『はっぴーばーすでー、とぅー隊長さん』
「二月十二日は隊長——フィリアスさんの誕生日ですし、やっぱりみんなで祝った方がイイですよね」
二月五日。年が明けてもVICEによる侵略により日々戦場では多くの存在が血汗流し闘いに明け暮れていた。
だがそれでもその戦火が降り注ぐことなく比較的平和なところも存在はするもので、そういったところでは年が明けて一ヶ月も経てば、日々生計を立てるためにせっせと働き始めるものだ。
そんな中、その例に漏れず一月の中旬から続いていた約二週間に渡るゲオメトリア界陸での敵対勢力のアジト攻略における支援任務を無事終えてきたG-Clef特殊分隊、通称:ト音部隊一行は二週間ほどの待機命令、実質の休暇をもらっていた。
休暇と言っても、分隊長たる〝フィリアス・ミューレイド〟はその優秀さを買われ、『旗課(フラッグクラン)』や『剣隊(セイバークラン)』、はては支援部の『書隊(ブックスクラン)』にまで行ったり来たりを繰り返している。
その様子は隊員の目には「忙しすぎる」、「メンドくさそう」。そんな感想ばかり抱かせる有様であった。
(マジ過労死するんじゃねえのかな……フィリアスさん)
昼過ぎ。陽の光を反射して輝く大洋に目を細めながら、茶髪の狐系獣人——ダンツはそう心の中でつぶやく。
場所はナイツロード本部・海上要塞レヴィアタン内の商業区にある一つのカフェテリアである。件のフィリアスが部隊招集の際に好んで使う、海が見渡せる席だ。
彼女を慕う隊員の若い三人——若干一名はそれについて強く否定するが——はそんな〝めちゃんこ忙しそうな〟隊長のことについて話していた。
「というか、ダンツ君よく知ってますね」
黒髪の人間の少女。うなじをまとめた髪で隠したシオンは、そんな返答にやや困る疑問ともつかないことを言った。
ダンツはそれに軽く「ハ」と息を吐きつつ応えた。
「まあな。少年養成所の頃から一応見知ってたし」
「そういえばそうでしたね」
「ま、言うて二、三年ぐらい前だから然程昔とは言えないけどな」
ダンツはとある事件で住んでいた国が滅び、避難先で世話をしてくれていた人が病で倒れていた時に傭兵団『ナイツロード』に引き渡され、そのまま訓練を受け傭兵になったという経緯を持つ。
「貴様の経緯なんてどうでもいい、犬。何故吾輩まで呼ばれないといけなんだ。答えろ」
そうダンツを息をするように罵るもう一人の女性はテルモという、はなだ色のツノをこめかみから後ろ向きに伸ばした黒髪の竜人だ。普段から尊大そうな雰囲気で喋る彼女だが、今日は特に不機嫌そうなオーラを出している。
普段こういった部隊メンバーでの集まりにほとんど参加しない彼女だが、ダンツは「フィリアス隊長から次の任務に向けて隊員を鍛える」という嘘の情報を伝え呼び出したのだ。
不満の一つ覚えるのも仕方のないことだった。
どうにもダンツがとても気に食わないらしいテルモは、そんな彼の所業にとても腹を立たしげに呼び出しの理由を問い、ダンツは頭を掻きながら答える。
「いやあ。休暇でも頑張ってる分隊長さんに、俺らからなんか誕生日プレゼントでも贈呈できたらなって。シオンとそういう話になってさ。あと俺は犬じゃなくて狐系な」
そう理由を主張するダンツにテルモは「ハッ!」と嘲笑い、
「知ったことじゃない。貴様らで勝手にやっていろ。吾輩にそんなことをしている暇はない」
と、キッパリ話を投げ出すのであった。
腕を組みながらその凄まじい眼力でダンツに対して突っかかるその姿は板についていた。
しかしダンツとシオンは知っている。彼女は任務などの仕事がない日は鍛錬に明け暮れていることを。
人が努力しているとこに水を差すのは気の引ける行為ではあったが、時間は作ろうと思えば作れるのだ。
それに彼女のみ省いて除け者にするのはよくないことである。そういう考え方をするのが彼らの隊長、フィリアスという人間なのだ。
「まあまあ、テルモさん。目上の人ですし、いつもお世話になってるんですからこれを機に恩返ししましょうよ」
「……フン」
ダンツの提案にテルモが反発し、それをシオンが宥める。この部隊の半年と少しですっかり見慣れてしまった光景である。
テルモはシオンが宥めるとダンツに対する反発が弱まるところがあるのだ。
それはト音部隊の最初の演習で、シオンがフィリアスに一番食いつけたことに起因することなのだがここでは割愛しよう。
「それで、プレゼントはどう用意するんです?」
「そうだなあ。みんなで用意……」
「吾輩は貴様らとつるむのは嫌だ。吾輩は吾輩であの女への進物を用意する」
「あのさあ、あの女って言い方どうかと思うぞ。それとホント協調性ないよなあ、テルモ」
「……」
集団行動を嫌い自ら一人で行動しようとするテルモの発言に反抗しようとしたダンツだが、再び向けられたその強すぎる眼力に負け、各々自分でプレゼントを用意することになった。
