本当にあったこわ~いお話…
アルバイト先の小売店、高校生のアルバイトちゃんは、なにか嫌なことがあったのかもしれない。ま、いつもとそう変わらないのだが、レジに立っていても全く笑わない。
お客様に商品のある場所を聞かれて、足をクロスしたまま「あっちです」と指差すだけ・・・。あ~(-_-;) 後で注意しておかなければ・・と思った矢先。
その子に向かってお客様が、
「態度が横柄なんだよ!!」とレシートをなげて投げつけて帰えられた。
トホホ・・・
しかし!本当に怖いのはこの後!
お客様に怒鳴られた本人が、きょとん・・として私に。
『「オウヘイ」ってなんですか?』
しかたない・・・しかたないさ。知らなかったのだから。
どんなに学力が高くて、偏差値が高くても、知らないことは知ろうとしなければ知ることはできないからね・・・。
お客様、大変申し訳ございませんでした。
子育てというのは、思った通りにはいかない。そして、同じようにもできない。
ママトークのなかで、「同じように育てたんだけどね~」という言葉を聞くことがあるが、絶対そんなことないと思う。
もちろん愛情は変わらないけれど、私の場合はそうではない…というか、そうはいかなかった😅
我が家には、3人の子供がいるが、まさに三人三様。当人たちの性質が違うのだから、同じようには育てられない。
第一子の長男は、とにかく泣いていた。私の顔が見えないと泣き、パパの顔を見れば泣き(^_^;)。私と保育園のある一人の先生以外が、手を差し出そうものなら、ゴジラが目の前に現れたくらいのビビりっぷりで爆泣き!
仕方がないので、ずーっとひっついてた。トイレの個室に入る時ももちろん一緒。
3歳くらいになると、少しパパの出番も増えてきた。お風呂に入ったり、遊びに付き合うのはパパのお仕事になった。
というよりも・・・1年半後には下の子(次男)が誕生していたので、パパの手も借りずには回らなかったのが正直な話。
でもお兄ちゃんの自覚はまったくなく・・弟君のおしゃぶりを奪ってくわえてみて、また弟君の口に戻してたりしてましたね(ー_ー)!!
2番目ってすごい!いやーすごい!
次男は、本当に大人しかった。赤ちゃんの時は本当にお利口で、よく寝てくれたし、泣きわめいて大騒ぎすることもほとんどなかった。と・・・思う。
実は・・・次男が生まれてすぐに旦那さんが大けがをして、手術でもって入院・・・。でも、フルタイムで働いているし、2人の乳飲み子のお世話で、あんまり記憶がさだかではないのです。・・・本当に。悲しいことに。
次男は、本当にどうゆう星の下に産まれたんだか・・・
我が家の長男といわれている旦那様は、臨月の嫁と泣き虫の本当の長男を家に置き去りにし、スキーなんぞに行ってやがったんですね。
あったりまえだけど、陣痛がきて、だけど本当の長男君もまだまだお世話が必要な一歳児。時は早朝5時。長野にいる長男様に電話をするも出ない(T_T)
仕方がないので、旦那様の実家に電話をして、その旨を訴える。
6時半・・・やっと旦那様に電話がつながり、帰宅の途につかせることができた。
産まれるときのそんなんから始まり、次男君は絶対なんかもってるな。
保育園では、保育園で飼っていた犬のお家(犬小屋)を占拠。
2歳で漢字が読めたが、通りすがりの人に「おまえはだれだ!」という。(-_-;)
卒園式の2週間前に東日本大震災がきた。
小学校に上がれば、運動会でお友達を突き飛ばしたと、お友達の親を激怒させ大問題(これば後日、無実だったことが判明)。はたまた、何を思ったか、先生の用具棚に入り込みあそんだり・・・。
でも、テストは全部100点!みたいな、本当に変わったやつである。
3番目っていうのは、世の中に怖いものなんてないのかもしれない。
女の子なので、旦那様の溺愛っぷりも、お兄ちゃんたちの甘やかしっぷりもヤバいのだけれど(^_^;)本当に笑ってしまう・・いや、笑っている場合ではない。
赤ちゃんの頃は、本当に手がかからなくて、よく寝て、よく食べて、こちらもこなれてきたのかもしれないけれど、病気もないし、新生児にまつわる育児ストレスなんてーのは無縁だった。人が大好きで、遊んでくれる人なら誰でも大丈夫。眠くなれば、勝手に寝ちゃう。添い寝必要なし!こんな赤ちゃんもいるんだ・・・と3番目にして初めて思った。
もう・・・本当にそれぞれで、それは私の育て方とかでなく、この子たちが持って生まれてきたもの。それを尊重しながら、現在子育て真っ最中!
