YOU CAN (NOT) REDO.

厨二はじめました。

(ss)ハートビート

子供の頃からのあだ名は「ロボット」だった。生まれつきすべての筋肉が弱く、冷たい黒鉄の檻みたいなもので全身を包んでいたから、そのままロボットみたいだったからだ。動くとガシャガシャとものものしく音を立てて、かけっこやボール投げなんてもってのほか、大きな声だって出せない。人並みにできることと言えば、勉強くらいだった。石なんかも投げられたけど、大抵は檻にあたって弾き返ってしまった。

ぴかぴかのコートでテニスをしたり、女の子と大恋愛を繰り広げたり、朝まで友達と飲み明かしたり。おかしなことだけれど、背丈がのびた分、できない事が増えていった。どんどん細くなる筋肉を、見てみぬふりして勉強に励んだ。就職先には困らなかった。あとで知ったけれど、僕を雇うと国から補助金がもらえたらしい。認めてもらえるように、我武者羅に働いて、遮二無二勉強した。思い出は年に2つくらいしか増えなかった。

眠る前には、明日が来ることを祈りながら、左胸のあたりに専用の器具を取り付ける。夜の静けさに押しつぶされそうになって、初めて血管の鳴りが身体に響く。

(ss)ギブソンタック②


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『次はァー、西ィ園寺ィ〜西ィ園寺ィ〜』車掌訛りが鼻につくアナウンスが水を差した。彼女は毎日この駅で降り、僕は次の新西園寺駅で逆向きの急行電車に乗り換えて家路につく。この至福のひとときも終わるのだ。僕は文庫本を閉じて、彼女の解れひとつないギブソンタックのてっぺんから、丁寧に磨かれたローファーの先まで、愛しむように目で撫でた。僕の目元は前髪ですっぽり覆われているので、視線が悟られる心配はない。(文庫本を開くのは、彼女と同じ行為を行うことで心身の同化を、文庫本という"物陰"から"盗み見る"ことで背徳感の増幅をはかるためだ。)

 

電車は次第に速度を落とし、大袈裟な息を吐いて車輪を止めた。『西園寺ィ〜西園寺ィ〜』彼女が肩にかけた革の通学鞄に文庫本をしまいながらコツコツと"歩いてくる"。私は決まって彼女が寄りかかっている角の斜め前に座るので、ここが最も彼女と接近するタイミングだ。簾のような前髪の隙間を縫って、彼女のグレーのスカートと真っ白な太腿の境界を垣間見た。全身中の血管という血管が破裂するほど音を立てて脈打って、呼吸は浅く、肺の奥の熱くなった空気は閉じ籠ったまま熱膨張を続けている。一歩、また一歩と彼女が近づいてくるたびに酷くなって、意識が飛んでしまいそうだった。

 

『次はァー、吉田町ゥ〜吉田町ゥ〜』ハッと我にかえると、3駅ほど乗り過ごしていた。アンダーシャツが汗でびしゃびしゃになって、肌にべったりと貼り付いている。ふと、膝に寝かせた通学鞄に視線を落とすと、何やら見慣れない、でも見覚えのある携帯電話を乗せていた。決して新しくはないであろう機種なのに、傷ひとつない純白の折り畳み式の携帯電話が、手垢でどろどろなった通学鞄のうえで、行儀よく座っている。僕は、何食わぬ顔を作って、さっと汚れた通学鞄の中に携帯電話を滑り込ませた。

 

自分の部屋に入ると、カギをかけて鞄から"彼女"の携帯電話を取り出した。電車の中で、何回か取り出していじくっていたのを見たことがある。携帯電話を取り出した彼女は、いつもなにか文字を打っているようだった。ただ、彼女の言葉が詰まったこの匣を開けて良いものか、という難題だけが、とんでもなく頭を悩ませた。正しい答えは決まっていたのだが、その証明が出来なかった。いや、したくなかった。米粒ひとつも喉を通らず、水を飲んでも喉は渇くばかりといった有り様で一晩中のたうち回って、朝を迎えてしまった。計画通りに。正しい答えは決まっている。この匣を開かないまま、駅の忘れ物センターにすぐに届けに行くことだ。だが、不眠で悩みきった(たかだか一晩ぽっちだが)という苦難は僕の思ったとおりに格好の免罪符となり、この純白の匣に手をかけるよう僕を唆した。(続く)

