プラスティックな誘惑

nekowani2006-05-03

1998年〜2000年に批評空間に連載された阿部和重の『プラスティック・ソウル』を読む。
自分にとって読める(読んでいる最中に恥ずかしくていたたまれなくならない)作家が激減する(作家は激減などしていない、単純に自分の許容範囲が年々狭くなってしまっているだけなのだが)中で、阿部和重は唯一、生活時間の第一優先事項となりうるものを書いてくれる作家で、その存在自体、感謝こそしている。

ここ数年、職場の関係上、あらゆる活動拠点になりがちな渋谷という街に、ブックファーストというまさに渋谷的な大型書店があるのだが、そこに平積みされた『プラスティック・ソウル』の、なぜか一番上に重ねられたそれだけが著者のサイン本であったというのを確認すると、ゴールデンウィーク前に一冊買いに来た自分にだけ向けられた何かの信号を感じずにはいられなかった。その偶然性、2006年3月に発売され、いつ行われたか分からないサイン会ではあるが発売日からそう間が経っているはずはないので、このサイン本は結構前からここにあったはず、と思われ、しかもいつ売られてしまってもおかしくないその1冊というまれな数字に、あたかも身体の寸法ばっちりでつくられた”あなた用の”云々の文句を彷彿とさせる状況に少しドキドキし、それが運命といわんばかりにレジに向かった思い出の本である。(しかし、本当はサインなどに魅力を感じたことは一度もないし、このサイン自体、本当に本人の署名か分からない、それはどちらでもよい。私が嬉しかったのはその”偶然の1冊”というシュチュエーションであり、たとえそれがブックファーストの店員による、ストックの棚からサイン本を一冊づつ店頭に出すという小粋な演出だとしても、そんなことは問題ではないのだ。)


前ぶりが長過ぎることは承知の上だ。言いたい度合いが高いほどすぐ核心へ行けず、かえってより遠ざかって周りをぐるぐる巡るのに楽しみを見出す。そういう風に言えば今この場での自分の像を、どちらかと言えば人からは敬遠をうける執拗なタイプとして自己主張できるだろうか。このタイプはいわば食事の時、一番好きなものを最後まで残しておく典型なのだが、それに加えて実際の私は健忘症の色が年の割には強く、一番大切に残しておいたものをいつの間にかすっかりまるごと忘れてしまう。中心をかいたそれはもはや嘘の嘘による嘘のための武闘派部隊としての戦いしか残されていない。そんな時よくちびまるこちゃんに登場するタマネギ顔のナガサワ君が友人のフジイ君に”嘘つき!”と罵るシーンがスライドし、メタファーの引力によって自分の皮がペロリペロリと愉快に剥けてゆくベタだけど楽しい映像が巡るのだ。


さて、事の本題はこの小説が(”小説”それはこうゆう場合、語ってよい言葉だったのだろうか。テクスト論者の子供として躾を受けた自分にとってはひどくうしろめたいものを感じる)あまりにも断片で、統合への意志をほとんど隠したより物的な小説であるということだ。ここで立花隆NHKサイボーグ特集の台詞”外部化された記憶”を思い出す。(その言葉をここで出すのははあまりに危険行為な気がするが、フィールドワークが狭いため、これ以外の的確な言葉が思い浮かばない。)
というのも、統合の意志を欠いたそれはより部品な羅列であり、主体や時系列がきちんと把握できるよう設計された他の小説で得られる体感的な空間の快楽はほとんど無視しているように見えるからだ。
そしてそれらパーツはあたかもそれ単独で記憶を所持しているかのごとくあらゆる情報を与えてくれる。
例えば、ここに出てくる麻薬の名前の頭文字"X"だとか"G"だとか"C"だとかのアルファベットの羅列が快楽の象徴となり、映画女優と同性同名の”ヤマモトフジコ”という名前が”富士は日本一の山”という連想によって性的な対象(萌え)となる。また、虚構のゴーストラーター集団はそれぞれア行の頭文字をもった名字でそろえられており(唯一揃わなかった”オ”のつく名字の不在の作家”オノダシンゴ”は他の実在するア行の名字をもつ4人で演じられる、または”穴”を埋めさせる)、実在を欠いたそれら言葉遊びの妄想世界は歯止めなく膨張し、たやすく消滅してゆくのだ。(この皆殺し的な展開は阿部和重のパターンといったら過言だろうか。)


