アクセルグリップ握りしめ

オフロードバイク、セローと共に成長していく、初心者ライダー奮闘記

近くて遠い~箱根林道ツーリング 前編

今年の冬は暖冬でした。

朝晩は冷えるものの日中はあたたかな陽射しが降り注ぎ、バイクを乗る上でも心地よい天候の日が続いたのです。

ですが、年始の能登半島地震に気分が沈んだ事と、何より息子の受験が気がかりだった事もあり、ここに書くまでもないご近所を軽く走るだけのツーリングばかりになっていました。

 

 

『ヤバい、集合時間に間に合わなそう』

前方を走るヨシさんがインカム越しにそう言ってきたので、私は『マジか…』と呟きました。

 

そんな冬を過ごし、春を迎えてようやく生活に落ち着きを取り戻したGWのとある朝。

私とヨシさんは箱根を目指して走っていました。

集合時間は午前10時とゆっくりめ。しかも箱根は私の自宅からだと僅か数10kmの距離にあるため、朝遅くに出発しても充分間に合う算段でした。

私もヨシさんも、いつも集合時間の30分前には着く性分なので、今回もだいぶ早めに合流して出発したつもりです。

 

ところが、目的地の箱根は観光名所なのです。

GWということもあり、道路はひどく混雑していました。渋滞に巻き込まれた私達はどんどん焦り始めます。

そしてとうとう、到着予定時刻が集合時間をすぎてしまったのでした。

『よし、有料道路に乗ろう』

『うん』

下道で向かう予定でしたが、集合に遅れては意味がありません。

私達は有料道路に入り、滑らかに進んでいきます。

箱根に近付くほどに、空気が澄んで風が冷たくなってきました。

『綺麗な景色~』

山間の裾野を眺めながら思わずそう呟きます。

『ねぇ。なんか既に充分ツーリング気分を味わっちゃってるよ』

私がそう言うとヨシさんが『あはは』と笑い、確かにそうかもしれないねと同意してくれました。

 

 

集合場所には、10時ちょうどくらいに到着しました。

Kさんや総監督、ほか数名が立ち話しているのが目に入ります。

今日は、静岡林道ツーリングの方々と箱根の林道を走る予定なのです。

私はここでは『こじか』と名乗っています。

「どうも、遅くなっちゃってすみません」

ヨシさんがそう言うと、「いえいえ、大丈夫ですよ」と総監督が笑いながら応えてくださいました。

総監督は私以外では唯一の女性ライダー、それもこのツーリンググループの運営者でもあります。

その卓越したオフロードテクニックに対して、性格は至っておっとりしている為、メンバーの皆さんからとても慕われているのです。

私も総監督のその朗らかな笑顔に癒され、心強く感じてもいました。

バイク界隈全体に言える事ですが、ことオフロードバイクにおいては男性が9割以上を占める世界です。当然、ツーリングも男性主体のものとなります。

そんな中女性参加者が一番困るのが、トイレ事情でした。

山の中を走り抜ける林道ツーリングにおいて、トイレのない道を何時間も駆け抜けることは珍しくありません。

男性ライダー達は背を向け大自然に向けて用を足せばそれで済みますが、女性はそれが出来ないのです。

中には、草むらに隠れて用を足しているところを、男性ライダーから覗きに来られたという被害者女性の声も聞いています。

その点、ここでは総監督がトイレ事情までをも考慮したルートを考えて下さるので、私も安心して参加出来るのでした。

 

 

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今日の参加者は全部で7名。

グループ内でのメッセージでは仲良くやり取りしていたものの、今日初めて会う方もいたので、軽く挨拶を交わし合いました。

「じゃあ、そろそろ行きますか」

Kさんの言葉に、全員が「はーい」と応えて出発の準備をします。

 

流れるように走り出した7台のバイク。

箱根はツーリングスポットでもあるため、今日はバイクもいっぱい走っていました。ですが、オフ車の集団は他には見当たりません。私は、何故だか少しだけ誇らしい気分で箱根の道を走り抜けます。

 

 

やがて車通りの少ない道へと入り、いよいよダートが始まります。白銀林道です。

『はぁ、緊張する…』

ダートを走る時はいつも緊張してしまいます。今も、心臓が早鐘を打っていました。

でもこの道は前にも走っているんだから大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせます。

 

Kさんは、ゆっくりめに進んでいってくれました。このペースなら付いて行けそうです。

 

『ここは道が整備されてて走りやすいね』

ヨシさんがそう言いました。

『そう? そうかもしれないね』

オフ歴は私より短いヨシさんですが、走った林道の種類は私より多いのです。そんなヨシさんが走りやすいと言うのですから、ここはそうなのでしょう。でも、私からすれば充分に怖く、刺激的な林道でした。

カーブが来る度、砂利で横滑りするんじゃないかと、ぐっと力を入れてしまいます。

セローが横揺れする度、今度こそ転ぶんじゃないか、滑るんじゃないかとドキドキしました。

 

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一旦停止して、軽く休憩に入ります。

こじかさん、怖かったら停まって声を掛けてくれていいからね」

Kさんがそう声をかけてくださいました。

「はい、ありがとうございます」

とはいえ。

私はずっと怖さを感じているので、どのタイミングで声を掛けていいのか判断がつかないかもしれないと、内心苦笑しました。

 

再び走り始めます。

白銀林道は綺麗でした。

木漏れ日か差し込み、カーブの度に違う景色を見せてくれます。

 

あぁ、楽しいなぁ。

 

あのカーブを無事曲がり切れるか、このガレ場を乗り越えられるか、あの泥濘を越えられるか。一つ一つに緊張しながら挑んでいき、これも出来た、次も行けたとクリアしていきます。

