2019年のニュース

2019年のニュースを振り返っておきたい。それだけです。

今日の日経新聞に取り上げられている話題についてです。

○消費税増税

渦中ということでまだ評価の段階にないのかもしれない。消費増税は確実に消費支出を抑える。消費がないということは国民はそれだけモノが買えていないということであり、同時にモノが売れていないということ。ここから先が「儲からない」にまで進んだときにどんな次の策が打てるかが大事でしょうね。

軽減税率導入後初めての確定申告時期が迫るのでそこでの混乱も注視したいがスムーズにいくならもっと必需品とぜいたく品の税率格差を広げてもいいように思う。

○キャッシュレスの進行

セブンペイの見事なこけっぷりは自分には何の影響もなかったので笑って見せてもらった。日本企業はどうしても自前主義が強いから相変わらず謎の独自規格を持ち出して消費者混乱を招くのはこういう変革初期にありがちだけど、まぁそのうち統廃合を繰り返して収束されていくんでしょうね。

交通系で特に不満足を感じていないのでどうでもいい。

○「令和」になった

天皇崩御で終わった昭和に対して平成の終わりはお祝いムードだったのはよかったのではないでしょうか。お祝いは消費を生むからね。上皇様にはのんびりしていただきたいと思う。経済的に苦しい時期が2度3度あったが戦争もなく総じて平成はいい時代だったと思う。令和もいい時代になってほしいね。

後継問題はまだこれから議論が深まるところかと思うが、国民交えた議論を求めたいが天皇家がはっきりと天皇家の輪郭を示して欲しいとも思う。

ラグビーワールド杯

汗と涙には弱いのでめちゃくちゃ楽しかったし感動した。それだけ。

開催期間中に大きな自然災害はあったけど、選手のモチベーションを奪うものでよかった。南アフリカは強すぎた。

ノーベル賞

技術屋ではないので詳しいことはよくわからないけど、日本の民間企業出身者が受賞したことに大きな意味があるように思う。日本の企業がこれからもそこに投資できるかどうかが心配なところ。

○自動車業界

この業界の再編についてはもうどうでもいい。自動運転などIotの導入で自動車業界のすそ野が広がっているわけだけど、それがGAFA勢ではなく、その分野に強い日本のベンチャーなんかが世界レベルでリードするようになるとおもしろいんだけどな。

今年中古車を買ってようやく2010年ごろの最先端が我が家に導入されたばかりなので、自分が自動運転にお世話になるのは15年以上先かな。

GAFA

これから先世界中で独禁法個人情報保護法と戦わせられるんだろうな。

ユニコーン企業

雰囲気優秀な企業がたまにいい感じに成長している雰囲気を出して消えていくので、中身のある企業がいきのこってくれたらいい。

○安倍首相在任最長

次の首相のプレッシャーは半端ねぇだろうな。河野さんだろうな。

○対韓関係

国内世論は譲歩を求めていない、ということを分かったうえで政府、外務省、経産省には働いてほしい。

○米中と日本

中東、東アジア、このあたりと日本の関係の重要性を軽んじることなく対応してくれたらいい。

○イギリスのEU離脱

大陸の枠組みから一歩引く先進島国というポジションは日本と共通するところもあるから無視できない。産業革命をリードした国が工業から金融にシフトして日本ほどエネルギーが問題視されないて点とか。

全世界的な保護主義民族主義的なアクションも助長されたりするのかなと思うと日本は割とその点ではいいポジションにいると思うんだけどなぁ。

○コンビニの24時間営業問題

できる人がやればいい。コンビニ多すぎ。

働き方改革で早く帰れるようになったんなら日本人はもっと魚をさばけるようになろう。俺はやるよ。

外国人労働者の受け入れ

やらなきゃしゃあないやろう。足りないんだから。

日本で稼いで日本に納税する外国人は受け入れるべき。

○台風被害

個人的にはこれが一番大きなニュースだったと思う。自然災害ばかりはどうしようもないからね。どうにかこうにか政権批判につなげたい人もいるようだが、首相が違っても雨は降るし風も吹く。

政府に期待するのはそれにも耐えられる社会をつくることと、事が起きた時の復興しかないわけだけど、来年は大きな予算が組まれるはずだが、生活基盤を国家が支えるという政治の中でも極めて重要な役割を軽視しないでいただきたい。

