ネミー通信

いつもねむいかおなかへってるかのどちらか

200619にっき


(1)朝

起きたときからずっとねむかった。
スマホを開くと、アプリの占いに「おうし座:時間を忘れるほど充実しそう」と書いてあった。
すごくねむかった。
近ごろ寝ても寝てもねむたくて、空腹感があるから起きていられるような気がする。

(2)電車

席に座れたので本を読む、

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200513池袋

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はてなダイアリー、放置し続けていた。
久しぶりに更新します。

外出自粛が始まってかなり経ちますが、
わたしは週に1〜2日出勤、残りの平日は在宅勤務で何とか仕事をしています。

今日は出勤日でした。いま帰り道です。
IT化というかペーパーレス化というか、そういうことのなかなか進んでいない業種なので、
出勤日にやるべきことが集中してしまうのだな。
どうしても普段より残業が多くなってしまう。

職場は池袋にありますが、やはり人通りはかなり減っています。
お店も閉まっているところが多いです。
さっき、閉店中の暗いカフェの横で座りこみ、
ノートPCとスマートフォンを確認しつつ、札束を数えている三人組を見掛けました。
PCからの光で横顔がぼんやり照らされている様子、なんとも怖かった。
池袋は危ない街である

ネプリ《スキダヨー通信》を配信します

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スキダヨー通信(詳細)

まったく更新していませんでしたが、俳句は続けています。
今日から、好きな俳句の作品に好き好き言ってるだけの紙をネットプリントで配信しはじめたので、こちらでもひっそりお知らせします…。

わたしの所属する俳句結社 蒼海俳句会の結社誌『蒼海』の5号から、
好きな句を10句選んでひたすらスキダヨーと言っているフリーペーパーです。
わたしの5日分の日記と俳句も載せています。

以下の番号をコンビニのコピー機に入力すると全国どこでも印刷できます。

《スキダヨー通信》
A3×1枚(印刷代:白黒20円/カラー100円)
セブンイレブン:94126131
ローソン・ファミマ:5J6U4U3NAK

マルチコピー機の「ネットプリント」または「ネットワークプリント」というところから入れば番号入力画面に行ける、はず。
セブンイレブンは10月18日(金)まで、
ローソンとファミマでは最長10月22日(火・祝)まで出力可能です。

今見返すとかなり文字だらけで読みづらいかもしれないですが、
お時間ございましたら是非印刷してくださいませ。

蒼海の会員でない方や俳句のことはよく知らない…という方にも届いたらいいなと
思ってはいるけれど難しいかしら。
「こんなに何も分かってないのに俳句が好きって言ってもいいんだな!」と思ってもらえたら一番嬉しいです。

何かを好きだと言うことは誰にでも許されているのだ。

100回記念いるか句会に行ってきました

平成31年4月27日、堀本裕樹先生主宰のいるか句会に行って来ました。
開催100回を迎えた記念句会です。
わたしにとって平成最後の句会(言ってみたかった)は、夢みたいに楽しかったです。

特別ゲストには町田康さんが来てくださいました。
町田康さんの独特な語り口の選評にはたくさん笑ったけれど、
発想の飛躍や創作そのものについて考えを深められるお言葉ばかりで、
大切なことをたくさん教えていただいたと思います。

「わからないもの」に惹かれる

きっとわたしだけではなく、たくさんの方がそうだと思うのだけれど、
振り返ってみると今までずっと「わからないもの」に心惹かれてきました。

わからないことば、わからない哲学、わからない映画、わからない小説、わからない俳句。
わからん、わからんなあ、と言いながらそれに近付こうとして、
わかっ(た気になっ)て嬉しいものもあれば、
わからないこと自体が魅力のものも、わたしにはいっぱいあります。

例えば町田康さんの作品は、読んでいてわたしには正直「わからない」ことが多くて、
ただ、わからなさの中で引きこまれていきました。

町田さんの文章を読んだときに思ったのは、
「わからない」とは簡単に言ってしまうけれど、
じゃあ普段自分が「わかっている」つもりのものって、
本当にわたしはわかっているのか。
わかる/わからないって何だろうか。
それから、わかることが受け手のゴールなのか、ということ。

(でも、もしかしたら全部噛み砕いて全て理解して「わかる」ほうが、
作品に対する態度として一番いいのかもしれない。)
(けれど分かるという道中には分けることが必ずあって、
ひとつのものとしてのそれが見えなくなったり、
広がりがなくなってしまうこともあるんじゃないかなあ)

