紅茶の零しどころ

オタクが気まぐれで書いてる

佐々木李子2ndワンマン「RicoRium~ただ、君に歌いたい~」 感想

某日、佐々木李子さんの2ndワンマンライブに参加しました。

佐々木李子ソロ現場は今回が初だったのですが、あの日彼女のパフォーマンスに衝撃を受けて以来そのことを思い出さない日はなく、持て余した熱の収まりもつかず気持ちのやり場に困る日々を過ごしてます。そんなこんなでその整理をつける意味でも、自分の道標として後で振り返るためにも、あの日感じた何かをここに記しておきたいと思う次第です。

感想と書きましたがもしかしたらこれはもっと個人的なもので、ただの日記かもしれないことは先に断っておきます。

 

経緯

自分が佐々木李子を知ったのは『キラッとプリ☆チャン』から。

虹ノ咲だいあの歌う『フレンドパスワード』にその歌唱力と表現力の高さを知り、キャラとしての彼女に深い思い入れが生まれたところでアーティスト佐々木李子の楽曲にも興味を持つようになりました。

その時はまだ個人現場に足を運ぶことまでは特に考えていなく。が、昨年12月のプリパラ&キラッとプリ☆チャン Winter Live 2019、初めて彼女のパフォーマンスを観た時あのソウルフルな歌声にすっかり心揺さぶられてしまい、それはまあズビズビ泣いてしまったわけで…。

それ以来佐々木李子さんへの関心はグンと強くなったのだけれども、そもそも自分が関西在住で(一般的なオタクの感覚では)移動がそんなに簡単ではないことと時期が時期で研究が忙しく時間的な余裕が無かったこともあり、結局それからワンマンまで現場に通える機会は一度も無く。プリウィン後も芳しくないワンマンの売り上げのために寒い中でも頻繁に路上ライブに赴いていたことを本人やオタクたちのツイートから見ては「苦労してるんだなあ」と思いつつ、自分はそこへ駆けつけられないでいることを寂しく思い悶々とする日々を過ごしていました。

チケットも本当は路上ライブに行って手売りで買いたかったんだよな…。(これを今でも悔やんでる)

 

 ライブの所感

「現場行きてえなあ〜!」という気持ちだけをなんとなく膨らまして待ちわびた2ndワンマン当日。そんなに良い番号でも無かったので知り合いと後から入って適当な場所に収まり、特段の浮かれた気分というわけでもなく順当に開演を待っていた。そうこの時はまだ悠長だった……。

 

凛とした姿でステージに立ち、始まった一曲目「Histoire du Reve」。

目覚めと物語の始まりを感じさせるような透明感のあるメロディに始まり、サビで一気に視界が広がるような展開を見せるこの楽曲はまさにライブのオープニングとして最高だったと思う。聴いていて凄く心地が良くて「これから佐々木李子の音楽の世界が始まるんだ」という予感を一曲目から深く印象付けられた。導入完璧。

続く「Imperfect」「FLAMING」はゴリゴリのロックチューンで、一曲目で温まった心の熱を一つ残さずもっと高い場所へとブチ上げてくれる。あまりにもパワフルで芯の強い歌唱に身体を貫かれて横にいる知り合いにも「マジでヤバい!!」しか言えずもう踊ることしか出来なくなっていたしここで既に佐々木李子の音楽に身体を支配されてたと思う。あの一曲目からこれが出てくるの凄すぎるだろ??

 

MCを挟んでの「ミライドライブ」、可愛いの権化。一転して可愛いポップチューンをも歌いこなす姿には「声優じゃん!!!」となったな...。(声優です)

かと思えば続く「tell you, tell me」では再びロックでハードな佐々木李子が顔を出す。この転換がマジで凄くて、「歌で場を支配するってこういうことか...」と戦慄してしまった。

「酩酊」では更に雰囲気を変えてジャズテイストなステージに。アダルティーでエロティックな歌詞と、それを切実に表現するパフォーマンスに完全に魅せられた。ミライドライブを受けてからのこれはあまりの表現の振り幅の広さに悲鳴が漏れそうになるよ。聴いていて本当に酔いしれてしまうな。

「酩酊」から「Good bye,Liar」に繋がる流れ、これもまたジャジーなムードで自然と世界観の共有がなされているような感じ。この流れは音楽を "聴く" ことの楽しさがあって凄く良い。

