『HIVとともに生きる』 エイズと社会ウェブ版684

 現代性教育研究ジャーナル4月号(No.157)の連載コラム『多様な性のゆくえ』第84回。『HIVとともに生きる』は、明治大学専任助教、大島岳さんから送っていただいたご著書のタイトルの一部でもあります。4月号Pdf版はこちら。11ページに掲載されています。
 https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/kyoiku_journal.html#current_number
 《本書は2020年10月に一橋大学 大学院社会学研究科に提出し受理された博士学位論文をもとに、大幅に修正・加筆したものである》
 個人的には、半世紀も前の卒論提出をめぐって、あまり芳しくない記憶があることも手伝って、博士論文と聞くと、読むだけでも相当、プレッシャーがかかります。
 そのプレッシャーをはねのけ・・・というか悪夢を思い出すこともなあまりく、一冊を読み通すことができました。著者の「伝えたい」という思いが、修正・加筆にも大きく反映しているせいでしょうか。

   

 

95-95-95ターゲットとは何か エイズと社会ウェブ版683

 

 国際的なエイズ対策分野では90-90-90ターゲットが2020年までの中間達成目標となっていました。公衆衛生上の脅威としてのエイズ終結を2030年までに実現するには、まず90-90-90でHIVの新規感染やエイズ関連の死亡を減らし。勢いを付けようというのが2020年までの共通理解だったように思います。

実際に世界各国、とりわけ南部・東部アフリカ諸国が抗レトロウイルス治療の普及に力を入れ、90-90-90に向けて大きな成果を上げてきたのですが、残念ながらそれでも2020年のターゲット達成は果たせませんでした。

 一方で、これでくじけてはいられないということで、2021年6月のエイズに関する国連総会ハイレベル会合では、新たに採択された政治宣言の中で、次の中間目標として95-95-95ターゲットを2025年までに達成することが盛り込まれました。

 90-90-90も実現できないのにハードルを一段上げて・・・と疑問に思わないこともありません。それでも、2030年のSDGs達成という大目標に向けて、あくまでも前進を続けていこうという姿勢に対してはある程度、評価しておきたいと思います。

 ただし、エイズ対策によほど関心がある人を除けば、90-90-90ターゲットの知名度はそれほど高くありませんでした。その目標が95-95-95に変わりましたよと言われても、そもそも何のことだかよく分からない。それが世の中の圧倒的多数の人の感覚でしょう。聞いたこともないよという人の方が実は多いかもしれません。

 知名度不足はターゲットの旗振り役である国連合同エイズ計画(UNAIDS)も痛感しているようです。公式サイトにはごく最近、『Understanding measures of progress towards the 95–95–95 HIV testing,treatment and viral suppression targets』というタイトルの説明書(PDF版)が掲載されています。

 日本語でもエイズ予防財団が仮訳(UNAIDS HIV検査、治療、ウイルス抑制の95-95-95ターゲットとは何か)を作成し、API-Net(エイズ予防情報ネット)で紹介しました。

《「95-95-95ターゲット」は表示の仕方によって「カスケード」と呼ばれることもあります。その違い、および2つの表示法の長所と短所についても簡潔に示されています》

表裏2ページの短い文書です。こちらでご覧ください。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/world/booklet079.html

 



反同性愛法無効化認めず ウガンダ憲法裁判所 エイズと社会ウェブ版682

 ウガンダの反同性愛法の無効化を求める訴えに対し、ウガンダ憲法裁判所が4月3日、訴えを棄却する決定を行いました。AFPの翌4日付け報道によるとこの法律は2023年5月に成立していますが、国際的に強い批判にさらされ、ウガンダ国内でも撤廃を求める訴えが提出されていました。

 

「反同性愛法」無効化の訴え棄却 ウガンダ憲法裁(AFP

 https://www.afpbb.com/articles/-/3513304

《同法では、同意に基づく同性愛行為に最高で終身刑、「重度の同性愛」には死刑が科される可能性があるなど厳しい内容となっており、LGBTQコミュニティや人権擁護団体、国連(UN)、西側諸国から批判を受けている》

 訴えに対し、憲法裁のリチャード・ブテーラ(Richard Buteera)裁判長は「2023年反同性愛法を全面的に無効化したり、執行の無期限差し止めを認めたりすることを拒否する」と述べたということです。報道を信用する限り、訴えは全面的に退けられている印象です。

