇で仕方がない時、誰かに構って欲しい時、いつでも私はSNSに頼りっぱなしでした。自分が思っているよりも遥かに多くの人に支えられて生きていると思います。フォロワーだってそうです。このブログを読んでくれているあなただってそうです。会ったことがなくても、話したことがなくても、私なりに一人一人大切に思っていると思います。
私が傷つけてしまったと思う人だって、こんな私とまだ縁を切らずにいてくれると思うと感謝してもしきれません。
蔑ろに扱ってきたと思う人だって、誕生日にわざわざメッセージをくれたり、プレゼントをくれたりします。結局のところ私のことを邪険に扱いたいのか、大切にしてくれているのか分かりません。
だけど、私はやっぱり信じたい気持ちが強いので、縁があって出会えた人たちを自分から切り離すことはできないなあと思います。(たまに疲れて人間関係をシャットダウンしたくなる時があるのはお許しください。)
結局何を伝えたいのかというと、まっすぐに愛情を注いでくれる人も、不器用な愛を持って接してくれる人も、みんなみんなありがとうということです。どうやって今まで生きてきたのかも、これからどうやって生きていくのかもわからないけど、無事22歳になれました。
この先何十年と生きていく上で、何度も失敗や間違った選択をしていくと思いますが、その時は暖かく見守ってくださったり、バカだなあと笑い飛ばしてくださったり、正しい方向に導いてくださると嬉しいです。
最後に、私は私に関わってくれる人たちみんなの幸せを願っています。できるだけ嫌な思いをせず、周りの人から大切にされて生きていけるよう祈っております。
どうか皆さんが歩む道に光がありますように。
2泊3日バースデー女子旅 in東海【まわりゃんせ編】
後編スタートです。前編はこちら↓
2〜3日目はまわりゃんせというパスポートを使って移動しました。まわりゃんせというのは伊勢・鳥羽・志摩方面へすべて行ける切符で、対象区間であれば特急券使いたい放題です。その他観光施設の入場無料だったり、近鉄区間(大阪〜名古屋)の往復特急券だったりがついた上で9800円とめちゃくちゃお得なので、皆さんにも是非使って遊びに行ってほしいです。
【2日目】
ホテルで朝食を食べた後、前日に死ぬほど悩んで買った苺しか扱ってないスイーツのお店「ストロベリーハンティング」のシュークリームと残ったバースデーケーキを食べました。このシュークリームは、想像以上に大きくて多分橋本環奈の顔くらいあります。(ちなみに嫁はホテルでサプライズする予定だったので、私がパフェと悩んでいるときめちゃくちゃ冷めた反応でした)
そして、近鉄名古屋駅から特急列車に乗り込み伊勢神宮へ向かいます。1時間半弱、電車に揺られてようやく伊勢市駅に到着。私は'' 起きない '' で定評があるにも関わらず気付いたら途中で爆睡していました。嫁が起こしてくれなかったらどこへ行っていたのかわかりません。
伊勢市駅からはバスで伊勢神宮へ向かいます。完全に記事から脱線しますけど、ここで見た電気バスのデザインがめちゃめちゃ可愛くて!でんきポケモンの柄なんです…!先ほどインスタで写真を検索したら、内装までポケモンでいっぱいなんですね。1日に数本しか走ってないみたいなので見られただけラッキーかもしれません。是非某フォロワーさんに乗って欲しいです。
伊勢神宮近くのおかげ横丁は本当に平日か?とカレンダーを見直したくなるくらい賑わっていました。昔ながらの建物に風情を感じたり、お土産屋さんを物色したりするのもいいですけど、私たちは花より団子なので食べ歩きメインで!三重県は意外にもグルメ王国なのでどれを買おうか迷ってしまいます。
色々迷って私は松阪牛の牛串や、しょうゆソフト、さつま揚げなどを買いました。これはそのさつま揚げで食べ歩き用に持ち運びしやすいデザインになっています。この日は寒かったので暖かさが身にしみました。
そして、大目玉の伊勢神宮です。旅行先に三重県を提案され「マジでどこ…?」って思っていた私でも知っていた有名な観光地!そう!伊勢神宮!日本の心のふるさととも言われているそうです。2000年以上という歴史の貫禄もあってか、大きな鳥居がどーんと構えています。
参拝した後、嫁に「何を祈った?」と聞かれ幸せになりたいとか穏やかに1年を過ごしたいとかそんな答えをしたと思いますが、嫁は1年のお礼をしたみたいです。育ちの違いが現れているなーと思いましたが、あとあと調べてみたらご正宮はお願いではなく感謝の場を伝えるのがマストだそうです。無知が露呈した瞬間でした。
その後はバスへ乗って夫婦岩へ。終バスの時刻を確認するとまさかの20分後。キャリーケースを抱えて慌ててバス停から夫婦岩へ向かいます。寒さに加えて暴風が吹き荒れていて、ずっと「死ぬー!」って言ってました。でも、数々の困難を乗り越えてこそ絆が生まれるのだと思います。嫁といつまでも仲良くいられますように。
なんとか終バスに間に合い、ホテルの人に駅からホテルまで車で送ってもらい、よく嫁が利用しているというホテルへ。部屋で浴衣に着替えて、夜ご飯はバイキング。ここのホテルではご当地贅沢食材を利用したメニューがあるみたいで、アワビの炊き込みご飯とか手ごね寿司とかたくさん置いてありました!贅沢!