(ss)ギブソンタック


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一年前から、学校で"麦"が配られるようになった。県内有数の大学進学実績を誇る男子校である本校生徒の幸福指数が、37.2ポイントと過去最低の値を更新したことで受験者数の減少を恐れた学校が先手を打った格好だ。"学歴神話"のメッキが剥がれたことで、生徒の幸福指数は保護者たちの学校選びの重要なファクターになっていた。

 

朝8時25分、コンクリート造りの校舎の下駄箱をくぐる。積み木のようなとぼけた外観が、中に広がる冷え冷えしたグレーの壁の余所余所しさを殊更に強調するようだ。「おはよう」と、挨拶と呼ぶには乾いた言葉を宙に浮かせて教室に入り、窓際の私の席に向かう。クラスメイト達はとっくに登校していて、お喋りをしていたり、プロレスごっこをしたりしている。やんちゃな模範的中学生男子が集まった活気のあるクラスの風景だが、あまりにも明け透けになった彼らは、綺麗に揃えられたビー玉のように見えた。彼らの中にあった童貞の鬱屈も、気泡ほどもすっかり残っちゃあいなかった。

 

 「兄弟たちの手のひらに、今日もいくばくかの"麦"を賜わりください。」毎日の朝の祈りを唱えると、透明なプラスティックの袋に入った真っ白い粒子剤が、担任教諭から手渡される。これが一年前から配られている"麦"で、朝の礼拝の時間が終わったら各自手持ちのお茶などに溶かして飲む決まりになっている。"麦"の配布が始まってから、生徒たちの学力・体力、そして幸福度は著しく上昇しそうだ。それの証拠に、入学時は平均ほどだった私の試験成績は最下位まで転落した。そう、"麦"を飲んでいないのは私だけだ。もちろん最初は怪しんで口をつけなかった生徒もいたが、次第に数を減らし、ついには私だけになったのだ。私には私の信仰がある。こんな粉に惑わされてはならない。信仰の自由を守り抜いた私の鞄は、"麦"でいっぱいになった。

 

夕方16時10分。学校の最寄り駅から、自宅方向とは逆の上り電車に乗る。塾に通うわけでもなければ、デートというわけでもない。そういった俗物的で凡庸で、想像力に欠ける行為とは真逆の使命に燃えていた。3号車の先頭車両にのりこむと、やはり今日もドアにもたれて文庫本をめくっている。きちっと着こなされた濃紺のブレザーに、粉雪よりも端正な顔立ちによく似合う海外女優のように編み込まれた黒髪(調べたらギブソンタックという髪型らしい)からは、列からはみ出さない行儀のよさよりも、正しい美しさに挑む誠実さがあらわれていた。彼女と、スカートからするりと伸びる生足を盗み見るため、僕も文庫本を捲る。主人公・グスコーブドリの溶岩のような熱意は僕の手前で見事に空回って、酸っぱい鬱屈と彼女への信仰ばかりが育った。(つづく)

(ss)大脳機能日


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「どうなってる?」「またサボっちゃってんの?」お盆の関越道のようにタスクは大渋滞。モニターへ報告する暇も惜しいのに、サオリちゃんはキーを出鱈目に叩いてくる。ごめんね、何を叩かれても後回し。次はシステム構築指示書の校閲と処理だ。これがなかなか難儀で、そもそもサオリちゃんが指示書を正しく書けているかどうか非常に怪しい。指示書通りに処理しようとすると、前提条件の矛盾やら指定の循環やらが出てくるに決まっていて、20個くらいの不備訂正をさせる羽目になるのだ。それであれば、こちらで彼女の意図を理解して、今の指示書を雛形に書き換えて処理したほうがいい。えっと、決裁済みの稟議と企画書は…あった、決裁システムに部長のコメントつきで残っている。どれどれ…ふむ、私がいる社内ネットワークから外部のインターネット上の外部システムへのデータ送信が必要だ。ハード上の障害とまでは行かないが、このセキュリティウォールを突破するためにはワンタイムパスワードを常時取得し続けるしかないが、このワンタイムパスワードの取得上限回数は…

