死刑、恐い、でも…。

先日、三件の死刑執行があったと報道されました。

久しぶりに死刑の執行という言葉を聞いたので、なにやら複雑な気持ちになり、このブログを書いてます。

実際、この三人の死刑囚の犯した罪は全く赦される余地のないもので、ご遺族のかたの気持ちを考えるとこの執行に正直全く同情は出来ません。

しかし、死刑執行の役割を担う刑務官のプレッシャーやストレスも相当あるようで、首に縄をかけたり、執行ボタンを押したり、遺体を処理したりする事のやりきれなさや、「元気でな」と言って別れられないカタルシスのなさなどが、彼らを取材した記事などから読みとることが出来ます。

殺人はよくない(死刑になるのはほぼ殺人罪)と言っておきながら、死刑という殺人を認めるのも矛盾しているし、また、冤罪の可能性や、国際的な世論も諸手を挙げての死刑賛成論に傾く事を躊躇させます。

かといって、終身刑もこの国の財政から許されるか。

一般的な刑務所入所者の年間当たりの費用は約270万円だそうです。

270万円なんて、今時の地方の非正規労働者の年収以上ですよ!

懲役の収入だけで入所者は食べていけないそうです。

死刑もだめ、刑務所での終身刑も困難だとすると、他にどんな手段があるの?

ある日上記の話題が家族の会話でのぼったことがありました。

私は、江戸時代にあった島流しを提案しました。ある一定期間食いつなげる食料と、野菜や穀物の苗、鍬などの農作業ツールのみ持たせて絶海の孤島に送るのです。そこは市民権などないサバイバルワールド。食料など援助無し、自給自足生活です。死刑判決が下されるような人物ばかり集めた場所で、自分が命を狙われるかもしれないという恐怖と隣り合わせで生活します。

そして、いかに自分は自己中心的な欲望でもって人を殺めたか認識し、譲り合って生きていくことを学ぶのです。そしてある一定期間生き延びた人は帰ってくることが出来る。

なんて事を滔々と述べたら、非現実的過ぎる、と一笑に付されました。 

確かにそうだけど、恐い体験て一番のストッパーになると思うのですが。

とにかく、罪を犯す前に、その悪意の矛先かま自分に向けられたときの恐怖を想像出来る力を養いましょう。

社畜の伝統? 女性社員の制服

先日お茶を飲みにカフェに入ったら、隣に制服を着用した女性がいらっしゃいまして、デパート以外で久しぶりに見たな、と感慨深く思いました。

最近はかなり減りましたが、ひと昔前は一般職の女性会社員はみんな制服を着てました。着させてられました。

私はあれをずっと疑問に思ってたのです。

実際的な問題として結構負担が大きかったので。

まず、制服に着替える時間を確保するため少し早く会社に来なくてはなりません。もちろん、帰りも遅くなります。

また、ボトムはスカートがほとんどのため、パンスト代が馬鹿になりません。普段着がパンツ系が多い人は本当に無駄な出費です。そのうえデスクワーク以外の作業系の仕事が入るともー大変なのです。

靴も会社専用の物を用意する必要があります。

ブラウス以外家で洗えないのでクリーニング代もかなりイタイ。ブラウスを支給しないという中途半端な企業もある。

そして、休憩時間も外出しづらい。

なんといっても、制服は格差社会を象徴してます。だって一般職の女性だけなのです。制服着るの。

総合職の女性社員は制服着ません。もちろん男性社員は当然なことながら。

 

警察とか、直接お客さんと対面する職業とかと違って、実用に即していない制服というのは要するに、管理者が管理し易くするためにあるような気がします。

学生さんの制服がそうでしょう?