そういうぼんやりしたことを答えも出せずに
ただぼんやりぼんやり考えていました。

「わからない」からこそおもしろい

記念句会で町田康さんがある句の選評のときに
「この句のこの部分はわからん、だからいい、だから選んだ」とおっしゃって、
堀本裕樹先生も「どこかに謎があるほうが句の魅力になるんですよ」と賛同されていて、
何だかすっきりとした正解を聞かせていただいた気分でした。

わからないから面白い!
それもひとつの面白がり方として在るんだ。
モヤモヤとしていた何かが晴れていくような心持ち。
もちろん、俳句には読者の想像を掻き立てる要素が大切だという話にも繋がりますが、
すごく大きなことを語っていただいた気がしました。

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↑会場の会議室の天井でひっそり回り続けていたミラーボール。
特選発表の瞬間にビカビカに輝くかと思いきや、ただただ静かに見守ってくれました。
うーんわからない

100回を経て大海のいるかたち

そして今日はなんと総勢80名での盛大な句会でしたが、
いるか句会の第1回は6名ほどの参加者だったそうです。
そこから100回に至るまで先生もサポートされる方々も続けて来られて、
今日の華やかな会を迎えられたのだなと思うと、
先生や黎明期から支えてこられた方々のご挨拶が胸に迫ってきました。

堀本先生、いるか句会に携わってこられた皆様、ありがとうございます。
まだ加わって一年未満のいるかの一匹ですが、
俳句に触れる機会をいただけて、
輪に加えていただけてよかったです。
明日からも俳句こつこつ続けてゆきます。

東京マッハVol.21「三つ編みを解いて忘れる櫻貝」@浅草東洋館

東京マッハというイベントについて

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先週末(H31.3.10)東京マッハVol.21に行って来ました。
東京マッハは、千野帽子さん(文筆家)/長嶋有さん(小説家)/米光一成さん(ゲーム作家)/堀本裕樹さん(俳人)という豪華メンバーで行われる、
トークライブ形式の公開句会イベントです。
そして今回のゲストは小林エリカさん/岸本葉子さん。
メンバーとゲストが投句して、選句は観客も行うので、観る方もただ観るだけでなく参加できる「公開句会」です。

わたしは初めて行った約2年前のマッハ@新宿以来の参加。
当時は(俳句…とは…575のあれだよな…)という状態でした。
ただ長嶋有さんの小説は好きで読んでいたので、
長嶋さん主催の俳句同人「傍点」に参加している友人から、面白いイベントがあるよ~と誘ってもらったのでした。

それがほんとに面白かったんだな。俳句のはの字もわからんけど大丈夫かいなという不安は完全に払拭。
俳句の知識がなくても軽妙なトークを聞いているだけでも楽しいし、
何となくでいいから惹かれる句を自分なりに選んで投票することでイベントに参加できて、
壇上の方々の選評を聞いて「そういう読み方ができるのか!」と鑑賞を深められました。

つまり、東京マッハがわたしの俳句原体験のようなもの。
最初からわたしにとって俳句が「お年寄りのやってる渋いアレ」ではなく
「心底かっこいい短詩」「刺激的な言語ゲーム」だったのはそのおかげなのかもしれません。

(以下、つづきます)

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ふるさととか故郷とかのこと

「地方から出てきて東京で暮らしてるひと、東京って楽しいですか?」
 社会学者の岸政彦先生がツイッターでそう呟いた。

東京以外を地方とするなら、ざっくり言うと大阪から東京に出たわたしも対象になるのかなあとぼんやり思って見ていた。
ツイートには色んなひとのリプライがついて、
当たり前だけど、それぞれの人にそれぞれの生活があることが伝わってきて興味深かった。
わたしもリプライを送ろうかなと思いつつ、うまくまとめられなかったのと、
考えごとが脱線していったので何となく送れずにいた。
 
わたしは大阪で東京出身の父と大阪出身の母の間に生まれ、
物心のつかないうちに埼玉に引越し、県内で引越し、
十歳の時にまた大阪に引越し、奈良の高校に通い、大阪市内で引越し、
大学進学で東京に出、患って大阪に戻り、東京にまた戻って大学を卒業し、
埼玉に移り、毎日都内に通勤しながら暮らしている。
持ち家は今も大阪にあって、でも中身は空っぽで両親はいま埼玉に住んでいる。
普段話しているのは標準語。
関西弁らしきものは話せるけれど「本場」の人からすると時々おかしなところがあるらしい。

