影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『はっぴーばーすでー、とぅー隊長さん』

「二月十二日は隊長——フィリアスさんの誕生日ですし、やっぱりみんなで祝った方がイイですよね」

 

 二月五日。年が明けてもVICEによる侵略により日々戦場では多くの存在が血汗流し闘いに明け暮れていた。

 だがそれでもその戦火が降り注ぐことなく比較的平和なところも存在はするもので、そういったところでは年が明けて一ヶ月も経てば、日々生計を立てるためにせっせと働き始めるものだ。

 

 そんな中、その例に漏れず一月の中旬から続いていた約二週間に渡るゲオメトリア界陸での敵対勢力のアジト攻略における支援任務を無事終えてきたG-Clef特殊分隊、通称:ト音部隊一行は二週間ほどの待機命令、実質の休暇をもらっていた。

 

 休暇と言っても、分隊長たる〝フィリアス・ミューレイド〟はその優秀さを買われ、『旗課(フラッグクラン)』や『剣隊(セイバークラン)』、はては支援部の『書隊(ブックスクラン)』にまで行ったり来たりを繰り返している。

 その様子は隊員の目には「忙しすぎる」、「メンドくさそう」。そんな感想ばかり抱かせる有様であった。


(マジ過労死するんじゃねえのかな……フィリアスさん)


 昼過ぎ。陽の光を反射して輝く大洋に目を細めながら、茶髪の狐系獣人——ダンツはそう心の中でつぶやく。


 場所はナイツロード本部・海上要塞レヴィアタン内の商業区にある一つのカフェテリアである。件のフィリアスが部隊招集の際に好んで使う、海が見渡せる席だ。


 彼女を慕う隊員の若い三人——若干一名はそれについて強く否定するが——はそんな〝めちゃんこ忙しそうな〟隊長のことについて話していた。


「というか、ダンツ君よく知ってますね」


 黒髪の人間の少女。うなじをまとめた髪で隠したシオンは、そんな返答にやや困る疑問ともつかないことを言った。

 ダンツはそれに軽く「ハ」と息を吐きつつ応えた。


「まあな。少年養成所の頃から一応見知ってたし」

「そういえばそうでしたね」

「ま、言うて二、三年ぐらい前だから然程昔とは言えないけどな」


 ダンツはとある事件で住んでいた国が滅び、避難先で世話をしてくれていた人が病で倒れていた時に傭兵団『ナイツロード』に引き渡され、そのまま訓練を受け傭兵になったという経緯を持つ。


「貴様の経緯なんてどうでもいい、犬。何故吾輩まで呼ばれないといけなんだ。答えろ」


 そうダンツを息をするように罵るもう一人の女性はテルモという、はなだ色のツノをこめかみから後ろ向きに伸ばした黒髪の竜人だ。普段から尊大そうな雰囲気で喋る彼女だが、今日は特に不機嫌そうなオーラを出している。


 普段こういった部隊メンバーでの集まりにほとんど参加しない彼女だが、ダンツは「フィリアス隊長から次の任務に向けて隊員を鍛える」という嘘の情報を伝え呼び出したのだ。

 不満の一つ覚えるのも仕方のないことだった。


 どうにもダンツがとても気に食わないらしいテルモは、そんな彼の所業にとても腹を立たしげに呼び出しの理由を問い、ダンツは頭を掻きながら答える。


「いやあ。休暇でも頑張ってる分隊長さんに、俺らからなんか誕生日プレゼントでも贈呈できたらなって。シオンとそういう話になってさ。あと俺は犬じゃなくて狐系な」


 そう理由を主張するダンツにテルモは「ハッ!」と嘲笑い、


「知ったことじゃない。貴様らで勝手にやっていろ。吾輩にそんなことをしている暇はない」


 と、キッパリ話を投げ出すのであった。

 腕を組みながらその凄まじい眼力でダンツに対して突っかかるその姿は板についていた。


 しかしダンツとシオンは知っている。彼女は任務などの仕事がない日は鍛錬に明け暮れていることを。

 人が努力しているとこに水を差すのは気の引ける行為ではあったが、時間は作ろうと思えば作れるのだ。

 それに彼女のみ省いて除け者にするのはよくないことである。そういう考え方をするのが彼らの隊長、フィリアスという人間なのだ。


「まあまあ、テルモさん。目上の人ですし、いつもお世話になってるんですからこれを機に恩返ししましょうよ」


「……フン」


 ダンツの提案にテルモが反発し、それをシオンが宥める。この部隊の半年と少しですっかり見慣れてしまった光景である。

 テルモはシオンが宥めるとダンツに対する反発が弱まるところがあるのだ。


 それはト音部隊の最初の演習で、シオンがフィリアスに一番食いつけたことに起因することなのだがここでは割愛しよう。


「それで、プレゼントはどう用意するんです?」

「そうだなあ。みんなで用意……」

「吾輩は貴様らとつるむのは嫌だ。吾輩は吾輩であの女への進物を用意する」


「あのさあ、あの女って言い方どうかと思うぞ。それとホント協調性ないよなあ、テルモ

「……」


 集団行動を嫌い自ら一人で行動しようとするテルモの発言に反抗しようとしたダンツだが、再び向けられたその強すぎる眼力に負け、各々自分でプレゼントを用意することになった。


□◾︎□◾︎


 ——二月十一日。フィリアス・ミューレイドの誕生日前日。

 


「やあ。お疲れ」

「お疲れ様です。ダンツ君、テルモさん」

「チッ。何故人が増えているのだ」


 ト音部隊のフィリアスを除いた顔触れの他、ダンツが親しくしている若い傭兵も来ていた。


「久しぶりです、アルデスさん」

「ああうん。久しぶり」


 薄い金髪に翠色の瞳をした若い人間、アルデスと呼ばれた男性は頬を指で「ポリポリ」とかきつつ、居心地悪そうにそう挨拶を返した。


「相変わらず恐いね、テルモさん」

「分かる。俺もいつもコイツのプレッシャーで胃がストレスで潰れそうになってるわ」


「……」


 そんなちょっとしたやりとりをダンツとの間でヒソヒソと行うも、テルモにひと睨みされて止められてしまう。

 アルデスとしてはとてもやりづらい雰囲気だ。


「で、何故そこの臆病者がここに居るんだ? 不快なんだが」


 そんなまさに歯に衣着せぬどころか牙すら剥いてそうな攻撃的な発言には、流石のダンツも反発する。


「あのさあ〜。そうやって攻撃してくるスタンスどうにかならない? 一応アルデスには俺のプレゼントを用意する際に手伝ってもらったんだけど」

「へえー! 何を用意したんです?」

 

 このままテルモとダンツがやり取りしても話が進まないと気を利かせたシオンが、話をダンツのプレゼントに誘導する。

 そのややわざとらしさのある口調に苦笑を浮かべつつダンツは応えた。


「……サボテン」


 ダンツはそう言いながら足元から小鉢を取り出し卓の上に出す。

 その鉢植にはずんぐりむっくりという言葉が似合う、背が低く太めのボールのようなサボテンが白い花を咲かせていた。


 それを見てシオンと、そしてテルモすらコメントしづらそうにしている微妙な反応にダンツは慌てて弁明しようとする。


「いやさ。俺も目上の女性の人にプレゼント渡したことがないからさ、相談したんだよ色んな人に」


 ダンツの主張はこうだ。

 ダンツは何を渡したものかと悩んだ。

 なので相談することにした。手始めに最近入ってきた新入りの癖にその圧倒的なコミュ力で一気に団内に溶け込んだ、ライリーという猫獣人でダンツをなにかとからかいに来るがなんだかんだで仲良く(?)つるんでいる奴に聞いた。

 そのライリーは、

「分かんネーよ。フィリアスさんとは話したことあるけどあの人忙しそうだから、そこまでだし」

 と、答えたのでプレゼントの内容はアテにならないと見切りをつけ、ダンツは彼の交友関係を利用することにした。

 頭空っぽそうなライリー(流石に辛辣である)だが、その無駄にある人との繋がり(相手に失礼である)はとても利用価値があった。ダンツはそれを頼りに色んな人に意見を求めた。


「ンー? フィリアスー? そういえば最近忙しそうで遊んでないナー。そうだ君フィリアスのお弟子さんでしょ。遊ボー」


 時には何を考えているか分からない、フィリアスと関わりがあるという意思を持った人形(?)に聞いたり、


「ハア? アイツ誕生日なのかよ。銃撃でもプレゼントするかあ?」


 時には過去にフィリアスと共にVICEアジトを二人で潰して回ったという過激すぎる思想を持った女性に聞いたり、


「んっンー? 誕生日? へー! それより、少年たち! 今日のティナちゃんのパンツの色聞きたくないー? このプニちゃんが君たちの頑・張・り・次・第でー、教えてあげてもイイヨー」


 時には唐突に指で硬貨の形を表現することで暗に「出す金額次第でイイコト教えてあげる」と絡んできた実はこの組織の幹部らしい(後で知った)、フィリアスと関わりがあるかさえも分からない人物に聞いたりもしたが、どうにもパッとしなかった。

 

(まさか目上の女性の人にパ、パンツなんて贈るわけにはいかねえし……)


 この傭兵団やっぱり変人が多すぎなのではと心配になったダンツだが、


「そこにたまたま通りがかったフタモエ先生がさ」


『ああ! サボテンがいいぞ。サボテン』


「って、教えてくれて」

「ライリー君に頼ったのあんまり意味なかったように聞こえますねそれ……」


 フタモエ先生とは、ナイツロードの養成所で教師をしている、とある事が原因で戦線から離れた元傭兵で兎系獣人のベテラン女拳闘士だ。

 ダンツは養成所の頃から見知っており、彼女がフィリアスと親友であることも知っていたため、まさにその偶然は渡りに船であった。


「んでまあ、そのフタモエ先生にお願いして、パンタシアの南ら辺の密林地帯で一緒に採ってきたんだ」

「それでなんか僕も一緒に来いって言われてね。フタモエさんとダンツと僕とライリーで行ってきたのさ」


「それは、お疲れ様です」


 シオンはダンツに利用されたアルデスに同情し労いの言葉をかけた。


「一応僕の方が歳上なんだけどなあ……」

「いいじゃん。助かったよ。もう帰っていいよお前」

「相変わらず扱いがひどい!」

「五月蝿い。帰れ弱者が」

「そして恐い!」


 ダンツに便乗したわけではないだろうが、テルモに睨まれながら退室を言い渡されたアルデスは逃げるように去っていくのだった。


「アイツ、ブツブツ言いながらもちゃんと手伝ってくれる辺り良い奴なんだけどな」

「ならちゃんと報いてあげてくださいよ」

「そりゃまあ、うん。アイツの代金ぐらいは払っとくよ」


 ダンツはシオンの注意に対して曖昧に応え、


(後日なんか飯でも奢ってチャラにしとこう)


 と今後のスケジュールを軽く考えながらも、シオンのプレゼントに意識を向けた。


「で、シオンは何を用意したんだ?」

「私はですね……」

 

 そうもったいぶりながらシオンは持ってきていた鞄を弄り三叉の形をした蝋燭立て、所謂枝付き燭台を卓に乗せた。


「この燭台を」

「どっから仕入れたんだよそれ」


 ダンツが心配するのも仕方がない。現代では蝋燭を用いて灯りを確保するのは非常に少なく電気を用いたり魔法を用いた光源が多く使われている。

 こういった燭台はどちらかというとインテリアに使われることが多く、その中でもアンティークとして扱われるイメージのある燭台は値が飛び抜けて高いという印象を持たれがちだ。


