ほんとはどこにだって行けるんだ

旅の日記とか映画とかとか

映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」感想。1位不在の私の好きな映画ランキングが数年ぶりに更新された。圧倒的1位だと思った。

ただの一目ぼれでした。

黒木華ちゃんは大好きで、「リップヴァンウィンクルの花嫁」の窓から外を見ている華ちゃんの広告を見た時から、淡々とした静かな空気感を持ち、飾らないノンフィクションさを感じさせるイメージ、奇をてらわないシンプルなビジュアルにとても惹かれるものがあり、「あ、絶対観よう」と思ってました。
ちなみに、私が観る前に得ていた情報は広告のビジュアルだけであり、華ちゃん以外に誰が出ているのか、どういうストーリーなのか何も知らずに観ました。

 

私、映画は週1で見てて、たくさんの映画を見てきたつもりなんですが、「面白い」という感情がなくなってしまったのではないかと思うくらい、つまらないなあと思うことばかりで、もう二度と「面白い」と思える映画に会えないのではないかと失望していたんです。
「映画のおすすめ教えて」と言われ、お得意の八の字眉毛を披露した後、「ない」と頼りなく答えるほど、「私の好きな映画ランキング」は2位以外なにもランクインしていませんでした。あとは「好きかな」と思える映画が5作品くらい10位に入ってるような非常に寂しいランキングでした。(ちなみに、2位は「千と千尋の神隠し」です。)
この映画を観るまでは。

 

 

この映画、3時間あるんですよ。
長いんですが、その長さが全然気にならないくらい、何度も「どうなるの?」という興味が押し寄せてきて、飽きません。

なにより美しい。
ちゃんと大衆のことを考えた純文学や大人向けの絵本を見たような、美しさでした。純文学って、文章が美しいだけで、ストーリーが面白いことってあまりない気がするんですが、この作品はストーリーもちゃんと面白い。全部説明していないから、見終わった後、想像させられて、その想像させる楽しさ含めて、面白い。
綺麗な景色をたくさん詰めた作品はいっぱい見てきたけど、詰めすぎて、非現実さを感じてしまい、映画の世界に入り込むことができないことが多く、映像が綺麗で、どこか芸術さを狙った作品は信用していなかったのですが、この作品は映像の美しさが、とてもとても丁度よかったです。主人公に不幸要素を持たせすぎて、非現実さを感じてしまい、これまた飽きてしまうことも多いのですが、ストーリーにおける不幸さも丁度よく、なおかつ現実的で、不幸になってしまう理由も違和感ないように作られていました。登場人物も奇抜すぎず、でもちゃんと個性もあって、「ああ丁寧に考えられた作品なのだろうな」ということがどこのシーンを切り取っても感じられて、安心して観ていられました。
ずっと眺めていたいと思いました。

ウエディングドレスの使い方でさえも、ウエディングドレス本来の美しさを越えて美しいんです。ウエディングドレスに憧れたことがなかったのですが、初めてウエディングドレスって良いなって思いました。

そして、あの死に方。私が知っている中で一番美しい死に方なんじゃないかと思いました。死にたいと思ったことはないんですが、こうやって死ねるなら、死んでもいいやって思ったほどでした。いや、誰もやって欲しくはないけど。

 

主な登場人物が、黒木華ちゃん以外だと、綾野剛Coccoがいるんですが、華ちゃんは華ちゃんをイメージして作った作品なだけあって、ピッタリだし、華ちゃん以外のキャストは考えたくないと思えるほどでした。綾野剛は、怪しいけど、いい人そうな雰囲気にピッタリだし、Coccoは、もはや本当のCoccoなのではと錯覚するほど、適役でした。3人以外のキャストの演技力もさすがで、完璧か?と思えるほどの作品に仕上がってました。

 