ここで”私”と”わたし”に分裂するアシュラ男爵顔の男アシダイチロウ、時にヤマモトフジコは、その亀裂をエネルギーに物語を跳躍し、断層付近で楽しむ。カラーコーディネーターたるヤマモトフジコの色彩判断が鈍るのを兆候として、あらゆる境界線が曖昧になり、拡張したそれを頑強な信仰心で確固としたものとして成立されてゆく”曖昧な記憶”のオカルト世界で、容易く他者と入れ替わるような経験をする。私の知っている時代遅れの言葉が許されるのなら、あからさまな象徴交換が白昼堂々と行われているイメージだ。(以前、象徴交換とは夜、人には分からないようにこっそりしめやかに営われることが多かったような印象があるが。)
幽霊が可視化する時代、誰よりも現代的な小説を書いてくれるひとりが阿部和重だという認識は固いと改めて思った1冊であった。(という言い草の終わり方には何か決定的な不手際があるような気がしてならず、この最後の括弧で括られた一文を追記として残さずにいられない衝動にかられる。)

指数的な爆発を利用する検索

指数探索

 イベントが連なりさぞかし話題も多かろうという年末を通り越す遅れてきたブログ。世間が甘くてうまいケーキを頬張ったり景気回復バーゲンに繰り出したり、あぁ自分もそんな記事書きたいなとデータベースにクエリー送信、すると意味の分からぬバイナリデータばかりのなのだ。人生0か1だろうか。コンパイルしてほしい。



 というわけで楽しくあるべき私の年末年始は、とあるサイトの構築作業と大掃除で体内的にも体外的にも整理整頓するべくひとり大活躍(この活躍は誰にも気づかれまいのでここでわざわざ”大”をつけることで少しだけ大げさに誇示してもいいだろう)だ。おかげで天からのプレゼントだろう、お正月には大量のお肉(豚の角煮とチャーシューとローストビーフ)の詰め込まれたダン・ボールが届けられた。納党連の我が家にその肉の詰まったダン・ボールが届けられると黒船来航以来の明治のごとく急速に欧米化する。しかし敵を出し抜き肉をほおばったことで3日3晩胃もたれに苦しむ軟弱な我が身が寂しい。このような時こそ居酒屋でこっそりバックに入れてもらった”酒豪伝説”の粒が役に立つだろう。



 楽しい年末年始なのにそんな内輪な活躍しかできない内弁慶の私もちょっとだけ外へ出て年越しライブを垣間見た。吉祥寺の曼荼羅2で、さかなの西脇さんがジャンタル・マンタルなるおじさんバンドを結成し演奏するというのがこの日最初の牽引力だった。この日のライブは6バンドの演奏で6時間。毎日作業をしたままコタツ寝で寝た気がしていない身体には多少酷である。最初の栗コーダーカルテットの演奏からアルコール効果もあって既に眠い。しかし坂本弘道なるミュージシャンの自虐的ともみれる奔放なパフォーマンスによって電撃的に目が覚める。チェロを横にしてひいたり電気ドリルで火花をちらしたりのこぎりブンブンさせたりいかにも”爆発”を連想させる髪型だったりする一方、演奏中のところどころで缶とかコードとかまさぐって何かを探しているようだが結局みつからなくてシンバルをバシンバシンさせてごまかしたりするのだごまかしになっておらず、それら彼の全挙動が妙に現実的な感慨を観客に呼び起こしていたのが印象的だった。彼が白昼のアメリカの校庭で観客二人に対してこのようなパフォーマティブな演奏をやり遂げたエピソードが今でも私の心の中でフラッシュバックする。