「あーと。別にそこまで出費したわけじゃないですよ?」


 シオンの弁明によれば素材の採集をゲオメトリアまで行っておこない、後は『鎚隊(ハンマークラン)』の知り合いにお願いして作ってもらったという。


「よく作ってもらったな……」

「勿論代金は出しましたからね?」

「つぅかなんで燭台なんだよ……」

「フィリアスさんオシャレだし、インテリアの方も凝ってそうだなあって」


 そのなんとも言えない理由に(分からなくもないが、同意するべきなのか)と思考するダンツはふとテルモが静かなことに気付き、目線を向けてみる。


「……」


 燭台に対し興味ありげな視線を向けていた。日常から任務においてまで暴れることにしか能がないと思っていたダンツだが、実はテルモには工芸品に対する興味があることを知らない。こう見えてテルモはアンティークと言った趣のある工芸品を密かにコレクションしているのだ。


 そんな事情を知らないダンツは(コイツ何睨んでんだ? 壊し方とか考えてるのか?)ぐらいにしか思わず、暴れ出したら面倒だと早々にテルモの〝進物〟をチェックして切り上げようと考え彼女に水をむける。


「で、テルモは何を用意したんだ?」

「フン。吾輩はコレを用意した」


 そこに出されたのはくすんだ赤紫色、ワインレッドと呼ばれる色の宝石が施された全体的に落ち着いた雰囲気のした髪留めだった。


「おお」

「なんか良いですね」


 そのあまりにも〝良い感じ〟のチョイスにサボテンを用意したダンツと燭台を用意したシオンは、意外そうにテルモが出した髪留めをみる。


「あの女は髪が長いからな。後ろでまとめてはいるが結局髪が煩そうだ。だから丁度いいと思い持っていた髪留めを選んだのだ」


「お、おう」


 結構理由が単純だったが、赤色を好むフィリアス(偏見)に合わせてそれに沿ったデザインの髪留めを用意するところはとてもいいセンスをしている、とダンツは思う。


(普段から素っ気ないテルモの癖に、なんでこんないい感じのヤツ用意できんだよ……)


 なんだか負けた気分になったダンツとシオンである。

 

 気を取り直して、でもないがダンツとシオンは明日のことについて話し合うことにした。


「そ、それで、明日どうやって渡しましょうか?」

「そう、だなあ。別にサプライズする必要ないし、当日プレゼント渡したいんでってことで呼び出せばいいんじゃないか?」

「でも忙しそうですし、来てくれますかね?」

「必要なら俺たちから行けばいいんだよ。フィリアスさんなら時間作ってくれるはず」

「私はそれでいいですけど……テルモさんはそれで問題ないです?」

「フッ。明日ぐらいは構わん。好きにしろ」

「お前なあ……」


 そうやって明日の予定について話し合い、それぞれプレゼントを渡した際にフィリアスがどう反応するのか楽しみだったり心配だったりしながらも、なんだかんだで賑やかな一日になりそうだとややニヤけそうになるダンツであった。

 

 

 

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 因みにフィリアスさんはメッチャ喜んだ。

 

 

 

 

 

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——おしまい——

ナイツロード外伝『大型魔竜大征伐 —音の女騎士と殲剣の邂逅—』その壱

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「はい。確認しました。ようこそ『都市ガリュメラ』へ」


 私(わたくし)は、多くの島からなるリーベルタース界陸の北西部に位置する城壁都市『ガリュメラ市』に来ていた。正確には私一人ではなく武器商人の護衛として雇われ同行した形だ。目的地が同じだったということで依頼に応じた。


「それではフィリアスさん、ハイトさん、モルタさん。このまま真っ直ぐアルト商会支部に行きます。着き次第今回の依頼終了ということでその場で報酬を渡したりなどの手続きを行いますので、それまでお願いしますね」


「分かりました」

「了解」

「はーい」


 アルト商会支部の場所は打ち合わせの際に聞いた話だとこの都市の中層圏にあると言っていた。南口からの入門なのでそのまま北に行く形だ。


 この『ガリュメラ市』は中心部に行くに連れて建物の大きさが高くなっていく特徴があり、外側から順に、下層、中層、上層の間で区分分けされて呼ばれているそうだ。

 傭兵や旅人などのいわゆるよそ者が利用するような宿屋は、この都市の下層。つまり都市の外側にある。当分の間は下層区の宿屋が私の拠点になるだろう。


 因みにこの臨時の護衛任務は私以外に二人の傭兵が雇われている。


 ハイトというのは全体的に黒い防具を軽装程度に身につけており、肌も髪も白い二十代ぐらいの細身の男性だ。薙刀の長いリーチを生かし、多人数を相手にしつつも間合いに入った者を攻撃する受動的な立ち回りをする。


 モルタというのは銀髪を二つ左右にまとめたツインテールの見た目十五、六歳ぐらいの女性だ。一見ひ弱そうな見た目をしているのだが、体質が特殊なのかとても力が強くガントレットの内部に仕掛けてあるワイヤーで相手を捉えて引き寄せて殴る。そんな単純だが長所を生かした戦い方をする。


 道中は魔獣の群れに襲われたりはぐれたと思われる侵略者組織『VICE』の構成員と戦闘になり追い払ったりと、治安がよろしくなかった。故に彼らの戦闘スタイルも把握することができた。


 それと私は彼らと違って〝放浪騎士〟だ。とある事情で母国から出て活動している。仲間や連れはおらず、足代わりとなっていた馬もこのリーベルタース界陸に来る際に海を渡らなければならなかったので、売ってしまった。なので今回は御者の代行をしたり、戦闘指揮などをメインに立ち回った。


 そしてこの二人とは偶々一緒に仕事をした程度の仲だ。だが恐らくこの二人は私と同じ目的でこの都市に来たみたいなので、また顔を合わせることになるだろう。

 

 

「ふぅ。いやあ昼前に着いて良かったです。それにしても人が賑わっているようですね」


「彼らも私達とそう変わらない理由でこの都市に集まっているのでしょう」


「違いない」


 この都市に来た理由。それは世界を脅かす脅威『VICE』に対抗するために組織された、対侵略組織『英雄機関』とその傘下である傭兵団『ナイツロード』が共同で主導する大征伐作戦。『大型魔獣大征伐』に参加することだ。


□◾︎□◾︎


 アルト商会支部にて依頼完了の手続きを済ませた私達は、この都市にある四方に伸びる大きな通りに出たところで挨拶交わして別れるところだ。


「それじゃあ自分は行くアテがあるもんで。これにて失礼します」


「はい。お疲れ様でした」


 ハイトさんはどうやらこの都市の近くの村出身らしく、同郷の知り合いが経営している宿屋に泊まって『大征伐』に参加するそうだ。


「フィリアスちゃんさんっ、フィリアスちゃんさんっ」


「なんですか?」


 彼女は私に対してこういった少し特殊な呼び方をする。因みにハイトさんや依頼主には普通にさん付けで呼んでいた。

 明らかに私に対する態度が違うが、特別親しくなるようなやり取りをした記憶がない。謎だ。


 モルタさんは「良かったらですけど」と前置きをして続ける。


「この後二人で食事しません? ほら、お昼ご飯まだだし。美味しい店教えますよ?」


 確かに手続きもすぐに終わって、昼食もまだだ。食堂もある宿屋を探して荷物を預けるついでにそこで食事をしようと思っていた。


「美味しい店ですか?」


「はい! 私、何度かここに足を運んでるので色々知ってますよ! 食事ついでにその色々を話すのもイイかもしれませんね!」


 確かに。現状私は大した情報を持ち合わせていない。これは食事を共にした方が無駄がないと言えるだろうか。

 ならばモルタさんと食事に行くのはアリだ。


「分かりました。一緒に食事にしましょう。できれば宿屋が経営しているところか、近いところがいいですね」


「まっかせてください! ささっ、行きましょう!」


 妙に嬉しそうにしながらモルタさんが先導して都市の中心部に向けて歩く。


「これから行く店はこの街の北部にあるんですよー。ショーユっていう調味料を使った料理がとっても美味しくて——」


「それは楽しみですね。お腹が空いてきます」


 よく話しかけてきて相手を飽きさせない気遣いのできるいい子だ。

 こうして、取り留めのない雑談をしながら、私は大通りを行き交う人々の様子を見る。

 やはり傭兵や商人がほかの街と比べ多く感じる。とても賑やかだった。悪くいえば騒がしいか。


 普通これだけ傭兵が集まるとその内の何人かの荒くれ者が騒動を起こしそうなものだが、そういったものが一切ない。少し気持ち悪いくらいだ。

 この街の衛兵も、最近の来訪者の多さもあり警備を強化しているのもあるだろうが、『英雄機関』と『ナイツロード』が主導の作戦が行われるというのも影響していそうだ。

 それだけあの二つの組織には影響力がある。


「ココです! 私のイチオシのお店!」


 歩き始めて約四十分ほど経ったくらいで目的地に着いた。『黒い白鳥食堂』というよく分からない店名の、店名以外特に変わった様子がない食堂だ。

 マギーア界陸の一部の部族が使っていたのが起源と言われている調味料の『ショーユ』を使った料理の芳ばしい香りが私の食欲を掻き立てる。この食堂への期待度が上がった。


 店に入り、テーブル席に案内され注文を訊かれたが、特に食べたいものがあるわけでもなかったのでモルタさんのオススメで頼んでもらった。 


 出てきたのは『アドボ』という料理だ。

 「酢に漬けた鶏肉などの具材を、醤油、ニンニク、砂糖で煮た」ものであるらしい。所謂〝マリネ料理〟に近いだろうか。

 甘い味わいの中にちょっとした酸っぱさがアクセントとして主張する美味しい料理だ。

 家庭料理のような温かさを感じ、少し懐かしい気分にもなった。


 モルタさんは『ラーメン』というものを食べていた。

 小麦粉に特殊な水などを混ぜ捏ねて作られた麺、タレを出汁で割ったスープ、そしてチャーシューという加工された肉を始めとした具で構成された料理。詳しくは知らない。だが多く食べると体に悪そうだ。


 お互いに食事を済ませたことで、やっと情報交換に移ることができる。まあこちらから出せる情報なんてそれこそないのだが。

 ただどういうわけかモルタさんは先程からニコニコしている。考えがよく読めない。


「そういえばフィリアスちゃんさんは、休日何してるんですか?」

「私の休日ですか。情報収集、鍛錬以外だと演奏ですかね……」


「え! 何弾いてるんですか!?」

「? いや、バイオリンとかギターとか色々ですが……」


「すごいですね! 聴いてみたいです!」

「ふふ、また今度聴かせてあげますよ」


 こういった会話ばかりだ。楽しそうで何よりだが、そろそろ本題に入りたい。切り出していくしかない。


 どうやらモルタさんはこのリーベルタースを転々としているというのを、私は先ほどからの会話から察した。話の展開を替えるならばここからだろう。


「そういえばですが、モルタさんはリーベルタース内の様々なところに行ったことがあるんでしたよね」

「ハイ! 拠点自体はここから東に行ったところにあるんですが、どうもジッとしてるのが性に合わなくて」

「東側からですか」


 東側……ここらに来てから得た情報の中には『VICE』でも特に強力で危険とされる〝「魔」の派閥〟の一つの軍がリーベルタースの東北側、特に北側をテリトリーとしている、というものがある。


 今回の作戦で『英雄機関』の者が来ているところを見る限りここガリュメラ市はまだ侵攻を受けていないと考えた方が良さそうだが、別の解釈として〝「魔」の派閥軍〟が活動をしていないかどうかの偵察と威嚇しに出っ張って来ているようにも見える。VICE構成員がいる可能性があるということだ。


