号泣する準備はできていた、
本当はこのタイトルを一時帰国のときのことを書こうと思って、取っておいたブログのタイトルだった。
でもその時、本当にバタバタしてて、振り返りとかそれどころじゃなかった。
途中まで全然別の内容で書いていたんだ。
でも、その内容なんかよりも、このタイトルがぴったりの出来事が起きてしまった。
このタイトルがずっと心に引っかかっていたのは、
あのときこのタイトルでブログを書くことができなったのは、
きっとこのときのためにあったのだろう。
号泣する準備はできていた
江國香織さんの短編小説のタイトル。たしかこれで、直木賞を取ったはず。
高校生の頃かな。このタイトルに惹かれて、その上なぜか家にこの本があった、親にはまだ早いよと言われながらも背伸びしながら読んだ本。
たしかに難しくて、わたしにはまだ理解が難しかった。
1年ほど前、またこの本を今住んでいるところで見つけた。
今ならわかるかなと思ったけど、10年ほど経った今も内容はわりと難しく、理解し難い内容も多かった。
もっと大人な恋愛や結婚をしなきゃわからない気がする。
ならきっと、わたしにはずっとわからないだろう。
でもこの、タイトル
号泣する準備はできていた
というフレーズがとても好きなのだ。
もう全ていろいろわかってて、でも、表には出すことが難しい、そういう大人に、なってしまっている。
そう、準備はできていたのだ。いつだって。
タイへの出張を終え、精神的にボロボロになりながら迎えた一時帰国。
もうあの場所へは戻りたくないと心底思いながらも、
両親がわたしが住む国に訪れる予定だったので、仕方なく両親とともにニュージーランド旅行、そしてわたしの住んでる島、首都のアテンドをして、そのあとは首都で会議があり、息つく間もない1ヶ月ちょい。
やっといつもの生活が戻ってきた、はずだった。
活動に行きたくないと心底思いながら迎えた1/20の日曜の夜、急にネットが途絶えた。
明日にはきっと戻るだろう。明日朝起きたらネット復活してたら、活動行くのやめようかななんて思っていたくらい、いつもよくあることの一つの出来事のはずだった。
朝起きてもあれ?まだネット繋がらない。仕方ない活動行くか…くらいな感じだった。
ネットが繋がったら活動へ行かないなんて、甘ったるい考えをした罰が当たったのか、それがこんな事態になるなんて。
ネットの不具合は、まさかの国全体で、ネットのサーバーのダウン。
約1週間、全くネットが繋がらなかった。日本じゃありえない、あり得るわけがない出来事だった。
超短時間なら繋がるときもあるという情報を1/24木曜日の夜に得て、そのときから家のWi-Fiを入れておいたら、1/26土曜の朝、本を読んでいたら、ピロンと久し振りに聞き慣れた音が鳴った。は!!!!!っとなって、慌てて携帯を見た。
繋がってる!今だ!!!
兎にも角にも、最初に見たのはツイッター。1/22火曜日くらいに、あれ?もしや嵐のand more…の詳細きてるんじゃ…やばい、これは。と気づいたのだ。
そのときには、ネットが復旧するのは2〜3週間後という噂すら聞いていた。
もし、月曜日に申し込み始まってたら、ネットが復旧するまでに申込期間終わる可能性もある…これはまずい。せっかく10月に帰れるのにand more…に行けないなんてありえない。
そう思ってたわたしは、とにかくツイッターを開いて「嵐 申し込み」と検索した。
そしたら、幸運にもまだ前日に申込詳細が来たばっかりだった。でもいつもと申込方法が大幅に変わっており、名義の振り分けもしておいたのにパーになった。
とりあえず、名義を預けてる友達に用意しておいたLINEを送った。来てたLINEもばーっと見て、なんとかツイッターで今の状態を打って、伝わるかわかんないけど。それくらいで15分弱。
ネットはまた切れた。
この話を同じ島のコたちにしたら、笑われたけど。とにかく、なによりも嵐が大事。嵐に会えないなんて無理。いや、当たるかは知らんけど、まじほんと応募さえできなかったら、ここにいる意味無くすからね。笑 日本と真逆の環境にいるのに、そこが根本にある自分でさえ、呆れるけど。
それからもほんの数秒や数分、繋がったりは数時間に一回くらいあったけど、せいぜいLINE受信が精一杯。
ツイッターなんて見れなかった。
そう、まさか、わたしが世界から遮断されてる間に、
あんなことが起きるなんて、夢にも思ってなかった。
1/28 月曜日午後3時30分過ぎ。
金曜日から張り付くほど見ていても、繋がらなかった活動先のパソコンのネットが繋がった。
繋がったことに驚きを隠せなかったし、喜びでいっぱいだった。
ツイッター中毒なわたしは、ツイッター見なきゃ!と思って、るんるんでツイッターにログインした。
時間がかかりながらもツイッターに繋がった。
TLを見た瞬間、入ってきた言葉が
「#大野くんの夏休み」というハッシュタグだった。
うん???