□◾︎□◾︎
——二月十一日。フィリアス・ミューレイドの誕生日前日。
「やあ。お疲れ」
「お疲れ様です。ダンツ君、テルモさん」
「チッ。何故人が増えているのだ」
ト音部隊のフィリアスを除いた顔触れの他、ダンツが親しくしている若い傭兵も来ていた。
「久しぶりです、アルデスさん」
「ああうん。久しぶり」
薄い金髪に翠色の瞳をした若い人間、アルデスと呼ばれた男性は頬を指で「ポリポリ」とかきつつ、居心地悪そうにそう挨拶を返した。
「相変わらず恐いね、テルモさん」
「分かる。俺もいつもコイツのプレッシャーで胃がストレスで潰れそうになってるわ」
「……」
そんなちょっとしたやりとりをダンツとの間でヒソヒソと行うも、テルモにひと睨みされて止められてしまう。
アルデスとしてはとてもやりづらい雰囲気だ。
「で、何故そこの臆病者がここに居るんだ? 不快なんだが」
そんなまさに歯に衣着せぬどころか牙すら剥いてそうな攻撃的な発言には、流石のダンツも反発する。
「あのさあ〜。そうやって攻撃してくるスタンスどうにかならない? 一応アルデスには俺のプレゼントを用意する際に手伝ってもらったんだけど」
「へえー! 何を用意したんです?」
このままテルモとダンツがやり取りしても話が進まないと気を利かせたシオンが、話をダンツのプレゼントに誘導する。
そのややわざとらしさのある口調に苦笑を浮かべつつダンツは応えた。
「……サボテン」
ダンツはそう言いながら足元から小鉢を取り出し卓の上に出す。
その鉢植にはずんぐりむっくりという言葉が似合う、背が低く太めのボールのようなサボテンが白い花を咲かせていた。
それを見てシオンと、そしてテルモすらコメントしづらそうにしている微妙な反応にダンツは慌てて弁明しようとする。
「いやさ。俺も目上の女性の人にプレゼント渡したことがないからさ、相談したんだよ色んな人に」
ダンツの主張はこうだ。
ダンツは何を渡したものかと悩んだ。
なので相談することにした。手始めに最近入ってきた新入りの癖にその圧倒的なコミュ力で一気に団内に溶け込んだ、ライリーという猫獣人でダンツをなにかとからかいに来るがなんだかんだで仲良く(?)つるんでいる奴に聞いた。
そのライリーは、
「分かんネーよ。フィリアスさんとは話したことあるけどあの人忙しそうだから、そこまでだし」
と、答えたのでプレゼントの内容はアテにならないと見切りをつけ、ダンツは彼の交友関係を利用することにした。
頭空っぽそうなライリー(流石に辛辣である)だが、その無駄にある人との繋がり(相手に失礼である)はとても利用価値があった。ダンツはそれを頼りに色んな人に意見を求めた。
「ンー? フィリアスー? そういえば最近忙しそうで遊んでないナー。そうだ君フィリアスのお弟子さんでしょ。遊ボー」
時には何を考えているか分からない、フィリアスと関わりがあるという意思を持った人形(?)に聞いたり、
「ハア? アイツ誕生日なのかよ。銃撃でもプレゼントするかあ?」
時には過去にフィリアスと共にVICEアジトを二人で潰して回ったという過激すぎる思想を持った女性に聞いたり、
「んっンー? 誕生日? へー! それより、少年たち! 今日のティナちゃんのパンツの色聞きたくないー? このプニちゃんが君たちの頑・張・り・次・第でー、教えてあげてもイイヨー」
時には唐突に指で硬貨の形を表現することで暗に「出す金額次第でイイコト教えてあげる」と絡んできた実はこの組織の幹部らしい(後で知った)、フィリアスと関わりがあるかさえも分からない人物に聞いたりもしたが、どうにもパッとしなかった。
(まさか目上の女性の人にパ、パンツなんて贈るわけにはいかねえし……)
この傭兵団やっぱり変人が多すぎなのではと心配になったダンツだが、
「そこにたまたま通りがかったフタモエ先生がさ」
『ああ! サボテンがいいぞ。サボテン』
「って、教えてくれて」
「ライリー君に頼ったのあんまり意味なかったように聞こえますねそれ……」
フタモエ先生とは、ナイツロードの養成所で教師をしている、とある事が原因で戦線から離れた元傭兵で兎系獣人のベテラン女拳闘士だ。
ダンツは養成所の頃から見知っており、彼女がフィリアスと親友であることも知っていたため、まさにその偶然は渡りに船であった。
「んでまあ、そのフタモエ先生にお願いして、パンタシアの南ら辺の密林地帯で一緒に採ってきたんだ」
「それでなんか僕も一緒に来いって言われてね。フタモエさんとダンツと僕とライリーで行ってきたのさ」
「それは、お疲れ様です」
シオンはダンツに利用されたアルデスに同情し労いの言葉をかけた。
「一応僕の方が歳上なんだけどなあ……」
「いいじゃん。助かったよ。もう帰っていいよお前」
「相変わらず扱いがひどい!」
「五月蝿い。帰れ弱者が」
「そして恐い!」