 実際この都市に至る道中にもはぐれてはいたが構成員自体は居た。

 やはりそのどちらか、或いはその両方の意味もあるだろう。


 もっともモルタさんは「リーベルタースの東側に拠点がある」と言っただけだ。

 リーベルタースの東側は「VICE」の活動範囲であること以外には「ナイツロード傭兵団」の元本部現支部がある。治安は悪いだろうが、悪事が表立って横行している地域というわけではないはずだ。


 だが、ここではそういった話題で話したいわけではないので流していい話だろう。


「でも何故今回はこのガリュメラ市に?」

「それは勿論、英雄さんが主導してるってウワサの『大征伐』に参加するためですよー。お金も稼ぎたいですしね」

「そうですよね。私もその『大征伐』に参加したくて来ました」


 やはり。ここから話を展開して良さそうだ。


「ちなみにフィリアスちゃんさんって何処から来たんです? なんとなくここら辺の人じゃないなーって雰囲気ですケド」

「私ですか? パンタシアのとある王国から来ました」


「へ〜、パンタシアにもまだ王国ってあったんですね! それにしてもよくここまで来ましたね」


 ダメだ。またモルタさんのペースに流され始めている。興味深そうにこちらを見つめるその瞳には、そういった意図的な逸らし方をしているわけではないと思わせる好奇心を感じるが、今回は少し困るというものだ。


「ええ。色々ありまして」

「へえ〜。じゃあリーベルタースに来るのも初めてですよねー」


「そうなんですよね。情報収集しようにも知り合いも居ないもので」

「ん〜。良いですよ。私もそんななんでもかんでも知ってるわけじゃないですケド。知ってることなら話してもイイですよー」


 良かった。やっと本題に入れそうだ。


「それは助かります。食事代は私が持ちますよ」

「別にそんな意図があったわけじゃないデスよ! ただそのご厚意には甘えますねっ」


 安い経費だ。これまでの旅で「情報」というものがかなり重要であることを学んだ。軍の編成にも斥候部隊や偵察部隊があるのも分かろうものだ。


「ん〜。でも何から話せばイイか分かりません。フィリアスちゃんさんは何が知りたいんです?」

「そうですね……」


 私が今回の『大征伐』で知らないことをまとめると、


 ・そもそも討伐対象である『大型魔獣』どういった魔獣なのか。

 一部の噂しか聞いていないので、より信ぴょう性の高い情報が欲しい。


 ・『英雄機関』や『ナイツロード』以外にどういった顔ぶれが揃っているのか。

 過去に一度だけ味方の被害を考慮せずに広範囲に攻撃するような傭兵が居たので聞いておきたい。


 ・参加人数は大まかに何人か、そこから討伐できる確率はどれくらいあるのか。

 生存率に関わることだ。とても重要である。


 こんなところだろうか。

 ついでに宿屋も訊いておきたい。

 その旨を伝えた。


「ああ、まず討伐対象の大型魔獣ですね」


「ここに来る前、私達が初対面した港町のときに行った情報収集では『瘴気を吐き木々を朽ちらせるドラゴン』、『大の大人を一口で呑んでしまう巨大ヘビ』などがありましたが、どれも噂程度の内容だったもので」


「うーん。それが間違ったウワサじゃないんですよね」

「というと?」


「私の仕事仲間からの情報なんですけど、なんでも先週ぐらいに『ナイツロード』の人たちで偵察部隊を出したらしいんですよ」


 今回の作戦主導であり、実質主力になる組織だ。当然偵察部隊も出していただろう。


「結果分かったのは、フィリアスちゃんさんがさっき挙げた『瘴気を吐いて木々を腐らせる』『大人を一口で丸呑みできるぐらい大きさ』というのは合ってるんですよね」

 

「そうなんですか」


 意外と合ってるものらしい。訊けて良かった。


「ただ、ドラゴンでもヘビでもないんですよね」

「でもブレスが吐けるのはドラゴンだけだと思いますが」


 そもそもドラゴン自体は希少な魔獣だ。私も旅を始めてから三年ほど経つが、ドラゴンが出現したという情報は二、三回しか聞いたことがない。ブレス自体は有名だが。


「確かに、ドラゴンの一種と言えるかもしれません。竜は竜でも〝ヒュドラ〟ていう珍しい種類みたいなんですよね」

ヒュドラ……」


 確か洞窟などに潜んでいることが多いが、そもそもの数が少ないとされる、幾つかの首を持つ竜だ。都市が近隣にある山などに出没することが多いというのは学生の頃に学んだ。


「なんでも一般的に知られる、五メートルで首が三、四本のヒュドラよりも特殊で危険性が高いそうです。大きさとか首の数までは知らないですけど『英雄機関』や『ナイツロード』が出っ張って来るくらいには強力なんでしょうね」

「なるほど」


 確かに「瘴気のブレス」を複数の首から吐けるとしたらとても危険だ。都市を攻撃されれば、それはもう災害とも言えるだろう。


「大型魔獣で知ってるのはそれくらいですかね〜」

「有難い。後は、そんな強力な魔獣に対して『英雄機関』や『ナイツロード』以外にどんな傭兵団が来ているんです?」


「ん〜そうですね——」


 モルタさんが挙げた組織名はどれも聞いたことがあるような傭兵団や魔獣討伐を専門とする組織だ。特に悪い評判のある傭兵団はないらしい。


「あ、それと今回の作戦に来る『英雄機関』の人は『蒼豹のエゼルル』と『百矢のシュトラ』らしいですよ」

「『百矢のシュトラ』は知らないですが、『蒼豹』は有名ですね。やはり来てましたか」


 『蒼豹のエゼルル』。マクメメー出身の〝獣種の英雄〟だ。身の丈以上の大太刀を振り回し、地上だけではなく空中すらも縦横無尽に駆け巡っては並大抵の者では防げない速度と力で斬撃を叩きつけることで知られている。

 こういった大規模な作戦ではよく耳にする名だ。


「『ナイツロード』からは総勢五十人くらいの精鋭が来ているそうです。指揮官は『殲剣のイルヴァース』とは聞いてますケド、正直これは仕事仲間の人も又聞きらしいですね」


 『殲剣のイルヴァース』。恐らく『英雄機関』所属の者を除けば最も有名な剣士の一人だ。

 『聖剣の一振りに魅入られ、一国をも滅ぼした』というもはやおとぎ話の領域のような経歴を持つ剣士だ。

 そこからどういった経緯からか、正気を戻し『ナイツロード』の幹部の一人として現在活動している。業界の中では割と周知のことだ。


「ならば戦力としては申し分ないですね」

「そうなんです! 手抜きはできないですケド、報酬もイイですし参加しておきたい作戦ですよね!」


 報酬もよく、この作戦に参加したことは〝良いキャリア〟になる。

 良い仕事、だろう。


「後は明後日行われるらしい『大征伐作戦会議』で詳しい情報が聞けると思います」

「そうですね……やはりそこで聞くのが一番ですね」


 その方が一番確実で多くの情報が入るだろう。結局そういう結論に至った。


 話に一区切りがついたところで、食堂を出た。もちろんお代は払わせてもらった。


 その後、モルタさんと一緒の宿屋に泊まることになった。一応部屋は別々だが、何度か一緒に行動することになりそうだ。

 土地勘があり頼もしく、退屈しのぎにもなるので良いことだ。

 

 

 次の日はモルタさんと一緒に包帯などの必須な消耗品などを買い物したり、食事などして過ごした。


 そして更に翌日、一緒に『大征伐作戦会議』に出向くことになった。

 顔合わせと、作戦の確認、参加手続きなど諸々行うのもそこだ。

 


□◾︎□◾︎

 


——ここから前書きにする予定だったけど、取り敢えず読んでほしかったので後書きにしたもの——

 

 ども、影さんです。以前書いてた『音女の騎士と、殲滅の剣士』は、結局ボツになったので今回書き直してます


 アレから結構〝ユースティア〟という世界観の設定が色々更新・変更されてる(詳しくはこちら)のでまあまあ内容も替わってたりします。(いうて前回のも結局ホンへまで入ってないから大した差はない)

 そんな〝ユースティアという世界観〟を知ってもらいたい前知識が無くても読めるものを書きたいというコンセプトの下、今回書きました。


 それと、どうやら私が小説もどきを書くと長くなるっぽいので3、4話構成でいきます。

 書けるかのかどうか疑わしいでしょうが、長い目で見てもらえればと思います。

 

続く。といいなあ……

『零影小説合作』第十五話〝未練の鼻歌〟

 どうもお久しぶりです。影さんです。
 メチャクソ久しぶりの更新です。
 最後の更新から二年近く経っていますね。
 その間にやったことといえばオフ会とフィリアスさんの設定を考えるのと棒バト合作ばっかりやってたとかそんな印象ですね。

 ……フィリアスさんの小説も書かないとなあ……

 


 先日もゼロ君とオフ会し、少々この小説について今後の大まかな流れについて打ち合わせしました。
 基本的に大まかな流れに従いつつも、アドリブで行き当たりばったりに進めていく感じになるでしょう。
 打ち合わせの時、ゼロ君が序盤で「なんでこんな新しい設定をポンポン置いたんだ俺……」って喚いていたのが印象的です。

 ともあれ、久しぶりの更新。あれから全然文章書いてなかったので、色々変なところがあるかもしれませんがどうぞ温かい目で見守ってください。
 では本編をどうぞ


□◾︎□◾︎

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 目的はなく、ただ衝動のままに駆けていた。

「待ってくれ! ジーク!!」

 喉元を震わせ、ただ目前に立つ小柄な背中に叫び追いかける。

 さほど距離感は覚えないというのに、どうしても肉薄のできる距離まで踏破する事が叶わなかった。

 筋肉が軋み、息急き切りながらも名前を呼び続ける。
 夜にも似た陰鬱な暗闇が立ち込めるの中で、悲壮な雰囲気をだすジークの背中は翻すことを忘れただ先を見つめていた。

 体力が削がれる感覚が浅薄となる度に、足と地面が擦れる心地に違和感が走る。

 どれほど走り続けたのかも既にどうでもよかった。

「すまない、アーサー」

 その一言に感化されアーサーは歩みを止めた。

 アーサーを息を切らしながら表情に一筋の汗が灯る。

 しかしその汗は単なる疲労の産物ではなく、目の前のジークに対する冷や汗にも似たものであった。

「ジー、ク?」

 胡蝶蘭のような白髪は赤黒い血に染まり、その足元には蒼白とした表情で倒れこむ幾ばくもの鬱積とした骸がジークに手を伸ばしていた。

「なぁ、アーサー。お前は、人を殺したことがあるか?」

 人を、殺したこと
 アーサーの要領と打算を遥かに超えたその冷え切った言葉にただ息を潜め下を俯くことしかできなかった。
 俯くと同時に両腕に力がこもる。
 どういう、感触なのか、感情なのか、重いのか軽いのか、それすらも今のアーサーには理解の及ばない領域であった。

