幸せに生きる~うつ病公務員の場合~

うつになったけど復活できた公務員のブログ

2019年にうつになって休職した30代公務員のブログです。今は復職し元気に暮らしています。自分の経験が誰かの参考になれば嬉しいです。

職場復帰してまる2年たった現状

職場に戻って2年がたちました。

うつになってからは2年半くらい。


最近はうつの症状はでていません。病院も一年以上行っていませんし、完治したと感じています。

仕事もコミュニケーションも普通にできています。


最近嬉しかったことが3つあります。


一つは、生命保険に加入できたこと。

生命保険に加入するには過去5年間の通院歴は必ず申告しなければなりません。

僕はうつになるまえにものすごく高い保険に加入してしまい、乗り換えできずにいましたが、通院しなくなって一年以上経つので思い切って別の生命保険会社に申し込んでみました。

結果、加入でき、うつになっても治れば大丈夫なんだなと嬉しく思いました。


二つは、うつになった職場の同僚が職場復帰したこと。

その彼は当初うつがひどい状態で、休んだ当初はLINEの返信もうまくできませんでした。

ただ、僕自身の病気をした経験があるので、彼が何をして欲しいのか、どんな情報が欲しいのか、何が不安なのかが手に取るようにわかり、こまめに連絡をとり相談にのっていました。

そんな彼が勇気を出して、最近職場に復帰できました。彼から言われた、あなたから連絡もらえて嬉しかった、相談してなかったら何も考えずに仕事を辞めていたという言葉がとても嬉しかったです。


三つは、昇進試験に合格したこと。

初年度はうつで受験できず。2年目は前年にうつになったことが原因で勤怠評価が悪く落ちました。

落ちた時は、もう自分がこの会社で正当な評価・お給料をもらいながら働ける権限を与えられることはないのかなと落ち込みました。

ただ、もう一回、うつになったけど昇進した職員がひとりでもいたら誰かに勇気や希望を与えられるかもしれない、そして自分自身も一つ成長できるきっかけになると思い、再チャレンジしなんとか合格することができました。

足かけ三年。うつになっても腐らないでまじめに生きていれば、報われると感じた経験です。


うつになったとき、人生終わったと思いました。けど二年たった今は、うつになる前より自分らしく生きているように感じます。

人に感謝されることも昔より増えました。

うつになる前の昔の自分には戻りたくありません。


あのとき病気になったことは、決して無駄ではなく、僕の人生の糧になったと感じています。


今、うつの症状に悩んでいる方は未来のことなんて絶望に感じてしまうだろうし、二年後なんて長すぎてイメージできないかもしれません。


けど、少しでも希望を持ってくれれば幸いです。


それでは、今日も一日、本当にお疲れ様でした。

うつになって2年

久しぶりの更新です。

最近アクセス数が増えています。春はメンタル不調が起きやすいですよね。僕がうつになったのは2019年の6月でした。

うつになった人は自分が治るのかとか、職場でどうなるのかとか、治ったとはどういうことかとかとても不安になると思います。

 

なので、今日はうつになって約2年経過(職場復帰して1年ちょっと)した自分の現状を紹介したいと思います。

 

1 心の状態

概ね安定しています。やっぱり職場復帰して1年くらいは多少の上がり下がりはありましたが、仕事を休むとか休日も楽しめないといったことはありませんでした。最近は特に安定し、多少のことには動じなくなりました。そしてうつになる前より気楽に生きられるようになったと思います。うつから元気になるにはやっぱり時間がかかりますね。

 

2 仕事の状況

半年前に昇進試験を受けて、見事に落ちました。手ごたえがあったので、落ちた理由はおそらく…前年にうつで休職したことだったんだと思います。まぁしょうがないかと思う一方で、落ちたことが分かったときはさすがに凹みましたし、ちょっと腐りました(^^;)。でも時間が経過して、別にいっかで感じになり、また来年もあるしといった感じです。

業務自体はとても忙しいです。明らかに自分の業務量が係で一番多い。みんながやらない&できない仕事はなぜか僕に…。でもマジで無理だと思ったらNGだします(うつを経験して成長したこと)。なんやかんやで充実してるのかもしれません。

 

3 友人関係

今まで無理して付き合っていた友人関係に愛想をふることをやめました。疲れるし、お金がなくなるだけだし。会うことも連絡することもやんわりと断れるようになりましたね。本当に大事な友人関係だけが残った気がします。