集団への帰属意識を持たせ、自分勝手なことや悪さをさせないようにコントロールするツールだと思うのです。

かつての女性社員が、男性社員から見ていかに幼稚で信用ならない者に見えていたか今更ながら感じます。

ですので、最近の女性社員の私服化は進歩かな、と思います。単に会社に制服作るお金が無いだけかもしれないけど。

合理的、非合理に関する考察。カフェに風除室を。

先日、某チェーン店のカフェに入った。

寒い日だったので奥の席に陣取ったら、なんとまあ、ドアの真正面だったのでドアが開閉するたびに風が入り込んでちっともあったかくない。コートを脱ぐことも出来ない程だったので、スタッフさんに了解を得て仕切りの奥の席に移動した。

仕切りの内側は相当暖房が効いているらしく、かなり暑かった。

仕切りはアクリルなので、移動前のフロアがよく見える。そちらに留まるお客さんはやっぱりみなさん寒そうで、コートを着たままの人も多かった。

ふと思った。ドアに風除室を設ければこんなに暖房しなくてすむのに、つか、向こうのフロア風除室そのものじゃん。

風除室って、ビルの出入口によくある2つのドアに挟まれた小さなスペースです。読んで字のごとく風を除く部屋のこと。強風の時ドアがバタバタしたり、開かなくなったりするのを防ぎます。

これを取り付ければ、初期費用はかかるかもしれないけど、冷暖房費がかなり節約できるんでないかい? これを取り付けると席が減る、機会遺失になるかもしれないけどカフェが満席になることってランチタイム位なんだから、それより冷暖房費が抑えられればこちらのコストメリットのほうが大きくて合理的じゃない?

なんて、合理性について埒もないことをつらつら考えていたら、前の職場の事が思い出されムカムカしてきた。

前職場は非合理の塊だった。

仕事というのは、十年一日同じ事をしない。

例えば、自動車を売るセールスの仕事だとしよう。十年全く同じ車種を売り続けるセールスなんてまずいない。モデルチェンジ、価格改訂などの内部側の要素、税率や法律の変更、顧客の嗜好の変化など外部的要因で売る商品や売り方など変わっていくもんだ。それによって今までやっていた作業が不要になったり、新たな作業が必要になったりする。新しい商品のセールストークを考えたり、新しい法律が出来たなら覚えたりして知識を更新してゆく。

しかし前職場はそれが出来なかった。新しい仕事が始まっても古い作業を捨てる事が出来ず、それに新しい作業が付け足されていくので、作業量が(それも無駄な)どんどん増えていってしまい、かつ古い作業と新しい作業が矛盾していたりする。その矛盾は各人の根拠レスな判断によって処理されるので、現場はかなりなカオスになっていた。

仕事の作業効率も人間関係も最悪になってきたため、私は上に作業内容を見直したらどうか提案した。しかし、トップが何も言わないから変更の必要はないと言われてしまった。トップが何も言わないからじゃなくて、こちらから上奏したらどーなんた、と思った。

埒があかないので、自主的に関係部署に連絡してこれこれの作業はそちらの部署に必要かどうか確認した。それを上に言ったら、自分はそれを聞いてないので認められない、とぬかした。じゃあ認めない判断を下す前に私が確認した部署に聞けばいーじゃん、そちらを通すというプロトコルを欠いたのは面子をつぶす私の失敗だったかもしれないけど、もっと仕事を簡素かつ合理的にして作業ミスを減らしたいんだよ、と思った。どうやらその人の考えは、作業量が多いほど上から評価されるという物らしい。そして私の同僚もその考えらしい。四面楚歌になった…

社会にある程度の非合理は必要なのか?

なーんて事考えてることが精神衛生上悪いな。もしかしたら私が思う非合理にも合理的名理由があるのかも。

もう寝よ。

一人暮らしは楽しいけれど、想定外の事が起こりがちということ

前回に引き続き、私が一人暮らしで経験した、味わい深かったことを書くよ。

《天から落ちてきた》

ある日のこと、部屋のチャイムが鳴った。

ドアチェーンをかけ、そっと扉を開けると、そこには学生風の男の子が。 

話を聞くと、どうやら私の部屋の真上の部屋の住人で、洗濯物を中庭に落としたとの事。

アパートの構造上、一階の部屋からしか中庭にアプローチ出来ないので、我が部屋を訪ねてきたらしい。ならば仕方が無かろう、と私は中庭から件の洗濯物を拾い、彼に渡してやった。