そんな小さな達成感が少しずつ積み重なっていくのです。その感覚が、たまらなくワクワクしました。

 

怖さはずっと消えません。今度こそ転倒するかもしれないとずっと怯えています。ですが、それに相反するように心の奥底から、走れる喜びが湧き上がって来るのです。

報~大阪卒業旅行 最終話

そうして長時間並んでようやく乗れたアトラクションは、魔法の国で主人公と共に箒で空飛ぶ感覚が味わえる、刺激的で迫力のあるものでした。

私もタロウも歓声をあげながらアトラクションを楽しみましたが、乗り物酔いしやすいMちゃんは具合が悪くなってしまいました。

「大丈夫? どこか休める所を探そうか」

タロウがそう言って辺りを見回しますが、どこもかしこもベンチが埋まってしまっています。

朝から入園している人達が、そろそろ疲れ始める時間帯でもあるのでしょう。

「ハリポタエリアが混雑しているから、とりあえずここから出た方がいいのかも」

私の提案に皆が賛同し、Mちゃんを気遣いながらゆっくり歩き始めます。

 

ようやく座れる場所を確保した頃には、MちゃんだけでなくSくんや大人達もぐったりしていました。

タロウだけが平然と公式アプリをチェックしながら、

「この後どうしようか? なんか時間も時間だからか、どのアトラクションも120分とか200分待ちになっちゃってるけど」

と言っています。

皆がげんなりしているのが分かりました。

100分待ちのアトラクションですら疲弊したのです。朝から歩き詰めで、待ち時間も立ちっぱなしでした。

「僕、足がパンパンだよ。待ち時間長いのはもう行きたくない」

とSくんが言います。

タロウは「そっか」と軽く答え、「すぐ乗れるアトラクションとなると…」と調べ始めます。

ですが、待ち時間の少ないアトラクションは幼児向けのものばかりでした。最年少のMちゃんですら、

「さすがにそれは乗らなくていいや」

と言っています。

 

「よし、じゃあもうホテルにチェックインしちゃおうか」

姉の提案に皆が「そうだね」と同意します。

今晩はUSJの提携ホテルを予約してあるのです。

 

「じゃあ、出口に向かう途中にショップが並んでるから。そこで色々見て買い物しながらホテルに向かおうか」

タロウの言葉に、皆が賛同して腰を上げました。

と、突然Sくんがタロウに握手を求めます。

「ありがとう。USJに連れて来てくれて」

いや連れて来たのはキミのご両親だけどね、と内心突っ込みを入れます。

「え、いや…」

握手に応じながらも、タロウは照れたように笑っていました。

 

パーク内に流れる賑やかな音楽を聴いて歩きながら、ふと、テーマパークはもしかしたらこれが人生最後かもしれないな、と思いました。

非現実世界を造り上げ『夢の国』を味わわせてくれるテーマパーク。

ですがそれを楽しむ為には、相応のお金と時間と、そして体力が必要になります。

 

若いカップルや友達同士ならいざ知らず。

大人になり、そういった現実に目を向けるようになってしまうと、『子供が喜ぶから』というモチベーションがない限り、足を運ばなくなってしまう人が多いのではないのでしょうか。

少なくとも私はそうなりそうです。

 

 

あぁ。

でも、タロウは違うんだ。

大きくなった息子の背中を眺めながら、私はぼんやりそう考えました。

タロウはこの先、何度でもテーマパークに行くことになるのでしょう。

友達と、彼女と、新しく出来た自分の家族達と。小さな我が子を肩車なんかもしたりして。

そしてその幸福の輪の中に、私の存在はもうないのでしょう。

それが自然の摂理というものです。息子が恙無く成長し、巣立っていく事を素直に喜ぶべきなのでしょう。

ですが、込み上げる感情を抑え切ることが出来ませんでした。

「叔母ちゃん…?」

Mちゃんが私を見上げ、不思議そうに首を傾げていました。

「どうしたの? 叔母ちゃん、どこか痛いの?」

「ううん、大丈夫」

私は懸命に笑顔を作って答えます。

「今日がとっても楽しかったから…」

私の心情を察したらしき姉が、「よしよし」と頭を撫でてくれました。

 

 

保育参観や授業参観、お遊戯会や運動会。

それら数々のイベントでは、どれもひと目で我が子を見付ける事が出来ていました。

私の目がいいからではありません。

タロウが、ソワソワしながら私の姿を探し出し、見付けると満面の笑みを作ってアピールしてくれていたからです。

「こら、タロウくん」

と先生から叱られながらも、それを続けてくれていました。

それをしなくなったのは、一体いつ頃からだったでしょう?

もう、あんな笑顔で私に両手を振ってくれる事はありません。

それどころか、後ろを振り返り私の姿を懸命に探す事すらもうないのです。

タロウはどんどん前へ前へと進んで行き、その目にはきっと、未来しか映っていないのでしょう。

 

 

そう考えていた時、タロウが不意に振り向いて、

「俺、歩くの速い?」

と聞いて来ました。

「あ、そうだね。皆足が疲れてるみたいだから、もうちょっとゆっくり歩こうか」

頷くと、私に歩調を合わせて並んで歩いてくれました。

 

 

姉一家との宿泊は、男性部屋と女性部屋とに分かれました。

女性部屋では「これぞ女子会だぁ!」と酒盛りと女子トークが続き、男性部屋ではゲームで盛り上がっていたようでした。

 

朝食は、眺めのいい展望レストランでした。

 

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「ちょっ。そんなに食べられるの?」

タロウが追加で持ってきたデザート盛り合わせに、思わず問い掛けます。

 

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「余裕余裕」

本人が言うように、ペロリと平らげていました。

「タロウくんはよく食べるよねぇ」

姉の言葉に、「ホントにねぇ」と私も同意します。

少食だった幼少の頃が、まるで嘘のようでした。

 