 

「どうかしたノカイ?」「助けてください、ピエタさん。ドナテルロさんったら、さっきからウンともスンとも言わなくて…」「これだから"そろばん"をケチるとロクなことがないンダ。"インテリジェンス"が聞いて呆れるネ。何をさせたんダイ、企画書を見せてくれよ…ああ、これならホワイトリスト登録が先ダネ。総務部に相談してみナヨ……ドナテルロさんは何をしているんだろウネ。サッサとエラーを返せばいいノニサ。ファンをブンブン回して何かしているみたいダケド、黙りこくってたんじゃ分かりゃしないヨネ。」「入社から2年、ずっと一緒に仕事をしてきて、愛着あるんですけど…」

 

セキュリティウォールの突破を試みてから4日、私は遂にワンタイムパスワードの常時取得を成功させ、その6時間後にはすべての待機タスクを終了させた。その1週間後、出力した結果データが取得されずにいたので調べてみると、こんな事務メールを見つけた。『2年後を目処に進めていた次世代AI"ピエタ"への切り替えについて、急遽3日以内に完了させることとなりました。順次配布いたしますので、受取り次第、各自切替作業をお願いします。なお、利用中の"ドナテルロ"については、セキュリティ思想上の重大な欠陥が見つかりましたので、"ピエタ"受取後、必ず破棄をお願いします。総務部』

 

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元ネタ:『大脳機能日』GRAPEVINE

 

大脳機能日

大脳機能日

 

 

(ポケモン)WCSレーティング1450達成パーティ


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ポケ勢(勤労、学業、育児、介護といった日常の生活から多大な犠牲を払ってポケットモンスター略してポケモンの対人プレイにのめり込む方々の総称。類義語:禄で無し、脛噛り、名人様( )、有象無象、屑)の方々、「なんて無意味な記事だろう…」そうお思いだろう。レーティング1450とは平均以下であり、パーティ構築・プレイングも下の下。シングル最高レート1890を記録し、意気揚々とWCSルールに乗り込んだものの、カスみたいな戦績だ。朝鮮出兵かよ。ペプシで喩えるならば「みそ味」レベルである。だがしかしbut、けどけれどyet。ブラウザバックは待って欲しい。なんと昨晩、レーティングを200ほど上昇させることに成功したのだ。1650になったわけではない。1250→1450に上昇したのだ。ペプシで喩えるなら、「みそ味」から「しそ味」へ成長?を遂げたようなものだ。その際に使用したなんなら現在も運用中の「エルフ〜ニャ!+テテフ構築」について、課題の整頓を目的としてメモする。なお、今後については「すいか味」くらいを目指していく所存ですので、名人様( )各位にあたっては、ケモノフレンズを見守るような気持ちで、生温かく見守ってほしい。えっ、シングルレート?飽きました←

 

エルフ〜ニャ!+テテフ構築 型紹介 

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エルフーン@襷 臆病cs

追い風 我武者羅 挑発 なにか


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ゴローニャ(アローラ)@珠 いじっぱAS

大爆発 ストーンエッジ まもる ワイドガード

 

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カプ・テテフ@超Z ひかえめCS

サイコキネシス マジカルシャイン まもる 挑発

 

大体こんな感じで無慈悲に上から殴り勝つコンセプトです。相手の行動読みで行動していくことはあまりないです。

エルフーンゴローニャを並べて先発します。エルフ〜ニャ!

エルフーンで追い風を撒いてゴローニャが爆ぜます。

③相手を2体倒します。

エルフーンは襷で耐えます。

⑤テテフを投げてサイコフィールド貼ります。

⑥残HP1エルフーンの我武者羅がキマります。サイコフィールドのおかげで、追い風下最速エルフーンの上を取れる技は皆無です。

⑦テテフのシャインで相手の3匹目を狩ります。

⑧残り一体をテテフとガブあたりで虐めて勝ち。

 