ガンダムの小ネタを入れて、ちょっと遊んでる要素があったり、そもそも「リップヴァンウィンクル」とは、アメリカの小説で、アメリカ版浦島太郎のような物語だそうで、浦島太郎と知った時、「ああ、なるほど」と思える物語の不思議さもあって、いやほんとうに完璧だなと感心しました。
監督・脚本の岩井俊二は、ものすごく映画が好きな人なんだなと思ったし、岩井さんの他の作品も見ようと決めました。

 

私は弱い方の人間だから、華ちゃんにもCoccoにも感情移入をしてしまって、セリフ1つ1つに「大丈夫だよ、わかるよ」と頷いてしまうほどでした。「幸せ」という文字を考えてしまうセリフがたくさんでてきて、別に結婚が幸せなのではなく、誰かの傍にいてくれるということが幸せなのではないかと私は勝手に思いました。

 

DVD買おうか迷ってますが、とりあえず、18年10月6日(もうすぐ)に文庫本が発売するらしいので、発売日に買ってやろうと決めました。

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」感想。ちょっとだけ熱く語ってみたくなる。

こんなにも伏線を回収しまくる映画だと思っていなかった。あまりにも細かすぎる伏線たちに脱帽した。もしかたら気づいていない伏線もあるかもしれない。

 

タイトルだけで想像するに、ただ「愛」が気持ち悪いほど、綺麗に並んでいる映画なのだと思っていた。そういう映画も自己満足なだけの愛もお腹いっぱいだったのだけど、ただ出演者が好きだというだけで見た。

 

違かった。「愛」がテーマだということは、最初から最後まで、どこを切り取ってもわかるレベルだった。ただ気持ち悪くはならなかった。張り巡らされた伏線をものの見事に、人間の弱さと強さを描きながら綺麗に回収していたし、何より、ラストの伏線回収が笑えた。泣ける映画だと言われているけど、どうせ私は泣けないと思いながら観た私がバカだった。泣くんじゃなくて、笑う映画だった。ここ5年くらいで私が観た映画で、ここまでラストに驚かされた作品はないってくらい衝撃的だったけど、納得できるラストだった。

 

この映画、最初に現れるのがまさかのブラジャー。そのまさかのブラジャーまでもが伏線だとは思わなかった。そのブラジャーという小道具の使い方やブラジャーという伏線の回収の仕方が、とても美しかった。とても好きだと思った。伏線回収するそのシーンの杉咲花ちゃんの演技力に、感動して、息をするのを忘れるほど同情と尊敬が同時に押し寄せた。この映画のラストが、5年くらいで観た映画のマイベスト衝撃的展開1位なら、花ちゃんのブラジャーのシーンは衝撃的展開2位だと思う。
花ちゃんの優しそうな声は、ずっと聞いていたくなる魔力を持ってると思う。花ちゃんは私にとって、とても馴染む存在だ。簡単に言えば私は花ちゃんのファンだから、ちょっと誇張されたランキングかもしれない。

 

不幸要素詰め込みすぎじゃないだろうか?ラストまでそう思って冷めた目で見ていた私だけど、ラストが面白いラストだっただけに、湯を沸かすほどではないが、この映画ちょっと気に入ったなと思うくらいには熱くなった。

 

 ちょっとは熱く語れただろうか。

映画「グッドモーニングショー」感想。「それから?」なオチは私の想像を浄化させてくれない

「グッドモーニングショー」を観終わって、すぐ思ったのは「終わり方」でバズっていた、先週最終回を迎えたドラマ「花のち晴れ」のこと。つまり、観たかったものが観られない終わり方。ラストシーンは絶対これじゃなかった方が良かったという確信。「それから?」と言いたいのは視聴者の方だ。

 

「グッドモーニングショー」の予告を見て、私は「面白そう」と思えた。「どちらかというと運がない方の平凡な人生を送っていた人が、いきなり"主人公"になる」みたいな映画やドラマって、たくさんある。学校イチのイケメンからなぜか告白されるとか、難解な事件に巻き込まれるとか。みんなそういう主人公というか、ヒロインやヒーローになることへの憧れがあって、私もその内の1人で、そこにあるワクワク感や日常が一気に輝き出す感じは、見ていて、とても楽しいし、面白い。私にもそういう時が訪れないかなと希望に満ちてしまう。多分、ないだろうとわかっていながら。