 ところが、あれあれ!?と思ったのは国連機関である国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と国連合同エイズ計画(UNAIDS)の反応が大きく異なっていることです。

 OHCHRの発表だと、フォルカー・テュルク国連人権高等弁務官ウガンダ憲法裁判所の決定に遺憾の意を表明し、「ウガンダ当局に対して、他の差別的な法律と合わせ、同法を全面的に廃止するよう求めた」ということです。

 「昨年5月に反同性愛法が制定されて以来、600人近くが実際の性的指向性自認、またはその疑いをかけられることによって人権侵害や虐待を受けたと報告されている」「この法律は全面的に廃止する必要がある。そうしなければ、残念ながら被害を受ける人はさらに増加することになる」

 一方、UNAIDSのプレス声明は「2023年反同性愛法の一部を無効にしたウガンダ憲法裁判所の判決に留意」との見出しのもとで「ウガンダ憲法裁判所は本日、2023年反同性愛法の条項の一部を無効にした」と書いています。

 もちろん「LGBTQ+ コミュニティなど、HIV感染の高いリスクに直面する人たちを犯罪者扱いすることは、命を救う医療やHIVサービスの利用を妨げ、公衆衛生と国のHIV対策全体を弱体化させることになります」と決定自体には批判的な印象ですが、どこが無効になったのかには言及がなく、どう受け止めたらいいのか、混乱します。

 UNAIDSの声明自体が拍子抜けするほど短いものであり、大急ぎで出さなければならなかったので内容に触れる余裕がなかったのかもしれません。ただし、無効になった部分(つまり、幾分かでも評価できる部分)があるのだとすれば、思わせぶりな書き方をせずそれはきちんと示してほしいですね。

 私家版の日本語仮訳で恐縮ですが、UNAIDSとOHCHRの声明を紹介しておきましょう。

   ◇

UNAIDS プレス声明

2023年反同性愛法の一部を無効にしたウガンダ憲法裁判所の判決に注目 UNAIDSプレス声明

https://www.unaids.org/en/resources/presscentre/pressreleaseandstatementarchive/2024/april/20240403_uganda-anti-homosexuality-act

ジュネーブ/ヨハネスブルグ 2024年4月3 ウガンダ憲法裁判所は本日、2023年反同性愛法の条項の一部を無効にした。

ウガンダ憲法裁判所は本日、2023年反同性愛法の特定条項を無効にする決定を行いました。LGBTQ+ コミュニティなど、HIV感染の高いリスクに直面する人たちを犯罪者扱いすることは、命を救う医療やHIVサービスの利用を妨げ、公衆衛生と国のHIV対策全体を弱体化させることになります。このことはエビデンスが示しています」とUNAIDSのアン・ギトゥク=ションウェ東部・南部アフリカ地域局長はいう。「2030年までにエイズパンデミック終結に導くという目標の達成には、誰もが不安や恐れを感じることなく平等に医療サービスを利用できるようにすることが大切です」

 

 

PRESS STATEMENT

UNAIDS notes the judgment of the Constitutional Court of Uganda which has struck down certain parts of the Anti-Homosexuality Act, 2023

 

GENEVA/JOHANNESBURG, 3 April 2024—The Constitutional Court of Uganda has today struck down certain sections of the Anti-Homosexuality Act, 2023.

“The Constitutional Court of Uganda made a judgment today to strike down certain sections of the Anti-Homosexuality Act, 2023. Evidence shows that criminalizing populations most at risk of HIV, such as the LGBTQ+ communities, obstructs access to life-saving health and HIV services, which undermines public health and the overall HIV response in the country,” said Anne Githuku-Shongwe, UNAIDS Regional Director for Eastern and Southern Africa. “To achieve the goal of ending the AIDS pandemic by 2030, it is vital to ensure that everyone has equal access to health services without fear."

