現象の奥へ

【詩】「時間の終わり」

時間の終わり」

「ぼくは書く、おまえの名を、リベルテと」
という詩句がときおり頭をもたげる。
オデュッセウスが乞食に身をやつして故郷へ帰ったとき、老犬だけはすぐに気がついて、
安心して死んだ。
のだったか。
もう覚えていない。
ひとの生を通過する時間のうちで、
覚えていないことの方が多いにちがいない。
墜ちていくアリスのように
われらはブラックホールのなかを落ちていく
さよなら
さよなら
さよなら
葉っぱたちが歌っている、
とは、クリステヴァの教え。
と、井筒俊彦先生は高野山での
講演でおっしゃっていた。
そう。
時間は終わるんです。
人間が終わるように。

 

『センスの哲学』千葉雅也著

『センスの哲学』千葉雅也著(2024年4月、文藝春秋刊)──読まずにすませろ(笑)!

 このテの本は、浅田彰にはじまり、東浩紀…などなど連綿と出されている。根っこは、おフランスの「現代思想」である。「現代思想」という言葉は、「現代詩」と同じ、日本だけのものだと思うが。だいたい、東大とか京大とか、旧帝国大学系(古い(笑))国立大学で哲学を学んだ方々である。この方々は、勉強が得意なので、哲学はもとより、文学、芸術。なんでもできる。だからエラソーに、啓蒙的態度で、エビデンスと参考文献を並べまくり(お約束のように「ラカン」なんかが入っている(笑))、「センス」という、論理的に説明のつかない感覚を、さりげなく学術的に「説明」してみせるのである。こんな本を読んで、感覚的な世界の不思議を学び、マジで「センスがよくなりたい」と思うなら、同じ東大出でも、茂木健一郎の本を読んだ方がはるかにためになる。東浩紀もそうだが、結局、どんなに「ポップな」口調であろうと、結局、学術論文の枠を逃れることができない。たとえば、石川淳吉田健一のように、自在に楽しむということができない。ゆえに、おもしろくないし、読後感も、インスタント食品を食べたあとのような不満足感が残る。
 大手出版社で、世界文学全集の仕事をしていた友人が、仕事とはべつに、東大権威の某氏訳、ディケンズの『バーナビー・ラッジ』を辟易しながら読了して、「学者の訳はダメだ!」と言ったことをよく思い出す。
 ま、そういうこと(笑)。



唐十郎追悼

なんといっても、記憶に永遠に残るのは、上野不忍池の水上音楽堂の、『唐版風の又三郎』。根津甚八小林薫、軟硬の両二枚目がそろった。最後にホリゾントの幕がサッと落とされると、不忍池の生の景色が、劇的な風景に変わっていた。ダッダダダ、ダダダダ……ふるさと捨ててちまたに棲めば……あの子も恋し、この子も恋し……芝居になにを持ち込もうと、いつでもそこは、下谷万年町、唐の生まれた町である。私はこの青春を引きずって、今まで生きてきた。しかし哀しみはない。お元気で〜!とかけ声を飛ばすだけだ。

 




【詩】「テムズ川に来てみたら」

テムズ川に来てみたら」

テムズ川に来てみたら、まさに、
エリオットが見えた。
そのカーブの、
開かれた景色の、
向こう側の市庁舎の、
未来に向けて手を伸ばしている、
温かさ。
おあつらえ向きに、
フィッシュ&チップスを売っていて、
ほら食べながら記念写真を撮ってください、
と言っているようだった。
歌集で読めるのは、一度に三首まで。
それ以上は肉体が分解する。
と教えてくれている。
The river's tent is broken the last fingers of leaf
自分がこのまま回転していくような
楽しさを味わった。

 

【訳詩】ボルヘス「ジョセフ・コンラッドの本に見つけた手稿」より第一連

【訳詩】ボルヘス「ジョセフ・コンラッドの本に見つけた手稿」より第一連

 

En la trémulas tierras que exhalan el verano,
El día es invisible de puro blanco. El día
Es una estría cruel en una celosía,
Un fulgor en las costas y una fiebre en el llano.

Manuscrito hallado en un libro de Joserph Conrad
(Jorge Luis Borges)

夏を放つゆらめく大地
純白の日は眼に見えない。日は
斜め格子の無慈悲な溝、
絶壁のきらめきと陸地の熱

「ジョセフ・コンラッドの本に見つけた手稿」(ホルヘ・ルイ・ボルヘス

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スペイン最北端の断崖より。向こうはイングランド




【鉛筆画】「枯れていく紫蘭」

【鉛筆画】「枯れていく紫蘭

荒木一郎の『君に捧げるほろ苦いブルース』を思い出す、枯れていく紫蘭を描いてみた。
Bye Bye まだ、夢のようさ
Bye Bye 君、ドアの外の
気に入りの
紫蘭の花
昨日の朝枯れたよ