「ジーク、どういうことなんだよ。お前に何があったっていうんだ!」

 ジークに向けて言葉を発したその瞬間、アーサーの死角に気配が走る。

 完全に動揺していたアーサーは一歩反応が遅れてしまったアーサーはどこからか伸びてくる痩せ細った皮だけの手に拘束される。

「クソ! 離せッ! ジーク、ジーク!!!」

 その腕からは連想できない恐ろしいほどの筋力に抗拒し続けるアーサーとは裏腹に、ジークはその紅色の月のような瞳を翻す。

 その瞳にはあの頃の面影は含まれていなかった。

 絶望と渇望に揺れ動いてもなお、その瞳の鼓動には高みを望み続けるという強い意志の鼓動を感じさせられる。

 その瞳の冷酷さと容赦のなさに接ぎ穂を失ったアーサーの身体は容易にその腕たちに絡まれ、呑まれていった。

「……ッ!!」

 そこでアーサーは意識を覚醒させた。
 緊迫とした身体には力がこもっており、多少の疲労感を覚えるが実害が及ぶほどではない。

 なんとか憔悴した身体に力を束ね、ベッドから起き上がるとアーサーはジークが登場した夢の内容を再び思い出す。

 ジークの変容してしまった姿と、その下に積まれた幾ばくの骸たち。そして絶対的に立ちふさがる壁を思わせる纏う雰囲気。

 夢だけの出来事であってほしいと願いつつ、アーサーは外へと向かった。



「ねー、今日は何処に行くの?」

「なんだ、その毎日何処かへ遊びに行ってる貴族の子どもみたいな聞き方は。今日中に隣の『キャクルエ』という村に行きたいところだな」

 いや、貴族の子どもであることには誤りはないのか。

 そう思考しつつ律儀に返答するアーサー。
 時刻は昼前。悪夢を見て飛び起きたアーサーは、寝覚め悪くもエノ達が起きるまで日課の鍛錬をした。村民達も起きて洗濯を始めたり農具を持って畑に向かったり、村に活気がではじめたくらいの頃に起きた寝ぼけ眼のエノ達と共に少し遅めの朝食を済ませ、宿の精算を終え村を出た後である。

 『キャクルエ村』。これはアスタロトに昨夜指された次の目的地である。都市に入れず困ったというタイミングで都合良く現れ、解決策を示す。
 怪しすぎる。可能ならば彼女の導いた路を使わずになんとか首都まで行きたい。
 しかし、第三都市ライダパールを通らず首都まで行くとなると、比較的治安が良く安全な街道から外れ、北は林、南は河川を通って首都に行かなければならない。
 林は猛獣に襲われる危険がある上に補給がままならない。河川は食材や水の確保はできても結局野宿になってしまう。反対側は森に面しており、こちらもやはり猛獣などに襲われないという保証がない。

 つまり都市ライダパールは避けて通れず、しかしその都市には普通の手段では入れない。
 結局はあの赤い悪魔が教えてくれた手段をとることしかアーサー達にはできないのだ。

(ああ。忌々しい。何故私があの得体の知れない存在の掌の上で踊らなければならないのだ。ただただ忌々しい)

 アーサーは心の中でそう悪態を吐きつつ、きびきび歩く。

「その、キャクルエ村に行ってどうするの?」

 エノがアーサーに問う。
 当然の疑問だ。エノ達からしたら村で取り敢えず落ち着くと思った矢先に急に次の目的地ができたのだから。

「ああ、それは——」

 咄嗟に聞かれ、刹那の間にアーサーは言い訳を考える。

「まあなんだ。食事後、お前達が部屋に戻った後に食堂で拾った情報でな。『キャクルエ村で都市へ続く隠し通路がある』という情報を得てな」

 半分嘘だ。食事後、情報収集をしたのは本当だが拾った情報はこのパフーム村周辺地理と現在の周辺国家の情勢だ。

「ふーん……」

「……なんだ」

 エノは納得したのか微妙な表情でアーサーの目を見据える。
 アーサーはなんてことない顔をしつつ、何故か背中を冷や汗で濡らす。
 ジャーナは歩きながら鼻歌混じりに石を蹴って遊んでいる。無邪気すぎる。

「なにも。どれくらい歩いた先にある村なの?」

「あ、ああ、馬を用いて三十分程度らしい。恐らく私たちの足で二時間半くらいだな」

 心の中で溜息を吐きつつ質問に答える。
 相談なしに私の独断で決めていることに不満があるのかもしれない。
 直近の目標は騎士叙勲を受けることであり、それは首都でのみ行われる。具体的に何をすれば平民が騎士になれるかは分からないが、今は戦争中だ。いきなり騎士にはなれないかもしれないが、前線での武勲次第では望みはあるだろう。

 問題はこの国——『アルカニス王国』を吸収した『レトアニア連邦』——が今争っているのは生前私が統治していた『ザムンクレム王国』であること。国王だった時は正直そこまで民を愛していたわけではないが、しかしやはり自分に忠誠を誓っていた臣下達と敵対するのには戸惑いがあるものだ。

 まあ今のうちにそんなことを考えても仕方がない。まずはこの国の兵になって前線にでなければ意味ないことだ。

「それにしても、治安がいいな」

 歩き始めて一時間半が経ったくらいで休息と昼食をとっているなか、私はそう呟く。
 こんなガキ一行が徒歩で移動しているにも関わらず、盗賊に襲われない。
 そう簡単に盗賊ごときに負けるつもりはないが、女二人をかばいながら闘うのは厄介な展開だ。キャクルエ村に移動する行商人かなんかを見つけてから同行したかったところだったが、パフームからキャクルエに行こうとする者が居なかった。日が悪かったか、キャクルエに行きたがらない理由があるのか分からないが。

 止むを得ず徒歩での移動となってしまった。それでも盗賊に襲われずにいるのは運がいいと言えるだろう。
 危険がないので変に時間かかることがなさそうだ。

「レトアニアの騎士は強くてすごいからね!」

「そうなんだねー」

 誇らしそうにするジャーナに対し、エノが苦笑を交えつつ相槌を打つ。
 予定では昼過ぎに村へ着き、宿を見つけてから村人と接触するというものだ。今日中に『リアーン』という者に会えれば重畳だ。急ぐとしよう。

 

 

□◾︎□◾︎

 

 次回はいよいよキャクルエ村に着きますね。
 首都到着まで3/5と行ったところでしょうか。
 次回をお楽しみに!

『第二回零影会合 in 名駅』レポート

 私の起床は午前八時だった。
 その日は先月より予定されていた第二回零影会合である。
 厳密にはこれで会うのは三回目なのだが、一番始めに会ったのがその時の気分と偶然によるものが大きく、充分に計画を建てて会合を行った回数を数えるのならば一番始めに果たした対面はカウントされない。強いて言うのならば第零回零影会合である。

 閑話休題。本題に戻す。

 私の起床は午前八時だった。
 私はそこから二度寝をした。
 何故なら集合時間は午前十一時であり、集合場所が近くの駅から電車に乗って十分程であり、自分は準備をするだけなら食事も含め三十分で事足りるからである。完璧な計算だった。
 また九時に起きれば良いや、睡眠時間が欲しい、と私はそこから凡そ四十分、枕に頭を預けた。

 二度目の起床は午前九時だ。
 布団を畳み、歯を磨き、顔を洗い、珈琲を入れ、トーストを作り、朝の食事をした。
 そこまでの一連の動作は近頃の習慣、即ちバイトの日々の毎朝の習慣というのもあり、時間にして五分くらいしか時間を掛けていなかっただろう。

 トーストを口に入れ、咀嚼をしていたら側に置いていたスマホがバイブレーションを起こす。通知が入ったのだ。
 ツイッターの通知だろうかと思い、一応確認したところ、それはゼロ君からのLINEによるメッセージが来ていた。
 内容はこうだ。

『ごめんな影さん』
『遅れるわ』

 というものだった。

 そんなメッセージを読むと脳がそのメッセージと今日の予定についての確認を行う。無意識にだ。
 そして一つの疑問に辿り着く。

 何故ゼロ君は九時の時点で遅れるとメッセージを送ってきたのか、というものだ。
 彼の住む地域から、今回の会合の舞台である名古屋駅までは電車に乗れば集合時間である十一時には余裕で間に合うはずなのである。

 そこで初めて私は己の勘違いに気付く。
 昨日のやり取りを確認すれば、午前十時を集合時間に決めた自分のメッセージがあった。
 時計の針は午前九時十三分を示していた。

 それからというもの、私は急いで珈琲を飲み干し、歯を磨き、着替えていた。家を出たのが九時三十分丁度だったはずだ。

 私は通勤の度に乗る、相棒の自転車を乗り近くの駅まで飛ばした。
 因みにこの相棒、業腹なことに父親が買った高価なもので、電力アシストがある便利な自転車である。
 私はそれを活用しつつ、それこそ風のように駅へと向かった。

 駅のホームに着く頃には丁度電車が来ており、すぐに乗った。
 その時にはまたLINEによるゼロ君からのメッセージが来ていた。

『ダメだこれ確実に10:30ぐらいになる』
『俺の不注意で予定していた時間の電車に乗れなかった』
『すまんな』

 という申し訳なさが緊々と伝わる文章だった。
 私は自分も時間に間に合うかどうか、怪しいものだったので都合の良い報せに内心ガッツポーズしつつ、通勤ラッシュかなんかの影響だろうかと思い、

『別にええぞ
 時間が時間だしな』

 と返したのであった。


 私が名古屋駅に着いたのは十時三分だった。本来なら遅刻である。

 電車に乗りながらもゼロ君との連絡は続いており、集合場所の認識の確認を取っていた。
 当初の予定では名古屋駅近くのマック前というものだったが名古屋駅周辺、名古屋駅の地下街『メイチカ』の中にあるマックだけでも合計三、四つあるもので非常にややこしかった。
 そうやって連絡を取りながら歩いていると視界に『金の時計』が入った。
 そこで私は閃く。そういえば、名駅の待ち合わせ場所といえば『金の時計』か『銀の時計』が定石であった。ならばこの『金の時計』にしよう。私より名駅にきた回数が多そうなゼロ君ならすぐ分かるはずだ、と。

『閃いた
 金の時計で待ち合わせよう
 時間は10:30で良かったな?』

 と、私はゼロ君にメッセージを送った。

 そうして私達は午前十時三十八分に対面を果たし、その日、その月の会合を始めた。


 初めに行ったのは名駅近くの『アニメイト名古屋店』だ。
 否、それには語弊があった。
 初めに向かったのは『アニメイト』付近にある『LAWSON』だ。
 私はそこで一万円のiTuneカードを買ったのだ。

 その後、二人で『アニメイト』へ向かった。
 私達が発売を待ち望む『音使いは死と踊る』を出版する某ライトノベル文庫の書籍群を見て回ったり、好きな小説について語り合ったり、好きな小説を勧められたり、といった具合である。

 そこから私達は一度手ぶらで『アニメイト』を出た。
 そのままとらのあな名古屋店へ向かった。
 入った当初は何処にライトノベルがあるか分からず、取り敢えず二階に上がったのである。そこはコミックなどがメインで売られているエリアだった。

「ちょ、ラノベは一階じゃねえの?」

 ゼロ君のその一言で私達は一階へとまた降りた。
 そこには、CDやDVD、Blu-rayが売られてるエリアだった。
 そこで私は瞬時に階段付近にある案内を見てラノベは三階にて取り扱われているというのを確認し、三階へと上がった。

「つうか四階・五階の女性向けって、絶対BLものだよな」
「それを言うなら七階・八階の成人向けとか絶対行ったらダメなヤツだろ」
「それな」

 そんな会話をしつつもラノベエリアである三階へと着く。
 ゼロ君はどういう印象を受けたかは定かでは無いが、私が受けた印象は『アニメイトよりショボそうだな』、というものだった。
 しかし見てみると中々品揃えが良く、私達が好む作品であり前述した『音使い』の作者が書いた作品も売られていた。
 タイトルは『転生!異世界より愛を込めて』というものであり、とらのあな限定特典書き下ろしSSが付属されていた。それを見た私は衝動的に買うことを決心した。時間にしてコンマ七秒程だろう。