ってなった。
ちょっとみると、嵐が活動休止とか、会見、嵐らしい、
とか書いてあった。
え、ちょっと、どういうこと??なに?また文春?嫌だなーそんなまた悪いジョーク。
となんて思っていたら、フォロワーさんたちがみんな泣いていたし、悲しんでいた。
会見ってなに?
ただでさえ、このネット環境が劣悪な中、画像なんて重くて読み込めないよ、動画なんてもっての外。
てか、活動休止って嵐が??
あの嵐が???
いつから?待って。
大野くんの夏休みなんて書いてあったから、さとしくんだけ??
え、and more…は??
え、え、え、、、、、
必死にクリックして次を読み込みたいのに、ネットは一向に読み込まない。
詳しく検索しようと思ったのに、海外製で日本語が打ち込めない。手が震える。
気づくと涙しか出てこなかった。
いつから休むの?いつまで休むの?みんな芸能界からいなくなるの??個人の活動は???
ねえ、なんで活動休止しちゃうの。
自分だけ、わけもわからず世界から取り残された気分だった。
ていうか、わたしなんでここにいるの、
日本に帰りたい、帰らなきゃ。
嵐の全てを見届けなきゃ。コンサートに入る入らないとかそういうのじゃなくて、
テレビもラジオも雑誌も、そういうのも全部全部買ったり、読んだり、アンケート送ったり、要望出したりしなきゃ。
ここになんていちゃいけない。
日本に帰らなきゃ。
でも、それでわたしは本当に満足するのかな。
何年か後、どこかでとても後悔する気がする。
途中でやめたことを。
わたしとって、嵐はとてもとても大きいもので、この生活を本当に支えられている。
だけど、自分自身のためには絶対にならない。そして嵐に笑顔で会うことなんてできない。
ここで帰ったって、コンサートに全部入れるわけじゃないし、
嵐に泣きつけるわけじゃない。
いつまで彼らが表舞台に立ってるかわからないけど、
誰かのつぶやきで2年後彼らがいない毎日が訪れるって書いてあったから、2年後かもしれない。
なら、なんとかなる。彼らにちゃんとありがとうって言える。
気づくべきだった。
20周年だからって、50公演なんてやる異常な数に。
そして申し込みの、異常な厳しさに。
どれだけファンみんなを入れてあげたいんだろうか。
嵐ってこんなにファン想いだったんだ。
だなんて、あの日曜の夜、ふと見たくなった「untitled」を見ながら、考えて一人で完全に浮かれてた。
今は、「嵐 活動休止」いう言葉に触れた瞬間泣いてしまいそうだ。
その事実を知った後から、気づくと外を眺めて、ぼーっとしながら、どうでもいいことを考えた。
いつもは使わないような文明の進んだおもちゃで遊ぶ子どもたち。そんな珍しいものどこで手に入れたんだろう。
どこかから逃げてきたであろう、ヤギの群れ。あーどこへいくんだろうと笑った。
そうでもしないと、何かに突然襲われたように、ぶわっと泣きそうになる。
現地人の前で泣いたら、不審がられるし、説明できないし、娯楽というものを知らないこの人たちに、これを説明したところで、理解などされるわけがない。
この気持ちを少しでも誰かに放出したいのに、ネットが繋がらない。LINEもメールもツイッターもできない。
ヲタクじゃないとわからない悲しみ、痛み。
ねえ、本当にあなたたちはいなくなっちゃうの?