数日後、彼はまたやらかしたらしい。今度はその瞬間を私は目撃していた。

案の定彼は我が部屋にやってきた。

ピーンポーン。

私は居留守を使い、彼の呼び出しを無視した。もう面倒だった。

彼は暫く粘ったが、私が出てこないので諦めた。

と思ったら、隣の住人に頼みに行った。

隣人は、我が部屋の前まで彼の落とし物を拾いにきた。

私は気まずさのあまり、布団をかぶって病気のふりをした。

教訓 

集合住宅を決めるときは、物件の構造も吟味する事

《今日は眠れない》

もうひとつ、物干しネタ。

私は布団を干すのがすきだ。

東京の住宅街にある民家が密集したアパートの物干場に日差しの恩恵は殆ど無いが、私は暇さえ有ればせっせと布団を干していた。

ある夏のこと、とても天気のいい朝だったので、布団を干した、そして、そのまま遊びにでかけた。

ところがだ、夏というのは恐ろしい。なんと、私が不在の間、ゲリラ豪雨が我が町を襲い、私の大切な布団を濡らしていった。それも隙間なく満遍なく…

帰宅した私は、布団の惨状を見て途方に暮れた。「今日、眠れない」

ワンルームに余分な荷物は無い。もちろんかさばる予備布団などあるはずもない。

私は、救いを求めて外に出た。布団を買いに。残念ながら我が町商店街には布団屋はなかった。

しかし、結局のところ私はその晩眠れた。 

床に寝た?イヤイヤ。よそに泊まった?ノー。

我が商店街には、強い味方がいた。電気屋だ。私は布団乾燥機を買ったのだ。

ブラボー電気屋

教訓

困ったときは電気屋を覗く

《急病》

引っ越して間もない頃の話。

朝、突然の腹痛に襲われた。

それまで経験したことのない痛みだった。

脂汗が滴り、貧血状態で身体を起こすことも出来ない。うずくまって痛みが収まるのを待ったが、収まるどころかいや増すばかりだった。

救急車を呼ぼうかと考えたが、近所の注目を浴びるのが恥ずかしくて躊躇した。この世の終わりとも思える苦しみの中、こんな冷静な事を考える自分が心底嫌いになった。

ほんの少し痛みが落ち着いたころ、区役所で貰った「困った時のQ&A」的な冊子を開き病院を探した。しかし、土地勘の無い私にはどこに何があるやらチンプンカンプンだった。

ようやく起き上がれる位になった頃、私は救いを求めて外に出た。当てはなかった。

駅前に出ると交番があった。私は転がり込んだ。「いい病院教えてください」

教訓

警察に行っても解決する事は少ない

後日談

といってもその日の事だが、結局自分で病院探して行った。午後から仕事にも行った。私はひとりで生きてゆく自信がついた。

《貼り紙》

「○△さ~ん、○△さ~ん」

窓の外から誰かを呼ぶ声がする。

○△は私の名前ではない。ので無視した。

その後約30分ほどしつこく声がしたが、自分には関係ないと思い、そのまま放置。

声も止み、なんだったんだ、と思いつつもその日は過ぎた。とおもった。

しかし、地獄の蓋が開くのは数日後、時間差で攻撃してきた。

ある休日、私は買い物に出かけた。

帰宅したのは午後6時頃、部屋の前に立つと、貼り紙がしてある。読んでみると

「○△様。あなたは家賃を滞納しています。先日訪ねましたが留守でした。従い部屋の鍵を付け替えました。連絡は以下に願います」

にゃにい、滞納? 鍵付け替え?

私の持つ鍵を鍵穴に突っ込んだが確かに回らない。間違いなく付け替えられた。

慌てて連絡先に電話をした。滞納した記憶は無いが振り込み先を間違えた可能性もあるため、下手に出つつ閉め出された旨を伝えると、

「あなたは滞納してません。部屋を間違えました。」はあ?