 

「じゃあね」

「うん、元気でね」

「色々どうもありがとう」

「こちらこそ」

会った時同様、Mちゃんと姉とはハグをし合い、Sくんにはグータッチ、Aさんには会釈をして別れを言い合います。

「また会おうね。また集まろう」

「うん、また」

タロウもそう言って手を振っていました。

 

 

帰りの新幹線の中で、

『また会おうね』

という姉からの言葉を反芻していました。

『また会おう』『また集まろう』

家族というものは、どんなに形が変わっても絆は繋がり続けるものなんだなぁと感じました。

思えば、私と姉も疎遠だった時期があったのです。

 

「大丈夫だよ」

二人暮らしを始めたばかりの頃、よくタロウはそう言って私の背中をさすってくれました。

『大丈夫』である根拠や保証はどこにもなかったにも関わらず、その言葉に私がどれだけ救われて来たか分かりません。

 

「大丈夫…。うん、大丈夫」

そう声に出してみて、笑みがこぼれました。

大丈夫、私は大丈夫。

タロウが未来へ翔いてくれている限り。

どうか。

子供達の進む未来が、明るく優しさに満ち溢れた世界でありますように。

魔法の国~大阪卒業旅行 その④

私とAさん、そしてSくんがベンチに腰掛け休んでいると、グループLINEに、

『この行列、30分以上かかりそう。そうなると11時を過ぎるから飲食店に入るのはもう厳しいかも』

とタロウからメッセージが流れて来ました。

タロウの事前の下調べで、USJの混雑時はどの飲食店も11時を過ぎてしまうと3時間待ちが普通なのだと言われていました。

現在時刻は10時半。確かに、このエリアを出て今から飲食店に入るのは厳しそうです。

『じゃあ、今何か食べちゃった方がいいかもね』と私は返信します。

『焼きそばくらいしかないけどいい?』

タロウからの質問に、それでいいと答えました。

姉一家も同様のやり取りをしていました。

 

タロウと姉達がトレイに飲み物とフードを載せて戻って来たのは、やはり30分後くらいでした。

 

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お礼を言ってトレイを受け取ると、緑色のパンみたいな物体が載っています。ヨッシーをイメージした商品なのでしょう。

「えぇ~可愛い。これなぁに?」

私の問い掛けに、

「焼きそばだよ」

とタロウが簡潔に答えます。

「え、これが?」

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齧ると確かに、中に焼きそばが入っています。チーズもビッシリ入っていてとてもボリュームがありました。

「美味し~い」

「まぁ。それ一個で800円もしたからね」

「マジか」

タロウの言葉に少しだけ現実世界に引き戻されましたが、ここでしか味わえないスナックを楽しみながら食べました。

 

そしてここで食べたこの焼きそばが、今日唯一のランチとなったのです。

飲食店に入るのは難しいかもしれない、とのタロウの読みはその通りとなり、レストランはおろか飲食物の売店ですらも長蛇の列となっていたのでした。

 

「とりあえず、お昼に一応は座って食べられて良かったよ」

「ホントだね~」

姉と言い合い、スーパーニンテンドーワールドを後にしたのでした。

 

 

次は、姉とMちゃん母娘が行きたがっていたハリーポッターエリアに向かいます。

タロウは自分のやりたい事をやり尽くしたらしく、

「俺は、魔法は使えないから」

と静観する姿勢を見せ、皆から笑われていました。

そうしてハリーポッターエリアに入ります。

「おぉ~すごい!」

正直私も、ハリーポッターは最初の何作かしか観た事がない上にさほどの思い入れもなかったのですが、それでもその世界観に圧倒されました。

 

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建物の雰囲気もあり、映画の世界に入り込んだ気分です。

「えっと…。確かこのエリアでは魔法の杖が売られてるんじゃなかったかな?」

タロウがマップを見ながら確認します。

「ショップはあっちみたい」

 

魔法の杖は、ニンテンドーワールドのパワーバンドのように売店で気軽に買える雰囲気ではありませんでした。

杖の売人が、

「魔法使いが杖を選ぶのではありません。杖が魔法使いを選ぶのです。あなたに合った、あなただけの杖がきっと見付かります」

と仰々しく語り、そしてショップの中へと誘われます。

ショップ内に積み上げられた魔法の杖の種類と数の多さに圧倒されます。

「え、え? 何がどう違うの? てか、作中でもこんなに種類があったの?」

戸惑う私を他所に、はしゃぐMちゃんと姉達。

私とタロウは邪魔にならないよう、

「外に出ておくね~」

と声を掛けて混雑しているショップから出ることにしました。

「すごかったね…」

私が言うと、

「うん。何がすごいって、あそこにあった杖、全部一律5,500円だったよ」

「高っ」

「それを、このエリアのそこかしこの人達が当たり前のように持っている」

見渡すと、確かに殆どの人達がその魔法の杖を持ち歩いていたのでした。

「これぞテーマパークマジック…」

 

お待たせ、とやって来たMちゃんはハーマイオニーの杖を、Sくんはスネーク先生の杖を買って来たのだと嬉しそうに報告してくれました。

杖には、魔法の使える箇所の地図が添付されています。

ハリポタエリアでは、魔法の杖を購入すると、エリア内の複数箇所で魔法が体験出来るのです。

「え~?これ、どこをどうやって見るの? まず現在地が分かんない」

戸惑う従兄妹達に、

「貸して」

とマップを受け取ったタロウが、「ああ」と頷き、

「一番近いのはあっちだよ」

と先導していきました。

 

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複数箇所で杖の魔法を体感したMちゃんとSくんは、

「魔法はもういいや」

と満足した様子でした。

 