ダンツに便乗したわけではないだろうが、テルモに睨まれながら退室を言い渡されたアルデスは逃げるように去っていくのだった。
「アイツ、ブツブツ言いながらもちゃんと手伝ってくれる辺り良い奴なんだけどな」
「ならちゃんと報いてあげてくださいよ」
「そりゃまあ、うん。アイツの代金ぐらいは払っとくよ」
ダンツはシオンの注意に対して曖昧に応え、
(後日なんか飯でも奢ってチャラにしとこう)
と今後のスケジュールを軽く考えながらも、シオンのプレゼントに意識を向けた。
「で、シオンは何を用意したんだ?」
「私はですね……」
そうもったいぶりながらシオンは持ってきていた鞄を弄り三叉の形をした蝋燭立て、所謂枝付き燭台を卓に乗せた。
「この燭台を」
「どっから仕入れたんだよそれ」
ダンツが心配するのも仕方がない。現代では蝋燭を用いて灯りを確保するのは非常に少なく電気を用いたり魔法を用いた光源が多く使われている。
こういった燭台はどちらかというとインテリアに使われることが多く、その中でもアンティークとして扱われるイメージのある燭台は値が飛び抜けて高いという印象を持たれがちだ。
「あーと。別にそこまで出費したわけじゃないですよ?」
シオンの弁明によれば素材の採集をゲオメトリアまで行っておこない、後は『鎚隊(ハンマークラン)』の知り合いにお願いして作ってもらったという。
「よく作ってもらったな……」
「勿論代金は出しましたからね?」
「つぅかなんで燭台なんだよ……」
「フィリアスさんオシャレだし、インテリアの方も凝ってそうだなあって」
そのなんとも言えない理由に(分からなくもないが、同意するべきなのか)と思考するダンツはふとテルモが静かなことに気付き、目線を向けてみる。
「……」
燭台に対し興味ありげな視線を向けていた。日常から任務においてまで暴れることにしか能がないと思っていたダンツだが、実はテルモには工芸品に対する興味があることを知らない。こう見えてテルモはアンティークと言った趣のある工芸品を密かにコレクションしているのだ。
そんな事情を知らないダンツは(コイツ何睨んでんだ? 壊し方とか考えてるのか?)ぐらいにしか思わず、暴れ出したら面倒だと早々にテルモの〝進物〟をチェックして切り上げようと考え彼女に水をむける。
「で、テルモは何を用意したんだ?」
「フン。吾輩はコレを用意した」
そこに出されたのはくすんだ赤紫色、ワインレッドと呼ばれる色の宝石が施された全体的に落ち着いた雰囲気のした髪留めだった。
「おお」
「なんか良いですね」
そのあまりにも〝良い感じ〟のチョイスにサボテンを用意したダンツと燭台を用意したシオンは、意外そうにテルモが出した髪留めをみる。
「あの女は髪が長いからな。後ろでまとめてはいるが結局髪が煩そうだ。だから丁度いいと思い持っていた髪留めを選んだのだ」
「お、おう」
結構理由が単純だったが、赤色を好むフィリアス(偏見)に合わせてそれに沿ったデザインの髪留めを用意するところはとてもいいセンスをしている、とダンツは思う。
(普段から素っ気ないテルモの癖に、なんでこんないい感じのヤツ用意できんだよ……)
なんだか負けた気分になったダンツとシオンである。
気を取り直して、でもないがダンツとシオンは明日のことについて話し合うことにした。
「そ、それで、明日どうやって渡しましょうか?」
「そう、だなあ。別にサプライズする必要ないし、当日プレゼント渡したいんでってことで呼び出せばいいんじゃないか?」
「でも忙しそうですし、来てくれますかね?」
「必要なら俺たちから行けばいいんだよ。フィリアスさんなら時間作ってくれるはず」
「私はそれでいいですけど……テルモさんはそれで問題ないです?」
「フッ。明日ぐらいは構わん。好きにしろ」
「お前なあ……」
そうやって明日の予定について話し合い、それぞれプレゼントを渡した際にフィリアスがどう反応するのか楽しみだったり心配だったりしながらも、なんだかんだで賑やかな一日になりそうだとややニヤけそうになるダンツであった。
□◾︎□◾︎
因みにフィリアスさんはメッチャ喜んだ。
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——おしまい——
ナイツロード外伝『大型魔竜大征伐 —音の女騎士と殲剣の邂逅—』その壱
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「はい。確認しました。ようこそ『都市ガリュメラ』へ」
私(わたくし)は、多くの島からなるリーベルタース界陸の北西部に位置する城壁都市『ガリュメラ市』に来ていた。正確には私一人ではなく武器商人の護衛として雇われ同行した形だ。目的地が同じだったということで依頼に応じた。