 

そして一番言及したかった楽曲「Empty Doll」。

「こういう過去があって今の私がある」という自身の経験を元にそんな心の移り変わりを作詞したとMCで語られていた。この楽曲がもうどうしようなく刺さってこの日最も心揺さぶられたのだが、彼女がこの曲に込める思いとそのストーリーが深く胸に響いたのと同時にそのことに動揺している自分もいたわけで。

本人の体験談である歌詞に唯一で本物の感情を込めて歌声や仕草に一つずつ紡いでいく姿は、まるで本人の身に起きた過去の出来事をそのままステージ上に再演しているかのようで、それはあまりにもリアルで等身大な自己表現だった。

あの場で歌詞と声色から伝わって来たものはあまりに多く、彼女の過去を何も知らないはずなのにどうしようもなくその心情を理解して感情移入してしまっている自分がいた。何も知らないのに全部知ってる気がして涙が零れそうになり、自分でもビックリしてしまった。そんなことある??

思い入れがあったわけでもない楽曲にここまで激しく心揺さぶられた体験は恐らく今までに無かったと程のものだったと思う...。なので感情になるのと同時に「なんで俺こんなに泣けるんだ!?」と動揺もしてしまったし、「なんで俺はその過去を知らないままここに立ってしまったのだろう...」と現実と心情の埋まらないギャップに心がバグってしまっちゃった。初見にもそれ程あの日の「Empty Doll」は凄まじかったと思う。

その「Empty Doll」の作詞について書かれているインタビュー記事をその後読んだけど、まあ無事に再び心が押しつぶされてしまった。この曲の成り立ちや他の楽曲についても詳しく語られているので是非。(下に置いておく)

www.lisani.jp

 

 続く「Knock Out!」では何か枷から解き放たれたかのような印象を持たせる楽曲でこの日一番力強く歌い切り、「Freedom」では正も負も感情の全てをあるがままに曝け出すような歌唱を浴び、完全に佐々木李子の世界に没入させられた。3曲続けて歌い切った後、李子さん自身も「トリップしちゃってました」と一拍置いて我に返ったように言っていたのが印象的だったな。

 

 その後も新譜の「Play the world」でコーレスしたり、「ドリームクライマー」「Fly High」「Under the Flag」のアップテンポなキラーチューンの連続で音楽に踊らされるがままに踊りまくったり跳びまくったりして究極に楽しい時間が続いた。「Under the Flag」とかいう最強の跳び曲が未音源化なの信じられない...。

 

セトリも終盤に入った頃、MCで李子さんの口から語られたのはファンへの感謝の言葉だった。

「そこには自分と色んな出会い方をしてくれた人がいて、昔はただ独りよがりに歌を歌っていた自分だけれど、今ではみんなに届けたいものがあるから歌っている。出会ってくれたみんなにありがとうを込めて。」そんな風に言葉で伝えて歌われた「Departure」。そして「そんなみんなとこれからも一緒に歩いて行きたい」と歌われたアンコール前ラストの「寄り道」。

MCでも語っていた過去に躓いた時期の話やワンマンのチケットが全然売れなくて必死にドサ回りした話のことがフラッシュバックするように思い起こされ、本人の苦悩や苦労をぐるぐると考えてしまってもうこっちは感情移入の渦潮。

その一方で、やっぱりどうやっても自分は彼女の昔のことは知らないのも事実で。その時自分はそこにいなかったのだからそれは当然なんだけど、ただ歌から伝わってくる想いに胸を打たれながらも本当は自分がそれを真に理解する立場にないことを自分で理解してしまっているのが妙にもどかしくて。

今ここにこうしていられることは喜ばしいことだけど、だからこそ「俺もこの人をずっと見てきた人間としてこの場に立ちたかったな……」と思わざるを得なかった。もっと前からこの人のことを追っていたなら、この人が苦しんでいた時そこに自分がいたなら、この大きな感動をもっと確かなものとして近い距離で分かち合うことが出来たのかなあ〜って考えてしまう。これ酷い我儘~。でもそれぐらい佐々木李子の歌には人の心を動かす力があったんだ。少なくとも自分には。