災害対策だけでなく国防もやけど。

○中村医師

アフガニスタンにも感謝されるような人を失うことは大きな損失と思う。

○グレタと環境問題

グレタが議論を巻き起こしたという事実はうけいれなきゃいけない。

ただめちゃくちゃな要求を素直に飲むようなバカ国家になりさってはいけない。

以上です。

良いお年を。

年金制度?なにそれオおいしいの?という感想

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52982720V01C19A2EA1000/

政府の公的年金制度の改革案がまとまった。

記事によると75歳から受給した場合の月当たりの年金額がまたずいぶん増えるそうだ。まだ75歳の半分にも満たない自分にとってはここまでは正直どうでもいいと考えている。

現役爺さんたいが勿体ぶって「まだまだ働けるぞい!年金に頼らんぞい!」などと就労を継続して納税していただけるのは社会全体にとって非常に有意義であることに間違いはないが、損をしないとうだけで「増える」ことへの恩恵を受けられるかは極めて不透明と思うからだ。

人口構成の中で最大のボリュームゾーンになっているのが第一次ベビーブームに生まれた方々で現在70歳から72歳くらいの方々。この人たちの多くはすでにリタイアしているかと思う。この方々の子ども世代にあたる現40代半ば世代はまだ向こう20年は社会で活躍されることと思う。しかしながらその先は働き手は減少の一途であることが明確になっている。

我々現30代が75歳まで働いたところで、労働人口は現在より確実に少ないことが分かっている。

記事にもある通り、現在の高齢者の受給を抑え、頑張った方がたくさんもらえるようにした、という面ではよりよいのだが、団塊ジュニアたちが70歳を迎えるころ現役世代が悲鳴を上げることは目に見えているわけだ。その中で、こいつらの保証も絞ったれの筆頭になるのがその時リタイアを目前に控え余力で戦う60代、つまり自分たちである可能性は低くないかと考えている。

団塊ジュニアの年金受給が始まってきたころ、もう一度制度を見直す必要があるはず。自分が年金世代になるまでに現行制度が続くはずがない。と考えると「なにそれおいしいの?」となる。

話は変わるが、年金受給者になったとき、どうやって日々を過ごすのか、そのイメージが全く持てない。別に今はまだいいんじゃない、と思うのだが入院中、看護師さんに世話を焼いてもらっている老人患者を見てて、あれがハッピーなのかどうなのか、という疑問がわく。

世話を焼いてもらうと言えば聞こえがいいかもしれない。同室のおじいさんは毎日確実に怒られてた。おむつを勝手に脱いでベッドで小便してしまう日々が続いていたからだ。

勝手な想像だけど、爺さんにはおむつなんぞ要らん、トイレに行けるんじゃ、という無意識の抵抗ではないかと思った。というのも何を聞かれても「できるわい」と答えるからだ。できなくなってしまった自分を認められないだと思う。すごく悔しいと思う。

自分がそれに耐えられるか正直分からない。プライドはそれなりに高いほうなので当たり前のことが自分でできなくなった時にそれを受け入れられのか。

年金受給に際してもう一つ検討して欲しいのが、死ぬ年齢の自由選択権。このまま医療が発展すれば喫煙者で身内に生活習慣病で亡くなった人がたくさんいる自分も85歳くらいまでは何とか自力でやっていけるんじゃないかと思っている。そこから何か病気をして死ぬのが87歳と想定して人生設計をしたとき、もし仮に87歳でも全然死ねずに、病院で生かされ続けることになったらどうだろう。

一人息子はその時61歳。孫もいるかもしれないし、ひ孫もいるかも。ただ何もしてやることができずに「また今日も生きてしまった」なんてベッドで思うんだろうか。

だったら87歳に死ぬって設定して、何か痛みや苦しいの小さい死に方をさせて

もらいたい。年金受給の開始時に「じゃああと20年だけ年金もらおうかな」とか「あと10年でいいからたくさんほしい」とか、そんな仕組みがあってもいいのではと。

長生きはいいことだ、って当たり前のように言われているけど、それはあくまで健康的で自活できた上でのことで病院のベッドで生かされているだけの長生きが言い訳がない。早く死ぬことが必ずしも悪いわけでもないだろう。

終わりを設定してそれ通りに計画的に死んで、子孫にも準備をしてもらうなんてのもいいのではと思う。

どうせ年金少ないし。

それでも貰えるんやから現役世代に感謝しろじじい、って思われるし。

長生きしたくないんだよね。

薬剤耐性菌・・・薬嫌いにも残念なニュース

薬剤耐性菌2017年8千人死亡 国内初推計、影響深刻

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6344446

入院して以来医療関係のニュースがどうにも気になる。自分の身に関わるニュースには興味を持ちやすくなるのは自然なことだけど、私が入院したのは気胸

肺に穴があく病気で、漏れた空気を抜いて肺を膨らませればあとは自然に塞がるをただ待つだけの治療なので薬はなし。

肺に穴をあけた痛みを抑えるためにロキソニンをもらったけど、結局初日と2日目に2錠ずつ飲んであとは手を付けることはなかった。傷口は痛みよりも痒さが

気になった。病院は動かなくても寒くない常温。少し動けば暑い室温なので、務中らパイプが出てること以外特に制限がなく院内をうろうろして暇つぶしをしていた自分には暑かった。