「それではフィリアスさん、ハイトさん、モルタさん。このまま真っ直ぐアルト商会支部に行きます。着き次第今回の依頼終了ということでその場で報酬を渡したりなどの手続きを行いますので、それまでお願いしますね」
「分かりました」
「了解」
「はーい」
アルト商会支部の場所は打ち合わせの際に聞いた話だとこの都市の中層圏にあると言っていた。南口からの入門なのでそのまま北に行く形だ。
この『ガリュメラ市』は中心部に行くに連れて建物の大きさが高くなっていく特徴があり、外側から順に、下層、中層、上層の間で区分分けされて呼ばれているそうだ。
傭兵や旅人などのいわゆるよそ者が利用するような宿屋は、この都市の下層。つまり都市の外側にある。当分の間は下層区の宿屋が私の拠点になるだろう。
因みにこの臨時の護衛任務は私以外に二人の傭兵が雇われている。
ハイトというのは全体的に黒い防具を軽装程度に身につけており、肌も髪も白い二十代ぐらいの細身の男性だ。薙刀の長いリーチを生かし、多人数を相手にしつつも間合いに入った者を攻撃する受動的な立ち回りをする。
モルタというのは銀髪を二つ左右にまとめたツインテールの見た目十五、六歳ぐらいの女性だ。一見ひ弱そうな見た目をしているのだが、体質が特殊なのかとても力が強くガントレットの内部に仕掛けてあるワイヤーで相手を捉えて引き寄せて殴る。そんな単純だが長所を生かした戦い方をする。
道中は魔獣の群れに襲われたりはぐれたと思われる侵略者組織『VICE』の構成員と戦闘になり追い払ったりと、治安がよろしくなかった。故に彼らの戦闘スタイルも把握することができた。
それと私は彼らと違って〝放浪騎士〟だ。とある事情で母国から出て活動している。仲間や連れはおらず、足代わりとなっていた馬もこのリーベルタース界陸に来る際に海を渡らなければならなかったので、売ってしまった。なので今回は御者の代行をしたり、戦闘指揮などをメインに立ち回った。
そしてこの二人とは偶々一緒に仕事をした程度の仲だ。だが恐らくこの二人は私と同じ目的でこの都市に来たみたいなので、また顔を合わせることになるだろう。
「ふぅ。いやあ昼前に着いて良かったです。それにしても人が賑わっているようですね」
「彼らも私達とそう変わらない理由でこの都市に集まっているのでしょう」
「違いない」
この都市に来た理由。それは世界を脅かす脅威『VICE』に対抗するために組織された、対侵略組織『英雄機関』とその傘下である傭兵団『ナイツロード』が共同で主導する大征伐作戦。『大型魔獣大征伐』に参加することだ。
□◾︎□◾︎
アルト商会支部にて依頼完了の手続きを済ませた私達は、この都市にある四方に伸びる大きな通りに出たところで挨拶交わして別れるところだ。
「それじゃあ自分は行くアテがあるもんで。これにて失礼します」
「はい。お疲れ様でした」
ハイトさんはどうやらこの都市の近くの村出身らしく、同郷の知り合いが経営している宿屋に泊まって『大征伐』に参加するそうだ。
「フィリアスちゃんさんっ、フィリアスちゃんさんっ」
「なんですか?」
彼女は私に対してこういった少し特殊な呼び方をする。因みにハイトさんや依頼主には普通にさん付けで呼んでいた。
明らかに私に対する態度が違うが、特別親しくなるようなやり取りをした記憶がない。謎だ。
モルタさんは「良かったらですけど」と前置きをして続ける。
「この後二人で食事しません? ほら、お昼ご飯まだだし。美味しい店教えますよ?」
確かに手続きもすぐに終わって、昼食もまだだ。食堂もある宿屋を探して荷物を預けるついでにそこで食事をしようと思っていた。
「美味しい店ですか?」
「はい! 私、何度かここに足を運んでるので色々知ってますよ! 食事ついでにその色々を話すのもイイかもしれませんね!」
確かに。現状私は大した情報を持ち合わせていない。これは食事を共にした方が無駄がないと言えるだろうか。
ならばモルタさんと食事に行くのはアリだ。
「分かりました。一緒に食事にしましょう。できれば宿屋が経営しているところか、近いところがいいですね」
「まっかせてください! ささっ、行きましょう!」
妙に嬉しそうにしながらモルタさんが先導して都市の中心部に向けて歩く。
「これから行く店はこの街の北部にあるんですよー。ショーユっていう調味料を使った料理がとっても美味しくて——」
「それは楽しみですね。お腹が空いてきます」
よく話しかけてきて相手を飽きさせない気遣いのできるいい子だ。
こうして、取り留めのない雑談をしながら、私は大通りを行き交う人々の様子を見る。
やはり傭兵や商人がほかの街と比べ多く感じる。とても賑やかだった。悪くいえば騒がしいか。
普通これだけ傭兵が集まるとその内の何人かの荒くれ者が騒動を起こしそうなものだが、そういったものが一切ない。少し気持ち悪いくらいだ。
この街の衛兵も、最近の来訪者の多さもあり警備を強化しているのもあるだろうが、『英雄機関』と『ナイツロード』が主導の作戦が行われるというのも影響していそうだ。