それでもMCの言葉や「寄り道」を歌い上げる気持ちに、形や時期はどうあれど ”今こうして出会えたこと” 全てへの感謝の想いが綴られていて勝手にだいぶ救われちゃった面もある。ここまで来て初現場なのに異常に思い入れを抱いている自分がいることに気付いてしまって、なんか「え、そこまで??」って感じで自分で自分のこと見つめて一周回って笑っちゃった。(良い思い出)

 

客席からの「カーテンコール揺らした~」の声を受けて飛び出したアンコール。

 「カーテンコールを揺らして」、めちゃくちゃ良い曲すぎる。李子さんが初めて「もう歌えないかも」と絶望してマイクすら持てなくなった時、それを支えてくれた周りの人たちからの声に励まされ、立ち直れたことを歌詞にして書いた曲だそうだが、そのストーリーももう歌声を聴けば何よりもハッキリとわかる。「この瞬間をずっと待っていた」と言わんばかりの笑顔で楽しそうに歌い上げる姿も何よりの証左だった。

ここでまた「あ~~、俺はこの歌の中にはいないんだ...。俺はこの人が苦しんでいた時期を知らなくてその時期に支えられる人間じゃなかったんだ...」となって(良い意味で)頭を抱えてしまった。 もはや持病と化した...。それぐらい心にガツンとくる良い歌声だと思っている。サビの印象的なリフレインが一生頭を離れん。

「手作りの歌」、初っ端の歌詞でまた「わ~」って感情になったんだけど何だったか忘れちゃったな。本人が初めて作詞作曲した楽曲。会場全体を巻き込んでの手拍子のやり取りを交わしてみんなで一つの歌を作り上げていくようなあの一体感と手作り感は温かくて、なんだかほっこりしてしまった。本人が「こういうことしたかった!めっちゃ楽しい!」と言ってる姿を見たらなおさら。

オーラスの「Finale」、曲名の通りこの日の終楽章となった楽曲。

この楽曲が生むライブ感と大団円感がマジで良すぎる。サビに跳びポがあるのも神。未来志向の前向きな力に溢れているこの楽曲は、本当にストレートに聴く者にパワーをくれる。ただ真正面からぶつかって来る直球の強い想いに心の底から沸いたし、「この人からもう目を離したくないな」と思わさせられるようなフィナーレだった。これからも共に進み続けていくことをその場で力強く宣誓する、そんな気持ちの良い締め方。あれだけ自己を曝け出した姿を見せられてしまったら彼女がこれから紡ぐ物語を見届けないわけにはいかないんだよな。必ずこの先もの景色を一緒に見たいと思ってしまったので完敗です。

 

その後

 燃え尽きた。燃えカスになってた。

自分はこれが初の佐々木李子ソロ現場なのが信じられなかった。佐々木李子のパワフルでソウルフルな歌唱は本当に良くて、「こんな真に迫った感情を歌に出せる人がいるのか〜...」と唖然としてしまった。

これで「Empty Doll」の歌詞のようにライブが下手だった時期があるなんてまあ信じられない。でもその時の苦悩や苦労は彼女の紡ぐ歌から痛いほどに伝わってきた。何も知らないはずなのに全部わかってしまうという心理状態、本当に脳がバグる。歌声に乗る感情の全部が本物で、そこにしかない臨場感があって、その場で歌われている事象は実際に今そこにある現実の出来事かのように思えてしまう。そんな強力な歌唱力を持っているアーティストなどそういないと覚えるし、ずっと探していた何かをついに見つけてしまったようなカタルシスさえあった。

だからこそ、それを意識するほどに「でも俺、あの人の過去も本当のことも何も知らないじゃん!」となってしまって、それがとにかく悔しくて。その日は夜行バスで帰ったけれど、バスの中で一人「なんでこの人のこともっと早く知れなかったのかなあ」とちょっと泣きたくなるぐらい。本当に良い内容のライブだったからこそ、あの場で歌われていた全てをもっと近い距離で理解して共有したかった、ということばかり考えてしまう。

こういう時どうすればいいのかなあと思って解決方法を探ってみた。出てきたのは「人には人の出会うべきタイミングがある」みたいな言葉だった。そうか〜。

 