僕がうつになったことを知ったことで、近づいてこなくなった人も結構いますね。

 

4 家族

うつになって、僕は家族の時間とひとりの時間が大切でとても好きだということが良く分かりました。なので、無駄な友人との時間がなくなったことで、ひとり・家族の時間が増えていい感じです。家族とは以前に増して仲良くなりましたね。

 

5 服薬

病院には1年くらい通院していません。自然にフェードアウトです。服薬もほぼしていません。というのも睡眠障害が若干あります。平日・休日を問わず、毎日早朝5時とかに目が覚めてしまうんですよね。なので今日はマジで眠りたいと思ったときだけ、残っている睡眠薬を飲んだりしています。休みの日なんかは朝早く起きれてラッキーと思うときもあるのですが、明らかに睡眠不足のときもあるので、どうしよっかなといった感じです。まぁそこまで心配はしていません。

 

6 自分が変わったなと思うこと

人に優しくなったと思います。仕事に悩みをもっていたり、今休職している職場の同僚に対して心の底から思いやりを持った行動ができるようになりました。

その反面、人に厳しくなりました。自分は病気になるまで「お人よし」でした。世の中には思いやりの感情がない人、搾取することに何も抵抗のない人がいるということがうつになって分かった気がします。なので誰にでもいい顔するのはやめるようになり、冷たい対応ができるようになったような気がします。

そして、勉強するようになりました。ストレスなく仕事を進める方法や、人への思いの伝え方、簡潔な業務資料の作り方、資産運用の方法、道徳論…。知ることは自分を守ることに直結すると身に染みています。むしろよく今までこの社会という戦場に対して、たいした武器も持たないで生きてこれたなといった感じです。

 


雑駁ですが、こんな感じです。総合的にみて、今は結構幸せですね。

うつになっても幸せになれます。誰かの役に立てば幸いです。

7月から9月までの心の動き~下がっては上がり~

2か月ぶりのブログの更新です。

 

この2か月、ちょっときつかったです。

 

今年の6月でうつと診断されてちょうど1年でした。昨年の11月に職場に戻ってからは、すこし落ち込むことはあっても大きなものはなく過ごせていました。

 

それが7月になり、状況が変わりました。

責任が重い業務を任されたことで、プレッシャーを感じ始めていました。そして、打ち合わせで上手く論理だてて話せないということがありました。

 

話さなきゃという焦りで話すけど、自分でも何を言っているか分からない状態ってやつです。原因は僕の勉強不足なのですが(^^;)

会議で他の出席者に、僕の話を要約されてしまいました。それがなんとも恥ずかしくて…。

 

そしたら、その日以降、仕事に自信がなくなってきてまず朝が辛くなりました。まだ眠りたいのに早朝覚醒してしまう。

頭ではそんなたいした失敗ではないと言い聞かすのですが、なかなか取り戻せず…。

頭に嫌なことやマイナスなことがどんどん浮かんできました。

2週間くらい続きました。

 

念のため、抗不安薬を飲んで寝ることが多くなりました。

「再発」も頭によぎりました。

 

でも大丈夫でした。上がったきっかけは次のとおり。

①時間

時間が経つと薄れていき、また自分のペースをつかめてきました。

 

②人と話すこと

下がると人と話すのが嫌になります。誰とも話すのが嫌になる。けれど、話すことが回復につながると思いました。世間話でもなんでもいいのですが、職場の人と他愛のない会話をおっくうだけどすることで、「自分一応話せるじゃん」と認識することができ、戻ってきました。

 

③何かをする

何にもしたくなりますが、何かをやることが気分転換につながったり、達成感をえることにつながり、心にエネルギーが沸いてくる感じがしました。

 

そしてまたひとつ強くなった気がします。

面白いもんで、責任が重くて嫌だった仕事も、やってやるというエネルギーが沸いてきています。

 

今はきつくてへこんでいても、また戻ってこれます。だって、うつが最悪に酷い状態からここまで復活できたのだから。

うつは上がったり下がったりして良くなっていくは本当だと実感しています。

 

下がっているときは、上がるのか心配になりますが、

「あー今下がってるときだー、もうしょうがないわ」

って思うくらいがちょうどいいのかもしれません。

 

半年前に初めたこのブログ。この2か月更新はしていませんでしたが、毎日100くらいアクセスしていただいてます。たまに300くらいあって驚きます。

 