「じゃあ、何かアトラクションにでも乗る? このエリアの中だと…」

とタロウがその場で調べます。

「あの建物が人気みたい」

と魔法学校の建物を指差します。

「うん、乗りたい乗りたい」

とMちゃんがはしゃぐので、それに乗ることにしました。

「100分待ちだって。大丈夫かな。待てる?」

タロウが聞くと、

「大丈夫だよ」

Mちゃんが答えたので、私達もそれに乗ることにします。 

念の為、事前に皆でトイレを済ませて『フォービドゥンジャーニー』の列に並びました。

 

「ところでさぁ」

タロウが言ってきます。

ハリーポッターってどんな話なの? ハリーさんとポッターさんがコンビ組んで何かする話?」

「何だそのお笑い芸人みたいな設定は? ハリーポッターで一人の主人公の名前。魔法世界の話だよ」

「ふぅん」

興味ないにも程があるでしょ、と私達のやり取りに、姉一家どころか前に並ぶ見知らぬ家族連れまでもが声を上げて笑っていました。

 

 

待ち時間はやはりとても長かったです。

ですが、

「ねぇ、皆でしりとりしようよ!」

とMちゃんが言い出したことで、仲良くしりとりをして過ごす事になりました。

マイペースなタロウが面倒臭がるかと思いましたが、ゲームやスマホを取り出す気配もなく、楽しげにしりとりに参加しています。

何だか私にはそれがとても新鮮に感じられました。これまで、こういった空き時間に家族皆で何かをして過ごすという事はなかったからかもしれません。

私は読書をし、タロウはゲームをしてそれぞれの時間を潰していました。

長い待ち時間も、皆で何かをして過ごせば楽しいひと時に変わります。無邪気なMちゃんからの提案に、心から感謝したのでした。

クリア~大阪卒業旅行 その③

パーク内に足を踏み入れた途端、ダッシュで園内に向かう人達が多数いましたが、私達は端っこに寄ってタロウの整理券申請手続きが済むのをじっと待ちました。

「あ、ニンテンドーワールドの整理券取れた」

「え、取れたの!? ホントに?」

スマホを操作するタロウに、嬉々として問い掛けます。

「うん、やっぱり朝イチだったからね」

余裕だったよ、とタロウは事も無げに言うや、

「ただ、指定された入場時間までまだちょっとあるから。どこか他に行きたいアトラクションとかある?」

と全員の顔を見回して聞いてきます。

私も姉夫婦も、子供達の喜ぶ顔が見れればそれで充分だと思っていたので特に希望はありません。甥や姪は、アトラクションの知識そのものがない為か、キョトンとしていました。

全員の反応を見て状況を察知したらしきタロウは、

「えっと、じゃあ…」

スマホで園内マップを確認し、

ジョーズ、とかどうだろう? これも人気アトラクションだし。今ならすぐ乗れるみたいだけど」

「おぉ、いいねぇ。ジョーズ!」

以前乗った事がある私は即座に賛成します。姉一家もじゃあそれにしよう、と言いました。

 

 

ジョーズの待ち列は短く、建物内の行列用通路をぐるぐると進んで行きました。

「ねぇ、これってどういう乗り物なの?」

歩きながらのMちゃんからの質問に、「船に乗るんだよ~」と私が答えます。

「船、揺れるかなぁ?」

乗り物酔いしやすい姪はその心配をしていましたが、実際は水の上をレーンで進んで行くだけなので、船酔いはまずしないだろうと微笑んでいました。ですが、ここでその種明かしをするのは興醒めなので黙っている事にします。

「これって、絶叫系? 落ちたり飛んだりする?」

Sくんの不安げな質問に、

「いや、それもないよ」

とタロウが答えます。

「船旅を楽しむ乗り物だから。大丈夫」

と、ネタバレしないよう慎重に従兄妹達に説明していました。

 

 

私達が乗車を促されたのは最前列でした。

「わぁ~。最前列は私達も初めてじゃない?」

「そうだね」

私の言葉に、タロウも楽しげに応えます。

 

やがて。順調かと思われた航行にトラブルが発生し、巨大鮫の攻防に劣勢となるや、隣のSくんが本気で身を硬くしたのが分かりました。

「大丈夫だよ~」

と手を握ると、反対側に座る姉も自分の息子の手を握っていました。

とある場面で水飛沫がかかり、皆でキャーと、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げ、アトラクションは終了します。

 

「いやぁ~楽しかったね!」

「すごい、迫力あった」

と楽しそうな子供達の声を聞いて、なんだか嬉しくなります。

せっかくなので、ジョーズのモニュメントで写真撮影をしました。

 

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「よし、じゃあそろそろ入場出来るよ」

タロウの案内で、ニンテンドーワールドへと向かいます。

「わぁ、いよいよ行けるんだね」

なんだか私まで気分が昂って来ました。

 

 

入り口で整理券の確認をされ、そこを通過するとスーパーニンテンドーワールドの入り口が見えて来ました。

 

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トンネルを抜けると、そこは完全にかのゲームの世界が広がっています。

「わぁ~すごいすごい!」

子供達よりも誰よりも、私が一番はしゃいでいたかもしれません。

数年も前から、タロウが来たいと言っていたニンテンドーワールド。無理かもしれないと諦めかけてもいました。今この瞬間、そこに入れたというだけで、なんだか感涙にむせびそうにまでなってしまいます。

「ねぇねぇ! 子供達3人そこ並んで~」

そう言って、ゲーム世界を背景に写真を撮ります。

 