うちの子は手がかかる、とかうちの子はお利口とか、色々思うと思うけれど、人生トータルでみたら、誰でも同じだけ手がかかるらしい。小さいころにお利口だと、大きくなってから「手がかかる」かもよ。・・・ニートとか。
どんな仕事だって接客であることに変わりはない。アルバイトのすすめ。
近年は、高校生でアルバイトをする子が少ないらしいですね。
単なる求人の減少が原因ではなく、少子化の影響もあるのでしょうが、お子様の少ない世の中のお父様、お母様はわが子にアルバイトなんかさせるような生活はお好みではないのかもしれません。
高校生のみならず、現代の子供たちは、習いごとや塾通いなどで忙しい。忙しいとは思いますが、是非アルバイト、しかも1日だけの短時間ではなく、直接雇用されて働く事をお勧めしたいのです。
面倒くさい!とおもうかしら?
けれども、いざ!社会人という一歩を踏み出したときに、アルバイト経験者と未経験者では、雲泥の差なのだよ!
社会にでて、まず必要となるのはビジネスマナーなるものです。
この、ビジネスマナー。かつては、就職するとまず新人研修があって、そこで一般常識を教えてくれるのが主流だったのですが、経済の低迷とともに、OJT(on-the-job training)となり、仕事をしながらその中で、無料で先輩や上司などから教わるようになりました。
新入社員なんて、2年間は使えない。新入社員の給料は、その間は捨て金だという人がおりましたが、その通りなのだと思います。でも、それが会社の未来にとっての投資だと、各企業は頑張ってくれていたのですね。
しかしながら、2年以内の離職率はとても高く、お金をかけて育てても、ちっとも生産してこない・・・ってことで、景気も悪くなったし、新人研修なるものをやめてしまった企業が多いようです。
これで困るのは、現場の人々。そして、本人(困って欲しい・・・)。
もう!そんなこと許されていいのか!?ってレベル・・・
現代ではハウツウ本や、ネットサイトなどで知識として得ることは、容易であるとおもうのですが、正直「ビジネスマナーとか、社会的な常識」とかが必要だ。と思っている人が少ないんだろうと思うのです。
語られて久しい内容とはおもいますが、電話のマナーですね。
高校生のみならず、携帯電話の普及によって、電話対応のノウハウを知らない人が多すぎますよね。本当に!「大学を卒業したらいい年」な自覚が全くない若者たちは、まず電話に出て名乗ることさえできない。
これは、親の責任も十分になるとおもうのです。
ぜひお友達や交際相手の電話は、家にかけて頂くようにしたいものだが・・・最近では家に固定電話がないご家庭も増えてますよね。必要ないそうです。
きっと、みんなたくさん勉強をしていると思います。
親御さんも、立派な大人になって、より良い生活をしてもらえるようにと、教育費を費やしているわけですよね?よね?
けれど、実際そのお子さんたちは、学力と引き換えに、コミュニケーション力というか、社会生活力をまったく身に着けていないがために、社会で生き延びていくのに、相当な苦労を強いられるわけです。
わかりますか?
「お勉強」も大事です。本当にそう思います。
けれど、経験すべき事はもっともっとある。勉強だけしてれば、お利口さんと言われるのは、親の保護下にいる間だけ。それ以外の事の方がもっともっと必要なのです。
学生の皆様、ぜひ親御さんの保護下にあるうちに、アルバイトをして身銭ってやつを知っておいてください。
どんなお仕事でも、その先に必ずお客様がいます。
どんなお仕事でも、その先に必ず「人」がいるんです。
生身の人間と、ちゃんとコミュニケーションをとること。人の気持ちを思いやること。
絶対に役に立つとおもいます。近い将来。
そりゃ、一言じゃ言えないけれど、やっぱり思春期の恋は盲目なのだ。怖いくらいに…
初恋?というなんだか…薄蒼い、ほの美しいものともちがう…
私のなかでは、ほぼどす黒い…黒か灰色かディープ・パープルな想い出だなぁ。
でも、だからこそ強烈に記憶に刻み込まれている痛み…傷…闇…。
ウケる‼30年経った今でも、思い出すと痛い…(^_^;)
どうしようもない、身勝手な始まりだった。私はいつもそう。勝手に好きになって、巻き込まれてしまう男の子は被害者なのかもしれない。
特別、可愛くない。暴露するなら、容姿に恵まれない分、中身が良い奴なのではないかと思わせるテクニックを学んでいた。…いつの間にか…