このブログを見つけた人って、今きつい人が多いのかなって思います。

僕もうつが酷いときにうつブログ巡りばかりしていました。

一番知りたいのはいつ治るのか。

 

うつになって1年。正直いま自分がうつなのかは分かりません。

ただあの最悪な状態からは半年くらいで抜けることができました。

 

今も上がったり下がったりはしているけれど、少しづつ強くなりながら、たまにきつくたまに楽しく暮らせています。

考えてみれば、毎日楽しい人なんてほぼいませんよね。

きついこともあって楽しいこともあってが人生ってことで。

 

あと、死ぬことについて。

たまに死んでもいいかなって思います。事故とかならしょうがないかなって。

生きづらいこと結構あるしさ。

妻も子どももいて大切な存在だけど、生命保険たくさん入ってるしって。

でも、またハワイにいきたいし、仮に寿命があと50年あるとしたら、すごい幸せなことがあるかもしれない。人生何があるか分かりませんから。

だから今死ぬのはちょっともったいないかなって感じです。

 

誰かの参考になれば幸いです。

うつになった環境は本当に酷かった

職場復帰して5か月経ちました。大きな落ち込みなく過ごせています。4月に異動しましたが、新しい環境には慣れました。


ただ仕事をしていく中で最近思うことがあります。それは昨年うつに追い込まれた状況があまりに酷かったということです。


今も異動してきたばかりなので、仕事で分からないことは多々あります。ただベースとなる市のシステムは分かっています。


例えば支払いの事務処理をする際に、支払いを行うための財務会計システムの操作方法や起案方法、マニュアルや規定の調べ方は分かります。なのでなにが分からないかが分かります。


昨年うつになった県庁に異動した際は、ベースとなるシステムや起案の方法もわからず、ほとんど何も教えてもらえませんでした。調べ方も分かりません。なので支払いひとつとっても普通の人が1時間でできることが、1日かかります。そうすると仕事が爆発します。

そして先輩に怒鳴られます。益々教えてもらえなくなります。でもベースがわからないので改善できません。そして追い込まれて倒れました。


当時は自分を責めました。努力が足りなかったのかと責めました。


ただね。いま市に戻り異動して新しいことをしている中で気づいたのは、そんな状況なら無理だよ倒れるよということです。

どう考えても無理です。その先輩の人間性に問題があり過ぎました。


ここ最近、その県庁の先輩が憎くてしょうがなくなるときがあります。

自分にも至らない点があったけど、それにしても酷かったんじゃないかと。


正直死んで欲しいとさえ思ってしまいます。

恨んでもしょうがないと分かっているし、そこまでの感情が今まではなかったのですが、うつが良くなって実務に戻ると状況を冷静に思い返すことができ、憎悪の感情が出てきてしまっている気がします。


そしてあんなことさえなければ苦しい思いもしなかったのにと、自分の運命に少し落ち込みます。


うつは良くなりましたし、以前より成長したと感じることもたくさんあります。ただやはり以前のようにいかないときもあります。仕事にはまだ自信がもてないのが本音です。

仕事上で人と話すときも少し戸惑うことがあります。日常生活では全然大丈夫なんですけどね。

うつの後遺症なのかもしれません。


おそらく、日常が戻ってきたから出てきている悩みなのだと思います。うつから復活したそのときはうつを受け入れていましたが、うつではない普通の世界を見て、うつにならないで過ごせたかもしれかった来ることのない未来が見えてしまったのかもしれません。


まだ復職して5か月なので、仕事を進めていく中で自信がついてくれば治っていくような気はします。


久々に重い内容を書いてしまいましたが、元気なことには変わりはありません。

職場の人間関係には恵まれていますし、毎日仕事のあとに勉強できるくらいの気持ちの余裕もあります。週末は家族と楽しく過ごすこともできている。うつ病のときは考えられなかった現実です。


