演劇大学生のあれやこれ

演劇を勉強する大学生です。

表現の可能性ーハイパープロジェクション演劇「ハイキュー‼」“最強の場所(チーム)”

ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー‼」。今作品は漫画「ハイキュー‼」(原作:古舘春一/集英社週刊少年ジャンプ」連載中)の舞台化作品として2015年から上演されている。今回上演されたのはハイパープロジェクション演劇「ハイキュー‼」“最強の場所(チーム)”(演出・脚本:ウォーリー木下、音楽・演奏:和田俊輔)。春高バレー宮城県代表決定戦を描く。私が今回特に注目したのは初演から受け継がれ、今作品の代名詞とも言える「バレーボールの表現」と「ダンス」である。
 今作品での「バレーボールの表現」は4種類ある。実際にプレイをする、発光・ワイヤーに繋がったボールを扱う、照明をボールとして考える、そしてエアプレイ。最も使用され、今回注目するのが「エアプレイ」である。サーブの動き、トス・レシーブの動き、スパイクの動き。動きだけなのにそこにボールがあるような自然なプレイが展開される。特にスパイクの動き。長い手足だけでも充分存在感があるのにも関わらず、その身体から生み出される跳躍、そしてモーションには華やかさがある。
スパイクの動きはこれだけではなく、チアリーディングのスタンツを取り入れたスパイクもまた目を見張るものだ。まるで山車のような豪華さのあるスタンツは先ほどの跳躍と違い持続性がある。その持続している間にもストーリーが挟まれ、より印象的なスパイクが放たれる。「バレーボールの表現」と一言で言っても何種類もバリエーションがあり、効能を持たせている。これまでもスポーツを題材とした舞台作品は数多く上演されているが今作品ほどバリエーションの右に出るものはないだろう。
 次に印象的なのは「ダンス」である。ダンスで試合を表現、というわけではないがチームやキャラクターの特徴を最大限に表現したダンスは舞台というよりダンスショーを観ているような感覚になる。
例えば主人公が所属する烏野高校排球部は特にチームワークが抜群で明るい雰囲気である。そんな彼らのダンスは軽快なサンバのリズムに合わせ、時に烏のような動きを取り入れつつ一糸乱れぬ群舞を披露する。一方対戦相手である白鳥沢学園高校排球部は「絶対王者」ということで無機質で軍隊のような力強いダンスで対抗する。こちらは一人のエースを中心にしているため、前者とは違うチームの様子であることが分かる。また、チームだけでなく選手個人個人も誰とも違うオリジナルのダンス、ミドルブロッカーウィングスパイカーのキャラクターは跳躍力を生かしたダンスを、セッターはブレイクダンスで自己表現をする。
 身体の表現の他にも舞台上やボールに付けられたリアルタイムの映像やプロジェクションマッピングが今舞台ではお決まりの盆舞台やスクリーンに映し出され、まさにハイパー「プロジェクション」演劇という言葉が相応しい舞台である。
身体表現の可能性、舞台表現の可能性に挑戦し、進化し続けるこの作品を一度観ていただきたい。

熱い夏と中毒性ーミュージカル「テニスの王子様」3rdシーズン全国大会青学vs氷帝

 