再度貼り紙を読み直すと○△様となっている。確かに私の名前じゃない。

すぐ担当者が来るというので、近所のコンビニで時間つぶしをしながら待つことにした。待ってる内に当然だが腹がたってきた。間違いとはいえ、私の部屋のドアに私が滞納している旨をさらした貼り紙が張られていたのだ。他の住人が読んだ可能性はあるぞ。恥ずかしいじゃないか。その上万一帰宅が深夜だったら、担当者と連絡が取れなかったかもしれないのだ。間違いでしたで済む話じゃないだろう。

30分後、ようやく担当者が来た。平謝りで、新しい鍵をくれた。菓子折りくらい持参するかと思ったが手ぶらだった。積もっていた私は何かひとこと言ってやろうと思ったが、出てきた言葉は

「合い鍵もください…」

嗚呼小心者。

教訓

きちんと抗議できる根性をつけよう

《海》

我が部屋の前の中庭をショートカットしてゴミ捨てに行く輩がいることは前に書いた。

ある日中庭から道路へ出る扉のところに一包みのゴミ袋が置かれていた。

どうやら横着者の一階住人がショートカットルートでゴミを捨てに行こうとしたらしいが、扉に鍵がかかっていたため道路に出られなかったらしい。そしてその横着者はゴミを自宅に持ち帰らず放置したようだ。

ゴミ捨て場の位置関係が分からないとこの話も分からないと思われるので、改めて説明すると、アパートの北に面し道路があり、アパートの総合玄関も北面している、そしてゴミ捨て場は敷地の北東にある。つまり本当なら住人は北の総合玄関を出て、道路を東進し、ゴミを捨てに行く必要がある。

実際、一階東側の棟の住人にとっては中庭をつたって中庭扉から出入りするほうが近道ではあった。だが、その扉はいつもは鍵がかけられていて、開いていたのは管理者のうっかりミス。本来その扉は住人は利用してはいけないものだった。

またその中庭も管理者がアパートのメンテをするためのものであって、住人が気楽に歩いていいものではなかった。

横着者は二重の違反を犯していた。

さて、私は横着者の良心を信じ待った。しかし件のゴミ袋は1日たっても2日たっても撤去されなかった。

3日目、地獄の蓋がとうとう開いた。

朝、窓を開けると、そこはゴミの海だった。食品の包み、チラシ、ティッシュなどの紙ゴミの他、使用済みのコ××××。ストッキング、生××品、などなど他人に見られたらとても恥ずかしいものが庭一面に晒されている。

猫かカラスか分からないが、どうやら袋を破って散らかしたようだ。

凄惨な現場に私は吐き気をもよおした。

気持ちが悪くて、洗濯物を干すのはおろか、窓を開けることすら躊躇した。

しかし私はバカ正直に待った。犯人が片付けにくるのを。

数日待ったが変化なし。

私は管理会社に電話した。

後日、管理会社の社員(若い男性)が説明にやってきた。真犯人は私の部屋の2つ隣りの住人の女性だということを教えてくれた。ゴミの中の封筒の宛名でばれたらしい。片付けも注意もその社員が行ったそうだ。犯人の女は相当な赤っ恥をかいたことだろう。

しばらくしてその住人は引っ越した。

教訓

ゴミ問題は後々禍根を残す

《本当だったよ》

北側の道路でガス管工事が始まった。

とてもやかましかったが、一週間も立たない内に終わり、ホッとしていた。

しかし、地獄の蓋は間もなく開く。

ガサガサ、ゴソゴソ、天井から聞こえる異様な音で私は夜中目を覚ました。しばらくすると聞こえなくなったので、再び眠りについた。

翌夜中、またあの音が聞こえる。ガサガサ、ゴソゴソ、チュウチュウ? まさか…

聞こえなかったふりをして目を閉じた。

そのまた翌日の夜中、今度はシンク下のストッカーからあの音が聞こえてきた。

翌朝、ストッカーの中を調べると、封の切ってあったそうめんがかじられていた。間違い無い。奴だ。

ペストになるといけないので、かじられた食品は全て処分し、ストッカーの中を丁寧に掃除した。排水管と排水溝の隙間はガムテープで塞いだ。

その夜も宴は始まった。

翌朝、ストッカーを開けると、やられていた。ガムテープはかじり破られ、まだ開封していないパスタなどが包みごと食い散らかされていた。

このままでは全て食い荒らされてしまうと思い、ストッカーの中の食品は処分し、タッパーに入っていて無事なものは別の場所に疎開させた。排水管、排水溝、その他隙間は全部アルミ箔を丸めて埋めた。 その晩も奴らのサバトは続いた。