復職した自分の気持ちの動きも、誰かの参考になるかもしれないので、書き残しておこうと思いました。

会議が怖いを乗り越えてた

うつから復活して怖かったことがあります。


それは会議。参加するだけのやつじゃなくて主体的に仕掛ける会議ね。


うつになる前から、会議で説明したり発言するのは苦手でした。


怖い理由はたくさんあります。うまく話せるのか。人の目線を浴びて冷静でいられるか。頭が真っ白にならないか。


そして今日。

2月に職場復帰してから簡単な打ち合わせはたまにありましたが、しっかりした会議で発言するのは初めてです。約1年ぶり。


正直ここ一週間ずっと緊張してました。うつとかじゃないけど嫌だなーって感じ。

でも、会議を終えてびっくりしました。


なんと以前より自然に話せました。冷静に。そして人の目線も過度に意識せずに。


うつになる前になんであんなに緊張したのかがわかりました。それは人に査定されることばかり意識していたからです。要は人の目ばかり気にしていたのです。


うつから復活して人と比べることが少なくなってきている僕は、議題にしっかり集中することができました。


誰よりも優秀でいたい→県庁に異動→評価されてる嬉しい→うつに追い込まれる→休職する→誰よりも終わってると感じる→誰からも馬鹿にされてると思い込む→少し回復して馬鹿にされてもいいじゃんと開き直る→役所に戻る→意外に馬鹿にされてないことに気づく→人と比べることが少なくなる→自分自身が成長していればそれでいいと思うようになる(イマココ)


こうなったから変に意識しなくなって自然体でいれたのかもしれません。

やっぱり人と比較するという尺度からは抜けた方が幸せですし、楽ですね。

うつになってちょうど一年

6月でちょうど一年。


昨年の今頃は本当に辛かった。文字にすると短いけど辛すぎた。


メンタルを病む自分を認められなかった。

抗不安薬を飲みながら2週間は頑張れたけどすぐダメになった。

妻と子ども以外のあらゆる人が怖くなった。


世の中の雰囲気も辛かったな。テレビをつければ明るい話ばかり。


今はうつから抜けることができた。ここまでほんとに大変だった。色々と勇気を振り絞る機会も多かった。

復帰訓練で職場に戻った日が一番緊張した。


最近変わったとよく言われる。

たぶん外用の自分を演じなくなったからかな。


昔から男は強くなければだめだという気持ちが強かった。頑固な親父の影響かな。

なので外では繊細な自分を誤魔化し、蓋をして生きてきた。


最近分かったんだけど自分はHSPだった。生まれつき繊細な性質。5人に1人いるらしい。


今の自分はうつになる前の自分より、自分らしいと思う。

人の前に出て目立って、リーダーシップを発揮する人間を演じていたけど、無理があった。


自分は専門家気質で縁の下の力持ちの方が向いている。人といるより、一人でいる方が好きだ。

考えてみれば、小さいときからそうだったな。繊細な自分が恥ずかしいと、いつから感じてしまったんだろう。


止まない雨はない。昨年は土砂降りだったけど、確かに止んだ。

そして人生に意味のないことなんてない。


とりあえず今は毎日元気です。なんとかなった。

絶対無理だと思ったけどなんとかなったな。

場が凍ってたけど大丈夫な自分に気づく

市役所に復帰してから半年。4月に異動した部署には仕事柄他部署の職員がよくきます。


先日、前の前の部署で一緒だったおじさんが来ました。会うのは1年ぶりくらい。


最初私に気づかなかったようです。


そして元々身体が大きかった僕が10キロ以上痩せてしまったのを見て驚いていました。


変わりすぎて分からなかったよ。結構体重落ちたの?大丈夫?