『ミュージカル「テニスの王子様」3rdシーズン全国大会青学vs氷帝』を観た。今回の試合は以前、関東大会で死闘を繰り広げた氷帝学園との試合だ。
ザ・王道主人公校である青春学園は、スポ根魂炸裂の熱と勝ちたいという強い意志で満ちあふれていた。それに対し、対戦校である氷帝学園は名前の通り氷のようにクールに、帝王のオーラを放つ。過去に敗北した経験から「絶対に負けられない」という冷たさの中の熱さみなぎっていた。
そんな二校が繰り広げる、手に汗握るほど熱量と爽やかさが入り交じる試合は「熱い夏」という言葉が似合っていた。
幕が開くと前回の全国大会初戦、以前の氷帝学園との戦いが縦横無尽に駆け巡る姿から走馬灯のように思い出さされる。
1幕で繰り広げられた2試合はまさに「炎と氷」、スタイルの違う二人のシングルス3とアクロバットやド派手な技が炸裂するダブルス2。どちらもラリーのように軽快で、スピーディーな試合を展開した。一方2幕にかけては先ほどと違い、回想や心情、長時間のラリーが多用されており、1幕、2幕で対照的な試合運びがなされている。
回想や心情といった点ではダブルス1が印象的であった。ダブルスはパートナーとの信頼関係、友情が強くする。特に今試合のダブルス1は両校とも名ダブルス同士の試合ということもあり、相互の絆が強く感じられた。
しかし1番の見所はやはり最終試合、シングルス1。約30分間に及ぶ闘いはまさに死闘であった。ラリーは緊張感がありつつも、だらだらしてしまうもの。しかしお互い人知を超えた技を光、音等の効果で表しており迫力満点であった。そんな豪華な演出がついているのにもかかわらず、最終ラリーはとてもシンプルなものでそのギャップのためか、深く脳裏に焼き付いている。応援席もネットもなくなり、我々観客も空気と化したその場は誰も立ち入ることの許されない二人だけの世界が広がっていた。
5年前に上演された『ミュージカル「テニスの王子様」2ndシーズン全国大会青学vs氷帝』と比べてみると、もちろん同じ試合内容、同じ勝敗であるにも関わらず全く新しいものを観ている感覚であった。パワーアップした演出、アレンジや新たに加わった曲。全てが進化しており、いくら同じ内容であっても同じ舞台は存在しないのだということを思い出させる。
同じ内容なのに、同じキャストなのに、もう一度観たくなる。年月が経てば己の価値観が変わって違う観方ができるかもしれない。前回よりもクオリティが上がっているかもしれない。そんな可能性に賭けて通ってしまう中毒性の秘めた舞台なのである。

もう一度、青春ドラマを!ー劇団扉座『リボンの騎士ー県立鷲尾高校演劇部奮闘記2018』

劇団扉座第62回公演『リボンの騎士ー県立鷲尾高校演劇部奮闘記2018』

脚本・演出:横内謙介

原作:手塚治虫

 

舞台は女子ばかりの弱小演劇部、県立鷲尾高校演劇部。そんな部が一念発起して手塚治虫の漫画を部員自ら脚本化した「リボンの騎士」を上演することになる。
 超ストレートな王道青春ドラマであるが、高校生ならではの青春と恋愛、演劇部の日常と「リボンの騎士」の物語、そして主人公とリボンの騎士サファイア。2つの世界がシンクロし、ストーリーの厚みが増す。
 そんな現実と非現実の架け橋的存在となっている、ラッキィ池田と彩木エリによって振付されたダンスはシーンのつなぎで何度も登場し、時に華やかに、時にユニークに踊ってくれ、ダサダサ演劇部との対比としての役割も担っていた。
1番印象的だったのは最終場面。いよいよ「リボンの騎士」の公演が始まるとき。舞台上には「リボンの騎士」の舞台セットが置かれる。しかし、ただ置かれているのではない。セットの裏側が配置されているのだ。まるで自分も裏方として参加しているような気分になる。劇中劇を見る機会はあっても、公演中の裏側を見ることは滅多にないだろう。舞台上ではサファイア役の子が主人公だが、舞台裏の、この作品の主人公は明らかに「池田まゆみ」だった。
「池田まゆみ」(役)は本作の主演ではない。キャスト紹介の覧で1番最初に名前が載っているわけではない。しかし、私はこの作品の主人公はまゆみだと考えた。まず、演劇部が「リボンの騎士」をやるきっかけになり、脚本化したのはまゆみである。そしてサファイアと対となる存在として描かれているのもまゆみだからだ。
物語でも、現実世界でも裏方にスポットが当たることはない。しかし、舞台裏がこの作品の舞台となっているから『リボンの騎士-県立鷲尾高校演劇部奮闘記2018-』は「リボンの騎士」で主演を演じた子の、キャスト覧の1番上に名前が載っている男の子の、サファイアの物語ではない。まゆみの物語だと確信させたのだ。
そんな思春期真っ只中な女子高生、まゆみを演じた吉田美佳子の演技は観客の心を揺さぶるもので、忘れかけていた青春を思い出させてくれた。
 この先の人生、まゆみのように家族でもなんでもない人の為にこんなに頑張ることがあるのだろうか、とふと考えてしまった。自分だって主役を、サファイアをやりたかったのに、実際に演じるのは親友。そんな親友を裏で支えるなんてできるのだろうか。誰も見ていないのに、誰も賞賛の拍手はくれないのに頑張ることができるのか。
 「リボンの騎士」の最後、サファイアとフランツ王子が結ばれ二人に降りかかるはずの紙吹雪。でも実際はわざとまゆみに降りかかる。一緒に頑張ってくれた裏方の仲間はまゆみの努力を知っていた。頑張れば、報われるかは分からないけれど、誰かは絶対見てくれていて、評価してくれる。褒めてくれる。だから人は誰かのために頑張れるのだろう。そして誰かのために頑張ろう、そう思わせてくれる作品であった。

