恋愛

「これから本当にいろいろ大変だけどよいの?」と彼は言った。
病気になって考えたよ。投薬中は人生における重大事は考えるなと言われたけど。
「だけどずっと考えてた。一緒になるまで本当に大変だけど頑張ってみる?」


アレコレ考えたけど、結局出した答えは。一言。

「はい」

二ヶ月ぶりに

「棄てちゃえば?」と彼は言った。

昨日、久しぶりに彼と会った。
水曜日に彼から「だいぶよくなったから会わないか?」というメールがきた。だいじょうぶかなと思いつつ約束をして、当日、やっぱり仕事で予定より2時間遅れ。いつもどおりと思う。それがなんだか嬉しかった。

思ったよりも全然「普通」で、壊れたどころか病んだ感じすらしなかった。ある時点までは。やたら「自分が私の目にどう映るのか」を気にするところや、人ごみを避けたがるところなんかが、違うと言えば違うのだけれども。
いろいろな話をしながらご飯を食べる。美味しかったけど、食欲が全くなかった。胸がいっぱいで。彼の姿を見ているだけで。
「先週までは本当に酷くて、見せたくなかったよ。だから会えなかった」 

帰り道、泣くつもりはなかったけど、涙があふれて仕方なかった。彼は私をみつめて「以前は、そうやって君が泣くと“どうしたら気を静められるだろう”って一生懸命考えていたけど、いまは“あー泣いてる…”という感情しか浮かんでこないんだ。心が平坦なんだよ」と淡々と話した。それはむしろ傷口をさらけ出しているように、私には見えた。彼の痛みに貫かれるようだった。

手をつないで歩いた。

「なにも考えることが出来ないんだ」彼は言った。自分で考えることができなくなっているから何も決められないんだ。そうなんだ、と私は自分の足を見つめた。定時の薬を飲んだ後、彼の言葉の抑揚がおかしくなってくる。子供のように単純な声だ。「棄てちゃえば?」
「え?」
「いまは第三者の僕がしゃべっているんだけど…、本当の僕は考えることができないからね。第三者の僕から見て、こんなの、棄てちゃえば良いのにって思った。思ったらすぐ言葉に出ちゃうんだ、いまはね」
涙を止めることができなかった。わたしはね、となるべく語尾が震えないようにして私は話した。
「しつこい性格なんだ。自分で決めたことだから」
彼の表情はマスクのせいで読み取れない。底光りしつつそれでいて何も見てない目を、私は見つめた。好きだからしょうがないぜ、とかろうじて言葉をちゃかして。彼は握った手を何度か強く、それは確かに合図のように。

駅の改札まで送ってくれた。「僕はねーそんなに壊れてないよ、だからだいじょうぶだよ」と抑揚のない声で彼は私を見た。透明な目の奥をじっと見据えると、また涙がでてきた。手足をもがれた人形のような彼がそこにいた。手を振って、後ろを見ずに帰ろうとしたけど、一度だけ振り返った。彼はそのままの姿勢で私を見ていた。

分岐点

引き返せることができるポイント、というのがある。

これを超えたらいくところまでいってしまうな、という分岐点のようなものは、誰かとつきあっていればなんとなく見える瞬間があるものだ。見えてしまえば、つまりそれは通り過ぎたということになる。だからたいていは「あああそこだったのか」とぼんやりと思い出すのが関の山だ。

私の場合。彼から電話が来た、あの時点が分岐点だったなとまたもや後からわかってしまった、という。あのときなら、引き返すことも、別の道を選択することもできただろう。事実、そういう道も見えていたんだし。ところが実際はこのていたらく。つまりもう戻れないし別の道を行くことができなくなっている、そういうわけ。

ストーカーくんのこと7

やっとストーカーくんから終息宣言がきました。
「お前が嫌いなら俺も嫌いになってやる!」だそうで、まあ動機はなんであれ、とにかく諦めてくれさえすればそれでいいんです。ええ。

ああ久しぶりにゆっくり眠れそうだ。

彼の帰還

先日は私の誕生日だった。

その日、友達と日比谷界隈を歩いていて、彼にそっくりな人を見つけて、心臓をわしづかみにされたような気になったのが、予兆といえば予兆だったのかもしれない。

前日に彼から「誕生日、なにもできなくてごめんね」というメールが来ていた。キニスンナとレスをして、当日。また彼から「なにもできなくて本当にごめん」というメッセージが来た。だから私は「ごめんよりもオメデトウで」と返した。今日、日比谷にいなかった?

そうしたら彼が電話をかけてきた。「オメデトウ」と声が震えていた。

誕生日にはいつも泣いてしまう。私は。それはかなしいことがあるからではなく、ここまで生きた時間やそして(自主的に止めたりあるいは超自然的な力によって止められたりしない限り)不如意な「時間」は連綿と続いていくことなどを考えてしまうからで、そうなると泣くしかない。ただ今年は外部にさまざまな面倒ごとがあったので、内的要因に左右されている余裕すらなく、泣かずに過ごすことができていた。これは幸いなるや?(余談だが私の母はちょうど更年期を迎える頃に、私が躁うつ病を発症し大変な事態を起こしたため、更年期をマンキツする余裕がなかった、といっていた。いつの間にか終わっていたそうである)ちょっとほっとしたような淋しいような物足りないようなそんな気持ちであと数時間。誕生日が終わるはずだった。けれど。

彼の声を聞いたらもう無理だった。ほぼ一ヶ月ぶりだろうか彼と直接会話するのは。泣けてしょうがない。「ほら、やっぱり泣いてた。俺はいつも泣かしてばかりだね」ちがうよ、と私は答えた。「うれしくて泣く場合だってあるよ」それは、と彼は応じた。「俺にはわからないよ」

ふたりしてビービー泣いててしょうがないね、と彼は笑った。

何で泣いてるの?彼に尋ねると、今度会ったときに話すよ、といつもの口癖。「少しずつならしていくよ、だから、また少しずつやっていこうよ」彼はつぶやいた。時間つくるよ、また、電話するよ。ムリシナイデネと私は告げた。「そう」と彼は言葉を切った。俺は今日、日比谷に行ってないよ。通話終了のボタンを押しながら、大きな渦に巻き込まれている——巨大なものに絡めとられている自分を意識した。そして。

友達に話した言葉をにがみまじりで思い出していた。「そんなの、向こうが連絡してこないんだから、さっさとさ、いい男見つけて乗り換えるぐらい考えてるよ。こっちは、自由なんだからさ。」わりと、冷静だし、なんていって。こうしてまた始まれば、同じことの繰り返しの日々かもしれない。それでも、思わずにはいられない。おかえりなさい。口の端で笑いながら、声に出さずに。

これをもって彼が「帰還」したのか、わからない。だけれども、私にとってその「みじかい永遠」は誕生日、最も嬉しい「贈り物」だった。ありがとう。そしてもう一度。おかえりなさい。

ストーカーくんのこと6

ひさしぶりにとんでもなく怖いと思った。

人が恐怖を感じるのは同じものを見聞きし体験を共有したにもかかわらず、その体験を「そんなことしてないよ」と否定されたり全然違うことを言われたりした時だと思うけれども、今回がまさにそんなとき。というわけで、結論から言えば、彼から逃げ切れてませんでした。まったくもって。

しかしびっくりしたのは一日や二日の記憶の錯誤は当然のことながら人間誰しもあるけれども、一週間単位で、しかも本人が心からそう思い込んでいるらしい様子が伺えることである。自己正当化のためだけにやっているというか…。嘘ついているのならばまだマシ。でも本気で信じ込んでいそうだから…ひたすら怖い。