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『パワーアップバンド』の売店を指差し、

「これ、買っておいた方がいいよ」

とタロウが言います。

「へぇ~。これって何?」

と姉が聞きました。

「エリア内の色んなゲームが出来たり、はてなブロックを叩くとコインをゲットする音が出たりするアイテム。逆にこれがないと、このエリアはあんま楽しめないかも」

タロウの言葉に購入を決意しますが、お値段は一つ4,400円。

「…こ、子供達の分だけでいいか」

「そ、そうだね。そうしよう」

姉と言い合いそのバンドを購入します。

 

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子供達は嬉しそうに、そこらにあるはてなブロックを下から叩いてコインゲットの音を立てていました。

「じゃあ、アトラクションはどれに乗ろうか?」

とタロウが聞きます。ですが、一番人気の『クッパの挑戦状』は既に100分待ちになっていました。

そこで、待ち時間が比較的少ない『ヨッシーアドベンチャー』に乗ることにしました。

 

 

ヨッシーに乗車するや動き始めます。

「わぁ~すごい! ホントにゲームの中の世界だよ。ねぇ、あのキャラは何ていうの?」

隣のタロウに指差しながら聞くと、その都度キャラクターの名前と特性を丁寧に説明してくれました。

「すごいね~。ゲームの世界がリアルに再現されてる」

ゲームはからきしダメな私でも、マリオは知っています。そんな私ですらこんなにも興奮するのです。ゲーム好きなタロウはもっと喜んでいるのかもしれません。

 

アトラクションを降りると、エリア内のあちこちにあるミニゲームに参加しました。

 

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バンドを装着している人限定で参加出来るそのゲームは、クリアする度にキーポイントがゲット出来るというシステムでした。

タロウとSくん、Mちゃんの3人は、協力し合ってゲームをクリアしていきました。

やがてキーポイントが3つ溜まると入場可能なアトラクションに入っていきます。

そこはポイントを溜めたバンド所有者しか入れない所だったので、大人達は外で待機する事になりました。

 

「タロウくんがいてくれて良かったよ」

姉の言葉に、「それはこちらのセリフだよ」と返します。SくんやMちゃんの存在がなければ、エリア内のミニゲームに一人で参加するのは恥ずかしかったでしょうし、そもそもUSJに来る事もなかったでしょう。

今を楽しく過ごせているのは明らかに姉一家のお陰なのです。

「いや、だってウチの子達って水と油だから」

二人で何かさせると必ず喧嘩しちゃうのよね、と笑います。

「だから今、タロウくんがウチの子達を面倒見てくれててホントに助かってるよ」

そう言ってもらえてなんだか嬉しくなりました。

 

 

ゲームをクリアして戻って来たら、甥も姪も疲れ顔になっていました。 考えてみれば、早朝からずっと歩きっぱなし、立ちっぱなしです。

キノコ型の椅子に腰掛け皆で休んでいると、

「ちょっと俺、飲み物か何か買ってくるよ」

タロウの言葉に腰をあげかけると、

「いいよ、俺が買って来るから。皆疲れてるでしょ。座って休んでて」

と言い残しショップの列に並んで行きました。

それを聞いたMちゃんが、自分で選びたいと立ち上がり、それに付き添う形で姉も一緒に並びに行きます。

 

 

『皆疲れてるでしょ、休んでて』、か。

もうそんな事が言えるようになったんだなぁ。

息子の優しさと頼もしさを、ここで改めて実感したのでした。

憧憬~大阪卒業旅行 その②

翌、早朝6時。

ホテルの一室で簡素な朝食を済ませた私とタロウは、大阪駅目指して歩き始めます。

梅田と呼ばれるその辺り一帯は昼夜は多くの人々で賑わうのですが、まだ早朝の為かひっそりと静まり返っていました。

大阪駅から環状線内回りに乗り、西九条駅ゆめ咲線に乗り換え『ユニバーサルシティ駅』で下車します。

 

待ち合わせ場所に、姉一家の姿がありました。

「こんにちは~」

と私が手を振ると、「叔母ちゃーん」と姪っ子のMちゃんが真っ先に抱きついて来てくれました。

「Mちゃん、久しぶり~」

姉とも、「きゃ~」と言い合いながらハグをして、甥っ子のSくんには「よぉ」とグータッチします。

姉の旦那のAさんには、「どうも、今日はよろしくお願いします」と会釈しました。「いえいえ、こちらこそ」と丁寧に会釈を返してくれました。

隣でタロウも全員に挨拶を交わしています。

 

 

そうして6人で、今回の旅行の目的地、USJ目指して歩き始めたのです。

まだ7時前だというのにチケット売り場は長蛇の列でした。

「事前にチケット買っておいてて良かったね~」

「うん、ホントに」

姉と言い合います。

 

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入場ゲートに並びながら、タロウが全員分のチケットのQRコードを読み込み、公式アプリに登録しました。

「入場したら、すぐ整理券取るんで」

「タロウくんホントありがとう。助かるわ~」

スマホを操作しているタロウに向かって姉がそう言い、「私も自分なりに調べたけど、なんかよく分かんなくって」と続けます。

「うん、私もさっぱり分かんなかった」

と私も苦笑しました。

 

 

USJに行きたいな…」

ポツリとタロウが呟いたのは中学生の頃でした。

その頃は、まだ全てが平穏でした。

「じゃあ、中学の卒業旅行ででも皆で大阪行こっか」

とごく気楽に笑い合っていたのです。

ところが、中学を卒業する頃には新型コロナウィルスが蔓延しており、世の中はそれどころではなくなっていました。

その後状況は目まぐるしく変転し、落ち着いた頃にはタロウはもう高校生になっていたのです。さすがにテーマパークに興味がなくなっている年代だろうと思っていましたが、ある日ポツリと

USJ、行きたかったな…」

と呟いたのです。

「え、じゃあ」

私は即座に言葉を続けます。

「行く? 一緒に」

「う~ん…」

タロウは逡巡しますが、

「いや。さすがにこの歳で母親と二人でテーマパークはちょっと…」

と苦笑されたのです。

まぁ、それもそうかと私も思い、その話はそこで終わりとなりました。

 