↑見事に茶色に染まったのはご愛嬌
その後は温泉らしく卓球!嫁は球技が得意らしくポンポン打ち返してくるし顔色一つ変えずにスマッシュを打ってきましたが、最初の私はダメダメでラリーすらまともに返せない状態でした。でも、特訓の成果もあり最後の1セットではギリッギリ嫁に勝てました〜!わーい!
温泉に入った後は晩酌して、構ってくれない嫁の布団を剥いだり、嫁撮影会(勝手に開催した)と題してよからぬ妄想をしてみたりして、いつのまにか寝ていました。嫁の布団で。うふふ。
↑変態カメラマンと言われた写真(ひどい)
【3日目】
ホテルを出てからは志摩駅まで向かい、スペイン村に向かいます。ネットを見ていると2〜3時間で済むとか書かれていて、正直期待度はそんなに高くなかったのですが、最初から最後までテンション上がりまくりでした。
とっても素敵。スペイン村というだけあって、外国に来たような気分になれました。アトラクション類も多少子供向けとは言え充実していると言えるくらいにはあって、しかも待ち時間ゼロ。ストレスフリーです。絶叫大好きな私が何回でも乗りたいと思えるくらい、ぐるぐる回るジェットコースターもありました。本当に人が少ないのが不思議なくらい楽しかったので、私は旅行に帰ってから人に会うたびに勧めていました。皆さんも是非。
↑魔法陣の上で厨二病ポーズをしたかった私
スペイン村で時間を費やしすぎた私たちは慌てて鳥羽へ向かいます。本当は鳥羽湾クルーズへ行きたかったのですが時間的に難しいため、近くにある鳥羽水族館へ。日本で唯一ジュゴンを飼育している水族館らしいです。
これが人魚伝説のモデルともなったジュゴン。実際に見てみるとすごくテンションが上がります。サービス精神旺盛で、のほほんとした雰囲気がとても可愛いです。妥協案だったけど、見れてよかったなあ。
そうこうしているうちに嫁の帰りの電車の時刻が迫ってきたので、足早に水族館を去り、私たちはお別れをしました。うぅ…。久しぶりに会えたのにもう会えなくなるなんて。寂しいですね。駅までお見送りすることができず大変申し訳なかったのですが、嫁ちゃんが無事に帰れることを願って、私はある場所へ向かいます!
じゃん!鳥羽湾クルーズ…!!!
最終時間なので残念ながらイルカ島には寄れないのですが嫁の想いを背負ってリベンジ。内装も浦島太郎仕様で中には乙姫様がいたりしました。クルーズで鳥羽湾の景色を眺めること自体も楽しみだったのですが、カモメに餌をやれると聞いて俄然ワクワクしていました。
が、これがめっちゃ怖い。
餌を求めて永遠と船の進行に沿って夥しい数のカモメが飛んでいるだけで怖いんだけど、デッキ側(柵側?)に餌を持ちながら寄るとスッと飛んできて食べようとしてくるのです。慣れすぎでしょ。餌を投げても見事にキャッチするその反射神経の良さには驚かされたけど、ずっと悲鳴をあげてました。
いや、イメージとの現実とのギャップ!!!
↑私が想像していたイメージ
そんな感じで三重県の観光を終えて、大阪観光へと向かったのでした。めでたしめでたし。
まとめ
愛知県も三重県も行ったことがなくて、未知の地だったけど3日間すごく楽しめました。もちろん嫁ことぺこまるちゃんが一緒だったというのは大きいと思うのですが、思っていたより観光地やグルメが多くて、世界は私が思っているより広いのだなあと感じさせられました。時系列に沿って書いてみたので、少しでも旅行気分を味わっていただけたら幸いです。皆さんも三重県を観光するときは是非「まわりゃんせ」で!
2泊3日バースデー女子旅 in 東海【名古屋サプライズ編】
お久しぶりです。無事に国家試験が終わりついに待ち望んでいたこの日がやってきました。
2月21日…
そう!!私の!!誕生日!!!