これは、あなたの物語。ー少年社中【MAPS】

少年社中20周年記念第二弾 少年社中第34回公演【MAPS】


・脚本・演出:毛利亘宏
・出演:井俣太良 大竹えり 岩田有民 堀池直毅 加藤良子 廿浦裕介 長谷川太郎 杉山未央  山川ありそ 内山智絵 竹内尚文 川本裕之 南圭介 多和田秀弥 山谷花純 小野健斗 伊勢大貴 柏木佑介 あづみれいか 中村誠治郎
・会場:東京 紀伊國屋ホール
    大阪 ABCホール
・日程:東京 2018年5月31日~6月12日
    大阪 2018年6月22日~24日

 

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 毛利亘宏が主宰する劇団、少年社中の20周年記念第二弾公演【MAPS】。少年社中が、毛利亘宏が歩んできた20年、そしてこの先の未来を物語っているようだった。
 一枚目の地図を持つ「冒険家」(多和田秀弥)は地図を頼りに、船乗りを率いて『幻の楽園』を目指すが、その地図が偽物であることを知っていた。激しい嵐の晩、死の覚悟を決めた冒険家は船乗り達に地図が偽物であることを告白する。
二枚目の地図を持つ隠居を決めた江戸の商人・「伊能忠敬」(岩田有民)は家族の静止を振り切って「自分の力で日本の本当の形を知る」ために旅に出る。だが、それは彼の嘘であった。
 そして、三枚目の地図を持つのは、「漫画家」(南 圭介)。突然売れっ子になった彼は、新連載の準備に頭を抱えていた。そんな中、アシスタントの提案に飛びつき、早速作品に取りかかる。しかし、彼は周囲に大きな嘘をついていた。
空間も時代も違う三つの物語が、三枚の地図と三つの嘘で繋がり合い、「快楽至上主義者」パーフェクトグラフィティケーション(井俣太良)、「永遠なる怖れ」インフィニティアフリード(中村誠治郎)、「哀しみの奴隷」ザ・スレイブサッドネス(杉山未央)によって絡み合う。
 これまでの20年、少年社中は決して順風満帆だったとは言えないだろう。辿り着けるか分からない「楽園」を目指す冒険は苦しく、辛いもの。だからこそ冒険は楽しい。時に怒り、時に哀しむ。そして何かを手に入れた時、未来を怖れる。ただ、そんな楽しさも、哀しみも、怖れも、怒りも。大好きな自分も、大嫌いな自分も全て抱えて生きていかなければならない。全部、自分なのだから。しかし、その中から、その中からこそ生まれた「喜び」という感情は人間が生きる上で1番大事な感情である。それは、一緒に冒険する仲間が教えてくれた。 
 これからの未来、人生という名の冒険。地図を持って冒険に出ることを後押ししてくれる。地図(物語)にはまだ何も描かれていない。地図には楽園の場所(夢)と自分が描かれる。でもまだ真っ白だ。この地図を描くのは、誰でもない自分なのだから。この物語が、あなたの冒険の指針になることだろう。
これはたくさんの地図を巡る物語。
あるいは、たくさんの嘘の物語。
あるいは、感情の物語。
あるいは、あなたの物語。

      

                        (6月の劇評レポートより)