 そんな中、この日一番の演奏はLonesomeStringsだろう。といってもやはり眠くて意識が朦朧としていた私は、後日彼らのCDを聴きながらそう思ったのだが。彼らの音はフォーク音楽を、とってもとってもいくらでもとれるダシとして使うような粋なところがある。何よりもその弦楽器ばかりの演奏が誰よりも早く走るカールルイスみたいに恰好よい。ちなみにここでピカいちの演奏をするウッドベース松永孝義さんという人はビジュアル的にも恰好よく、その風貌は夢の中でみた中国四川省の墨絵画にある岩山に登る仙人の姿なのだ。



そんな楽しい年末年始の思い出話はひとまず置いて、今日のブログはひとつのサイトのリンクをはることととひとつのブログのトラックバックをさせていただきたい。


まずひとつめ。

http://wasedadetaiho.web.fc2.com/

”12月20日昼ごろ、早稲田大学文学部キャンパス内において、早大再編について考え、反対する行動告知のビラをまいていた一人の人間が、突然7,8名の文学部教職員に取り囲まれて、そのまま警備員詰所に軟禁され、その後、その教員らが呼び入れた牛込警察署員によって「建造物不法侵入」の容疑で逮捕されてしまいました。”(抗議文より引用)

という内容の事件に対する抗議の署名活動だ。肝心のビラの内容が詳しく分からないのだが、このサイトによるとどうやら2001年サークル部室撤去反対闘争も絡んでいるらしい。この闘争を私がはじめて知ったのは今年3月にユーロスペースで公開していた『レフトアローン』(左翼ひとり、とも読める)という、すが秀実と1969年論をめぐるような、井土紀州監督による映画をみた時だ。
この事件にもとづいたA君教職課程登録保留問題なども説明もそうだが、サイト全体がややウェットな感じで訴えているのが気になるが、警察の行き過ぎた行為はみてとれる。(森達也『A』での不当逮捕の映像がリンクする。)この事件について気になった方は上のサイトに飛んでもらいたい。


もう一つめは”結城浩はてな日記”にトラックバックしたい。
なぜなら『増補改訂版Java言語で学ぶデザインパターン入門』無料プレゼントに応募したいがためだ。わけあってここ数ヶ月javaの勉強しはじめた私は、この著者の『プログラマの数学』という本が気にいっており、たまたま見ていたはてなブログランキングで結条さんの名前を見つけて飛んだらこのキャンペーンを知ったのだ。当たるといいな。



ということで今日のエントリーは何だか長くなってしまったが、坂本弘道さんにしろビラ撒き不当逮捕抗議にしろ、指数的な爆発が生み出す困難に立ち向かうために指数的な爆発を把握する道具を探し中。

もだえ苦しむ活字中毒者、地獄の渦巻にて歌う

もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵/

紀伊國屋ジュンク堂をはしごにし行き着いた先の蔦屋で発見した『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』と『よろこびの渦巻』。90年代初めに関西テレビにて放送開始した深夜ドラマで、椎名誠の原作を黒沢清が監督した作品である。


『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』

活字中毒者たるたみやこうじに、大杉蓮扮する塚田マコトが自著の『評論 呪いの藁人形』を捨てられた恨みを晴らすべく、彼を味噌蔵に閉じ込め、無理矢理『評論 呪いの藁人形』を読ませるという復讐を計る。本がいっぱい詰まったみやたの持参のバックはまるごと、むごくも塚田の手によって地獄の業火で焼かれ、手元からあらゆる活字を剥奪されたみやたは、活字不足のため味噌蔵でもだえ苦しむ。
連続性視覚刺激過多抑制欠乏症となり、もはや白紙の意識となったみやたは、危うく『評論 呪いの藁人形』を語り行脚する琵琶法師として、もしくは『評論 呪いの藁人形』そのものを体現する人間として言語学者によって教育されてしまうところを寸前で逃げる。その後はみなごろしの戦争が味噌蔵で勃発。



