民間企業から地方公務員に転職した新潟人のブログ

東京での勤務を経て、新潟にUターン転職し、公務員をやっています。

【志事】ミスの挽回の仕方

最近、仕事がやっつけになってしまうことがあり、雑で程度の低い仕上がりになることがあった。
大いに反省しないといけないし、自己嫌悪に陥ってしまう。

こういうときに、その人の真価が問われるのかなと感じる。
当然に仕事でのミスはあり得るし、どうしてもうまくいかないことだってある。
自分の自信を揺るがすようなことが起きることだってある。
悔しくて、自分自身が情けなくなる。そんなときもある。

しょうもない自分がいることも受け入れて、そのうえでこの悔しさをばねに跳ねるしかない。

仕事の悔しさは仕事で晴らすしかない。
いくら飲んでも、いくら異性と遊んでも晴れるものではない。

今はダメでもこれをどう次に活かせるか?
次はもっとベストを尽くせるか?

そのためにはなぜこのような結果を招いたか、原因を追究する必要がある。

まず今回の仕事を振り返ると、そもそも自分の仕事ではなく、モチベーションがでなかった。
(そういう言い訳を言いたいわけではないが、前提としてそういう状況であった)
次に時間が限られていたため、焦りがあった。
そして、別の案件でそれどころではなかった。

こういうときの自分の思考としては、「一人で突っ走る」傾向にある。
一人で悩み、一人でどうにかしようとする。

普段、他人に協力するのが、上手いと思っている自分が上記の状況ではそういう事態に陥る。
これは自分の特徴を把握するうえで、重要な部分だと感じる。

ではどこまで巻き戻せば、事態を改善できたか?
それはやはり最初の「目的」の設定であろう。

その設定が曖昧のまま、走ってしまった。
そもそもあまり得意な領域でない仕事を自分一人で曖昧なまま走り、自分自身がその気持ち悪さを解消できないまま、最後まで行ってしまったような感じ。

何のために行うのか?
それさえ決まっていれば、自分が何をやって、誰に何をお願いするかが明確になったはず。

全ては目的に始まり、目的で決まる。
当たり前だけど、それに尽きる。

何のために働くか?
何のために時間を使うか?
誰の役に立ちたいのか?

仕事の基本はいつまでたっても基本である。
ぶれてはいけない。

この悔しさは絶対に忘れてはいけない。
仕事の悔しさは仕事でしか晴らせない。

モチベーションの根っこの話。

今日はモチベーションの根っこ、源泉についてのお話。

仕事をするにも、趣味を楽しむにも、何でもいわゆるモチベーションってやつが下敷きにある。

社会人9年目とかになると、もはやモチベーションが上がらない、出てこないというようなことはない。自律的に動ける人は、ある意味モチベーションなんて関係ないのかもしれない。自分は全然そんな境地には行けてはいませんが。

ふと、読んだ本の中にあった一説。

「嫉妬心や怒り、悔しいという気持ちをモチベーションにして動く人も多いと思いますが、ぼくはそういう負の感情はなるべく長時間、抱かないようにしています。なぜなら、そういうマイナスの感情を使って立てる目標は、どうしても小さいものになってしまうからです。」

ここでいう「嫉妬心や怒り、悔しいという気持ちをモチベーションにして動く人」は僕のことです。完全に。特に怒り。

今までずっと怒りをエネルギーに変えて、ここまでやってきました。

どうやら間違っていたようです。間違っていたと言い切ると自分が切なくなるし、場合によっては功を奏したことも少なくありません。

でも、さらにこう続きます。
「負のエネルギーは力を持つのですが、長期的に見るとそれでできることなんて、案外小さいのです。「余の中を良くしたい」「人を楽しませたい」といった正のエネルギーのほうが、大きなことを実現できる。」

うーん。確かにわかります。
ライバル視をしてる人たちとのちょっとしたことに一喜一憂し、何となく溜飲を下げるという流れ。

時に、怒りや悔しさは爆発的な力を生みます。でもそれだけでは何より自分がハッピーになれないような気がしてます。

もっとシンプルに、世の中の役に立てる仕事をしたい。目の前の人の役に立ちたい。
そういった思いで紡ぐ仕事のほうが長続きするし、心からやりたいって思えるのだと思うような気がする。

でももちろん、怒りや悔しさをエネルギーに変えるのも大事。でもそれはある種のドーピングみたいなものなのかもしれない。

それだけに頼って、ここまで来ちゃいました。自分の中で今ひとつ自分の仕事に自信が持てないのはここに鍵があるように思う。

素敵な気付きをくれた本は、
佐渡島庸平さんの「ぼくらの仮説が世界をつくる」でした。

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スマートには考えられない。でも愚直に考えることは諦めずにやっていきたい。

