可不可編集工房Hatena分室

漫画家萩尾望都さんの作品について思うことを書き散らしてしまいたい衝動にかられてしまったのです。

アブサント酒について

 1979年に発行された「サングリア・タイム」という書籍の冒頭に萩尾先生のエッセイ「お酒のはなし」が寄せられていて、中で「アブサント酒」について語っておられる。

 

”あるとき、クノーの「イカルスの飛行」のなかに、登場したのがアブサント酒。それはものすごくロマンチックにかかれてありました。お酒を注文すると、角砂糖とお水がついてくるのです。それで、角砂糖をスプーンに置いて、その上からそっと水をたらすと、水が砂糖をとかしながら、アブサント酒に落ちてゆく、と、みるみる緑色のアブサント酒が白濁してゆくのです!

それでその時、私は、まあ、アブサント酒ってなんてすてきなお酒なんだろうと思って、このお酒を好きなキャラクターをつくろうと思って、さっそくまんがに描きました。”

1979年はすでに萩尾望都作品集が刊行を終えているので、そのときの自分は「あそび玉」と「まんがABC」以外は全クリしていたはずなのだが、はて、アブサント酒を好きなキャラクター?とすぐには浮かばず、とりあえず全作品をなめるように読み直す日々。

 

”そのマンガでは、娘が、その養父にアブサントをいつもつくってあげるのです。白いきれいな小さい手に銀のスプーンでももって、白い角砂糖をおいて、エメラルド色の酒のなかにそおっと用心しながら水をそそぎこむ風景は、やはりなかなかしゃれたものでありました。”

 

なんとしても、上記のような描写は見つからない。しかし、アブサント酒は容易に見つかった。「ポーの一族」の中では比較的特異な位置にある「ピカデリー7時」である。短編推理小説的な技法で、情緒的な大河ロマンの中で少しばかり異質な感が否めない。このお話の中にありました、アブサント酒。

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シチュエーションはそろっている。娘、養父、アブサント酒がお好き、しかしなんとしても銀のスプーンや白い角砂糖は見つからない。「アブサント酒」という言葉だけが見つかったのでありました。

 

”そのマンガをかいた後、私はたまたま酒屋さんでアブサント酒を見つけほとんど狂喜して、買って、家で、その、つくってみたのです。コップに、少しばかり。白濁したお酒は強い青草の香りとともに舌の先で爆発し、私はなめただけで死にそうになりました。ひえー、こ、こ、これはー!銀のスプーンでアブサントをつくる娘がこっそりなめたら気をうしなうにちがいありません。早まった!クノーがいかにも上品そうにかいてるから!

 

という文章が続くので、一度は描いたものの作品として編集側に渡す前に削除してしまったのだろうか。しかし、そうなればアブサント酒という酒の名前も別の名前に差し替える可能性が高い。続く文章では”ああ……早まった……そう、別のカクテルにすりゃよかった”という一文もある。

 

コアな萩尾ファンを自称する自分であるが、いまだにアブサント酒の描写がある萩尾マンガを見つけられないでいる。

 

ちなみに、クノーの「イカルスの飛行」は読んだことがありません。うんと若いころ、映画「地下鉄のザジ」を見たことがあるのですが、その原作者と知ったのはだいぶあと。映画はまったく魅力を感じませんでした。

 

地下鉄のザジ (中公文庫)

地下鉄のザジ (中公文庫)

 

 「クノー」の名前はここにも。萩尾望都のまんがABC(別冊少女コミック1978年1月号初出)です。

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