会見の日の朝、日本ではまだ真夜中だけど、青木アナのツイッターの通知の意味に気づかなくてよかった。
家を出ようとした瞬間、通知だけがきた。
繋がったか?!と思った次の瞬間にネットが繋がらなくなってる現象なんて、この数日で10回はあった。
でもそのときに朝までのTLが運良くよく読み込まれていて、少しだけ見ることができ、状況を少しずつ把握することができた。
#大野くんの夏休み
のハッシュタグの理由がわかった。
そして、まさか、この話が始まったのが、わたしがまだ日本を発つ前だったことを知り、衝撃を受けた。
たしか、さとしくんのラジオ終わったのってその年じゃなかったっけ。
それもきっかけの1つかもしれないな。
あのラジオにはすごい救われたもん。懐かしいな。
海に行きたい。
チョコレートが食べたい。
そう思いたって、出かけた。
綺麗な海が見たい
と思って片道50分もかけて歩いたのに、完全に干潮だった。海感がゼロだった。
帰り道にチョコを買ったけど、パッケージに惹かれてなぜか買ったのが、製菓用チョコでほろ苦かった。
あ、全然頭が感情に追いついていないんだなって気づいた。
本当に嵐の活動休止に落ち込んでるんだって、そのときにやっと気づいた。
でも正直言って、さとしくんがきっかけでよかった。
何年の休止なのか、無期限休止なのかしらないけど。
ほかの4人が発端だと、もう嵐は嵐に戻らない気がする。
でもさとしくんなら、戻ってきてくれる気がするから。
ふわっと、戻ってきてくれる、そんな気がする。
そんな気がするのは、わたしだけなのかな。
「さとしくん、クジラを見に来ませんか?」
ありえないけど、もし声をかけられるなら、今、さとしくんにこの言葉をかけたい。
あなたのことなんて、誰も知らないような、
名前くらい知っている人が、ほんの数十人しかいないような、
今わたしがいるような国にぜひ行ってほしい。
自由になってほしい。
ふと音楽が聴きたくなって、いつもは聞かないような曲を上からなんとなく聞いていってた。
aikoの曲を聴きだしたときに、
「あっ」と思ってしまった。
愛だけは と 蒼い日
聴いた瞬間、後悔をしたけど、止まらなかった。
《好きな気持ちの形変わっても 一生変わらないでしょう 例えばそれがボロボロでも みんなが笑っても 変わらない この愛だけは》
《あなたのその目の輝きも あたしの夢も それぞれある 道のりも 遠回り月明かり迷い 下を向き涙こぼれても 必ずいつかまた会える 必ずいつか重なる
少し離れるね 元気でいようね 》
声をあげて泣いた。
もう涙なんて出ないかと思っていたのに。
わたしの20代は彼らで溢れていたのだ。
aikoは前の出来事に引きづられて好きでいた気がしてたけど、
どこかで彼らとも、
絶対に現実的に向き合えない彼らとも、
重ねてしまっていたのかもしれない
ここからは、わたしの独り言。
ツイッターに書きたかったけど、ネット繋がらなくて、ダメだったから。
2年あるというのは、彼らの優しさなのか。
たしかに、明日から活動休止です。と言われるよりはいいのかもしれない。
でも毎日、彼らが活動休止するのかという落胆に打ちのめされながら、約2年間を過ごすのは結構辛い気がする。(28.01.19)
いつだって、脆いのはみなとくんの方だと思っていた。
嵐は大丈夫。そんな風に簡単に考えていた。
でもきっと、そんな考え甘かったんだと思う。
いつだって、いなくなることを知るのは、突然だ。(29.01.19)
スタッフさんからの電話で活動のことだけだと思ってたのに、まさかの嵐のことを言われて、たった、嵐ってワードを聞いただけで、電話越しで泣いた。崩壊しそうだけど出張のこともあるし頑張ります。って答えたけど。だから日本人に会いたくなかったんだよなあ。(29.01.19)
カラオケ行きたい。aikoのバラードガンガン歌いたい。今も家で一人で、あなたを連れて蒼い日愛だけはを大声で歌っていたけど。大家さん帰ってきたばっかりでびっくりだっただろうな。日本語わからないからこういう時有難い。(29.01.19)
ネットが少しずつ良くなりそうだ。でも本当の事実を知り、理解してしまったら、また泣いてしまう。すでにお腹痛い。(30.01.19)
20周年終わったら休止とか言わないよね、そんなことあるわけないか。言葉にしたら現実になりそうだと思ったから、やめておこう。と何回か思ったことを今更思い出した。だからなんだっていうんだけど。(30.01.19)