 そして私はゼロ君の勧めで『灰色のグリムガル』の第一刊も買い会計を済ませ、とらのあなを出た。

「ちょ、俺さー。朝飯梅おにぎりしか食ってなくって、腹減ったんだよね。食いたい」
「せやな。俺も食うとしよう。腹が減った」

 十一時三十分くらいを回った頃だった。
 ゼロ君の提案で私達は『アニメイト』近くにある『すき家』へと向かった。

「えー牛丼にする? マックにする? マックだと一度通った道を戻らなきゃいけないけど」
「俺はどっちでもいい」
「その返答が一番困る」

 どっちでもいい、と言ったのはゼロ君である。
 当初の計画では、『マクドナルド』で昼飯を食うと決めていたので、少しどちらで食べるかで迷ったのである。

「じゃあさ、マックが混んでたら違う店にしよう」
「おけ」

 その提案を出したのはどっちであっただろうか。私達はその意見に賛同し、実行した。

 移動時間にして十分ほど。私の最近のバイトの話題で話しながらマックへと着いた。
 中は行列というほどではないにしろ、待ち時間が掛かりそうなほど列ができていた。

「あーこりゃダメだな」
「せやな。何処で食おうか」

 途方に暮れ、マック前にあるベンチで腰を掛けながら私達は考えた。

「うーんじゃあ吉野家にする?」

 ゼロ君の提案に私はすぐに検索し調べた。
 先ほど行ったすき家より遠い。

「いや、さっきのすき家より遠い」
「マジかよ……じゃあどっかいいとこないかな」
「俺もあまり詳しくないんだよなー」

 再び途方に暮れる。こういうナヨナヨしたものは良くない。そう判断した私はすぐに決断をした。

「よし、さっきのすき家にしよう」
「マジで? 戻るの?」
「いやだって、それ以外思い浮かばないし」

 と、いうことで私達は『すき家』で昼飯を済ませた。
 因みに私は特盛牛丼を食べた。美味しかったがメガ盛りにすれば良かったと少し後悔した。

 そのあと、やけに肌色が目立つ『メロンブックス』に立ち寄り、『ビックカメラ』へと寄った。
 調べによればここに『namco名古屋駅前店』があるはずなのだが見つけられず、何処か座りたいと私達は思い、ゼロ君オススメの名駅のデパートにあるカフェへと向かった。

 そこは見晴らしの良い景色が楽しめるところで、天気さえ良ければもっと楽しめたであろう洒落たカフェであった。
 私はブレンドコーヒーのホットとティラミスを食べた。

 そのカフェで私は先ほど買った、一万円のiTunesカードのコードをiTuneにて登録し、某竜道のソシャゲにて十一連ガチャを回し爆死した。

 その頃には午後二時を回っていた。

 この後も会合という名の暇潰しは続いたのだが、時間が無いのでまたの機会にしようと思う。

ご報告

 まず去年、2015年12月20日よりフィリピンから日本へ帰還しました。やっと、って感じですね。
 一時期もう駄目だ、ってなったこともありましたが、なんとか帰ってこれました。
 報告が遅れたのはまだ携帯など持っていなかったなどの理由があった次第です。まあ、報告が遅れたくらいで迷惑する人なんて私ァ知りませんけどね。一応です。

 さて、これからの活動のことですが、まず予定していた小説投稿サイト『カクヨム』でのコンテスト出場は断念することにしました。色々ドタバタしてるんです。
 ですが、その内出来れば小説連載したいなあ、とは思っていますよ。その時またご報告(宣伝)するでしょう。
 次に、私、白紙マニュアル(影さん)と空白のゼロ(通称:ゼロ氏)の小説合作ですが、お互い現実での事情などもあり、もう暫く更新が遅れるかもしれません。まあエタらせるつもりはないですよ。つまりは、無いです(強調)。
 最後に、『ナイツロード 外伝 -音女の騎士、殲滅の剣士-』の後編に関しては、今月か来月中に更新出来たらなあという感じです。進捗を言えば、5300文字でまだ半分行ったくらいです。無駄な文章や表現も多いので、修正込みで8000文字から9000文字にする予定です。暫くお待ちください。

 では、新年の挨拶で締めましょう。




 明けましておめでとうございます。今年も何卒、この私をよろしくおねがいします。

『零影小説合作』第十四話〝億万の星空〟

 主人公のラッキースケベって物語ではもうお約束ですよね。
 
□◽︎□◽︎
 
 
 
 
「ふふ〜ん」
 
 よほど機嫌がいいのか、少女は地平線まで続く木と草の真ん中にある一本道を、前進しながら器量な鼻歌を披露する。
 エノはそれを微笑で見つめ、アーサーは鋭い眼光を放ちながら、それを監視している。
 
 騎士になりたいと、勇猛果敢な宣言をしたのはまだ良いが史実、まだ単なる恣意的な子供には変わらない。
 目を光らせて見張らなければ、唐突とは言え何を引き起こすか分からないのだ。
 
 何か気を紛らわす方法はないかと試行錯誤する。
 
 それならば会話を行い、その好奇心を踏み潰してまで、安心して首都に辿り付かせようと考えついたアーサーは、適当な質問をする。
 
「そういえば、お前の名前を聞いていなかったな、少女。なんと言——」
 
 不意に言葉が途切れる。
 
「もういないよ」
 
 エノが、首を少し傾け少女に呆れた様な雰囲気を出す。
 
 無邪気な容貌と黒髪が目の前から消失したかと思うと、見知らぬ銀髪の男に声を掛けていた。
 
「お兄さん! この大きなものはなぁに?」
 
「え? ぼ、僕!? 僕に聞いて、ええっと、あのええっと」
 
 エノはひたすらに苦笑を続け、アーサーは勘弁してくれと顔面に書き込む示威で、少女を回収しに行く。
 
「おい、やめろ」
 
 躊躇いなく他人に突撃して行った少女を、まるで苦虫を食べたかの様な表情で、襟を掴む。
 
「あ! 離してよ! まだ話してる途中!」
 
「お前、図に乗るなよ……? 私たちの旅に無理矢理同行させてやってるんだから、そのイージーな頭をなんとかしやがれ!」
 
 天と地を裂く巨大な悪魔のような、恐ろしい形相を顔に浮かべながらアーサーは叱咤する。
 
「わああああ!?」
 
「ヒィィィィ!!」
 
 その無駄に畏怖すら覚える叱咤に、驚愕した少女と謎の男。
 
 そこらの山の木が、全て抜け落ちるような嘆きと戦慄して震え上がった声が、辺りの空間を削り取る勢いで支配した。
 
『ご、ごめんなさい』
 
 何故か少女と共に、意味不明な土下座をし謝罪を述べまくる男。
 
 流石のアーサーとエノもこの光景に困惑した。
 
「も、もういい、頭を上げろ。他人にまでそんな謝れ方をされると罪悪感が増す……」
 
 苦し紛れに紛糾した状況をなんとか正そうと、自らも悪かったと肯定するアーサー。
 
「それにしても、そちらの男の方は誰なの?」
 
 エノが今だ未開な謎の銀髪男に誰何する。
 
 濁る声で、何かゴチャゴチャと呟いている為によく理解ができない。
 
 よほどの人と顔を会わせることに逡巡していないのか、まるでその体とは正反対だ。
 
 今は恐縮しすぎで、地面に情けなく疼くまっている為に、そう明細には姿を捉えることはできないが、とにかく体立ちが素晴らしい。
 
 まるで、先ほどの街で襲ってきた大男と比較すれば小さい方だが、まだいい勝負をしているとも言える。
 
 恐る恐る、その銀髪の男は体を優雅に泳ぐクジラのようにゆっくりと上げる。
 
「で、でかいな……」
 
 顔立ちは輪郭と比べて、少し整っていない部分がある。
 
 だが一度戦場に行けば、重い槍を過激に振り回し敵を容易く駆逐できるとも言っても良いほどな、勇ましさと威圧さを感じさせるガタイだ。
 
「あっ……」
 
 するとその銀髪男はエノと不意に目を合わせたかと思うと、そのまま動かなくなった。
 
 というより、視線が一本線の様に真っ直ぐエノを見つめている。
 
 見惚れたのか、それとも会ったことがあるのか、顔全体を赤に染め上げて横に顔を俯かせる。
 
「おい、名を名乗れと言っているだろ」
 
 それを見て血管を浮かばせるようにして、憤怒と嫉妬を混ぜた顔立ちになると、男の肩を人一倍強く叩く。
 
「あ! す、すみません。つい……ぼ、僕は吟遊詩人をやっているクレマスという者です……。今、首都から帰還した所なんですよ」
 
 喋り方からして、当の本人は心細い感じがあり、あまり頼りならないヒョロヒョロとした見窄らしい声だ。
 
「はぁ。えぇっと、すまなかったな。連れが迷惑をかけた」
 
「き、気にしないで下さい! ぼ、ボーッとしてた僕も悪いので」
 
 今度は謝罪大会が開催された。
 
 このままでは互いに譲り合いという、逆風流れぬ無の境地に化してしまう。
 
 それは時間の無駄だと、無駄を嫌うアーサーにとっては望ましくないビジョンだったので、無理に話しを転換させようとする。
 
「そ、そういえば! なんか首都で変わったことはないですかな! なんか!」
 
 自分にとっても突発的な事をしたので、やはり色々と鈍る。
 
 そしてその妙に奇怪すぎる焦り具合に、アーサーも思考を一蹴させた。
 
「やべぇ、やべぇ……」
 
 それを小声でつぶやくアーサーを見た少女も一歩退く。
 
「うわ、凄い冷や汗」
 
 白い空間に、ただ文字が浮上するだけで話題の引き出しからは一切と紛らわすもの言葉が空だ。
 次第に、無愛想な表情にことごとく変貌して行くアーサーを見て、クレマスは歪んだ笑顔を見せる。
 
 ーー察した。
 
 その笑顔をみて岩石が砕けるように、自分の中のプライドというプライドが悲壮な音を立てて破壊される感覚に陥り、欠落する。
 
「そ、そうですね、やっぱり南の大帝国ぐらいですかね。物凄い科学力も発展していて、静電気やらなんやらまで己の力に変えて操れる人間もいるみたいで……少し首都ではそんな噂が取り巻いていますよ」
 
「首都でそれまでも?」
 
「いえ、そんなに広範囲ではないようです。あ、後そういえば、首都はその為に厳戒態勢に入ったらしく、この先にある首都に続く鋼鉄の門はもう閉まるみたいです」
 
 その言葉に三人は今にも髪の毛が抜け落ちるかのように過激な反応をした。
 
「まずい! はやくいかなきゃ!」
 
「こんな所で暇してる場合じゃない!」
 
「あ、ありがとうな! 色んな情報! 急げ走るぞ!」
 
 本当に今知った事実の様で、我忘れ真面目な雰囲気を破壊すると、後二、三分走れば嘔吐して動けなくなるのではないか、という速さで何処かへ消えた。
 
「ど、どうしようかな……」
 
 吟遊詩人はそう言って、悲観な断末魔が響く一本道を走り続ける三人を、見えなくなるまで目で追った。
 
 
 
 
「ん? 貴族のご子息様と、従者達かい? こっから先は身分がハッキリしてる奴しか入れないんですよ。通りたいなら紋章かなんか、身分を証明するモンを見せてもらってからじゃないと通せないんですよねえ」
 