恒例になった朝のストッカー確認。食品が無かったので、ヤケクソか、アルミ箔が少しかじられていた。しっぺ返しに糞の置き土産もあった。

我が対処に対抗するように、奴らは昼間も暴れるようになった。

もはや全面戦争の様相を呈してきた。

天井、床下、シンクの隙間、あらゆるところから四六時中チュウチュウが聞こえる。

幻聴すら聞こえるようになった。

私はノイローゼになった。

私は負けた。

私は管理会社に電話した。

すぐにネズミ退治の会社の人が来て、手当てしてくれた。もっと早く言って下さいと注意もされた。その晩からチュウチュウは聞こえなくなった。

その後、回復した私は友人にふれまわった。

「ネズミがチュウチュウって鳴くって本当だったよ」

教訓

手に負えない事はプロに任せる

追記

ガス管工事などをするとネズミの通り道が変わり、今まで出現しなかった奴らが突然出没するようになることがあるらしい

《通知》

郵便受けを覗くと、ある一枚の通知がはいっていた。

内容は家賃の振り込み先の変更。

このアパートは一度管理会社が変わったこともあったし、また変更かと軽く考えた。

しかし疑問もあった。管理会社からのお知らせはいつも郵送で届くのに、なぜ今回はペラが一枚??

そこで、通知を読み返してみると、さらにおかしな点が。振り込み先の支店が多治見支店と書いてある。私は多治見がどこにあるか知っていた。岐阜県だ。東京のアパートで東京の管理会社なのになぜ岐阜県の支店に振り込まにゃならんのだ。怪しい。

私は管理会社に電話した。

「あー、それ詐欺です。無視して下さい」

教訓

疑問に思ったらまず確認

《向かいの奥さん》

ドーンという凄まじい音がした。そして部屋が揺れた。

地震か?

違った。

アパートの北側向かいの戸建てに住む奥さんの運転する車が、我がアパートのどてっ腹にぶつかってきたのだ。要はアクセルとブレーキの踏み間違いだが、壁が大きなダメージを受けた。

そしてその傷は我が部屋の外壁だった。

ついでに言うと、ここんちの奥さんてば、アパート専用のゴミ捨て場に自分ちのゴミを捨てにきてた。

《ポット》

電気コンロが壊れた。

弁償させられるのが嫌で、管理会社に連絡しなかった。

しかし、調理が出来ない。その時無事な調理器具は電気ポットだけだった。

私はポットの中に生うどんを突っ込み茹でてみた。なんとか出来上がったが、非常にぬるく、まずかった。

結論として言えば、電気ポットでの調理は不可能である。

結局観念して管理会社に電話した。 無償で交換してくれた。

ついでに壊れてたエアコンも交換してもらった。

教訓

管理会社は鬼畜ではない

ここまで述べてきたことは、私の数年に渡る東京生活の中で、特に印象的だった事象である。このことを友人どもに話すと、かなりどん引きされた。

上記ほどではないが、他にもいろいろ不快な思いや苦々しい経験はさせられた。

それでも一人暮らしは楽しい。腹をくくればな。

一人暮らしから学んだ世の中いろんなことが起こるもんだ、ということ。

何年か前、家族で集って暮らすのがイヤになり、東京に引っ越した事があった。

今から語るのはそこで経験した、あれこれである。

《初めての不動産屋さん》

アパートを借りるとき、まずはじめに人は何をするだろう。引っ越しする目的によって人それぞれとは思うが、私はとりあえずその土地に乗り込んだ。

そもそも進学や転勤という理由があっての引っ越しではない。とりあえず家を出たい、というのが先で、住む場所はアパマンニュースを買ってから、というスタンスだったので、相当行き当たりばったりではあった。