別に誰かを責めるつもりもないし、誰が悪いというわけでもない。彼らの人生なのだから、彼らの好きにしていいとも思う。でも悲しいものは悲しい。切ないものは切ない。ただ、それだけなのだ。ただそれだけ、(31.01.19)
怒涛過ぎた1月が終わり、2月だ。朝起きるたびに、そっかあ活動休止するのかあ、、、となってる。最近ちゃんと寝れてなかったのか、昼前に帰ってきてから3時間も昼寝してしまった。めっちゃ暑い。夏だ。(01.02.19)
でもまだ夢のように思う。会見も見れてないからか、わたしが日本にいないからなのか。彼らがいない日々が訪れることが、まだまだ実感できず、涙を流す日々は続くのだろうか。(01.02.19)
嫌なことがあったときとか仕事でやるせないことがあったときとか、2年後、あー嵐に会いたい!って思っても会えなくなるのか。精神的に支えられ過ぎてた。みなとくんとはまたちょっと違くて。(01.02.19)
2月2日
朝起きたら、ネットが繋がったという知らせが。
ツイッターも開ける。さくさく見れる、感動!!!!笑
ネットに繋がるのが久しぶり過ぎて、逆に何をしたらいいのかわからない状態だった。
FCのページ開いて、動画見ようと思ったけど、それはまだ重くて、見れないようであった。
でも下の、一人ひとりのコメントを読んだ。
その後、ツイッターを検索し、会見を見た。もう何をどうやったらいいのか分からず、会見を全てを見たい。と思ったけど、時間が経ち始めており、ちゃんと見れたのか分からない。
Mr.サンデーは全部見たと思う。他にもおすすめあったら教えて←
zeroも見たし、enjoyも読んだ。
そのあと、やっと今日、
VSやしやがれの前の挨拶もMステも、番協の様子も読んだ。
涙なしでは何一つ見れなかった。
でも、会見がエイトの時のように、みんな暗いスーツを着て、机に離れて座り、話すものだと思っていたから、
画像を見た瞬間、本当に心から驚いた。
パステルカラーの衣装で立って話すだなんて、ほんとに明るい、会見にしたかったこと。嵐がまだまだ前しか向いていないことを物語ってる気がして、そこだけはすごく救われた。
みんなが"嵐らしい"会見だった。
っていう口々に言っていた意味も納得できた。
同じ島の後輩隊員も会見を見たらしく
「全然部外者だけど、ほんとに心温まる会見でした」
と言われて泣きそうになったけど、ぐっと堪えた。
これは会見を見る前に、読み込まれていたツイッターだけを読んで思って書いておいたこと。
ツイッターを見てて、たしかにそうかもなと思ったのが、嵐の冷却期間説。
嵐に頼り過ぎていたんだ、事務所はもちろん、日本全体も。普通なら人気が落ち着いてくるはずなのに、ほとんど変わらない。
こういう、休止という形をとらないと、無理だったんだと思う。
さとしくんを除く、他4人はワーカーホリックだから、おそらく仕事なんて自らは減らせない。
大きく体調を崩す前に、嵐が嵐で無くなる前にこの決断をしたのは仕方なかったんだと思う。
でも、zeroを見て、引っかかったことがある。
去年の6月に事務所の方々に、話してから休止が浮上したということだ。
じゃあそれまでは?
《5人じゃなきゃ嵐じゃない》
といい続けてたんだから、きっと彼らはそれぞれの道を選ぶ予定だったのかもしれない。
それでもいいんだ。
今はそうじゃないんだから。
正直、まだまだ前向きにはなれないも思う。
毎日泣いてるし、ちょっとしたことですぐ涙が出てくる。
嵐はわたしのジャニーズの根本であって、どんなにいろんなジャニーズに沸いても、Jr.に沸いても、戻れる場所があったから好きでいた部分がある。
もちろん、みなとくんの活動が始まれば、きっと前のように変わらず、いや、それ以上に応援するだろう。
でも、ふと振り返った時に5人がいないのかと思うと。
これを書き上げる最後に、Mステを見て、本気で泣いた。
ああ、この人たちが好きだ。
ずっとこの人たち以上のアイドルには出会えない。
こんなに想って、こんなに泣くことができるアイドルにはもう二度と会えない。
恋でも、愛でも、表すことができない、
この気持ちは一体なんなんだろうか。
アイドルでいてくれてありがとう。
嵐でいてくれてありがとう。
出会ってくれてありがとう。
これからもよろしくお願いします。
何年先かわかんないけど、
さとしくんが
「またアイドルやりてぇな」
っていつか釣りをしながらでも思ってほしい。
そのときをいつまでも待っているからね。
.
