人生は壮大なネタ作り

日頃考えていることを文章にしています。ごく稀に更新します。

言いたいことはありません。

少子化

少子化ということがずっと言われ続けています。もう30年近くなるんですかね、よくわかりません。子供を育てようという人が減ったと言われています。

 

出生率合計特殊出生率は2を少し超えたぐらいでないと人口が保てないといいます。その出生率は下がっていると言われています。本当でしょうか。下を見ていただければ分かる通り、出生「率」自体は上がっています。

 

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内閣府HPより

【結婚率】

もう一つ、子供が生まれる重要な要因となるのは結婚です。なぜか男性未婚率だけアップロードに失敗したので女性の分だけですが、未婚率は明らかに上がっています。妊娠確率は若いうちのほうが高いので初婚年齢の上昇も見逃せません。

 

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【2つを総合すると】

どちらかというと未婚率の上昇のほうが深刻なんだと思います。逆に結婚した人は子供を多く育てるようになっている傾向があるように思われます。

 

少子化の問題】

人口はその国の国力に直結します。そりゃ、多いほうが経済力も大きくなり、国際社会においてプレゼンスを発揮することができます。あんまり実感ないことも多いかもしれませんが、国際社会で発言力がない国というのは本当に理不尽な目にあいます。それがいやでこの国は明治維新したんですからね。2050年には日本はGDP7位になるという予測もあります。

 

【それほど問題ではない説】

ただ、GDP7位って世界基準でみたら相当な大国です。そりゃ、アメリカ追い抜きそうな勢いだったことがあるこの国から見たら凋落ですけど、すくなくとも世界の一角を占める国ではある。そして、相対的な地位は意外とあんまりそこから落ちない気がしているんですよね。

 

【世界、みんな高齢化する問題】

アフリカってそのうち高齢化社会になるの確実なのご存知でした?なるんですよ、遠からず。もちろん一定の間は世界人口の増加を引っ張るのはアフリカでしょう。だけどその後はアフリカも高齢化するんです。ちなみにアジアはだめです。もうだめ、東アジアは特にひどい。日本が一番マシなレベル。

 

【まとめ】

なにを言いたいかわからない文章になってしまいました。それもそのはず、言いたいことはありません。ただ、事実を整理してみたかったんです。少子化に対して。お目汚し失礼しました。

自由論

 就職活動のとき、僕も他の学生と同じように「自己分析」をしました。あなたはどういう人間で、なにをしたくて、そのためにどういう仕事に就きたいのか。問われました。その時の自分なりには考えて就職活動を乗り切りましたが、もやもやしたものが残りました。

 

 あれから色々考えました。なんで僕は今の職業についたんだろう、なんで僕は今まで勉強してきたんだろう、なんで今まで…

 

 一つ気がついたのは、「文句を言われたくない」という強い欲求だったのではないかと思います。好き勝手にさせてほしい。自由になりたい。

 

 小さいころから社会の同調圧力を感じていたのかもしれません。それはそうです。みんなそうでしょう。

 

 自分の思想にもそれが現れました。僕はおそらく世の中の中でかなりリベラルなたぐいの人間です。心の奥底で世の中どんどん変化していけばいいと思っているし、変えていきたい。もちろん理性で考えれば少し落ち着いた方が良いこともあるんですけどね。

 

 安全保障・歴史観だけ保守的な考え方を持ってきました。これは自分の属する日本という国が他国にとやかく言われたくないという強い思いだったんではないでしょうか。なんかこの国はサンドバッグにされてるような気がしました。抵抗しないから。それが嫌だった。しかも自分の主張を世界で強く言わない。

 

 こんな感じで自分もしくはその属する集団が好き勝手できないことが本当に嫌いでした。

 

 法哲学を学んだのもそれが理由だったんだろうと思います。自分を拘束している法制度を正当化させる価値観とはなんなのか学んでみたかったのです。

 

 役所に入ったのもそこが大きかったような気がします。法に縛られるだけよりは法を作る側になりたい。

 

 ワンピースが好きなのもそう、ワンピのキャラみんな自由。特に昔からガープ大好きです。

 

 ようやく今になって自己分析、できましたね。自分の生きる道が見えたような気がします。じゃ、もっかいJ.S.ミル読もっか笑

アカデミック

 newspicksで配信されている前シーズンのweekly ochiaiは極めてアカデミックな色彩を帯びている番組でした。アカデミックなことって大事なんだなということを最近すごく感じています。

 

 僕はどちらかというと実務の考え方があって、やはり現実を動かせないと嫌だ、というような考え方がどこかあります。それでもやはり、アカデミックな考え方の枠組みがあって初めて実務があるんだと思います。

 

 AIが人間社会を大変化させ、「シンギュラリティ」という特異点が来た後には人間は働かなくなるとさえ、言われています。古代ギリシアでは奴隷が労働を行い、人々は学問や遊びにふけりましたが、奴隷の代わりとなるAIの登場でそういった時代が来るのかもしれません。学問というのはそういった労働が極端に少なくなった時代においては最後もっとも価値をもたらすものになるんではないでしょうか。