そうです。私の22歳の誕生日なのです。
愛してやまない嫁が「卒業旅行行かない?」と誘ってくれただけで天と地がひっくりかえるほど嬉しかったのに、日程の調整をしている最中に、「バースデー旅行になるけどいい?」とわざわざ断りを入れてくる嫁。
いいに決まってるじゃん!!!
ハア〜〜〜もう本当に好きですね。こんなに幸せな旅行があっていいのでしょうか?…いいみたいでした。神様ありがとうございます。今死んでも悔いはありません。
というわけで、一生の思い出となったこの旅行を前編と後編に分けて書いていきますので、お付き合いよろしくお願い致します。
【1日目】
夜行バスに乗り込むところから旅は始まります。初めてゆったり4列シートを選択したのだけれど、特に驚きはなく気持ち足元広いかなーって印象。フットレストには素直に感心しましたね。2回あるトイレ休憩も隣の人に怯えて行けず、死ぬ思いで名古屋へ到着。
到着してからは行きたいお店の営業時間まで1時間ほどあったため、漫喫で時間をつぶしました。私は無機質なお店しか入ったことがないので、びっくりしたのですが「亜熱帯」ってお店がなんとも民族的というか、儀式とか始まりそうな空間で圧倒されました。ナンダコリャ。
名古屋へ夜行バスで行く人は是非寄っていただきたいです。こんな漫喫、他に見たことない!!!
さて、開店時刻に合わせて移動します。方向音痴の私、目的のお店へ向かうのですが…
分からない!!メイチカ is どこ!!!
知らない土地の駅ってだけでダンジョンなのに、Googleマップって駅構内のお店には弱いから困っちゃいます。駅の外のお店の方が近い説ある。名古屋の方々のお力を借りてなんとか到着。
エビフライサンドが有名なモーニングのお店「コンパル」です。名古屋はモーニングが有名と聞いていたのですが、小倉サンドやゆでたまごにあまり惹かれなかったためこちらへ。店内は満席だったので店員さんに「相席されるなら早く案内できますよ」と言われましたが、完全にひよった私。知らない人とご飯食べるなんて経験はいくらでもしてきたはずなのに…。
そんなこんなで熱田神宮へ向かいます。私はパワースポット大好きマンなのでとりあえず神社向かいがちなのですが、調べてみたら伊勢神宮に次いで格式高い宮らしくテンションが上がりました。名古屋にそんな素晴らしい場所があるなんて!知らなかった!名古屋最高!
こころの小径という本宮の裏側へ通じる道があるのですが、そこも本当に良かった。水を司る神様がいる清水社や、神様の荒霊を祀ってある一之御前神社があるのですが、前日雨が降った影響もあるのかマイナスイオンの源か?って思うほどのパワーを感じられました。平日の朝という時間帯もあってか人も多くなく、ゆっくり回ることができたので心底オススメしたい。
熱田神宮ではあまり見たことがないようなお守りがありました。女守(なでしこ)や、男守(ますらお)の他、こころ守も。いくつもあって悩みに悩んだ末にこちらを購入したのですが、私自身も大和撫子のように真心と輝きとやさしさが持てるように精進していけたらいいな。
熱田神宮で心を洗われた後は、岡崎に向かいました。この岡崎という地、何があるの?と聞かれたら返答に困ってしまうのですが、私の大好きなYouTuberの東海オンエアの聖地なのです。
東海オンエアにハマり始めたのは11月の末頃なのですが、最初は視聴回数の多い動画や面白そうな動画を見るだけだったのにいつのまにか控え室(サブチャン)やまとめまで見始め、気付いたら毎日の楽しみに…。
てつやがラジオ体操をした「てつや公園」
数々の動画が撮られた一大聖地「岡崎城」
会えたらいいなとあわよくばどころかめちゃくちゃ思いながら行きましたがやっぱり会えず。受験期で死んでいた夢の中では2回も会えたんだけどなあ〜としょぼくれながら、帰りはからあげグランプリ金賞を連続受賞している「暴れん坊チキン」さんの唐揚げをむしゃぶりながら帰りました。甘いタレがすごく美味しかった。
そうしてようやく大天使ぺこまるちゃんとの再会を果たします。時刻にして15:30。もはや1日終わりかけてますが、私の1日はこれからです。1年半ぶりに会ったけど相変わらず可愛いいいいいいいいと愛でそうになるのを抑えて「久しぶり〜」と気持ち悪く笑みを浮かべました。拙い画力で嫁の可愛さを再現したのでご覧ください。
んぎゃわいいいいい(画像荒い
待ち合わせの名古屋駅から電車に揺られて40分。予定通り犬山城・城下町に向かいますが、びっくりするくらい閉店モード。慌てて一通りの店を見て、本町茶寮さんでインスタ映えしそうなアイスを買いました。
閉店間際の城下町では他にも何店舗か営業していましたが、観光客(主に女子)が恐ろしいほど、このお店に引き寄せられてました。恐るべしインスタパワー。げんこつソフトや五平餅も美味しかったです。この後は犬山城や三光稲荷神社へ向かいましたが、営業時間を過ぎていたため特に観光らしい観光はできず割愛。
そして、愛知県を離れ、三重県の四日市市へ工場コンビナートを観に行きます。初めての工場夜景でワクワクしていたところ、嫁に「自分の中の男が反応するよね」って言われて確かに〜となったのを覚えています。閑散とした駅では猫ちゃんがお出迎えしてくれました。
は、え、可愛すぎでは???