 

『ねぇ。じゃあ、ウチと一緒に行かない?』

姉がそう提案してくれたのは、その数日後の事でした。

「え、ホントに? お姉ちゃんの所からだと遠くない?」

『大丈夫だよ。私も一度は行ってみたかったし』

行こうよ一緒に、と誘われた事で話が一気に進みました。

タロウにその話を持ちかけると、SくんとMちゃんが一緒なら、と嬉しそうに答えたのです。

 

タロウと二人暮らしになってから、姉一家とはそれまで以上に親しくさせてもらって来ました。

スケジュールを合わせて実家に帰省して集まったり、姉一家の家族旅行に混ぜてもらったり、お互いの家を行き来して泊まり合ったり。

姉宅の飼い犬から私は異常に懐かれ、眼鏡のレンズごと顔をベロベロ舐められる状態に辟易しつつも、ここはあたたかい家庭だなぁと和んだものでした。

姪っ子Mちゃんは無邪気に甘えてくれ、甥っ子Sくんは少し照れながらも、好きな分野の話を饒舌に語り掛けてくれます。

私はタロウに向けるのと同じく、姪っ子甥っ子の成長も微笑ましく眺めていました。

それは一人っ子であるタロウにとっても同様だったようで、僅かな自分のお小遣いから従兄妹二人へのプレゼントを買ってはせっせと贈ってあげたりと、何かと可愛がっているようでした。

 

 

そうしてUSJ行きが決まり、お互いの日程を合わせ、新幹線のチケットや宿を確保するところまでは順調でした。

ところが。

USJのシステムを調べるほどに、混乱していきます。

USJにはワンデーパスの他に、エキスプレスパスというものが存在しているようでした。

タロウや甥っ子が行きたがっているスーパーニンテンドーワールドというエリアは混雑時には入場制限がかかってしまうのです。

ワンデーパスを買っただけでは、アトラクションはもとより、その人気エリアに入る事すらままならないそうでした。

旅行の予定は春休み期間の混雑シーズン。

ならば、せっかく遠方から行くのだからエキスプレスパスとやらを買おうかと調べましたが、行く予定日の一番安いエキスプレスパスだけで一人2万2000円もしました。

え、…え?

しかもエキスプレスパスには入場料が含まれていません。という事は、ワンデーパスを含めると一人3万円以上かかってしまう事になります。

私は大阪までの交通費や宿泊費、そして旅行期間中にかかる飲食代やテーマパークでのチケット代をざっと計算し、

「無理だ…」

と諦念を抱いたのです。我が家の経済状況を考えると、そんな贅沢はとても叶いそうにありません。

姉にその旨を伝え、今回の大阪旅行は辞退する方向で話を進めました。

『う~ん…。確かにウチも、全員分のエキスプレスパスとやらを買うのは厳しいけど』

なんせ家族全員分で9万近くもかかっちゃうしね、と言って少し考えた後、

『ねぇ、ワンデーパスでいいからやっぱり行くだけ行ってみようよ。それで楽しめるだけ楽しめればそれでいいんじゃない?』

姉からの提案で、とりあえずワンデーパスで行ってみることにしたのです。

 

 

その後タロウが、USJについて細かく調べてくれました。

ワンデーパスだけでも、USJ公式アプリからパーク入場後に整理券を取れば人気エリアに入る事は可能らしいとの事でした。

その為には、入場前に全員分のQRコードを読み込んでおいた方がいいとも言われました。

その他にも、開園30分前くらいにはゲートが開けられるから早く行って並んでおいた方がいい事、パーク内での食事事情やトイレ情報、アトラクション情報なども詳しく調べていました。

『タロウくん色々教えてくれてありがと~。当日はよろしくね』

『いえいえ。自分も新しくなってからは初めて行くんで楽しみで』

『うん、楽しみ』

『ね~楽しみだね!』

姉一家とのグループLINEではそんなやり取りが交わされました。

 

 

「皆様、お待たせ致しました! いよいよ開園でございます!」

今か今かと待ち望んでいたゲート前の行列に、高らかなアナウンスが響き渡りました。

軽快なファンファーレと共に、ゲートが開かれます。

と同時に、並んでいた人々が次々に入園して行ったのでした。

目的のニンテンドーワールドには、果たして入れるのだろうか?今日という日を楽しめるのだろうか?

期待と不安に胸高鳴らせながら、私も入園ゲートをくぐり抜けたのでした。

郷愁~大阪卒業旅行 その①

「大阪…」

「…だね」

新大阪駅のホームに降り立った私と息子は、半ば放心状態でそう呟きました。

立ち止まっている私達に後ろから「チッ」と舌打ちされたので、「あ、すみません…」と脇にどくと、背広服姿の男性が苛立ったように追い抜いて行きました。

とりあえず進もうか、と目を合わせてホームを歩み始めます。

「いやぁ~。長旅だったなぁ」

伸びをしながら私がそう言うと、

「よく言うよ」

と息子のタロウが呆れ顔で返します。

「新幹線の中でずっと寝てたじゃん」

バレてたか、と舌を出しました。

「大阪、何年ぶりだっけ?」

「さぁ…」

タロウは首を傾げて考え、「5年ぶりくらい?」と答えました。

 

 