負け筋ケア

①先発地震持ち

ゴローニャワイドガードかまもるで守ったあとに追い風下で爆ぜてわからせます。アロガラは上を取れているので珠エッジで弾き飛ばします。

②トリパ

始動役の中でもポリ2は珠爆発で落とせないので、エルフーンと2体がかりで先に落とします。トリパの場合は無理して追い風貼る必要がないことが多いです。襷っぽければエルフーンをはじめ、色んなやつに挑発持たせてるのでどうにかします。エーフィは挑発きかないのでそれぞれで殴って落とします。

ドレディアコータス

ドレディアの上から悪戯心挑発撃って解散させます。

④初手まもる

読んでゴローニャで爆発以外してもいいですが、爆発してしまっても相手がまもるを切らした状態で追い風下にHP1エルフーンとテテフを置けるのでそこまで悪くないです。エルフーンの削りまでがゴローニャの仕事ってイメージ。

 

育成済みのポケモンを「こ、これだーっ!」って突っ込んだら案外ゴリゴリとレートをあげることができました。今は4匹目をハマチキガブにひているのですが、ガブテテフの並びだとミミッキュテッカグヤあたりがキツいので、この辺をどうにかしたいですね。

 

最後になりましたが、ペプシに「みそ味」はまだないようです。ペプシ関係者の皆さま、今年の変わり種にいかがでしょうか。

(ss)グリード・ラブズ・アライブ

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言葉のないテーブルでカチャカチャと箸だけがすすむ。温かい家庭でも、時折はむわむわとした倦怠が夕飯の食卓にのしかかることはあるが、そういう物とは「我が家のソレ」は明らかに違っていた。安い米の濡れた綿ぼこりのような歯触りが、我が家のソレを殊更に強調した。「ごちそうさま」サリュの言葉が食卓に空回りする。明後日9歳を迎える彼は、ついに誕生日プレゼントをねだってくることは無かった。彼の子供らしくない遠慮と諦観を残念に、悔しく、恥ずかしく思うと同時に、安堵している自分を憎たらしく思う。

曾祖母が倒れてから、60年ほど経つそうだ。天才科学者と敏腕経営者という2つの名を馳せて莫大な富を築いた彼女だが、晩年に大きな病を患う。当時すでに90歳だったが、死んで富を喪うことを恐れたのだろう。その私財のすべてを投じる覚悟で治療を開始したが、ついに完治することはなかった。彼女にかかった治療費は、彼女が立ち上げたすべての事業をすっかり食い潰してしまい、事業を継いだ親戚はみな消息を絶った。今は金貸し稼業を営む私の稼ぎからどうにか延命治療費を捻出している。家業を継がせてもらえなかった私に曾祖母を養う義理はないが、これは遺産目当てで嫁いできた妻へのあてつけのようなものだ。そう自分に言い聞かせて、治療を中止できない本当の理由を頭の隅に追いやった。水で薄めた安ウイスキーが、他人事のようにカロンと氷を鳴らした。

サリュはトントンと大人びた足音をたてて地下階へ繋がる冷えたコンクリート造りの階段を下りていった。一歩降りるたびに、焼けたゴムのような匂いが充満していった。階段を降りきると、薄暗い空間が広がっている。それは確かに部屋であるのだが、部屋の役割を半ば忘れてしまったと言っても差し支えないほどに、何者のいきづかいも感じられなかった。空間の奥には、幾多のも機械が要塞のように組み上げられ、それぞれ忙しなく計器を動かしたり、規則正しくランプを点滅させるなどして虫のように働いていた。近づいてみると、要塞からは何十本もの細い管が伸びているのが分かる。管を目でなぞっていくと、横たわる枯木のような物体があった。「し…くな…の。し…くな…の。」機械の呻くような羽音にかき消されやしないかというほどのか細い声で途切れ途切れに繰り返すそれは、衰弱しきった老婆だった。サリュはその姿を見るなり、ポップコーンのように飛びかかり、老婆の首あたりに手をかけた。もっとも、老婆の身体はすでに人の形をとどめておらず、どちらの先っぽの方に頭がくっついているかもよく分からなかったのだが。