住みたい都道府県は東京と決まっていた。

住宅情報誌を買いホテルでにらめっこ、家賃と間取り、駅からの距離をチェックした。

2件ほど物件を見に行ったが、ひどい内容だったのでスルー。

その後またいい感じのアパートが見つかったので、取り扱いの不動産屋にでかけていった。

「ごめんくださーい、これに載ってるアパート見たいんですけど」と声をかけると、対応にあたってくれたのは、少し派手目のお兄さん。私は少し警戒した。

その人が言うには、「雑誌に載っているのは釣り物件で薦めない、その条件なら他にこんなのがあるよー」と色々チラシをみせてくれた。隠していたらしい。

その中でひとついい物件があった。「ここが気になる」と伝えると、「すぐ見にいきましょう」ということになった。なかなか軽薄だ。

車に乗せられ、物件まで20分。その間やつは営業マンらしく、ペラペラと物件の長所を語り始めた。

物件に到着した。もちろん内見も出来ると思っていた。しかし、まだ住人がいるため出来ないとのこと。なんか怪しい。

と思いつつも、外見はきれいだったし部屋の参考写真も見たところまとも。家賃も最適だったので、どうしようかなと思っていたところ、不動産屋が「ほかの不動産屋からもう一人希望者がこちらへ向かっている。早く決めないと取られるかもしれない。」と言い出した。益々怪しい。

しかしやつの言うことが本当だったらまた探し直しで面倒だし、時間もなかったので契約を決めた。

不動産屋は怪しいのが当たり前なのだからこれでいいのだ、と自分に言い聞かせた。

ここで学んだこと

怪しさより直感。

《引っ越し》

11月吉日。

引っ越し敢行。

お金がないので、レンタカー屋でステーションワゴンを借りて、荷物を運んだ。

手伝いに両親が付いてきてくれた。感謝。

今思うと不思議だが、その日までアパートの鍵を貰ってなかった。そこで管理会社まで鍵を貰いに行った。

鍵はすぐくれたが、管理会社の人はアパートまで誰も付き添ってくれなかった。忙しいらしい。

入居時のチェックみたいなのが有ると聞いていたので、拍子抜けした。

結局、関係者は自分ひとりの引っ越しとなった。

ここで学んだこと

引っ越しとはたったひとりでやるもの

《入居》

部屋に入ると、参考写真通りだったので、ひとまず安心。

我が新居は、北側が道路に面した腰窓、東側が庭?に面した掃き出し窓があるワンルームの一階角部屋で、ロフト付き。私鉄の駅まで徒歩2分、都心まで17分のなかなかよくできた物件だった。

給湯はガスらしいので、ガス屋に開栓を依頼。

コンロは電気。IHじゃない。コイル状のニクロム線が電気で熱せられ、それで調理するという初めて見る代物。よく見ると鍋などを置くための硝子状の板(ガスコンロなら五徳の役割をするものといえばよいだろうか)があるのだが割れている。どうしたものかと考えたが、要は使い物にならない。管理会社に連絡して取り替えて貰うことにした。2、3日かかるとのことだった。

ここで学んだこと

入居時には立会が絶対必要

《転居手続きに行く》

区役所に転居手続きをしに行った。

新居から少し離れていたため、バスに乗っていたところ、携帯が鳴った。

なんと、前職の同僚と上司からだった。

その後、取引先のおじさんからもかかってきた。なんだか泣きそうになった。

ここで学んだこと

会社を辞めるときは円満に

《訪問者》

引っ越し後しばらくしてからの事。

何者かが我が部屋のドアを叩いた。

「新しく引っ越してきた者でーす。挨拶に来ましたあ」善良だった私は迂闊にもドアを開けてしまった。もちろん実家にいたときの癖でチェーンなんぞもかけていなかった。

そこにいたのは、浅黒く日焼けしたホスト崩れのような男。間違っても我が宿、学生アパートのようなところに住むような輩ではない。百歩譲っても入居時に挨拶に来るタイプではなかった。

実際その男は、新しい入居者ではなかった。新聞の勧誘員だった。罠だった。

驚いてドアを閉めようとしたら、そいつがドアの隙間に足を入れて閉められないようにしたので、「警察呼ぶぞ」と大声出しながらドアをグイグイ引っ張ったら、ようやく諦めて出て行った。まるで取り立て屋のような男だった。

実は我がアパートはアパートながら外扉と内扉があった。外扉はアパート全体のドアで、自動ドアではないがオートロックではあった。しかしここの住人どもは面倒がってこの外扉をしばしば開けっ放しにする。その日はどうやらこれが開いていたらしい。