そう。特に性格も良くない。根性はわるい。
付き合っている子がいた。私が好きになって、告白した初めての彼氏。
大好きだった。
キライになる理由もなかった。
だけど…
もっと好きな子が現れた。
その子は、他の中学校から同じ高校に来た子で、やんちゃな子と仲がいい普通の男の子。背も高くないし、運動神経が特別いいわけでもない。普通の子。
でも、一目惚れだったな。
当時流行っていた『ホットロード』というコミックに出てくる春山くんに似てた。
・・・という、当時、春山似といわれた人は、山ほどいるだろうな・・(^_^;)
フェンダー不良による見間違えや、角度によっては…とか。
中学校の彼氏は、この時どうなってたんだっけね。記憶が定かでないが・・・私はわかれたと思っていたけど、あちらはまだ付き合ってると思ってたのかな。
今みたいに、携帯電話などもない時代なので、連絡ツールは人づてか、家電か、手紙。
タイムラグがあったのか。私は、高校の一目ぼれ男の子に脳みそ侵されてる時に、元?彼が荒れて大変だと、人伝いに聞いた。もう一生会わないと心に誓った。申し訳ないという気持ちもあった。
それはそれは、大変な恋だった。
私は、完全に惚れた弱みで、本当にそばにいれるだけでよかった。
その人が私の彼氏なんだと思うだけで、夢みたいだった。「病」である。
人間は、忘れることで理性を保つ。
あまりのショックに、どこでどうやってフラれたのか、全く記憶にない。
でも、フラれて、別れたのは事実。
拒食、リストカット、不眠…生きる事を拒否しようとしていた。夜遊びに始り、ちょっとここでは書けないような…荒れた生活だった。
ただ…ただ、彼を感じることのできる空間にいたかった。
10代の心なんて、そんなことで簡単にズタズタになる。その砕け散った心は、戻ることはなかった。
そんな、思春期の恋もある。
それなりに真剣だったのだ。
『恋は盲目』というけれど…。
けれど、今まさに恋をしている子には、心の目をちゃんと開いて素敵な恋をしてほしい。
その恋は、後日談によって、完全に破壊され、すべてを失った。
自滅的になった私を、誰も責めなかったし、友達は適正距離にいてくれたのだと思う。
他にも事件が満載で、
不登校、停学や退学、補導、妊娠…
要するにそんなレベルの学校だったのだか、
それが私の回りで常に起こっていた。そして、親友が学校に来なくなった。
連絡がなかなかとれず、連絡がとれれば彼女の家で語り合った。
彼にフラレた時も、彼女が一晩中付き合ってくれた。
そんなとき…彼女が事故った…
原付で車に跳ねられ、顔面が崩壊し、面会もできないという。
…そのまま、彼女は自主退学した…
一年くらい経った頃だろうか…
なぜ、彼にフラレたのか…私の…私だけが知らない事を、友人が話始めた…
彼は年齢相応の欲望もあった。それを、他で満たしたということ。
仕方なかったのだと思う。
それが、私の親友だと思っていた子じゃなければ…
そして、私の重い思いが、彼と彼女を追い詰めていったこと…
どれ程、自分を責めただろう…
けれど、何も取り戻せず、何の解決せず、私の恋は化石のように私の心に残った。
本当にみんな幼かったのだ。
その純粋さはどんな刃物よりも鋭く、もろかった。
盲目の恋は、恋をしている自分に酔っているだけで、周りを傷付けていることにも気付かない。
出来ることなら、あの時に戻って自分に言ってやりたい❗
「ばっかじゃないの❗」って…
話したいだけなのか、会話をしたいのか、話を理解してほしいのか、話を聞いて理解して行動してほしいのか?
意外に?永遠のテーマだったりするかしら。
色んな場所で、色々な人の話を聞いていると、この人はどうしたいんだろう?と考えてしまう。
「言葉」という、 文明を手に入れた人類は、その時からきっと「言葉」に悩まされてきたのだろう。
特に、世界中の言語の中でも日本語は複雑な部類で、豊かな表現方法を持っている。
かく云う私も、相当のお話し好きなので、言葉の難しさを日々感じている。以下、本当に個人的な見解。
「おしゃべり」は、内容に関わらず「おしゃべり」なので、これはお互いに、話したいことを話したいだけ話せばよい。と思っている。
相手が本当は聞いてなかろうが、理解してなかろうが、つじつまが合ってなかろうが、話したいことを話したい順序で、思いついたまま話す。
女子の特権なのではないかと思うくらい、楽しい!(^^)!