それはさておきこのニュース。

自分は風邪で病院に行くことはありません。風邪だというお墨付きををもらうためだけに体力を削ってまで病院に行くメリットを全く感じないからだ。風邪に効く薬がないことも分かっている。

病院を否定するわけではない。専門家でもない自分の判断で風邪ではないひどい病気を見落としたり、合併症の予防や症状の緩和には役立つのかもしれない。でも医師に風邪は治せない。治せないことが分かっているのにわざわざ行く必要はないものと考えている。

そもそも病院も薬も大嫌いなので、よほどのことがない限りはいかないようにしている。抗生物質を飲んだのは抜歯した時と細菌性の扁桃炎の時だけ。

それ以前はもう覚えてないくらい過去にさかのぼる。

それを考えたら自分の中に耐性菌は多分いない、と思うんだけど、細菌だけにどこからもらってるかもしれない。可能性を挙げたらきりがないのだが、薬に頼って薬の効かない体を作ってしまうのはバカバカしいと思う限り。

ほっといたら治る病気はほっとけばいい。

個人的には病気と向き合うの基本的な姿勢としてこれが一番正しいと思う。

人間の治癒力をなめたらあかん。

医療も医薬も、ほっといたら苦しんで死ぬか機能不全を待つだけのやばいやつに使われるべきだと思う。

会社は病気に非常に厳しい。罹ってしまったもんはしょうがないからそれ以上追い詰めることはしないけど、わずかな可能性もゼロにするように不必要な努力を迫ろうとするし、ほっとけば治ることは自明な病気に対しても病院にいかにないと厳しく当たる。戦う前からあらゆるウイルスと細菌に白旗を挙げるのがルールであり、文化になっているとさえ感じる。

そまらないように、そもそも病気にならないように改めてきをつけたい 。

算数と「社説:デジタル時代の読解力」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52915630T01C19A2SHF000/

ツイッターでは定期的に掛け算の順番が間違っていて×にされたことへの親の疑問が話題になる。先日は元教師が登場して、算数は日本語の理解が問われるものであり、順番の正しさはその証明だという理由で合理性を説いていたが、やはり多くの納得いってない人たちと同じように自分も納得いかない。

数学はある事象の抽象化でそれは世界共通であり、世界に通じる言語の習得に等しいという意見があったのだが、すごく腑に落ちた。数式が日本語の理解の表れであれば、まさに数学の役割の逆行ということになる。それは数学ではなくて日本語教育の分野で、世界共通の数学記号を用いる必要など全くないということである。

日本人の読解力が低下しているらしい。世界で15位というのが高いのか低いのかよくわからないが、これまでトップ5に入る水準だったものが2桁順位に落ち込んだのは残念に思う。

文章の理解そのものは良かったらしいが「情報が正しいかを評価したり、根拠を示して自分の考えを説明する問題」がいまいちだったそうだ。この試験、デジタル端末で実施して、その操作に慣れていないことも影響したらしい。

デジタルの世界も数学と同じで世界共通な部分が大きい。日本のデジタル文化はガラパゴスだったのはもう昔の話。iphoneの使い方が分かれば日本語仕様でなくてもどこになんの情報があるはわかる。世界と必要とされる基礎的な知識、技術、リテラシーの習得にもっと時間を費やすべきで、かける数とかけられる数を正しく記載した数式の日本語的な正しさ、なんてものにぐじぐじこだわってるべきではないと思うんですよね。

少なくとも数学、理工学、外国語は「日本語の理解度の確認」のために学習するべきでないと思う。

AIが感情を情報化するっていうビジネスがこれから来るらしい

AIが人間では認知できない人の感情を読み取って言語化するプログラムが開発されているらしい。面談では発見できなかった部下の悩みを掘り起こして的確なサポートをするとか、現在の仕事への満足度とか意欲とかを計って適切な配置転換に役立てるとか、そんなことに活用されることが期待されているそうです。

他人に深層心理を探られるのは苦手、というか嫌いです。お前はこうだろ、と言われようものならそれが当たっていても逆の態度を取ります。その瞬間から逆に走っていくでしょう。うれしくない評価であればなおさら。例えば「あまり表にだしてほしくない」という感情すらも読み取ってもらえるといいのですが。