いや、うるせ~~!!シバくぞ。

どうしようもないことにどうにか折り合いをつけることは勿論大事だし、生きていく上で必要なことだろうと思う。でもそれは宿命論的な言説を使って自分をなんとか納得させたがっているだけじゃないのか?諦観してるつもりになってるだけなんじゃないのか?少なくとも自分は自分の心にもっと正直でありたい。

マジで悔しくて仕方がないし、もっと早く出会いたかったしか言えない。「出会うべきタイミング……」なんていう凡な思考の類型に納得するつもりはない。それでも今こうしてちゃんと知れたことはこの上ない喜びではあるし、邂逅を選択した自分の行動は間違っていなくて、そのことは忘れたくない。でも悔しいなあと思わさせるのはやっぱりあの歌声あってこそ。

過去には戻れないし、俺はこれからのことしか知れない。だからせめてこれからのことは見逃したくないと思う。

とりあえず後先考えずに2月15日のシナプストーリーのチケットを購入した。購入してからスケジュールを確認したところ、イベントの三日後に研究の最終発表会が控えていた。逡巡する。本当に行って大丈夫かこれ?

 

......まあなんとかなるだろ~~~!俺は行くぞ。いつか「あの時追いかけ始めて良かったな~」とデカい顔で言える日が来るのを信じている。

今度は知り合いオタクも連れてライブに行きたいところ。絶対に巻き込んでやりたいな。

TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ と桃山みらい、虹ノ咲だいあ、あるいは傍観者

桃山みらいと、彼女の持ちソロ曲である『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪』について考察のようなもの。

 

視聴者の予想は裏切り、しかし期待は大きく超えていく昨今のキラッとプリ☆チャン

3rdシーズンの制作がめでたく発表され(本当にめでたい)、2ndシーズンもいよいよクライマックスへと突入している本作だが、その前にここで一つ振り返っておきたいこと...というよりも、この所ずっと自分の胸を小突き続けているとある事項についてお話させて頂きたい。

そういうわけで、本記事では『キラッとプリ☆チャン♪ソングコレクション ~ミラクル☆キラッツ チャンネル~』に収録されている『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』に馳せる筆者の思いを記していく。

(一つ断りを入れておくと、これは主観的な体験の理由を作品の考察を交えて記述するものであり、項によっては客観的視点を排除している側面があります。)

 

『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』を聴いた時、これに貴方はまずどの様な感想を持たれるだろうか。

おそらくは「かわいい」という率直な感想が最もなところだろう。 この楽曲は「キラキラ」や「かわいい」の体現であり、桃山みらいの持つ王道的な少女らしい可愛さや、林鼓子ちゃんの持つ声質のかわいい特性を強く押し上げてくるような作品である。2019年のkawaii of the yearを贈りたい。

 かく言う自分も初めて耳にした時は「桃山みらいとかいう美少女かわいすぎワロタ」ぐらいのストレートな心持ちでいた。(桃山みらいちゃん、世界で一番愛してます)

 

しかし当のソングコレクション発売日、変化は訪れた。初めてこの楽曲をフル尺でしっかりと聴き込んだ時、「かわいい」を始めとするポジティブな感情と同時に、そうでない感情もまた自分の胸につかえるのを覚えたのだ。なぜか心がざわめくような、焦心するような、それは「切ない」に類する感情だった。

果たしてそれが何だったのか、ここで誰かに共有したい。

 

桃山みらいの視点から

桃山みらいは、この歌の中で常に希望に満ちた瞳で頭上の星を見上げている。

それはとても純粋で無邪気な未来志向であり、胸のときめきと輝きたい気持ちを信じて止まない意思の強度はもはや眩しくさえある。見えぬ先への不安や悩みなどをその口ぶりから匂わせることもなく、どこまでも純真な強い未来向きの思考が歌詞には綴られている。

やってみたいことが沢山あるキラキラの未来を想い描いた桃山みらいの前のめりな衝動に、詩とリズムで輪郭を与えた時に生まれるのが『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』だ。

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つまり、これは果てしなく「自分のための歌」なのである。桃山みらいが他でもない自分のために放つ歌だ。

52話(2ndシーズン1話)『ドキドキ!わくわく!ジュエルオーディション開幕だもん!』でも語られた彼女の大目標は「あまねく人々にキラッとを届ける」ことであるが、それは「輝く自分」という自己実現の延長線上にある目標であり、ここで彼女の瞳に映っているのは憧れの人や友達の姿でもなく、未来の自分である。