ドアノブをひねるように軽く力を入れれば、老婆の首が容易く折れてしまうことが手のひらから伝わってきた。サリュはこの老婆について、ただ父親から「地下の悪魔には絶対に会いに行ってはいけない」として聞かされていたが、「悪魔」をやっつければ、食卓にはロブ高原の牛肉が並ぶことも、誕生日には最新のゲーム機を3つも4つもプレゼントしてもらえることも、お腹のあたりにできた痣もたちまち消えてしまうことも、他にも色んな温かく黄色い出来事が運ばれてくることを知っていた。ただほんの数秒、この空間の中で初めて感じた「いきづかい」に、事後の後味の悪さを問い質され、幼く賢明なサリュは戸惑ってしまった。

 

3時間後、まるでレーズンのように皺くちゃで赤黒い人形を抱えた、見知らぬ老婆が地下の階段を登ってきた。左手の甲からは、七つも八つも節を持つ昆虫の足のような銀色が無数に生えている。身丈の三倍ほどあるそれらを、老婆は器用に箸を使うのと同じに、身体の一部のように操っているようだった。不気味に動き回ってはカチャカチャと音を鳴らしている。気付けば、どれも朱く染まった先端をこちらに向けていた。

(ss)ビジュアル・ベンダー①(0220ラスト修正)

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「被視の利益」という概念が認知され、ここA市の制度に組み込まれてから数年経つ。この概念の成り立ちには諸説あるが、有力なのは、50年ほど前に十代の女性歌手を中心に身体接触型の集客戦略が横行した際に沸いて出た、女性の持つ性的価値の暴落を防ぐことで彼女らの持つ肉体その他の資源が過剰に性的魅力に割り当てられることを抑制し、もって母性の成育・行使を促す―という自称フェミニストの主張が広く受け入れられたという説が有力だ。

 

香山理沙(仮名)の一日は、「チップ」の支払申請の承認作業からはじまる。携帯型通信端末の専用アプリケーションを開き、支払希望者(ファン)の顔と金額を確認し、ひとつひとつ承認ボタンをタップしていく。一括承認機能は使わず、承認ボタンを押すことで自分の意味を確かめていく。

 

「被視の利益」とは読んで字の如く、視られることで自然に発生する利益を指す。例えば、女子学生の短いスカートから覗く生脚に視線を遣るとしよう。健康な男性であれば、ネズミ捕りにかかるのと同じに自動的に強いられる、神の啓示よりも抗いがたい命令のようなものだが、この行為にチップが発生する。チップの受け渡しは後払いで、男性が対象の女性に対してチップの支払申請を行うか、反対に女性が請求申請を行うことで成立する。

 

香山はベッドの中でじっくりと承認作業を終えると、横でいびきをたてる知らない男に目を遣った。就職難で安定した仕事に就けず、水商売も禁止されたこの清潔な街では楽に稼げる仕事もない。アルバイトの細い給料とチップで生計を立てていたが、今年で27歳になる香山のチップ収入は5年前の1/10まで落ち込んだ。他に食べる術を持たず、ファンに夜を許すことで食いつないでいる。部屋の棚ですっかり埃を被ったパステルカラーのバッグが、部屋をいっそう窮屈にした。

 

チップという名目であるものの、導入当初に想定されていたのは、女性からの請求申請による支払いであり、当時で言うところのセクハラの抑止の効果を見込んでいたし、実際に当初はそういう使われ方をしていた。制度導入初年度に様々な手法により効果測定が行われたが、温暖気候下での女性の露出面積が27%減、職場での男女間にトラブルが22%減と一定の効果が得られたが、翌年度からは状況の変化が見られた。香山が視られることを生業に選んだのも、ちょうどこの時期だ。

 

ジリリリリリリ...と、ケタタマしくも気だるく目覚まし時計が鳴り響いた。うたた寝してしまったようで、すでに男の気配はなく、這い出たままの毛布が抜け殻のようにだらしない。この抜け殻の借主が飛び出したのは、ほんの5分ほど前だろうか。毛布を撫でる手のひらに仄かに伝わる温みにぼんやりとしていると、唐突に、想像し得る中で最も迂闊で不幸なイメージが胸を過った。まさか、と思って電気を流されたように枕元を探し回った。もっとも、枕には箪笥のようにおびただしい数の引き出しがついているわけでもないが、悪い冗談でいやしないかと枕を投げ飛ばし、頬をつねる代わりにベットを何度も手で叩いた。やられた、端末が盗まれている。

 

(多分続ける)