美の本質

美しいということについて考えています。

いろんな答えがあって

それぞれ自分的にはそれなりの理由があります。

 

で、今日の答えは

美しいってことは調和が取れてるってこと。

です。

 

叶姉妹ってめっちゃフルチューンで不自然極まりないんだけど、

すごく絶妙なところで調和が取れていると思う。

 

人に限って言えば

確かに美人っていう人種はいるけど。

 

カテゴリ的に美人に入らない人からでも

美しさを感じることがあります。

 

私が何かから美しさを感じるときというのは

そこからなんらかの『調和』を感じるときだと思う。

 

 

弱いところを強化するために鍛える

ええと。

圧倒的に人間関係が苦手でして。

とにかくもてない(^_^;)。

悲しいを通り越して悲惨なくらいもてない。

 

 

なので、もうこういう設定にしてたわけですよ。

 

『仕事が充実しているからプライベートはダメダメでOK!』

はい、ブルゾン智恵美さんに怒られますね。

 

で、やったら仕事筋を鍛えてきたわけですよ。おかげさまでスポーツトレーナーとしてはまあそこそこやっていますし、鍼灸学校の教員だってやっちゃうわけだ。

 

そしてどんどん経過していく時間。

そしてどんどん鍛えられていく仕事筋。

そしてどんどん取り残されていく苦手分野。

 

正直いうとこういう人ってすごく多いと思う。本当に見るべきところ、弱点を見たくないあまりに得意分野をストイックに鍛える。でもさ、これ、ほんとーは鍛えてない。

 

なびぞう、間違ってた。

苦手分野を克服するのがイヤなあまりに大切な仕事を補完作業に使ってしまった。           

 

で、もっと言うと、苦手分野をかたくなに見ないあまり世界を狭くしていた!

ことしはその苦手を克服するためにいろいろやってます。

 

といってもね。

克服っていっても攻略的な克服じゃないの。苦手を苦手と受け入れ、あきらめてチャレンジするのだ。そして沢山失敗するのだ。

今までは失敗が恥ずかしすぎてチャレンジすらしなかったからね。

 

ふたをしていたところをぺりぺりっと剥がして、

詰まっていたよごれやほこりを少しずつね。

 

沢山失敗していて、恥ずかしくて後悔しまくりんぐだけど。

けっこう楽しいです。

 

そして。

仕事を補完作業としてではなく、純粋に楽しめる自分がいます。うふふ。

 

 

 

 

 

 

 

そう。

結局私は仕事人間なのだ。

 

 

受け取り上手

受け取り下手だったのね。

他者から何かしてもらったりするのが

すごく苦手だった。

 

なんか申し訳ないというか

恐れ多いというか(^_^;)。

 

あと、いただいたらお返ししなきゃって

気持ちになって心苦しいんだよね。

 

他者に与えるのは平気だし、

けっこう楽しいのに受け取り下手(^_^;)。

 

これ、掘り下げてみたのね。

そしたらさ、

私は自分を信頼していなかったということに

気づきました。

さらに、他者のことも大して信頼していなかったということにも気づいてしまった。

 

それらに気づいたら

受け取ったり与えたりが

すごーくラクになりました。

 

お願いするのも

断るのもラク😃。

 

あ~幸せ。

不機嫌で人をコントロールする人

怒ったり不機嫌でいることで人をコントロールする人たちがいる。

被害者になることで人を加害者にする人たちがいる。

 

たぶん、それらは無自覚で行われていると思う。

怒っている人は自分が正しいと思っていると思うんだよね。

 

でね、その人たちも親とか周りとかから

そうやってコントロールを受けてきたんだと思う。

 

言葉の端々になんとなくイヤミな感じとか

自分の正当性みたいのを感じちゃうんだよなー。

 

『あなたのためを思って』いろんなこと言ってくる人がいる。

その人はほんとーに私のことを思って言ってくれていると思うんだよね。

ありがたいなあと思うときもあれば

めんどくさい人だなあと思うときもある。

 