 

   ◇

OHCHRプレスリリース

差別的な反同性愛法を支持する決定に落胆 テュルク人権高等弁務官

 

ジュネーブ(2024年4月3日) フォルカー・テュルク国連人権高等弁務官は本日、差別的な反同性愛法を支持するウガンダ憲法裁判所の決定に遺憾の意を表明した。 弁務官ウガンダ当局に対し、他の差別的な法律と合わせ、同法を全面的に廃止するよう求めた。

「昨年5月に反同性愛法が制定されて以来、600人近くが実際の性的指向性自認、またはその疑いをかけられることによって人権侵害や虐待を受けたと報告されている」とテュルク氏は述べた。「この法律は全面的に廃止する必要がある。そうしなければ、残念ながら被害を受ける人はさらに増えることになる」

同氏はさらに「ウガンダ当局は、性的指向性自認にかかわりなく、すべての人の権利と尊厳を守らなければならない。合意に基づく同性関係に対する犯罪化と死刑の適用はウガンダ国際人権条約義務に反する」と続けた。

テュルク氏はウガンダ当局に対し、性的指向性自認に基づく差別の禁止を求めた。「ウガンダ憲法自体、および国際人権条約は、すべての人に対する平等な扱いと無差別を義務付けている」と国連の人権部門の長として強調している。

「合意に基づく同性間の性的関係に刑事罰を課す刑法第145条を廃止することも極めて重要である。また、機会均等法を改正し、性的指向性自認、性表現を理由にした差別の禁止も明記すべきである」

高等弁務官はまた、ウガンダ当局に対し、LGBTQアドボケートを含むすべての人権活動家が差別なく表現、結社、平和的な集会の許可を得ることができ、自由の権利を行使できるようにするなど、正当な人権活動を遂行するうえで必要な環境の確保を求めた。

 

 

Türk dismayed at ruling upholding discriminatory anti-gay law

03 April 2024

 

GENEVA (3 April 2024) – UN High Commissioner for Human Rights Volker Türk today expressed his dismay at the decision by Uganda’s Constitutional Court to uphold the discriminatory Anti-Homosexuality Act. He urged the authorities to repeal it in its entirety, together with other discriminatory legislation.

“Close to 600 people are reported to have been subjected to human rights violations and abuses based on their actual or imputed sexual orientation or gender identity since the Anti-Homosexuality Act was enacted in May last year,” said Türk. “It must be repealed in its entirety or unfortunately this number will only rise.”

He continued: “The Ugandan authorities must uphold the rights and dignity of all, regardless of sexual orientation or gender identity. Criminalization of and application of the death penalty to consensual same-sex relations are contrary to Uganda’s international human rights treaty obligations.”

Türk called on the Ugandan authorities to prohibit discrimination based on sexual orientation and gender identity. “Uganda’s own constitution and international human rights treaty obligations demand nothing less than equal treatment and non-discrimination for all,” the UN Human Rights Chief stressed.

“It is crucial that the authorities also repeal Section 145 of the Penal Code Act, which also imposes criminal penalties for consensual same-sex sexual relations. They should also amend the Equal Opportunities Act to enshrine sexual orientation and gender identity and expression as prohibited grounds for discrimination.”

The High Commissioner also called on the authorities to ensure a conducive environment for all human rights defenders - including LGBTQ rights advocates - to carry out their legitimate human rights work, including by enabling them to obtain registration and to exercise without discrimination their rights to freedom of expression, association and peaceful assembly.

 

 

 

報告数をどう判断するか、困った

東京都エイズ通信第200号が3月29日、配信されました。

***********************************
● 令和6年1月1日から3月17日までの感染者等報告数(東京都)
  ※( )は昨年同時期の報告数

HIV感染者      47件    (49件)

AIDS患者        14件    (14件)
 
 合計           61件     (63件)

HIV感染者数は令和5年より減少し、AIDS患者は令和5年と同じ数であった。
***********************************

 報告数は昨年同時期とほぼ同じとみていいでしょう。根拠のある感想ではありませんが、報告数でみる限り、昨年とほぼ同数という状態が今後も続きそうな印象を受けます。重ねて根拠のない感想で恐縮ですが、関心の低下は少々不気味。
 東京都エイズ通信の配信登録はこちらから。
 

www.mag2.com

2023年速報値は960件 新規HIV感染者・エイズ患者報告数 エイズと社会ウェブ版681

 第162 回エイズ動向委員会が26日、開催され、昨年(2023年)の年間新規HIV感染者・エイズ患者報告の速報値がまとまりました。

 エイズ予防情報ネット(API-Net)の日本の状況:エイズ動向委員会のページで2024年四半期報告をご覧ください。委員長コメントのPDF版を開くと、第3・4四半期報告の後ろに年間速報値が出てきます。

 https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/index.html

   ◇

【概要】

 新規HIV感染者報告数は669件(過去20年で19番目に多い報告数)