それは、りんかの『夢色エナジー』やえもの『えもめきピッカーン』のように誰かの背を押せるような言葉を送るのでもなく、さらの『My Secret heArtbeats』やだいあの『フレンドパスワード』のように誰かへの想いを詩にするのでもない。

「輝きたい」の気持ちを桃山みらいが解放するこの歌の中には、彼女の他に他者の存在が浮かび上がることがほとんど無く、誰か(=キミ)に届けたい歌ではあるものの、それを歌い上げる気持ちはひたすらに自分自身へと向かっていることが見て取れる。彼女は誰かのために輝きたいのではなく、喜びに満ちた自らの輝きを、近くの分かち合える誰かとただ共有したいのだ。桃山みらいもまた主体的な煌めきの拡散者なのだろう。

 これは、他者が介在することなく自分自身の内面を描き切っているという点で、特に関係性を重視した2ndシーズンの楽曲群において他のキャラクターたちと決定的に異なっているといえる。

この話の焦点はここにある。

 

桃山みらいの普遍性と特異性

トピックを少し過去に戻すが、桃山みらいはニュートラルな性質のキャラクターである。

地に足が着いた物語の中心となるよう、至って普通の女の子として設定されている。主人公でこそあるがそのキャラクター性は光でも闇でもなく、あえてカテゴライズするならば無属性な女の子である。彼女はリアルな等身大の女子中学生として描かれている。

なので、凄く親しみやすい。ボーッとして何を考えているか分からない時もあるが(これは単純に何も考えていないことが多い、中学生なのでそういうところもある)、それが桃山らしい身近さであるし、かわいいところでもある。普通に物怖じもするし、無理なことは無理だし、別にいわゆる聖人でもない。日常の中で起こる普通のことに、普通だからこそ気付ける価値を見出して、それを身近な誰かと共有することができる。そういった色々を含めて、リアルな年ごろの少女のニュートラルで親しみやすい可愛さを持ち合わせている。(ただ顔は死ぬほど良い)

 だからこそ、虹ノ咲には桃山が特別だったのだとも思える。対人スキル皆無の虹ノ咲にとって、桃山が現実離れしていない身近な女の子であることは一目惚れしたその顔の良さと同じくらい重要なことだった。彼女に憧れるのと同時に、彼女が普通ゆえのその近しい距離感に「彼女に近づいてみたい」と素直に思えた側面があった。

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  しかしそんな桃山にも、物語が進む中で露わになっていた非凡な面がある。それは彼女の強靭な行動力だ。

桃山は一度やると自分で決めたことは、どんな障害があれどそれを必ず完遂まで導いてしまう力を持っている。自分から前に出ることは少ない彼女だが元より努力家である上にクリエイティブな才能を持ち合わせているため、外部から行動の動機さえ与えられてしまえば最終的には(たとえ強引にでも)彼女は目標まで辿り着くことが出来てしまう。やると決めるまでは奥手なところもあるが、一度やると決意してからのパワーが非凡であるのだ。

デビューを前にしてプレッシャーに負けそうになった萌黄の手を引っ張ったのも、意思を行動で示して引退を決意していたアンジュを引き留めてみせてしまったのも、一度覚悟した時の桃山の図太い行動力のなせる結果だった。それは善や正義の意思から来るものではなく、ただ自分が「やってみたい」と思えることを貫き通したものであり(ともすればそれは危うさでもあるわけだが)、正に「わからなかったらやってみよう」の体現者であるともいえる。

 1stシーズンではまだ桃山自身がそれに無自覚な場面も多く、彼女の周囲で発生する問題によって動機が与えられることでその能力は外的に引き出されてきたわけだが、それらの様々な経験から桃山は自分の得意とする・興味のある分野が何なのか次第に掴み始めることとなる。

そして2ndシーズンでは桃山も徐々に将来的な大目標を思考するようになり、今や主体的に方向性を与えられる彼女の強靭な行動力はまさに彼女自身の夢の実現へと向かって進むようになった。

その我を通し目標へ直進する強い力の現在地こそが『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』に示されている、というわけである。

 

