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沈黙は最大の防御

 誰かに何か言われた時に黙っている人がいる。自分の考えを述べない。なので結果何を考えているのかわからない。

 

 こういう人とのコミュニケーション、どうされていますか?プライベートでも、仕事でもこういう人はいます。

 

 私は何を考えているか伝える必要があるという考えを持っています。そういう人もいれば、そうでない人もいる。私も相手によっては、沈黙という選択肢を取ります。

 

 沈黙は最大の防御とはよくいったもので、何も言わない人は、相手が都合で解釈される。イエスの方向なのか、ノーの方向なのか、顔つきや態度でわかることもあるけれど、わからないこともある。最後まで何を考えているのかはわからない。これ以上の理解は深まらない。

 

 戦略として、沈黙する人もいる。言えば伝わるけれど、伝わらない分あやふやなままにできるから。

 

 仕事においては、ここ数年黙っていることができたのに、口を挟んでしまう事が増えました。会議で自分の意見を言うことはいいですが、「怒り」であったり、「批判」する感情が出てきたときは要注意。それを言って、自分にとっていいことはない。

 

 なぜいいことがないか。1つは自分がネガティブな態度をとったことで、相手が自分に対してネガティブな印象を持つこと。沈黙は結果としてマイナスにならなくても、ネガティブな態度は相手にマイナスが伝わります。

 

 2つ目は自分の中にネガティブなエネルギーが発生してしまうこと。自分の波長を自ら下げてしまうことそこから抜け出すために、マイナスから普通に戻すことにトライする労力がかかります。それであれば、だまっていて流せば、マイナスにもならないかもしれません。

 

 沈黙。学びたいと思います。

どこで線を引くか

 3月下旬から先週くらいまで仕事を増やされたことが不本意で、また無茶振りをされたことから、仕事に意識が向き、イライラする日がつづいていました。

 

 気持ちが落ち着いてきました。仕事の上での小山を超え、余裕ができたこともあるとは思います。しかし、1番は、本当は4月にやりたかったことで後回しにしたり、疲れて手をつけられなかったことの焦りもあったようにおもいます。

 

 このような状況だから見えた世界もあります。世の中には表と裏があり、表と裏が一致していることの方が少ないこと。

 

 多くの人は、自分にとってどうかで判断していて、他人や組織のために献身的に頑張る人は利用されやすい。大変なのは、そのことをわからないから、手探りな状態で進めている気の負担もある。

 

 そこから突き詰めて頑張るか、一般的なラインで手を引くかは人や仕事により異なる。多くの人は、そこから突き詰めて頑張ることはしていないように感じます。

 

 仕事の問題が全て解決済みになることはおそらくない。レベルが上がれば、相応の問題が出てくる。レベルが上がるほど、その仕事への思い入れもあり、完璧にやりたいとおもう。いくら時間があっても足りない。どこで線を引くかというのは、仕事に限らず、重要な問題だとおもう。

 

 昨夜は帰宅後、6月に受験する試験の勉強を1時間、英会話の読み上げを結果30分くらい、音声は移動時間のながらで30分くらい実施しました。

 

 これは自分でやろうと思ったことを適度なところで線を引く。それを実践しているとも言えます

 

 就業時間1時間くらい前に、本日の業務に関する打ち合わせを残業時間にすることになった。その仕事、結局体裁だけ整えたくて、中身、軸がない。

 

 失礼ですが、私の上司は、中身がないことを最もらしくいうことが得意でそれは才能だと思います。それで評価されているところもあります。中身はスカスカでも、上の人はわからない。つまり、スカスカでもそんなに困らないのかもしれないような問題なのかもしれないし、要所を抑えられていればそれでいいのかもしれません。

 

 まとまりがあるような無いような話ですが、自分を取り巻く枠組み、環境の中でどうあるかという視点も大切な視点と思います。心身のバランスを崩す前の私は線が弱かった。自分を守る適度な線を見つけたいと思います。

急がば回れとおもったけれど

 6月に資格試験を受験予定です。その試験は、学科・論述・実技があり、それぞれ合格点をとって初めて資格が付与されます。

 

 学科は通信制大学でも勉強した内容も多く、0からのスタートではない。7割の正当率なのでしっかりと勉強して合格したいと思っています。これは、目標です。なので早々に受験は決定。

 

 論述・実技は、実際のケースに対してのアプローチを述べる論述、実技です。試験としては経験したことがありません。

 

 試験受験にあたり、実務経験を申告します。長く働いてきたなかで、その経験はあります。しかし、直近ではありません。

 

 もうすぐ産業カウンセラーの勉強を始めますが、そのカウンセリングを勉強してからの方が合格には近くなると思います。

 

 6月に受ける資格試験は短期講座もフルフルで申し込み、受講をはじめていました。ですが、論述・実技はやはり不安がある。

 

 この1年で両方の試験に合格することを目標としています。やはり欲張りすぎのようにも感じていました。だけど、1回で受かるとも思えない。であれば、実力がついた時の方がいいのだろうか。と悩んでいました。

 

 昨日無勉強でTOEICを受験してみて、なんとなく試験の像が見えました。敵の像がわかるというか。長い意味で合格へのロードマップを組むならば、論述・実技を経験する意味はあります。

 

 ということで、6月に学科・論述・実技を申し込みました。産業カウンセラーともかぶる部分はありますので、勉強の順番を工夫すれば相乗効果も狙えます。

 

 実は先の土曜日は大学院説明会にも参加しました。土曜日は大学院、日曜日はTOEIC、仕事以外の事に集中したら、嫌なことを忘れていました。

 

 通信制大学に通っていた時に、勉強が楽しい、わかることになることが楽しい。という気持ち、感覚を思い出しました。

 

 未来の方向性が決まらずに迷う部分はあります。しかし、今こうやって楽しいと思うことは、必ず未来につながります。

 

 広げた風呂敷、よく言えば、チャレンジの機会を増やしている。悪く言えば、手が回らなくて、やり散らかすことになるかもしれない。試験で恥をかくかもしれない。それでもやってみたら何かがわかるし、今やってみたい。と思っているのだから、それでいい。

 

自分軸が戻ってきました。


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