『よろこびの渦巻』

”占いとは確率じゃない、原理なの、道徳なの、ものの見方なの”と語る唯占論者の占い師の父を持つ息子、松田ケイジが、よろこびとかかなしみとか幸せとか不幸とかに反発する。食べ物を投げる息子を怒る占い師の父はおかずののったちゃぶ台をひっくり返す。父が”唯占論”と書かれた札を首からぶらさげ占いを宣伝して歩く様子は、小津の作品『生まれてはみたけれど』の”この子に食べ物をあたえないでください”という札をぶらさげて歩く弟の姿を彷彿とさせる。
一方、反占論を唱える集団が木々の隙間で文語調で弁論する。ウィークエンドに似ている。何やら発煙物が投げられる。行進、脱線する松田ケイジ。藁交換で金を獲得し、幸福が来たとよろこぶ女の手にした札束を宙になげ、音のはずれた歌を、しかもあきらかにアフレコと分かる形で歌う彼の歌は、よろこびとかかなしみとか嫌い、とにかくありのまま生きるだけ、みたいな歌詞。
そんな占い師の息子、松田ケイジの肩を叩く”わかるよ”とつぶやく人が現る。パスワード;”わかるよ”と書かれた殺しの依頼を受けた殺し屋は、高層ビルより”わかるよ”の発生を監視しているため、松田ケイジの肩を叩き”わかるよ”とつぶやくその男を発砲する。だから2度からの”わかるよ”とつぶやく人の登場からは血まみれだ、しかも彼の登場には乳製飲料の紙パックがプラスされている。最終的に彼のおかげで話はまたもや皆殺しで終息する。



登場人物の台詞が空ショットのごとく棒読みであるこの時代の黒沢清の作品がとても好きである。何だかあらゆることを無視している。今回みた2作品は『ドレミファ娘の血は騒ぐ』以来の衝撃を受けた。これは傑作ではなかろうか。間違いなく並々ならぬ諧謔が弄されている。今年観た映像物の中ではピカいちで笑することのできた作品だ。

こういう風な映画、黒沢清はもう撮らないのだろうかな。

贅沢かなチョーキータウン、師走のさかな、祭りもそろそろ終りかな

家宝の西脇画

土曜のONJOのライブに引き続き、日曜日は吉祥寺のマンダラでさかなのライブだった。
なんと贅沢な週末。今思い出してもとても二日間で起こったことだとは思えない。

さかなというバンドはポコペンと西脇さんのふたりで構成されている。ほとんど毎日何かしらの形で数曲ずつ聴いている、私にとって今最も親しい音楽家である。


さかなはいつも旅の歌とか伝説のような人の歌だとかどこかの変なお店についての歌だとか宇宙人だか惑星の歌だとかを歌っているのだが、中でも友達の歌が多い気がする。そして私は友達の歌が好きなのだ。
特に"BLIND MOON"という曲に出てくる「君の友達」なる人がとても好きである。「君の友達」は真夜中に用事もないのにやってくるし、時々「君」の後をつけてまわりたがる。「君の友達」は誰にでも白い歯を見せてよく笑うが「君」が笑っているとき「君」のために泣いている。そんな「君の友達」は「君」に隠したがられてしまうような、ようはちょっと迷惑がられてる変わり者だ。こんな友達が西脇さんのギターとポコペンの歌声にのってやって来てしまうと思わずチャップリンばりに泣けて来るのだ。