桃山みらいを見上げる者の視点から

本題に戻ると、『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』は桃山みらいが桃山みらいのために歌う歌であり、歌詞に現れる受け手としてのキミは誰でもあって誰でもなく、ほとんど桃山みらい一人で完成される歌である。

よって、それを歌い上げる桃山に関心を向ける誰かが、その場においてそこに関与する席は予め用意されてはいない。そこに双方向のコミュニケーションは事実上存在しておらず、気が付けば彼女の姿を一方的に見上げるばかりとなる。本質的にステージ上での桃山の関心はほとんど彼女自身に向けられており、その自立する求心力はあまりにも強力で、桃山の意思決定に他者が介在する余地は今ここに見当たらない。

それを理解した瞬間、自分の胸に小さな棘が刺さるような感覚を覚えた。これはきっと、虹ノ咲にとってもそうだったのではないかな…と思っている。

 

その感情の正体は何であるのか。

まず、地に着けた足を強く踏み込み、今にも夢に向かって飛翔せんとする姿勢を取った桃山を見て「もしかすると、みらいちゃんはどこか遠くへ行ってしまうんじゃないか」という予感に不安を覚えたことに端を発する。

身近で親しみやすさのあるかわいい女の子だと思っていた桃山の人としての成長を唐突に突き付けられた気がして面食らってしまった。彼女が努力家であることは理解していたが、いつの日かここまで眩しく見上げようとは覚悟できていなかっただろう。やけに頼もしくなってしまった桃山の後ろ姿は、嬉しくもあるが寂しくもあり、何かと追いつかない気持ちも残るのだ。

桃山は自分の夢を見つけ、自分の翼で高く飛び立とうとしている。自分(そして貴方)はその旅立ちをただ見送るだけの視点に立たされていることに気が付いた時、何か取り残されてしまうかのような寂しい気持ちに胸を刺される。「みらいちゃん、置いていかないで……」と縋ってみても、たぶんその願いは桃山に届かない。桃山が遠い人になってしまった未来の寄る辺なさを考えたとき、何か心に穴が空いたような感覚に見舞われてしまう。

 要するに、この歌に見えた桃山みらいの眩しい背中との間に空いてしまった距離に、どうしようもなく哀愁を感じずにはいられなかった。彼女にはもう自分の力で飛んでいける強さ(それはきっと自己同一性の達成でもある)がある...。それをこの楽曲に否が応でも知らされることになったのだった。

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つまるところ『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』とは、現在に至るまでの桃山みらいの地続きのストーリーを有している非常にエモーショナルな楽曲なのである。

彼女の成長に想いを馳せてしまった時、なおのこと咀嚼の甲斐がある一曲だ。

桃山みらいがどう成長し、現在地はどこで、そしてこれからどこに向かうのか。それが、彼女の青春のライブ感と共にこの楽曲には刻まれている。それを色んな距離から眺めた時、桃山みらいに対する「かわいい」だけじゃない様々な体験がそこに発生していれば、それはとても楽しいことで、良いことなのではないかなと思う。

今後の物語の中で描かれるであろう桃山みらいの到達点、それは果たしてどこになるのだろうか。2ndシーズン、そしてその先のこれからが今から楽しみでたまらない。

 

音楽的観点

そんな『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』だが、歌詞から見えるキャラクター性以外にも、メロディにもまたその感情体験を呼ぶ仕組みがある。

端から弾むようにシンセを鳴らすイントロは湧き上がる高揚感を生み、繋がるAメロではチルしたかと思えば、上昇クリシェで徐々に気持ちを行きたいところへ上げていく。

Bメロでは浮足立つ気持ちを表現するかのようにふんわりやわらかいメロに夢見心地で、下降クリシェ→上昇クリシェの進行が最高に良い。

サビで転調し、メロはほとんどヨナ抜き音階。これが和風でノスタルジックな雰囲気を出しつつ、煌びやかでやわらかな可愛さを演出している。合いの手のかわいさ全一。

どこまでもスケールの大きな夢を見ていて、そこへ向かって自由に羽ばたいているような心地のCメロには、桃山が見ているキラキラした夢をまるで追体験させられることとなる。

メロディ全体を通して、夢見心地でふんわりやわかな可愛さを全開に出しつつ、どこか切ない郷愁感が耳に優しく残るところに、感情を呼び覚ますスイッチがあるように思える。

 