そうですねー、まぁ色々あって、もう元気になったんで大丈夫ですよー。


そんな感じで終わったんですが、僕の部署は狭い部署で静かなので、同僚に会話筒抜けなんですね。


おじさんが帰ったあと、みんな聞いていた感を非常に感じました。とりあえずトイレに行きました。


ただ、ふと思いました。

あれだけ会社に戻る前にうつになって戻ってきたことを人に知られたくなかったのに、なかなかの場が凍る状況でも何とも思いませんでした。


僕は、どうやら人に知られたくないという壁をいつのまにか超えていたようです。


人に知って欲しいとも思わないし、自分から話すこともないけど、知られてもそれが自分じゃんという心境です。

復帰したばかりのときは知られてもヘッチャラだと自分に暗示をかけていたかもしれません。今回は、本当に何とも思いませんでした。


むしろ変におどおどしないで、アッケラカンとおじさんとセンシティブな話ができた自分に驚きです。

うつには時間が必要で、そして時間が解決してくれることがあるというのは、本当みたいですね。

フラッシュバックはたまにある

正式に復職して約4か月。社会人生活に慣れました。

うつからは復活しましたが、パソコン作業をしていると、たまにフラッシュバックが起こります。

県庁でパソコン作業をしていて隣の席に僕をうつに追い込んだ人がいる環境とそのときの気持ちが手に取るように降ってきます。

たぶん仕事が思い出させるんですね。役所の仕事はどこも似てますから。

別にパニックにはなりませんが、気持ち良くはありません。胸が少し苦しくなりますが、すぐに治ります。

冷静な頭で、あのとき辛かったなー…って思い返します。
うつの症状がなくなれば、フラッシュバックにも対応できます。

フラッシュバックがなくなるにはもう少し時間が必要かもしれませんね。

行動しては確認するの繰り返し

最近、責任のある業務も任されつつあります。嬉しさ反面ちゃんとできるかなぁという不安もあります(^^;)


うつから復活して思うのは、毎日が行動と確認の繰り返しだということです。


仕事の打ち合わせってどんな風にやるのか。資料はどのように作るのか。上司への報連相はどの程度やるのか。電話応対はどうだったか。


うつになる前にやっていたことを、同じやり方でやるのか。改めるのか。今の自分は普通にできるのか。できないのか。

毎日行動しては確認しています。


行動する前は少し不安になったりしますが、やってみると安心します。これくらいなら普通にできるし、ストレスもコントロールできている。


そんな毎日を繰り返していくことが大事なような気がします。

うつから立ち直ったらこうなる

2019年6月にうつ病になりました。いま現在は薬も飲んでおらず、うつから立ち直ったと感じています。

 

症状の経過は以下のとおりです。

2019年

5月 うつの症状が出始める

6月 抑うつと診断される

7月~9月 症状の強い状態

10月~12月 症状の軽い状態

2020年

1月~2月 症状がほとんどない状態

3月~   症状がない状態(立ち直ったと体感できる)

 

今は普通に出社していますし、友達とも気軽に話せます。元々自己肯定感が低く、他人の目を酷く気にする性格の僕は、うつになりその傾向が激しくでてきました。

それから、心理士とのカウンセリングや復職リワークで、対処法などを学びました。

 

うつを経験して自分がどうなったか書きたいと思います。

 

①性格はそう簡単には変わらない

自己肯定感が低く、他人の目を酷く気にしてしまう。人とすぐに比べてしまう。これが僕の性質です。色々調べてみると「HSP」の気質もあるようでした。

うつになって当初はこんな自分が嫌いで「性格が変わること=うつが治ること」と考えていました。では、立ち直った現在どうなっているかというと、性格はそんなに変わっていません笑。ただ自分の性質を認め、対処方法をうつことができています。

その結果、重いストレスを感じずに生きることができています。

性質を認め、工夫して生きることで、性質も若干ながら生きやすいものに徐々に矯正されているような気もします。

 

②「普通」に対して幸せを感じるようになった

「普通」の基準は人によってそれぞれだと思います。うつになる前の僕の「普通」の基準は高かったかもしれません。仕事は誰よりも頑張らなければならない。出世しなければならない。男は強くなければならないとかね。

それがうつになって当たり前のことができなくなりました。立ち直った今、本当に当たり前の「普通」がとても幸せに感じます。

ごはんを食べておいしいと感じる。人と話して楽しいと感じる。スポーツが気持ちいと感じる。コロナ禍で色々不自由な世の中になっていますが、それでも日々の生活に幸せを感じることができています。

 

③ストレスに敏感になる

うつを経験して、いい意味でストレスに敏感になりました。ストレスを感じる状況になりそうなときは「これは自分にとってストレスだ」と意識し身構えます。そして毎日なにかしらの方法で発散するようにしています。ストレスマネジメントってやつができるようになったのかもしれません。

 

④冷静になる

うつ病になったとき思い悩んでいたことが、立ち直った今は冷静に考えることができています。僕は自分の弱さがうつ病になった原因だと非常に思い悩んでいました。自分を役立たずだと責めました。こんな人間社会に必要ないとまで思いました。

今冷静になると、そんなことないって普通に思います。

 

他にもたくさんありますが、大きなものは以上です。

最後に、最近ある人が言っていた非常に印象的な言葉を紹介したいと思います。

 

実は最近、私の妻にある病気が見つかりました。近所の病院では原因が分からず、大きな総合病院で何度か検診をしてやっと病気が分かりました。

 

幸い大事にはいたらないものだったのですが、生まれつきの疾患でした。これから先の人生は、すこし意識して生活する必要があります。

 