さかなは二人ともライブといえどもなんだか普通の格好。(しかし、実はポコペンのトレーナーの下はフィッシュマンズのライブに参加した時のTシャツ。)
ポコペンは緊張するからといってお水をたくさん飲む。
西脇さんは決してマイクを通して喋らない。西脇さんの声はポコペンに話しかけたりつっこみをしているのを我々は聞き取るのみなので、彼が何か言葉を発するならば会場の聴衆はなんとか彼の言葉を聞き取ろうととして変に集中するのだ。ライブ上での西脇さんは直接我々にではなく常にポコペンを通してしか交信しない(かのようにみえる)。ほとんど科学技術部の中学生ばりにシャイなのだ。でも日記では面白いことをたくさん語る饒舌な方だ。


今日はゲストで滝本晃司さんも来ている。3人のリトルスワロウに陶酔。
西脇さんや滝本さんなどでその日結成される”ジャンタル・マンタル”というバンドの年越しライブも告知もあり、帰りにチケットを購入する。どんな音になるのかよく分からないのが余計に楽しみ。


アンコール、先ほどから拍手の際なぜか私の髪の毛を挟みながら手をたたく後ろ人間に髪の毛を逆立てられながら、拍手が皆のテンポから外れることに不意に恐れ、神経質になって手をたたく。

さかな、すぐにステージに出てきてくれる。5曲の中から選べと挙げられた曲はどれも好きなので全部聴きたいと思ったら全部歌ってくれるというのでこれまたすぐ願いがかなう。しかしアンコールで5曲とは、ミニアルバム1枚に相当するではないか、こんなに贅沢してよいのだろうか、凄すぎる。


今宵は吉祥寺の街はチョーキータウン。どうやらひそかにたどり着いた。手も足も取り上げられてしまった、みたいな歌詞がライブハウスを出て雪が少しふったらしい後の地面を見て浮かんだ。

送信するONJO祭り

OUT TO LUNCH

先日大友良英率いるONJOの新作アルバムの発売記念ライブが渋谷で幕をあげた。
そのアルバムとはエリック・ドルフィーが64年に発表した作品『Out To Lunch』の全曲リメイク・アルバムである。


開場18:00。人との待ち合わせ17:00。17:15分に電話が鳴るがワタシいまだ家。
完全に間が抜けていたのだ。電話越しの人間は回線交換方式により、怒りの周波数をのせた交流信号を送っている。3回間違えればシステムアウトである。
その後私は走る走る。乗り換え時の電車のホーム上もダントツのトップで走る(ただし次の電車は6分待ちで、最後尾の人間とどうせ同じ電車。)週末の、新聞の字ほどに人口が密集した道玄坂をも体当たりまがいにぶっちぎって駆け上る(もしくは迫力で脅迫的に道を開くモーセ十戒)。勢いあまって曲がらなければならないお寿司屋も見逃しかつ通り越し走り続ける私を待ち人が呼び止めなければ道玄坂の山頂に届いていただろうか。


とりあえず走ることで抜けた分の間の埋め合わせに成功し、なんとか開場時間に到着。入場するとしょっぱなでワンドリンク制というルール説明を受ける。それに従いうっかり注文した高濃度アルコールは、走って乾いた喉を余計に発火させ、動悸を促進させるのだ。


あぁ、こうした瑣末な出来事をこの際全て忘却の竜宮城へ。
というのも右も左も分からない私の初大友良英ライブは感動的な展開だったからだ。
それまで私は大友良英、もしくはONJOに関しては、なんとなく人が聴いているのを盗み聴きし、ジャズだがなんだか知らんけど、そんなことを気にせず打ち明けるなら"Dream"と"ONJO"いうアルバムはなんとなく好きさ、ということでひっそり聴いていた。しかし、音楽全般コンプレックス、もしくは恐怖症なので(そして恐れあまって憧憬の念をいだきやすい)あまり積極的にその好意を拡張しなかった。
それなので今回ライブも半信半疑であったのだが、行って感動した。