個人的に「感情」は個人情報の中でももっと大切な情報だと思っています。名前も住所も電話番号も後から付加された情報でしかなく、それは変更が可能な情報ですのでお金と時間をかければ漏洩に対処できる。資産や成績も変化する情報です。

感情は外部の刺激に対する反応ですが、内部から生じる情報です。感情のままに生きることができれば隠すこともないのかもしれませんが、現在の社会ではそれをコントロールすることは必須のスキルです。

東池袋で事故を起こしたじいさんは「予約した店に遅れる」などと我がことを優先してボロかすにたたかれました。いろんな感情が渦巻いていただろう中から最悪の一つを表に引き出してしまったものと思います。深い深い反省と救命意識が表に出れば、脳裏に予約に遅れることがよぎったとしてもたたかれずに済んだかもしれないのに。

でもそれすらもAIにほじくり返されたらどうでしょう。

「確かに頭に浮かんだけど、ここでいうべきことではないから自粛した」から許されたことが、そもそもそれを思うことすら糾弾されるべき、という論調を生み出すんじゃないかと。そう思うとどこAIの感情分析ってやっぱり気持ち悪い。ピンチを楽しむことでチャンスに変えようと思ったら、ピンチに「心の中で笑ってんだろう」と殴られる。そんなことが起きるんじゃないかと。

技術は進化するべき。

技術をつかう人間が進化に遅れないように、自戒を込めておきたい。

自前主義はいいのかダメなのか

https://www.sbbit.jp/article/cont1/35480

日本の遅れはオープンイノベーションの遅れ。という言説がある。

「『オープンイノベーションなくしてイノベーションは起こらない』というのは海外では常識ですが、日本は自前主義が深く根付いており、雇用の流動性も低い状況です。」ということらしい。

日本でオープンイノベーションが活発にならないのはなぜか。

企業の現場レベルでは次のことが指摘されている。

・人材の流動性が低いこと

・大企業の中央研究所が大きな力を持っている

・中堅プロパーの反発

日本型大手には不似合いな感じがするが、トヨタもオープンイノベーションに挑戦するらしい。

「これからの自動車開発に求められる技術力とそれを形にするまでのスピード」、と言葉にすると旧来的に機械、電気に強い大学院生を集めた工場生産自動車では勝負にならないことがイメージしやすい。スーツと作業着に「Tシャツとデニム」のエンジニアが参入しないと自動車のイノベーションは生まれない、ってことはさすがにトヨタも分かっているのだろうと思う。

翻って、自分の周りは・・・文系スーツ族が文系スーツ脳で商品開発してる現実。

せめて外部の情報に触れる機会は継続的に持たないとやばい。

「氷河期世代支援に基金創設」の備忘録

 氷河期世代を複数年間継続的に支援するために基金を創設。数百億円程度の規模。正規雇用を3年で30万人増やす目標を掲げており、基金をつくることで重点的に取り組む。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52628520W9A121C1EE8000/

就職氷河期世代支援プログラム」

 ハローワークに専門窓口を設置し、職業訓練や求人開拓のチームを設ける、正社員雇用に役立つための資格取得のプログラム、社会人インターンシップの実施と助成金による採用支援など

 民間の教育機関が非正規雇用者に専門知識などの訓練や職業実習を半年程度実施したら、経費の一部として国が最大20万円を支給する。さらに受講者が訓練を始めてから8カ月以内に正社員になり、半年間勤務していれば最大40万円を支給する。

 財源は働いている人や事業主が支払う雇用保険から支出。

https://president.jp/articles/-/29748

訓練機関にも採用する側にもメリットがあまりない。正気、補助金など不要でも新卒を採用する方が長期キャリア形成の観点からもよほど効果的ととらえられるのではと思われる。

それ以前に、長らく人材市場に出てこなかった氷河期世代が正社員として働くことをどこまでポジティブにとらえているのか。「働く」ことが常に生活の一部にあり続けた人の待遇は救われてしかるべきだけど、これは労働市場から距離を置いてきた人たちも救い上げないといけないほどの規模で事業構想が成り立ってしまっているように思う。

親世代の寿命が近づけば自立を促す施策を講じるのは尤もとは思いつつも、それを労働力不足を理由に企業側に受益者負担といわんばかりに押し付けるのはやや短絡的ではないかなと。

予想

氷河期世代内での就業経験格差問題が来年の夏ごろに浮上する。

★支援プログラム参加者は「就業経験あり」。引きこもり中高年に支援の手届かず。

氷河期世代支援のあおりを食らうシニア層。医療費負担は増えるが仕事は減る。

ネガティブだな・・・