それだけあの二つの組織には影響力がある。
「ココです! 私のイチオシのお店!」
歩き始めて約四十分ほど経ったくらいで目的地に着いた。『黒い白鳥食堂』というよく分からない店名の、店名以外特に変わった様子がない食堂だ。
マギーア界陸の一部の部族が使っていたのが起源と言われている調味料の『ショーユ』を使った料理の芳ばしい香りが私の食欲を掻き立てる。この食堂への期待度が上がった。
店に入り、テーブル席に案内され注文を訊かれたが、特に食べたいものがあるわけでもなかったのでモルタさんのオススメで頼んでもらった。
出てきたのは『アドボ』という料理だ。
「酢に漬けた鶏肉などの具材を、醤油、ニンニク、砂糖で煮た」ものであるらしい。所謂〝マリネ料理〟に近いだろうか。
甘い味わいの中にちょっとした酸っぱさがアクセントとして主張する美味しい料理だ。
家庭料理のような温かさを感じ、少し懐かしい気分にもなった。
モルタさんは『ラーメン』というものを食べていた。
小麦粉に特殊な水などを混ぜ捏ねて作られた麺、タレを出汁で割ったスープ、そしてチャーシューという加工された肉を始めとした具で構成された料理。詳しくは知らない。だが多く食べると体に悪そうだ。
お互いに食事を済ませたことで、やっと情報交換に移ることができる。まあこちらから出せる情報なんてそれこそないのだが。
ただどういうわけかモルタさんは先程からニコニコしている。考えがよく読めない。
「そういえばフィリアスちゃんさんは、休日何してるんですか?」
「私の休日ですか。情報収集、鍛錬以外だと演奏ですかね……」
「え! 何弾いてるんですか!?」
「? いや、バイオリンとかギターとか色々ですが……」
「すごいですね! 聴いてみたいです!」
「ふふ、また今度聴かせてあげますよ」
こういった会話ばかりだ。楽しそうで何よりだが、そろそろ本題に入りたい。切り出していくしかない。
どうやらモルタさんはこのリーベルタースを転々としているというのを、私は先ほどからの会話から察した。話の展開を替えるならばここからだろう。
「そういえばですが、モルタさんはリーベルタース内の様々なところに行ったことがあるんでしたよね」
「ハイ! 拠点自体はここから東に行ったところにあるんですが、どうもジッとしてるのが性に合わなくて」
「東側からですか」
東側……ここらに来てから得た情報の中には『VICE』でも特に強力で危険とされる〝「魔」の派閥〟の一つの軍がリーベルタースの東北側、特に北側をテリトリーとしている、というものがある。
今回の作戦で『英雄機関』の者が来ているところを見る限りここガリュメラ市はまだ侵攻を受けていないと考えた方が良さそうだが、別の解釈として〝「魔」の派閥軍〟が活動をしていないかどうかの偵察と威嚇しに出っ張って来ているようにも見える。VICE構成員がいる可能性があるということだ。
実際この都市に至る道中にもはぐれてはいたが構成員自体は居た。
やはりそのどちらか、或いはその両方の意味もあるだろう。
もっともモルタさんは「リーベルタースの東側に拠点がある」と言っただけだ。
リーベルタースの東側は「VICE」の活動範囲であること以外には「ナイツロード傭兵団」の元本部現支部がある。治安は悪いだろうが、悪事が表立って横行している地域というわけではないはずだ。
だが、ここではそういった話題で話したいわけではないので流していい話だろう。
「でも何故今回はこのガリュメラ市に?」
「それは勿論、英雄さんが主導してるってウワサの『大征伐』に参加するためですよー。お金も稼ぎたいですしね」
「そうですよね。私もその『大征伐』に参加したくて来ました」
やはり。ここから話を展開して良さそうだ。
「ちなみにフィリアスちゃんさんって何処から来たんです? なんとなくここら辺の人じゃないなーって雰囲気ですケド」
「私ですか? パンタシアのとある王国から来ました」
「へ〜、パンタシアにもまだ王国ってあったんですね! それにしてもよくここまで来ましたね」
ダメだ。またモルタさんのペースに流され始めている。興味深そうにこちらを見つめるその瞳には、そういった意図的な逸らし方をしているわけではないと思わせる好奇心を感じるが、今回は少し困るというものだ。
「ええ。色々ありまして」
「へえ〜。じゃあリーベルタースに来るのも初めてですよねー」
「そうなんですよね。情報収集しようにも知り合いも居ないもので」
「ん〜。良いですよ。私もそんななんでもかんでも知ってるわけじゃないですケド。知ってることなら話してもイイですよー」
良かった。やっと本題に入れそうだ。
「それは助かります。食事代は私が持ちますよ」
「別にそんな意図があったわけじゃないデスよ! ただそのご厚意には甘えますねっ」
