自己紹介

ブログの趣旨

このブログでは、生粋の超ドメスティックな日本人が、最終的にサンフランシスコへ渡ってローカル企業を相手に、どうやって転職活動をしたのかを書いていきたいと思っています。

 

生い立ち

私は生まれてから26歳までずっと日本で暮らしてきました。両親も日本人、特に英語を話すわけでも、海外駐在経験があるわけでもありません。母親が英会話に興味があった影響で、幼いころから英会話スクールには週一ぐらいでボチボチと通っていたものの、今振り返れば外国人に対する無駄な恐怖心を持たなくなったのに役だったぐらいで、正直英語力にはあんまり関係なかったなと思います。中高大での英語の成績も悪くはなかったものの中の上ぐらい。私は大学受験をしないエスカレーターの学校に行ったので、受験英語を経験することもありませんでした。それぐらいごく一般的な英語力しか持ちあわせていない、超ドメスティックな日本人として育ちました。

 

そんな一般的日本人がなぜアメリカに?

きっかけは大学時代の短期語学留学でした。中高大前半ぐらいまでは、特に強く海外に住みたいと思ったことはありませんでした。それが大学生活も最後の年になり、就職活動も無事に終了、単位をほぼ取り終わってたこともあり、最後の夏休みぐらい、今までやったことのない何かちょっと大きい経験がしてみたいと思い立った結果、それが最終的に3ヶ月間の語学留学という形になりました。英語=アメリカかイギリス?という単純な思考回路の元、留学業者をたどっていろいろプランを見てみたところ、サンフランシスコにはシリコンバレーというITの聖地があって、そこに行けば英語の勉強とIT企業が垣間見れるとのこと。それまでロクにサンフランシスコのことを知らなかった私でしたが、Webデザインに興味があった私は、そのくだりだけであっさりとサンフランシスコ行きを決めたのでした。

 

語学留学からアメリカへの移住

サンフランシスコでの語学留学は私のその後の人生を大きく変えることになりました。語学学校で出会った世界中からの友人達や、ほんの少しだけどアシスタントとして雇ってもらえたローカル企業でのインターンシップ。今でもその時の経験は忘れられない宝物です。見るもの経験するものすべてがとにかく新しく、固定概念のないリベラルなサンフランシスコにたった3ヶ月で本当に字のごとく恋に落ちました。

今振り返ればですが、サンフランシスコにどっぷりハマってしまったのは、英語でもITでもなく、このリベラルな感じをロクに英語が話せなくても肌でたくさん感じられたからではないかなと思います。幼いころから日本の出る杭は打たれやすいところ、どうしても今でも残る男尊女卑の思考、特に日本女性は社会人になったらすぐ結婚・出産と経て、最終的には家庭を一番に考える良妻賢母になることが女性としての大正解という風潮が、自分にはどうしても受け入れがたい、自分の生き方には合わないと常々息苦しく感じていました。それを打破できる何かがこの土地にはある、なんとなく直感的に私はそう感じました。

当時はすでに日本での就職先が決まっていたので予定通り帰国しましたが、帰りの飛行機でゴールデンブリッジを見つめながら、絶対にこの土地に近い将来戻って来たいと強く心に誓ったことは、今でも鮮明に覚えています。

その後新卒で4年間、某ネット広告企業で働いた後、当時学生インターンとしてお世話になった会社を通してJ1ビザをサポートしてもらえることになり、それがきっかけで本格的にサンフランシスコへの移住の一歩を踏み出しました。

 

現在の私

J1でお世話になった会社で知り合った方と結婚し、今はグリーンカード保持者となりました。今後は基本的にカリフォルニアを拠点に生活していく予定です。と、こう書くとすごくスムーズにここまで事が流れたように見えますが、実は渡米から現在に至るまで、本当に様々な事件・難題が多々ありました。それについては、追々別の記事で少しずつ取り上げられたらなと思います。

大学時代にひょんなきっかけで行動に移した短期留学が、まさかその後に海外での就職、そして国際結婚に繋がるとはその時は想像もしていませんでした。でも人間挑戦してみたいと思ったら、それを胸にとめて少しずつでも行動し続けてると、最終的に叶ったり、達成できたりことが多いのかなと思う今日このごろです。