私の元へ何のためらいもなく乗ってきた猫ちゃん。こいつ…かなり…遊んでやがる…!私はこういう心の中に土足で踏み込んでくる男を好きになりがちなので、優しくしてもらえると見抜かれていたのかもしれません。少しの間暖を取った猫ちゃんは満足したのか颯爽と去って行きましたが、無人駅に残された私達は「ヤリ捨てされたわ…」と腑に落ちない気持ちで歩き始めました。
10分ほど歩きこんなところにあるのか?と疑問に思いながら、ようやくたどり着いた四日市コンビナート。近づくにつれて垣間見える光にキャーキャー騒いでいたけど、やっぱり間近で見るのが一番ですね。こんな時間まで輝いている光を見ると、東京のビル街を思い出してしまいます。皆さま、いつもお勤めご苦労様です。
↑嫁ちゃんの使ってたミラーレスの画質が良すぎてiphoneじゃ限界があるのだなあと感じ始めました。
21時過ぎに名古屋へ帰ってきて、ここでようやく名古屋らしいものを食べれます。味噌カツ?名古屋コーチン?天むす?そうですね、正解はまるやさんの「ひつまぶし」です。ひつまぶしは①そのまま食べる ②薬味と食べる ③出汁をかけて食べる という順序があるみたいなので、その通りいただきます。
んまーーっっ!!!!!!
あまりの美味しさに腰を抜かしそうになりました。ご飯200gにビビって小さめサイズを選んだのを後悔する美味しさです。私たちはご飯を目の前にすると偏差値2になってしまうので「いくらでも食べれる」「ここに住みたい」などと言い合いながら、減っていくひつまぶしを惜しみながら完食しました。
お腹も膨れたことですし、ホテルまで移動します。その道中で私が目を離したすきに嫁が男にナンパされているという困難がありましたが無事に到着。嫁にチェックインしてもらってお部屋へ入ると、そこに広がるのは…
意外と小さい部屋でした。厚かましい私は誕生日サプライズにベッドに風船が飾ってあるものだと思っていました。でもよく考えたら今日は誕生日ではありませんでした。内心ガッカリしながら、ベッドにダイブ。立っていることすら嫌なくらい疲れていたのです。
↑後でヘルスケアの数値を見て驚きました。
テレビを見ながらスマホをチェックし、すきあらば時刻を確認します。…あと1分。ただ祝ってもらうだけなのにこういうのって変に緊張しますよね。よく分からないけど同じような理由で年越しも苦手です。でも、誕生日になる瞬間に誰かと一緒にいるなんて経験は21年間生きてきてしたことがなかったのですごく楽しみでした。
そして、時刻が0:00へと変わった瞬間!!!
特に何も起こりませんでした。当たり前に誕生日LINEなど届きませんし、嫁はテレビの内容に関して私に話題を振ってきましたが、私はそれどころではありません。
忙しかっただろうし忘れちゃったのかもしれないと思考を巡らせ、でもちゃんとおめでとうって言って欲しい…自分から言うか…?気付くまで待つか…?と葛藤しているうちに、その音はなりました。
コンコン。ドアをノックする音です。
嫁がドアを開けると、ホテルのスタッフの方がフルーツタルトを持って立っていました。その瞬間、誰もが思ったことでしょう。「遅い」と。色とりどりに飾られたフルーツの真ん中に載せられたチョコプレートは、ハッピーバースデーと書かれてあり、疑うことなく私の誕生日をお祝いしてくれています。私はケーキを見て誕生日なんだなぁ、ってしみじみと思いました。
↑ケーキだけかと思ったら誕生日プレゼントまで!デパコスって定番かもしれないけど、女の子って肯定されている感じがしてすごく嬉しい。
後で嫁と話をした時に「0時に来てくれるようお願いしたのにー!」と悔しがっていました。それから緊張が切れたかのようにお互いの葛藤していた話を口早に言い合ったり、「こんな大きいケーキどうするの!?」と言いながら深夜にケーキを頬張り、なんやかんやありながら3時頃就寝しました。これで1日目は終了です。
後編へ続きます。