安い経費だ。これまでの旅で「情報」というものがかなり重要であることを学んだ。軍の編成にも斥候部隊や偵察部隊があるのも分かろうものだ。
「ん〜。でも何から話せばイイか分かりません。フィリアスちゃんさんは何が知りたいんです?」
「そうですね……」
私が今回の『大征伐』で知らないことをまとめると、
・そもそも討伐対象である『大型魔獣』どういった魔獣なのか。
一部の噂しか聞いていないので、より信ぴょう性の高い情報が欲しい。
・『英雄機関』や『ナイツロード』以外にどういった顔ぶれが揃っているのか。
過去に一度だけ味方の被害を考慮せずに広範囲に攻撃するような傭兵が居たので聞いておきたい。
・参加人数は大まかに何人か、そこから討伐できる確率はどれくらいあるのか。
生存率に関わることだ。とても重要である。
こんなところだろうか。
ついでに宿屋も訊いておきたい。
その旨を伝えた。
「ああ、まず討伐対象の大型魔獣ですね」
「ここに来る前、私達が初対面した港町のときに行った情報収集では『瘴気を吐き木々を朽ちらせるドラゴン』、『大の大人を一口で呑んでしまう巨大ヘビ』などがありましたが、どれも噂程度の内容だったもので」
「うーん。それが間違ったウワサじゃないんですよね」
「というと?」
「私の仕事仲間からの情報なんですけど、なんでも先週ぐらいに『ナイツロード』の人たちで偵察部隊を出したらしいんですよ」
今回の作戦主導であり、実質主力になる組織だ。当然偵察部隊も出していただろう。
「結果分かったのは、フィリアスちゃんさんがさっき挙げた『瘴気を吐いて木々を腐らせる』『大人を一口で丸呑みできるぐらい大きさ』というのは合ってるんですよね」
「そうなんですか」
意外と合ってるものらしい。訊けて良かった。
「ただ、ドラゴンでもヘビでもないんですよね」
「でもブレスが吐けるのはドラゴンだけだと思いますが」
そもそもドラゴン自体は希少な魔獣だ。私も旅を始めてから三年ほど経つが、ドラゴンが出現したという情報は二、三回しか聞いたことがない。ブレス自体は有名だが。
「確かに、ドラゴンの一種と言えるかもしれません。竜は竜でも〝ヒュドラ〟ていう珍しい種類みたいなんですよね」
「ヒュドラ……」
確か洞窟などに潜んでいることが多いが、そもそもの数が少ないとされる、幾つかの首を持つ竜だ。都市が近隣にある山などに出没することが多いというのは学生の頃に学んだ。
「なんでも一般的に知られる、五メートルで首が三、四本のヒュドラよりも特殊で危険性が高いそうです。大きさとか首の数までは知らないですけど『英雄機関』や『ナイツロード』が出っ張って来るくらいには強力なんでしょうね」
「なるほど」
確かに「瘴気のブレス」を複数の首から吐けるとしたらとても危険だ。都市を攻撃されれば、それはもう災害とも言えるだろう。
「大型魔獣で知ってるのはそれくらいですかね〜」
「有難い。後は、そんな強力な魔獣に対して『英雄機関』や『ナイツロード』以外にどんな傭兵団が来ているんです?」
「ん〜そうですね——」
モルタさんが挙げた組織名はどれも聞いたことがあるような傭兵団や魔獣討伐を専門とする組織だ。特に悪い評判のある傭兵団はないらしい。
「あ、それと今回の作戦に来る『英雄機関』の人は『蒼豹のエゼルル』と『百矢のシュトラ』らしいですよ」
「『百矢のシュトラ』は知らないですが、『蒼豹』は有名ですね。やはり来てましたか」
『蒼豹のエゼルル』。マクメメー出身の〝獣種の英雄〟だ。身の丈以上の大太刀を振り回し、地上だけではなく空中すらも縦横無尽に駆け巡っては並大抵の者では防げない速度と力で斬撃を叩きつけることで知られている。
こういった大規模な作戦ではよく耳にする名だ。
「『ナイツロード』からは総勢五十人くらいの精鋭が来ているそうです。指揮官は『殲剣のイルヴァース』とは聞いてますケド、正直これは仕事仲間の人も又聞きらしいですね」
『殲剣のイルヴァース』。恐らく『英雄機関』所属の者を除けば最も有名な剣士の一人だ。
『聖剣の一振りに魅入られ、一国をも滅ぼした』というもはやおとぎ話の領域のような経歴を持つ剣士だ。
そこからどういった経緯からか、正気を戻し『ナイツロード』の幹部の一人として現在活動している。業界の中では割と周知のことだ。
「ならば戦力としては申し分ないですね」
「そうなんです! 手抜きはできないですケド、報酬もイイですし参加しておきたい作戦ですよね!」
報酬もよく、この作戦に参加したことは〝良いキャリア〟になる。
良い仕事、だろう。
「後は明後日行われるらしい『大征伐作戦会議』で詳しい情報が聞けると思います」
「そうですね……やはりそこで聞くのが一番ですね」
その方が一番確実で多くの情報が入るだろう。結局そういう結論に至った。
話に一区切りがついたところで、食堂を出た。もちろんお代は払わせてもらった。