今回の大阪行きが決まった当初、私はホテルのチェックイン時間に合わせて夕方に着くよう新幹線のチケットを取るつもりでいました。

でも、

「せっかくだから、大阪に住んでた時のマンションを見に行ってみようよ」

とタロウが言い出したのです。私は内心「へぇ~」と驚いたものです。

タロウは大阪在住時代はもとより、二人暮らし以前の生活についての話題を持ちかけるだけで、「知らない」「忘れた」「覚えてない」と素っ気なく返して来ていたのです。

私に苦い思い出があるように、息子にとってもまた、触れられたくない過去があるのだろうと解釈し、話題に出さずに来ていました。

今回高校卒業という一つの区切りがついた事で、タロウは過去と向き合おうとしてるのかもしれない。

そう思い、出発を早めて午前中には大阪に到着するチケットを購入したのです。

 

 

大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換え、目的地を目指します。

エスカレーターに乗った際、

「母ちゃん、右だよ、右」

とタロウから言われ、「あ。そう言えばそうだった」と慌てて右側に寄りました。大阪ではエレベーターは右に寄るルールなのです。

目的の駅に着いて歩き始めると、私達はひたすら「懐かし~い」「変わってないなぁ」と連呼し続けます。

 

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「この道の緩やかな傾斜も、疲れて帰って来た時にはしんどかったよね」

「確かに」

言いながらタロウはぐんぐん進んでいきます。

タロウの後ろ姿を眺めながら、本当に大きくなったなぁと実感しました。

先日紳士服のスーツの採寸をして貰った際、「あぁ、結構肩幅ありますね」と店員さんから言われたのです。

背も伸び、高校の制服は二回も丈を長くしました。肩幅もガッチリして、見るからに逞しくなっています。

大阪で暮らしていた時のような幼さやひ弱さは微塵も感じられません。

 

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「あぁ~懐かしいなぁ」

「ホントだね」

マンションを見上げながら、

「ねぇ。タロウ覚えてる?」

「覚えてない」

まだ何も言ってないじゃん…と思いつつ、

「2016年の8月1日」

と続けます。

「随分具体的な日付けだな。何の日?」

「タロウが裸足で家出した日」

「覚えてない覚えてない」

「探しても中々見つからなくって、結局警察のお世話に…」

「覚えてない覚えてない。一切、覚えてないっ!」

絶対記憶にあるだろうその態度に、思わず吹き出してしまいました。

 

 

「ほ~ら、キミが野球をしていた校庭だよ~」

小学校のグランドを指差し私が言うと、

「…あんまいい思い出ない」

とタロウが呟きました。

「まぁ、野球は下手…あまり上手くなかったからね」

と苦笑しました。

 

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「あぁ~美味しい。色んな所のたこ焼き食べたけど、ここのが一番美味しいと感じてたんだ」

「うん、俺もそう思う」

私もタロウも、たこ焼きの味付けはいつも『塩マヨネーズ』一択でした。

12個入りを一箱買い、ベンチで半分ずつ食べます。出汁がきいていてふんわり柔らかく。中に入っているタコもプリプリでホクホクしながら平らげました。

 

「さて、次は何処に行こうか?」

「ノープラン」

「だよねぇ。やっぱ、道頓堀?」

「そうだね」

万博記念公園大阪城通天閣などのメジャースポットは在住期間中に行っており、「もう行かなくていいか」となっていました。

 

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有名なグリコの看板をバッグに写真を撮り、近くの喫茶店に入ります。お昼ご飯はたこ焼きしか食べていなかったのでサンドイッチも頼みました。

クリームソーダを頼むタロウを見て、少し微笑ましく感じます。

 

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「タロウはさ」

卵サンドを頬張りながら、ずっと気になっていた事を聞いてみます。

「出身はどちらですか?って聞かれたら何て答えるの?」

「え~?う~ん…」

クリームソーダのソフトクリームを細長いスプーンで掬い取ると、

「別に何処とも」

と答えて口に運びます。

「でも、この先絶対そういう質問はされると思うんだよね。出身はどこか?実家はどこか?って」

「あぁ、まぁ。あえて言うなら広範囲な意味で『神奈川』だよね」

「うんまぁ。実際生まれたのは神奈川で間違いないしね」

ですが。

タロウは幼稚園から中学校までという、子供時代の大半とも呼べる期間を大阪で過ごしたのです。

その時間が、タロウの人格形成に少なからぬ影響を与えたであろう事は確かだろうと思いました。

 

 

タロウが裸足で家出したあの時。

まだ小学5年生でした。私はタロウの友好関係も行動範囲も、全て把握しているつもりでいました。しかもタロウは裸足で家を出ています。すぐに見付けられるだろうと高を括っていたのです。

ですが、探せども探せども見付かりません。

やむなく警察に通報し、捜索に協力していただきました。

その後30分足らずで保護されました。

警察の方々に平謝りし、タロウの無事を安堵すると共に、私はタロウの事なんかほとんど理解出来ていないんじゃないか、とその時考えたのでした。

母親は胎内で子を育て、この世に産み出します。そのせいかどうか、良くも悪くも、子供を自分の一部のように捉えてしまう側面があるのでしょう。

 

でも、この子は私の一部のように掛け替えのない存在でありながら、独自の人格と意思を持っている。その事をその時初めて実感したのでした。

 

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夕飯は、551蓬莱というお店で豚まん、あんまん、焼き餃子を買って、ホテルの一室で済ませました。

「やっぱりここの豚まんは美味しいよねぇ」

「ホントだねぇ」

と言いながら、思い出の味に舌鼓を打ち語り合います。

 

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ~」

灯りを消すとほどなくして、タロウの静かな寝息が聞こえて来ました。

時代の変遷

あ、江ノ電だ。

ミラーを確認すると、後方から江ノ電こと江ノ島電鉄の車両が近付いて来ているのが分かりました。

 

国道467号線。

そこは街中を走る江ノ電と一般車両とが一緒に走る道路なのです。

どうしよう、と一瞬考えます。

これまでにも江ノ電と並走した事はありましたが、すぐ手前の箇所ではレールと一般車両の道とが交差されていました。

私はこの道が、電車優先なのか一般車両と同じように走っていいのか、その判断が付かずアクセルを緩めました。

と、途端に後ろの乗用車から煽られてしまいます。

あ、行ってもいいんだ?