動揺している妻と私に、その大きな総合病院の先生がおっしゃった言葉です。

 

「人はみーーんな、何かしら抱えて生きているんだよ。それが人生だよ。もちろん僕も患っているものがある。あなたは、たまたまその病気だったってこと。大丈夫。」

 

それを聞いて、僕に向けられた言葉でもあるなと思いました。僕にとっては「うつ」で、ちょっと人よりストレスを感じやすい性質だっただけ。みんな何かしら抱えているんだなと。とても勇気がでました。

 

うつが辛いとき、ネット上でうつのブログをたくさん探しましたが、立ち直ってからのことが書いてあるブログはあまりありませんでした。

更新頻度は不定期になりますが、立ち直ってからの心境も書いていければと考えています。

誰かの役に立てば幸いです。

こんな世の中だけど心の平穏は保てている

コロナウィルスの感染拡大で、世界は第二次世界大戦以後最大の危機。日本も緊急事態宣言で先行き不安。


僕は4月に異動になりましたが、行政運営に必要不可欠かつ個人情報を多く取り扱う部署なので、交代勤務やテレワークはなく毎日出勤しています。


うつの症状はなくなりました。感染の不安や色々行動が制限されることでストレスはありますが、大丈夫です。

本当は感染のリスクを避けるために出社を避けたいものですが、仕事柄難しいのでしょうがないですね。


ブログの更新が久々になってしまいましたが、最近アクセス数が急増しています。

コロナの影響や新年度になり環境が変わったことでストレスを抱えている方が多いのもしれません。


病院に行くか迷っている方は、5月、6月は心療内科が混雑するため、早めに行くことをオススメします。眠れなくなったら、うつの最初の兆候です。


うつがなくなってからは、こんな状況でも心の平穏を保てています。

昨年の今頃、世の中は明るかったです。新しい時代の始まり、令和の10連休。ただ、どんなに世の中明るくても、自分の心が異常だったので、目の前は真っ暗でした。

今は世の中暗い状況ですが、心は正常なので、前向きに生きることができています。

やはりうつは怖いです。


うつになりかけている方は、元気を振り絞る前に、勇気を振り絞って病院に行ってください。

早めに治療すれば、早く治る可能性が高まります。風邪で病院に行くことと同じように考えていいいと思います。それに、いきなり「うつ病です」なんて言われませんから。

睡眠薬をもらうだけでも全然楽になると思います。


病院に行くことを躊躇してしまう気持ちも分かります。でも早めに対応すれば、周囲の人にうつになったことを知られずに治る可能性も高まります。ただ、知られたところでどってこともないです。

政府の緊急事態宣言もそうでしたが、対応が遅いとどんどん厳しくなるものです。

ただ、病院に行く際、感染症対策はしっかり講じてください。


誰かの参考になれば幸いです。

失ったものは元々必要なかったものなのかもしれない

令和元年度は本当に色々なことがありました。

・県庁に異動

・うつで病気休暇

・復帰訓練失敗

・休職

・異動解消

・リワーク

・復帰訓練

・復帰


辛い時間が多かったです。迷う時間も多かったです。泣いてばかりでした。


だけど元気になれました。

病気のときは一生元気になれないと思っていました。


昨年の年度末の僕は、明日から県庁だと気合が入っていました。どんなに忙しくてもやってみせると。市を背負ってるんだと。バリバリやって市に戻ってくるんだと。

今思うと、不安な気持ちに蓋をして、気を張ってごまかしていたんですね。


今日の自分と比べるとだいぶ変わったと思います。心の面で落ち着きました。自分に正直になれた気がします。

自分の性質をしっかり理解したからかもしれません。カッコつけるのをやめることができました。


失うものが多かったけど、得るものも多かった一年だと思います。そして、失ったものは僕にとって必要のなかったもののように感じます。


明日から新しい部署に異動です。新型コロナウィルスで先行き不安なところですが、今自分にできることを見極め、住民福祉のために業務に努めます。肩の力を抜いてゆるゆると。

