マグカップの中の明日

どこかのだれかのある日

12月20日

冬の夕暮れ時が怖い。

少しずつ暗くなる空に、自分も溶けていきそうだから。

 

大学に行くのもあと少し。この家に暮らすのもあと少し。

就職を機に春から一人暮らしをすることが決まった。

色々なことがカウントダウンされていく。

 

猫の金ちゃんは連れていけない。

金曜日に拾ったから金ちゃん。白い体に黒いぶちの大猫だ。

 

年が明ければ、卒業論文の提出と卒業式、卒業旅行の予定が目白押しだ。

きっとすぐ、この家を出ていく時がやってくる。

 

冬の、駅から家への帰り道、いつも空に吸い込まれそうな気がした。

家に近づくと漂ってくる夕飯の匂いが、いつも私を引き留めた。

 

新しい街に、私を引き留めてくれるのだろうか。

2月7日

朝、カーテンの外がいつもより明るかった。

隣の子供を起こさないように布団から出て、カーテンの隙間から外を見た。

「あっ」

雪が積もっていた。どおりで寒いはずだ。

昨晩の予報ではこの辺りは積らないと言っていたのに。

 

リビングへ降りてストーブを付けた。

トーブの周から少しずつ空気が柔らかくなっていくのを感じた。

 

着替えてから朝ご飯作る。その前に洗濯機を回す。

この時期の洗濯はあかぎれだらけの手にはつらい作業だ。

今はまだ小さい子供の服も、そのうち大きくなるのだろう。

 

今日は子供も学校は休みだし、雪遊びをしたがるかもしれない。

去年は数センチしか雪が積もらなかったから、こんな高く積った雪を実際に見るのはあの子にとって初めての経験だ。

 

携帯が鳴った。夫からのメールだった。

「こっちはかなり積ってるよ。健太は雪遊びするのかな」

 

単身赴任は残り1年半ほどだ。

数か月会わないだけで、子供はどんどん大きくなるなあと言っていた。

最後に帰って来たのは正月だったか。

久しぶりの父親との再会はそっちのけで、遅めのクリスマスプレゼントに夢中だった。

 

積った雪に大興奮の子供は、いつもの数倍のスピードで朝ご飯を食べ終えて、雪遊びをしに行った。

 

「ママ、雪だるま作ったよ。見に来て」

片付けを終えるころに玄関から子供が読んだ。

すぐ行くね、と返事をして急いで片付けを進めた。

 

「これがぼくね。これがママ。これがパパだよ」

写真に撮って、夫に送ろう。真っ赤な鼻の子供とともに。

 

 

 

 

 

8月10日

お風呂が壊れた。

正確に言えば、お風呂の蛇口が折れてしまった。

 

この部屋に住み始めて3年になるけれど、このアパート自体はかなり古くて

大家のおばあちゃんの話によると築40年は下らないという。

 

壊れては直す、壊れては直すを繰り返したアパートのこの部屋は、自動洗浄機能付きの

最新のトイレと、シャワーは無く、蛇口でお湯を溜めて水で熱さ調節する、お風呂と言うよりかはむしろお湯を張った大き目の鍋が混在していた。

 

お風呂掃除をしているときに、蛇口の近くにカビのようなものを見つけて

思いっきりスポンジでこすった。これでもかとこすっていたら、蛇口が

見たこともない折れ方をした。

大家のおばあちゃんに訳を話したら、

「仕方ねえよなあ、古いんだから。きっと疲れてたんだ」

と笑っていた。

 

業者に電話をしたが、近くの店舗は定休日らしい。

そちらに向かえるのは明日の朝になります、とのことだった。

 

今日はこのお風呂は使えない。

冬だったら一晩くらいお風呂に入らなくてもいいと思える。

でもこんなにも暑いと、さすがに汗を流したい。

 

そう言えば、近所に銭湯がある。あまり長風呂が得意ではないから、わざわざ行くことはなかったけど、ちょうどいい機会だ。

 

着替えとタオルと多めの小銭を持っていく。

お風呂上りに牛乳でも飲もう考えていた。最後に銭湯に行ったのはいつだっけ。

小学生の時におばあちゃんと姉と歩いて銭湯に行ったけ。

 

外は思っていたよりも涼しかった。空に浮かぶ月を見て、なぜだか心が躍った。