 新規エイズ患者報告数は291件過去20年で19番目に多い報告数)

 HIV感染者とエイズ患者を合わせた新規報告数は960件(過去20年間で19 番目に多い報告数)

   ◇

 速報値なので暫定的な報告数です。確定値は例年、夏の終わりに発表され、速報値よりやや多くなります。2022年はコロナ流行の影響もあって、報告数が大きく減少し、患者・感染者報告の合計が1000件の大台を割って確定値で884件(速報値ベースでは870件)でした。

 2023年速報値は前年に比べると、増加に転じましたが、それでも1000件を下回っています。あくまで報告数なので、リアルタイムの感染動向は把握できません。保健所などでの検査件数が元に戻ってきたことで、報告数が増加に転じたのか、実際の感染も少し増えているのか、即断しづらいですね。確定値を待って検討しますか。

 以下、委員長コメントの《まとめ》をそのまま紹介しておきます。

 

《まとめ》

1.令和5 年の新規HIV感染者報告数については、令和4 年より増加しており6 年連続での減少から、増加に転じた。要因としては、新型コロナウイルス感染症の流行以降減少していた保健所等での検査件数が回復したことが影響している可能性がある点に留意し、今後の状況を注視していく必要がある。

2.令和5 年の新規AIDS患者報告数の増加は、新型コロナウイルス感染症の流行以降、保健所等での検査件数が減少していたことが影響している可能性が否定できない点に留意

し、今後の状況を注視していく必要がある。

3.新規HIV感染者の感染経路は、性的接触によるものが約84%(うち約84%が同性

間)、新規AIDS患者では約69%(うち約78%が同性間)となっている。また、新規

HIV感染者・新規AIDS患者ともに、男性が全体の9 割を超えている。

4.献血時のHIV抗体・核酸増幅検査における10 万件当たりの陽性件数は令和4 年と比べて減少した。しかし、依然として陽性件数があることを踏まえると、HIV感染リスクがある方は、保健所等での無料・匿名検査や医療機関による検査を受けていただきたい。

5.新規報告数全体に占めるAIDS患者報告数の割合は、依然として約3 割のまま推移している。AIDS発症防止のためには、HIV感染後の早期発見が重要である。HIV感染リスクがある方は、早期発見のため、積極的に保健所等での無料・匿名検査や医療機関

よる検査を受けていただきたい。また、保健所及び自治体におかれては、エイズ予防指針

を踏まえ、利便性に配慮したHIV検査相談体制を推進していただきたい。

6.HIV感染症は予防可能な感染症であり、適切な予防策をとることが重要である。また、AIDS発症予防のためには、早期発見と早期治療が重要である。感染予防と早期発見は、社会における感染の拡大防止にもつながることから、首都圏を始め都市部、また都市部以外の地域においても、梅毒などの性感染症を含め、保健所等での無料・匿名の検査・相談や医療機関による検査を積極的にご利用いただきたい。

『地下鉄の駅で』 エイズと社会ウェブ版680

 現代性教育研究ジャーナル3月号(No.156)の連載コラム『多様な性のゆくえ』第83回。大塚隆史さんの著書を紹介した前号の『まさしく目からウロコ』の続編です。9ページに掲載されています。
 https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_202403.pdf
 長谷川博史さんが亡くなる前夜、対談を終えて地下鉄で帰途についた大塚さんと長谷川さんは新宿駅で別れました。
《亡くなる前日にご一緒していた様子をお知らせすることで、長谷川さんが生きて生きて、最後までしっかりと生活をなさっていたことをお伝えしたい》
 大塚さんの文章は、日本のエイズ対策史の貴重な記録でもあります。2年を経てもなお、切ない。

  

 

『人権の観点からエイズ対策に取り組む』 エイズと社会ウェブ版679

 