 

つまり、私は結構期待していた。期待しすぎてしまった。
「グッドモーニングショー」というタイトルなのだから、「朝のワイドショー」という明るさが取り柄のテレビ番組ということをもっと上手く使って、コメディーチックに笑い要素を詰め込んでくれるのかと思いきや、主人公は真面目に喋るおじさんなだけだし、犯人が犯人になった理由もしていることもただただ地味だった。

 

何よりオチである。
「朝のワイドショーを作る」という仕事がとても魅力的だったために、ちょいちょい現れる家族が私には蛇足だった。邪魔だった。なのに、この映画は「家族がテーマだったのよ。何より夫婦愛なのよ」と言わんばかりに、夫婦で終わってしまった。せめて、息子くらい置いておいて欲しかった。
私は、「グッドモーニングショー」で何かを語る主人公をオチとして予想していた。きっと「それから」にはあったはずの主人公のセリフを私は聞きたかった。事件に巻き込まれた後、何かが変わった主人公が見たかった。
私は「それから」が見たかった。

 

頼むから、私の想像くらい浄化させてくれ。

 

 

グッドモーニングショー
 

 

映画「僕の初恋を君に捧ぐ」感想。映画と主題歌の素敵な関係性

「花のち晴れ」を観ていたら、井上真央ちゃんが懐かしくなって、観ちゃいました。

 

僕の初恋をキミに捧ぐ スタンダード・エディション [DVD]

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ほぼ観終わった時点での
原作を知っている私の
この映画の感想は主に以下3点で構成されていて

 

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(マウスで描くの難しすぎる)

 

 

「泣ける」と聞いていたものの
「結果知ってるし、この程度で泣く私じゃないわ」となぜか冷めた目で見てたため、誰がどうなろうが泣けなかったのですが、

 

ラストのラストの本当にラスト

 

私に不意打ちしてきた人物がいるんですよ。

おかげさまで泣いちゃったじゃないですか?

どうしてくれるんですかね。

 

 

 

 

 

平井堅よ。

 

 

 

 

はい、つまり、主題歌です。
エンドロールの主題歌にやられました。

 

「さよなら」から始まるサビに、バカじゃないの私?って思うくらい泣きました。

さよなら、ありがとう、好きだよ

ってきて、最後に「バカだな」と歌っちゃう平井堅の歌詞力凄くないですか。
だって「バカだな」ですよ?愛おしさですか。愛おしさが溢れちゃってますか。愛おしさと切なさと心強さですか。最強じゃないですか。

 

違う曲でいうと「私のお墓の前で泣かないでください」と同じ意味だと思うんですよ。それを、「泣くなよ、バカだな」ですよ。「私のお墓の前で泣かないでください」も直球でシンプルで好きなんですけど、「泣くなよ、バカだな」の壮大にシンプルで、想像してしまうイメージ映像のキラキラ感がすんごく素敵だと思うんです。語彙力ないのが悔しいくらいです。

 

何も調べてはいないので、想像でしかないんですけど、
平井堅は、この映画の台本もしくは原作の漫画を読んで、この歌を作ったんだと思うんですよ。ここまで映画の世界にぴったりの歌を作れることに羨ましいを通り越して、尊敬したし、CD買おうかと思ったし、Youtube平井堅の曲聞きまくちゃったし、もはや数日でファンですよ。

どうしてくれようか平井堅

 

主題歌に感動した映画はこれが初めてじゃなくて、「永遠の0」という名作が最初で、この作品が記念すべき2作目なんですが。結構映画観てるのにまだ2作しか出会えてなくて、自分の好き嫌いの強さにビックリしているんですが。エンドロールが良いと「観て良かったな」と思う気持ちが上がるんですよね。映画館とかでエンドロールで帰っちゃう人いるけど、あれ勿体無いと思いますもん。ほんと勿体無い。エンドロールでNGシーン出したり、名探偵コナンみたいにエンドロールの最後に「その後のちょっと」を入れてくれる映画もあるわけじゃないですか。全世界のエンドロール中に帰る派の人は1回ちゃんと最後まで観た方がいいですよ。本当に。お節介じゃなくて。本当に勿体無い。