虹ノ咲と、傍観者

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向かう先を決めた桃山みらいの意思は力強く、彼女の歌う『TOKIMEKI ハート・ジュエル♪ 』は時として眩しすぎる。

だからこそ、それを目の当たりにした虹ノ咲が桃山に対する「かわいい」「好き」「自分もそうなりたい」の感情を肥大化させると同時に、光あるところに影があるように、「自分にそんな力はない」「近くて遠くに感じる」「自分には無理だ」という心理的な負荷が彼女の心に深い影を落としていた気がしている。

みらいちゃんみたいになりたいけれど、みらいちゃんみたいにはなれない。打ち明けられない秘密と、憧れのジレンマが虹ノ咲を悩ませる。彼女と同じ場所に立ちたいけれど、とても自分にはそこに追いつける自信が持てない。桃山みらいの未来志向はどこまでも純粋で、強力で、きっと彼女には眩しすぎた。しかし、というか、だからこそ、そんな輝く彼女が大好きで憧れだったのだ。近くて遠いみらいちゃん...いつかの虹ノ咲の涙にはそういう諦観との闘いもあったと思う。

一人で思い詰めがちな(それ以外の方法を彼女は知らなかったので)虹ノ咲は、見上げた輝きが自分の後ろに落とす影をふと振り返った時、その埋まらないギャップに心のどこかで暗澹たる気持ちを抱えていておかしくなかった。というか、きっとそうだったのだろう。これがエンパシーなのか、自己投影なのか、虹ノ咲から見える世界の視点にいつの間にか自分を重ねていた部分もあったかもしれないが、それはあえて考えないでおく。

 

そして、第89話『聖夜はみんなで!ジュエルかがやくクリスマス!だもん!』にて。

虹ノ咲だいあは、桃山みらいたちと同じ陽だまりへと辿り着く。半歩踏み出した勇気と臆病を、みんなが受け入れてくれた。いつの間にか生まれた繋がりは、もう疑わなくていい、確かなものだった。彼女はきっと、もう大丈夫だ。ここではない、そこにいる。虹ノ咲だいあに祝福あれ、私であり貴方であった傍観者からそう告げよう。

 

 

 

 

 

P.S. つまり桃山みらい、お前を世界で一番愛しているのは...…俺だ......!

渡部優衣 FUN FAN BIRTHDAY PARTY 2019

オタク一年間の締めくくり。

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今年も12月4日にお誕生日を迎えた渡部優衣さんをお祝いするバースデーイベントに参加しました。

誕生日にオタクと集まって推しをお祝いできる現場、いつもあったけぇ。本当に感謝。

イベント開催日が12月7日で私の誕生日でもあったので、誕生日祝いに推しの誕生日を祝える(?)というオタクにとってこの上ない一石二鳥でした。

 

今年は昼夜の二部制で、昼の部はコーナー盛り沢山のイベント形式。

㌧活会議のコーナーでは、事前に集めたアンケートを使って今後の渡部優衣さんの活動内容について本人の意見交えてミーティング。

「これやりてぇ〜」や「これやってくれ」というオタクの要望が赤裸々に出てくるのと、それに対するリアクションから本人もやりたいことやあまり乗り気じゃないこと(写真集など)も色々分かったのが良くて、「フムフムなるほどね」という顔付きで見ていたらその伏線回収が如くその場で沖縄キャンプツアーの開催が告知されてしまいひっくり返っちゃった。

 

7月に行ったバスツアー(FUN FAN TRAVEL 2019)を振り返るコーナーではその時のムービーをみんなで鑑賞したけど、知ってるオタクの顔がサブリミナルに見切れてたり逆にガッツリ映ってたりしてちょいちょい笑わさせられた。バスツアー、良い思い出だ。

その時のウォークラリーで出題されたお題ボードが抽選でプレゼント(なぜ?)されたんですけど、それがよく知った仲良しのオタクたち3人に当たってウケるし、ウケてるオタクたちの繋がりをゆい㌧にも認知されてるわで、3人とも笑いながら「これどうやって持って帰るんだよ」と困っていて爆笑した。笑いの神が降りてたな…。

 

