今回は「レースレポの章」と「脳内反省会」の章に分けて1回読み切りで書くことにした。
<レースレポの章>
トイレはそこそこに
今回は会社のランニング部の仲間、僕を含めて5人で参加した。
といっても、駅で集合とかはしていないのでSMSのグループチャット、LINEのトークルームで行動を共有しながら。あとはゴール後に合流という感じだ。
TXに2本の特別列車(臨時便の追加でなく、通常は快速電車が通過する研究学園駅に停車する変更)が設定された。
研究学園駅に6:32、7:13に着く2便。
2便の間隔が結構広い。1本目は早過ぎるし、2本目でも充分間に合うけどもうちょっと早いと余裕があって良いんだけど、という感じだ。僕は2本目に乗ることにした。
TXには秋葉原駅でJRから乗り換えて乗車するのだが、ここでのトイレタイムを余裕を持って設定していた。ところがトイレに全く並びがなく、スムースに出来てしまったので、特別便より2本前の列車に乗ることにした。それでも乗客の9割以上はランナーという感じだ。
研究学園駅に着いて、さらに念の為トイレに行っておいた。ここでは列に並んだが、なかなか進まず(改札外のトイレは個室が1つしかない!)、いざ自分の番になっても出るものは無かった。どうも心配性で何度もトイレに行ってしまうが、無駄なことはやめよう。
結局、2本後の列車で来た人達と同じタイミングでシャトルバスの列に並ぶことに。列がこれまで見たこともない長さだ。1本目の列車の方が良かったのかもしれない。
マラソンってこんなに苦しいんだっけ?
バスの列に並んでいる時から雨がパラつき始めた。前回参加の2019年の時は前日の雨で大会本部周辺の地面は泥々の状態だったが、今回会場に着いてみると人工芝に変わっていた。
更衣テントで着替えてから、会社のメンバーと落ち合おうと思ったがうまく探せず時間もあったので荷物預け。といっても指定エリアを置くだけだが…でもこれって預けてしまうよりいつでも荷物にアクセス出来て良いと思った。心配なら貴重品だけロッカーに入れれば良いのだ。
その後、はてブロの陣地があるのか、これまで参加した時にあった辺りを彷徨いてみたけど見つからず。
小用を済ませて、スタート地点に向かう。
Bブロックに並ぶと、ブラザーさん、りるさん、ちみさん達と同じ辺りに。少し前にえいさん、少し後ろにひらぶーさんというポジション。
スタート地点は前回2019年よりずっと前だったので、スタート後の渋滞もその分進みは早かった。3kmを超えた辺りからキロ4前後のペースに。
レースの時はスタート直後からキロ4あるいはそれ以上でも苦しさを感じないのだが、今回は10kmを超えても楽にならない。
心拍も高めでペースを重ねると
後半歩いているようなペースでもそれほど下がっていない。
いつもは、「楽に走っているのに、このペースが出せてる」という感覚でレースを楽しく走ることが出来るのだが、それが出来ない、楽しくない。
メンタルがそうなってくるとパフォーマンスも上がらず負のスパイラルだ。苦しくても無理に笑顔にするということさえ忘れていた。
ハリー杉山さん集団に救われる?
そんな感じだったので、どの地点か覚えていないが、随分前にパスしたハリー杉山さん集団(ゲストランナーとしてNHK「ランスマ」の取材でハリー杉山さんが走っていた。GoPro?も並走して撮影しているのもあって小集団になっていた)がすぐ後ろに迫って来ているのが分かった。
「ハリーさん集団を足切りの回収車と思って踏ん張ろう」としばらくペースを維持していたが、「いや、集団に入って走った方が楽だな」と気付いて集団に入ることにした。
これが思った以上に楽でしばらくは、ハリーさん集団の中で走った。ハリー杉山さんは周りで走ってるランナーや沿道の応援の方に声掛けられるとちゃんと応答していて凄いなぁと思った。仕事でもあるとはいえ、真剣勝負で走っているのだろうから余りそういうことにエネルギー割きたくないだろうに。
何キロ地点か分からないが、沿道で海老蔵さんが応援してくれていた。いつもの赤い撃沈シャツだ。今回ランニング関係の事前情報をほぼシャットアウトしていたので、海老蔵さんが応援に来られていることは知らず、嬉しい驚きだった。ここでまたパワーをもらった。
でも、結局今の自分には明らかに過ぎた目標によるオーバーペースだったので、22.5km地点の給水で少しペースを落としたところから集団から遅れ始めた。
そうなると、もうペースを戻すことはもちろん、維持することも出来なくなり、気持ちの糸が切れた。
後はズルズル。
ここからゴールまで、まだ20km近くある。
このペースで進むといつになるんだろう?もう途中棄権して回収車で帰りたい。でも寒い中ただ回収を待つのはもっと辛い。道路を使わせてもらっているので、バスやタクシーもない。
結局トボトボ走るしかないのだ。マラソンって辛いなあ。
真っ赤な救世主再び
そんなネガティブの塊みたいな状態で走っていると、30kmの地点で沿道の赤い激沈シャツが目に入った。海老蔵さんだ!