ありがたいなあと思う人はほんとーに私のためを思って言ってくれてるんだなーって

感じるんだよね。

めんどくさいなあと思う人からはなんとなく強制力というか

圧を感じるのよ。『キミ、間違ってるよ!(=私のほうが正しい。)』みたいなね。

 

 

って書いてる自分だって、

そういう人たちが『間違ってる!』って思っているから

こんな文章を書いてしまうんだろうなあ。

 

その人たちはその人たちの人生を歩んでいるのだから、

それはそれでいいんだよね。

 

 

 

気にしないでおこっと。

 

 

夢とか目標とか

夢とか目標ってないなーって去年くらいから思ってて。

けっこうマジでないんだよね。

 

稼ぎたいとか、

世界一周したいとか、

世界一の治療家になりたいとか。

そういうのほんとに無い。

昔はけっこうあったけど。

 

かなわないのが恐いから設定してないのかなとか、

弱気になってるから思いつかないのかなとか、

いろいろ考えたんだけどほんとに無い(^_^;)。

 

あなたの夢をノートに100個書いてみてください、

そうすればきっと叶います的な自己啓発本とかあってね。

その作者はNYで個展を開きたいとか、

パラグライダーやりたいとかいろいろ書いていて。

 

うーん、私はココロザシが低いのかなあとか思うんだけど、

向上心とか向学心とかは標準装備しているのよね~。

勉強とか練習大好きだしー。

 

食べたいものは食べてるし、

行きたい所には行ってるし、

やりたいと思ったことはやっている。

ちなみに今は筋トレがやりたい。ベンチプレスで50キロ上げてみたい。スクワットとデッドリフトは100キロいけたらかっこいいなあとか思っている。

ま、でもそこまで行かなくてもいいかなあとも思ってるし、

行ったら楽しいだろうなとも思っている。

そもそも、筋トレ自体が苦しいけど楽しいので

結果は実はどうでもいい。

 

あ、でもね。

やりたいこととか成し遂げたいこととか目標とかは無いんだけど、

いつも心の中がラブアンドピースでありたいなって思っています。

平和と愛に満ちた心と身体。苦しいところとか痛いところが

心身に無いの。で、平和と愛に満ち溢れているの。

 

なりたいものはないけれど、

ありたいと思う状態はあります。

 

今日だけは怒ったり心配したりしないで、

いろんなものに「ありがとー(^◇^)」って言いながら

人にも自分にも親切な人でありたいです。

 

って、どっかで聞いたことのある言葉だわー。

ははははは。

 

 

 

 

 

 

 

思い込み

思い込み。

 

 

思い込んでいる時は当然ながら

疑問の余地など無く 

完全に思い込んでいる。

 

トラブルやミスが発覚して初めてそれが

勘違いだったと気付くのだ。

 

 

これはね、

とっても恥ずかしいです(^_^;)。

 

でも。

勘違いし続けるより

恥かいてもいいから真実や現実を

知るほうがいいな~😺

 

尊重

他者にとって当たり前のことが、

自分にとっては大変なチャレンジだったりすることがある。

 

今割と真面目に筋トレやっているんだけど、

人生初だし、この仕事やるようになってから

なるべく重いもの持たないようにしてきたり、

指に負荷をかけないようにしてきているので、

なかなか上達しない。

ま、年齢とか、骨格もあるし。

 

周りがゴッツい重さ挙げている隣で、

必死な顔して超軽い負荷でトレーニングしているのだ。

 

ちょっと前の私ならば、

恥ずかしくてやらなかったと思う。

仮にやったとしても、

自嘲気味に、アンチエイジング(笑)とか、

言いながらやったんじゃないかな。

 

 

 

それがどんなに低い水準だとしても。

チャレンジするということを

心から尊重できるようになってきた。

 

 

 

それが他者であれ

自分のチャレンジであれ。

 

 

 

結果が出ても出なくても。

 

 

下手の横好き上等じゃないですか。

 

 

すべてのチャレンジに価値がある。