とにかく始終大興奮だ。
おのおのの楽器が極度に張り詰めた時の多重音、大友さん、グーの手で空中を殴る殴る。あの溜めの極度の緊張と、破壊行為寸前の開放、その二つのドラッグ的な繰り返しに出会い、私もすっかり恍惚状態である。
大友さんの右手がグーパーする。大友さんの左手は眉間をたたいている。大友さんがパーを出せばお花がぽろりだ。こうして音が鳴るのを見ていると、あたかも大友さんの指揮が気の送信にも見えてくる。いけない徴候だろうか。
ただし、宙を殴りながら激しく指揮をする大友さんも、カヒミ・カリィには礼節な面持ちで手のひらをそっと差し出す。おかげでカヒミさんはささやくように歌うことができるのだ。


そんな怒涛なものと静謐なものが交互に広がる空間において、特にウッドベースとドラムにはらわたごと操作されているのかと思う程たくみに魅了された。
ステージのバックに映された今回のアルバムのジャケット(森山大道の写真)に映る歯の抜けたおじさんはウッドベースの水谷さんはないですからね!と大友さんに注意の対象にされた水谷さんであるが、演奏しているときはもちろん輝かしいのだ。


自宅に帰って本日がらみのCDを眺める。
ジャケットのバックの"TEXTILE"という言葉に惹かれライブ会場で購入した"HIGH TONES FOR THE WINTER FASION"をわくわくしながら開封
しかしながら入ってない、CD。
TEXTILE → フィンランドは寒いから着込みすぎて中身のことをすっかり忘れてしまったのかな。という好意的な解釈をするほど私は人がよくない。ので、好意の補数をとって1から始まるセグメントを送る送信先と送信方法をこれから検討せねばなるまい。

それではこれから昼食にでかけることにする。

退行する乙女祭り

トマト

本日は乙女祭りが開催されるとのことで地元埼玉に遠征。
遅れてきた青年入場、トマトジュース片手に乙女の頬は皆ローズ。
”ちん(ここでの私の呼び名)、ちんは一体今何をしてるんだね?”
”朕のこと?朕はいまだ無職”
あぁ、其の時の、歓待とも哀れみともしれない、なんとも複雑な香しき乙女たちのざわめき。
”ささ、お腹を空かせているのだろう?とにかく一杯やりたまえ....”
私は勧められるまま皆と同じトマトジュースで一杯、その甘い桃色の部屋でお腹も気分も急速飽和、かつての我々の方言であったP語とちゃま語はごく自然に口からもれる。


いただきマッスル、ところでMP、MPのいないこの5年間は実に危険に満ちあふれていたピーよ”
”ちん、ちんの身の回りはなぜか危険に満ちあふれていたね、特にゴルゴには気をつけろ”
そう言い終わるか否か、MPは私の前にまっすぐ伸ばした前腕から上腕を振り下ろし、ふう、危ないったらありゃしない、とかつぶやきながらその視線を高層ビル上階のレディースアートネーチャーの窓明かりへと向けるのである。ほんとに、本当にありがとう、自分じゃ全く気づかないんだよね。


”ちゃま、そういえば最近do?"
”ああ、品川は1年間掃除してないからね、なにせ毎日クレームギリギリなもんで。”
”ちゃま、あの時は『これがちゃまだ』とか言って黒板にヌケ作先生の似顔絵書いてごめんYo!”
"いいってば、そんなの15の夜の過ちじゃんか。そういえばあのころ、ちんは包帯グルグル巻きだった....."
”ああ、盗んだギターで教室の窓ガラスを割りまくり、救急車で逃げ去った夏休みの昼下がりの話?あの時朕は校庭に運ばれる担架に横たわりながら息も絶え絶え校舎を見上げたんだけど、窓からタコみたいな顔を突き出した乙女たちがたくさんいたのだよ、ピー、世田谷の空はどこも狭くて....”
”ちんはあれ以来怪我ばかりしている、気をつけてクリクリ”
”有賀サツキ....”