ただいま、戻りました※5月のセクゾ横アリでみなとくんが現場復帰した設定で書いてます
また一つ、歳を重ねました
まだ会員動画を見れていないくらい、なんだか精神的にやられているけど
けいとりんの留学話を聞いて、少し自分と重ねてしまうところがあった。
ヲタクとして、1年を振り返る。
2017年も、年末になりました。
日本とは違い、南半球のこの国では、
真夏です。暑いです。とにかく暑い。日差しが日本とは全然違う。暑いじゃ足りない。もはや熱い。のが合ってる気さえする。それほど暑い。
そして、毎年の年末といえば、年末年始のコンサートやらでひたすら出かけてたり、年末年始の特番のために、レコーダーを必死に空けてたりとかね。
寒さもなければ、現場ばかり詰め詰めなわけでもなく、レコーダーを必死に空けるわけでもないから
要するに年末感が皆無。笑
いつもならわりと、ツイッターのタグで現場を振り返ってみたり、いろいろしてるけど、
なんせ今年は10月から現場は行けてないし、そもそもスケジュール帳も日本に置いてきてしまい、前半の記録が脳内にもあまり残ってない……
しんどいファンサタグも気になってはみたものの、そこまでしんどいファンサもらってないなとか思ったり←
要は、ツイッターで見せられる代物はないなと思い、ブログにしました。
きっとこっちの方が見てる人少ないだろうし(笑)
この1年を振り返れば、全体としてはほんとに濃かった。
現場も制限があったわりには、たくさん行ったし、でも人生が180度変わることがあった。
きっとこんなに怒涛な1年はきっと今後ないだろうなと思う。
このブログは、ヲタク用なので、ヲタクのことしか書かないけどね。
まずは、2017年現場の振り返り。
1月 JUMP×2 僕ごは舞台挨拶×2 嵐福岡 ジャニアイ×2 VS観覧
2月 えび握手会、少年収
3月 祭り横アリ×3、VS観覧
4月 祭りたまアリ×2 運動会 少年収 しやがれ観覧
5月 セクゾ×5 少年収
6月 魔女宅 NEWS、少年収、VS観覧
7月 ワクワク学校、キントレ(KHB)×2
8月 サマパラ(聡マリ)、キントレ(らぶとら)
9月 ジャニアイ×3 JUMP×2
10月〜12月 なし
計39現場
やばいな、なんでラスト3ヶ月現場行けてないのに30超えてるのだ……笑
そして2月の記憶がまじ曖昧…
みなとくんがいなかった少年収があったはずなんだけど……それが2月だったかな…あれ、3月……2月の現場が思い出せない……(友人とのLINEを必死に見返してえび握手会が2月だったことが判明…3月だと思ってた←)
こいつ、わたしと一緒に入ったの、忘れてるっていうのがあったら教えてくださいまし←
7月から思うように動けなくなったのですが、
もし動けてたら、60現場くらい行ってたのかなって思ったら、ただの恐怖(笑)
テレビがない生活を7月から強いられて、テレビの録画も泣く泣く諦めました。
日本を出てからこの3ヶ月は現場もお預け状態、ツイッターくらいしか見れない茶の間レベル以下まで下がってましたが、
気づけば、逆に想いは重くなってきました。笑
とくに嵐は、本当に彼らは今のわたしの心の支えです。
日本では、録画してもなかなか見る時間も無ければ、見る気持ちにもなれなかったり、買ったDVDも全然見れない有様。
大して好きじゃなくなってきたのかた思うことも多々あったのはたしか。
でも、今は、普段なら泣かないところで、映像見て泣くようになったり、
日本帰ったら、ツアーを一緒に回りたい!とまで思うようになってきている。
別に距離じゃないんじゃないかな。って最近思えてくる。
現場は行けないし、日本にいるみたいに全番組録画できないし、回ってくるやつにも限界がある。ネットは高いから、動画も全部はなかなか難しい。雑誌も全然読めてない。ラジオも聴けない。
ヲタクとしては全然ヲタクじゃないけど、気持ちはほんとに変わらない。むしろ、強くなったかもしれない。
これはこれで、わたしにとってはすごい必要な時間だったのかもしれないと最近思ってる。
次はしんどいファンサ。笑
よく考えると、あんまり今年はファンサもらってないのではとか思ったけど(笑)
まあいちばんは祭りのみなとくんですね(笑)
横アリ祭り初日。花道真横の席で何回かみなとくんは通るけど、あっという間に過ぎていってしまう。最後の最後にもう一回きて、みなとくーんと叫んだら、私の奏うちわを見て、ものすごい可愛い顔でびっくりしてて(自分のうちわ発見したのその日初だったのかな)口パクで「ありがとう」と言ってくれた。
これはしんどかったな。というか、沼への始まり過ぎた。笑
密かに応援してるうみくんからのが、ファンサもらってる数は多いし、
みなとくんとは、横アリセクゾのときも、いろいろ楽しかったけど、
ちゃんとこれ!っていうのはこれだけなんだよなーたぶん。笑
それでもみなとくんは特別だし、いちばんだいすきなJr.なんだよね。
あとは、はしみじゅの覇ポーズかな!