 威圧感のある全身甲冑を纏った大男は、槍を片手に持ちながら調子の抜けた口調と声音でそう言った。
 最近は何かと大男をよく見る。暑苦しいものだ。
 
 一行は首都セントヴィールタニアの一つ前の街、第三都市ライダパールの城門前まで来ていた。
 時刻は夕方である。
 
 あの調子が狂う銀髪の男……クレマスの情報、「厳戒態勢に入り、鋼鉄の門が閉まる」と聞いて走り出たアーサー達だったが、途中でバテて休憩で大きくタイムロスするのは火を見るよりも明らかだったので、少し頭を捻った。
 そこで浮上した提案とは、「首都に向かう行商人の商隊に便乗すれば良いのではないか」というものであった。
 
 これが上手く行き、何とか一週間以上掛かる第三都市ライダパールまでの道程を、大幅に時間を短縮し三日間で着くことに成功した。
 
 しかし結果的に間に合わず、門前で止められたのだった。
 因みに旅路を共にした商隊は身分証を出し、先に進んだ。
 
「あ、い、いやー、紋章は屋敷に置いて行ってしまってだな。だよな、エノ」
「え……? あ、う、うん。はい」
「紋章……!」
 
「と、いう訳なんだ。私達は大事な用があるのだが、なんとか通してもらえないか」
 
 アーサーは渾身のアドリブで迫真の演技をしてみせ、エノもそのアドリブに乗っかって見せる。
 一方黒髪……商隊との旅の間に聞いて分かったのだが、名前はジャーナ・レイラーンというらしい。
 彼女はイマイチ分かっていない様子で、しかし紋章という響きに何かを感じたのか、目をキラキラと星のように輝かせていた。
 アーサーの本音としては、得物も揃っているので門番を斬ってこのまま通りたかった。
 しかしそんな短気なことはしたくない上に、必ず面倒なことになるので絶対にしない。
 
「すみませんねえ。都市内に貴方がたの身分を証明できる人が居れば、確認の出来次第通してあげられるんですがねえ……」
 
 門番は顔を露出させたヘルムを拳で軽く叩き、困った様子で音を鳴らしながら謝罪を述べた。
 彼は、アーサー達が我が強い貴族で無理矢理通ろうとし、騒ぎになった場合を恐れているのだろう。こういった仕事の者は大変である。
 
「そうか……。困ったな……」
 
「こちらも仕事なのでね。お引き取りください」
 
 それを聞いたアーサーは仕方なくトボトボと元気なさげにUターンをしてその場を去った。
 エノとジャーナも目を合わせながら困った表情でその後を着いて行く。
 
 暗くなり始めた空の中、歩いていく少年少女達の様子を、門番は困惑した顔で見送った。
 
 
 アーサーは歩きながら今後はどうしたものか、どうやって首都まで行くか、など色々と考えていた。
 二、三日程度なら野宿しても良いのだが、成る可く女子を外で寝かせるのは避けたい。警戒の為にもアーサーはあまり寝れないというのもある。
 
 という訳で三人は、第三都市ライダパール近辺に存在する村で当分過ごすことにした。
 
 空が完全に暗くなる前に行動に出たアーサー達は、夕飯時になんとか一つ目の村に着く。徒歩にして約三十分の距離だ。
 
 その村は珍しく旅人に友好的な態度をとっている村であった。
 暗いのでよく分からないが、何と無くアーサー達のイメージする村より幾分か発展している村だというのが分かる。簡単に表現すれば街一歩手前と言った感じだ。
 
「よお、お坊ちゃんと嬢ちゃん達。パフーム村へようこそ。疲れてるだろう。宿屋まで案内したろか?」
 
「歓迎には感謝するが、案内はいい。ありがとう」
 
 話し掛けて来たのは豊麗線が刻まれた五十代と思われる初老の男性だ。
 宿屋までの案内を断ったのは案内料を払わされたり、無駄に高い宿屋に案内されたりするからである。
 これまでの旅でアーサーも学習した。もう彼を世間知らずの〝元若き国王〟と笑う者も居ないだろう。始めから居ないのだが。
 
「お兄さん、もう疲れましたー」
「我慢しなさい」
 
 ジャーナとエノの会話がアーサーの背後で繰り広げられている。
 ジャーナは良くも悪くも、歯に衣着せぬ発言が多いので、今回みたいなわがままを言うたびにエノが窘めるのである。
 
 ここ一週間だけで随分と仲が良くなったものである。
 同じ女子であるということも関係しているのだろう。
 しかし傍目から見れば二人は姉妹のようだ。特に今みたいな暗い場所では、エノの美しい青髪もそこまで目立たない。
 
 そうして二、三軒ほど宿屋を周ったところで良い宿屋が見つかったので、取り敢えず三人部屋を一週間分、朝夜の飯付きで貸してもらうことになった。
 
「あいよ。三人部屋、朝晩飯付きの一週間分で銀貨二枚と銅貨九枚だ」
 
 アーサーは銀貨二枚と銅貨九枚を渡す。
 
「ひ、ふ、み……丁度だね、毎度。部屋は三階の部屋で好きなとこを選ぶといいさね。赤い札がぶら下がってるところは、使用中だから——」
 
 受付の女将の説明を適当に聞き流した後三階に上り、適当な部屋を選んで扉に赤い札を下げる。
 
「はー! 疲れたー!」
 
「はあ」
 
 部屋に入るや否や部屋にある三つのベッドで、一番扉に近いところにあるベッドにジャーナは飛び跳ねてダイブする。
 しかし、疲れたのにはアーサー達も同意見なので咎める気力さえもない。
 
 アーサーは三人分の荷物を、扉から左手の角のところにある箪笥に整理整頓に心懸けながら仕舞う。
 
「そういえばアーサー。女将さんの話ではもう晩御飯食べれるみたいだけど、どうする?」
「食べる!」
 
「そうだな、二人は先に下へ向かうといい。私も後から行く」
 
「分かったー。ほら、ジャーナ行くよ」
 
 そう言って二人の少女はそそくさと部屋を出て行った。
 アーサーが二人を先に行かせたのは勿論理由がある。
 
「ふぅ」
 
 そんな軽い溜息はアーサーから出たものではなかった。
 
 アーサーは忌々しそうな表情をしながら、箪笥からゆっくりと離れる。目線は箪笥の口を見ていた。
 ふと、縁に白い指が重なる。
 
 アーサーは眉間に皺を寄せながら、苛立たし気に口を開く。
 
「随分とまあ、スカした登場の仕方だな」
 
「ふふふ。ドキドキするでしょう?」
 
 箪笥の中から出てきた声の主は、場違いな青いドレスをした赤髪の美少女だ。見た目ではジャーナとそう変わらない年齢に見えるが、彼女は人間ではないため正確な年齢は分からない。
 
「——アスタロト
 
「はいはーい。お久しぶりねえ」
 
 約二年と一ヶ月ぶりの、悪魔との再会である。
 
 アーサーは彼女を睨み、様子を窺う。
 怨みという怨みは無いが、この悪魔は非常に胡散臭い態度を取るのだ。
 以前会った時よりも戦闘力が上がってるとはいえ、またこうして目の前に立たれてまだ彼女の領域には達してないことを、アーサーは嫌という程感じてしまう。
 
 アスタロトは前回も前々回も同じことだったが、敵意という敵意はない。
 しかし油断してはいけない。彼女なら、ほんの数十秒でアーサーを殺めることができるからだ。
 
 アーサーは眼を目一杯開き、目線をアスタロトに固定させながらいつでも逃げ出せるように姿勢を低くする。ここで戦闘になればまず命はない。逃げ切れる確率は低いが、そこに賭ける他ない。
 ここは会話の相手をしてさっさと失せてもらうのが得策である。彼女は胡散臭いのだから。
 
「全く酷い評価だよね。もっと優しい顔で見惚れてくれれば良いのに、相変わらずなんだからあ」
 
「なら、お前の言動を改めたらどうだ? 人外ではあるが、お前は美しい。態度次第では可愛がりたいくらいにはな」
 
「あらまあ。そんなこと言われると照れちゃうわ」
 
 悪魔は頬を赤らめながら、照れ臭そうに身を捻る。
 一々動作があざとい。本当に普通の女子だったらどれだけ良かったことだろう。実に不快で、アーサーの神経を的確に逆撫でしている。
 
「今回は何の用だ」
 
「分かってるんじゃないのー?」
 
「……」
 
 問題が発生した時に出てくるのだから、胡散臭い彼女ならそれに関する情報を持ってくるのだろう。
 何の目的があるのかは分からないが、掌の上で踊らされているような気分になるのでアーサーにとっては不愉快の他なかった。
 
「貴方が恋しくなってきたのよー。ハグしたりしたいなー、なんて?」
 
「はぐらかすな。要件だけ言ってさっさと失せろ」
 
「きゃー。本当、冷たいんだからあ」
 
 熱っぽい声と目線をこちらに送る美少女は、実に挑発的である。
 無論アーサーは警戒したままである。アーサーは要件を茶化して後回しをするアスタロトに焦れったさを感じ、怒気を発し始める。
 
「ふふっ、そんなに焦らなくてもいいのに。ああ、女の子を下に待たせているんだっけー?」
 
「早く言えッ!」
 
 アーサーは怒鳴ってしまう。アスタロトはそんな彼の様子を見ながら、やはり誘うような笑みを浮かべるのみである。
 アーサーはそんな彼女の様子に、更に怒りを膨らませるが、それと同時に頭の何処かが冷えて行き、冷静になることができた。一周周ったようだ。
 
 それからはアーサーは落ち着いて沈黙を保った。彼なりに何を言ってもアスタロトは、それを利用してはぐらかせてくると判断しての態度である。
 アスタロトはアーサーのその様子に、再び「ふふっ」と可愛げな声で鼻を鳴らし、口を開く。
 
「あの鋼鉄の門を超えるには、都市の南南西にあるキャクルエ村の隠れ通路を通ればいけるよー」
 
「……ッ!」
 
 彼女は軽い口調で簡単に解決法を言ってしまった。あっさり過ぎる。
 驚きに跳ねるアーサーの肩を見ながら、アスタロトは可愛い動物を見たかのように微笑みながら続ける。
 
「勿論、キャクルエ村の人達と仲良くなってからじゃないと、存在さえ教えてくれないんだけどねー」
 
 アスタロトは音を立てずに、反対側の窓へと歩きながら喋る。
 アーサーは視線でアスタロトを追いながら警戒を解かない。
 
「特にリーアンっていう子とは仲良くなっておいた方が、いいことあるかもー?」
 
 アスタロトは窓を開けながら、アーサーに顔を向けてそう告げる。
 アーサーはそんな彼女の様子を見ながら、疑問を述べる。
 
「なあ、教えろ。お前がなんで俺の益になることを教えるんだ。理由を言え」
 
「ふふっ。貴方に好かれる為、かなあ?」
 
 アスタロトはこの数十分とも数時間とも錯覚してしまいそうな会話の中で、何度目か分からない魅力的な笑みを作り、アーサーへ向けながらそう言い放った。
 美しい笑顔を向けられたアーサーだが、その表情は煮え湯を飲まされたように一層歪み、彼女に言い捨てる。
 
「ちっ。だからお前のことが嫌いなんだ」
 
「それは残念だわあ」
 
 アスタロトの情のこもった声と同時に、空気が微かに振動する音が響く。
 気付いた頃には彼女の姿が無くなっていた。
 
 アーサーは警戒態勢を解かないまま、窓際へとゆっくりと近付く。
 なんの違和感も消えており、窓から顔を出しても何もなかった。精々億万の星々が輝く夜空が見える程度だ。
 