TOP-HAT News 第186号(2024年2月)です。
巻頭の『人権の観点からエイズ対策に取り組む』は1月18日に亡くなったエイズソサエティ研究会議副代表、樽井正義さんの功績をエイズ研究に焦点を当てて紹介しました。感謝の言葉とともにご冥福をお祈りします。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

TOP-HAT News(トップ・ハット・ニュース)

        第186号(2024年2月)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

TOP-HAT Newsは特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議が東京都の委託を受けて発行するHIV/エイズ啓発マガジンです。企業、教育機関(大学、専門学校の事務局部門)をはじめ、HIV/エイズ対策や保健分野の社会貢献事業に関心をお持ちの方にエイズに関する情報を幅広く提供することを目指しています。

なお、東京都発行のメルマガ「東京都エイズ通信」にもTOP-HAT Newsのコンテンツが掲載されています。購読登録手続きは http://www.mag2.com/m/0001002629.html  で。

エイズ&ソサエティ研究会議 TOP-HAT News編集部

 

 

◆◇◆ 目次 ◇◆◇◆

1 はじめに 人権の観点からエイズ対策に取り組む

2 『何事も夢から始まる』

3 ヤローページ2024 浅草・上野版

4 イルファー釧路ファイナル

◇◆◇◆◇◆

 

1 はじめに 人権の観点からエイズ対策に取り組む

エイズアクティビストでもあった樽井正義・慶應義塾大学名誉教授(倫理学)が1月18日、がんのため亡くなりました。76歳でした。洗礼名ベルナルド樽井正義さんの葬儀ミサは3日後の1月21日夕、東京都世田谷区のカソリック松原教会で営まれ、大学やHIV/エイズ分野の関係者を含む230人が参列しました。

樽井さんは特定非営利活動法人エイズソサエティ研究会議の副代表や認定非営利活動法人ぷれいす東京の理事を長く務めてきました。とくにエイズの流行に対応するうえで、人権に関する社会的な理解の共有とそれに基づいて人権に配慮する社会構造を構築することの重要性を強調し、研究および政策提言などの活動を続けてきました。

1999~2001年の『エイズに関する人権・社会構造に関する研究』では、厚労省研究班の研究代表者として『HIV/AIDSと人権に関するガイドライン』をまとめ、公表しています。

https://research-er.jp/projects/view/129972

このガイドラインは《A.抗体検査と告知、B.個人情報の取り扱い、C.診療、D.研究、E.外国人感染者医療という5つの領域に分けて提示》されています。

その中で重視されているのは《医療を受ける権利と医療における自己決定の権利》であり、《疾病に対する偏見・差別が、その範を示すべき医療機関から生じていることには、医療者自身の反省が求められる》と指摘しています。いまなお大切な視点でしょう。

研究はその後も『個別施策層に対する固有の対策に関する研究』(2002~2004)、『NGOによる個別施策層の支援とその評価に関する研究』(2005~2006)に引き継がれ、MSM(男性とセックスをする男性)、薬物使用者、在日外国人など個別施策層とされるコミュニティがHIV/エイズ対策の担い手となる活動に理論的な根拠を提供してきました。

 また、ぷれいす東京の生島嗣代表が研究代表者だった『地域におけるHIV陽性者等支援のための研究』(2008~2010)に分担研究者として加わった後、その成果を引き継ぐ『地域においてHIV陽性者等のメンタルヘルスを支援する研究』(2012~2014)などの研究では、薬物使用者を犯罪者として処罰の対象とするのではなく、メンタルヘルス支援を必要とする人として捉え直すことをコンセプトに、4期12年にわたって研究代表者として主導的役割を果たしてきました。

2000年代の初頭には、国内で男性同性間のHIV性感染報告が急増し、アウトブレークへの懸念が大きく高まった時期があります、その中で、こうした長期にわたる活動が、別の研究班による『エイズ予防のための戦略研究』(2006~2010)とともに、施策選択にも影響を与え、アウトブレーク回避につながる契機となったと考えられます。

このことは抗HIV治療の進歩に基づく2010年代の『T as P(予防としての治療)』の成果、および大都市圏におけるコミュニティ活動や自治体との施策協力の強化などと相まって、最近のHIV新規感染報告の大きな減少をもたらした基盤として評価する必要があります。