「ちょっと~!聞いてよぉ!」という、軽い強制・・・。から始まっても何ら問題はない。相槌あるのみ。
そして、相手のトーンダウンしかけた隙をねらって、
「そういえばさぁ!」攻撃。全く、前の話と関係ないことが多い。
けれど、「そう」というあたかも、相手の話に乗ったかのような副詞を用いてこちらの話を展開していく。
決定的な結論の全くいらない。お話を楽しむ「言葉」の乱打戦(^_^;)
伝えたい時には、伝えるための方法が必要。
不特定多数に向かって話をする人は、また違うスキルと専門的な方法論を持っているのだと思うのだけれども…
私などは、特定の集まりに向かって話をすることが多いし、比較的友好的に聞いてもらえる体勢が整っていたりするのだけれど、それでも、
「わかってもらえたかな?」
「言葉の選択は間違ってなかっただろうか?」
と、不安や反省も多い。
仕事上では、長く事務員などをやっていると、電話対応や接客などでビジネスマナーなるものが多少身に付いてはいく。
電話で話すときは、普段より少しゆっくり、相手に合わせたトーンで話すと疎通がいきやすい。声は「笑声〈えごえ〉」が良い❗
これ良い言葉❗「笑声〈えごえ〉」❗
顔が見えないからって、ムスッとした顔では「笑声」はでない。
これだけで意外に?相手の方に受け入れられることも多い。
接客では、挨拶をしながら頭を下げない。とか、ファーストインパクトは大切。
その後の仕事をやり易くするかどうかがかかっているからね。
そして、プレゼンや説明会など、たくさんの人に話をするときは、やはり時間って大切。どんなに良い話でも、あまり長いと話したほどの成果は得られず、かえって逆効果だったり…。
逆の立場になれば簡単なんだけどね。
校長先生の話なぞ、短ければ短いほど有り難かったじゃない⁉
立場的に偉い人たちは、「話を理解して行動して」もらわなければならない。業務上だったり、安全上だったり、規律上だったり。
だからこそ、話術は磨くに限るし、ちゃんと勉強するべきだ。私のように、ちっとも聞かないで、屁理屈考えてる人も少なからずいるので。
はたまた、学校の先生も…生徒との距離感を縮めたいのか、流行り言葉を使う先生が私はあまり好きではない。
難しい日本語は、時に人を豊かに、楽しく、感動させることができる。言葉遊びも楽しいけれど、まずは正確な日本語で、伝える事を諦めてはダメだと思う、今日この頃である。
「病気」という名の「病気」
基本、人好きで、人の観察が好きな私は、
「なんでこの人はこの様にするのか?」
「なんでこの服なのか?」
「なんでこう言うのか?」・・・等々…
ほっとけ❗って話だけど、思ってしまうのを止められない…
以前の職場で、もうかなりベテランの方だったが、外へ出かけて行くのにいつもバタバタと…そして、必ず2回は戻ってくる・・・方がいた。
もう四半世紀もその仕事をしているだろう方だったが、要領ってやつが悪いのか、はたまた相当の忘れん坊なのか、それとも何かを訴えているのか?何日も家に帰れない。と嘆き?ながら、まさに四六時中バタバタと…
おうちに帰れないのか、帰らないのかはさておき・・・
本当にお仕事をがんばっている様子はわかって、ほぼ外回りの仕事で、パソコン等の操作が得意ではないおじ様たちの多い中、パソコンに吸い込まれそうな勢いで事務作業をしている時もあった。時折、我々派遣社員に「時間があるときでいいから。相談があるんだけど」と声をかけてくれるのだが、こちらに時間があっても、あちらは全く時間がなさそう・・・。
時を見計らって、なんでしょうか?と相談内容をざっと聞くと、それは仕事の効率化を図るために彼が考えている構想(妄想?)で、その話がまた要領を得ないので長い。
間に愚痴三昧。そしてやっぱり忙しそうなので、途中で「また!」となったり。
でも、思い描いている事は非常に「良い考え」で、その職場には本当に稀有な人材・・・なんだけれども、やり方がまずい。
なので、高尚な構想は、ただの妄想に終わってしまうことが多々・・・
そんなやり取りを何度かしているうちに、
「この人はなんで先に進まない仕事を必死にやっているんだろう?」と考えた。
「良いこと」なんだけれども、周りの誰も賛同しない。上司には話したくない(?)。
組織で働いている以上、それでは絶対に一歩も進まない。二十歳やそこらの新入社員なら、それじゃダメなんだよ~(^.^)と教えてもあげられるが、50も近いベテラン社員さん。私は派遣の身の上。きっと「病<やまい>なんだな」と私は思っていた。