 途端にアーサーの身体を安堵が包む。気付けば背中が冷や汗で濡れていた。もし彼女から本気の殺気でも浴びせられたら、と考えるとゾッとしない話である。
 
「はあ」
 
 アーサーは重い重い溜息を吐きながら上半身を裸にし、背中を汗拭きで清める。
 
「アーサー?」
 
 すると、扉が開くと共にエノの声が呼ばれたアーサーの耳に入る。
 しかしアーサーは精神的にも身体的にも疲れたので返事はしない。
 いそいそと拭く作業を続けながら、エノの言葉の続きを待つ。
 
 しかし数十秒ほど沈黙が続いた。
 流石に何かおかしいと思ったアーサーは、胡乱げな目で扉の方へ視線を向けるとそこには、
 
「あ、あぅ」
 
 そこには顔を赤らめて口をパクパクと開閉させる、白いうなじが魅力的なポニーテールのエノが、ドアノブに手を掛けた姿勢のままこちらを見ていた。
 
 アーサーは目の前に在る生き物を知っている。アレこそが天使と呼ぶに相応しい。
 
 取り敢えず、赤面しているエノを見ているとこちらも変な気分になるので、アーサーは声をかけることにした。
 
「え、エノか。私もこれが終わったらすぐ行くから」
 
「ひゃ、ひゃひ!」
 
 停止していたエノは、アーサーに声をかけられたことに気付くと慌てた様子で扉を閉めて、アーサーに聴こえるくらいの強い足跡を残しながら走って降りて行った。
 
「ふぅ」
 
 再び溜息を吐く。今度の溜息は先ほどより幾分か軽いものであった。
 
「一気に毒気を抜かれてしまったな」
 
 流石エノである、そうとしか言えない。
 
 青髪の少女の可愛さを噛み締めながら作業を終えたアーサーは荷物を片付け、部屋から出るのであった。
 
 
 その晩は飯を腹一杯に食べ、ゆっくりと泥のように眠った。
 明日からの英気を蓄える為にである。
 
 
■◾︎■◾︎
 
 
 次回は鋼鉄の門突破?! 彼らの元に何が待っているのか! http://kuhaku062.hatenablog.com/にてお楽しみに!

『零影小説合作』第十三話〝善意の笑み〟

 一章より文字数が増えて安定し始めてる気がする。

 自分は同じような表現を何度も使う癖があるのかもしれない。直していかなければ。

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 賑やかだった食堂は一気に消沈した。

 客は、岩の様に固まり出し唐突なことに動転している。

「あの輩たちは……」

 ズカズカと我がもの顔で大胆にご来客したのは、先ほどアーサーたちが助けた黒髪の女の子を脅し、襲っていた大男たちだ。

 二人組だったはずが、四、五人増えている。

 ——勝てないと悟った上で数を増やしたか。全くの悪党らしい愚考だ。

「おい! どこだオラァ! 金髪!」

 わきめもふらず、剣幕な大声を喚き散らし、昼間アーサーに痛手を負った、痛々しい部分を晒している。

 相当傷が深いのか、あれはもう戦える状態ではない。

 そしてなんとも滑稽な光景ではあるが、今は笑える心境でもない。

 だが、アーサーはあまり無関係の人間を巻き込みたくないという妙な良心か、はたまた常識的な思考が働いたか、潔く名乗ることにした。

「そこの下賤な悪党よ。私に用があるのだろう? 無様な傷を晒しながら店に堂々と入ってくるなどまるで昼に屈辱していた騎士のような勇ましっぷりだな」

 と、忌々しい口調で足を組みながら言う。

 わざとアーサーは悪党を煽った。

 あまり周囲に無駄な被害が及ばぬ様に、狙いを自分一点に集中させるためである。

 そして短気なその悪党たちはまんまと、アーサーの壺になんの躊躇いなく入って行く。

「あぁん? なんだと!? このクソガキ! テメェだな!?」

 そう言って、一人の大男が指をさした。

 それを見るやいなや、アーサーはご満悦な顔で組んでいた足を崩すと席を一旦離れ、余裕な足取りで悪党たちの前に阻み立つ。

 しかし、アーサーの口から出たのは意外な言葉だった。

「悪党共よ。ここは一旦和解しないか? お前と私の実力の差は歴然だ。なんとか端緒を見つけ出して

「は? お前と和解なんてするわけがないだろうが。俺らがお前を許すと思ってのかぁ?」

「予想通り言っても分からんやつか」

 溜息交じりに肩を落とし、顔を俯く。

 ピリピリとした空気がますます、純度を増してゆく。

「どうした? お前らはその精悍と威勢だけが取り柄か?」

 そして最終的に男たちの沸点を少し使役した。

 まずは見せしめとして一人倒す。

 そうすれば数で押せば勝てると、無理矢理にリーダーは思考して今度は集約して襲ってくるであろう。

 そこが要であり、アーサーの一つの作戦で颯爽と鎮圧させる為のチャンスでもあった。

「このクソガキィ! 俺らをなめるのもいい加減にしとけよ!」

 ここで、等々我慢が出来なくなり、腹を煮え滾るようにして憤怒した一人の悪党の連れの男が、アーサーに拳を振り下ろした。

 ——よし、まずは一人目

 そう心の中で安心したかのように呟いて手を握りしめ、構えをとる。

 相手は非常に典型的な攻撃方法だが、ストレートを放つ右手に威力をつけるために、右半身を捩じらせた。

 アーサーはそれを難なく回避すると、捻れた影響で体全身の体重を乗せていた左足を払った。
「ぐわっ!?」

 するとバランスを崩し、床に向かって頭から落下した。

 バン! という衝撃音は店の中を反響し、周りの客たちと大男たちを動揺させた。

 特攻した男はその過激な痛み耐えきることができず、エビのように丸まり、頭を抱える。

「くっそ! お前らも行け! こうなれば数でなんとかするぞ!」

『おう!!』

 リーダー格と思われる大男が完全に勝敗の効率を遺漏させた指示を出すと、纏まっていた男たちは乖離した。

 アーサーの予想通り、敵はリーダーを放棄し数で押してくる。

 動きから察するに作戦は、暫定には練っていないようだ。

 だがその中にも敵に利点はある。

 隙のない、素早い動きだ。

「これは、マズイな」

 予想外に団結力が高い悪党たちは、なんとも巧妙な速さと、息のピッタリさに危機感を覚え、冷や汗をかいた。

 二人ずつ、走りながらアーサーの左右に迂回し始める。

 だが今は好機ではない。

 扉へと一直線に伸びる道のりは障害物もなければ、防壁になる男もいない。

 まだだと、焦燥する精神を慰める。

 そして仏像のように動かなかった足に、本能が今だ! と命令を出した。

 その瞬間にアーサーはまなじりを決し、足を軋ませるように伸ばし走り出した。

「あがっ!」

「ぎえっ!!」

 左右から来た二人の男は互いに捕まえようと、板挟みのような形で迫って走っていたが、アーサーがその場から移動した。

 そのため、速度を落とすことができず衝突してしまい、額を凄絶に強打した。

 だが、アーサーの左右から来たのは一人ずつであり、リーダー格の大男から左右に同時に迂回したのは二人ずつの筈である。

「しまった! もう二人いない!!」

 咄嗟に気づき走りを止めるが、もう手遅れであった。

 机を踏み台にして一気に跳躍した悪党の一人が、左手でアーサーの首筋を掴み、床に叩きつける。

「これで終わりだクソガキ!!」

 そう言うと男はおもむろに、拳を振り上げる。

 このままだとタコ殴りだ。

 そう思い、照明を遮るほどの大男から視界を逸らすと、腰にセットしていた小刀を手際よく抜き出し、男が丁度踏み台にした机の軸に投げつけた。

 ここの店の机は一つの大黒柱のようなものが、バランスを保っている。

 だがなんの僥倖か、たまたまその机の中心の柱は見事に腐りかけており、少し衝撃を与えれば倒れそうな勢いだ。
 それに跳躍した男の重圧が加わり壊れやすくなっていた。
 流れるようにして小刀が、その中枢に刺さる。

 バキッ! という木が切れるような音がなると、男の頭に机の角が見事にヒットした。

「ぐっはぁ!!」

 当たりどころが良かったのか、右拳に入っていた力は水風船が割れるかのように一気に抜け落ち、男は目を回しながら気絶してしまう。

「よっし!」

 そう言って、死体のように動かなくなった男を退け、また走り出す。

 だが、そう易々と順調にものを運べることはまだできなかった。

「俺を忘れんなよ!」

 すると、昼間黒髪の女の子を脅し、襲っていたあの時のもう一人の大男がまた立ち塞がった。

 非常にめざましいが実質的にはかなりの強者に見える。

 昼間は油断していた所を狙えた為に倒せることが簡単だったが、戦闘状態が整っている戦士ほど恐ろしいものはない。

 だが、アーサーは一切慢心などせず、その巨体を上手く利用した。

「残念ながら俺の方が有利だ」

 アーサーの背丈では到底、大男の服の袖と襟をもつことはできない。

 しかし、何を思ったが、その男の服の裾を掴むと、猿ように跳躍して空中でバク転し、空気を切り裂く勢いで、頬に右足で強力な蹴りを一発いれた。

「うぐっっ!!」

 よほど威力が強かったのか、男の歯が折れて口から血が飛び散った。

 膝を曲げながら、伝承の巨人をも連想させる巨体が瓦解するかのように、崩れ落ちてゆく。

 ズシンと倒れる音ともに、ピンピンしているもうリーダーの大男に恐怖が伝播した。
 まさか本当に敗北するとは思いもよらなかったその男は、尻もちをつくように後ずさりをした。

「なん、だと!!」

「終わりだな。今すぐに降伏するなら見逃してもいい」

 もう手段がなく、後ろ盾を失った悪党は手を握りしめて、悔しさをアピールした。

 唇を噛み締めて、何かを考えている様子だったが、次第に風船が割れ空気が抜け落ちるかのようにゴツい顔が弛緩してゆく。

「くそっ、全てあの黒髪のガキのせいだ! あいつがいなければこんなことに!」

 何故か、あの勇ましい少女に責任を負わせようとする大男。

 やはり、体だけであり顔をみれば化け物を見たかのように蒼白色に染まり、精神的にはもう悲鳴を上げているのが容易に伺える。

 それを見ていたアーサーは、思考に一本の火を付けるかのように何かを閃いた。

 見守っていたエノも何かよからぬことを考えているのではないかと、心配する目で見つめる。

「あーそうだ、言っておくが。お前が襲ったあの黒髪の女の子は貴族だ」

 そして、あからさまに嘘偽りをつくアーサー。

「な、なに!?」

「ちょ! アーサー!」

 凄まじい規模の大嘘をつくアーサーに、さすがのエノもストップをかける。

 だが、世間を知らない悪党にとっては良い弱点だ。

 実質、黒髪の貴族など少ない。

 ——世間知らずの阿呆には丁度いい土産だ。

「だが! あんなボロボロの服を着衣しながら貴族を名乗るなど!」

「お前は、服だけで地位を決めつけるのか? 昔からよくある話しだ。東方の国でも強大な皇帝が、平民の格好をして街に繰り出すなど、ザラにある話しよ。ましてや、派手な服を着て街にでるなど、都に住む輩がやることだ」