ゲーム対決コーナーではジャンケンで選ばれしオタクがゆい㌧とSwitch版パワプロのホームランバトルで対決。勝ったらチョコバットが貰えていた。声優イベント、ステージの上でオタクとゲームやりがち。

巨人ファンで知ってるオタクがオレンジタオル担いでステージ上でバトってる絵面が面白すぎて笑い散らかしたけど、勝負は普通にボロ負けしてたの死ぬほどウケた。

 

カラオケコーナーはゆる〜い雰囲気で、本当にただ本人がプライベートでのカラオケを楽しんでるくらいのノリ。選曲に世代感が出てたけど全部知ってる曲だったから普通に楽しかったな〜。水樹奈々をメドレーで歌うことになってオタクがAstrogation待機してたらマジで来てしまい(迷惑にならない程度に)ニコニコしながら推しにアストロドライブを打てているのが見られて良かった。「今日はレギュとか無いから」とちゃんと本人から許可があったのでセーフです。

 

 

お時間飛んで夜の部は昨年同様のパーティー形式。

会場がカルカルで今年もコラボフードあり。
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コラボカクテルのスペアミント、めちゃくちゃ飲みやすくて結構美味いんだなこれが…。好きな人を凝視しながら飲める酒は最高なので神。よく見たら去年より値段が安くなっててお得感がある。

 

毎年恒例の渡部優衣にまつわる謎知識(運ゲー要素アリ)を競うゆい㌧マスター、今年も負け負け〜。「誕生日の日に最初に食べたものは?」の答え、リプ返企画の時のリプの一つにヒントがあったと聞いてチェックの甘さに悔しくなってしまった。来年は負けへんわよ。

 

ゆい㌧への質問コーナー、開演前にお席にアンケート用紙が配られていたけど、着席が遅くなって質問を考える余裕が無かったものの何も出さないのも勿体無く感じたので「自分も今日誕生日です祝ってください!!」と雑に書いて投げてしまったんですね。いや本当に読まれるとか微塵も思ってませんでした!!

渡部優衣さんが皆の前で自分のためにハッピーバースデートゥーユーを歌ってくれて周りのオタクも皆それに乗ってくれて、普通に頭がパンクしてしまって訳わからんまま頭下げまくってたし赤べこになっちゃってた。嬉しいけどいざやられるとマジで恥ずかしい!!でも最高の誕プレになった。一生忘れません。

しかしこれ質問コーナーなのに質問でも何でもないし完全に私事で、それに一枠使われてしまうことはめっちゃ申し訳なかった。マジでごめんなさい。この場を借りてお詫びします。二度はやりません。

 

最後に一曲、イベントの締めくくりにデビューアルバムから『Say La La La』を披露。たぶん3年ぶり?

懐かしい気持ちで聴いていたら時間の経過をビシバシ感じてしまってめちゃくちゃしんみりしてしまった。

やっぱり渡部優衣さんの歌が好きだなぁ。ガッツリ歌うライブもいつかまたやって欲しい。

 

今回も有り難いことに帰り際にお見送りの接近があって、直接お祝いのメッセージとプレゼントを渡して帰りました。プレゼントにはお手紙と海外に行った時のお土産に添えて今年も色紙をお渡ししました。自己評価で去年より絵が上手くなったので自信持って渡せて良かった。

 

毎年のこのバースデーイベントが自分にとって一年の締めくくりのイベントで、今年はあんなイベントがあったな〜とか今年も渡部優衣さんは可愛かったな〜とか思い返して一年の思い出を整理したり、仲良しのオタクたちと集まれることがとにかく嬉しいし楽しい限り。

普段は現場でも会えない人とも年一のこの機会には会えたりして、それも楽しみでもあったり。

仲良くしてくれる知り合いが沢山いて、新しく知り合える人もいたりして、ここに来る度に「やっぱここが好きだな...」としみじみしちゃうな。

本当に良い現場なので、来年もその先もこういう場が続いてくれたらと願っています。

 

渡部優衣さん、改めてお誕生日おめでとうございます。

来年も気ままに楽しく応援していきます。

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追記

その後、自分の誕生日を祝いにイベント終わりに集まって来てくれた別の知り合いのオタクたちとストアルしてたら無事に夜行バスをジャーした。二度とストアルはしねえよ〜!!