「東京って楽しいですか」と問われると、東京は楽しい、気がする。
気になるものにはだいたい何でもすぐにアクセスできる。
イベントも食べ物も、お店も美術館も。
でも比較できるほど大阪ではきちんと「暮らし」を暮らしていなかった。
今思うと大阪では家と学校の往復で勉強しかしていなかったし、
大人になった今の暮らしやすさと比較するのもちょっと違うような気がした。
岸先生のツイートについたリプライのように、地方より人間関係が楽だとか、個性的でも奇異の目で見られないとかいった実感はない。
あと、地方と比べた東京、というところで、少し脱線した形で考えが巡っていった。

故郷ってなんだろうか。
一所に長い間いなかったせいなのか何なのかわからないけれど、
《故郷》とか《ふるさと》とかいう感覚で言える土地はわたしの中にない。

だから、出生地の意味で「大阪出身です」とは言うものの、いつもどこか違和感がある。
故郷と言うには申し訳ないような気すらしてしまう。
「えー関西出身なのに関西弁が全然出ないんですね!」とよく返されて(ちなみにその反応を嫌だと思ったことはない)、
その度に「言葉が身体に染み込む微妙な時期に引越しを…」と言ったり言わなかったり、
周りに関西弁の友達がいると自分も関西弁らしきものが出てくること(事実)を話したりする。
大学に入りたての頃はやたらと関西弁らしきもので押し通していたのも思い出し、
その頃はキャラ付けを意識していたのかなあなんて思う。

親の仕事の都合で小さな頃に引越しが続くひとなんてごまんといるだろうし、
何なら海外と日本を行ったり来たりするひとだって沢山いるし、
このくらいで故郷に対する感覚ってゆらぐものなんだろうか、でも「ここが故郷!」と思える場所があるひとばかりじゃないと思うし。
いや、でもどうなんだろう、そうでもないんだろうか。
実家があったらそこがとりあえず故郷なのだろうか。わからない。
ゆるぎない、帰る場所だと思えるところが故郷なのかなとは勝手に思っている。

わが夏帽どこまで転べども故郷  寺山修司

この名句もすごく好きだけれど、共感したことはない。
たぶん少年時代の故郷/田舎という狭い世界に対する鬱屈した気持ちとかが含まれているんだろう。
想像するしかない。
お世話になっている堀本裕樹先生の熊野に対する思いやそれが表れている作品にも、すごく憧れがある。
今後決して自分に得られない思いや血脈の強さ、絶対に到達できない世界だから。

ただ、石垣りんさんの本を読んでいた時に、
ことばが、日本語がふるさとなんだというようなことが書いてあって、すごくすとんと納得したのを覚えている。
石垣りんさんの言葉だったよなあと思って本をめくってみたけれど、該当箇所が見当たらないのですぐに引用できない…多分間違ってはいないはず)

つまり、わたしのふるさとは日本語です。
帰るところは言葉だ。わたしもそう思います。

「地方から出てきて東京で暮らしてるひと、東京って楽しいですか?」

不安に思うこと、辛いことも多いけれど、楽しいことも多い。というのが一応のわたしの答え。
でもこれは東京についてじゃなくて、今の暮らしについてだ。
東京も大阪も埼玉も、恐らくこれからも帰る場所だとは思えないけれど、嫌いじゃない。
どこにいても、言葉と一緒に暮らしていく。

敬老の日/「おばあちゃんはわたしを忘れてしまう」わけじゃない

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祖母が認知症になって二年も経ってから、
ようやくわたしは祖母に会いに行きました。

強い日差しのまだ残る9月、
祖母はわたしに「明けましておめでとう」と言い、
祖母が子どもだった頃の話をたくさんしました。
わたしが帰る時間と場所を何度も尋ね、
わたしの履いていたチュールスカートをしきりに同じ言い方で誉めました。
時々わたしの名前を間違えましたが、正しい名前でも呼び、
孫であることはわかってくれていました。

祖母と話すのはとても楽しくて、
怖がらずにもっと早く来ればよかったと、
すとんと落ち着いたような安心感でした。

わたしとしてはかなり思いきって会いに行ったのですが、
祖母が認知症になってから二年も経つ間に、
祖母のいる大阪へ行くチャンスなら本当は幾らでもありました。
行けなかったのではなく、
行かなかったのです。

(続きます)

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