 

映画は「総合美術」だと思って観てる私は、音楽を作れる人も映画を作れる人も尊敬しかしてません。音楽と映画って作り方って違うじゃないですか。どっちも作ったことないので、詳しくはわからないんですけど、多分、頭の使うところとか色々違うと思うんです。なのに、どっちもどっちの邪魔にならないで、映画の景色や内容にぴったり当てはまってしまうのを観て聴いてしまうと、この映画も音楽も作り出せる時代に生まれたことに感謝してしまうほどで。

 

いやもうほんとなんで作れるんだろう。すごい。

僕は君に恋をする

僕は君に恋をする

 

 いやもう本当にありがとう。

映画「何者」感想 ー「何者かにならなくてはならない」という呪いについて考えたー

精一杯背伸びして黒いスーツを着た、たくさんの人たちが同じ目をしている。
同じような綺麗に飾っただけの言葉を口にし、
同じような誇張された武勇伝を慣れた笑顔で話し、
同じような輝かしい未来への希望を熱心に語っているのに、
本当は自信も希望もどこにもないのだと諦めた目。

 

黒いスーツの群衆は
気持ち悪いほど大量生産されていく。
見た目の個性を消されて、
みんな揃って同じ方向へ歩いていく。
黒が正義のこの国は、
真っ黒の闇しかない世界に取り込まれてしまったのではないかと
希望がどこにも見えない。

 

この映画の就活部分の黒い映像の対比として描かれていたのが、
菅田将暉のバンドの部分と佐藤健の演劇の部分。
個性の世界の中にいる彼らは、キラキラと輝いて見える。

そのコントラストがとても美しいと思った。
だからか、
佐藤健が演じる主人公の闇や人間の弱さを描いた部分も悲しいというより、
美しいと思えた。

 

若者たちが「自分の価値」を模索する中、
先に生まれただけの人たちは
若者たちがどうにか絞り出した「自分の価値」に順列をつける。
「学生」以外の何者でもなかった若者たちは
「論理的に話せる」とか「リーダーに向いてる」とか
そんな平凡な言葉でしか表すことができないのに
「何者」かにならなくてはならない。
それが「自分の価値」だから。

 

まだ「何者」にもなれていない私は思う。
どうしたら「何者」かになれたことになるのだろうか。
そもそも「何者」かになる必要はあったのだろうか。

 

私たちは
色々なカテゴリーに属している。
人間であるとか女であるとか母であるとか会社員であるとか。
だけど、「何者」というのは
そんな平凡なありふれた言葉じゃダメだと
どこかからか流れてきた空気がいう。

じゃあ何だったらいいのだろうか。
どこかの企業の社長にでもなれたらいいのだろうか。
いっそのこと総理大臣にでもなれたらいいのだろうか。
その最上級に見えるカテゴリーは
本当に「自分の価値」を表してくれているのだろうか。

 

生まれて、生きていて、そこにいるっていうだけで
もう十分に価値がある
と誰かが優しい笑顔で言っていた。

 

本当にそうなのだろうか?
生まれて来たからには「何か」をしたい。
そう使命感に駆られてしまっている
脳の発達した動物である私たち人間は
多分、今日も「何者」かにならないと、気がすまない。
しょうもない呪いだ。

 

でも「何者」かになれた人はどれだけいるのであろうか。
多分、誰もいないのかもしれない。


平凡こそ幸せだと思う私は
平凡でありふれた言葉で自分を表しながら
毎日それなりに楽しく生きている。
少し諦めた目をしながら。
それでいいのだと思える。

 