また、国際的にも1994年の第10回エイズ国際会議(横浜)、2005年の第7回アジア太平洋地域国際エイズ会議(神戸)などを通じて海外のエイズ研究者、アクティビストとの交流を深め、大きな存在感を発揮してきました。

とくに横浜会議の準備過程では、国際エイズ学会(IAS)理事長だったーター・ピオット博士と知り合い、ピオット博士が後に国連合同エイズ計画(UNAIDS)初代事務局長として14年間にわたって世界のエイズ対策を主導する立場になってからも強い信頼関係が続きました。

2002年1月に世界エイズ結核マラリア対策基金(グローバルファンド)が創設された前後には、この基金のよき理解者として発言を続け、国内のグローバルファンド応援団であるグローバルファンド日本委員会(FGFJ)のアドバイザリーボードのメンバーにも加わっています。

 

 

2 『何事も夢から始まる』

グローバルファンドの設立20周年を記念し、FGFJが2022年9月に公開したドキュメンタリーフィルムシリーズ『何事も夢から始まる』の特別編(世界の感染症対策の「今」と「未来」)には、樽井さんのインタビューが紹介されています。

https://www.youtube.com/watch?v=3F0BjQcgvh8

「伝統的に感染症対策は、感染している人を特定し、社会から切り離して隔離する手法をとってきた。ところが(エイズ対策は)その方法では失敗する。なぜなら感染していると思われる人が取り締まられること、差別されることを恐れ医療者の前に現れない」

樽井さんはこう語っています。20世紀から21世紀への移行期は、バルナラブルな人たち(社会的に弱い立場に置かれた人たち)が、キーポピュレーション(対策の鍵を握る人たち)へと自らの定義を変え、活動の枠を広げていくエイズ対策の転換期でもありました。

「感染している人、感染のリスクに直面している人と一緒に対策を進めていこう。つまり感染者は対策の対象ではなく対策の担い手なのだというように感染症への取り組みが変わってきた。その変化を端的に表しているものの一つがグローバルファンドの設立でした」

エイズ対策の歴史とともに歩んできた研究者としての重要な指摘と言うべきでしょう。

 

 

3 ヤローページ2024 浅草・上野版

 首都圏のゲイスポットガイドとHIV検査情報を掲載したヤローページの上野・浅草版が昨年暮れ、8年ぶりに改訂・発行されました。

 ヤローページは『ゲイのライフ(人生)には、バーやショップ、ハッテン場などで楽しむこととあわせて、HIV性感染症など性の健康についても一緒に知って欲しい!』という願いを込めてつくられたタウンマップです。新宿版に続き、リニューアルされた浅草・上野版は表紙が両A面(つまり、どちらから見ても表紙)で、浅草側の表紙には「ゆったり、しっぽり 味わい深い街へ』、上野側には『アットホームなオトナの街へ』のキャッチコピーとイラストがデザインされています。

 説明が少々、分かりにくくなってしまったので、詳細はコミュニティセンターaktaのサイトでご覧ください。

 https://akta.jp/yallowpage/5520/

 

 

4 イルファー釧路ファイナル

北海道釧路市HIV/エイズの予防啓発活動を続けてきたイルファー釧路が昨年(2023年)12月10日、釧路ろうさい病院講堂で開催した師走講演会ファイナルを最後に20年間の活動に終止符を打ちました。

イルファー釧路の設立は2004年8月でした。ケニアのナイロビで稲田頼太郎博士が日本を含む各国のスタッフと共に2000年から続けてきた無償診療活動(フリーメディカルキャンプ)に釧路ろうさい病院の医師である宮城島拓人代表や鍼灸師の須藤隆昭事務局長が参加したことがきっかけになり、釧路で暮らす人たちの協力を得て、イベント開催や講演会など様々な啓発活動を続けてきました。ファイナルと銘打った第20回師走講演会の様子は宮城島代表がブログで報告しています。

 http://blog.livedoor.jp/ilfar946/

イルファー釧路20年の歴史を振り返りながらの成人式でもあり、解散式でもありました。今回の師走講演会には、会場に80人超、ウエブに44人の実に120人以上のかたが、私どもと時間を共有してくれたのでした》

 なお、イルファー釧路はファイナルを迎えましたが、師走講演会は今後、「HIV中核拠点病院である釧路ろうさい病院の活動として引き継いでいく所存」ということです。