またこんな事が起こったら困るので、外扉が開いているのを見つける度、閉めて回っていた。

ところがこれがいたちごっこ、閉めると誰かが開け放す。

その事件からおよそ一週間後、また我が部屋のドアを叩く者が現れた。

学習した私は、チェーンをかけ、そっとドアを開けた。するとそこにはあの新聞勧誘員の黒い顔が。

「引っ越しの挨拶に来ましたー」とヌケヌケ言う。

「テメー、こないだ来た奴だろうが」と怒鳴り、丁重に閉め出した。

ここで学んだこと

新聞勧誘員は二度来る

《隣人》

隣人は学生らしい。顔は見たことがなかった。

社会人の私と違って、生活サイクルがずれていたうえ、常識もないので大変迷惑をかけられた。

テレビやオーディオの音がうるさい。

友達をよんで夜遅く騒ぐのでうるさい。

彼女をよんでいちゃつく声がうるさい。

バイト帰りなのだろうか、夜中一時頃アパートに帰って来るときは何故だか必ず電話していて、その声がかなりうるさい。(我が部屋は道路沿いなので声がまるぎこえなのだ)

たまにやつが一晩帰ってこない時があると、まるで天国のようだった。

基本的にやつは私の二時間遅れの周期で生活していたが、たまに二時間早く起きる必要のある日もあったらしく、そんなときはオーディオのタイマーを目覚まし代わりにしていた。

ある日のこと、朝五時、隣から爆音が。やつの大好きなポルノグラフィティの楽曲だ。早朝から叩き起こされるのは迷惑だが、いつもならすぐ音は消される。なぜ隣近所に鳴り響くような音量でないといけないのかいささか疑問ではあったが、気にせず残りわずかな眠りを貪ろうとした。

しかし、その日は不可能だった。楽曲が止まらない。なんと、アルバム一枚分、約50分あまりその怪音が続いたのだ。

どうやらタイマーをセットしたまま出かけてしまい、帰ってこなかったため起こった悲劇だった。

おかげでその日私は大切な睡眠の何割かを失った。

色々つもりつもっていた私は、仕返しをしてやろうと思ったが、「落ち着け、やつは子供、私は大人」と唱えながら荒ぶる魂を抑え、とりあえずその日をやり過ごした。

ところがあの馬鹿やろう、またやりやがった。

二度あることは三度ある。やつは三度やった。

天罰は必ず下る。別の部屋の住人から管理会社にチクられたらしい。しばらくしてやつは何処かへ引っ越して行った。

ここで学んだこと

親を選べないように隣人も選べない

《黒い同居人》

前述の通り、私の部屋は一階の角部屋だ。部屋の東は隣との仕切りのない中庭状の通路になっていて、その北詰まりに道路とアパートの敷地とを仕切る塀があり、それに通常管理人しか使えない非常扉状のものがつけられていた。そしてその扉の隣にゴミ捨て場が設置されていた。

この非常扉状のものは鍵がかけられており出入り出来ないはずなのだが、管理人のうっかりなのか、一時期鍵がかけられてない時期があった。

そこに目をつけた一階の住人がゴミ捨てにその扉を使うようになり、私はそれに悩まされた。何故ならその扉を使うには我が部屋の前を通らねばならない。洗濯物が干してある、暑い時期は窓を開けっ放しにしてある、そこを見も知らぬ他人が通るのだ。プライバシーもあったものじゃない。

しかし、それにしてもまして私を悩ませた物は…

2つの嫌らしげな角状のものと黒光りする平べったい湿潤なボディを持ち、壁や床を縦横無尽に走り回り、ときにはあの濡れた四枚羽で空間を支配し、嫌がる者に敢えて近寄るイジメ体質といずれ退治されると分かっているのに思わせぶりに顔を見せるストーカー的性根を持つ、その名はゴ××リ。

ここで学んだこと

ゴミ捨て場のそばに住むときは覚悟がいる

まだまだ書くことはあるのだが、もはや気力が続かない。そのうち続きを書くことにして本日は終了。