リモートワーク

 これが世の中なんだなあ、と感じています。コロナウイルスです。いままで遅々として進まなかったいろいろなこと、特にオンラインに関することがすごい勢いで変化し始めました。特にリモートワーク。こんなものは外から無理やりやられないと本来変わらないものなのかもしれません。

 

 オフィスは欲しいですね。それは今回の働き方をしてみて感じました笑 やっぱり家はリラックスするために作っているので、働くのには向いていません。だからみんなマックとかカフェとか行くんですよ作業とか勉強するとき。

 

 ただ、オフィスが都心にある必要性がまったくないというのだけはわかったような気がします。基本的に仕事さえあれば地方で暮らしたい人多いと思うので、オフィスは地方に移しましょう。

 

 久々に東京に帰ってきたんですけど、この街生きづらいですね。大阪に帰りたい…

これ、いいよ。

 ご無沙汰です。初ガジェット記事です。別にガジェットマニアということではないんですが、わりとギズモード(https://www.gizmodo.jp/)の記事とかは読んでいます。ギズモード・ジャパンのYoutubeの動画も面白いです。網籐さんのとリチャードさん大好きです。道具の進化を感じると文明の進化を感じていいですよね。

 

  スマホはpixel3ユーザーです。pixel4も買いたいんですけど、お金もないし次世代まで買わないと思います。キャリアはdocomoを使ってるんですが、docomoはpixel4売ってないんですよね。pixel3は売ってくれたのに。売れないって判断したんだろうなぁ。次世代も取り扱ってくれなかったら、simフリー買うしかないですね。

 

 この携帯のおかげですっかりGoogle信者になりました。いままでずっとiPhone使ってきたんですけどね。それでも最初はiOSのほうがandroidよりも使いやすかったなぁなんて思ったんですけど、いまはandroidのほうが好きですね。パソコンも1年半ほど前からcromebook使ってます。ASUS C101PAです。まぁ、パソコンとしてはおかしいぐらい安いから買ってみただけなんですけど、僕は負荷のかかることをしないのでこれで十分でした。

 

 文句を言いたいのは一向にpixelbookを日本販売しないこと。最近はcromebookの広告もinstagramで見るようになったあたり日本市場でもcromeOS売りたいんだろうから日本販売してよと言いたい。ま、今年の秋に期待ですね。日本でPixelbookGo出してくれるなら買ったんだけどなあ。まあ、そんな感じでパソコンどうしようかなあ、と思っていた暁に、スマホを机でも使ってあげたいと思って、折りたたみ式のキーボードとマウスを買ってきました。どっちもbluetooth接続です。

 

 結構ダメ元でうまく使えないだろうと思って買ったんですが、これめっちゃいい。一番いいポイントはわざわざパソコンを出す手間がないこと。特に僕はわりとミニマリスト気味の人間なのでパソコン持ち運ぶためにカバンを持ち歩くのすらわりと苦痛なんですよね。それがないというのは素晴らしい。もっとも折りたたみ式キーボードも文庫本サイズはあるので小さいカバンはいるかな。

 

 つぎにいいところはいつも使ってるデバイスをそのまま使えること。いろんなデバイスを同期して使うのもいいんですけど、たまに微妙なときもあります。twitter/instagramがいつも使ってるデバイスで使えるというのはいい。LINEなんかはやっぱりスマホでやったほうがやりやすいんですよ。

 

 あとは目から離してスマホを使えることがいい。これ、目がどんどん悪くなっていくことを気にしている人にとってはすごくいいです。手もつかれないので利き手が腱鞘炎になったりしません。あとはモバイル回線で作業ができることは大きいですよね。デザリングで作業するのもいいんですけど、電池食べるし、何より電波使いすぎるんですよね。外のWIFI使って仕事をするのもいいですけど、セキュリティ気になりますよね。

 

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(実際にスマホを使っている図)(cromebookのインカメなので画質は悪いです。)

(折りたたみ式キーボード付属のカバーは大抵の場合スマホスタンドになります。)

 

 android10にはデスクトップモードという機能が隠れて存在しているようです。これはスマホの画面をパソコンのように出来る機能で、HDMIなどでスマホをモニターに映して作業するときに便利なのだそうです。(なぜかPixelシリーズはまだ対応していません‥)この機能でスマホ画面をモニターにうつしながら、bluetoothでキーボードとマウスを接続できるなら、ほとんどの作業がスマホで出来る時代が来るかもしれませんね。あまり普及していませんが、モバイルディスプレイなるものが生産されていて、タブレットより廉価で画面がきれいなものなので、こいつをパソコンの代わりに持ち運ぶ時代がくるのかもしれません。

 

