愛猫はポチの気ままに徒然紀行

SNSで書いた事を備忘録的に残しています

「君の名は。」を沢山見せられた。

地上波初放送だった「君の名は。」はあれから何度も娘に録画を見せられる事態になったが最初に映画館で観たより楽しく見れた感じ。


映画館の時は大ヒットしていたから「本当にそんなに面白いの?」とかなり構えて見ていたのが良くなかったなと反省。色眼鏡や偏見って良くないよね。


個人的には「忘れないように手に名前を書いておこう」と言いながら名前ではなく「すきだ」と書いてあったシーンが好き。あんなの書かれたら諦める訳にもいかないよなって思うし、そりゃあ力になるよ。


あと三葉が三年前に会いに来て瀧に気付かれずに帰って行くのも泣けるよね。というか切ない。仕方がない部分もあるけど人の想いを無にしたりダメ出ししたりするのって残酷だよね。それは自分も気を付けないとって思う。


でも全体的に起承転結がしっかりしていて物語としては盛り上がって面白かったと思う。とくにハッピーエンドだったから正月に放送するには良かったしね。

僕は誰かの役に立っていますか?

「僕は誰かの役に立っていますか?」と言う質問は答えやすく答え難い質問で、そう聞かれたら条件反射的に「もちろん役に立っているよ」と答えてしまう。それは役に立っているかどうかの答えではなく相手を傷付けないようにする為の答えだ。

仮に自分にとって役に立っていないと思ったとしても自分以外の誰かの役に立っている場合もあれば、自分は役に立っていると思っていたとしても自分以外の人はみんな役に立っていないと思っているかもしれない。

ただ、いろんな人の中で誰か一人「役に立っている」と答える人さえ居ればその質問を満たす答えにはなるのだが、こう言う言い方は厳しいかもしれないけれど人間は常に「この行動やこの仕事は誰かの役に立っているだろう」と自分で自分を信じながら生きて行くしかない訳で、誰かに確認しないと満たされない人生は何処を向いているのだろう?と思ったりする。
人生とは自分を信じて突き進むものでなないのかな?
それが茨の道だろうと。

ソーサリアンも30歳とどんどんおっさんになってきたものだ

昨日12月20日は日本ファルコム作の「ソーサリアン」発売が発売された30年だそうで。自分はソーサリアンはPC88でプレイした人間だけど「イース」「アクトレイザー」「湾岸ミッドナイト」「世界樹の迷宮」の音楽を担当した古代祐三氏が大好きだったのでソーサリアンもプレイしたと言える。

 

そして多くの人が最初に選ぶシナリオであろう「消えた王様の杖」のBGMでノックアウトされたはず。もしろんそれ以外にも「ブラッディー・リバー」「砂の城」「呪われたクイーンマリー号 船内」「氷の洞窟 洞窟I」「生きている洞窟~キングドラゴン」「エンディング1」など名曲も多い。

 

普通にプレイしたら1分も掛からないステージのBGMで2分強ぐらいに素晴らしいメロディを入れるなど多くのユーザーが気付かなかった罠などもあり、ゲームを一時停止させて聞き入っていたのが良い思い出(プレイしろよ!)

 

もう30年前のBGMだけど今聞いても全く遜色の無い音楽で今のところ自分の中では古代祐三氏を超えるゲームミュージックを知らない。
強いて挙げるなら「ドラゴンスピリット」の細江慎治氏と、「GENOCIDEシリーズ」を手掛けた北海道にあったZOOMという会社の作曲者(名前知らない)と、「サンダーフォースV」を手掛けたテクノソフトの作曲者(名前知らない)か。
オタクな話しですみません。

生活保護費を減らすより先に減らした方がいいものがある

なんか生活保護費が低所得者の収入より上回ったから支給額を引き下げると言うが、政治家ならまず低所得者の収入を増やす対策をしろよと言いたい。
例えば国会議員の給与や手当や議員数を大幅削減して低所得者に支給するとか。

嫌いだから食べないのです

レバーが嫌いと言ったらフォアグラを食べなよレバーとは思えない美味しさだよと言われてそれなりに有名なホテルのレストランでフォアグラ食べたけどやはり美味しくなかったのだけど「それは本当のフォアグラを食べてないから。もっと良いフォアグラを食べなよ」と言われたけどそこまでしてレバーを食べたいとは思わないのだけどその人には理解して貰えないのが面倒臭い。