大丈夫。
何者かになれなくても、
自分の価値がわからなくても、
自分を受け入れてくれる世界はちゃんとあるし、
その受け入れてくれた世界で
ちゃんと生きていれば、
大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせながら、
このまとまりのないブログを就活生のエールにする。

 

何者

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何者 (新潮文庫)

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映画「ピース オブ ケイク」感想 ー非リア充な私は死んだ顔をしながら観たー

私は恋愛映画が好きじゃない
ということに気づかされた本作品。

 

あれ。
でもおかしいな
少女漫画は好きなんだけどな。

ということで、
何が嫌だったのか探ってみることにする。

 

設定は無難。展開も無難。キャラクターも無難。
そこらへんにいる人のそこらへんに落ちてる日常を切り抜いた感じ。
なんでこれをわざわざ映画にしたんだろう?と思えるレベルの無難な日常。
多分、無難な日常の美しさ的なものをテーマにしたかったんだろう。

多部ちゃんと綾野剛の演技力の良さが
さらにその日常感を上げてしまっていて、
なんで私はそこらにいるリア充の日常を見せられてるんだろ?
勝手にラブラブしておけよ。
リア充爆(ry
と非リア充の私は死んだ顔して観ることになってしまうんですね。

 

さらに、「キュン」がない。
ここが一番の問題だと思う。
私がなんで少女漫画が好きなのかというと
私の日常に一切ない「キュン」がそこにはあるからなのですが
この映画には見当たらない。

せっかくの主人公片思い期間が何より問題。
もう少し綾野剛光宗薫をラブラブさせて
主人公の嫉妬心でも絵描けばいいものを
おとなしい主人公は諦めモードでつまんない。
光宗薫が恋愛にクールな役すぎて張り合いがない。

一緒に帰ってるシーンも
主人公にモジモジでもさせてれば可愛いのに、
主人公と綾野剛のコミュニケーション能力普通すぎて、
「まあそうなるよね」の嵐でした。

両思いになってからも
濃厚キスが目立ちすぎて
気持ち悪いとさえ思ってしまう。
多部ちゃんと綾野剛じゃなかったら
DVD消してたわ。

 

そして最後。
無難に終わりました。
もういいよ。
勝手にやってろよ。
と死んだ顔した私はDVDを消しました。

 

あ。
松坂桃李のオカマ役は良かったな。

映画「黒崎くんのいいなりになんてならない」は、もっと黒崎くんのいいなりになって欲しかった

序盤の序盤の序盤の最初の数分で、

「いや待てこら」と独り言を発した作品は、これが初めてでした。

 

黒崎くんの言いなりになんてならない 通常版 [DVD]

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「黒崎くんのいいなりになる」という
重要な場面を回想として登場させてしまったのが、
この映画の最大のミスだと思うんです。

 

イケメン2人にキスをされるところから始まるんですが、、、

いやいいよ?別に。
最初のインパクトは重要だしね?
「なんでこうなったのか」を説明するのはしょうがない。
映画は2時間しかないもんね。

でも私、この映画の原作の漫画知ってるんです。
ちゃんと読んだんです。
キーキー言いながら、黒崎くんのいいなりになってしまうヒロインが可愛い漫画なんです。

え?そこを回想?
え?なんで?
このタイトルで!このタイトルで!!??
本当に黒崎くんのいいなりにならないつもり?
まさかの?
いいなりになるのがこの作品の重要なところじゃないの?
ダチョウ倶楽部もびっくりだよ。
上島竜兵が熱湯風呂に落とされないのと一緒だよ。

 


ねえ、ちょっと良い感じにピアノ弾いてる場合じゃないよ。
かっこよくバスケしてる場合でもないよ。
その綺麗なシーンより中島くんのSっぷりと千葉くんの王子様っぷりを見せてよ。
無駄遣いでしょ。中島くんと千葉くんの! 

 

と思ったら、映画では回想になってしまった
「黒崎くんのいいなりになる」最初の部分が
なんと別にありました。

 

 

 

 

えー