海老蔵さんも気付いてくれて「どぉした〜?」と声を掛けてくれる。
「潰れちゃいました」と答えると、
「楽しんで!」
と声を掛けてもらった。
この一言に救われた。
そうだ、もうタイムなんて関係ないんだから、景色でも眺めながら、のんびり走れば良いんだ。
そう思っただけで、気持ちも身体も楽になった。
だが、やはり気持ちだけで復活できるレベルまで鍛えられていない身体では何ともならなかった。35km過ぎ位からだっただろうか?左の脹脛が攣ってしまった。攣りの程度は軽かったので、そのまま走り続けたが37〜38kmは7:53もかかってしまった。
なんだ、走れるじゃないか!
大学構内の折り返しのスライド区間(いつもここが長く感じて苦手なポイントなのだが、今回は意外に短く感じた)が終わったところでGARMINが40kmのラップを表示する(公式の40kmは角を曲がってもう少し先)。経過時間を見ると、「あれ?残り2kmをキロ5分で走ればサブ3.5はいける」と気付いた。
そう思うと脚が動いた。
走りながら、左に続いて右足の脛にも攣りがきたが、走れる程度だ。
結局、40〜41kmは4:14、41km〜42kmは4:33のペースで走っていた。
なんだ、走れるんじゃないか!やっぱり脳がブレーキ掛けちゃってる部分は少なくないのだろう。
3:27:00でゴール。
<脳内反省会>
さて、脳内反省会。
反省点は、もう単純明快で、
練習不足、以上。
で終わってしまうのだが、少しだけ付け足しておく。
練習不足ではあったのだが、正直、もう少し粘れるとは思っていた。
だが、それを冷静に判断して見合ったレースプランを立てなかったのが間違いだ。
今回は前回2019年(ネットで2:52:27)の自分のGARMINのデータをトレースして走ることにしてしまったのだ。前回出来ていたことなら終盤多少崩れても、松:エイジシュート(2:57台)、竹:サブ3、梅:サブ3:15などと考えていた。
結局、スタートする前に負けていたということだ。
唯一レースでの失敗としては、走っていて調子悪いの分かった時点でリセットした目標に合わせた走りにするというオプションを選ばなかったことだ。
チャレンジはレースではなく、練習でするものなのだ。
岩本能史さんの言葉「レースはトレース」を再認識した。
まあ、これまでにも同じ経験と反省はしているので、分かってはいるんだけど。練習積めていなくてもやってしまうのは治らないかな。
自分にとっては前々回になるつくばマラソン(2017)で撃沈した時も、こんなことを書いていた。
最初からもっと安全圏内のペース設定で仮にサブ3.5を目指したとしても、30km以降が未知数だった今の状態では達成出来たか分からない。いや、仮に達成出来たとしても突っ込んで失敗したよりも満足感が得られたとは思えない。
だから、これで良いのだ。悔いはない。
そう思えた。いや、思うことにしたのかもしれない。
結局、マラソンの42.195kmのスタートラインは最終コーナーを回ったくらい。本当のスタートラインはもっと前に引かれているのだ。
marathon.hatenablog.jp
でも、その2年後、つくばの落とし物はPBという形で回収した。
marathon.hatenablog.jp
失敗→成功→失敗と来たから、次は成功だ。
来年、リベンジするか?