僕をうつに追い込んだあいつ

僕がうつになった原因で一番大きいのは人です。


県庁で隣席になった先輩。


単純な話で、その先輩に追い込まれました。

目つきが悪く、いつも人に対して威圧的な態度をとっているあいつ。


業務はしっかりやる人でしたが、やり方はかなり雑で横柄でした。

その人はそうでないと、この仕事量は回せないとよく言っていました。

よく言えば要領の良い人間でしたが、基本自分以外の人間を見下してるような気質の持ち主でした。


そいつから僕は仕事をなかなか教えてもらえず、面倒な仕事は全て投げられ、業務が滞りました。そして出来ない僕を罵りました。


たしかに僕にも未熟な点がありました。

でも、その人は大切なものが欠如している人だと思いました。


それは「思いやり」です。


思いやりの無い人。


あいつってなんだったんだろうとこの半年間考えましたが、これに尽きます。


ただ、あいつのおかげで、僕は人を思いやる気持ちの大切さに気づくことができました。


仕事をしていると色々ムカつくことも起きますが、思いやりだけは決して忘れないように生きていこうと思います。


僕を追い込んだあいつ。

正直あいつさえいなければ、と思うときもあるけど。恨んでるだけじゃ前に進めません。


それに思いやりの無い人なんてこの社会には山ほどいます。過去に僕のストレッサーになった人達も、やはり思いやりに欠けている節がありました。


そしてこれからの人生でも必ずそういう人達に出会うと思います。


そしてもし、自分のチーム、部下に人を思いやることのできない人がいたときに、どのようなアプローチをするべきか。自身の経験を活かしていくことができると思います。


僕を追い込んだあいつには二度と会いたくないないけど、いい経験になったのかもしれません。

異動が決まって区切りがつく

県庁への異動が解消され、市役所に戻って早5ヶ月。

 

来年度に異動することになりました。今の部署はあくまでも仮置きのようなものでしたので、異動するような気はしてました。

 

もちろん県庁ではなく、市役所内の部署です。

 

異動が発表されて、本当の意味で今年度が終わったような気がします。辛い、本当に辛い一年でした。でも学びが多く、大きく成長できた一年でした。

 

4月から心機一転です。

新しい部署には、希望も恐れも持たないようにしています。異動先が今よりいいなんて誰も分かりませんからね。ただ、今より悪いというの分からない。

 

今はフラットな気持ちで、できる準備をしておくだけです。

 

とりあえず業務の関係書籍を何冊か買いました。

県庁に異動した際は、異動する前にあまり準備ができませんでした。とてもバタバタしていたので。だけど、今思うとただの言い訳です。もし「うつ」の可能性を考えていたなら、絶対準備していただろうから。

 

肩の力を抜いて、しっかり準備して新年度を迎えたいと思います。

多少のズルを許容する。傷つかない嘘はついても良い。

うつなどのメンタル不調になる人は、完璧主義や真面目な人が多いと言われていますよね。僕も例外ではなく、そういう気質がありました。

 

それに加えて、バカ正直なところがあって、どんな物事も真正面から受け止めてしまう性格でした。避けない。逃げない。

そして嘘をつくのが苦手でした。別に信仰している宗教はありませんが、嘘をついたらお天道様が見ていて、いつか罰があたると思っていました。

だから罪悪感があるのか顔にでてしまうんですよね。

 

そういう気質が自分を追い込んだ要因の一つでもあったと思っています。

なかなか性格は変わりませんが、僕はこれからの人生うまく生きるために、あるルールを決めました。

 

それが「多少のズルを許容する」「傷つかない嘘はついても良い」です。

 

ズルについては人に迷惑をかけず、体制に大きな影響がないものであれば、ズルすることでかなりの時間を短縮することができます。ズルという言葉はあまりいい言葉ではありませんが、他に形容できる言葉が思いつきませんでした。

 

例えば上司に稟議を通すとき、針の穴をつつくような相違に気づいてしまったとしますよね。それを直すのにすごく時間がかかるとき。その相違が体制に影響がなかったら、とりあえず出してしまって、上司が気づかなかったらOKしてしまいましょう。

 

嘘についても同じような考えです。会社の飲み会に参加したくないとき。行きたくないけど、特に予定もない。そんなとき「行きたくないから行きません」だと角が立ち過ぎますよね。我慢して行ったら金もなくなるしストレスも溜まりますよね。そんなときは「明日友人の結婚式で朝早いんです。」と言ってしまうのはOKにしています。誰も傷つかないですから。

 

そんな風に考えるようになってから、かなり社会生活が楽になりました。ただ、ズルも嘘もあくまでも「誠実であること」の範疇を超えないことが大原則ですけどね。

 

誰かの役に立てば幸いです。