その後、モルタさんと一緒の宿屋に泊まることになった。一応部屋は別々だが、何度か一緒に行動することになりそうだ。
土地勘があり頼もしく、退屈しのぎにもなるので良いことだ。
次の日はモルタさんと一緒に包帯などの必須な消耗品などを買い物したり、食事などして過ごした。
そして更に翌日、一緒に『大征伐作戦会議』に出向くことになった。
顔合わせと、作戦の確認、参加手続きなど諸々行うのもそこだ。
□◾︎□◾︎
——ここから前書きにする予定だったけど、取り敢えず読んでほしかったので後書きにしたもの——
ども、影さんです。以前書いてた『音女の騎士と、殲滅の剣士』は、結局ボツになったので今回書き直してます。
アレから結構〝ユースティア〟という世界観の設定が色々更新・変更されてる(詳しくはこちら)のでまあまあ内容も替わってたりします。(いうて前回のも結局ホンへまで入ってないから大した差はない)
そんな〝ユースティアという世界観〟を知ってもらいたい、前知識が無くても読めるものを書きたいというコンセプトの下、今回書きました。
それと、どうやら私が小説もどきを書くと長くなるっぽいので3、4話構成でいきます。
書けるかのかどうか疑わしいでしょうが、長い目で見てもらえればと思います。
続く。といいなあ……
『零影小説合作』第十五話〝未練の鼻歌〟
どうもお久しぶりです。影さんです。
メチャクソ久しぶりの更新です。
最後の更新から二年近く経っていますね。
その間にやったことといえばオフ会とフィリアスさんの設定を考えるのと棒バト合作ばっかりやってたとかそんな印象ですね。
……フィリアスさんの小説も書かないとなあ……
先日もゼロ君とオフ会し、少々この小説について今後の大まかな流れについて打ち合わせしました。
基本的に大まかな流れに従いつつも、アドリブで行き当たりばったりに進めていく感じになるでしょう。
打ち合わせの時、ゼロ君が序盤で「なんでこんな新しい設定をポンポン置いたんだ俺……」って喚いていたのが印象的です。
ともあれ、久しぶりの更新。あれから全然文章書いてなかったので、色々変なところがあるかもしれませんがどうぞ温かい目で見守ってください。
では本編をどうぞ
□◾︎□◾︎
☆
駆ける、駆ける、駆ける。
目的はなく、ただ衝動のままに駆けていた。
「待ってくれ! ジーク!!」
喉元を震わせ、ただ目前に立つ小柄な背中に叫び追いかける。
さほど距離感は覚えないというのに、どうしても肉薄のできる距離まで踏破する事が叶わなかった。
筋肉が軋み、息急き切りながらも名前を呼び続ける。
夜にも似た陰鬱な暗闇が立ち込めるの中で、悲壮な雰囲気をだすジークの背中は翻すことを忘れただ先を見つめていた。
体力が削がれる感覚が浅薄となる度に、足と地面が擦れる心地に違和感が走る。
どれほど走り続けたのかも既にどうでもよかった。
「すまない、アーサー」
その一言に感化されアーサーは歩みを止めた。
アーサーを息を切らしながら表情に一筋の汗が灯る。
しかしその汗は単なる疲労の産物ではなく、目の前のジークに対する冷や汗にも似たものであった。
「ジー、ク?」
胡蝶蘭のような白髪は赤黒い血に染まり、その足元には蒼白とした表情で倒れこむ幾ばくもの鬱積とした骸がジークに手を伸ばしていた。
「なぁ、アーサー。お前は、人を殺したことがあるか?」
人を、殺したこと。
アーサーの要領と打算を遥かに超えたその冷え切った言葉にただ息を潜め下を俯くことしかできなかった。
俯くと同時に両腕に力がこもる。
どういう、感触なのか、感情なのか、重いのか軽いのか、それすらも今のアーサーには理解の及ばない領域であった。
「ジーク、どういうことなんだよ。お前に何があったっていうんだ!」
ジークに向けて言葉を発したその瞬間、アーサーの死角に気配が走る。
完全に動揺していたアーサーは一歩反応が遅れてしまったアーサーはどこからか伸びてくる痩せ細った皮だけの手に拘束される。
「クソ! 離せッ! ジーク、ジーク!!!」
その腕からは連想できない恐ろしいほどの筋力に抗拒し続けるアーサーとは裏腹に、ジークはその紅色の月のような瞳を翻す。
その瞳にはあの頃の面影は含まれていなかった。
絶望と渇望に揺れ動いてもなお、その瞳の鼓動には高みを望み続けるという強い意志の鼓動を感じさせられる。
その瞳の冷酷さと容赦のなさに接ぎ穂を失ったアーサーの身体は容易にその腕たちに絡まれ、呑まれていった。
「……ッ!!」
そこでアーサーは意識を覚醒させた。
緊迫とした身体には力がこもっており、多少の疲労感を覚えるが実害が及ぶほどではない。
なんとか憔悴した身体に力を束ね、ベッドから起き上がるとアーサーはジークが登場した夢の内容を再び思い出す。
ジークの変容してしまった姿と、その下に積まれた幾ばくの骸たち。そして絶対的に立ちふさがる壁を思わせる纏う雰囲気。