 周りの人間にはわざと聞こえないように、男の耳元でアーサーは呟いた。

 確かに有り得る事だが、まだ下級貴族のものをいきなり上級貴族扱いに昇華させるなど、アーサーにとって本当は気が乗らなかった。

 それこそ、言葉の蛮勇だからだ。

「そ、それじゃあ……」

「あぁ、もうあの子と話しはつけてある。また一度襲ったりすればどうなるか分かるな?」

 それに流石に感づき、ゾワッと凍土にいるかのように震え上がったリーダーの大男は、叱咤するような焦った声で他の仲間を呼応した。

「に! 逃げるぞ! お前ら! ここにはもう用はねぇ!!」

 ある者は跛行し、ある者は仲間を抱えて、店から痛々しい姿で出て行くと、疾駆の速さで街の向こうに消えていった。
 傍観していた客たちはそれを見ると、拍手喝采ではなく、また黙々と料理を食べ始めたり、会話を再開し始めた。

 それを目を細めながら見つめていると後ろから袖を引っ張られる。

 するとそこにはエノが、頬を膨らませて怒っていた。

「もう! アーサーったら! もしもそんなことを広められたりしたらどうするの!!」

 だが、ここは冷静に対処する。

「大丈夫だ。これで、我らが街で目立つ心配は減ったし、当分あの少女にも悪党たちは近寄らないだろう一石二鳥だ。それに、やつらが噂にする道理も一切ないからな」

「……だと、いいんだけど」

 そういうと、アーサーはポケットから銀貨を三枚取り出し机の上に置いた。

「ごちそーさん。行くぞ、エノ。こんな下品な店はいられんよ」

 どう考えても皮肉に聞こえるその声は、夜の暗闇に消えていった。




「ハッ……ハッ……!」

 身体中の血液が音をたてながら脈を打ち、筋肉は興奮で痙攣している。
 呼吸は荒いながらも規則正しく一定のリズムで、少しずつ空気を殺意で染める。

「——剣鬼」

 頬の筋肉も例の如く痙攣しており、瞳孔は怒りで縮み、熟練の戦士でさえ鳥肌を立てるような殺気を視界の存在全てに放っていた。

 ギリッ。

 その音は骨をも砕く歯が、鉄ですら砕く力で削れる音だ。

 その音を発したのは一人の剣鬼。
 人の形をした鬼。
 剣を振るう髪を血と土で汚した悪魔——否、少年だった。

 血濡れの少年は右手に持った剣の先を前方へ向け、左手の剣を肩に預ける。
 獲物を狙う猟豹(りょうひょう)のように身を低くし、完成した構えは視界にある全ての獲物を殲滅せんとする。

「————」

 呼吸は止まり、血の昂りに歓喜していた筋肉も緊張に震えを止め、只々脳からの信号を待望した。

「——!」
「——ッ」
「——!?」

 剣鬼の必殺の領域に入ってしまった獲物達は、戦慄と怒気を込めた言葉で悪魔の縄張りから抜けんと騒ぎ出す。

 血濡れの少年はその不協和音を解さない。否、耳に通さないのだ。
 ひたすら少年は集中した。
 目を閉じ、脳裏にこの獲物達をどう狩るか。どう斬って行けば最速か。
 坦々と、我武者羅に、ただひたすらに。脳が焼き尽くす程に。鬼は思考した。

 ——剣鬼はここに覚醒する。

 血を吸い赤みを帯びた土は馬にも匹敵する力によって抉られ、しかし音をたてずに宙を舞う。

「ヒッ」「アァァアア!」「グッ、あ!」「ラアァ!」「——ッ!」

 轟くは負け犬の遠吠えと血肉が地に舞い落ちる音。
 それを成すは研ぎ澄まされ、境地に達した静かなる剣撃。
 大気はその冷酷かつ残酷な、一方的過ぎる最凶の剣戟に緊張する。

 赤黒い血が落ち切る頃にはただ一つの赤い影のみしか立っていなかった。

 剣鬼は血で汚れた空気を吸い、その生臭く嫌悪感さえ感じる臭いに口を歪め、見た者全てを凍てつかせる笑みを浮かべる。

「アァ……」

 少年は赤い吐息を漏らし、殺戮の余韻に浸る。

 ザッザッと人が土を踏むざらついた音が沈黙を破る。

 人の形をした悪魔は、歪な笑みを音の鳴る方へ向ける。

 それを見た異物は何を思ったのか立ち止まり、手を一定のリズムで叩くことで何かを称えるように乾いた音を鳴らす。

 剣鬼はそれだけで誇らしくなり、ゆっくりと脚を伸ばして胸を弓のように反らせる。

「——君は最高だ。剣鬼ジーク」

 血と泥で汚れた白髪を額に張り付かせながら、剣鬼は声を上げて壊れたように肩を揺らした。
 拍手と共に。ただ、笑った。
 その狂気に満ちた笑い声に込められた幾多もの感情は——誰も知らない。


「あっ」
「ぬ」

「……?」

 騒ぎを起こさないと誓いながらも、その日の内に騒ぎを起こしてしまったアーサーと、それに溜息を零すことで心労を紛らわすエノ。
 あの騒ぎの後適当に帰り道で買った鶏の串焼きを口に咥え、全速力で走って二人は帰還した。勿論、村では無く宿屋にである。

 部屋に入り次第、エノは一時間にも及ぶ説教をアーサーにぶつけ、アーサーはそれを素直に受け止めた。
 説教と言っても愚痴が混ざっているものでもあった。

 二人はその日の深夜に街を出ようとしたが、アーサーはやはり駄目だと宿屋を出たくらいで止まり、日が昇るのを待った。

 太陽が地平線から頭を見せると共に改めて宿屋を出、寝静まった街を出ようとしていたところで先ほどの台詞に至る。

 街の城門を前にして二人の前に現れたのは昨日の黒髪の少女だった。
 朝の鍛錬がてら走り込んでいたのだろう。雨に濡れたように汗に塗れている。

 少女は足を止め、アーサーの顔のみを静かに翠玉の視線で射る。

「……」
「……」

「……むぅ」

 アーサーはそんな少女を見つめ返す……睨み返すと言った方が正しいのかもしれない。
 昨日はよく見ていなかったから気付かなかったが、彼女は三白眼だ。
 恐らくただ見つめているつもりなのだろうが、アーサーからしたらただ睨まれているとしか思えなかった。
 ただ目は離さない。離すと負けた気分になるからだ。

 因みにエノはそんな見つめ合う二人にご機嫌斜めの様子で、成り行きを見届けていた。

 睨めっこを始めて数分後。やっとの事に少女は、何かしらの挙動を見せる。
 ずっと彼女を見ていたアーサーは唐突な動きに、つい身構えてしまった。

 三人の間に緊張が走る。

 黒髪の少女はゆっくりと右腕を持ち上げ、人差し指を突き出し、その先をアーサーへ向け、口を開く。

「お兄さん——」

 汗伝うアーサーの喉仏はごくりと音を立てる。

「——誰でしたっけ」

 その問いに理解が一瞬できなかったアーサーの集中が、呆気なく瓦解しバランスを崩す。
 エノは只々呆れていた。

「ただの馬鹿か」
「ただの馬鹿ね」

 アーサーとエノは口を揃えて語尾のみが違う言葉を同時に発することで、少女に残念な評価を与える。

 二人のそんな反応に目も耳もくれず、黒髪の少女は苦い表情をしながら頭を乱暴に掻き、「うーん」と女子特有の高い声音で唸りながら記憶を掘り返している最中のようだった。

 そして思い出したのか右手を握り槌のようにして、少女は左手を打つ。

「昨日のお兄さん!」

 少女は口をニヤリと歪め、ズバリと言った様子で自分の作った疑問に約三分程の時間を経て、回答して見せた。

 そんなマイペースと言える様子に、同じくマイペースな二人は呆れるばかりである。

「昨日はありがとう! お蔭で助かったよ!」

 黒髪の少女はアーサーに向けて太陽のように明るい笑みを浮かべながら、アーサーに感謝を述べる。

 ——こちらもお蔭様で、昨晩はかなり賑わいのある晩食が戴けた。

 アーサーはそんな本音を呑み込み、

「ああ。恐らくもう同じようなことは起こらないはずだぞ」

 と、安心させる為に細やかな笑みを浮かべながら、そう報告をする。

「これからは一人で出歩いちゃ危ないよ? 今は人攫いも流行ってるんだから」

 エノは年齢にしては少し小柄な少女の目線に合わせてしゃがみ、黒髪の頭を撫でながら優しくそう忠告する。

「お姉さん達は、どこに行くの?」

 二人の言葉を無視して少女は二人に問う。その反応に流石のエノも苦笑いを浮かべるのみだ。

「私達は首都に向かう。これからこの街を出るところだ」

 アーサーは爪先で整備された石材の地面を突きながら、質問に答える。
 正直、もう早く出たいというのがアーサーの心情であった。

 アーサーの言葉に少女は首を傾け、目を閉じ再び思案した。
 再び、である。そんな時間を喰い続けるやり取りにうんざりしたアーサーは、

「悪いが私達は急いでる。行かせてもらうぞ」

 内心を露わにせず、少女の頭に手を軽く置いてそう嘯き、前進を数分ぶりに再開する。

「待って!」

 アーサー達が門を出たくらいで、少女は二人を呼び止める。
 アーサーはいい加減ムカつき始めている。

「なんだ」

「私も連れてって!」

「はあァ?」

 唐突過ぎる提案に、アーサーは間抜けな声を出す。
 それに対して少女は真剣だ。睨み付けるような眼差しがそう物語っている。

「どうして、着いて来たいの?」

 一方平常運転のエノは、真っ先に少女へ問いを飛ばす。

 少女は頬を指で掻きながら、

「首都にお父さんが居て。会いたいの」

「……」

 アーサーは照れ臭そうに理由を言う少女を、今一度じっくりと観察する。
 手足は痩せ細っており、肩まで伸びた黒髪は毛先がバラバラだ。

「駄目だ」

 それを見たアーサーは静かに口を開き、提案を否定する。

 少女は目を見開き、一瞬だけ悲惨な表情を浮かべる。
 すぐに先ほどの表情に戻し問う。

「なんで……?」

「お前を連れて行く程の余裕はない し、痩せた女子を連れて行くと進行速度が落ちる。別に急いだ旅ではないが、私は物事に無駄な時間を掛けたくない性だ。利益もない」

 アーサーは固い声音で否定した理由を宣べる。それは正論であり、拒絶を示していた。
 しかしアーサーは少女の反論を待った。無駄な時間を浪費したくないと宣言したのに、だ。

「お、お父さんところに連れて行ってくれたら、お、お礼もするよ……?」

 少女は昨日悪漢に立ち向かった勇ましさとは対照的な、弱々しい声音で己を首都へ連れて行くことによって生じる、利益を述べてみせる。

「ふむ。だが私が聞きたいのは、本当の理由だ」

 アーサーは少女を試すように要求する。
 今まで真面目な表情で事の成り行きを見守っていたエノは、アーサーの顔を見て得心が行ったように頷き、再び少女へ視線を戻す。

「それは……」

 少女の声は震えている。言うか否か迷っている様子だ。
 だがアーサーは待つ。

 やがて少女は涙を目に溜めながらも、流しまいと我慢しながら幼い唇を震わせる。

「騎士に、なりたいから」

 その返答は言葉だけを見れば愚かなものだったと言えた。
 だが少女の眼は本物であった。
 それは一人前の騎士がするような、静かな威圧感さえ込められており、その返答が本気であることを訴えていた。

 その気圧を正面から直に受けたアーサーは、しかしゆっくりと笑みを浮かべ、

「なら、早く荷物をまとめてここに来い。出来るだけ静かにな」

 そう少女に命令するのであった。

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 次回から更新速度が少し落ちるかもしれないらしいです。
 次回前半はhttp://kuhaku062.hatenablog.com/にて!