ガムシャラはもう2年以上前の話なのに、覚えていてくれて、なんかこっちまで嬉しいし、
みじゅに顔バレしたのも今となっては、いい思い出(笑)
この1年を振り返ると、よく名義ががんばってくれた年だったし、自分が持ってる名義もだけど、友達のおかげもあり、席もほんとにたくさんいい席に入れたなって思う。
もし神様がいるなら、わたしが海外へ行くことを後悔しないように、たくさんの後押しをしてくれたのではないかなって思う。
本当に運がいい年ではあったと思う。
この運気がまた来年の年末に戻ってきますように。
今はこの生活を頑張るから、ご褒美がもらえますように。
そして、ヲタクのみんなとお酒飲んで、美味しいもの食べて、たくさん喋り倒す日が一日も早くやってきますように。
ジャニーズももちろん大好きだけど、
わたしは、一緒に連番してくれたり、ご飯や飲みに行ってくれたり、今の現状を理解して、たくさん助けてくれるジャニヲタの友達がいるからこそ、
ジャニヲタってとっても楽しいんだ
ってことを改めて気づいた1年でした。
ステキな1年をありがとうございました!
こんなやつですが、来年もよろしくお願いします!!!
それでは、良いお年を。
、
ジャニヲタをカミングアウトするタイミング〜結婚編〜
暇を持て余すと余計なことを考えるもので。
真夜中に途中覚醒し、もう一度寝ようと目を閉じていたときに、ふと考え、浮かんでしまったのです。
もしや、大学卒業し、子供があまり危険なく産めて結婚できるのはだいたい22〜39歳とされており、
そして、女の価値が高いと世間で言われてるのは20代とするならば、
自分はもしかして
"真の結婚適齢期"
と思われるものは、とっくに半分以上も過ぎてるのでは…
ということに海外逃亡(言い方)してるのに気づいてしまったのです……というか気づいたの今かよ!と突っ込まれそうですが。
日本に戻ったら、三十路はすぐそこ。
結婚はしてみたいし、子供も欲しい。
じゃあ帰ったら、婚活しなきゃいけないのか……という現実に突き当たるわけで。
さて、ここでいつもの問題が浮上してきます。
ジャニヲタであることを
(それもとくにジャニーズJr.を愛でてる毎日)
であることを男性に公表すべきなのかしないべきなのか。
結婚ってなったら、生活です。
わたしはわりとなんでも隠してるのが苦手なタイプでして←
合コンとか行っても、当たり前の決まり文句の
「趣味は何?」
はー趣味……困った……
ジャニヲタって言ったら、絶対引かれるしな、、
といって、適当な趣味を言うと、なんとも言えない背徳感に襲われる。笑
では実際に男性から見て、
いざ、彼氏ができた、結婚する。となったときカミングアウトされるのと
付き合う前からジャニヲタであることを知ってるのとではどちらがいいのか。
わたしの数少ない男友達にアンケートを取りたくて仕方ない気分です←
今すぐLINEしようかとも思ったけど、
さすがに引かれると思ったから、やめたけど。笑
いや、できるなら、そんな狭い世界ではなく、世の男性に!!!!!!!!問いたい!!!!!
ジャニヲタだからなのか、自分に問題があるのかわからないけど←
少なからず、ジャニーズが原因として(?)
彼氏ができない!結婚できない!!!!とか思ってる人は少なからず、わたしだけでないはず←
ジャニーズはわたしにとって、恋愛ではありません。(きっぱり
趣味なのです。
旅行が好き。登山が好き。マラソンが好き。カメラが好き。ディズニーが好き。この漫画が好き。このスポーツが好き、この食べ物が好き……………
と変わらない!!!!
なんら変わらないのです!!!!!
毎日、ツイッター見て、にやけてるけど!かわいいかわいい無理しんどい言ってるけど!!!!
出演してるテレビ番組も全部録画して編集して何度も見返してしまうけど!!!!!
つい、CDやDVDも初回やら通常やら、ちょっとメイキングとかつけられたら、すぐに買っちゃうちょろいヲタクだけども!!!!!
コンサートも舞台も一回だけでいいや〜なんて口では言いながらも、
やっぱり、会えるなら会いたいし、、、なんて言いながら簡単に複数回入ってしまうけども!!!!!
それとなんらその‘好き’と変わりはない!!!!はず!!!!