夢だけの出来事であってほしいと願いつつ、アーサーは外へと向かった。
★
「ねー、今日は何処に行くの?」
「なんだ、その毎日何処かへ遊びに行ってる貴族の子どもみたいな聞き方は。今日中に隣の『キャクルエ』という村に行きたいところだな」
いや、貴族の子どもであることには誤りはないのか。
そう思考しつつ律儀に返答するアーサー。
時刻は昼前。悪夢を見て飛び起きたアーサーは、寝覚め悪くもエノ達が起きるまで日課の鍛錬をした。村民達も起きて洗濯を始めたり農具を持って畑に向かったり、村に活気がではじめたくらいの頃に起きた寝ぼけ眼のエノ達と共に少し遅めの朝食を済ませ、宿の精算を終え村を出た後である。
『キャクルエ村』。これはアスタロトに昨夜指された次の目的地である。都市に入れず困ったというタイミングで都合良く現れ、解決策を示す。
怪しすぎる。可能ならば彼女の導いた路を使わずになんとか首都まで行きたい。
しかし、第三都市ライダパールを通らず首都まで行くとなると、比較的治安が良く安全な街道から外れ、北は林、南は河川を通って首都に行かなければならない。
林は猛獣に襲われる危険がある上に補給がままならない。河川は食材や水の確保はできても結局野宿になってしまう。反対側は森に面しており、こちらもやはり猛獣などに襲われないという保証がない。
つまり都市ライダパールは避けて通れず、しかしその都市には普通の手段では入れない。
結局はあの赤い悪魔が教えてくれた手段をとることしかアーサー達にはできないのだ。
(ああ。忌々しい。何故私があの得体の知れない存在の掌の上で踊らなければならないのだ。ただただ忌々しい)
アーサーは心の中でそう悪態を吐きつつ、きびきび歩く。
「その、キャクルエ村に行ってどうするの?」
エノがアーサーに問う。
当然の疑問だ。エノ達からしたら村で取り敢えず落ち着くと思った矢先に急に次の目的地ができたのだから。
「ああ、それは——」
咄嗟に聞かれ、刹那の間にアーサーは言い訳を考える。
「まあなんだ。食事後、お前達が部屋に戻った後に食堂で拾った情報でな。『キャクルエ村で都市へ続く隠し通路がある』という情報を得てな」
半分嘘だ。食事後、情報収集をしたのは本当だが拾った情報はこのパフーム村周辺地理と現在の周辺国家の情勢だ。
「ふーん……」
「……なんだ」
エノは納得したのか微妙な表情でアーサーの目を見据える。
アーサーはなんてことない顔をしつつ、何故か背中を冷や汗で濡らす。
ジャーナは歩きながら鼻歌混じりに石を蹴って遊んでいる。無邪気すぎる。
「なにも。どれくらい歩いた先にある村なの?」
「あ、ああ、馬を用いて三十分程度らしい。恐らく私たちの足で二時間半くらいだな」
心の中で溜息を吐きつつ質問に答える。
相談なしに私の独断で決めていることに不満があるのかもしれない。
直近の目標は騎士叙勲を受けることであり、それは首都でのみ行われる。具体的に何をすれば平民が騎士になれるかは分からないが、今は戦争中だ。いきなり騎士にはなれないかもしれないが、前線での武勲次第では望みはあるだろう。
問題はこの国——『アルカニス王国』を吸収した『レトアニア連邦』——が今争っているのは生前私が統治していた『ザムンクレム王国』であること。国王だった時は正直そこまで民を愛していたわけではないが、しかしやはり自分に忠誠を誓っていた臣下達と敵対するのには戸惑いがあるものだ。
まあ今のうちにそんなことを考えても仕方がない。まずはこの国の兵になって前線にでなければ意味ないことだ。
「それにしても、治安がいいな」
歩き始めて一時間半が経ったくらいで休息と昼食をとっているなか、私はそう呟く。
こんなガキ一行が徒歩で移動しているにも関わらず、盗賊に襲われない。
そう簡単に盗賊ごときに負けるつもりはないが、女二人をかばいながら闘うのは厄介な展開だ。キャクルエ村に移動する行商人かなんかを見つけてから同行したかったところだったが、パフームからキャクルエに行こうとする者が居なかった。日が悪かったか、キャクルエに行きたがらない理由があるのか分からないが。
止むを得ず徒歩での移動となってしまった。それでも盗賊に襲われずにいるのは運がいいと言えるだろう。
危険がないので変に時間かかることがなさそうだ。
「レトアニアの騎士は強くてすごいからね!」
「そうなんだねー」
誇らしそうにするジャーナに対し、エノが苦笑を交えつつ相槌を打つ。
予定では昼過ぎに村へ着き、宿を見つけてから村人と接触するというものだ。今日中に『リアーン』という者に会えれば重畳だ。急ぐとしよう。
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次回はいよいよキャクルエ村に着きますね。
首都到着まで3/5と行ったところでしょうか。
次回をお楽しみに!