80年代生まれとして、政治について思うこと

最近のTVやネットの動画を見る機会を通して、現在の状況をどう捉えて良いのかと思い悩む日々が続いています。愚かにも政治的無関心な私に対して、否応なく政治的な関心を抱かせるきっかけにもなりつつあります。そういった意味においては、今回のような国会のありようは、一定の役割を果たしたのかもしれません。

正直30歳代になった私は、多くの場合主義主張をもたず、状況に応じて、政策的によいと思う政党に投票しています。世論調査でいうところの無党派層かもしれません。特徴としては、最近の若者はダメだと言われた世代でもあるでしょうし、バランス感覚には富んでいると言われた世代でもあるでしょう。実際右翼でもなければ、左翼でもなく、ただ日本の国が今後も良い方向に歩んでいくために、どういった政策がいいか、現実的に考えていく感じなのでしょう。

そんな中、若者の右傾化ともとれる状況を横目に見ながら、左翼的な立場をとる野党の愚かすぎる質疑に失望感を覚え、その援護射撃を繰り返すだけの一部のマスコミに対しても、信頼感を失いつつあります。正直申し上げて、法律違反ではないことに、多くの血税を使い、国会質疑時間を割くのはやめていただきたい!万が一友達に便宜を図ったとしても、法律の範囲内であれば、それでいいのです。必要なら、友達優遇禁止法案というべきものを与党時代に作らなかった現野党の責任も痛感していただきたい!

あえて言いますが、私にとって、日本の第二次世界大戦への参戦は、どのような大義名分があったにせよ、国民的議論やそのコンセンサスを十分に得なかった点を含め、すべきではなかったし、反省すべきと考えています。またそれにより被害を受けた諸外国に対しては、戦後一貫して謝罪してきていますし、今後は国際協調の枠組みの中で、世界有数の先進国として、世界の平和のために必要な立場をとっていきたいと考えています。

しかしながら、そんな中で、北朝鮮の状況に対しては、広義の自衛的な意味においては、必要な措置をとるべきでしょうし、国際的犯罪集団に対しては、その資金を得る目的で収益を上げることについて、国民の自由を制限してでも、規制を行うべきだと考えています。又自衛隊についても、国際協調、自衛や被災者支援などから、限定的に憲法的裏付けを整備する必要があると思います。さらには、「国や家族のため」と戦地に赴いた祖父らに対しては、我々日本人の未来のために命を投げ出したという意味において、戦争の良し悪しは別にして、最大限の感謝と哀悼の意を伝えたいと思っています。

私たち1980年代生まれの人間として、最近の若者はダメだと言われながら、それでもバランス感覚には富んでいるとも言われてきました。だからこそ、良いものは良い、悪いものは悪いと、決して右左二元論に陥ることなく、一つ一つの事象を捉え、冷静に両者の意見を聞き取り、現実的路線を模索していきたいと考えています。

そのような中、リアリストと呼ばれる人がメディアに登場してきています。大いに期待しています。きっと彼女彼らは、なかなか結論を出さないかもしれませんが、それは、全ての意見や立場を聞き取ることが判断の材料に必要と考えるからでしょうし、きっと持論に誤りがあれば訂正し、二元論に陥らない立場を示してくれると信じています。

私たち国民は、意見の異なる相手に耳を傾け、意見を尊重し、必要に応じて、それを持論に取り込んでいける柔軟な人たちと信じています。

 

あと、、、少なくとも政治家には、日本の伝統や歴史が大好きな人がなってほしいです。その上で、革新的な立場や保守的な立場をとってもらう分には言うことはありません。。私は日本の歴史や伝統が大好きです。