新年明けましておめでとうございます。
あっという間に1年は過ぎてしまうものです。まさに光陰矢の如し。

意義ある時間を駆け抜けて、一年を過ごしたいと思います。


新年を迎えて、今年の目標というか、大まかな目指すべきテーマ等について
年末年始の時間を使い、考えていました。
どういうわけか、食欲がなく、例年の暴飲暴食には走らず、割と真剣に考える時間がとれました。


考えてはノートに書く。考えてはノートに書く。考えてはノートに書く。
そんなことを繰り返していると、やりたいことややらないといけないことがどんどん出てきます。
書いては消し、書いては消し。
これはやりたい。これもやりたい。でもこれはゴールから考えると不要だ。
もっとやることはまとめられそうだ。これもやりたい。

当たり前のことかもしれませんが、どんどんやるべきことが明確になってきます。
そして意識したことは2点。

1、この仕事の価値とは?ゴールとは?
2、それをスピード感をもってやり切るにはどうする?

自分は今まで2はできていたけど、1の詰めが甘かった。
だからスピーディにやれているけど、もう一歩と感じることが少なくなかった。

頭の中でスラスラ思考できるほど頭はよくない。
でもいい仕事はしたい。
そのためにはない頭でも擦り切れるまで考えて、考えて、考えることが大事だと思った。

またそこからそれを実行する。しかもスピーディに実行する。
そして振り返る。

最初からスマートにはできないかもしれない。
でもいわゆるPDSサイクルを高速で回して、いい仕事をしたい。

結論としては、振り返りと内省の時間をしっかりと取ることを意識して
仕事を回していきたい。

今、車を買う理由

ふと、Facebookを覗くと、有名なブロガーのブログがシェアされていた。


完成車メーカーは何故、若者の移住対策をしないのか?という投げかけ。

確かに。
私も新潟に戻ってきて、最初に妻に言われたのは、『早く車買わないと』。
事実、一ヶ月後に買った。しかもディーラー一社一回を回っただけで即決した。

今まで一度も車を買いたいと思わなかった私が買った。もちろん買うなら何でもいいというまではいかないので、少し吟味した。そのタイミングで初めて車に少し興味を持った。ただ興味と言っても、マニアックな話ではなく、デザインや色、燃費とかの比較でしかない。

つまり、もう完成車メーカーはいくら車はクールって感じでCMなどに広宣費を使ってもたぶん新たな購入層を作ることはやっぱりできない。それはもはや広告の是非の話ではない。だからクリエイティブの話とはならない。

買わなきゃいけない理由を作らないといけない。都市部から地方に人材を動かす、または地方から流出させない。地方では今後コンパクトシティー化が進んでも車は生活には欠かせない。一家に一台ではなく、一人に一台。

多分、確かに人材の遍在化を進めると車のニーズは生まれる。その先に何があるか。もっというと子供を増やすために完成車メーカーは何ができるかまでいきそう。

トヨタあたりはきっとこの辺りの感覚を意識しているような気がするけどね。

上司の仕事

お盆休みは実家に帰省してのんびりと過ごしてます。お墓まいりをして、親せきの家に帰っていったり。来週の仕事再開に向けて十分リラックスしたいと思います。

アメブロから徐々にこっちに移行しようと思っています。

ふと、上司の仕事とは何か?を考える機会があり、あれこれと考えてました。

シンプルに二つだけかなと思ってます。
「決めること」と「伝えること」。
これに尽きるかと感じます。

判断の連続の中で、どれだけ正確に、スピーディーに決断するか、チームに働く意義、ビジョンを伝えて、一人ひとりのやりがいを担保できるか?メンバーに与える仕事をいかに納得感を持ってもらえるか?

それさえできればシンプルに仕事は進みます。でもやっぱりそれって難しい。

まずなぜ「決めること」が難しいか?
1.自分自身で考えてこなかった。
(慣れていない)
2.問題の本質を理解できていない。
(正しく課題を捉えていない)
3.判断できる情報がない。

限られた時間の中で、その都度解を出すのはとっても大変です。リーダー職に就いたら自動的に身につくものではありません。日々訓練をしながらそのときまで自分の刀を研ぎ続けることが必要。

次になぜ「伝えること」が難しいのか?
「伝える」と「伝わる」は違います。なぜなら相手が存在するものだからです。

相手を知らないと「伝わらない」。メンバー理解がないと伝わらない。

1.一人ひとりの意思、強み、弱みを把握する。
2.意思と目の前の仕事をつなげてあげる。

上記さえできれば、納得感はグッと高まります。単純に、これはあなたの仕事だからお願いねという理由になっていない理由でお願いすることが多過ぎるように思う。

日々、「上司の仕事」を意識して、仕事を繋いでいきたいものです。

愚痴になりますが、前職との大きな違いは人材の差だと感じます。だから上司にも大きな差を感じてしまう。
人間誰しも能力の差に大きな違いはないと思いますが、個人の意思の差が大きな差になってしまうのだなぁと感じてしまいます。

やっぱり入り口である採用に尽きるのだなと改めて感じる今日この頃であります。採りたい人材をとりたいな。