守りたかった愛に代わるもの
「サヨナラの意味」が好きだ。
どれくらい好きかというと、酒!二度寝!サヨナラの意味!くらい好きだ。
いや、正確には楽曲ソートで2位につけるくらいだ。ちなみに1位は「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」である。しょうがない。これは井上小百合推しにとってはカルマである。業である。井上小百合は宗教なのだ!井上小百合を信じる者は救われるのだ!
唐突だが、この曲の作曲をした杉山勝彦は神である。みんな大好き"乃木坂らしさ"とは杉山勝彦と共にあると言っても過言ではない。
しかし残念ながら筆者は音楽に関してはズブの素人なので詞について思ったことを書いていこうかな(ほとんど妄想ですのであしからず)
目次
- 情景
- 誰が誰に何を残そうとしたの?
- 愛に代わるものってなんだろう
1.まずは情景から
サヨナラの意味には「僕」と「君」という2人の人物が登場する。そしてその2人の情景を時系列で捉えているのが1番のAメロ、2番のAメロ、そしてCメロだ。
電車が近づく
気配が好きなんだ
高架線のその下で耳を澄ましてた
秋元康といえばバスだろう。ことあるごとにバスが登場し、君が乗ったバスを追いかける。しかしここでは電車が登場する。
曲中には時間を示すものとして電車と陽が登場するのだがこの2つは橋本奈々未を追う時系列として非常に重要なファクターとなる。
柱の落書き
数字とイニシャルは
誰が誰に何を残そうとしたのだろう
"誰が誰に何を残そうとしたのだろう"
この詞はサヨナラの意味のテーマそのものだ。誰から誰へ何を伝えようとしたのだろうか。サヨナラの意味とは一体何なんだろうか。
電車が通過する
轟音と風の中
そうこうしてる間に電車が通り過ぎる。
話は前後するが
歳月の流れは
教えてくれる
過ぎ去った普通の日々が
かけがえのない足跡と
電車とは歳月の流れを表したものではないだろうか。
紅白歌合戦が終わり涙を流す橋本奈々未に「まだ2ヶ月あるよ」とそっと寄り添った生田絵梨花を思い出す。
卒業を発表してから大切な仲間と過ごす残された時間はきっと電車のようにあっという間に過ぎ去っていくのだろう。大学卒業まで残り4ヶ月ばかりの筆者が言うのだから間違いない。(寝て起きてを繰り返してるだけで平気で数ヶ月経ってるんだけどどうにかして)
筆者が好きな言葉に
人生は要約できねえんだよ
という言葉がある。これは伊坂幸太郎の「モダンタイムス」で登場する言葉だ。
もし自分の自伝を書くことになったら、おそらくピックアップされるのは誕生、就職、結婚などのイベントだろう。しかし自分を形成するのは自伝には残らない何気ない日常なのだ。学校帰りに時代遅れの喫茶店に通った日々なのだ。友達ともどかしく語り合うような夜明けなのだ。
大切なのは、そう、要約することのできない過ぎ去った普通の日々なのだ。
君の唇が動いたけど
聞こえない
静寂が戻り
答えを待つ君に
僕は目を見て微笑みながら
頷いた
ここで「君」は「僕」に話しかける。
君はなんと言ったのだろうか。最後の挨拶だろうか、いや、君は僕に告白をしたのだろう。なぜかって?最後に分かるんじゃないかな。
でも僕は電車の轟音のせいで聞きとれない。そしてそれを誤魔化すようにただ頷く。バカヤロウ。僕のバカヤロウ。
躊躇してた間に
陽は沈む(切なく)
遠くに見える鉄塔
ぼやけてく(確かな距離)
君が好きだけど
ちゃんと言わなくちゃいけない
なぜ僕がバカヤロウかって?
「僕」は「君」が好きだったからだよ。
そしてそのすれ違いに気付かず、君に気持ちを伝えられずにいる間に陽は沈む。
見つめあった瞳が星空になる
陽は沈み空には星が浮かび始める。そして見つめていた君の瞳に星が写り込む。あるいは涙を流れ星に例えたものかもしれない。
いずれにせよ最後の時は近づいているのだ。電車の流れが卒業発表から卒業までのあっという間の日々ならば、陽が昇り沈むまでの時間は橋本奈々未が乃木坂46に加入してから卒業するまでの長かったようで短い5年半のことだろう。
好きだ。うん。乃木坂46の歌詞で1番好きだ。
秋元康は桜井和寿のような言葉遊びはしないし、時に"鼻水垂らして"とかもうちょっとなかったのって思うような歌詞だったり、スマホとかラインとか無理して若者言葉使わなくても…って歌詞を全力で投げつけてくるのはどうかと思うが、こういう描写に関しては天才だと思う。
逃げ水の冒頭だったり、失いたくないからの"セミの鳴き声に〜揺れてた"のとことか。
2.情景に関してはこのくらいで誰が誰に何を残そうとしたのかについて
まずは登場人物である「僕」と「君」が誰なのか。これは簡単だろうサヨナラを告げ旅立っていく「君」は橋本奈々未のことであり、残される「僕」はメンバーとファンのことだ。
では本題
サヨナラに強くなれ
非情だ。あまりにも非情だ。もしこれが去っていく「君」が「僕」に残した言葉だとしたら。
サヨナラは通過点
これからだって何度もある
後ろ手でピースしながら
歩き出せるだろう
君らしく
しかし後ろ手でピースしながら歩き出すのは君だ。君らしくと言われているのだから。
だとすれば「サヨナラは通過点だよ。」と言っているのも「僕」になる。つまり「サヨナラの意味」とは残される「僕」「メンバー」から「君」へ「橋本奈々未」へ贈られた曲なのではないか。
新しい出会いがまた
いつかは
きっとやってくる
僕たちは抱き合ってた
腕を離して
もっと強くなる
2番サビで腕を離す「君」はもっと強くなるために、前向きに新しい出会いに向かって旅立とうとしている。
"サヨナラに強くなれ"とは後ろを振り返らず、君らしく後ろ手でピースをしながら去っていく、これからも"サヨナラは通過点"でしかなく、新しい出会いを望む「君」へ「僕」から送られたメッセージなのだ。
金木犀の花言葉に「気高き人」というものがある。金木犀といえば「孤独な青空」で登場するのは皆さんご存知の通りだろう。
金木犀のように気高い人である橋本奈々未は乃木坂46にいた過去を振り返らず最後まで「僕」に気持ちを伝えずのまま、新しい道へと進んでいくのだろう。
そして「僕」もこのまま気持ちを伝えることなく最後まで君らしくある君の旅立ちをただ見守るのだろう。
もう一度君を抱きしめて
本当の気持ち問いかけた
失いたくない
守りたかった
愛に代わるもの
"本当の気持ち問いかけた
失いたくない"
この部分は最後のサビで追加されたものである。
最後に僕はもう一度だけ君を抱きしめて君に本当の気持ちを問いかけた。君は「失いたくない」と言ったんだ。
3.愛に代わるものってなに
分からない。2年たてども分からない。
それが失いたくないもの、守りたかったものであること。つまり君であることは分かるが、なぜ愛に'代わる'ものなのだろうか。
推しが卒業したら理解できますかね?
追記:橋本奈々未はタダじゃ終わらない女だよ本当に