「思うにきっと強迫神経症かな」と納得していた。納得していたから、その人の話も聞けたし、仕事のやり取りも普通にできた。
派遣やパートさんの間では、「あの人、病気だよね。」と話にでることもあった。
職場の状況もさることながら、家庭の事情も彼を追い詰めていたのかもしれない。もともとの性格なのかもしれない。
心療内科に通っていると聞いたのは、それから1、2年してからだろうか。
周りからの勧めもあったのかもしれないが、病院に行って診断を受ければ、皆が「病気」と認めてくれる。そうしたら、周りも少しは優しくしてくれて、本人も「俺は『病気』なんだ」と自分をいたわるようになる。
その前に、ほんのちょっと受け入れてあげたら、彼は「病気」にならなかったかもしれない。言うのは簡単か・・みんな頑張って働いてんだもんね。
ただ、診断病名がなくても「病気」の人はきっとたくさんいる。まさに、「気持ちが病んでいる」人は本当に多い。
軽度ならば、治すことはできなくても、進行を遅らせたり、症状を和らげたりすることは、実はそんなに難しくないんじゃないかと思ってはいるんだけどな。
昨今、有りえない本当に悲しくて残念な事件が起こるたびに、当事者の精神状態というものが話題になる。ふと、昔からこんなに精神状態の悪い人って世の中にいたのかな?と疑問に思った。加えて、精神の病名ってこんなに沢山あるのね…と驚く。
現代社会の歪が露呈されていると言われてもう久しいけれど、「メンタルヘルス」の必要性はなかなか認知されていなような気がするな。
もっともっと「メンタルヘルス」について、語ってもよいのかな。
子供を産んで夢がかなった?子供の夢を叶える為に親ができることはなんだろう。そして、それは本当に子ども自身の夢なのだろうか。
私は40を越えた今でも夢をみる。
沢山たくさん夢がある。本当に幸せなことだと思う。
かつて心を砕いた、スキーのプライズを取ること。
ダンスで舞台に上がること。
大きな犬(グレートピレネー)を飼うこと。
ジャガー(車)に乗ること。
叶えられなかった夢ではなく、まだまだ叶えられると思ってるところがヤバいよね(-_-;)
そして、子供達を育てること。
どんな人になるかなんてしらない。
…と言うと、無責任のようだけれど、子供の将来は子供のものだから、親の手を離れた時に、ちゃんと生きていけるように、育ってほしい❗体も心も生きる力の強い子に育てなければ!と思っている。
今、私の手を必要としている間は、
しなくていい怪我や病気のない丈夫な体と、
人に迷惑をかけない良識と、
人に感謝し思いやる心を育てるのがお役目。かな?
勉強もスポーツもそれに必要ならば、精一杯応援するさ!
子育てって、すごいと思いませんか?
ある意味怖い・・・とも思うけど。
人間、育てるんですよ!びっくりでしょ??
本当に奇跡というか、体験したことある人でも、感じ方はいろいろだと思うけれど・・
自分の体の中からね、小さな人間が出てくるっていうのは、これは本当にアメージング!ですよ。
そして、なんたる幸せ!なんたる大仕事!
子供を育てつつ夢を育て、夢に便乗しているのさ*
「子供を産み育てる」それ自体が夢である人もたくさんいる。
子供を産まない選択をしている人もいるけれど、
子供を授かるというのは、本当に「神のみぞしる」というか、授けて頂いた事の方が本当は奇跡なんですよね。
本当にありがたいと思っています。
で、産んで(産ませて頂いて・・)育てているうちには、そのありがたみなんて吹っ飛ぶことも多々あって・・・
日々反省ばっかりなんですけれども・・・
でも、本当にすごいと思っているのは、
この子供たちのパワー!まさにパワーがね、時には、私に有りえない力を発揮させ、
また時には、立ち直れないほど落ち込ませてくれる(^_^;)
そして、今まで思ってもみなかった夢を与えてくれる。
我が家の長男と次男の夢は「プロ野球選手」!
かつては、長男「家を建てる人」
次男「魚屋」
・・・だったのだが、日本ハムファイターズの大谷翔平選手に出会い、野球を始めてからは兄弟そろって、
「野球選手」を夢見て、日々頑張っている。
その夢の夫婦の便乗っぷり、いや私たち夫婦のみならず、旦那さんのご両親(義父母)、ご兄弟も乗っかって、
我が家は毎日、話題は野球のことでモチっきり\(^o^)/
たのしいっちゃありゃしない!!
そのバックグラウンドにあるように、旦那さんは野球が大好き!
おじいちゃんも野球が大好き!
そして、家族全員野球どっぷり生活(^_^;)
可愛そうなのは、むすめ・・・