どうやら走っている順で進んでいいものらしいと分かり、私はすぐさまアクセルを戻しました。

 

 

 

 

国道134号線に入ると、綺麗な青空と海が広がっていました。

何度も走って来たからでしょう。この道に来るとホッとします。爽やかな潮風を受けながら滑らかに走り抜けます。

 

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道を折れ、何の変哲もない住宅地に入り込みました。

そこは車通りも殆どなく堤防も低いため、海を背景にバイク写真を撮るのに最適なのです。雪山の富士山も見えました。

ひとしきり愛車の撮影会を終えると、本日の目的地へと向かいます。

 

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その美術館は、有難いことにバイクの駐輪は無料なのです。

セローを停めるや、バイク装備を外していきます。

そこで気付きました。マスクを忘れて来てしまったのです。

まぁ、大丈夫かな?

一時期に比べマスクは自主性に任せられるようになりました。マスク無しでの入館を断られることはまずないでしょう。

 

 

清潔なロビーを抜けると、企画展のチケットを購入します。

 

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『移動するモダニズム展』。

好きな画家さんの出展もあるので、是非観に来たいと思っていました。

 

 

数々の展示作品をじっくりと観て回ります。

妖艶なものから日常のコミカルな一場面、凄惨な光景まで。様々なジャンルの作品が展示されていました。

関東大震災がテーマの作品では、瓦礫に埋められ苦痛に呻く人々の姿も描かれています。

どうなんだろう?と私は首を傾げました。

震災と言えば東日本大震災、もしくは阪神淡路大震災を思い浮かべます。

もし今、その震災で苦痛に喘ぐ人々を描き、『作品』として売り出すアーティストがいたなら。現代ならば世間から『不謹慎』との謗りを受けるのではないのでしょうか。

この時代は今とは感覚が違ったのかもしれない。そう思うと、そこにも年代差を感じてしまいました。

 

 

 

観覧が済むと、庭園を散策します。

 

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海辺に建てられた美術館の為、庭園からは砂浜と海が綺麗に見渡せます。

 

私はベンチに腰掛け、ふぅ、と息を吐きました。

暑気あたりという言葉がありますが、熱気のようなものにあたったような独特の疲労感がありました。

思えば、それほど時間が経過した自覚もなかったのに二時間近くも観覧していたのです。

 

 

今日この後どうしようかなぁ?と考えますが、この疲労を伴ったまま走り続ける気にはなれませんでした。

気ままに走り出せ、自分本位に中断出来るのもソロツーリングのいい所です。

今日はこのまま帰ることにします。

 

 

バイクに戻るや外していた冬用装備を身に着けます。

ナビを自宅にセットするや、来た道を戻り走り出しました。

 

 

ビーチと言えば、冬は閑散としているイメージですが、湘南の海は年中賑わっています。

サーファー達が波乗りを楽しんでいますし、親子連れやカップルと思しき人達が砂浜を散策している姿も散見されました。

平和な光景だなぁと感じます。

 

 

走りながら、先程観て来た展示作品のことを考えます。

明治から大正、昭和初期にかけて。

まさに、激動の時代とも言えるでしょう。

政治経済の変遷と共に人々の生活様式も大きく変わり、そしてそれは芸術作品にも多大なる影響を与えていきます。

それまでの芸術の在り方そのものが見直され、日本の芸術家達はこぞって海外に出帆し、新しい表現技法を習得していきました。

 

 

 

時代の変遷。

平成から令和に元号が変わり、もうすぐ6年が経とうとしています。

明治大正の頃と比べれば、平成から令和への移行など、さほどの違いがあるようには感じられませんでした。

 

 

ですがよく考えてみたら。

侵略戦争が勃発し、物価が高騰しました。税金と社会保険料も上がり、年金の受給額もどんどん下がってきています。

そして、新型コロナウィルスの蔓延。

 

思えば、あの美術館も。

初めて行った時にはコロナの影響で臨時休館となっており、庭園を散策する事しか出来ませんでした。

今日、マスクなしでも問題なく入館して観覧出来たのは、当時からすれば考えられない変化でしょう。

 

 

暗いニュースばかりが目立ち、人々の生活は苦しく、現代は決して明るい時代とは言い難いのかもしれません。

それでも私は、飢える事も凍えることもなく生活していけています。

それどころか、こうしてお天道様の下で趣味のバイクを楽しませて貰っているのです。

 

 

人の欲望には切りがありません。

衣食住に恵まれていても、ブランド物に目が眩み、煌めくアクセサリーを欲したりもます。どんどん進化していく電子機器類は最新の物が出る度買い替えたくなり、またプロの作る料理に舌鼓を打ちに行きたくもなります。

美酒に酔い、スケジュール帳を埋め尽くすように華やかなイベントに参加し、同じ世界に身を置く人達との交流をはかる。そんな生活は確かに充実していると言えるのかもしれません。

ですが、ふとした拍子に考えてしまうのではないのでしょうか。

『一体自分は、いつになったら幸せになれるのだろうか?』と。

本当に大切なものは、際限なく湧き上がる欲望を満たし続ける工程からは、決して得られないのだと私は思います。

そう。

ブランド物のジュエリーよりも、愛する者からのたった一輪のカーネーションの方が、はるかに重みがあるように。

 

 

『足るを知る者は富む』

 

 

昨日に続く今日がある。

たったそれだけの、その当たり前の日常に、私は感謝し続けよう。

そう思いながら、軽快にセローを走らせていったのでした。