 接続方法ですが、あまり難しいことはないです。ワイヤレスイヤホンをつなぐのと何も変わりません。一つだけ注意してほしいのがマウスです。ワイヤレスマウスはbluetooth接続のものだけではないので違ったものを買わないことだけ注意してほしいです。bluetooth対応のものを買ってください。あと、キーボードに関しては日本語配列のものとUS配列のものがあるので、なれている方を買ってください。

 

 androidの場合はGoogle日本語入力のアプリを入れて、設定からキーボードの設定を日本語にする必要がある可能性があります。ググってもらえればいいんですけど、一応僕が参考にさせていただいたURL貼っときますね。→https://moov.ooo/article/5c64c0aa67b7530be72f361a

 

 卒業間近になってここんとこ2週間以上毎日誰かとのお別れです。別れは寂しいものですね。社会人になるの怖いなあ。

篤姫と思い出

思い出を大切にするように育ってきてしまったような気がします。先日も最後の文化祭ということで大学の周りをなんとなく写真取ってました。この光景ももう見ることないんだなって。

 

篤姫という大河ドラマがありました。ぼくが小学5年生のときです。初めて見た大河ドラマで本当にハマりました。第一話を母親が見ていたのを食い入るように見始めたのが今から思えば僕の人生の始まりだったのかもしれません。

 

篤姫はその人生の中で時代に振り回されながら場所場所で「家族」を作り、その中で自分の思い出を築いていくという描き方がされました。都度都度いままでそこで起こったことを振り返り、鑑賞に浸るシーンがあったんですが、あれが本当に好きであれのマネをするようになったのが始まりだったような気がします。

 

この間とある人に、大学生活残り思い出をたくさん作りたいなあ、と言ったらやめなさい、と冗談混じりに言われましたが、たしかに現代に置いてこれほど過去が好きな人間もいないかもしれません。しかし、インターネットのおかげで、小学校以来喋った記憶もないような人の動向もインスタでわかるような時代になりました。思い出と、その証である昔の友人の動向を見たい僕としてはありがたい時代です。最もこういうのがないほうがいい意味だけでの思い出としてしまって置けるのかもしれませんが。

論語と女性差別

 お久しぶりです。今回は論語という書籍が明らかに持たれている誤解を晴らしたいと思います。

 

 僕が最初に論語を読んだのは中学校3年生のとき。あのとき以来、論語は辛いときの心の支えになってきました。東洋人の精神構造の根底にあるのはこの書物なのでもっと読まれたらいいと思うんですが、世の中の人想像以上に論語を読んだことがありません。他の諸子百家はともかく、論語ぐらいは読んでもいいと思うのですが…

 

 しかし、その論語。「女性差別をしているから嫌い」という根も葉もない理由で嫌っている人に出会って衝撃を受けました。誤読にも程があるんじゃないか…論語のどこに女性差別的な文章があるんだ…というより多分読んでいないんだと思います。

 

 しかし、少し考えたら「論語儒教朱子学=封建秩序=女性抑圧」というイメージが、学校教育で刷り込まれているのかもしれません。ああ…そもそも論語儒教は結構別物だし、その中でも朱子学というのは一つの学説で、しかもそれが支配者にうまく利用されただけなんですがね…

 

 それこそ江戸時代とか昌平坂学問所(幕府の公認の学校)では朱子学しか教えちゃいけないことになりましたが(寛政異学の禁)、在野で盛んだったのは性即理(簡単に言えば秩序を大切にする)を唱えた朱子学ではなく、心即理(簡単に言えば心を大切にする)を唱えた陽明学です。実際幕末の有名な志士たちはこの陽明学を大切にしていました。

 

 そもそも朱子学陽明学孔子が生きていた時代から2000年もあとの解釈です。もちろん学問としては重要なのかもしれませんが、論語そのものとは相当かけ離れています。例えば腐敗したカトリックと聖書が別物になってしまったといってプロテスタントが出てきたように、原典の文章と後の学説が離れてしまう(と言われる)場合もあるんです。しかも、儒教が大切にするのは四書五経のなかでも五経だったりして、論語孟子は子供が学ぶ入門編のようなものです。

 

 つらつら述べてきましたが、とにかく「論語」が人々を抑圧するような文章ではないことはおわかりいただけたんだろうと思います。もっと虚心坦懐にこの文章を読むべきです。「義を見てせざるは勇なきなり」「己の欲せざるところ人に施すことなかれ」小さい頃に聞いたことがあるはずです。この文句を否定できる人いますか?いないはずです。こういう否定できない道徳が書かれているのが論語だし、その本質が人間の抑圧であるわけがありません。

 

 女性差別的なものがあるとすれば、膨大な論語の文章の中で、「女子と小人とは養いがたし」(陽貨第十七の二十二)ぐらいでしょうか。これは時代柄仕方ないのではないでしょうか。むしろ、「賢を賢として色を軽んじ」(学而第一の七)ようにきちんとした互いへのリスペクトを2500年前の男性に求めていたぐらいなので(そりゃ現代の価値観から言ったらあまりにも不足だが)どちらかというと女性に優しい文章とも言えるのではないでしょうか。