”あ、そういうあんただ霊?TBは?”
”TBは欠席。私はティーチャー、T”
”そうそうT、今日の語録を聞かせて”
”弱い者いじめは最低だ、強い者と喧嘩しろ”
”お目がタコい”


解散後、久しぶりの実家へ、すると地元では有名なリボンちゃんに偶然出会う。
忘れていたがそのリボンをみて一瞬で思い出した。
何か話しかけてきたようだが、イヤホンのせいで聞き取れず。



本日の課題: いかにして教室をドスンとするか
本日の教科書: 『亜未!ノンストップ』
復習教材: 『次郎日記』(高崎線発)

疾走するFlash 8 祭り

自転車

昨日、F-site主催のFlash8祭り(URL:http://f-site.org/articles/2004/03/25003056.html)に行ってきた。
関西からお越しの司会の笠居トシヒロ氏8(HP:welcome to mad-c design.)は着物で登場。デモ1番目のサブリン氏(HP:http://www.saburi.com/v2/)はパンダの着ぐるみと”本日の主役”と書かれたタスキをかけて登場。と、しょっぱなからFlashクリエイターの方々のエンターテイメントぶりに感銘を受ける。


このセミナーはMacromedia主催ではなく、クリエイターさん等が営利なしで任意で開催しているものなのだ。その分制約が少なく、新製品のバグレポートなんかもどんどん紹介してくれる。

当方のお目当て、スクリプター系達人、野中文雄氏(HP:FumioNonaka.com)も、講義の時間を綿密に設計しているような普段のセミナーならあまり話さないであろうというような私生活の話(”火曜日にPowerBookが壊れました。データ復旧のメドはたっておりません”という話)もしてくれる。ただし、その後の例のごときペンギン講義は、軽やかな即興スクリプティングとともに嵐のごとく進み、そのマッハスピードで説明される難解なスクリプティングの解説をその場ですべて把握することは私にとって不可能に近いのだった。ただただ何か凄いものをみているという感覚で圧倒され、それでも、なんとか少しでも分かりそうな破片を見つけるので精一杯である。野中氏の場合、すでに講義そのものがパフォーマティブ、オースティン流に言い換えれば行為遂行的、であるのでネルシャツ一枚でも十分な迫力があるのだ。


とにかく、Flash好きの人たちの8(Flash8)トークは大変熱い。最後、新しいバージョンになったばかりのFlash8に関するトークセッションは出場した講義陣など4名で繰り広げられたのだが、とにかく皆、新しい機能について言いたくてしかたないといった感じで時に他人の話に割りこむことにも意を介さないほど熱い(もちろん、そういった割り込みもあたたかく受け入れられるような柔らかい人間関係が既に築かれていた上でだが)。普段、孤独にFlashをいじっている私としては、そういった人々の話を聞くこと自体が喜びだった。


このセミナーには、”自作アニメ自慢コーナー”というのもあり、一般の方々が任意で発表しているのだが、これも思った以上に面白かった。というのは、制作者たちの熱意にベタに感動してしまったからだ。特に沼田友さん(HP:http://park2.wakwak.com/~numatake/6/)という高校生のFlashで作ったミュージッククリップアニメは、本人もことわっているようにそれこそベタな、正統派なつくりなのだが、しかし私はその芸の細かさに感動して涙が出たほどである。カット割の多さといい、ワンカットごとの作り込みといい、手抜きがない。(それに加えて私も笠居氏と同じように自転車萌えなので、自転車がキワードで登場するというだけで興奮してしまうのだ。)彼は高校生という若さであるが、HPのプロフィールによると小5からFlashを使っている(Flash歴3ヶ月ほどの自分としては)立派な熟練Flash使いである。
世の中まだまだ凄い人達がたくさんいるんだな、としみじみ実感する一コマだった。
この刺激を原動力に、今日得た情報で自分も8で挑戦、特に新しいビデオのコーデックを試してみたいので、夏に撮影したいくつかの映像を使って作品を作ってみようと思う。でもそれはいつの話になるのやら、時間調整が求められる。