その矛先がジャニーズなだけで、
なんら変わりはない!!!!!
なのに、なぜジャニヲタということに、こんなに抵抗のある世の中なのだろうか。
もしくは!
ジャニヲタであることに勝手に自分たち自身が世に対してのイメージを払拭していないだけなのだろうか。
うーーーん、わからなくなってきた。
わたしの周りのジャニヲタの友達も徐々に結婚してきているわけですが、
わりとジャニーズにわりと理解があるイメージがあります。
だがしかし、結婚したいと思う人とも出会ってもないこの状況。
そして、真の結婚適齢期のタイムリミットも間近に迫ってる中、ちょっとでも効率よく(言い方)行うためには、どうしたらいいのか。
もし、日本に今いたら、まだ時間に余裕がある今なら!←
合コンやら街コン、婚活パーティーなどなどで、ジャニヲタのことをカミングアウトした場合とカミングアウトしてない場合の反応調べをしてみたいくらいなのに←
残念ながら今は合コンなんぞない、それも日本人は女性ばかりの国へ来てしまいました……
ううう、暇なのにもどかしい……
もしよろしければ、だれかやって、結果をわたしに教えてくださいまし←
こんなくだらないブログを最後まで読んでいただきありがとうございました。
(気が向けば、既婚者向けアンケートやりたいんけどな〜〜)
.
決して、ヲタ卒ではなく
ヲタク人生、第1幕閉幕。
突然ですが、(突然でもない、知ってる人は知ってる)
わたし、2年間日本を離れます!
南半球の南国、別名フレンドリーアイランドとも呼ばれたという、島国に行ってきまする。
いろいろ悩んだけど、そろそろ日本を離れるのもいいかなーって思ったりね、
うん、まあいろいろあったんです。それは話せないし、話すほど、すごい内容でもないし、というより、ほんとくだらないきっかけで。笑
ジャニヲタ人生は実は、今日でまるっと5年。
短いよねー
わたしの年代なら中学生や高校生からずっとジャニヲタやってる子も多いから、人生の半分はジャニヲタなんて、星の数ほどいるさ(笑)
嵐ヲタなんて、とくに新規に対する目はすごくに厳しく、最初は、すごく居心地が悪かったな。笑
でも、嵐を通して出会った友達は、本当に素敵な友達ばかりで、
毎週会いたい、毎日会っても飽きないみたいな子たちばかりで、
この年齢になって、そんな友達に出会えるなんて思ってなかったから、本当にジャニヲタになれてよかったなって思うの。
だってジャニヲタになってなかったら、
わたし、HDDの存在さえ知らなかったよ。だって、テレビ番組を録画できる機能は、わたしの中でVHSで止まってたもん←
ドラマの撮影の仕方は、放送される通りで撮ってると思ってたし、
テレビに出てるゲストの9割が番宣で来てることなんてわからなかったし、
観覧にスケジュール奪われてるような女の子たちがこんなにいっぱいいるなんて知らなかったし、
飛行機にパックというものが存在することも、ホテルを何ヶ月前から抑えるという手も、
コンサートに複数回行くなんていう考え方も、ジャニヲタにならなきゃ、知らないでいた世界だった。
きっといろんなことを無知なままに結婚とかしてたのかなーと思うと、ぞっとすら、してくる。いろんな意味で。笑
5年間、人生の8割はジャニーズにかけてきたし、
嵐が好きで、アイドルが好きで、
どんどん沼化してって、気づいたら、Jr.沼にどっぷりハマって、
ゴキブリほいほいじゃないけど、Jr.沼ほいほいにお金取られ(笑)
一般女性よりももらってるはずの給料なのに、全然貯金できないしね(笑)
反省点はたくさんあるけど、後悔してないし、何よりたのしかった。
キラキラ輝く、がんばるアイドルを見るのがほんと楽しくて、
友達と一緒に騒いで、きゃーきゃーいって、必死にファンサもらうために、頑張ってみたり、終わったら、現場終わったら乾杯して、またヲタクのゲスいして、次の現場に備えて頭ひねらせてみたりね。
たくさん笑って、泣いて、どんなに仕事が嫌でも、彼らに会うために頑張らないと!!!みたいにわたしの生活を支える糧になってた。
5年前の今日、
ほんときっかけは単純で。
あの当時でもう3.4年前に公開された花男F
ずっと、見てなくて、友達とDVD鑑賞しようってなって、これ見たいって言っても、
みんなが映画館で見たから見なくていいよーって、口を揃えて言うから、
ずっと見たかったけど、見れてなくて、
やっと実家に帰って暇だから、DVDでも借りてくかーという感じで、寄ったレンタルショップ。
ずっと見たかったんだよな!やっと見れる!って思って、手に取った作品。
実家に帰って、1人で見たとき、最後のシーンに全てを奪われた。
よく思い出すのは、小学生のときに流行った、プロフィール帳。
好きな男性有名人は?
