さかみち

酒を呑んで千鳥足で歩くひねくれた道

豚バラの味噌漬け

基本的にずぼらだ。

仮に自由に飛び回る翼が生えていても飛びもしないと思えるぐらいにずぼらだ。

だからなのか、ほっといたら勝手に完成するツマミを好んで作る。

ただ、味はなかなか優秀だったりする。

 

豚バラが安く手に入った。

そんな時には豚バラの味噌漬けを作る。

 

豚バラを蒸し器に、ただ置いて、ただ火をかける。

だんだんと立ち込めるとんこつラーメン屋のような匂いを宛てにしながら酒をやる。

 

蒸し始めて、3機目の飛行機が私の頭の上を無断で横切ったぐらいに火を止める。

 

ぶんぶんと、、、いまいましい。

 

タッパーに味噌をみりんで適当に伸ばして泥のようにする。

伸ばしていると、なぜか泥に親近感を覚えて酒が進む。

タッパーに豚肉を移して、泥を塗りたくる。

 

冷蔵庫にでも入れて冷えたらちょうど良い塩梅だ。

 

泥まみれになった肉を綺麗にして、スライスしてやり、ネギでも、胡麻でも好きにかける。

唾をのみこみ、酒をグラスにつぐ。

 

そしてちょうど4機目の飛行機が私の頭の上を無断で横切った。

今の私は彼らに同情していた。

 

夏のキンミヤ

まだまだ若いつもりなのに、ビールが腹に突っ張って呑めない時がある。
一昔前は夏にビールなんて何杯でもいけたというのに。
一人で生ビールの樽を空ける日なんてのもあったくらいだ。

 

さて、焼酎には知ってのとおり乙類と甲類ってのがある。
普段、私は芋なので乙類を呑んでいるのだが、高温多湿の日本ですっきりしたい時には甲類を呑むこともある。そして飲む甲類は決まってキンミヤだ。

薄口のロックグラスに氷を入れてキンミヤを注ぐ。そしてレモンを絞る。
爽やかに喉を通っていく。口の中のもやもやも連れ去ってくれる。

そういえば学生の頃、少しの間寮住まいをしていた事があって、韓国の甲類焼酎ジンロを隠し持って夜な夜な寮生とやったものだ。
別にその時はなんとも思っていなかったけれど、なかなかに良い思い出な気がしてきた。
あんなに酒に興奮したりする時代もあったのだなとしみじみ感じ入る。

 

グラスに注いだ二杯目のキンミヤは今一度しっかりと味わうことにした。

 

メジマグロ漬け 卵

近くのスーパーにメジマグロが売っていることがある。

正直刺身として美味くはない。なのに、スーパーで本マグロの子供ですなんてポップ作って売っていたりする。それも悪くない値段でだ。少し品位を疑う。

 

しかし最近では、本マグロが減っているのでメジマグロは買わないでと運動しているところもあるが、この欲望の世界では無意味に近い。パンがなければケーキを食べればいい。数が減れば養殖技術を生み出せばいい。なんとも不細工な世界だ。

 

しかし彼らに罪はないのだ。大きくなったら大成するのに早めに芽を摘まれただけなのだ。

もう捕られてしまったのだ。マグロといってありがたがる日本人の需要は減らないのだ。

そんなことをグダグダ考えつつ値段が大幅に安い時は購入したりする。

言い訳しながらでなければ、なんとなく買ってはいけない気がするとは厄介なやつだ。

 

刺身で食うにはやや寝ぼけた味なので、漬けにする。

みりんと醤油を1:1。それに少し酒を垂らす。酒は日本酒でも焼酎でも泡盛でもその時の気分でいい。

その中に切ったメジを放り込む。

1時間も昼寝すればねっとりとした身のメジマグロの漬けが完成だ。

すき焼きみたく、卵の黄身なんかで食べてみるのもよい。きっと酒がすすむ。

うまい、うまいと酒が進む。

 

不細工な世界には慣れっこさ。

 

 

 

空芯菜出汁浸し

空芯菜は中華の街池袋に住んでいた時に初めて出会ったのを覚えている。
ただの青菜炒めのようだったが、しゃくしゃくした歯ごたえの茎と汁の絡む柔らかい葉っぱが私を中毒にした。
鬼の敵かというぐらい大盛りの空芯菜紹興酒で流し込むのが幸せだった。

中華だけではなく和風のお浸しにしても美味しい。というか、定番の小松菜とか他の青菜を超えるお浸しだと私は思う。出汁の中に刻んだ空芯菜を入れて煮る。先に茎を入れ少し煮えたとこで葉っぱを入れる。そんなに沢山煮てしまうと個性が死んでしまうので適当に調整する。ちなみに、私は飛魚の出汁で煮るのが好きだ。

冷酒をぐびぐびっと飲み、空芯菜をつまむ。
しゃくしゃく、そして出汁がじゅっと出る。
そしてまた冷酒をぐびぐびと止まらない。

しかし、中身が大きな空洞な癖して生意気だ。
私も君に似ているはずなのに、君の様にはなれそうにないよ。

 

 

キュウリとチクワ

少し呑んだ後に入った店でつきだしとして出てきた。
不思議な落ち着きを覚えて以来、実は好物だ。
チクワにキュウリを入れて適当な大きさに切ってある。
ワサビやたたいた梅を添えてあるとなお良い。

しかし、ぱっと出てくるとなんか侘しさを感じる一品である。
何故これを店に入って食べなければならないのかとか考えてしまう。
うちの店でメニューに書いていても頼む人は皆無に近い。

だけれども、私にとってはなんとなくそんな侘しさが自分と重なって酒がすすんだ。

世の中には鯛のお造りみたいな人もいれば、北京ダックみたいな人もいる。
そう私はスーパーに100円で4本入ったチクワにキュウリを無理やりつっこまれた、そんな彼に似ていると感じるのだ。

なんか、落ち着くだろ?