っていう質問に、いつも答えられずにいた。
でもあるとき見た、
生まれて初めて、芸能人でカッコいいって心から思った。
でもそのときはそれで終わりで、
なにも動くこともなく、Mステで時々見ては、反抗期真っ最中だった彼に、あまりいいイメージすら生まれなかった。
友達(今は相方さん)が中学のころ、先に嵐にはまって、家でHow's it goig?見せられたけど、
何がいいか全くわからなかったことやジャニショに行きたいって言われて、夕方の整理券一緒にもらって、人生初めてジャニショにいったりもしたけど、なにも始まらなかった(笑)
中学、高校、大学3年までは、部活やら勉強やらバイトやらで、テレビなんてほとんど見てなくて、
周りの友達がジャニーズ好きって言って、ジャニーズの話を夢中で話す姿がすごく可愛くて、それを聞いてるのが好きなくらいな人間だった。
いつしか、嵐はものすごい人気になっていて、
すごい人気なんでしょ??チケット取れないんだねーすごいねーなんて話してるくらいの人間だった。
私がどハマりする2週間前、
高校時代の友達が上京してきてて、今、相葉くんが好きなの!ジャニショに行きたい!
って言われ、人生2回目のジャニショへ。
へえー変わらず、みんな熱量があるんだなーと少し離れて人ごとのように見てた。
あのときは、2週間後、人生が大きく変わるなんて、知りもせず。
まだまだ見たいものも、感じたいものも、追いかけたいものもたくさんあるよ?
でもどこかで区切りをつけなきゃいけないと思うんだよ。
実際、宮城のコンサートくらいから、そんな気がしてたんだ。
まあ、そのあと(そして現在も)Jr.沼に溺れたりしてて、あまり有言実行もできなかったけどね(笑)
嵐は大丈夫。あなたたちはそんなに脆くないと信じてる。
わたしが離れる2年間で、あなたたちの立ち位置が変わってしまうかもしれないけど。
いや、そんなことないか…な。笑
いつも前しか見続けていない彼らが
どうか無事に20周年を迎えられますように。
ギリギリ20周年はお祝いに帰ってくるからね。
JUMPくん。10周年おめでとう。
君たちが見たい世界に、わたしは今一緒にいることはできないけど、まだまだ飛躍できるって信じてる。
この前の10周年ツアーで、裕翔以上のかっこいい人には、この人生出会えないなって確信したから、もうわたしは大丈夫です。はい←
みなとくん。
ほんとにほんとに、だいすき、
ひとつわがままを言うなら、
どうか戻ってくるまで、ジャニーズにいてください。
悩んでることもたくさんあると思う。きっとスケジュールの都合なのか学校の都合なのかはわからないけど、帝劇にいないことは、わたしにはわからない理由がたくさんあるんだと思う。
最後に会えなかったのは、手紙を送れなかったことは、
すごくすごく泣くほど悲しかったけど。
Eテレのニューベンゼミのレギュラーやら
何より、しょさんのドラマのレギュラーもあるんだからね。
みなとくんの輝く未来が開けることだけを祈ってるよ。
またキラキラな笑顔、可愛い笑顔、この目で、生で見させてください。
ジャニヲタやめるわけじゃないけど、世界が180度変わるので、
人格も変わっちゃって、ジャニヲタなにそれ美味しいの??
みたいになってるかもしれないし、
未来なんて誰にもわからないじゃん?SMAPが解散しちゃうみたいに、永遠なんてないんだよね。
とくにヲタクは流動的だし、
趣味なんて、明日には変わってしまうかもしれない。
人生なんて、そんなものなのかもしれないって最近すごく思う。
決して、これはヲタ卒ブログじゃないし、担降りブログでもない。
わたしのヲタク人生の、一部を書き留めただけ。
きっとあっち行ったら友達もいないし、暇らしいから、今よりDVDとか真剣に見ちゃうかもしれなくて、もっと重度なヲタクになって帰ってくるかもしれないよ?笑
それは、わたしももちろん、だれにもわからない!
このブログもTwitterも頻度は増えるか減るかはわかりませんが、もちろんそのままにしておきます!
長文で自己満な、ブログを読んでいただきありがとうございました!!!
また逢える日まで***